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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ25:聖騎士の覚悟

お久しぶりです。

長めですが、何とか続きを更新します……

 ──石造りの堅牢な高塔が縦に両断された。片割れはゆっくりと倒れ、地面を盛大に揺らす。


 吸血鬼、クドーラクセスは自身の為した結果について確認を取ろうとした一呼吸の間に、雷が降り注ぐ。




「クドーラクセスゥゥゥゥッッ!」

 

 エニステラ=ヴェス=アークウェリアである。


 真辺実と野々宮志穂梨がクドーラクセスの放った斬撃の直線状にいたことを目撃した彼女は、嚇怒を抱き一心不乱に突撃を仕掛けていた。

 


「冒険者二人が犠牲になり、取り乱してしまったのか?」



 吸血鬼は迫る雷撃に対して右手に持つ黒剣、《シャドーゼイズ》を軽く振り、切り払う。

 続けざまに到着する時間差で放たれた十五条もの雷の矢に対して、手首を返して切り払う。

 それらを囮として、懐まで潜りこんできたエニステラに対して、上段から叩き下ろし、切り払う。



「フェイントを織り交ぜているが──、冷静さを失ったように見せかけている訳でもなさそうだ」

「ハァアアアアアッ」 



 叩きつけられた一撃に対し、エニステラは予め得物(ハルバード)に角度をつけて直撃を反らす。

 ハルバードは直撃に耐えられず柄の中央部から両断───、否、自壊させて衝撃を反らした。

 

 分かたれた穂先と石突き、右手に斧と左手に短槍の構えをとったエニステラは、左右同時の攻撃を仕掛ける。

 

 ──対しクドーラクセスは、手首を返して二度切り払う。

 

 見事に刃を狙って放たれた一撃を今度は自壊により衝撃を逃がすことはできず、仕方なくエニステラは穂先と石突きの先端部を外し衝撃を逃そうとするが、受け止めきれずに吹き飛ばされる。



「元々、衝撃を逃がすための機構ではあるまい。高位の《アーティファクト》に対して見合った運用とは思えんな」



 エニステラは聖雷が引き起こす電磁力により、ハルバードの部品を手元へと回収しすぐさま結合させる。

 その隙を稼ぐかのように、聖雷が幾重もクドーラクセスに対して降り注ぐが、黒剣の一振りによりそれらはまとめて切り払われる。



「単体の継戦能力は素晴らしい。このまま一週間は戦い続けられると見込むが──、選択を間違えているとしか思えんな」

「──、間違えている、ですか?」



 クドーラクセスが投げかけた言葉を受けて、激昂が覚めたのか、あるいはその熱を胸に秘めて心を冷徹で纏うことにしたのか、エニステラは精彩に欠けていた猛攻の手を止めた。



「私自らが告げることではないが……《八魔将》を相手取る場合は基本的に短期決戦を挑むのが定石だ。時間が長引けば長引くほど、実力差が現れる──、傷を負うたびに勝ち目が消え、最後にはすべて死に絶えていくのが常というものだ。その程度は理解していると思っていたのだが──、ああ、私がこうしてこの地に留まるには限りがあると考えているのかな?」

「……だとすれば、どうだというのですか?」

「持っている情報からくる判断としては悪くない」



 クドーラクセスはエニステラに対し、賞賛の声を掛けている。

 少なくとも表面上はそうで解釈できると、耳を疑ったエニステラは判断を下し、吸血鬼の意図を読もうと試みる。



「私の不覚が記録として残っており──霧の外において私は日光の下で体を保つことができないという推測をそこから立てたのだろう。その通りだ。こうして立っていることも苦しくてね。おおよそ三時間程度が限界というところだとも」

「その通り、というには随分と猶予があるのですね」

「一度晒した欠点に対して何の埋め合わせもしていないというのも礼儀にかけるだろうという私なりの心づくしのつもりだったのだが……結論としてはこのままならば日没までは消えることは無いだろうということだ」

「ッ!」


 

 クドーラクセスの宣言に釣られるようにしてエニステラは太陽の位置を確認する。

 日没にはまだ早いが、後二時間程度で日は落ちてしまうだろう。そうなってしまえばもはや日光の弱点など関係なくなってしまう。

 再び日の出まで時間を稼ぐ戦いとなることになるだろう。例えそうなったとしても、勝利のために必要となるならば、一週間と言わずに十日十晩、それ以上も戦い続ける自身と覚悟がエニステラにはある。あるのだが。



