プロローグ
最近は何かを考えている時間より、何も考えない時間の方が多い気がする。
理由は明白だ。日々の日常がつまらないのである。そんな事をいつまでも引きずっていると春になっていた。
「俺はデカくなって帰ってくるよ!」
高校を卒業し、東京の大学に進学するのに上京した俺だったが、案外上手くいかずに挫折してしまい、今に至る。
部屋の片隅に置かれたギターが目に入った。
俺は田舎暮らしだったので大物のアーティストが来るとかはなく、平凡な日々が続いていた。
そんな時に出会ったのが音楽だった。
高校の時には地元に1軒しかない俺と年の差がそれ程離れていない従兄弟が店長をしているCDショップに行き、お試しコーナーで曲を聞いたり、従兄弟に楽器を触らせて貰ったりと充実した毎日を過ごした。
そんなある日のこと、従兄弟が俺が好きなバンドのチケットが当たり、それを誕生日が近かった俺にくれた。
ライブ会場はここから車で2時間程離れた都会で、電車に乗って1人で行った。
電車の中ではイヤフォンでそのバンドの曲を聴きながらテンションをあげた。
ライブ会場につくと入り口から人混みが出来ており、それを見るだけで興奮した。
何10分か列で待ち会場にやっと入ると、たくさんの人の期待が熱気となって自分の体を覆った。
それからの待ち時間は体感では短かった。
ライブ前に演奏するであろう、楽曲を聞いていると、前の席の人達が拍手と歓声を上げて立ち始めた。
何事かと思い、自分もつられるように立ち上がり、ステージ上を見ると一人、また一人とバンドのメンバーが入って来た。
そして、その歓声をぶち壊すようなギターの音が会場を揺らした。本当に夢のような時間だった。
そのライブから俺も音楽を生業としていきたいと思い、大学で初めてギターを触ったが想像以上に値段は高かったため、サークルの先輩からお下がりを買って練習したがすぐに上手くはならず、結局挫折してしまった。
ベランダに出て煙草を吸った。
嫌な事を思い出すとすぐに煙草に手が出てしまう。
大学には1年間はしっかりと通っていたが、急に本当にこれで良いのかと謎の不信感に苛まれ、とりあえず1日休むとまた1日と通うのを止めてしまった。もう半年くらい行っていない。
今は居酒屋でバイトをし、生活費は稼いでいるがそれ以外は何もしていない。
ふと、スマホで時間を確認しようと開くと丁度着信音が鳴った。それはバイト先の先輩のタクヤさんからだった。
「飲みに行くぞー」
特に用事はなかったので「了解でーす」と返すと「じゃあいつもの場所な」と返事をされ、電話を切られた。
バイト先で知り合った自由奔放で温厚な性格のタクヤさんは大学に入るまでバイトというものをして来ず、右も左もわからない状況の中で不安そうにしていた俺に対しても、背中を軽く叩いて「気楽に行けよ」と励ましてくれた。
その後からも俺の面倒を見てくれたタクヤさんには本当に感謝している。
部屋着から外に出る用の私服に着替え直し、財布とスマホを持ったのを確認し、歩いていつもの待ち合わせ場所に向かった。
外に出ると人はまばらだった。いつもなら、仕事終わりの会社員が一斉に帰宅するので、混んでいるものなのだが。
目的地に近づけば近づくほど、通りすぎていく人の頻度は減り、気付けば俺一人、夜道を歩いていた。
待ち合わせ場所に着いたものの、タクヤさんはいなかった。
今までも遅刻してくることは何度かあったので気には止めず、スマホ触っていた。
天気予報では夜になると少し冷え込むというのをテレビで見た気がする。
もう少し厚着をしてくれば良かったと今更ながら後悔している。
タクヤさんが早く来ないかと周りを見渡したが人の気配は感じなかった。
「何でいつもここなんだろうな」
ここは墓地の近くにある空き地だった。
こんなに恐いところをしかも夜に待ち合わせするとは中々度胸がいるものだが、何回か飲みに行くと慣れてくるものだ。
「遅いなぁ」
待ち合わせ時間を30分も過ぎている。
一応、心配だったので先輩に電話をかけると
