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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ26:吸血鬼戦線、再構築

お待たせしました……



 遡ることおよそ十二分前。魔法騎士達がクドーラクセスと会敵するまで、後わずかといった時



「痛つっ……」



 恭兵は全身に走る激痛に耐えながら体を起こす。

 そこは暗い路地裏であり、周囲からは既に赤い霧は無く、作戦が成功したことを悟る。

 しかし、地響きと建物が倒壊する音から、いまだに戦闘が継続されているらしいことは容易に想定できた。


 まだ、脅威は去っていない。




「都子は……ケガはなさそうだな。地面に落ちても目が覚めないのは心配だが」



 腕の中で意識を失っている明石都子の様子を確認し、目立つような外傷がないと判断した恭兵は一息つきながら、対赤い霧用の外套を下に敷き、彼女を地面に降ろす。



「戦闘は続いているよな。早く援護に行きたい所だけど……」

 


 通りを挟んだ向こう側から、絶え間なく雷鳴が鳴り響いてくる。


 恭兵が八魔将を最後に確認したのは研究塔を両断した時であり、現状がどうなっているのかは定かではないが、少なくともエニステラが相手をしているのだろうと断定できるだろう。

 今すぐにでも応援に駆け付けたい恭兵であったが、同時にそれは意識を失っている都子をこの場に置き去りにすることを意味する。

 


 災厄の魔導書に宿る人格、ネフリが一時その体の主導権を握られていた都子は落下による衝撃があったにも関わらず、いまだに目を覚まさない。

 ここは八魔将と対魔十六武騎が争う戦場から通り二つ程しか離れていない位置であり、間に堅牢な研究塔があるとはいえ、それが両断される規模の戦場を前にはとても安全とは言えない。


 単独で神殿区域を丸ごと相手取った蜥蜴巨人、リンブル・スーザ。

 影を操る意志を持った剣であり、恭兵達を翻弄したシャドーゼイズ。

 "生長外壁"を掌握し、果てには魔法都市ごと押し潰す巨人を作り上げた樹木怪人。


 マナリストへと攻め込んできた魔軍の中でも有数の戦力達はやはり並外れた戦力を保持していたが、それらを束ねる八魔将、クドーラクセスは文字通り物が違った。


 あれこそまさに生ける災害、本当の怪物と呼ばれ、恐れられる存在なのだろうと恭兵は確信した。

 まさしく立っている領域が異なる存在であり、立ち向かえば直ちに命を失うだろうことは容易に想定できる。


 

 しかし、それでも高塔恭兵は逃げることができない。



「とりあえず、コイツが目を覚ますまでは様子見をするしか───」

「殊勝なことだ。最もこの程度の距離、八魔将の脅威の前には無に等しいといえよう」

「……ッ、誰だ!?」



 恭兵は背後からの声に振り返る。


 そこには三つの影があった。


 一つは彼にも見覚えのあるもの、ゴシックドレスに身を包んだ金髪の少女、《催眠能力(ヒュプノス)》を宿すユーリシアであった。

 そして残りの二つ、一つは学生服に身を包み、年齢は恭兵と同年代のように思われる黒髪黒目の一見どこにでもいそうな少年。

 もう一つは、黒い甲冑に全身を包んだ人影、そのシルエットからは中身の様子がまるで判断できない。



「誰だ、とな? 我々について貴様たちの間でもいくらか情報が広まっていると認識していたのだが?」

「……その物言いと、《催眠能力》使いの少女に"迷人"らしき奴、つまりはアンタらが研究塔に忍び込んではこの都市を荒らしまわっていた奴らで加えて黒甲冑のアンタが八魔将に追われている魔王姫、ってやつか」

「できれば、即座に名前まで挙げれば及第点だったのだが……まあ、よかろう。貴様に名乗った覚えもないので許す。──そう、私が現在の魔軍を統率する魔王の娘、ウルスラーナ=アジド=サダゲヌンである」



