第四回 方丈記 ゆく川の流れ 現代アレンジ
小川のせせらぎを聞きながら、読書をする。こんな幸せが、ほかにあるものか。
◇ ◆ ◇
千葉県のとある二流伝統工芸流通会社の営業である俺は、昨日、三重県の伊勢市と津市の伝統工芸品、根付と伊勢木綿の取引に出張していた。飛行機で成田空港から中部国際空港まで飛び、そのあとは船で津なぎさまちまで行き、そのあとはレンタカーを借りて津、伊勢と連続で取引をしてきたところだ。
そして、今日は日曜日。そして明日は祝日で2連休だ。更に、明後日の火曜日も有給をとってあり、3連休である。なので、今日、明日と三重の観光をする予定でいる。取引も無事に終わったことだし、これぐらい構わないだろう。三重に来るのは何気に初めてなので楽しみである。
今日は伊勢の少し松坂よりのところにホテルをとっていたが、明日は津駅周辺でホテルをとる予定だ。なので、チェックアウトと同時におすすめの観光地を聞いてみた。すると、予想通り伊勢神宮との答えが返ってきた。そこはもともと行く予定だったので、他に無いかどうか聞いてみたところ、猿田彦神社と返ってきたので、今日はそこに行くことにする。スマホの地図アプリで位置を調べたところ、伊勢神宮の手前に猿田彦神社があったので、猿田彦神社の後に伊勢神宮、そしておかげ横丁も回ろうと思う。
今日の予定を立てたところで早速レンタカーで伊勢神宮へと向かう。流石に有名観光地なだけはあり、非常に混雑していて、駐車するのに30分もかかってしまった。駐車してから車を降り、自販機で缶コーヒーを買って飲み、一息つく。すごい人だ。まだ駐車場でしかないというのに、かなりの人でにぎわっている。正直、ここまですごいとは思っていなかった。読みが甘かったようだ。この分だと、賽銭を入れるのに苦労するかもしれない。だが、まずは猿田彦神社だ。ここからだと伊勢神宮とは反対方向になるが、気にしない。
歩いて5分、猿田彦神社に到着。伊勢神宮の方と比べると人は随分少ないが、それでも神社としては人が多い。昔はどこの神社もこんな感じだったのだろうか。昔は集会所も公民館もなかっただろうから、神社で集会もしていたのかもしれない。
俺の家の近くの神社より圧倒的に大きい神社だ。流石は三重、非常に風情もある。近くに伊勢神宮があるせいか人は少ないものの、もし東京にあったら沢山の人が来そうだ。俺は実はこういう神社などといった昔ながらの建築物が好きで、東京にあれば休みの日に行っていたかもしれない。
賽銭箱に五円を投入し、二礼二拍子一礼の作法で参拝をする。猿田彦神社が祭っている神は猿田彦大神で、ご利益としては確か導きの神であり、あらゆる方面で導くことから交通安全から出世繁盛、恋愛成就まで多岐にわたるご利益を持ち、また、天狗の先祖だっただろうか。俺は恋愛に関してはどうでもいいので交通安全と出世を祈っておくことにする。
参拝を済まし、他にすることもないので早々に引き揚げて今度は伊勢神宮の内宮の方へ向かう。猿田彦神社に向かってくる人は少ないのに、駐車場まで戻ると伊勢神宮の方に向かう人でいっぱいだった。現在時刻は13時過ぎ。この分だと伊勢神宮方面の食事処は非常に混雑しているだろうから、踵を返して反対方向の食事処を探す。この分だとどこもいっぱいかもしれない。最悪の場合、コンビニで買うことになるかもしれないな……。
無事に飲食店で昼食を摂ることができた。まさか定食でサザエが付いてくるとは……。流石は伊勢、魚介類が豊富だ。
腹も膨れたところでいよいよ伊勢神宮へ向かう。昼時を過ぎたからか、人の数はさらに増えてもはや一種のカオス状態だ。駐車場でこれは本当にひどい。果たして俺は、無事に参拝できるのだろうか?
