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2話 百舌鳥川田九官鳥

「な、なんてことになってしまったんだ。Vtuberをやっているなんて親に知られてしまったら、私は間違いなく処刑される。死刑もいいところなのに……いや、私刑なんだからいいところなんて一つもないんだけど!」


 今はそういうことじゃなくて。

 百舌鳥川田もずかわだ九官鳥きゅうかんちょう

 それが本当の名前なのか偽名じゃないのか、本当は別に名前があるんじゃないか――一つの名前の中に二つも同じ鳥の文字が入っているなんておかしいと言われることには慣れ切ってしまった女子高生のわたしでも、今回の出来事には顔色を失わさざるを得ない。


 わたしとしたことが。やってしまった。常々憧れのあったVtuber。大手事務所に入ることは未成年である以上できないし、そもそもの話、Vtuberなんかをやりたいと言ったら両親が白目ひん剥いて気絶することは目に見えている。


 よくて破門。最悪の場合、一族の恥さらしだとかなんだとか言われて社会的に抹殺――つまりいないものとして、家に閉じ込められる可能性だってある。


 両親は時代に似合わない堅苦しい性格をしていて、百舌鳥川田家の永劫の繁栄のためにと身を粉にして働いている、わたしとは正反対の人間だ。親によって敷かれたレールの上を生きることが当たり前だと思っている。


 ……わたしはそんな人生望んでいるなんて一言も言ったことないのに。


 画面の中に視線を向ければ、そこにいるのはわたしとは別の顔をしている女の子。髪色だって黒色じゃなくて、見たこともないような鮮やかなピンク色。百舌鳥川田家に生まれた以上、わたしの人生は生まれた時から――もしかしたら、生まれる前から決められている。


 けれど、画面の中でなら好きなように生きることができるかもしれない。そう思って、高校進学と同時に何十時間と手間をかけて説得した末にようやく手に入れることができた携帯電話を駆使してわたしは一本の動画を公開した。


 素人が描いたへたっくそもへたっくその絵を見に来る人なんて当然いなくて、最初は声を出すのも怖くて、ただ音楽に合わせて体を揺らしているだけの動画を投稿していた。もちろん、視聴者数も登録者数もゼロ。


 誰も見ていないかもしれないし、誰も興味を持ってくれていないかもしれないけれど、わたしは動画を公開するだけで十分だった。身バレを気にして声を出していなかったけれど、よくよく考えてみれば、わたしが公の場で声を出す機会なんてそうそうない。


 クラスの中では静かなグループの一員――本当に彼女たちから友達と思われているかはさておき、わたしが目立つような人間ではないことぐらいは分かってもらえると思う。


 だから、とうとう、自分の声を使った動画を投稿してみたのだ。何の変哲もないわたしにとっては日常としか言えない出来事をVtuberっぽい言い回しで話しただけの動画。当然、誰かに見られるなんて思ってもいなかったが、今朝、携帯電話には通知が届いていた。



『すかりゅー さんがあなたの動画にいいねを押しました』



 ……すかりゅーさんってどんな人だろう。わたしのこと、前から見ててくれたのかな?


 いろんな感情がこみあげてくるけれど、こうやって誰かに評価されて、再生回数という形で目に見えた数字が出されるとわたしがVtuberになってしまったことがよくわかった。



「だ、大丈夫だよね……登録者一人もいないようなわたしのアカウントが学校の友達にばれたりとか、そんなはずないよね。うん、大丈夫、大丈夫……」


「もずちゃん、そんなところで何してるのさ? さっさとスマホしまわないと、くぼっちに見つかったら半殺しにされちゃうよー」


「お、おはようございます。遠恋とおごいさん。それと、御忠告感謝します」



 急に話しかけられるから早くも身バレか……なんて先走ってしまったけれど、そんな心配はする必要がなかったみたいだ。彼女は遠恋とおごい園蛮えんばんさん――学級委員長のわたしを補佐してくれるクラスのムードメーカーで、声の小さいわたしに代わって連絡事項を言ってくれる恩人である。


 遠恋さんに言われるまで、自分が正門に近付いていることに気付かなかった。彼女は話を振ってくれるけれど、わたしは少しでも動画の時とトーンが違うようにゆっくりと喋るように気を取られていて、真剣に話を聞くことができなかった。



「んー、なんかわかんないけどさ、もずちゃんおかしいのさ。なにがおかしいのかってのはよぉくは説明できないけど、変な気がするのさ」


「そ、そぉーんなことないよっ」



 声が上ずってしまったし、変なところで音が上がってしまった。遠恋さんは決して成績優秀な方ではないけれど、こういう周囲の人間に関する察知能力は誰よりもずば抜けていると思う。


 彼女にVtuberとばれるわけにはいかない。必要のない懸念かもしれないけれど油断は禁物だ。わたしは遠恋さんと話しながら、どうすればVtuberだと知られずに生きていくかを考えるのだった。

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