第一話 始まりの異邦人 / ミドルフェイズ 4:その少年少女は襲撃者を尋問する
何とか間に合いました
ではどうぞ
国境に位置する町、マージナルと山を挟んで向こう側に位置する村、パオブゥーのその日の夜はいつも通り静かなものだった。
多くの村人にとっては商人が村を訪れたことと雲も無く雷が落ちたこと以外は何の変哲もない一日であった。モンスターの影におびえる日々での一日であっても、まさか自分達の村に対魔十六武騎が来ていて、その上呪いの魔導書を持つ魔女を巡って戦闘が起きたということが一日で起きたなどと想像するはずも無かった。
そんな異常が起きていた、馬小屋から背に自身の背丈ほどの大きさの布により何重にも包まれた大剣を背負い、それを引きずりながら、青い顔をしている少年が出てきた。
「つ、疲れた……」
高遠恭兵である。
恭兵は、馬小屋から方々の体で抜けだし、都子が拘束している筈の襲撃者の下へと向かった。
打ち合わせ通りに行けば恐らく都子が拘束で来ているとは思うのだが、それでもあの襲撃者の忍者染みた動きでは逃すかもしれない。
最悪の場合は、都子が逆に捕まえられていて首筋に短剣を突き付けられているという状況もありうる。
相手も疲労が溜まっているであろうが、それでも魔法使いである都子に不意打ちを喰らわせる程度、訳はないだろう。
(やっぱり、飛ばさずにその場で止め刺すべきだったか?)
悪い予感に焦りを感じた恭兵は、未だに引かない頭痛と身体の疲労を押して、出来る限りの力で都子の下へと、急ぐ。
そして、たどり着いた先に居たのは――――
「あだだだだあだ! ちょっと、捕虜の扱いはもう少し丁寧にして下さいよー!」
「はぁ? そっちから襲ってきていきなり降参しておいて随分な御身分ね。そのまま何もできないように縛りあげてやるから大人しくしておきなさいよ」
「いや、縛ること自体はいいよ? でも、縛り方が下手というか無駄に手首が縛られて妙に関節が決まったみたいになって――いだだだだあだ!」
「もういいから、いい加減に黙っときなさいよこの襲撃者ァ!」
魔導書で作り出した黒い鎖によって、全身を縛り上げられている三下染みた言動の男と喜々としつつ鬼気を感じさせながら変な男を無理に縛り上げ変なテンションに陥っている都子がいた。
「え、あれ? 誰だよそいつ」
「ん? ああ、こっちきたの? じゃあ縛り上げるの交代してくんない? これ以上付き合ってられないんだけど」
「いや、その前に誰だよそいつ。襲撃者は?」
混乱する恭兵の目の前には、黒髪に黒い眼、どこか親近感が沸くような顔付きであることから、元の世界の日本人と似たような人種なのだろうと推測できる男がいるだけである。
恭兵は少なくとも、それに該当する人物にここ最近遭遇した覚えはない。無かった。無いはずだ。
そんな感じで軽く現実逃避をしている恭兵だが、無慈悲にも都子が真実をもたらした。
「元襲撃者よ。頭に被った頭巾を剥いだらこんな感じに……」
「……そうかー、本物かー…………いや、なんでだよ。戦ってた時とか、こう、もっと寡黙な感じだっただろ!」
「いやー、流石に戦ってる間にそうそう喋りませんって。ましてや俺、暗殺者ですよ? うるさい暗殺者とか使い物になりませんって」
「そうだな。今のお前がぺちゃくちゃ喋ってるのを見る前だったら信じてたかもな」
縛り上げられているにも関わらず、口を閉じずにしゃべり続ける襲撃者に恭兵は呆れていた。
今さっきまでの戦いなど無かったようにフランクに話しかけてきては調子が外れてしまうのも無理は無かった。
しかし、この状況でも油断することはできない。相手は忍者のように全身に何らかの武器を仕込んでいたのだ。今この瞬間にも、不意を打とうと画策していると容易に考えられた。
よって、まずは完全な武装解除を行うのがいいだろう。
「よし、とりあえずお前口あけろ。また、針とか飛ばしてきたら二度とその歯で物を噛めなくしてやるからな」