 尊大な姿勢を一切隠す様子は無く。一方的に語り掛けてくる魔王姫、ウルスラーナに対して、恭兵は都子を自分で隠すように前にでる。

 彼女が受けたという厄介な勧誘を含めて、ウルスラーナ達が彼女のことを狙っていることは明らかであった。



「それで、こんな所で俺達に何の用だ? お前の指摘通りのこの距離なら八魔将に見つかるんじゃないか? 今までそうならないためにコソコソとしてきたんだろう?」

「貴様ら"迷人"はいちいち会話相手に挑発をしなければまともに言葉を交わすこともできないのか? 随分と程度が低い文明なのだな、貴様らの故郷は」 

「魔王姫だかなんだかいっておいて、やっていることはコソ泥な奴らに向ける態度なんてこの程度だろ」



 高圧的な態度を隠さない魔王姫に対抗するように、恭兵も反抗的な態度を隠さない。売り言葉に自然と買い言葉を向けてしまっていた。



「……いや。このような言い合いをしに来たのではない」

「なら、勧誘か?」

「そうだ、と言ったら?」

「断る。邪魔するならさっさとこの場から消えてくれ、どうしてもっていうなら……、こっちにも相応の対応する用意があるぞ」

「おい……」

「待て、黄三」


  

 恭兵は背負った赤い大剣に手を伸ばす。

 対して、傍らの少年が魔王姫をかばうかのように前にでようとするが、ウルスラーナは片手でそれを制する。

 瞬く間にその腕を丸太のような太さと鱗を持つものへと変貌させた少年は渋々と引き下がった。



(腕の変形と、名前……やっぱりコイツが治療院で出くわした変身する"迷人"か)



 自身の推察が確信し他の伏兵がいないことに警戒しながら、恭兵はウルスラーナの次の言葉に耳を傾ける。


 

「私を突き出せばクドーラクセスが大人しく引くとでも?」

「無くはないだろ。お前たちがちょろちょろと隠れているよりかは、アイツが帰ってくれる可能性はあるだろ?」

「その指摘には極めて低い確率で、という注釈が付く。奴は現時点で十分な余力を持って対魔十六武騎と戦っている。その状況で私が、首を差し出したとしてついでに都市一つを落とすなど訳はないだろう。きたる魔軍侵攻を考えれば、重要な拠点を潰すことができる絶好の機会だ。投降したところでそちらにメリットが約束される訳ではない」

 

 

 一度言葉を区切り、ウルスラーナは恭兵の反応を見る。

 変わらずその手は背負った大剣の柄に手を伸ばしているが、眉を僅かに吊り上げながら彼女の言葉の続きを待っていた。



「だが、仮に奴が消耗していれば、どうだ? 仮に追い詰められた状態であれば私の首一つで事が収まることができるとは思わないか?」

「……それまで生かしておけってことか?」

「今すぐに差し出した所で戦果とならない以上、この場での敵対は合理的ではない」

「それなら、なおさら俺達に会いに来た理由が分からないな」 

 

  

 恭兵は目の前に対する警戒を怠らないようにしつつも、近くで繰り広げられている戦闘に耳を傾ける。

 戦況は定かではないが、絶え間なく何かと何かが衝突する音と雷鳴を聞き取り、戦闘は未だに継続していることが確認できる。




「俺たちは所詮、冒険者、この場で動ける戦力その一って所だ。お前に比べれば、戦況を左右するほどの力がある訳でもない」

「否、これは強さ弱さで解決できる問題では無い。しいて例えるならばめぐり合わせと言った方がいいな」

「巡り合わせ……だと?」

「お前たちが偶然か必然か手繰り寄せた縁……、すなわち対魔十六武騎と我々の仲立ちをしてもらいたい」

「なんだって?」



 想定外の提案に、恭兵は驚きのあまりに目を見開く。

 彼女の言う対魔十六武騎とはつまり、今現在八魔将と戦闘を行っているエニステラのことを指しているのだろう。

 

 

「どうやら意外だったようだな。だが、的外れな提案では無いだろう。もし、このまま我々が戦闘に介入したとしよう。それをみて、あの聖騎士はどう思うだろうな? 勿論、眼前の八魔将を放って私に攻撃の矛先を向ける、などという事は無いだろうが……、それでも何ら迷いなく私達と共闘することができると断言はできまい」

