対策失敗
「うへぇ⋯⋯なんだよこれ」
「ガムテープ」「ライター」「睡眠薬」。一つ一つを並べる僕に谷内が呆れたようなため息を吐いた。
これらは放送の度に用意させられた不可解な物。
「僕は途中からしか聴いていないから集合場所もこの他に何が必要なのか知らないんだ」
「知らなくていいだろ。いや、知ってても行くなよ」
「うん。そう、だよね」
僕はラジオを不思議だとか不可解だとは思いながらも言われるがままに、見知らぬ他のリスナーと同じ時間を過ごしている気になっていたからこんな物を用意する事に疑問を持っていなかったのだ。
でも今は違う。これはおかしいことなのだとはっきりとわかる。
「ありが、とう⋯⋯谷内」
さっきの拳骨、嬉しかった。谷内にとって僕はただの同僚で会社だけの付き合いだ。
今までもそう。僕はその他大勢に埋もれる一人。その場限りの関係にしかならない人種。
そんな僕を明るくて、面白くて周りに人が多い谷内が気にしてくれた事が嬉しかった。
「僕なんか放って置いても谷内には関係ないのに⋯⋯」
「あーまあ、そうだろうけど、俺そう言うの気になる人なんだよそれにさっきのお前すげえ怖かったし」
ニカリと笑う谷内はいい奴だ。だから人が集まるのだろう。
「とにかく、今週末だっけ? 行かなけりゃいいんだよ⋯⋯そこでだ!」
僕にずいっと人差し指を突き出した谷内が良い事を思い付いたとばかりに口角を上げ僕の肩に手を置くとそれはもう自信満々といったその表情を見せる。そんな谷内に僕は嫌な予感しかしなかったけれど。
「飲みに行こうぜ。酒飲んじゃえば車に乗れない!」
「えっ!?」
僕が、谷内と⋯⋯飲む? でも、谷内のお陰で僕の中に渦巻いていた恐怖心みたいなものが少しだけ和らいだ気がした。
そして──金曜日の夜。
仕事を終えた僕達は会社の近くの居酒屋にいた。
向かい合うようにして座った僕達の前にはビールの入ったジョッキ。
僕はまだ一杯も飲み切っていないのに目の前では既に出来上がっている谷内の姿があった。
「寺島くん、ごめんねえコイツ無理矢理誘ったんじゃね?」
「あの、いえ⋯⋯すいません、僕なんかが来ちゃって⋯⋯」
「寺島っお前そう言う言い方するなっ誘ったのは俺!」
「谷内は人を巻き込むタイプの迷惑陽キャだもんよ諦めてね寺島くん」
「そうそう、この前のバーベキューもいつの間にか隣と合同になって、知らない奴らまで合流してたもんな」
声をかけて来たのは谷内の友達。気が付けば店内は彼の友達や知り合いに溢れている。賑やかで楽しそうな彼らの中、僕の場違いさが半端ない。
豪快に笑う谷内とその友人達のやり取りに申し訳なさと羨ましさが浮かんだ。
「あれれ? 寺島くん元気なくない?」
「あっの、 いや、なんか⋯⋯僕、つまんないですよね⋯⋯」
情けなくて顔が上げられない。僕はいつも友達に⋯⋯僕だけが友達だと思っていた人達につまらない奴だと言われて来た。空回りばかりで上手く笑えないし面白いことも言えない。
だから⋯⋯あのラジオに惹かれたのだろう。独りは寂しい、独りはつまらない、独りは⋯⋯嫌だって。
──仲間⋯⋯羨ましい。
「寺島! お前さぁそんなこと言ってたら楽しいもんも楽しくねぇぞ!!」
「なんで僕が考えてること読んでるんだよっ」
「大体わかるっ。俺達はいずれ独りになる。だから今ある縁を俺は楽しむ! 谷内慎之助っばんざーい」
「あーっ! 誰だ谷内に焼酎飲ませたのっコイツ焼酎グセ悪いんだから!」
突然万歳のまま倒れ込んだ谷内をみんなで介抱する。──結局谷内を帰そうとなって僕が送る事になった。
「誘っておきながらコイツは⋯⋯寺島くんごめんね。谷内をよろしく」
「いつも谷内はこんなん、なんだよなあ。悪い奴じゃないんだ。また遊んでやって」
「今度バーベキューするから良かったらこれに懲りずに来てよ」
タクシーに谷内を押し込みながら「次は落ち着いて飲もう」なんて言ってくれた彼らは「是非、お願い、します」と頭を下げた僕に笑顔を見せてくれた。
谷内の家を知らない僕は運転手に自宅を告げて車窓から見えるネオンに照らされた街並みに目を向けた。
今日。あのラジオのリスナー達はどこかで会うのだろうか。
「ガムテープ」「ライター」「睡眠薬」⋯⋯そして「車」。それらを持って何をするのだろうか。
「大分細い道ですねえ。お客さんこの道でいいんですか?」
ぼんやりしていた僕は運転手の声にはっとした。窓を眺めていたのにあり得ない道を通っていると気が付かなかった。
この道⋯⋯細い道が開けた先は⋯⋯。
それはあのラジオを聴いていた休憩所だった。




