第七回 勇者が世界の半分で納得してくれない
どうも、四季冬潤とか言う者です。
お題を頂いていたので書かせて頂きました!
良かったらお題を下さると書きますので……!
ただ、力不足で書けないこともあるかもしれません。ご了承ください。
それでは、本編をお楽しみ下さい
彼は焦っていた。数々の盟友が消え、残されたのは自分とほんの少しの従者と娘だけだった。
彼はいわゆる『魔王』だった。自分がその名を名乗った訳では無い。魔王は世襲制だ。彼の叔父から魔王の座を受け継いだのだった。
当初、『魔王』と呼ばれた人物は魔族を初めとする人間からの被差別階級を保護していた者だった。その時代には魔王の考えに共感し、支援を行う国もいくつかあった。しかし今では人間以外を悪とする宗教に完全に支配されてしまった世界だ。今の魔王を支援する国など無く、僅かな人間の協力者も全て処刑されてしまった。
今の魔王である彼は、最初は初代魔王の遺志を継ぎ、人間との和解を実現すべく平和的に動いていた。その際に秘書として雇っていたのは人間の女性だった。しかし彼女が非人間の差別を無くせるかどうかの一か八かの会談の時に裏切った。彼女は非人間を差別する教会の狂信者だったのだ。彼女は会談相手だった国王全員を惨殺し、捕まえに来た傭兵にこう言い放った。
『全てこの魔王に脅されてやったことだ』
彼は必死に弁明するも、教会を汚染された彼らは一切耳を傾けなかった。彼はその会場から逃げ、再度説得出来ないかと考えていた。その姿は私たちが抱くような『極悪非道な暴君』とは全く違う、『民を思う賢王』であり、その世界を治めるのに申し分のない王だった。
彼自身も自分自身が王になった方が良いと自覚していた。しかし、そうしようとはしなかった。魔族が世界を握ることで、人間を迫害する可能性が浮上するのを良しとしなかったのだ。人間か、魔族か。その間に板挟みになっていた彼に更なる追い打ちがかかる。人類からの宣戦布告だ。
人類は宣戦布告と同時に魔族の土地に侵入。直ぐに近くにあった城塞都市を2日で落とした。その後ろにはとある人物の噂が見え隠れしていた。
そう、『勇者』である。
異世界から魔王討伐のために『召喚』されたという、魔王討伐のための人類の切り札だった。
そのことは魔王にも直ぐに伝わった。何とか諦めさせようと画策するが、魔族側とは圧倒的なまでの力の差だった。そのせいで彼の弄した全ての策が無駄だった。
彼は部下の魔族からの突き上げもあって、腹を括らざるを得なくなった。
そして、本格的な戦争が始まった。
人間180万人と魔族63万人の、戦力差3倍の戦いだった。魔族は全体的に人間より身体能力が優れてはいたが、数の暴力には抗えなかった。なにより、勇者が強すぎたのだ。歴戦の猛者も、彼の盟友も、最新兵器も、何もかもが適わなかったのだ。
戦力となる魔族の人数が40万人を切った頃、魔王は勝利することを諦めた。有志だけが戦い残りの魔族は散り散りに逃げ、魔族が滅びるのを防ごうとした。
これで戦力は160万人対4万人となった。タダでさえ少なかった魔族が10分の1になり、当然抗う事など適わなかった。しかし、その頃から勇者が戦線に出てこなくなった。真偽のほどは分からないが、噂では魔王を倒すために力を溜めていると言われていた。
そのためかなり善戦し、魔族側が壊滅した時には人類の戦力は105万人にまで減っていた。人間側の死者の大部分が、逃げる時間を稼ごうとした魔族たちの自爆魔法の特攻による死者だった。
そのおかげで人間は戦闘以外に気を割けず、非戦闘員や逃げる選択をした魔族たちはみんな気付かれずに逃げ出すことが出来た。それに紛れて彼の娘も逃げさせることに成功した。これで魔王の跡継ぎは問題なくなった。彼はあの子は聡明な娘だから、ほとぼりが冷めた頃に自分の遺志を継いでくれるだろうと思った。