「それは……」

「何より、私達は彼女の人となりを知らない。予想できることと言えば……過去幾度も神聖大陸へと侵攻を掛けてきた魔軍の頂点、魔王のその娘に何の敵意も抱かない筈も無いだろうということだ。私達と同じように、な」

「そこで、俺に間に入って貰えば何とかなる、と?」

「少なくともこちらに矛先を向ける可能性は低くなる。かの十六武騎がこの程度の判断が咄嗟にできないのならば、初めからこの戦いに勝ち目は無かった。それまでのこと」

「……」



 ウルスラーナはそうはっきりと断言していた。

 その真意は兎も角、確かな事実として、エニステラとウルスラーナが手を結び共闘で挑まなければ、八魔将を討伐することは敵わないだろう。

 直に脅威をその目にした恭兵も、正確な戦力分析ができている自信がある訳ではないが、この都市の戦力を可能な限り結集しない限り、太刀打ちすることはできないと感じ取っていたことは確かである。

    

 

「私が姿を現せば、いよいよ奴は本領を発揮してくるだろう。その瞬間に僅かでも十六武騎の集中が奴から逸れてしまえば、一瞬で命を獲られかねない。そういった危険性を減らすといったことも含めた提案だ」

「分かった。俺は、それでいい」

「ほう、即決か」

「その代わり、賛成したのは俺だけってことにしてくれ。現にここにいるのは俺と都子の二人、そのうち都子の意識は戻ってない。俺の独断であることは確かだ」

「いいだろう。もとよりそれほど説得に時間を割くつもりもない。この場でお前一人であっても賛同してもらえるのであれば十分だ。連携の形を見せるだけでも我々のメッセージとしては十分だ」

「それと、全部終わったらちゃんと出頭してもらう」

「それは状況次第だ。我々も自分達の立場が保証されない限りは相応の対応を取らざるを得ないことを理解してもらおう。とはいえ、これ以上この都市の研究塔に忍び込むような真似はしない。これ以上は割に合わなかったからな」



 そう言ってウルスラーナは重厚な黒い手甲に包まれた右手を恭兵へと差し出す。

 恭兵は僅かに逡巡した後、柄に伸ばした手を伸ばし、しっかりと差し出された手を握った。



「では、共闘は成立ということだが……仕掛け時はまだ、ということでいいか」

「いや、時間が無いって言ったのはそっちだろ」

「当初の予想ではそうだったのだが、こうして話している間に事情が変わった。というよりも少し想定外の事態になっている。まさか、あの聖騎士未だに全力を出していないとは正気なのか……?」





 ◆




 神聖魔法とは、神聖大陸を守護する神々の力を借り受け発動する様々な現象のことを指している──()()()()


 その本質は繋がること。


 自らが信仰を捧げる神への祈りと詠唱を媒介に、神聖大陸とは異なる次元、《幽界アストラル・ディメンション》に隣接するそれぞれが固有の領域に存在する神々と交信し、

 彼らの力の照準と運用を定める代行が神聖魔法の神髄である。


 では、その頂点とは何か? 


 神聖魔法を極めた者の放つ力はまさに神の御業に限りなく近しいものとなる。



 輝く翼をその背から放出するかのようにはやしたエニステラへと黒剣の一振りが放たれる。



 魔法の秘奥を守護すべく堅牢たる研究塔さえ両断するその一撃を、毛用意的な三次元挙動、急停止、滑空を多様に組み合わせ、空中を縦横無尽に駆けながら紙一重で回避していく。