人の流れに流されるままに伊勢神宮の内宮に入った。人が多すぎて道中の景色や店を眺める余裕もなかった。木の色のままで赤く着色されていない巨大な鳥居をくぐると大きな橋――名称は知らないが、確か宇治橋だった気がする――を渡り、もう一度鳥居をくぐるという二重鳥居になっている。そのあとは砂利道が続き、でも割とすぐに川が見える。島路川という名前らしい。すごく水が澄んでいて綺麗な川だ。人が多いせいか魚の姿はないが、太陽の光を反射してきらめく島路川はとても幻想的な光景だった。ふと、上から葉っぱが落ちてくる。その葉は水に着地すると、すぐに流れにのまれて下流へと下っていく。この光景を見た俺は不意にこんな文が思い浮かんだ。
『ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず』
方丈記のゆく川の流れの一文だ。水が流れていったら戻ってこないことは今となっては当たり前ではあることだが、当時はそれが不思議なことだったのかもしれない。そのゆく川の流れの次の一文を思い出し、川の淀みに目を凝らす。そこには、分の通りに泡が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返して、泡が長いこと留まっていない。その文を今一度思い出す。
『淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし』
後ろを振り返ってみると、人はみな留まらずに、境内の外か賽銭箱の方に向かっていく。なるほど確かに誰も留まらない。留まったように見えてもみんな必ずどこかが動いている。それは手だとか足だとか、人によって違うものの、動いていることに変わりはない。かくいう私も頭の中がとどまることを知らずに動き続けている。方丈記の作者は確か鴨長明だったか、恐るべき観察眼である。
しばらく川の流れを観察した後、本来の目的である参拝をしに歩き始める。人の数は減るどころかますます多くなり、これは本当に参拝するのに時間がかかるかもしれない。しかし、だからと言って諦めて帰る気はない。せっかくここまで来たのだ、帰るなんてもったいない。内宮神楽殿を通り過ぎ、ついに正宮の前にたどり着いた。混んではいるものの、人の流れは思ったよりスムーズで普通に参拝できる。というか、賽銭箱ではなくて布の上にお金を投げ入れるというのはいかがなものなのか。天照大神に失礼な気がする。
しかし、俺はそのことをとやかく言うつもりはないのでさっさと五円玉九枚を取り出す。合計四五円だ。
賽銭にはお金の額で縁結びがある。五円は『ご縁がありますように』、二〇円が『二重にご縁があリますように』、四五円で『始終ご縁がありますように』となる。単なる語呂合わせだが、俺は良い語呂合わせだと思う。そもそも語呂合わせって、それに新しい意味を与えているわけだから、元々は意味がない訳だ。だがしかし、それを長い間使うことによって、道具と同じように力を持つようになるのだと思う。だから、安直かもしれないが俺も語呂合わせである四五円を使う。
四五円をひと思いに投げる。五円玉九枚が綺麗に弧を描き、布の上に落ちる。落ちた音は人の声にかき消されて聞こえない。しかし聴覚が使えなくても視覚は生きている。九枚全て落ちたことを確認して、二礼二拍子一礼で参拝をする。何かを願うわけではない。天照大神は幸福を招く。本来は太陽神&巫女だが、日本人の場合は幸福も招くそうだ。だからご利益としては家内安全、豊作、運気上昇などとなる。
あくまで俺の意見でしかないが、神は信仰心が無いと力を発揮できないと思っている。そのため、古事記にもあるように、昔の神々はとてつもない力を誇っていたが、今の神々は大した力を持っていない。信仰の如何では天照大神や天津甕星のように全国規模の神よりも、その地域の土着神の方が強い力を持つこともあったらしい。一応断っておくが、俺は一介のサラリーマンであり、神学者ではない。そのあたりははき違えないように。というか、この考え方は博麗神主という人物の影響が強い。したがって、持論ではあるものの、俺オリジナルというわけでもない、少し語るには微妙なラインではあるのだが……。
閑話休題。参拝が終わったのだ。こんなところでぼーっと突っ立っていたら邪魔でしかない。さっさと移動しよう。
来た道を戻るのだが、内宮神楽殿で右に曲がり御厩の方へ行くルートをとらされる。休憩所があるが、特に休む必要も感じないのでスルーする。
後はおかげ横丁周辺でお土産でも買うか。その後は津まで行ってから久しぶりに飲むことにしよう。仕事が忙しくてここ3週間は飲んでいなかった。たまにははっちゃけよう。