「あ、はい。じゃあ、あー」
想像よりもと言うべきか、素直に口を開く襲撃者。
余りに素直に開いたので、罠ではないかと考えつつも、最大限警戒をして、その開いた口の中を覗くが、特に変わったものは見つけられなかった。
「う、うーん」
「どう? なんかあった?」
「ダメだ。よくわかんね。考えてみれば素人の俺が、口に仕込んだものがどうこう訳なくない?」
「じゃあ、どうするのよ? いっそのこと、コイツをここで……」
「わーーーー! ちょっと、それだけは勘弁して下さいよ! 俺はこんな所で死にたくないーーーー! いやだーーーー!」
「じゃあ、襲ってこなけりゃ良かっただろうが。俺の首をバッサリ切ろうとした奴のいうことじゃねーだろ」
悲壮な覚悟で、魔導書を構える都子に慌てて命乞いを始める襲撃者。あまりのみっともなさに、どうにも毒気が抜かれてしまう。
悪党の命乞いというにも余りにも情けなかった。
「違うんですって、殺す気なんて欠片も。首を狙ったのは峰打ちすれば、ほぼ確実に気絶しそうだからであった」
「じゃあ、何で殺す気も無かったのに襲ったんだよ」
「いや、それには訳がありましてね。本当はマジで殺す気だったんですけど。聞いてた噂とは違って、そこまでヤバいんじゃ無くね? って、観察してる間に思って。勘違いとかして殺したらどうにもならないし。とりあえず、拘束して身動き取れなくしてからゆっくりと事情を聞こうかなって」
「その弁解のどこで許してもらえるとお前は思ったんだ? ボコボコにする必要あるか?」
尚、自分達がボコボコにした上で話を聞いている現状は無視するとする。
「と、とりあえず。俺にはもう戦う意志は無いんですって! 降参ですよ。降参!」
「信じられないわね」
「信じられるか」
「そんなー」
「だったらお前、俺が壁に押し込んだ時に黙って倒れてろよ。あそこで含み針で脱出した後に煙玉でかく乱して、逃げずに首狙ってくるとかしてんじゃねーよ」
「いや、そうでもしなかったら殺されそうだったんですけど。どうみても最後の方は殺す気だったでしょ!」
「ははは、そんな訳ないだろ。こんな善良な冒険者を捕まえて何言ってんだ」
まあ、気絶するまで顔面を殴りぬいてはいただろうが。
「ともかく、俺はもうあなた達に危害を加えることはありませんって!」
「信じられないわね。何か誠意を見せほしいんだけど」
「そうだな、とりあえずお前の雇い主から――――」
「ラヴァウム同盟に所属している都市国家の一つ、アーバルウムを治めている当主、ミジック・アーバルウムに雇われて彼女を確保する、少なくとも呪いの魔導書を持ち帰ることが任務で……」
「躊躇なくペラペラ喋りだしたぞ」
「私達にとっては都合がいいけど、信用できる性格ではなさそうよね」
質問を言い終わる前に話始め、未だに質問していないことまで話続ける襲撃者。降参の意志を示すのに必死すぎて、逆に怪しすぎる、と二人は互いに考えていた。
そして、その軽妙な喋りで自身の事情をも続けて話始めた。
「ミジックは自分が大事にしていた魔導書が盗まれたとかで盗んだ犯人に高額の懸賞金を懸けた上で、子飼いの草の者と言いますか、俺みたいな密偵も働かせてたんですね。まあ、俺たちは盗人の始末は後回しで魔導書の回収を優先しろっていう話だったんですが……」
「ふーん……お前よく喋れるよな。今までも何人かお前と同じ命令を受けたっぽい奴が襲ってきたけど、どいつも口割らなかったぞ。あまりに何も喋んないから身ぐるみ剝いだうえで貼り付けにして放置してきたけど」
「ああ、ちょうど追いかけた途中で見ました。ああはなりたくないですよね」
「いや、お前仲間じゃねーのかよ」
「いやいや。所詮個別に雇われただけの盗賊崩れが大半で、互いに仲間とか思ってなかったし、隙あれば寝首書いて手柄を独り占めするような奴らだったし」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんです」