「さて、ここで問題だが、このまま私が日没以降もこの都市で戦い続ければどうなるか……、少なくともそちらの背後に気を使う理由も、必要性も私にはない。随分と巻き添えが増えるだろう」

「結局、何が言いたいのですか?」

「──全力」


 

 迂遠な言い回しをとるクドーラクセスから結論を引き出すためにエニステラは率直に言葉を投げかける。

 それに対する返答に対し、表面上は疑問を浮かべつつも、彼女は秘めた内心を掴まれたかのような心地だった。 

 


「無論、私に対して本気を出していないという訳ではないことは承知している。今も尚、全神経を私に向けているだろうことは十分に伝わっている。これまでの戦いの中でも私から意識を逸らさず、決して自由にさせまいと戦っていたことに偽りは無かった。だが──、その身に宿すすべての力を振り絞っている訳ではない。言うなれば、次に備えて戦っている」

「……それが、勘に触るとでも? 魔軍に対してそのような心遣いが必要だとは思えませんが」

「いや、私はそのようなものを相手に求めることはしない。──私としては君に余力を残すことなく戦ってもらいたいだけだ。文字通り命の限り」

「こちらは命の限り戦っているのですが」



 エニステラはそう告げながらも、クドーラクセスの狙いは理解した。

 自身の命を賭ける必要のある切り札。過去の《対魔十六武騎》との闘いにおいて、その存在は相対していた筈の八魔将に知られているのは当然のことである。


 なぜ、わざわざ切り札をださせようとしているのか、エニステラにはその理由についていくつか推測することができたが、確かなことはクドーラクセスの狙い通りに全力を出す訳にはいかないということだ。

 クドーラクセスが真実を告げているというような確かな根拠がある筈も無く、或いは本心を告げているのだとしても、そうしてエニステラ自身の行動を誘導させるための行為であるとも考えられる。ただでさえ彼我に実力差がある状況下で闇雲に相手の挑発染みた挑発に安易に乗るような真似はできない。

 


 エニステラは当初の想定通りに行動を続けることに決めたその直後。


 ──エニステラの後方、幾つも並び立つ研究塔からそれらと同じ数だけの閃光が流星のように降り注ぐ。


 エネルギーの塊、熱気、冷気、乱回転する気流、毎秒三百回以上に渡ってベクトルの向きを変動させる重力場、水流、土石流。

 それ以外にも数多くの魔法が魔法都市の上空に多種多様な現象の軌跡を描きながら、クドーラクセスめがけて飛来する。



「腰の重い魔法使い達もようやく手を出す気になったということか」


  

 クドーラクセスは自らに飛来してくる敵意の籠った魔法現象を一瞥し、黒剣を一振りした。

 剣先の軌跡をなぞるように、飛来する魔法の半分が宙で爆発を起こし大気を震わせ、残り半分は黒剣の先から伸びる黒い帯によって切断された。


 巻き上がる爆炎と水蒸気、乱気流を突き抜けて研究塔から第二波が飛来する。

 

 それらは、研究塔に立て篭もっていた魔法使い達からの攻撃であった。

 

 それまで魔法都市を覆っていた赤い霧が祓われたことにより、自分達の知識を守護するだけであった魔法使い達の反撃の狼煙は、砲撃とも呼ぶべき物理的な脅威となって八魔将目掛けて、一瞬の間が空くことなく放たれ続ける。



「単調だが、この数は厄介だな」



 クドーラクセスは自身へと迫りくる砲撃を一振り毎に数十を切り払いながら、それらの迎撃による余波を掻い潜って懐まで迫るエニステラへと一閃を見舞う。

 

 エニステラはその一撃を全身で逸らしながら、自らの背後にて待機させていた六つの聖雷の槍を射出させる。

 

 吸血鬼は迫る脅威に対して一瞥すると、一振りで六つの雷の槍を迎撃し、更なる一振りでエニステラをその場に釘付けるための一撃を見舞わせながら、その軌跡の延長上にある魔法砲撃を両断する。



「手間を費やされるな」


 

