否定された者の行き着く場所
「はあ...エリーも策士ですねぇ、まんまと騙されましたよ」
辺り一面に咲く彼岸花。彼女はそんな幻想的な場所でため息をついていた。
「まあ?ワタシは別に気が短い訳では無いので怒りませんけど、まあこの件に関しては私の方が良いかも知れませんねえ」
などと愚痴を零しながら、くるくると花畑をスケートのように踊る。水色のポニーテールと水色の衣服が相まって、より一層輝いて見えた。
「この世は弱肉強食...とは言い切れませんが、少なくとも弱者にとってはこの世界は非常に生きづらい。そもそも、弱者に気にかけてくれる人間など殆ど居ない。一体何が正しいのだろうか、そうは思いませんかぁ?」
それは優しく言い聞かせるように、諭すように目の前に立つ少女に語りかけた。
「...」
「もしかしたら、なんてそんな幻想など抱いたところでどうせ幸せにはなれない。少なくとも、アナタはそう思っている事でしょウ?」
だんまりを決め込む彼女に対してその瞳孔が開いたままの、不気味な笑顔を相手に向け、話を続ける。
「..から」
「ふむ?」
「何時から気付いていたの?」
やがて口を開いた彼女に対して肝心の本人は彼女の周りをぐるぐると周りながら口を開いた。
「そうですねぇ、何時からと言われれば、最初からという事になりますかねえ?」
「嘘、私は別に何もしていない。そもそもこの短期間で私を知っている筈が無いもの。そんなものは口から出まかせよ」
「それこそ口から出まかせでしょうに、少なくともワタシが此処に居る時点で...ねぇ?」
そう言いながら彼女の周りを飛び跳ねくるくると周り、やがて彼女の正面へと立ち、その変わらぬ不気味な笑顔を向ける。
反射率の高い、その鏡のような目に吸い込まれそうになる。その目に映った自分は酷い顔をしていた。
「別にワタシはアナタを憐れんでいる訳ではありませんがねえ?いやはや、本当ならばアナタは別にどうでもいい存在だったのですよ。しかしながらそうもいかなくなったようで」
「それは今私が行おうとしている事?それともこの前にやった事?」
「どちらも。どれほど短小な行いであっても、それが積み重なれば十分な厄介事になりえる。アナタは無知であった、しかしそれは免罪符にはなり得ない」
「まあ、それも別に大した事ではありませんが」と、つけ加えながら彼女は彼岸花の咲く広大な花畑を眺める。
「それでも、大した事で無くても、これは対処しなければならないのですよ」
「それは何故?大した事では無いならそれは良い事ではないの?」
「だからアナタを無知だと言ってるんですよ、長期的に見ればアナタは大変面倒な事をしてくれた。...まあそれに対する対策は出来ていますがね。それに、前例が出来れば真似をする輩は必ず出る」
首だけを振り向きながらそんな事を言う。もはや何が目的なのか、何が言いたいのかすら分からない。それが彼女の不気味さをより一層引き立たせていた。
「...結局貴方は何か言いたいのかしら」
「そうですね、取り敢えずこの場所から立ち去って貰います」
「いやよ、此処が私の最後に行き着く場所だもの」
「やれやれ、この場所は何時から自殺の名所になったことやら、やはり人間はつくづく理解出来ない所がありますねえ。こーんな世界の果ての果てまで来て」
呆れたようにため息をつく、そして話を続けた。
「全く、無自覚が一番厄介なんですよね、別にただの人間が此処に来て死ぬのならまだ良い。何故ならこの領域に入った瞬間に人はすぐさま息絶えるから。それ程までにこの場所は死の瘴気に満ちている。ですが、影響を与えるのはあくまで人間のみ、人ならざる者はそもそも此処に来ようとしない。それぞれ来たくない理由があるから」
そして、遠くに見える谷を見やる。
「あの谷の底には何があるの?」
「やはり、アナタは何も知らない。そう、何も知らない事がおかしいのですよ、まだ谷が出来ていなかった、古い時代に生きていた者だって知っている。それを知らないのは、現在において真実が継承されずに、継ぎ接ぎで伝承された新しい時代に生まれた。人ならざるモノ。例えばそう、最近生まれた全く信仰されない、否定された神...とか?」
「...!やっぱり貴方は私の事を知っている」
「初めまして、『謎』を司る神霊さん。ワタシはルシリス、この世界を管理する賢者の一人です」
そう言って、ルシリスはオーバーな仕草で丁寧なお辞儀をする。
「そう、アナタは若すぎたのです。まだ生まれたてで正しい知識を持てなかった」
「私にはああするしか無かった」
「ええ、ええ、そうでしょうねえ『謎』などという曖昧なものをどうして信仰心など持たせる事が出来ましょう。即ちアナタの存在理由、誕生理由も謎だった」