そして遂に、人類が魔王城にたどり着いた。自らの意思で残ると決めた従者以外は全員退避済みだった。魔王は既に全ての事を終わらせていた。後は勇者と対峙し、あわよくば倒すことだけだった。
勇者たちが、魔王の待つ謁見の間に入ってきた。勇者に付いている女の中にはあの時裏切った女もいた。軽く苛立ちを覚えるが、それだけだ。悲しみ、怒り、嘆き……。もう、彼は空っぽだった。
しかし、魔王として、何もせずに討ち取られるのは出来ない。あくまでも一国の王だ。簡単に負けを認める訳には行かなかった。
そして彼は、考えていた台詞を苦りきった口から出した。
「勇者よ、よくぞここまで来た! 貴様が殺めた数々の魔族の魂、さぞかし甘味だったろう!」
彼は怒っていた。頭の芯は冷静だが、友人や慕ってくれていた家族同然の魔族たちを何万人も殺されたのだ。怒るなという方が無理だった。だから、放つ言葉もトゲトゲしくなっていた。
「だが、もし貴様が我の側に付くというのであれば、全てを許そう! 我の同胞の命を預かった我が直々に許そう! どうだ、我と共に歩まないか! さすれば、世界の半分を貴様にやろう!」
彼は世界の半分だなんて本心ではこれっぽっちも思っていなかった。ただ、直前まで世話をしてくれていた従者が逃げるための時間を稼いでいるだけだった。
だから、勇者もそれを拒み、戦いを挑んでくるだろうと確信していた。
その勇者が、一瞬の逡巡の後口を開いた。
「……全部だ」
「何だ、聞こえぬぞ!」
「全部だ! お前と俺の2人で全部だ!」
「……どういうことだ?」
魔王は困惑していた。彼の想像していた展開と全く違う展開になった。
「……俺はこの戦闘漬けの日々で、1度迷子になったんだ。その時のことだ……」
◇ ◆ ◇
俺は逃げた魔族を追いかけて街の中まで入っていった。魔族に追い付いて殺したところで、俺は道に迷ったことに気が付いた。
その時助けてくれたのが魔族の幼女だったんだ。
彼女は魔族の返り血で紅く濡れていた俺を街の出口まで導いてくれたんだ。その時、俺はどうして人間の俺を助けるんだと尋ねた。その子は言ったんだ。
『ヒトも魔族も、変わらないでしょ?』ってな。
その時、俺はハッと気付いたよ。魔族も人と変わらないんだって。
それからは、俺は戦闘の途中で抜け出しては魔族の人たちと会話をしに行った。その頃にはもう魔族たちが逃げ出し始めていたな。
大体の魔族は『同じ星の元に産まれた生き物なのに、どうして自分の方が偉いなんて思っているのか分からない』というような事を言っていた。中には人間を恨んでいる魔族もいたが。まあ当然だな。
それで、俺は分かったんだよ。本当の悪は魔族じゃなくて人間何だってな。
だから、俺は途中から戦線に出るのをやめた。魔王を倒すために力を溜めなければならないって言って。
結局魔族は全滅してしまったが、その時には魔族を殲滅したぞ! と喜ぶ人間たちに腸が煮えくり返る思いだった。
こんな奴らが世界を握っていいのか? ダメだろ。奴らの言い草に乗せられた俺も同罪だが、こいつらに覇権を握らせる訳にはいかない。
◇ ◆ ◇
「だから俺は魔王……お前と世界を変えたいんだ……!」
悲痛な顔持ちの2人が沈黙で向き合う。逡巡して、魔王は口を開いた。
「それは、信じていいのか? 本当に我らを助けてくれるの……」
「何を仰るんですか勇者様! そんなクソの術中に嵌ってはいけません!」
「うるさい! ……お前は怪我をしないうちに帰れ」
修道服の女がヒステリックに叫ぶが、勇者が一喝して黙らせた。
「くっ……邪教徒め! 神罰が下るぞ!」
そう言い残して修道女は出ていった。
「お前もだ」
かつて魔王を裏切った女も、黙って出ていった。
「これで邪魔者はいなくなった。どうだ? 魔王よ」
「……我にとっては藁にもすがる思いだが……」
「当然、人間たちに相応の報いは受けてもらう。無闇に殺すつもりもないがな」
「……いいだろう」
魔王と勇者、本来は敵対するはずの両者が手を取った瞬間だった。