無駄
気ままな一人暮らしをしている俺。
身の回りには、必要なものだけがあり、無駄なものは一切ない。
ワンルームのマンションには、日々の生活で使うものしか置いてない。
昔の思い出?そんなもんは思い出せりゃいい。
卒業アルバムも写真も、すべて処分した。
漫画、小説?そんなもんは一度読んだら用済みだ。
思い出せないくらい内容の薄いものならば、買うに値しない。
エアコン、パソコン、扇風機にベッド。
靴に帽子、傘、買い物袋。
着替えに、フローリングシートセットに、タオルが五枚。
風呂場に石鹸とシャンプー、風呂を洗う洗剤。
脱衣所に全自動洗濯乾燥機に洗剤。
洗面台に髭剃りと歯磨きセット一式、櫛と整髪料。
キッチンに鍋が一つと包丁一本、まな板一枚に皿とどんぶりがひとつづつ。
俺と同じ背の高さの冷蔵庫には、ビールの缶がみっしりつまっている。
カウンターに電子レンジとトースター、割りばしとプラスプーン、プラフォーク。
カーテンにシーリングライト、スマホ一式、細かい文具にメモ帳、通帳に印鑑、財布、カギ、各種カードに免許証、契約書……。
あまり物がないように見えて、意外とたくさんある。
人が一人暮らしてゆくためには、モノに囲まれていないといけないのだ。
二年ほど前、お袋が死んだとき、俺はすべての家財を一瞥することなく廃棄した。
実家を離れて30年、あの場所にあるものは、長きにわたって俺と相まみえていない。
30年一度も邂逅しなかったものが、自分に必要であるとは思えない。
高い金を払って処分をし、一度も実家に行かずに建物を潰し、土地を売り払った。
いらないものは、取っておく必要がないのだ。
極力ものを持たずに、暮らしたい。
余計な労力をかけたくない。
ものに囲まれてイライラするよりも、モノのない状態で、穏やかに気の向くままに暮らしたい。
俺のような人間を、ミニマリストというそうだ。
会社の同僚が、俺の家を訪ねた時に驚いていた。
何もないのに、よく平気だな。
寂しくないのか?
うちとは大違いだ。
同僚は、ずいぶん前に同期の女子と結婚をして、家庭を持った。
いわゆる高嶺の花、誰もが恋焦がれる、かわいくて気の利く女性。
結婚当初は、ずいぶん周りから持て囃されて、そのたびに鼻の下をのばしていた。
出しっ放しの荷物を捨てられたと言っては、俺に愚痴った同僚。
マズい飯を出されて、思わず閉口してしまったと笑う同僚。
子供が生まれて、寝る時間が取れないとふらふらになっていた同僚。
「お前も早く結婚しろよ。」
「家庭はいいぞ、温かいんだ。」
「子供は本当に宝だよ。」
口うるさく言われた時代もあった。
だが、俺はことごとくスルーを決めた。
そんなことを、聞かされたところで、どうせすっぱいブドウだと、知っていたからだ。
現に、ホレ、見た事かってね。
あんなかわいいかった女子は、しみだらけのきたねえババアになった。
あんなかわいいと自慢していた息子は、ぶくぶく太ったおっさんになった。
ピカピカだった新築の家も、外壁が剥げてみっともないし、時代遅れのデザインがダサい。
結婚なんてするもんじゃないね。
子供なんざ作るもんじゃないね。
家なんてもんは建てるべきじゃないね。
他人と暮らしたら、モノは二倍に増えるだろう。
他人がモノを置きたがれば、二倍どころじゃすまなくなるだろう。
人が増えれば、さらにモノが増えるだろう。
人が人を呼んで、モノを増やすこともあるだろう。
モノが増えれば、労力をかけなくてはならないだろう。
モノを増やさないために、一人で暮らすことを選んだ俺は、なんて賢いんだろう。
自画自賛をしながら、日課のブログで文字を綴る。
モノのない暮らしを共に楽しむ仲間は、パソコンの向こうにたくさんいるのだ。
毎日のコミュニケーションは、俺のモチベーションを上げてくれる。
今日も俺は無駄なモノの一切を排除して、快適な暮らしを堪能している。
不要なモノを家に置かない俺は、必要最低限のモノだけ買う事にしている。
今日の弁当を買うために、家を出た。
弁当を一つ買って、家に帰る。
弁当を食べ、プラスチックの器を洗って、ゴミ箱に分別しようとしたら、袋が入っていないことに気が付いた。
ゴミ袋が切れている。
買いに、行かねばなるまい。
俺は財布を片手に、買い物に出かけた。
ゴミ袋を買うついでに、弁当を買った。
家に帰って、弁当を食べた。
プラスチックの器を洗おうとキッチンに立ったら、洗剤が切れていることに気が付いた。
買いに行かねば、なるまい。
俺は財布を片手に、買い物に出かけた。
洗剤を買うついでに、弁当を買った。
家に帰って、弁当を食べた。
プラスチックの器を洗おうとキッチンに立ったら、洗ってないプラスチックの器があることに気が付いた。
……これはどういうことだ。
誰か、俺が買い物に行っている間に、ここで弁当を食ったのか?
釈然としないまま、弁当の器を二つ洗って、ゴミ箱に入れようとしたら。
ゴミ箱の中に、弁当の器があった。
……これはどういうことだ。
誰か、俺が買い物に行っている間に、ここで弁当を食ったのか?
釈然としないまま、弁当の器を二つ、ゴミ箱に入れた。
……風呂にでも、入るか。
……風呂に、入るには、何を用意するんだったかな。
……俺は、何をしようとしていたんだったっけかな。
……なんだか、腹が減ったな。
……俺は、今日の弁当を買うために、家を出た。