どっちも怖い
キィ――ッチューゥゥピチュゥゥ
ザッ⋯⋯ザザ⋯⋯ザザッ
タクシーの無線機が嫌な音を響かせた。
「あれ? 混線しているのかな。たまにあるんですよねえ。個人無線とかラジオとかの電波を拾っちゃう事が。それよりお客さん、この先は行き止まりらしいですよ。この道で良かったのですか?」
僕は恐怖で何も言えず首を振った。
なんでこの場所に来てしまったんだ。大丈夫、まだ放送時間ではない。早く離れなくては。
「道、違います。ここでUターンして⋯⋯」
「はい。戻り──」
運転手は突然黙り込み車を急発進させた。そして次の瞬間、急ブレーキを踏み込み僕はグォン! とシートに押さえつけられる衝撃を受けた。
「ちょっ、運転手⋯⋯さ、ん」
キィ――ッチューゥゥピチュゥゥ
ザッ⋯⋯ザザ⋯⋯ザザッ
『ザ⋯⋯いよいよ最終回です。ザザッ⋯⋯さあ、みなさ、ん用意はいいですか?』
拙い話し方の声がタクシーの無線機から流れて来た。
『今日の曲はみんなで歌ったあの有名な曲です』
車内に響く蛍の光。
なんでなんでなんで。なんでまだ時間じゃないのに。
「運転手⋯⋯さ、ん? ──!!」
僕は運転席に話しかけて絶句した。
運転手はクタリとハンドルにもたれ寝息を立てていたのだ。
どうしてこんな時に!? 僕は慌ててドアを開けようとしたが恐怖でその手を止めた。
ここは車が三台止められる駐車場があるだけの小さな休憩所。
それなのにいつの間にか数台の車が僕たちのタクシーを囲むように停車していた。
車の窓にはスモークフィルムが貼られ中の様子はまったく見えないけれど車からは人の気配を感じる。
キィ――ッチューゥゥピチュゥゥ ザッーザザーッ 無線機から流れる音楽が大きくなった。
『辛い。辛い。辛い。辛い』
『寂しい。寂しい。寂しい。寂しい』
『さようなら。さようなら。さようなら』
『ようこそ。ようこそ。ようこそ』
「やめろぉっ!!」
僕は必死に耳を押さえ叫んだ。しかし僕の叫び声など無視するように音楽と声が更に大きくなる。
「ああああっ!!!」
「うっせえ寺島ぁ!! ──っうっ⋯⋯」
隣でグッタリと寝ていた谷内が叫び起き、同時に吐き気が込み上げたのだろう口を押さえてタクシーのドアを開けた。
転げ出た谷内は藪に走り、暫くしてから振り向いた。
『もうすぐだよ。もうすぐだね』
「うをっ! 車ばっかじゃねぇ? すげえ」
『楽しみ。嬉しい』
「つか、どこだここ!? あ、こんばんは」
『やっと仲間になれる』
「⋯⋯じゃなくてっ、何してんすかあ」
『ずっと一緒。早く。早く』
「もしもーし。ブホッなんて顔してんすかあっグフッ」
『あはははは』
⋯⋯カオスだった。
ヘラヘラと笑いながら車を覗き込んでは話しかけ、大笑いする酔っ払い谷内と無線機から聞こえてくる子供のような高い声の笑い声が互いに譲らず響いている。
僕はどっちに怖がればいいのだろう。
「谷内、はやく、車に戻れ⋯⋯」
「をー⋯⋯うわっ!? おいっ寺島! 警察だ警察! 警察に電話しろ! おいおいマジかよ! っしゃあっ! やってやるぜっ! うをををををっ!」
谷内が覗き込んでいた車の窓を叩きながら叫んだ。
そしておもむろに大きな石を振り翳して手当たり次第に車の窓へ向けて放り投げ始めた。
ガチャンっ! クジャっ! ドガシャっ!
側から見れば酔っ払いが暴れているようにしか見えないけれど⋯⋯。
『邪魔するな! 邪魔するな!』
キィ――ッチューゥゥピチュゥゥ ザッーザザーッ
『──ッチ』
──プツ⋯⋯
谷内の大暴れにラジオの声が舌打ちを残した次の瞬間、音がプツリと消えた。