第2話 先輩と後輩
太陽が眩しい二日目の朝。何やらドヤ顔の恵先輩と2人仲良く?登校してる訳だが。
「どう?思い出した?」
「思い出しましたよ…ていうか恵先輩留年したとか初耳でしたよ?」
「言ってなかったもんね」
「言っておいて欲しかったですよ」
面と向かって「心構えが出来るから」、とは口が裂けても言えない。訳あって俺は恵先輩に頭が上がらないのだ。
「なるほど、心構えが必要だったわけか」
「心読まないでくれません?」
「それはそうと今年から同級生なわけじゃん?先輩って呼ぶのはちょっとおかしくない?」
先輩こと船岡恵は留年生である、そのため元々は一個上の先輩でも今は同級生というややこしい関係になっている。名称の変更を頼まれるのも普通のことなのか?デリケートな問題でもあるのでその辺は難しいところである。
「流さないでくださいよ…まぁ、でも去年までは先輩なわけですし、わざわざ変えなくてもいいんじゃないですか?」
「じゃあ今日から恵って呼んでねっ!はい決定!異論は認めません!」
「相変わらず強引だなー。もう船岡でいいですか?」
「それパパの前でも同じこと言える?」
「申し訳ございませんでした、これからは恵様と呼ばせていただきたく思います」
「だから恵って呼べー!」
俺達の通う創進学園は現理事長である船岡大輔が国や諸企業と協力して創立した新プロジェクトの一環である。若者の技術定着、技術創成の土台の形成を目的としながらも、将来的には自社採用を目的としたものだ。
恵先輩はその理事長の1人娘なのである。成績優秀にも関わらず不自然な留年、岡本先生の雑な説明。何かしら上の力が働いているのは事実のようだった。
「…恵、そろそろ学校に着くぞ?」
冗談半分で言ってみたものの、慣れてないので恥ずかしくなる。先輩に視線を送ると、何やら見慣れない端末?のようなものに繋げたイヤホンを耳元に当てていた。
「それなんですか?」
「ん?あぁ、これはボイスレコーダー」
「え?いやなんで?」
「さっきのはやばかったからリピートしてるの」
耳を澄ますと着けていない方のイヤホンから俺の声が漏れ出ていた。この距離で聞こえるってことはかなりの爆音だろう。
「あぁぁぁしみるぅぅぅぅ」
「えっ?何この人こわ」
「興奮で耳がキンキンしてるよ!」
「それ音量のせいですから!ていうか恥ずかしいんでそれ消してください!」
先輩の手元からボイスレコーダーを奪いデータを消す。隣から「ひどい!私の宝物なのに!」なんて、切なげなセリフが聞こえてくる。
この人は海岸で見つけた綺麗な貝殻を「宝物っ!」なんて言って持ち帰るタイプだろう。なんか俯いたあと少しニヤけてるのは気のせいか?気のせいと思うことにする。考えすぎは体に良くないからな、多分。
先輩と楽しく?会話していたらあっという間に学校に着いてしまった、敷地沿いに植えられた桜の木に見とれてしまう。先輩も隣で「やっぱ桜って綺麗だよね」なんて言いながら上目遣いでこちらを見つめてくる。その仕草はとても愛らしく、胸をくすぐられたような気持ちになる。
あっ、可愛い。
不意に抱いたその感想に恥ずかしさがこみ上げる。悔しかったが、たまにはちゃんと声に出しておくことにした。
「あっ、あざとい。」
「ちょっとー!そこはせめて「あっ、可愛い」でしょーが!」
「いえ、あざとかったので妥当かと」
「相変わらず素直じゃないなー君は」
「そんなところが可愛いんだけどねっ」とつぶやき。クスッとはにかむ先輩と校舎に入る。昇降口には同級生の姿が散見される、「おはよう!」という軽い挨拶と共に好奇の視線が向けられているが、気にしない方針で行こう。後でいじられることは確定している、それなら自分から出向く必要も無いからな。ため息をつきつつ席に座り、静かに授業開始のチャイムを待つ。
1年も経てば各々のキャラクターやポジションも固定化される。俺の場合はみんなに良いようにいじられることが多い、その分勉強なども教えてもらえるのだが、あまり褒められたものでは無い。
「おはよう、燈君。今日は遅いのね」
「おはよう、東雲。朝から色々あってな」
左隣の席の少女、東雲乃々香は1年の時同じ課外活動の班だった、元々学科ごとに各学年2人ずつの合計10人という1年生から5年生までの混成チームで結成される。2年生の恵先輩も同じ班だったことで知り合うことになった。つまり恵先輩のわがままに振り回された被害者の1人のわけで。
「まさか恵先輩が同じクラスになるなんてね…夢であって欲しいと思ってたけどダメみたいね」
「俺なんて家出たら目の前に先輩いてさ…もう泣きたくなったよね」
「そんなに仲良かったの?知らなかったわ」
「俺も知らなかったよ」
「何それ」とクスリと笑う乃々香。目鼻立ちの整った女の子特有のお高くとまったような雰囲気とは似ても似つかない気さくな彼女は学年トップの実力を誇る才女だ。去年はテストの度にお世話になったものである。
「ちょっと何二人で話してるのさ!私も混ぜなさぁーい!」
「先輩、授業が始まります」
「んなっ!?」
恵先輩が混ざろうとしたタイミングで先生が教室のドアを開いた。「ののちゃんひどい…」などと呟きながら先輩はこちらを向きつつ椅子にもたれかかる。
今日のLHRの内容は例年通りなら課外活動の班分けである。2年生以降は去年と同じ活動を引き続き行うはずだったのだが…
「ホームルームだが、活動班の班分けについて注意事項があるからしっかり聞くように」
隣の席から「くっふっふ…」と怪しげな笑い声が聞こえる。嫌な予感がする。左の席の東雲とも目が合う、同じ考えのようだ。
「今年から急な変更が入った、活動班は2人1組から4人1組の合同班に変更する。それに伴い現在の活動班は解散。活動内容は引き続き継続しつつ、もう1つ新規で取り組んでもらうことになった」
教室内からは反発の声が大きく、活動内容が増えるということもあり苦悶の表情を浮かべるものも多い。
「何かこちらにメリットはあるんですか?」
「ああ、最終修了単位数を増加する。それに伴い1~5年継続での科目だから、その分高学年時での選択科目数は大きく減らせることになるな」
クラス委員の相澤勇気に対する返答にみんなは思わず唾を飲み込んだ。これめっちゃ好条件では?確かに通年継続科目の内容が多くなるのは大変だ、だが多くの場合自分で内容を選択した上で内容は確定され、学年を超えた縦のコミュニティ作成を目的として行っているのだ。つまり断る理由も無くなったわけで…
「あぁ、ちなみに、班分けはもう既に終わってるからプリントでメンバーを確認してくれ。」
配られた各班のメンバーに一通り目を通す。最下段の班員を見てやっぱり、という感想が浮かんだ。班員は昨年同様俺幸村燈、東雲乃々香、クラスメイトの九紋有斗、そして隣からニヤけ顔を覗かせる恵先輩の名前が書かれていた…
理事長の娘、権力による横暴は慣れたものなのでしょうか?