 クドーラクセスの表情は余裕の表情が見られるが、それでも振るう斬撃の回数は確実に増えている。


 現状はまだ十分に対応できている様子だが、このまま多種多様な攻撃を続けていけばいかに八魔将と言えども対処不可能な領域となってくるだろう。 

 吸血鬼が後いくつ残していたとしても、魔法都市マナリストが誇る研究塔が保管している魔法の種類の多様さよりも豊富である筈も無い。


 数の有利がある。

 これまで討伐してきたリッチ達が外法により生み出した手勢を用いた戦術は有効であることをエニステラは知っていた。

 たった一人で戦ってきた今までとは違う。



 

 炎の槍が降り、強酸の激流が通りを溶かし、刺すように吹きすさぶ冷気が地面から突き上げられるように流れゆく。

 クドーラクセスが切り払った魔法同士が衝突し、生じる無数の魔法現象の中をエニステラは聖雷の矢を自身の周囲につがえながら接近する。

 混沌に染められるその道の最中で生じる僅かな停滞、打ち寄せる波のように生まれる足場を伝いながら、ただひたすらに進む。

 目指す先は無差別に生まれる地獄の全てを切り払ったことによる副産物、常軌を超えた剣技を振るう八魔将の周囲およそ半径十メートルの踏み込んだものを両断するという秩序を定めたかのような領域。


 矢を放つ。数は十七。 

 軌道は一度広がり──展開したのちに鋭角に曲がる。

 吸血鬼の周囲三百六十度を囲う、一度の斬撃で切り払うことが可能な角度ではない。


 黒剣が振るわれる。斬撃は十三の雷を捌いた。

 残りの四つは斬撃の予備動作の身体の捻りにより回避した。 


 返す形で振るわれる斬撃をエニステラはハルバードで受け流しながら後方へ下がり、同時に前方を確認する。

 吸血鬼の作り出した秩序がわずかに数センチほど狭まっていることを視認した。

 


(敵の余裕は確実に削れている。このまま、続けていけば致命的な隙は必ず生じる。対不死聖滅陣に閉じ込めるために必要な十分な隙が)


 吸血鬼などに代表される不死者を討伐する方法は限られている。それも八魔将、最強の吸血鬼であるクドーラクセスならばなおさらである。


 肉体の一部からでも欠損以前の状態へと全快するほどの再生能力を持つ不死者(アンデッド)には、その再生が尽きるまで全身への同時攻撃を再生することができなくなるまで攻撃し続ける必要があり、その為に用意されている神聖魔法としてエニステラは対不死聖滅陣を用意していた。

 対称を魔法陣内部に閉じ込め、


 相手に負荷を掛け続け、対処能力を削り切った後に対不死聖滅陣へと封じ、指の一つ、服の切れ端、血の一滴、その存在に結び付ける一切を滅ぼすまで焼き切る。

 それこそが赤い霧を払っても討滅することができなかった場合にて、エニステラの立てたクドーラクセスを討伐する作戦だった。

 

 さらに、状況はエニステラへと味方する。

 彼女の後方より、追い越すようにして数十もの光弾がクドーラクセスより飛来する。

 クドーラクセスはその着弾を許す筈もなく、黒剣の一振りで迎撃しながら、来訪者へと視線を投げる。 

    


「標的確認ッッ! やはり八魔将は討滅されていなかったようです!」

「クソ、作戦は失敗だったってことか……」

「諦めるな……! こうなれば、やることは一つ、正面から討滅するしかない!」

「十六武騎を援護しろ! 彼女さえいれば我らに勝機はまだあるぞッ……!」

「防護陣をさらに重ねろ! 組同士の連結を怠るな!」


 

 幾つもの魔法的防護がかけられた鎧同士がぶつかり合う音を響かせながら、駆け付ける者達。

 彼らの手には魔法発動のための触媒を兼ねた剣と、鎧よりも更に魔法的防護を重ねた円盾を携えている。 

 八魔将の脅威を前にして、互いに激を飛ばし合いながら、戦場へと躍り出る。

 

 

「マナリスト魔法騎士団ッ! これより速やかに対象、八魔将クドーラクセスを討滅する……ッ! 我々のマナリストをこれ以上魔軍の好きにはさせんぞ!」


 

