1話
服を着て布団を片付け、散らかった部屋を掃除していると、彼女に「部屋が汚い…」とボソッと呟かれたの事に腹が立った。
「いきなり来る方も悪くないですか!?不法侵入ですよ?」
と怒ってみたが「私は幽霊だからね」と言われなにも言い返す言葉が出てこなかったため、黙々と片付けをした。
しかし、幽霊にしては彼女は少し足りないような気がした。五体満足な体は本当に生身の人間のように思えた。
部屋が綺麗になり一段落したので「何か飲みますか?」と尋ねると「コーヒーを久しぶりに飲みたいなぁ」と言われたので電気ポットでお湯を沸かした。
「一人暮らしにしては家具は結構揃ってるんだね」
「上京してきた時に、ほとんどは揃えたんですけど、最近はあまり使ってないものばかりですよ」
「確かに炊飯器もホコリが被ってるしね」
彼女は炊飯器を人差し指でなぞり、ホコリがついた人差し指を俺に見せてきた。
「自炊するのも面倒くさいんで、ご飯は食べなかったり、コンビニ弁当で済ませてますから」
「ふぅん」と相槌を打ちながら彼女はテーブルについた。
「君は…幽霊に慣れるのが異様に早くない?
私が今、君と同じ立場だったら、布団の中に入って助けを求めると思うけどね」
「まぁ…幽霊と言われても、首だけとか足がないとかなら怖くなりますけど、あなたみたいに、ワンピース着た人間が少し薄くなって出てきてるくらいなら驚きませんよ」
沸いたお湯で珈琲を作り、彼女に手渡しした。
「どうぞ、インスタントですが…」
「ありがとう…うん!懐かしい香り」
しかし彼女は受け取らなかった。
「なぜ受け取らないんですか?」
「私は幽霊だから、物を食べたり、飲んだりは出来ないんだよね…ごめんね、いれて貰ったのに。」
テーブルの上に置かれた2つの珈琲を見て
「じゃあなんで飲みたいなんて言った」とツッコミたくなったが我慢した。
「それで…あなたは何故ここに来たんですか?…って何やってるんですか!?」
彼女は本棚に置いてあった卒業アルバムを勝手に開いていた。
「ん?情報収集だよ?」
彼女の「別によくない?」と言わんばかりの表情に腹が立った。幽霊には人のプライバシーへの配慮がかけているのかもしれない。
「でもこの卒アルの中に君は写っていなくない?」
「ここですよ」
と指を差して教えると「結構垢抜けたね!」と驚かれた。
あの頃は黒髪でセットもせず、メガネをかけていたので昔と比べれば確かに垢抜けていたのかもしれない。
「もういいですか?」
と卒業アルバムを取り上げると中から手紙が落ちてきた。
彼女はすぐに拾いあげ、中身を覗いた。
「イオリ君へ…?」
「それだけは駄目です!」
と急いで取り上げようとしたが、彼女が「少しくらい良いじゃん!」と離さなかったので互いに引っ張りあってしまったせいか、手紙は破れてしまった。
その光景を見て心に残っていた糸がプツリと切れた。
「ごめんね、すぐ直すから!」
と破れた手紙を拾おうとする彼女の手を止めて「良いんですよ、もう必要のないものですから」
手紙をゴミ箱に入れ「気にしないでください」
と落ち込んでいる彼女に伝えると「でも…」と何か言いたげそうな顔をしていたので首を振り「大丈夫ですから」と言うと彼女は黙り込んでしまった。
少しの間沈黙が流れ、気まずい雰囲気になってしまったので話題を変えることにした。
「そういえば…まだ聞いてなかったんですけど、あなたの名前は何て言うんですか?」
彼女は畏まりながらも「大川幸って言います、さちって呼んで貰えれば…あなたはイオリ君だよね?昨日、タクヤとの会話を盗み聞きして知りました」
「そういえば、ずっと気になってんですけどさちさんは、先輩のお知り合いなんですか?」
「タクヤは私の弟でタクヤが高校生の時に私は交通事故で亡くなっちゃったんだよね」
彼女は窓の外の景色を眺めた。
「あの日もこのくらいの晴れている日だったな、丁度昨日の夜、イオリ君とタクヤが待ち合わせていた場所で車とぶつかったんだ。」
彼女の目から涙が流れていた。涙の粒が日光に反射し、輝いてみえた。
彼女は涙を流していることに気がつくと「ごめんね、いきなり涙なんて」と手で拭こうとしたので、机に飾っていたハンカチを貸した。
「どうぞ」と声をかけると「…ありがとう」と受け取っていた。
彼女は涙が止まると話を続けた。
「家族のみんなには本当に迷惑かけたな…」
彼女にかける言葉が見つからず、黙り込んでいると「これ、ありがとう」とハンカチを返されたので「いえいえ」とハンカチを受け取った。
「それで…イオリ君に頼みたいことがあってここに来たんだ」
「頼みたいこと…?」
話の流れ的に家族に挨拶しに行くとでも言うのだろうか、そのくらいしか思い当たる節はない。
「私の初恋の人に会わせてほしいの」
「え…?」
さちさんの口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。
「冗談はやめてくださいよ、」
と半笑いをしながらも彼女の顔を見たが、本気で言っているのだとすぐにわかった。