恭兵は、襲撃者と話ながら、ちらりと都子の方を見た。彼女も恭兵の方へとちらちらと目線を向けては逸らすと言った行動をとり、恭兵の反応を見ているようである。
(盗まれた魔導書、ねえ)
都子の事情について、あまり聞くことは無かったがようやくその一端が思わぬ形で明かされてしまった。
恭兵としては都子自身から言いだして欲しかったが、そのミジックが本当の事をこの口が軽い奴に言ってるわけでは無さそうであるので、後で都子に確認を取る必要があるだろう。
「で、まあ頼まれたはいいんだけど。ここだけの話もうあのミジックとは手を切ろうと以前から思ってまして」
「そりゃまたなんでだよ。俺が言うのはあれだけど、都市国家を治める主だろう? 金払いが悪そうには思えないけど……そこらへんけち臭かったとか?」
「まあ、けち臭かったのもあるんですけどね。ちょっともう少しでこう、切られそうだなーっていうのを感じとりまして、まあ主な理由としてはあっちが俺に対する報酬を払い忘れてるって奴なんですが」
「やっぱりけち臭いかったんじゃねーか」
「そもそも、俺がミジックに協力してたのにはその魔導書も関わってましてね? それなのに盗まれて手元にないってなったらもう俺に利益は無い訳でして」
「何だ? 魔導書の力で強くなりたいとかそんな感じか?」
「まさか、そんな曰くつきの魔導書を好き好んで使いませんて――――いや、何でもないです、ハイ」
口走った襲撃者に対して、何らかの魔法を用意しながら都子はその指先を向けていた。
慌てて、訂正に走った襲撃者を見て彼女はその手を下げたが、無言で睨み続けている様子は、傍らから見ていた恭兵でも恐ろしいものだった。
「じゃ、じゃあ、魔導書には何の用事があったんだよ? 自分のコレクションに加えたかったとか?」
「いや、どこの怪盗ですかそれ。そうじゃなくて、俺の目的は魔導書自体じゃなくて、それを狙っている人物。まあ結構たくさんいると思うんですけど、その中の一人に俺が追ってる人物がいまして」
「魔導書の近くで待ち伏せしたかったのに肝心なものが盗まれた、と」
「別に持ち帰っても良かったんですけど、何やら聞いた話ではミジックは近々呪いの魔導書を悪用しようとかいう目論見があったらしく、俺としても悪事の片棒掴むのはあまり気乗りしなかったんですよね」
「そんな感じであんまりやる気無かったのを知られて切られそうになったと」
「まあ、持ち帰ればまだ目はあったかも知れませんけど、この通り失敗しましたし。もういっかなって思って」
「……ここまでの話を聞くとなんでお前が襲い掛かってきたのかますます分からないんだけど」
正直に話会えば良かったんじゃないか、と恭兵は考えない訳には行かなかった。まあ、怪しすぎて結局戦う羽目になりそうではあるのだろうが、それでもいきなり首を落とそうとしたのはどうなのだろうか。
「まあ、お二人の人柄も良く分かんなかったですし、噂通りの呪いの魔導書を扱う魔女――だったら、流石に魔導書を奪わなきゃいけませんでしたしね。まあこの様子だと噂通りの極悪非道な人物では無さそうですけど」
「………」
「確認のために襲ったと……もし、噂通りだったらどうしてたんだよ?」
「こんな風に降伏せずに撤退優先でしたかね。流石に一人で相手するには無茶が過ぎると思いますし……でも、その様子だとその魔導書は完全じゃなさそうですけどね」
「完全じゃないって?」
疑問を示した恭兵の反応に以外に首を傾げる、襲撃者。どうやら、彼の方が魔導書の事情に詳しそうではある。
彼が掴んでいる情報を把握するためにも、恭兵はその詳細を聞こうとしたところで、都子かの視線で止められる。
「それは今は話すことじゃないでしょ。とりあえず、ある程度の事情は分かったから、コイツをどうするかっていうのを早く決めて、さっさと寝ましょうよ。明日は早いんだし」