 そう、彼らこそ、魔法都市マナリストの治安の担い手にして守護者、マナリスト魔法騎士団である。


 騎士団長、の合図とともに、魔法騎士たちは三人一組となりながら、クドーラクセスへと接敵する。

 援軍の来訪にも構うことなく降り注ぐ研究塔からの魔法砲撃の中を掻い潜りながら、魔法を唱える。

 

 放たれるのは先ほど放った光弾群。

 

 手元に構築されたそれらが卓越した練度のもとに一斉に放たれる。

 さらに勢いを増す波状攻撃に対しても、吸血鬼は黒剣を振るう一瞬のうちに振るう数を増やすことで全てを打ち払い対応した。

 

 クドーラクセスはそれだけでは終わらない。迎撃に振るわれる斬撃に混じった斬撃が魔法騎士達の喉元まで迫る。

 刹那にて通り過ぎる斬撃に対して魔法騎士たちは呼吸を合わせて盾を重ねて捉えることで防ぐ。

 

 そんな一進一退の攻防が魔法騎士達の組の数だけ繰り広げられる。 

  


「決して行動をさせるな! 包囲状態を維持したまま、火力を一瞬たりとも途切れさせるな! 威力よりも手数だ! 奴の剣を止める!」

「砲撃援護を行っている研究塔への報告も怠るな! 僅かでも誤射されればその隙にこちらがやられるぞ! 一言一句、誤解のないように、確実性をもって伝えるのだ!」

「障壁は切らすな! 奴の一撃は研究塔を簡単に両断する! 僅かでも気を抜けば体が真っ二つになると思え!」


 

 魔法騎士団と研究塔からの援護にエニステラも動きを合わせる。

 直上から来る研究塔からの砲撃に加えて、徐々に前進させながら包囲網を狭めていく魔法騎士団。

 それらの間を縫うようにして駆けながら、自らもまた聖なる雷の槍を連続射出させながら、クドーラクセスの黒剣の動き一つ一つを阻害させるように立ちふるまう。 



「敵の余裕はなくなってきている! 我らが追い詰めているんだッ! 包囲を慎重に狭めろ! 塵一つ残すな! 見逃すなッ!」

「撃て撃て撃て撃て!!」

「待っ」


 

 クドーラクセスの対処能力に余裕が無くなり始めていることを察知した魔法騎士団は更なる攻勢へと出る。

 集団が浮足立っているかのような感覚を察知したエニステが、咄嗟に静止を促すがの全てを口に出すことなく飲み込んだ。

 それは、魔法騎士団を指揮している訳でもない自身の指示で彼らの判断を混乱させてしまうことを避けたための判断だった。統制の取れた連携があって初めて彼らはこの戦場でクドーラクセスを相手に戦うことができているのであり、それが一度乱れてしまえば総崩れとなるであろうと彼女は想定している。


(それに、決して判断が間違っているとも断定するには早い。魔法騎士団の息がどれほど継続するのか分からない以上は迅速に決着を早める判断を下すのも悪いことではない筈……)


 

 事実、彼らの攻勢により。黒剣が作り出している秩序の空間、数多の魔法が入り乱れ放たれながらも静寂を保っていたクドーラクセスの周囲が徐々に狭められていた。

 

 自分達が優位に立っていると、彼らが認識した時、────黒い帯が黒剣から伸びる。

 

 影だ。


 空中に浮きでるように現れたあらゆる光を呑み込むかのような黒の帯は自身の主を守るかのように飛来してきた影を撃ち落とした。

  


「影ッ、影を使ってきたぞぉッ! 距離を取れ! 捕まるなよ!」

「目先の動きに囚われるな! 距離を取って範囲外から確実に魔法を叩きこむ!」



 迅速な脅威の認識と共有に対して、


「防御連携、準備!」

「合わせぇ!」



「負傷報告──ッ!」

「軽傷者あり! ですが継戦に問題ありません……!」

「ようしッ、行ける、行けるぞ────」



 希望が、自分達の作戦の決室が形となって現れるのだと、彼らの中の共通認識となった。

 十分に熟れた黄金の希望の果実。

 


 ────その瞬間まで吸血鬼は待機していた。

 いずれ必ず訪れる、その瞬間を狙い澄ましていた。


 

