3話 鶯谷レイカ
「もっしもーし! 今日の配信も集まってくれてありがとう。あなたのハートにちゅんちゅんコール! 鶯谷レイカだよー」
画面を点ければわたしの世界が待っている。
“わたし”の体は傷だらけかもしれないけれど、こっちの“私”の体はきらきらしている。
「おー、今日もコメント欄は元気だねー!」
〈レイカちゃんが元気だからね〉
〈レイカ姫、今日もかわいいー〉
〈げんき、げんきー〉
「お返事ありがとう。今日はいつもやっているゲームとか、歌枠じゃなくて、雑談にしてみたんだけど特に話したい内容があるわけじゃないから、まったりゆっくりやっていくよー」
学校じゃ声を出すこともできない。
誰かがわたしの言葉を見て笑うんじゃないかって不安な気持ちでいっぱいになるけれど、鶯谷レイカを通すことで一気に自身がみなぎってくる。
「夕ご飯何食べたか気になるって? 昨日はね――」
「――それじゃあ、みんな一緒にー、おつレイカ~! 明日も午後六時から配信します。また来てねー」
見てくれている人と約束して、配信終了ボタンを押した。
配信開始から二時間ちょっと。
ずっと同じ体勢をしているから疲れているかと言われれば、そんなことない。わたしがしたいことをしているからか、そんなに疲れている感じはしない。
けれど、配信が終了するとスイッチが切れたようで少しだけ暗くなる。
「こんな風にしてても、何も始まらないし、エゴサするかあ……!」
エゴサは仕事の一環だ。
今日の配信の感想がどんな感じなのか、新規客はどれぐらいいるのか、などなどVtuberとして成功するために必要なのだ。
〈なんか、今日のレイカちゃんの雑談枠、キレがなかったような……面白かったのは、面白かったんだけど、別にこの雑談、レイカちゃんがしなきゃいけないって感じでもないしな……〉
〈おつれいかー! 今日の雑談もイイ感じだったね レイカちゃんの人生観とか聞けてよかったよ〉
〈やっぱ、鶯谷レイカの雑談枠は見る価値ないな。まだ鳥獣町テラの意味わからん寝起き配信のほうがおもろいな〉
Vtuberとしてデビューして来月で半年になる。
大先輩の梟袋ロウガさんの後輩として売り出したおかげで、個人ではそれなりに人気がある方で名が知られているが、最近、頭打ちになってきた。
わたしの人間力の低さが露呈しつつあるのだ。
どうしてもリアルな人との交流へのハードルが高すぎるせいで、オフコラボもできないし、面白い話ができるわけでもない。
一定数のファンはいるものの、新規ファンはどんどん減少している。
「わたしも分かってる、分かってるけど、これから先どうすればいいんだろ」
半年記念配信でそれなりに注目を集めることはできる……と予想している。
しかし、これでもし数を稼ぐことができなければ、私のVtuberとしての人生は終わったも同然だろう。
そして何よりも――
「鳥獣町テラに負けているのが許せない! あんなぽっと出の新人に負けるなんて、本当に癪!」
鳥獣町テラ。
名もない企業からデビューした新人で、当時は全く知られていなかった。
わたしは時間が無限にあると言っても過言ではないため、新人Vtuberの初配信を結構見るのだが、最初はだれも見ていなかった。
しかし、先月突然、登録者50万人越えのVtuberとコラボ配信したことを機に、「頭がおかしい」と爆発的な人気を見せるようになった。
「わたしのほうが先輩だし、わたしのほうが歴が長いのに……! 二か月だけでもわたしのほうが先輩なのに、登録者も倍以上いるし……」
レイカの登録者が13万人なのに対して、鳥獣町テラの登録者は28万人。飛ぶ鳥を落とす勢いで増加しており、今月だけでも5万人増えている。
ありえない。
はっきり言って、ありえない。
「わたしのほうが台本を作って、念入りに配信しているはずなのに、面白さで負けているなんて許せない」
今日の雑談だって、台本を書いた。
特に話すことがないなんて嘘に決まっている。
20個ネタを作っておき、コメント欄のノリや視聴者層によって話題を変えられるようにリハーサルまでしている。
……のにかかわらず、同じ時間帯に鳥獣町テラがやっていたのは、寝起き配信。
いくらVtuberの私生活が終わっているとはいえ、午後六時に寝起き配信なんてトチ狂っている。
わたしも配信中なので、彼女の配信を見ることができたわけではない。
しかし、トレンドに「テラ 寝起き配信」が上がっていたのだ。
しかも、日本一位にまで上がっていた。
コメントを見る感じでは、寝起き状態で声をのせ、ラジオ体操を始め、突然二度寝をし、慌てたマネージャーが配信を切らせようと電話をかけてきたり、他のVtuberから逆凸が始まったりととにかくカオスな配信だったようだ。
わたしの練りに練った配信は、彼女の思い付きに負けたのだ。
「こんなんで、わたし、Vtuber続けられるのかな……」
自信喪失。
挫折。
もともと、わたしには自信なんてなかった。
けれど、Vtuberだけはなんだか人気者になれる気分でいた。
視聴者数一桁の人と比べるとわたしは成功している方ではあるが、それでも上には上がいると突きつけられているようで少ししんどい。
そして何よりもしんどいのは……
@鳥獣町テラ
〈おつれいか~! レイカちゃんの配信、ちょっとだけリアタイすることできた。今日もサイコーに面白かったー! また、明日もリアタイしたいんだけど、六時までには間に合うように午後五時には起きるぞー! 応援よろ〉
そんな憎むべき相手がわたしのファンを自称していることだった。
「はあ……わたしのファンとか名乗るのやめてくれないかな。いや、最初のほうは仲良くできたらいいなって思ってたけどさ、ファンより人気ないってちょっとしんどいよ……」
最初はわたしの名前にあやかりたいんだと思って、何度かコラボもしていた。
しかし、わたしのネームバリューよりも彼女は彼女の面白さで勝負していて、それで人気を獲得したのだ。
勘違いしていた自分が恥ずかしい。
そして、わたしは来月の半年記念配信に彼女を呼ぶか迷っていた。
鳥獣町テラを呼べば、確実に視聴者数を取り戻すことができるだろう。
だが、彼女のファンによってコメント欄が占められれば、果たしてそれはわたしのお祝い配信と呼べるのだろうか。
そんな中、プライベートチャットに鳥獣町テラからメッセージが届いていた。
『レイカ先輩、もしよろしければ来週、オフコラボをしませんか?』