「……ま、それもそうか。で、どうする? 正直、もう襲ってこないとは思うけど」
「そいつの言ってることが全部本当かどうか分からないでしょ? 寝首を掻かれるくらいならいつも通り、身ぐるみ剝いでそこらへんに案山子替わりに貼り付けにするのがいいと思うけど」
「ちょちょちょっと、待ってくださいって! それだと俺は困るんですって! 俺が捕まってる間に俺が探してる人に遭ったら行き違いになるじゃないですか、それにあなた方にとってもまずい事になりますよ!?」
「そんなにまずいのか?」
「ええ、その人物は優れた暗殺者で、俺なんかよりよっぽど強い、正直斥候役もなしにこのまま旅を続けても、お二人では絶対にやられますね」
「お前、倒された癖に中々言うよな」
とは言え、その懸念は最もであった。
正直、この襲撃者に気づくことが出来たのは幸運に等しい。あれは単に恭兵が殺気に気づいたという訳でもなく。都子が予め仕掛けておいた《警報》に引っ掛かっただけである。
もし、これ以上に出来る相手には通用しない恐れがある。
正直、この追手が複数いる中で追手を巻いて、的確に対処できているのは奇跡に等しい。段々と強くなってきている追手に対応するには――――
まあ、話が長く回り道となってしまったが、要するにこの襲撃者は、
「……もしかして、お前仲間にしてくれとか言うんじゃないだろうな?」
「そう、その通りっす! 俺を仲間にしてくれれば、俺みたいな奴に十分に対処できるし、心強い仲間も増える! 一石二鳥では?」
「自分で言うことじゃないけどな……お前が仲間にしてほしいって言うのはあれだろ、その探している奴を捕まえるのに自分じゃ心細いと、かといってこの曰くつきの魔導書に好き好んで関わる奴は大体怪しいしと
「そう、つまり俺としてはあなた達と一緒に行動するのがベストっていう訳なんですけど………どうです?」
黒い鎖に縛られたまま、その襲撃者は提案してきた。
ここまでの話からいって、襲撃してきた最大の目的はこれなのだろう。つまり、勝手も負けても仲間にすることが前提であったのだ。
(多分、終始俺の首を狙い続けたのも余計な怪我を負わせないため……いや、だとしても馬鹿すぎるだろ、どう考えたらそんな結論に至るんだ?)
恭兵は頭をひねったがどう考えてもどうしてその結論に至ったのか理解できなかった。仕方ないので、この件はまた後に聞くことにして、とりあえずコイツの処遇をどうするかが先である。
「都子、どうする? 正直言って信用できるかは怪しいぞ、コイツ」
「………アンタはどう思うのよ? 私も信用はできないけど……正直味方になれば心強いというのは確かなのよね、腹立たしい事に」
「ああ、それは保証する。腹立たしいことに腕は立つんだコイツ」
その言動と行動はともかく、実力から言って相当なものであるのは確かである。
というか、あの時は手を抜かれていたのかもしれないと思うと、こっちも背筋が凍りそうになる。最も、本人の三下染みた態度を見ている内に背筋の異変は瞬く間に消えたのではあるが。
ともかく、今後を考えるならば、その能力は特に必要なものになるだろう。
明日の山越えを考えるならば、尚更である。
ともすれば、凶悪な死霊術士と対面するかもしれないのだ。戦力は多い方がいい。
「………恭兵、アンタが決めて」
「え、俺でいいのかよ? お前は大丈夫なのか?」
「正直、私は信用できてないけど。でも、必要なら仕方ないじゃない。誰かの手を借りるなんて今更だしね。だから直接戦ったアンタが決めた方がいいと思うわ」
「そっか、分かった」
都子はこちらへと目配せしながら、そう答えた。
その態度にはどこか不満げなものが見えるが、
信用できないものであったとしても、自分の目的のためには信用する。そう決めたのだろうという事が、その変わらぬ意志を秘めた目から伝わってくる。