 その瞬間だけは誰もがその時間を止めていたかのようだった。

 幾つもの線のようなものが宙に走ったのを、その場にいた誰もが視認した。

 時がゆっくりと動き始めていく最中で、幾つもの線がいかなるモノにも遮られないかのように描かれる。


 通りすぎて、その場の全員に意識が戻った時にはその線をなぞるようにして、夥しい量の鮮血が宙に橋を架けた。

  


「ぐあぅッ」

「腕、足? 腹か??」

「あ"、あ"、あ゛あ゛あ゛あ゛」

「被害、ほうこくッ───」



 幾つもの魔法騎士たちが傷を抑えていた。

 四肢のいずれかを失った者は多数。酷いものは体が完全に両断さえされている。

 激痛により傷口を抑えうずくまるしかない者、それよりも転がった手足を何とか拾おうとする者たちがいた。先ほどまで勇敢なまでに戦っていた騎士たちは影も形もない。



「被害報告っ……! こちらの戦力はどうだ……!?」

「負傷者多数……既に手遅れのものも……」

「戦えるのか、どうかと聞いている! 迅速に応答しろっ」

「全体の四割が負傷! うち、重傷者は──」

「次が来る……防衛体制をぉっ──っ」



 状況はたった一瞬で一変した。

 ただ一騎にして千騎に値する。などという生易しいものではない。

 単騎にして都市一つを簡単に落とすことができる戦力。止めなければ神聖大陸の敗北は必至となる災厄。

 

 これこそが《八魔将》。百年に一度、神聖大陸を蹂躙する災厄である。

 


「あ、ああ……っ」


 

 血の海のただ中で、エニステラは思わずその声を零してしまった。

 一瞬の最中、攻撃を受け止める訳でもなく、彼女は幸運にも回避を選択したが、その左手首は切り落とされ、血の海へと転がっている。

 激痛と酷い喪失感が彼女を襲うが、それ以上の衝撃が彼女に叩きつけられている。

  

 自身が流すよりも遥かに多い血の量と、振り返った後ろに見えた共に戦う仲間達の横たわる姿が彼女をかつての絶望へと引きずり戻そうとしている。 

 

 血と呪いと死霊、そして多くの仲間達の屍でできた丘の上に立つ裏切り者、死霊使いの大司教の生み出した地獄を───

 


 一方、惨劇をもたらした当人であるクドーラクセスは周囲を軽く見回した後に告げる。



「これは、少々やりすぎてしまったかな」

「──、いま、なんと?」

「予想以上の反撃にあってしまったのでな。些か手荒い歓迎をもたらしてしまった。その上、対魔十六武騎の左手を奪ってしまったのでは、これ以上の抵抗は望めそうもあるまい。これでは、私の目的は果たせそうにない」 



 絶句するエニステラを前にして、クドーラクセスは言葉を続ける。



「私の目的は、この魔法都市へと逃げ込んだ我らが魔大陸の姫、ウルスラーナ=アジド=サダゲヌンを我が手にて抹殺すること。それさえ済めばこの魔法都市自体の制圧などは考慮していない。逆に言えばいくら屍を積み上げようとも彼女がこの場に現れなければ意味がない」



 クドーラクセスはつらつらと自らの目的を告げるばかりであり今もなお地に伏している魔法騎士団や隙を晒しているエニステラに止めを刺そうとする様子さえ見せなかった。

 常に余裕を持ちながら、周囲への警戒を怠っていない。かと思えば、こうして目の前に立つ敵を脅威と捉えている様子も無い。

 狙いを完全に魔王姫に絞っていることに偽りはない様子であった。


 故に、クドーラクセスは魔王軍の目的に対して隠すことなく明かしている。それだけの余裕があり、同時に彼の目的に沿った流れでもあったからだ。 



「勿論、余裕があれば保全している魔法の掌握、および魔法研究の断絶による神聖大陸の戦力を低下させることもできるが……飽くまでも、最優先は我らが魔王の娘、ウルスラーナ=アジド=サダゲヌンの抹殺ということになるな」

「それは、一年後の、我々との闘いよりも重要という事ですか……?」

「ふむ……、侵攻と比較してか……」



 辛うじてエニステラが口にした疑問に対して、懇切丁寧に自分達の狙いを明かすクドーラクセス。

 その真偽は兎も角、話としてはどこか筋が通っているように聞こえる内容だとエニステラは放心しながらそう感じていた。

 対してクドーラクセスは顎に手を当て、しばし思案に更けてから、答えた。



「そうだな。神聖大陸への侵攻との比較という観点から考えてしまえば、その通りだ。むしろ七度も実行する機会があったことと必ず失敗してはならないという点でより重要ということになる」