 一気に距離を詰めたエニステラは雷により象られた獣の爪をクドーラクセスへと打ち込む。


 攻撃の後隙をつく見事なカウンターだが、その程度の隙では吸血鬼の不覚を取ることができるはずもなく、足さばき一つで回避され、お返しにと黒剣の一閃が放たれる。


 しかし、エニステラは手番を譲る気は毛頭ない。

 輝く聖雷の翼による恐るべき機動力を駆使して、黒剣を躱しながらクドーラクセスの背後を取るとハルバードの穂先の背、鉄槌部を振り下ろし、蓄積された雷を開放させた。


 稲妻のごとき速度で放たれた鉄槌は、防御のために構えた筈の黒剣ごと八魔将を押しつぶし、更には石畳を割った。

 エニステラは手を緩めることなく、頭上から雷を呼び出し、ハルバードへと落とし更なる衝撃が吸血鬼へと打ち込む。

 続けざまに雨のように降り注ぐ雷とそれにより走る聖なる衝撃波、並のモンスターさえも原型をとどめることなく破壊することができる一撃を文字通り絶え間なく続く連撃に対して、一体何ものならば逃れることができるのだろうか?



 ───勿論、魔軍最強戦力、八魔将であれば可能である。



 絶え間なく続く雷鳴と状激の最中、僅かな隙間を縫うようにして、黒剣の影より、瞬く輝きを拒むかのような黒い帯が宙を踊るように伸縮し、エニステラへと襲い掛かる


 聖騎士は翼をはためかせながら、重心を逸らし、その勢いで宙返りを行うことで鉄槌へと降り注ぐ雷雨を止めることなく回避する。

 しかし、一瞬でも力が抜けることは避けられず、その隙を逃すことなくクドーラクセスは一瞬で体勢を立て直し、起き上がる。

 

 その上体へと、天地逆転したエニステラは前蹴りを放つ。

 蹄を持つ輝く豪脚と化した足から放たれた一撃により、突き飛ばされたクドーラクセスは地面を何度か跳ねたのちに、研究塔の側面へと激突する。



(これも直撃していませんか)



 エニステラは吸血鬼が体勢を整える隙を与えないために、二股に分かれた雷の槍を生成し、放った。


 ここまでの攻防のいずれも、黒剣により防がれていた。吸血鬼の肉体そのものに対して神聖魔法による攻撃は触れていない。

 エニステラは更なる猛攻と手数が必要であると判断した。



「《聖なる道を駆ける脚よ──、《許諾(オーダー)天馬の蹄(ぺガスス・フッド)》》」

『《受諾(アクセプト)》』


 エニステラは詠唱と同時につま先で軽く地面を二回叩いてから、足甲が聖雷により形状が変化するのを確認、そのまま軽く二度ほどステップを踏んでから──跳んだ。


 吸血鬼へ目掛け、一直線に放たれる高速で飛来する矢の如く天を駆けるエニステラ。

 翼による推進と強靭な脚部と蹄により、空と大地からの抗力を受けたその速度は音速に限りなく近づいていた。



 クドーラクセスが反応する前に距離を詰め、対応される前に攻撃を放つための作戦。

 実際に、クドーラクセスは亜音速の突撃に対して反応していなかった──なぜならば、既に彼の迎撃は完了していたのである。


 周囲の光景が自らの後ろに流れ去る流星のような世界をゆくエニステラの眼前に、突如として出現した紅い三角錐。

 その正体は、聖騎士が自身が反応できない速度による攻撃を仕掛けてくると予め読んでいた吸血鬼が突撃の途上の直線上で激突するように生成した血の槍である。

 それ自体に速度はないが、亜音速中で激突するならば、同速度で飛来する槍の一撃と同一の脅威となる。

 

 亜音速の優位は一瞬にしてエニステラの喉元を貫く牙へと転じた。


 判断は迅速でなければならず、彼女は一気に翼を広げて空中制動を掛けて減速、それにより引き延ばされた衝突までの僅かな時間で大地へと豪脚を伸ばし、掴んで更なる制動を得て二段目の減速、無理矢理の制動の影響で崩れた姿勢の勢いを活かして上体をひねることで、血の槍を額に掠めさせながらも回避。