「少し待ってくれ!」と泣きそうな声で返事をされたので「了解です」と返し電話を切った。
「ふわぁ」
俺があくびをしたわけでもないのに、誰かのあくびが聞こえた。
しかし、ここにいるのは俺だけだった。
猫とかだろうと思い、無視をした。
「現世はいつぶりだろうなぁ」
また声がした。
怖くなり先輩に震える手必死に電話をかけたが、繋がらなかった。
「こんな時に…」
先輩に腹が立ったがそんな場合ではない。
辺りを見回したが、人影はなかった。
吹く風の冷たさに加え、恐怖心による冷や汗で足が震えた。
いきなり肩を叩かれた。
誰かいる。
振り向いたら、そこにいるとかいうシチュエーションを昨晩テレビで見たのを後悔した。
「ま…私には気づかないか」
何かはそう言い、去っていった。
雲から出てきた、月が辺りを明るくすると、その正体は現れた。
「…え?」
そこにはワンピースを来た女性が立っていた。
顔は整っていて美しく、背は173cmの俺よりは小さく、年齢は俺と同じ大学生くらいだろう。
「すまぁーん!イオリー!」
奥から先輩が走ってきた。
進行方向には美人の人が立っているので「ぶつかりますよ!」と声をかけたが美人の人も先輩も反応しなかった。
「危ない!」先輩と美人の人がぶつかりそうになり、声を挙げると、先輩は美人の人をすり抜けた。
「え…?」
目の前で起きた不可思議なことに頭が混乱した。
「どうした?」
息を切らしていた先輩よりも美人の人に目がいった。
「おーい!イオリ!」
美人の人はこちらを振り向き歩きだした。
彼女が1歩ずつこちらに近づいてくると、鼓動が早くなるのを感じた。
そして彼女は先輩の肩を叩き、「久しぶりだね!タクヤ!」と声をかけたが、先輩には聞こえていないようで、反応しなかった。
「先輩…後ろの人見えてないんですか?」
先輩が後ろを振り向いても彼女のことは見えていない素振りをした。
「後ろ?誰もいないじゃん、それより早く飲みに行こうぜ!」
「あ、はい」
居酒屋に行く途中も後ろに彼女が付いてきていた。
席に座ると彼女も先輩の隣の席に座った。
生ビールを頼み、先輩の彼女への愚痴を聞かされた。
「でさ?今日もあいつと喧嘩してたから遅れたんだよ、後輩待たせてるって言っても聞いてくれなくてよ」
「俺より彼女さんの方が大事じゃないんですか?」
「違うよ、そこから逃げるための言い訳だよ
ずっと喧嘩してたらなにも楽しくないだろ?」
先輩はビールを飲み干すと「おかわりお願いしまーす!」と声をあげた。
彼女は先程から先輩の顔を見つめたり、たまに俺の方を向いてきて、俺と先輩の関係を調べているようだった。
「はぁ…俺だって…仲良く過ごしたいのに」
先輩が泣きそうになると、いつもの酒癖の悪さを知っていた俺は「彼女さんに謝りますか」と電話をさせようと促すと、先輩はあっさり「だよな…」と彼女さんに電話をかけていた。
これをすると、大抵シラフに戻り、「今日は遅いしもう帰ろう」となる。
そして、今回もうまくいった。
先輩は涙を流しながら「すぐに帰るね」と答え、
飲み会はお開きになり、家に帰った。
その頃には彼女は先輩の隣の席にはおらず、見当たらなかった。
家に着くと酒も回っていたせいか、すぐに布団を敷き眠りについた。
「あの…?」
誰かがドアを叩く音が聞こえる。
「…あ…そっか私幽霊だから通れるのか…
お邪魔しまーす」
物音がうるさく、目を開けると、ドアの前には昨日の美人の人が立っていた。
「え…?何で…?」
「やっぱり…君は私の事が見えてるんだね」
彼女は感心すると言葉を続けた。
「じゃあ、私の願いを一つ聞いて貰っても良いかな?」
俺は驚き布団から出て部屋のすみに逃げた。
「何ですかいきなり!」
「いや…その…」
彼女は俺の方を見て顔を赤らめた。
「とりあえず、服を着て貰っても良いですか?…目のやり場に困るんですが…」
彼女は申し訳なさそうに言ってきた。
そういえば俺は寝癖が悪くパンツ一丁で寝ていたのだった。