 

 それは耳を疑うような発言だった。

 これまで七度も神聖大陸を戦乱へと陥れ、多くの血と涙を流させ、命と営みを失わせ続けた行為よりも重要なものがあるとはエニステラには考えられなかった。

 だが、吸血鬼の言葉に偽りを感じ取ることはできないことも事実であった。



「さて、大分長話に時間を使ったが……、もう少し時間は必要かな? 時間が必要というならば私はいくらでも待とう」

「くっ……」

「もう周囲の治癒は済んでいるだろう? 最後にその失った左手の止血を完了させれば貴殿ならば問題なく戦える筈だ」



 自身の思惑が既に見破られていることも構わず、エニステラは倒れ伏している魔法騎士達の治癒を続けている。

 広範囲かつ多数の対象に向けた神聖魔法は不得手であり習熟も足りておらず、応急処置程度の治癒を施すことしかできない。

 自身の止血を後回しにしたうえで可能な限りの手を尽くしても、既に手遅れとなっている者は数多い。それでも彼女は決して止めようとしない。


 クドーラクセスに露見した今でも尚、今にも途切れそうな仲間の命をなんとか繋ごうとするのを止めなかった。

 そんな彼女の様子を見て、この場における絶対者は右手に携えた黒剣をゆらりと持ち上げる。

 


「強情だな。あるいは魔法騎士達に手心を加える必要は無かったか」


 

 ゆっくりと持ち上げられたその剣はまさに今にも首を落とさんがために高く持ち上げられる処刑台のギロチンも同然である。


 標的はクドーラクセスの視線の先、倒れ伏したとしてもなお命を繋いでいた魔法騎士達であることをエニステラは看破した。



「貴殿がその拙い治癒で集中し全力を出せない状況となるのであれば──私の主義ではないが、彼らには退場してもらうとしよう」

「ッ……させませんッ!」

「治癒の神聖魔法と同時に私の一撃を耐えられるほどの防御を行うのはお勧めしないな。無論、貴殿一人を守護することは十分可能だと思うがね」



 その時ばかりは、エニステラの心中の鉄芯が溶け落ちた。

 失った左手を今すぐにでも、クドーラクセスへと叩きつけようとする衝動が彼女を襲う。

 魔法騎士達の命を救うには自身はあまりに未熟だった。

 仲間の命を見捨てるようなことを選択することはできない。かといって、全て治癒を途切れさせず魔法騎士達を守護することも不可能に近い。 

 そして、唯一考えられる方法もまた、仲間の命を危険にさらす。



「さて? どうする?」

「ッッゥううううう! 《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が周囲に汝の家、我らの拠り所、魔への灯台をここに築かれよ》───っ」


 

 振り下ろされようとする処刑を前にして、エニステラは治癒を途切れさせずに可能な限り最大の防衛陣を構築する。

 或いは自身を消費しつくしてなお、背後の仲間達を守り通すことができるかどうかは万に一つの可能性であることを承知の上、億が一であろうとも賭けるに値すると彼女は信じている。



「俺達に、かまうな……ッ」



 果実を絞りとるかのようにか細い声が死をもたらす重圧で満たされる空間の中で響く。

 エニステラは振り返らない。僅かでも正面から目を逸らせば僅かな可能性が果ててしまうことを知っているから。



「治療の、ほど、感謝する。済まない、足手まといと……なってしまった」

「う、グ、マ、マナリストを守護する……魔法騎士団として、不甲斐ないばかりだ」


 

 息も絶え絶えの中、魔法騎士団たちは傷を抱えながらもどうにか立ち上がろうとしている。

 無傷のものなどいないが、彼らの声にはまだ力が残っている。

 エニステラの肩が震える。それでも琥珀色の目は決して振り上げられた黒剣から離れることは無い。



「失望、されたかもしれない。ぐ、頼りとしていた仲間の弱さに、現にこうして我々は地に伏し、守られ、治療を、受けている」

「それでも、それでもなお、ごほっ、どうかもう一度、我らを信じて欲しい」

「私たち、は十分に、癒しを受けました。まだ倒れている仲間達も我々で何とか、します……ですからっ!」


 