 だが、エニステラとて攻撃を凌ぐだけでは済まさない。


 減速を掛けて得た抗力を逆手にとり、地面についた片足を軸足と化して捻り、回転、上半身の捻りと合わせることで遠心力とする。

 こうして停止するための地面へと与えた力が抗力として返り、全身を巡りそれら全てを回転速度へと変えていく。



「《魔を討ち据える強靭な尾よ──、《許諾(オーダー)大蛇の尾(ナーガテイル)》》」

『《受諾(アクセプト)》』



 そして全ての速度を聖なる雷により生成した尾の先端へと集中させ再び亜音速へと突入させる。

 

 静から動、動から静を切り変えることにより生まれた破壊力がクドーラクセスの上半身を薙ぎ払うかのように放たれる。


 構えられた黒剣に巻き付くようにして、捉えつつ、その先端はクドーラクセスの胸部へと向かい──、渾身の一撃はクドーラクセスごと研究塔を根元からへし折った。



(なるほど……純粋なる存在強度の上昇。そして異なる位階への昇華、か)



「いくらか見覚えのあう手合いだ。その完成度は兎も角、総合的な脅威としては、既知の範囲内だと判断できる」


「とはいえ、ようやく対魔十六武騎を相手にした戦いだと実感できるようになってきた」


「どうやら、無様を晒していたようで、申し訳ありませんでした──、ですが、ここからはそうは行きません」

「いや、そのようなことであれば、こちらも些か礼を失していることに変わりはない。その実力と覚悟に対して、返礼と謝罪をすべきなのだろうが……こちらの事情によりそうやすやすと行うことはできない」

「問題ありませんよ。相手がいかなる状況であろうとも、神聖大陸に、人々に牙を向ける魔であればその首を落とし、討滅するまで。言葉はいらず。私が勝ち取るだけですから」

「可能かどうかはともかく、その心意気は買っておこう」



 クドーラクセスが周囲へと視線を投げる。

 聖騎士の攻撃が直撃するようになっているにも関わらず、警戒度を上昇させただけである。

 彼の関心の矛先は未だにこの場にいない何者かに向けられている。

 


(ここまで来ても完全にはこちらに注意を向けませんか、ならば──)



 むやみな攻撃は通用しない以上、隙をつぶさないような小技を放つよりも、敢えて隙を晒すかのような大技を放つことで相手の出方を伺う。


 

「《集え、肉と魂の回収者よ! 巡る旅路を外れし者はそこにいる──《許諾(オーダー)葬鳥の大群トループ・オブ・ブリーチャー・イーグル


 

 詠唱とエニステラが指揮棒のように振るった指先の動きに呼応するかのように、彼女の背後、何もない筈の空間より雷鳴と共にいくつもの雷の塊が出現する。

 それらは瞬く間に形状を変え、無数の雷の鷹となった。


 十、二十、三十、と時が経つ度にその数を増していく雷の鷹たちは、まるでエニステラの号令を待つかのように、彼女が天に向けて指した指先と同じように空中に静止していた。


 


「《前進(アヘッド)》ッ!」



 号令一気。

 大群となった雷の鷹が一斉にクドーラクセスへと襲いかかる。

 一匹一匹が体から発する放電の音が重なり、大気を轟かす雷鳴の群れはさながら、雷雲のようであった。

 

 人間一人どころか、虫一匹さえも通る隙間は存在しない雷の鷹の群れに対しクドーラクセスは手に持つ黒剣を中段に構える。



「その程度」



 黒剣一閃。 

 雷鷹の群れの中に、ちょうど吸血鬼が通り抜ける空間が生じ、まるで彼を避けるかのように大群は通り過ぎていく。



「はぁッ!」



 エニステラは突き立てた指を虚空をかき回すようにして振り、それに応じるように、クドーラクセスを通り過ぎた雷鷹の群れが一度四散してから、吸血鬼を包囲するかのように旋回し一斉に突撃する。


 対して、クドーラクセスは横なぎに黒剣を振るい一気に薙ぎ払う。

 霧を薙ぎ払う突風かのような一撃の前に、雷鷹は到達する前に地面へと落とされていく。



「今ッ! 方陣形成!」



 エニステラは円を描くように指を振るい、呼応するように地に伏せた雷鷹達が発する雷同士が結びつき、クドーラクセスを中心とした魔法陣を描く。

 描かれた魔法陣からは聖雷が発せられ、クドーラクセスを縛るかのように纏わりつく。




「……なるほど、なかなかの拘束だ」

「単なる拘束魔法だと思わないことです──、《大いなる八つの魔、災厄の調べを沈める証、大陸の怒りを知るがいい》、《許諾(オーダー)・《対不死聖滅陣アンチ・アンデッド・セイクリッド・ゾーン》》ッ!」



