プロローグ 世界を愛する賢者
「と、言う訳なので、この方に関しては注意したほうが良いかと☆」
三人しかいない、何処にあるかも分からない会議室の様な場所で、水色の髪をポニーテールに結った、常に瞳孔が開き不気味なまでの笑顔をした少女がそう言った。
「..ルシリス、貴様のその様子見する方向性は百も承知だ、だが少し悠長すぎだ、貴様が対処しないのなら私が直接出向く」
黒のロングヘアーに黒のゴスロリ、そして赤と黄のオッドアイ。しかし少女と呼ぶには少し幼い少女が、水色の髪のポニーテール――ルシリスと、そう呼ばれた少女に対して、見た目に見合わぬ口調と眼光でもって、彼女の意見に反論する。
「ですがぁ、早めに対処しすぎると"あの件"に関して十分な餌が確保出来ない恐れもありますし、いえ、貴方の事です、どうせそれも損得勘定に入れた上での事ですよねぇ?エリー?」
「...いくら身内しか居ないとはいえ、気が緩みすぎだ。愛称で呼ぶな、エルリヤと呼称しろ」
そう、エリー――エルリヤと呼ばれるゴスロリの少女が不服そうな顔でルシリスを睨む。だが、彼女の顔は変わらず、瞳孔が開いたままの不気味な笑顔のままである。
やがて、遂に折れたエルリヤはこう続けた。
「はあ...無論、その件の事も折り込み済みだ。だが、"餌に関しては、私の管轄外"だ、細かい調整は貴様がやれ」
他力本願にも聞こえるその言葉は、彼女にとってみれば、あまりにも"当たり前の事"で、その場にも居合わせている二人にも至極当たり前と、言わざるをえない意見であった。しかし、それに疑問を呈する者が居た。
「まぁまってよぉー。もし、エリーが最初っからその意見だったならぁ、別にこの場にいなくても良かったよねー?"隠し事"、してるでしょー?」
ここまで一言も発していなかった、薄黄色の髪を赤と黒のリボンでハーフツインにした、高身長にも関わらず、袖が通されていないダボダボの白衣を着ており、特異な目、両方模様の違う魔眼と言われる目をした少女が間延びした口調で彼女を訝しむ。
「...アーティア、貴様最初から分かっていたな?まあいい…そうだな、確かに、隠し事をしていたのは認めよう。しかし、此処で言うべきものでは無い。黙秘する」
アーティア。そう呼称された少女はあっさりと認め、堂々と、いっそ清々しいまでに、黙秘したエルリヤに対して「へえ、そう」と、まるで分かりきったかのような反応をする。
「まあ、私もエリーがこの場に来ている時点で何かあるとは思っていましたが、勘づかせる為だけに此処に来て、そして敢えて黙秘するとは、やはり貴方は頑固というか...まあ9000年の付き合いですし?これくらい分かってますよ☆」
9000年。彼女達にとってみれば何時の間にか過ぎ去っている時間だが、我々にとっては、文明が丸ごと変わるほどの、膨大な時間。そんな年数を生きているとは到底信じられないが、なんてことの無いように淡々と発言したルシリスには、決して虚言と断ずる事の出来ないような凄みがあった。
「...9000年かぁー、短いようでぇ長かったよねぇー」
「そうですねぇ、我々が賢者として活動して早9000年、これからもこの世界を、我々の愛する世界を護らなければなりませんね」
思い出に耽るように、二人は目を瞑る。不気味な笑顔を絶やさなかったルシリスでさえ、この瞬間だけは慈愛の感情が伺える表情をしていた。
『賢者』。世界を管理する四人の総称であり、約9000年に渡って、世界を管理し続ける存在。この世界の住人の殆どが知っている、あまりにも有名な代名詞。その姿や人柄を知る者は殆ど居らず、かといって神のように信仰もされず、伝承によって善にも悪にも描かれる、謎に包まれた存在であった。
...そう賢者は四人である。しかし、この場には一人足りないのだ。
「はあ、彼奴は今日も自分の領域に篭っているのか。どうせ動かないまま、この場を横目で監視しているのだろうな」
「ええ、誘いはしたのですが、あの尊大椅子女、一切動こうとしませんでしたよ。まあ彼女の性質上仕方のない事ではありますが」
彼奴、尊大椅子女などと散々に言われている四人目の賢者。彼女は滅多に自分の領域から動く事は無く、そして一切表舞台に立つことが無い変わり者の賢者であった。
「まあいい、私は帰る、思い出に耽っている場合では無いからな」
「待って」
そう言って、その場から立ち去ろうとした時であった。ふいに、アーティアが彼女を呼び止めた。
「なんだ?」
「この期に及んでぇ、まだとぼけるのー?まだ警戒対象に対しての対処が決まって無いよねぇー?エリーが立ち去る寸前で気が付いたけどぉ、徐々に話を脱線させて有耶無耶にしてぇ、こっそり自分が対処するつもりだったんじゃないのぉ?危ないなぁ、私が『認識』したんだからぁ、エリーはこの件に関して話をしなければならなくなった。もう逃げられないよー?」
「...チッ、気付かれたか、能力まで使ってくるとはな、今回は私の負けか」
「わぁ危ない、私全く違和感ありませんでしたよ、ティアのお陰で私も気付けました」
エルリヤは、心理学と論理学においては右に出る者は存在しない程の、賢者すら出し抜く技量を持っていた。つまるところ、彼女は最初から、わざと話を脱線させ、自分だけで問題を解決しようとしていたのだ。違和感を持たせないよう、自分からではなく、相手から話を変えさせ出し抜こうという、その手腕は見事なまでに巧妙であった。
隠し事などというのは真っ赤なウソ。此処に来た理由はまさしくこの為であったのだ。しかし、アーティアが『認識』した事によって、瞬く間にその『実体』は暴かれ、露呈してしまった。
「もー前から言ってるでしょー?自分一人でなんでも解決しようとしないでって」
「ふむ、それは承知している。だが仕方無いだろう、これが私の性格なのだから」
もはや何回も続けてきたこの会話には直すつもりは無いという、頑ななまでの意思が見て取れる。要するに何時も通りであった。
「貴方のその完璧主義は直りませんからねぇ、何時も私達に言われてるじゃないですか、完璧であろうとするのと、完全であろうとするのは別だと。」
そう咎めるルシリス。だが彼女に何を言っても聞く耳がないほど頑固な事を知っているからこそ、返答を待たずに続けた。
「さてと、では警戒対象に対しては私が処理しましょう。これでいいですね?」
二人はその言葉に満足したように頷く。全会一致のようだ。
「では、これにて報告を終わります。ではお先に失礼☆」
そういって、何の前触れもなく突如として現れた姿見に彼女は入って行き、その鏡ごと忽然と姿を消した。
後に残ったのはエルリヤとアーティアの二人。先に沈黙を破ったのはアーティアであった。
「…ルシィに行かせて良かったのぉ?今回に関してはエリーが一番適任だったと思うけど」
「構わん。むしろそのつもりだった。言っただろう?あの件に関しては折り込み済みだと。むしろティアが気付いたお陰で手間が省けた」
「ほーんと人が悪いよねぇ、エリーも。まあなんたって9000年の付き合いなんだしぃ?」
「ふっ、違いない」
これはそんな、主役は変わることはあれど、個性豊かな、世界を管理する賢者達の物語である。
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