どこかで
赤色灯が狭い道路に並び警察官が行き来するその中で、窓ガラスが叩き割られた車のボンネットで仁王立ちしながらピースサインをしている男は⋯⋯谷内だ。流石にぼかしが入れられているけれど。
この写真だけを見たら車を破壊しまくった谷内が逮捕されたかのような印象を受けるが、これは不思議なラジオ番組が最終回を迎えた一昨日が書かれたネットニュース。
あの日、警察に事情を聞かれた僕と谷内、タクシーの運転手は道に迷って彼らを見つけたと口裏を合わせた。
実際迷ってあそこに行ってしまったし嘘は吐いていない。
同じように事情を聞かれていた僕たちが助けた被害者(?)達も口々に「ラジオ番組に誘われてこんな事をしてしまった」と言っていた。
「これかあ。谷内がオカルトをぶち壊したって事件」
「底なしのアホが人助けしたんだな」
「この写真だけだと谷内が犯罪者に見える」
笑う谷内の友人達に僕は乾いた笑いを零した。
そう、集合場所はラジオに魅入られた僕が通っていたあの小さな休憩所だったのだ。
ラジオに囚われた人達は睡眠薬を飲み、一酸化炭素中毒で逝けるようにガムテープで車を目張りし、煉炭を炊いていた。
僕も囚われていたラジオ番組だけれど途中から聴いていたことが幸いして「救われる側」ではなく「救う側」になった。
「いやあ。人助けした俺らって凄くね?」
「をー凄い凄い」
「迷惑陽キャもたまには役に立つ」
陽気に笑い合い谷内を讃える彼らの輪に僕は入れなかった。
──僕は谷内と違う考えがある。
あの人達は僕と同じだったのだろう。みんな生きていても死んでいる存在。独りは辛い。独りは寂しい。独りは嫌だ。そんな人生。だからラジオに囚われて仲間と逝くことに救いを求めたのではないか。
だとしたら、この世に留まらせることになった僕と谷内の行動は彼らにとって「救われた」とはならないのかも知れない。
「寺島あ! またお前は妙なこと考えてるだろ。思い出せ、アイツらは目を覚ました時泣いていただろ。生きたかったんだよ。誰だってこの命が終わる時が来る。でもな、それは誰かに唆されたり、奪われたりして終わりにするもんじゃない。よーく覚えとけよ!」
「谷内がまともなこと言ってる」
「そういや台風が来てるって言ってたよな」
「防災意識高めとこうぜ」
僕は驚いた。谷内の言葉がストンと僕に入り込んだから。何が、とは言えないけれど僕の中で小さな変化が起きた感じがした。
「うん。すぐには変えられないけど⋯⋯谷内見てたら、何とかなるような気がしてきたよ」
僕の言葉を聞いた谷内は嬉しそうな顔をして僕の肩をバシバシと叩いた。
谷内に感化されたのか、それとも僕自身変わったのかは分からないけれど、今は谷内が僕に気付いてくれて良かったと心から感謝できる。
「そうそう、寺島くん。そのラジオ番組ってどうなったの?」
「もう何も聞こえません。誰かが放送していたものなのか⋯⋯オカルト的なものなのかは僕には分かりません」
あのラジオ番組はただ人の心を操るだけのものだったのだろう。チューニングを合わせたままなのに最終回を迎えてから砂嵐が聞こえるだけで何も聞こえてこない。
聞こえなくていいけど。
「寺島、ちょっとつけてみようぜ。ラジオ持ってきてるんだろ?」
「嫌だよ。それにここじゃ受信できないと思うよ」
ラジオはあの小さな休憩所でしか受信しなかった。
街中で店が立ち並ぶここは繁華街だ。沢山の電波が飛び交っているのだから受信するはずがない。
「やって見なけりゃ分からないいい」
「あっ谷内!」
勝手に僕の荷物からラジオを取り出した谷内はプツと電源を入れた。
息を飲んだ僕と谷内の友人達。
キィ――ッチューゥゥピチュゥゥ
ザッ⋯⋯ザザ⋯⋯ザザッザーーーーー
砂嵐が続いて僕はホッとした。
「なんも聞こえねえな」
「聞こえたら嫌だよ──あ!」
ラジオを返すそぶりを見せた谷内に僕は手を伸ばした。
その瞬間、グリっと谷内がチューニングを回したのだ。
「これでもうチューニングが分からなくなったなあ」
「⋯⋯強引だな。オカルトはそんなもの関係ないと思うよ」
「そん時はまたズラせばいい」
「僕は谷内が怖いよ」
僕はオカルトよりも底なしに陽気な生きる人間、谷内の方が心底怖いと笑った。
・
・
・
あのラジオ番組は今もどこかで放送されているのかも知れない。
キィ――ッチューゥゥピチュゥゥ
ザッ⋯⋯ザザ⋯⋯ザザッ
僕の耳にはラジオのチューニングが聞こえる時がある。
『独り、は辛い。独りは、寂しい。独りは、嫌だ』
あの拙い声は仲間を探し続けるのだろう。
でも僕は二度と聴くことはないと確信している。
僕は僕の為に生きると決めたのだから。