 発動するのは、対不死聖滅陣。魔法陣の中へと閉じ込めた不死に対して秒間にして七百七十七回の聖属性攻撃を与え続けることで全身の至る箇所に対して同時かつ多角的に再生能力を封じた上で行動する余地すら残さない。

 並大抵の不死ならば、数秒でこの世から肉体が消失し、その存在を繋ぎとめる何らかの魔法などの法則さえも破壊されることで討滅が完了する代物である。


 そして、過去には、八魔将において不死であったものに対する討伐実績も存在している。 

 如何に最強の吸血鬼といえども、ただでは済まない。



「ぐっ」



 現に、これまでありとあらゆる攻撃を避け、防ぎ、十二分に余裕を残しながらあらゆる攻撃を対処していたクドーラクセスの表情に初めて苦悶の表情が浮かんでいた。

 全身を絶え間なく襲う聖なる力に抗うかのようにして、その肉体に宿る恐るべき再生能力のおかげで傍目には傷一つついていないかのように見えているが、それでも度重なる再生に力を割かざるを得ず、指一つ動かすのさえ困難としていた。


 しかし、言い換えれば対不死聖滅陣はその程度の効力しか発揮していなかった。

 クドーラクセスの動きを封じるだけに留まり、その肉体を完全に消滅するには至らない。


 エニステラはそれも想定の上で次弾の攻撃を備えていた。



「《戦乙女の聖雷斧槍ヴァルキュリーズ・レイジハルバード》、分離(デタッチメント)、《裁きの時、聖雷の貫き、導きの鳥。穿つ聖獣を今こそ招来せよ──、《許諾(オーダー)》」

『《受諾(アクセプト)》』 



 エニステラの持つアーティファクト、《戦乙女の聖雷斧槍》が幾つもの部品に分離した後に、異空間を突き破って、大雷電が落ちる。


 やがて雷はその形を変えハルバードを骨とし、聖雷を肉として、巨大な鷹へと姿を変える。

 蓄えている力はそれまで呼び出していた聖鷹の群れなどとは比較にもならず、ただそこに存在するだけで周囲の大気は震え、周囲の瓦礫に含まれる金属が強力な磁力を帯びて浮かびあがるほどであった。



(流石に我が全身を消し飛ばすには十分な脅威であるが、対処は可能だ)



 自身をその場に縫い留める力場に抗いながらもクドーラクセスは目前に迫る脅威を分析する。



(その形状と先ほどまでの鷹たちの攻撃方法から推察すれば、超高速でかの大出力からなる雷の塊がこちらへと放たれるだろう。──だが、必要以上に恐れる必要はない。例えいかなる速度であろうとも、こちらに到達する瞬間があるという事は平等。そこに音速も光速も変わりは無い)



 吸血鬼は周囲に向けている集中力の内、三割ほどを目の前に差し迫る大質量の大雷電と、手に握る黒剣へと割く。



(到達するその瞬間に遅れず、逸れず、適切に刃を当て、両断するまでのこと。こちらの剣閃を掻い潜るために複雑な軌道を用いることは無いだろう。必ず直線的な攻撃となる。故に多角的な可能性を捨て、唯ひたすらに攻撃がこの身に到達するその瞬間を見極めることに集中するのみ)



 やがて、エニステラが起こした聖雷の放つ雷鳴だけが、その空間を支配し、やがて互いの集中力の高まりにより限りなく音が排された世界に到達したその瞬間が訪れ──

 