 次第に魔法騎士達の声が大きくなる。

 地に伏していたものは、膝をつきながら体を起こし、手が残っているものは魔法を構築する触媒を手にし、手が残っていないものは、喉から血を流しながら詠唱を唱え始める。

 互いに支え合いながら魔法騎士達は体勢を整えていた。


 エニステラは──、目を逸らしていた。


 再び共に戦おうとする彼らから目を逸らそうとしていた。

 

 ──目にしてしまえば安易な共闘にまた甘んじてしまうと、そのような思考がよぎってしまうことが許せなかった。

 

 思えば、これまでろくな連携を取ったことは無かった。

 百戦錬磨の対魔十六武騎という立場において、共に戦うという経験だけを得ずにここまで来てしまった自らの不甲斐なさがこうした状況を生み出しているのは間違いなかった。

  

 もし、自分に誰かと共に戦う経験があったのならば、安易に数に任せた戦いを行わず、より慎重な立ち回りを取ることができただろう。

 或いは全体の指揮を執り、卓越した連携を見せることでここまで劣勢に追い詰められることは無かったかもしれない。


 あと少しだけ、自分に誰かと共に戦うという選択肢を受け入れる勇気を早く持つことができたならば、あと少しだけ、仲間と共に戦うというこの練度を高めることができていれば、この場の結果を覆すことができたかもしれない。


 失望されるのは自分のほうである。決して自分達の最善を尽くしていた魔法騎士達ではない。本当の最善を尽くすことができなかった自分自身にある。

 

 彼らは立ち上がろうとしている。

 エニステラの後悔などは関係ない。ただひたすらに自分達ができうる限りの最善を尽くそうとしている。

 

 彼らは信頼してほしいと口にしている。同時にエニステラに期待をかけている。

 対魔十六武騎ならば、この場を何とか切り抜けることができると、八魔将を打倒することができるのだと。


 例え他に可能性がないために選ばれた選択肢であろうとも、彼らはそこに総てを賭けることができている。

 

 ならば、自分は? 

 

 ここまで信頼してくれている仲間の期待を裏切るのか?

 それは、再び自分に誰かと共に戦うという道を示してくれた、彼らに、高塔恭兵たちを裏切ることになる。

 

 そんなことができるのか?


 

(──できません。幾度となく失敗を重ね、今もなお彼らの信頼から目を逸らそうとした。それでも私は歩みを止めようとはしない。──最善を尽くします。彼らの信頼に答えられるような)




「《ああ、いと高きに居られる至高の神々の一柱、雷と力、秩序と法、正義と調停を司る神、ウォフ・マナフよ、我が願いに耳を傾けよ》、《~|申請・神祖憑依《オーダー:ウォフマナフ・インストール》》」


 エニステラは拠点防衛用の神聖魔法を中断、即座に別の詠唱へと切り替えた。

 同時に魔法騎士達へと掛けられている治癒も打ち切る。激痛を遠ざける癒しを解かれた騎士たちはうめき声をあげたが、互いに肩を貸し合い、倒れ伏すことはしない。


 クドーラクセスはエニステラが詠唱を切り替えたことを視認し、振り上げた黒剣を止める。

 しかし、それは攻撃の中止を意味していない。むしろ発する重圧を増す一方であり、これまでにない一撃が放たれるだろうとその場の誰もが確信することができた。



『《申請確認(オーダー・アクセプト)》』



 空間に姿なき荘厳な声がエニステラの要請に答えた。

 その声は遥か遠くここではないどこかに存在し、しかし常に傍にいるもの、大いなる神々の内の一柱ウォフ・マナフのものである。


 ──そして、その詠唱は、エニステラが通常戦闘移行時に行う、アーティファクトと同調し、全機能を開放させる《銘解放》とは異なる。 


 

「《討伐対象は八魔将、エンシェント・ヴァンパイア、条件は満たしていると判断、確認されたし》」

『《対象者検索、、、該当有り、対象、神の剣。自死計画(アポトーシスプラン)に必要と判断、憑依率80%までの制限を解除、使用式、《翼》、《角》、《尾》、《爪》、《牙》、《獣毛》、《蹄》、《甲羅》を許可》』