ならば、恭兵に迷うことなど無い。
「よし、えーと、お前名前何だっけ?」
「あ、はい、加藤佐助っていいます」
「その偽名なのか何なのか分かんない名前はいいから。っていうかこの期に及んでふざけんのかよ」
「ま、待ってくださいって、どんな時でも密偵は自分の本名は明かさないものですって、よったいくら聞かれようともそれには答えるつもりはありませんて」
「……そうか、ちなみに前はなんて名乗ってたんだ?」
「ジョン・スミスです」
「名乗るにしても適当すぎないか……? ああもう、加藤佐助でいいや。で、お前さっき薬屋での話聞いてたか?」
「ええ、まあ一応、話によると山越えて死霊術士とやり合うとかなんとか」
「じゃあ、話は早い、とりあえずお前にもついてきてもらう。人手が足りないからな。そっから先はまた町に着いてからだ」
「それじゃあ、俺を仲間に加えてもらえるってことでいいんで?」
「とりあえず、だけどな」
それでいいか、と恭兵が都子の方へと振り返ると、都子は軽く頷きつつ、
「ま、いいんじゃない? アンタがそう決めたんだったら。けど、別に信用したわけじゃないからそこらへんは頭に入れておきなさいよ」
「ハイハイ分かりましたよ。それでは改めまして仮名、加藤佐助。職業は斥候他密偵、暗殺者、そのたもろもろ、どうかよろしくお願いします」
「ああ、俺は高遠恭兵、剣士」
「アタシは……ま、いっか。明石都子、魔法使いよ」
こうして、少年少女の一行にとりあえずの形ではあるが、斥候が加わった。
◆
「で、いい加減気になってたんだけどさ。お前、もしかして出身、日本だったりしない?」
「え、ああうんそうですよ」
「え、反応軽くない? もう少しもったいぶったり、衝撃の事実―! とかいう感じじゃないの?」
「今更、隠しても仕方ないことですし、しかしやはりと思ったっすけど、二人とも”迷人”だったとは」
とりあえず、襲い掛かった事はあるので、鎖で縛りつけたまま、馬小屋まで引っ張っていく最中そのような話がでた。
その明らかな容姿であったり、所々日本のことを知っているような口ぶり、挙句のはてには偽名に加藤と佐助である。結構ヒントがちりばめられていて、むしろ自分から曝け出しているように恭兵は感じていた。
「なにそれ、まようど?」
「あーそういや、師匠が俺の事そう言ってたかもな。この世界に来た、奴らのことを総じてそういうんだっけ」
「ええ、迷い込んだ人で、”迷人” 誰が言いだしたのか、そう名乗ったのかは知りませんがそう呼ばれているようで、何でも最初に魔王と戦った時からいたとかいないとか」
「最初に魔王が攻めてきたっていうのは、確か七百年位前だろう? そんな昔からいるのか」
「そんなんだったら、結構俺たちの世界の文化が広まってそうではあるけどな」
「いや、どうやら本来”迷人”はそこまで長居する訳じゃないらしいっすね。迷い込んだと思えばいつの間にかいなくなっていたりというのが大半で、その多くが厄介事を引き起こして帰って行ったとかで、迷い込んだ上で混迷をもたらすということで”迷人”と名付けられたとかいう説もあるとか……」
「ふーん、ていうか、それ思いっきり日本語でしょ? アンタのでまかせなんじゃないの?」
「そんなこと言わないで下さいよー、話はここから何ですから。何でも最近、と言ってもここ五年程の間に現れる”迷人”はすぐに消えずにそのまま居ついてしまうのが多いらしいですよ。まあ確認されている限りは、ですけど」
「そうか、という事はその五年くらいに来た奴らとそれまでに来た奴らは何か違うらしいってことだな」
佐助は恭兵の言葉ににやりと笑うと、鎖で縛られたまま引っ張られつつ、その通りだと言わんばかりのドヤ顔を決めながらこう言った。
「そう、つまりこっちに来た人はほぼ全員魔法でも神による奇跡でもない力を持っているらしいんですよね。それこそが」
「超能力っていう訳か。……お前、俺との戦闘で使ってたのか?」