「《|雷葬送:大鷹型《レイジ・レクイエム:ヴァージ・ファルコン》≫ッッ!」



 エニステラがその手に宿した雷の大鷹をクドーラクセスへと放つ。

 僅かに空間を突き抜けるだけで、通り過ぎる空気を熱で



「獲った」



 かつん、とクドーラクセスの頭上より音が響いた。


 そこは研究塔の頂上、影のような漆黒の全身鎧に身を包んだ者がいた。

 

「対悪夢拘束術式解放、魔竜心臓励起開始、宝剣バルムンク接続、────魔克血闘(ウルスラグナ)起動ッ!」



 詠唱の完了と共に、漆黒の鎧が展開され、竜の鱗のように折り重なっていた重厚そうなプレートが花びらのように開く。

 卵の殻を突き破るようにして変形する鎧の中から現れたのは金髪紅目の少女。透き通るように白い肌は、全身を激しく流れる血流で薄く赤くなっている。

 誰をも魅了するその顔は、その場にいた全員が思わず目を向けざるを得なかった。



「──悪いが、想定内だよ、姫」



 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 吸血鬼は、斧槍を骨子に聖雷を纏った大鷹を黒剣で受け止めつつ、地面へと足を叩きつけた。

 そのまま流れるように大地を割ったその足を軸足として、黒剣をそのまま振り上げ──


 大鷹ごと黒い甲冑を纏う少女を黒剣の一閃が襲い掛かる。

 


  

「この、程度でッ!」



 甲高い金属同士の衝突音が響く。

 八魔将が放った一閃は見事に大鷹を両断するが、魔王姫を傷つけるには至らない。

 影を纏う黒剣は、炎を放出する剣によって防がれていた。




「如何にお前の斬撃だろうと、オリハルコンは断てまい!」

「この世界で最硬を誇る物質……、しかし、全身はそうではない」

「確かに、私の全身はオリハルコンとはいえない。しかし、そう易々と断てるものと侮るなよ。そして、こちらの攻撃はまだ終わっていないぞ?」

「どうやら、そのようだな」



 ウルスラーナが握る剣、その剣身の色が黄から燈へと変色する。それに応じるように、放出される炎の勢い、熱量が格段に上昇する。

 


「魔炎斬ッ!」



 鍔迫り合いの状態かつ足場も無い空中にも関わらず魔王姫の剣が黒剣を押しこむ。

 クドーラクセスの両足は石畳を砕きながら沈降する。

 


「アークウェリア流、返し技が一、《聖雷通し(レイジ・ステアー)》ッ!」


 

 足が止まった八魔将を狙い澄ますかのようにして、エニスエテラが自身の体を雷の槍と化して突貫する。

 初代《聖騎士》の得意技とした、本来は刺突剣を用いて放つ突撃技、《聖雷通し》。

 先ほど迎撃された大鷹、その骨子となっていた分たれたハルバードは四散、その内の一つがクドーラクセスを挟んでエニステラと一直線上に位置し、それが放出する磁場により、彼女が持つハルバードの石突きを引き寄せるだけでなく、間に置かれた標的を逃さない網と化す。

 加えて天馬の蹄と化した両脚を加えることで、廃坑道にて、リッチへと放った一撃を遥かに超えた完成度で放たれる。


 

(直撃すれば致命傷の一撃。魔王姫からの直上の圧力により、黒剣による迎撃は困難。同様に下手な回避を試みたところで、両者がその隙を見逃す筈も無い、加えてこの聖雷の放つ磁場はダメージこそ軽微だが、そう逃れられん)



 クドーラクセスは瞬時に状況と自信の手札をならべ、最善手を選び取る。


 石突きの切っ先がクドーラクセスへと到達するその瞬間、クドーラクセスの体積が一瞬で膨張した。

 風船のように膨れ上がったその体に聖雷を込めた一撃が届き、破裂した。


 同時、あふれ出すのは空気ではなく、血。

 その容積からは到底考えられない用の血液がそれらを抑え込むほどの圧力の解放により、爆発と化す。

 

 恐るべき圧力と、膨大な質量はただの液体である筈の血を十分な凶器に変える。



 自ら攻撃を受けるかのように膨れ上がったことで、エニステラは咄嗟に覚悟を決めるしかなく、同様にクドーラクセスを抑え込むことに集中を注いでいた魔王姫も、身構えることしかできなかった。