(──、八魔将を相手にしているにも関わらず、憑依率100%の許可が降りない……?)「《再確認、敵は八魔将、クドーラクセス。憑依率100%が必要と判断……!》」

 

 自身が信仰する神からの返答にエニステラは顔をしかめ、再度全力行使の要求をウォフ・マナフに求める。



 彼女の切り札を起動させ、自らに引き出しうる全力を行使するたには通常の神聖魔法とは異なり、神と深く繋がる必要がある。

 それに合わせて、通常の神聖魔法とは異なる詠唱を必要とする。常のものを神に対する宣言とするならば、これは神と彼女の対話による契約の締結であるのだ。

 すなわち、彼女の全力は彼女が奉じる神であるウォフ・マナフからの許可なしに全力を行使することはできない。

 

 とはいえ、その力が向けられる先は、八魔将であり彼らに対抗するための対魔十六武騎であるエニステラに対して、全力の許可が降りない筈は無く、あまりに不可解な話であった。エニステラが疑問を持つのも当然である。

 


『《裁定、、、否決。憑依率83%までの制限を許可する》』

「くっ……、《裁定の根拠を問う》」 

『《根拠一、魔軍侵攻開戦以前における、対魔十六武騎に対する憑依率100%の許可は禁止されている。根拠二、自死計画遂行の弊害の恐れありとされる。以上の二点より、憑依率100%は許可できない》』

「っ……分かりました。ならば、今私ができうる最善を尽くすまで……っ! 《条件確認(オールチェック)、接続承認を要求》ッ!」



 告げられた二つの理由に釈然としないエニステラだったが、疑問を振り切り詠唱の段階を次へと進める。


 魔軍侵攻以前における八魔将との衝突という事態に対しての対応ではない、自死計画というウォフ・マナフより以前から聞かされており、歴代の対魔十六武騎の《聖騎士》達にも関連があるとされる事項だが、それらの追求をする時間は、迫る黒剣の重圧と背負う仲間達の命と期待を前にしては、後回しにせざるを得ないと彼は判断した。



『《注意!(アラート)、現在転換率8% 憑依終了時の推定転換率67%超。転換率60%に抑制することを推奨》』

「《確認(チェック)》」

『《注意!(アラート)、転換率100%到達次第、使徒への完全転換が完了。注意されたし》

「《確認(チェック)》ッ!!」


 

 ウォフ・マナフからの警告に対してエニステラは一喝して振り切る。

 例え、どれほどの危険があるのだとしても全ては対魔十六武騎と成ることを決意した時より覚悟していたことである。

 


「《我が肉体は汝の御遣い、遍く魔を討ち滅ぼすものとなる》、《神祖接続(ソース・アクセス)》ッ、《神意執行(エグゼキュート・)裁獣神漂着ウォフ・マナフ・インストール》ッッゥゥゥウウウ!!」



 詠唱完了────、同時、エニステラの眼前へと迫る黒剣、エニステラが完全に戦闘態勢へと移行可能となる完璧なタイミングで放たれた一撃は寸分狂いなく打ち込まれる。 


 魔法騎士達は自分達を襲った惨劇を想起するほどの威力が込められていることを瞬時に察知したが、既に彼らにどうにかできる余地や余力は残されていなかった。

 誰もの脳裏に絶望がよぎる。刻まれた痛みによる恐怖は、どうしようもなく彼らの勇気に影をもたらす。




「──心配ありません」


 

 確かに聖騎士を一刀両断する筈の一撃は輝きに包まれた籠手によって掴まれていた。



「これ以上、私と共に戦うものに不安を抱かせることは何一つ無いのだと、私──《聖騎士》エニステラ=ヴェス=アークウェリアが証明いたします」  


  

 彼女は高らかに詠いあげ、光輝に包まれた拳をクドーラクセスへと叩きこんだ。











 ◆◆◆






 ──同時刻、破壊の痕跡が残る路地裏にて



「──じゃあ、約束通り。戦ってくれるってことでいいよな?」

「……よかろう。ことこの状況に至れば、我らに退く道は無い。──元より、帰る場所などないのだろうがな」



   

 気絶した明石都子を抱える高塔恭兵の手を、黒い甲冑に身を包んだ魔王姫、ウルスラーナ=アジド=サダゲヌンが取っていた。


次回は一か月以内の更新をご期待ください……

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