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次の日。昨日の夜の記憶が無い。どうやら飲みすぎてしまったようだ。幸いにも二日酔いにはなっていないので、次は気を付けることにする。
昨日は人工物だったので、今日は自然を楽しむことにしよう。そう思い、今日泊まった旅館の女将さんにおすすめの場所を聞いてみると、白山町、美杉町の方の川がおすすめらしい。言われたとおりに向かってみることにする。
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とりあえず白山町の方に来てみた。近くに県庁があるとは思えないほど田舎だ。山道を進んでいくと小川があったので、車を停めて降りる。川幅は3mというところだろうか。川の両端には直径30㎝以上の岩がごろごろと並び、典型的な川の上流だった。
俺はとりあえず河原に座り、水の流れを目で追う。川は森に挟まれていて、THE・自然という様子だ。
そういえば、ゆく川の流れには『棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひ』という一文があったが、よく見るとこれは木々にも当てはまる。まあ、こちらは見栄などというものではなく、生存競争なのだが、当時の人はそういうことは分からなかったのではないだろうか。鴨長明もこのことを文中に書いてないというのは、気付いていなかったのか、はたまた生存競争であるという事に気付いていたのか。もし後者なら恐るべき観察眼だ。前者なら鴨長明はまだ一般人の範疇だったわけだが。何とこんなところで才人と凡人の境目が出てくるとは。やはり、古典は自身の実体験をもとに見るのが面白いな。
こんなことを考えていると急に読書がしたくなってきた。特に古典が読みたい。だが、古典作品は今手元になかったので、第149回直木賞受賞作品を読むことにする。先日ブック〇フにて110円で売っていた本だ。
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小川のせせらぎを聞きながら、読書をする。こんな幸せが、他にあるものか。
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そういえば、俺の家の周りには古い家が無い。ニュータウンだからなのだが、町のはずれに一軒だけ昔からある大きな家があったが、去年火事で焼け落ちてしまってもう残っていない。今は他の人が土地を購入して新たに家が建築されている。昔と変わらない所なんてそんなに残っていないんだなと実感することしきりだ。今は特に物の移り変わりが早い。3年も行っていない所なんてもはや見知らぬ土地と変わらない。高校時代の友人で今でも連絡を取っている奴なんて3人しかいない。俺もどんどん年を重ねていっているし、伊勢神宮でも思ったが、本当に時間やモノなんて留まらない。今目の前にある川も水が流れていったら戻ってこないし、泡が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返して、泡が長いこと留まっていない。こういう風景は何処でも一緒だが、確かに不変性の象徴かもしれない。
先日、俺の高校時代からの友人に息子が産まれたらしい。同じ日に親戚の人が死んだという事もあって、忙しくてまだ顔を出せていないが、旅行が終わったら顔を出しに行くとしよう。数少ない連絡のつく友人だ、大切にしなければならない。
おっと、いつの間にかもう昼時か。来る途中にあった中華料理店で昼食をとって津の方に戻るとしよう。
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夜になり、もう明日は帰るだけだ。最近中々羽を伸ばす機会が無かったから、今日の旅行はいい気分転換になった。今日の宿も、昨日の宿も、一昨日の宿も一回しか止まっていなくて、正に一期一会だ。
……ちょっと待て。一回ゆく川の流れの文を全文思い出せ。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。』
嘘だろ、今回の旅行が全てゆく川の流れの内容をなぞっている……だと?
どうも、四季冬潤とかいう者です。
今回は自発的お題、『ゆく川の流れ 現代アレンジ』でした!
文芸部の部誌用の作品なのですが、過去最高難易度のこのお題、書くのにすごく時間がかかってしまいました……。
もう既に次回のお題は頂いていますが、他の小説に一話ずつ投稿してから執筆にとりかかるのでまだ時間がかかります。
でも、今月中には出せると思います。
ではでは。