 つまり、二人は十分な防御態勢を取ることができなかったことを意味している。

 

 

「……見かけ倒しか?」

「そんなはずはありません」



 濁流のように流れる膨大な水量の血の川にさらされた二人だが、エニステラはその身に宿す聖雷により弾き、ウルスラーナも剣から放出する炎により蒸発させることで無事にやり過ごしている。

 血の爆発の中には血を短剣状に固形化したものが含まれていたが、それらも意に介すこともなく、彼女らの肌を傷つけるにも至らなかった。



「黒い剣。彼のアーティファクトがありません」

「……影の剣だな。奴が血となろうとも、アレまでは血になることは無い、か。だが今の血の奔流の最中に潜ませれば我らのどちらかに致命傷を与えることも可能だっただろう」

「……どうやら、その答えが分かりそうですよ」



 エニステラはウルスラーナの言葉に自然と返す。その様子に魔王姫は表情に出さないようにしながら安堵した。

 対魔十六武騎である彼女が自身の正体が見抜けない筈もない。つまり、こちらの正体を知った上でこの対応を取っているということであり、共闘をしている限りはこちらの背を討つような真似はないだろうと思われる。



(とはいえ、意思の統一ができていないことは懸念材料ではある、か)

「そうして、集中が甘いことが貴公の欠点だと、以前に指摘したはずだ」



 声はウルスラーナの足元から響く。

 瞬く間に、腕が彼女の足をからめとり、体を這いあがりながら迫るのは固形化した血の槍である。



「舐めるな!」


 

 剣の色は燈から赤へと変色する。

 それに応じるようにして、剣から放出される熱量が上がり、彼女に纏わりつく血の槍は蒸発する。



「焦燥。判断を誤ったな?」



 その声はウルスラーナの背後から来た。

 有り余る炎を放出させながら背後を巻き込むように剣を薙ぎ払う。

 されど、背後には人影どころか、これまであったような血を用いた攻撃など一つも無かった。

 

 虚空を通り過ぎる剣と炎。

 それを待ったかのように血の池より現れるクドーラクセス。

 既に両手に血の槍が握られている。

 

 既に全力の対応を振りきったウルスラーナに迫る八魔将を対処する余裕はない。

 ウルスラーナは直撃は免れないと覚悟する。



「キャァノンボールッッ!」



 魔王姫に血の槍が迫る前に、落下してきた大質量の何かに、八魔将は押しつぶされ、血の塊となった。

 血で構成された分身体である。


 落下、否。降着してきたものは立ち上がる。

 丸太よりも太い手足と尾、それらを覆う鉄を超える強度の鱗、土煙を払い現れた巨躯はまさに蜥蜴の巨人と呼ぶにふさわしい異様なる怪物がいた。




「無事かッ?!」

「遅い。盾としての自覚が足りんな」

「タイミングを見ろ、と言ったのはお前だろうが」

「臣下ならその口の利き方をいい加減に……ッ」



 ウルスラーナが自身を守った蜥蜴巨人に文句を告げたその背後で武器同士が衝突する音が響く。


 振り返れば、そこには四体の吸血鬼。

 その内、エニステラによって三体は既に切り払われ、血霧へとその形状を変容していた。

 しかし、残りの一体の手には黒い剣、影を操る《シャドーゼイズ》が握られていた。


 秘儀を守るべく堅牢を保持している数々の研究塔をたやすく両断せしめるその八魔将の刃、神の力をその身に宿したエニステラでさえ、その身にまともに受けてしまえば命を落としかねない。

 

 されど、その刃を止めたのは、聖騎士が持つ、聖なる武器ではなく──今にも魔法都市の四方を囲う山々の向こう側に落ちていこうとする日の光を思わせる輝きの赤い大剣。



「キョウヘイ!」

「痛ぇな……くそ。けど、何とかいける」



 エニステラの背後に降り立った恭兵が、万物を切り裂くと見まがう黒い剣の一撃を防いでいた。

 



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