変化(谷内)
朝、アイツに挨拶してから悪寒がする。
まあ、寺島は大人しくて目立つタイプではないし、何考えてるのだか分からないけれど悪い奴じゃない。
ただ、見た目に反して中身は意外と図太いから多少の事では動じなないタイプでもあるんだけど、それでもあの顔は酷いだろう。
顔の造形云々の話じゃなくて、振り向いたアイツ、寺島の目は窪み、変色した目の下が余計にその窪みを強調させて顔色は青いと言うか紫というか⋯⋯どどめ色だった。
あれは、まるでゾンビのようだったなあ⋯⋯。
俺は特殊能力とか霊感だとか全くないけれど流石にほぼ毎日会ってる奴の変化くらいは分かる。
あれ、なんか取り憑いてんじゃね?
⋯⋯うん、やっぱり心配だよな。お節介谷内慎之助の出番か? だったら話を聞くべきだ。
「なあ寺島、昼行こうぜ」
「僕は栄養ドリンクあるから」
「アホかっ栄養ドリンクは補助食品だ!」
……相変わらず酷い面だ。
朝より酷くなってね? ちゃんと食べているのか休んでいるのか聞いても寺島は「食べてる」「休んでる」としか答えないし。
絶対嘘だね。
「寺島。冗談抜きで鏡見ろ! 顔を上げろ!」
定食屋を出て会社に戻った俺は無理矢理寺島を鏡の前へ引きずり出した。
「やめろよ! 離せよっ!?──っひぃっ」
鏡を見て寺島が悲鳴を上げる。
そうだろうよ。そんなゾンビみたいな顔、引くよね。
「お前さ、体調悪いのか?」
「別に悪くはない⋯⋯むしろなんか力が漲っているって⋯⋯思って──」
「思うだけなら誰でも言えるんだよ! なあ、寺島何をしてるんだ?」
「──な、にも⋯⋯何も⋯⋯なにもっ!何もない! なにもないんだ! 僕は何もない! ないからっないから僕は! 誰にも見てもらえないっ誰からも必要とされてないんだっ⋯⋯そうだ⋯⋯僕、は、独り。独りは、寂しいんだ⋯⋯独りは悲しい⋯⋯だから僕は「みんな」と──」
ゴツッ。
俺は思わず寺島に拳骨を落とした。
だって焦点が合わないギラギラとした目をかっぴらきながらブツブツとされたら怖いじゃん。
「⋯⋯あ⋯⋯や、う、ち」
「目は覚めたか? なんだ今の」
「わ、からない⋯⋯。僕は⋯⋯何を」
頭を摩りながらキョロキョロとする寺島。
コイツ大丈夫なのか?
「あのさあ、寺島。お前のそのゾンビみたいな顔、今日始まったわけじゃないぞお前元々顔色はあまり良い方じゃないけどここ一ヶ月で益々悪くなってんだからな」
「一ヶ月⋯⋯」
を? 寺島がなんか反応した。
「谷内、それが本当なら⋯⋯僕、心当たりがある⋯⋯話して、いいのかな⋯⋯」
「をうっ聞いてやるぞ」
⋯⋯ん? なんだろう悪寒がする。
「僕、深夜にドライブするのが趣味なんだ」
「へえ、お前ドライブすんの? 意外。どんな車に乗ってんだ?」
「クロスオーバーSUV⋯⋯。それでドライブするようになって」
「をを⋯⋯良い車乗ってんじゃん⋯⋯まあ、毎日深夜にドライブしていたら睡眠不足でゾンビにもなるよなあ」
「毎日はしてないよ⋯⋯でも一ヶ月前、ドライブ先で変なラジオを聴いたんだ。それで毎週末通うようになって⋯⋯」
「へぇ、そんなに面白い番組なのか?」
「それが、全く。面白くないんだ。合唱流したり⋯⋯なんかおかしいのに「次も聴かなきゃ」って僕は⋯⋯」
「なんだそりゃ⋯⋯なんかやべえんじゃねえの? ⋯⋯え? マジ?」
結構いい車に乗ってんだ──なんて考えたのだけれど、寺島の話に俺は「軽率だったかなあ」と少しだけ後悔した。