「貴方は...勿論知っているのよね」
期待の混ざった、複雑な表情で何を考えているのか分からないその顔を見る。
「神霊とは、『人々の信仰心や祈りが蓄積されて生まれるモノ』。水を信仰すれば水を司る神霊が生まれ、天を信仰すれば天を司る神霊が生まれる。あとはもう、お分かりですね?」
「...神霊は信仰されないと存在する理由が無くなる。それはもう、存在しないのと同じ。信仰が無ければ存在証明をする事も、力を振るう事すら出来ない。あとは、死を待つのみ」
「ええそうです。しかし、アナタの司る『謎』は少々特殊でした。謎といっても色々ありすぎて、アナタが何の謎を司っているかも分からない」
「...だから私は此処に来た」
「さてと、答え合わせしましょうか。」
そういって、ルシリスは深呼吸をして顔を見合わせた。
「まず、アナタの生まれ場所はこの世界の中心の国、『セイルストニア』で宜しいですね?」
彼女は聞き入るように黙ってこくりと頷いた。
「まあ『セイルストニア』が一番神霊が生まれやすいですしね。そう、神霊が生まれやすいという事は、必然的に信仰の取り合いが起こる。普通は取り合いといっても、人間が複数を信仰してどちらかが敗れるという事はありませんが、アナタの場合は、その司るモノの曖昧さと、生まれたばかりで全く見向きもされなかった」
「ええ、だから小国でも良かったから信仰が欲しかった」
「小国ならば、発展途上で神霊も少ない。しかし、信仰されないから小国まで行く力も無かった。だからアナタは無知の人間に対して、"この世界の果てに行けば一生見られない素晴らしいモノが見れる"という、稚拙な『謎』という噂を流した。謎は噂と直結し、噂は謎に連結する。いい発想ですね。しかし、いつの時代も騙される愚かな人間は居るようで、次々と騙され、死んで行った。信仰深い民なら尚更に。見てくださいよ、この彼岸花。全部人間だったモノですよ?ここはなんにも無い、死の瘴気があるだけの場所だったのに。素晴らしいモノが見れるなんて言うから、信仰によって彼岸花が咲いたんですよ?」
「私はただこの噂を知ってもらうだけで良かったのに、それだけで信仰が得られたのに」
悔いるように、言葉を絞り出す彼女を尻目にルシリスは話を続ける。
「しかし、予想以上に人が死にまくった所為でどんどん人はこの噂を否定し、やがて、この噂を知る者は居なくなった。アナタは自分を生んだ人間自身に否定されたのです。さあどうしましょう、信仰は得られない、噂は否定された。そこでアナタは策を思いついた。数多くの人間が死んだこの場所で、自分も死んで神域を創ってしまえばいい。そうすれば供養にもなるだろう。信仰も得られる。幸いにも、先の件で此処に来る為の十分な信仰は集まった」
「だから私は此処で死にたい。もう、私だって苦しみたくないの」
「それだとワタシが此処に来た意味が無いでしょうに、先程も言いましたが、この場所から出てって貰いますよ。自殺という身勝手な理由では尚更に」
そう言うと、おもむろにルシリスは手をパンっと叩く、たいして大きくもない音。ただそれだけなのに彼女は驚愕したように、目を剥き、ルシリスを見る。
「嘘...!神力が消えてる!?一体何をしたの!?」
「神力が無くなるのは当然ですよ、なんたって、アナタはもう『神霊』ではなく、ただの『人間』なんですから。『性質』が変われば『本質』も変わる、当たり前の事ですよねえ?」
なんてことないように、当たり前だと言うようなすまし顔でそう言い放つ。何故、どうしてこうなったのか分からない。
「まさか、それが貴方の、『賢者』である貴方の能力なの!?」
「ええ、そうですよ。さあアナタはもう神霊では無くなったので死ぬ理由も無くなりましたねえ。もはやアナタは魔力がちょっと多くてこの死の瘴気を耐えれるだけの人間です。さあお帰りくださいな、顔すらも忘れられた哀れな"元"神霊さん?」
「こんなの強引すぎる!私から死ぬ事すら否定するなんて!」
悲痛な叫びで彼女を責め立てる。しかし、ルシリスは瞳孔が開いた目と、その笑顔の不気味さだけで沈黙させた。まるでこれ以上は無意味だと言うように。
「だから、言ったでしょウ?アナタなんて、どうでもいいと。それではさようなら☆」
またもやパンっと手を叩く、その瞬間、彼女の背後に現れた姿見に吸い込まれてゆく。
「---!」
抵抗の余地もなく、姿見ごと消えた。
そして、水色のポニーテールの少女しか居なくなった花畑に静寂が満ちる。
「...精々、人間として新たな人生を歩んで下さい。それがあなたの出来る償いなのですから」
果てに咲く忘れられた彼岸花は、悲しそうに風に揺れていた。
『一口豆知識』
ルシリスは賢者の中でも比較的優しめ