「あ! 信じてないでしょ! 俺の能力はですね―――」
「もしかして、あの高速移動か? 確かに速かったもんな」
「はっはっはそんな分かりやすい奴じゃないですよ」
「じゃあなんなのよ。もったいぶらずにさっさといいなさいよ」
「俺の能力……それは! 《接触感応》でっす!」
「あーうん、そうかそれは良かったな」
「あ、ちょっとこれ凄いんですよ。手が触れた相手の考えが読めるんですって!」
「お前、そんな事する前に首を刈ろうとしてただろうが、別に関係なくない?」
「あ、ひど、もっと褒めてくれたっていいじゃないですかーーー!」
パオブゥー村のはずれ、馬小屋へと続く道で佐助の嘆きの慟哭が響いた。
◆
パオブゥー村、唯一の薬の売り場である、マドナードが経営する薬屋の奥の一室にその人物は居た。
既に明かりは消えた暗い部屋の中で彼女は月明りに照らされた自身の手のひらの中にあるものをじっと見つめていた。
「……共に戦うべきか。それとも、私一人で……」
彼女こそ、対魔十六武騎が一席、《聖騎士》のエニステラ=ヴェス=アークウェリアである。しかし、今の彼女にはその勇猛な称号に相応しい覇気は無く。年頃の少女のように悩んでいた。
「元々、私一人で解決すればいい問題……それに巻き込むのは私の使命に反する」
本当にそうなのだろうか、そんな考えばかりが頭に浮かびその度に彼女の決断は鈍っていた。
自分は対魔十六武騎の一人、誰かに頼られることはあったとしても頼ることは許されない。
だが、あの敵、凶悪な死霊術士を前に必勝を約束できないというのがどうしても考えられずにはいられない。勿論常に勝ち続けることが出来ると考えていた訳では無い。自分より強いものなど、同じ対魔十六武騎の中にもいるし、それ以外にもいるだろう。
例え、自分より強いモノが相手であれ、自分の使命を曲げる気はない。
だが、それは唯の自己満足でしかなく、敵を討たなければ死ぬのは自分だけでなく、自分を頼った人々だ。そんなことが許される訳では無い。
「使命を果たすには……共に戦うべきだ、けれど……」
血に濡れた廃教会、虚ろな目でこちらを見る騎士、それら全てを嘲笑う死霊術士。
エニステラの脳裏から決して離れないそれらの光景がどうしても誰かと共に戦うことを躊躇わせた。
「でも、何時までも引きずっている訳にはいかないようですね……」
彼女は目を閉じ、再びそれらの光景を反芻した上で、その目を開き掌の中にある小袋を開き、その中から一粒、丸薬を取り出す。
意を決して、その口へと放りこみ飲み込む、そして、三秒ほどたった後、
「ぐ、があああががああがああああああっがああああ!!」
とても、女性が出すにふさわしいとは思えない絶叫が部屋の中に響いた。
彼女が飲み込んだのは賦活の丸薬、服用者の体力や怪我を回復させる効能があり、高い実力を誇る冒険者などに重宝されている。
しかし、その薬には副作用が存在している。
その回復機能は、傷や疲労を一気に回復させる代わりに激痛が伴う。
質の良いものであれば、幾らか軽減されるが、質の高くないものや、そもそも賦活の丸薬に慣れていないものには大の戦士が転げまわる痛みとなるのだ。
エニステラは、歯を食いしばりその叫びを抑え、激痛に耐える。全身が燃えるように熱くなり体中の関節、指先から、背骨を走る関節の間まできしむようであった。
「ふ、ふう。ま、まだ、気絶する訳には。ふう、ここで気絶しては二度と起き上がれなく、うう」
彼らは早朝に村を出発すると言っていた。自分がその時気絶していましたと言い訳する訳には行かない。
エニステラは全身を走る激痛で気絶しそうになる意識を必死に耐えていた。
その夜、月の明かりだけが、彼女の覚悟と奮闘を知っていたのだ。
という訳で三人目、ですね。もう少し進めたかったのですが切りよくここで切ることになりました。
続きはまた一週間以内に投稿します。