1.
私が学生時代に学んだこと、それはこの世の摂理だと思っている。
人は決して他者と関わらずして生きることはできないという事。
誰しもが競い、争い、他者を踏み越えて自身を自身たるものにするという事。
そして、人というものがどれほど脆く、醜く、信用に値しない生き物かという事。
中学に上がるまでは、私も至って平凡で穏やかな生活をしていた。
人並みの学力、平均的な体力、ごく一般的などこにでもいる女子生徒。当たり障りのない会話をし、同じ学び舎で退屈な授業を受け、中身のない時間を共に過ごすなんとも薄っぺらい友情で結ばれた学友。それがいつまでも続くなんて馬鹿げた夢を見ていた。
でも今思えば学校とは社会の縮図で、これから身を投じることとなる醜く愚かな世界を体験させる場だったのだろう。そこで適応してアンテナを張り巡らせ、絶対的強者となった人間の大半が社会においても同様に成功し、うまく泳ぐことのできなかった者達が搾取され、虐げられる。結局は何も変わらない。
所詮、この現代社会というものは残酷で虚しい場所である。
「沙紀?どうしたのぼーっとして」
ハッとして顔を上げると訝し気にグラス片手にこちらを見やる茜音が見えた。その綺麗な顔にははっきりと心配の色が移っており、そこまで見てようやっと今までぼんやりと物思いに耽ってまともに食事に手を付けていなかったと気づく。苦笑と共に謝罪しグラスに入ったアルコールを一気に口に含むと先ほどより強く茜音の眉間にしわが寄ってしまった。
ああ、もったいない。この美しい顔に、心優しい親友にそんな表情は似合わないのに。
「大丈夫だよ、ちょっと学生の頃を思い出してたの」
「…何かあったの?」
「ううん、何も。ただ茜音と会えてよかったなって、そう思っただけ」
「…あっそ、ならいいけど。てか、一気に飲むのはやめなさいよあんた強いわけじゃないんだし」
少しだけ私を見つめた後、やさしく笑ってグラスを置き、かと思えば思い出したかのようにこちらを睨んでネイルの施された美しい指を突き付けてくる。そんな茜音のコロコロ変わる様になんだかおかしくなってしまって、私はまた静かに笑うしかなかった。
今目の前にいるこの人と出会えたこと、それだけでも十分私は運がよかったのだろう。
「――――仕事、最近は上手くやってるの?」
食事を摘まみながらたわいのない会話を楽しんでいると、ふとしたことから仕事の話になった。元々、私の対人関係の悩みその他もろもろ全て知っている茜音にとっては今日の本題はそこだったのだろう。
「…うん、楽しくやらせてもらってるよ。マスターもいい人だし、常連さんともちょっとずつお話しできるようになったし…ほんと、あの店で働けるようになってよかったと思うの」
「そ、なら安心したわ。この前会った時『お客さんに凄い話しかけられるんだけどどうしよ~!』…なんて珍しく泣きついてきたときはどうしたもんかと思ったけどね」
いやーあれは酷かった…なんて言いながらけらけら面白そうに笑う茜音だが、こちらとしては笑い話ではない。そもそも【あの店で働くきっかけ】事態がそういったコミュニケーションと無縁にさせていたのだし、今更ながら自分でもよくやろうと思ったものだと感心しているのだ。そう思うと始めたての頃の取り乱しっぷりがあまりに滑稽で、私は顔を覆って呻くしかなくなってしまう。
「でもま、正直ほっとしたわ」
「…え?」
顔を上げると、茜音は机に肩ひじをつき、優しくて頼りがいのある私の大好きな笑みを浮かべていた。その笑みはいつも私を救ってくれる。高校の時も、大学の時も、そして【前】も。
「【あんなこと】があったし、正直もう駄目なんじゃないかって心配してたのよ。だから、やりがいがあってしっかり前を向けてるなら頑張りなさい、あたしで良ければいつでも相談に乗るから」
「…うん、ありがとう茜音…私頑張ってみる」
ああ、本当に…私にはもったいないくらいの素敵な友人だ。
「…で、常連のイケメンとは進展あったの?」
「……」
…色恋の気配が微塵でもあるとにまにまと笑いながら聞いてくるのはいささかどうかと思うが。