第3話 幸せの定義
第3話更新しました。
重いため息をつきながら、東雲は机に張りついて落ち込んでいた。まぁ、俺も同様である。
「くっふっふ〜、どうだいともくんたち…これが権力だよ!」
「まぁ、分かってましたけど…やっぱりこうなるんですね」
「2人1組だとののちゃんがあぶれちゃうからね」
「あれ?それなら3人でも良かったんじゃないですか?」
「まぁ、私もそう思ったんだけどね、パパが『それなら4人1組はどうだい?』って言うからさ」
この場で言うパパとは恵先輩の父親である理事長のことだろう。プリントに目を通した時に感じたのは去年のメンバー同士が合わさって4人班になっていることが多いことだ。理事長は娘のわがままを受け入れつつ、各生徒へのケアは怠っていないようだ。
「あれ?それなら有斗は巻き込まれただけってことですか?」
「ん?まぁ、そうなるね」
「1番の被害者ですね…」
「被害者ってなにさ!そこは喜ぶところでしょー?」
「先輩と燈君、静かにしてください。今は授業中です。」
「あぁ、ごめんな」
「リョーかいっ!」
少し話が盛り上がりすぎたようで、東雲に窘められてしまった。先生も少し苦笑いしながらこちらを見ている。
「まぁ、とりあえずは顔合わせと行こうか。各班毎に別れて去年のテーマを紹介し合おう。それを踏まえて今年の新テーマを決めるとしようじゃないか。」
「岡本先生!それでは他学年との連携はどうするんですか?」
「あぁ、言ってなかったな。この第二課外活動はうちのクラスだけで試験的に行う取り決めなんだよ。」
「えっ?それってどういうことですか?」
「なんでも、うちのクラスが大変優秀だから横の繋がりをもっと意識してより活躍の幅を広げて欲しい。と理事長が仰せのようでな。」
つまりは娘のクラスだけいいようにやらせるにはそれなりの理由が必要だったってことだろう。理事長も苦労してそうだな、わがままな娘から見放されないように付き合っているのだろう。まぁそこで止めないあたり親バカなのも伺えるがな。
本当の理由を知らない生徒達は“優秀”や“特別”といった言葉を単純な褒め言葉だと感じているらしく、先程までの不穏な空気は無くなり一気に色めき立っている。俺や東雲とは対照的すぎて悲しさすら感じてきた。
「…あの、燈くん?」
班ごとに分かれ始めたところで有斗に声をかけられた。有斗は創進学園の合唱部に所属している。唯一の男子部員らしいのだが、一見女子と見違うような外見と中性的な高い声をしている。言われなければ男子だと気づくことすら難しいだろう。未だに男子更衣室に有斗が入ると途端に緊張感が走るのはそのためだ。
「あぁ、ごめん。有斗はそこの席を使ってくれ」
俺は一つ前の席を指さすと、有斗はうなずきながら席に掛ける。東雲も自然に右斜め前の席に動いて班を作った。さて始めようかと思ったとき、恵先輩の暴走が始まった。
「はぁぁぁ!?可愛いすぎでしょ!去年ともくんにここの女子メンバー教えてもらったけどこんな可愛い子いなかったよ?」
「まぁ俺が教えたのは女子だけですし」
なぜかキレ気味に問い詰めてくる先輩に軽く有斗の説明をする。
「え?ほんとに?こんなに可愛いのに男って…」
「なんか、ごめんなさい…」
ふいに視線を向けられた有斗は、申し訳なさそうにしている。謝るべきは先輩の方なのだが、有斗の件に関しては先輩の気持ちも分からなくはないので強く言えない。
「まぁ、その話は終わりにして去年の活動内容について話し合いましょうか」
「そうだね、燈くんと東雲さんは同じ班だったんだっけ?」
「それに恵先輩も同じ班だったから、四人中三人は同じ班だったことになるな」
何も知らない有斗は「すごい偶然だねっ」といいながらキラキラした視線を向けてくるが仕組まれたことを知る東雲は複雑な表情をしている。
「なら僕から説明するね」
「あぁ、よろしく頼む」
有斗は軽くうなずき返すと、説明を始めた。
「小学生や中学生と一緒にサッカーしたり、コンサートで歌を歌ったりしたかな?結構楽しかったよ!」
納得の表情を浮かべる俺とは違い、恵先輩と東雲は首を傾げている。そこに、先ほどまで別の班にいたクラス委員の熊谷勇気がやってきた。
「それでは伝わらないと思うぞ?有斗、俺が補足しよう。近くの運動場を借りてサッカー教室を開催し、子供たちから外遊びの時間や不満点を抽出したんだ。その時大きな問題点としてあがった”遊び場の確保”をするために、運動場の新設を市に提案し、近隣の小中学校と連携して創進学園主導のチャリティコンサートを開催することで、その費用を集めていたんだ。」
突然現れた勇気は「まぁこんなところだな」といって去っていく。勇気は去年の有斗のペアだ。今年はどうやらもう一人の留年生である深月とペアの様で、二人で別の班に合流していた。補習組の俺と有斗は通じ合うところがあるから最初の説明でわかったが、東雲と恵先輩は勇気の説明を聞いてようやく理解したらしい。
「地域交流とはなかなか面白い取り組みですね」
「なんだか結構楽しそうだね~」
「えへへ、恵さんたちはどんな活動をしてたの?」
「くっふっふ~、ついに聞いてしまったわね!」
恵先輩は待ってましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がってポーズを決めた。ドラムロールのつもりだろうか、デケデケデケ~と口ずさんでいる。やっていることはただのあほの子だが、なまじ見た目がいいわけで、そういった行動すらも絵になっているのがこの人のずるいところだ。
「私達の活動は~、創進学園広報部よっ!」
「デデンッ!」と言い切ると、先輩はこれでもかというほど完璧なドヤ顔を披露した。なぜなら、この学園広報部は先輩が創立した新しいクラブであると同時に課外活動の一環として認められているからだ(理事長権限で)。ちなみに俺は登校中に「今年はともくんとののちゃんともっと遊べるね!」と言われていたのだが、先輩の言葉が何を示していたのかようやく理解した。
「簡単に言うと、いろんな場所に行って、創進学園の名を広めるのが活動内容の最高の課外活動よ!」
さらに、胸をそらして腰に両手を当てながら先輩はこう続けた。
「今年は四人でやるわよ!!」
有斗はそれを聞き「おぉ~!!」と気の抜けた声を出している。ふと立ち上がり、俺の傍に駆け寄ってくる。
「なんだか僕、運が回ってきたかも!よろしくねっ燈くん!」
「そ、そうだな。よろしくな、有斗…」
回ってきたのは幸運なのか悪運なのか。有斗の身を案じて、俺と東雲は完全に戸惑ってしまっていた。
有斗君はこれからどうなるんでしょうか。彼には幸せになってもらいたいものです。