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Psychic×strangers   作者: さがっさ
69/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ24:災厄の招来

遅れに遅れてしまいましたが何とか年内には間に合いました……

 こんな事態になるとはまるで想定していなかった。



 樹木怪人、それすなわち魔軍の先兵隊における参謀を担っている《魔木精族(トレント)》であるオークスト・ナタルナは街路の石畳の下の踏み固められた地面、その下に潜みながら迫る脅威に対して湧き上がる恐怖に直面していた。



(ふざけるな)



 年輪が刻まれた枝のような手で文句が漏れ出ないように口を塞ぎながら、それでも湧き出る憤怒が胸の内で膨らみ続けていた。



(一体、どれほどの想定外が重なればここまでの事態が引きおこるというのだ! ここが奴らに恩寵を与える神聖大陸であろうとも、これほどに運が偏るなぞ……!)



 対魔十六武騎クラスの相手が二人までは予想していた。

 神殿の戦力なども加味して、幹部クラスである、リンブル・スーザ、シャドーゼイズ、そして自分、オークスト・ナタルナのいずれかが戦死することも予想していた。

 八魔将、クドーラクセスが敵戦力と拮抗し制圧しきれないということも想定していた。


 しかし、現実はそれ以上に状況が悪い。


 "生長外壁"の暴走状態さえ、マナリストンの防衛機構に目を付けたオークストが急遽三日で練り上げたできそこないの策である。相応の魔法使いに見られてしまえば《抵抗(レジスト)》されてしまう類の出来でしかなく。裏を返せば万が一の備え程度でしかなかったものを使わされたのである。



 その策も、今現在物理的脅威によって取り除かれようとしている。

 


 何の情報も、一切の予兆も、存在を思わせる伏線も、まったくと言っていいほどなかったその威容。


 溶岩を纏い、溶岩を吐き出す大百足。

 全身に纏った高熱により通る道を溶岩に変えるだけでなく、百では済まないその脚に秘められた膂力はただのモンスターに収まる領域ではない。


 もはや生きる災害に等しく。魔大陸に存在している接触禁止指定のモンスターとはあの類の怪物なのだろうとオークストは考えていた。


 八魔将が動かざるを得ないとされているその脅威が、何の因果か暴走状態にある"生長外壁"を踏み砕きながら、一直線に自分がいる方向へと向かってきている。

 

 樹木怪人に溶岩纏いの大百足が何の意思を持たずにこちらに偶然向かってきているとなどという現実逃避さえできなかった。 

 制御をほとんど手放している"生長外壁"によって"迷人"達が一掃され、残った斥候もかろうじて命をつないでいるだけであり、彼が認識している脅威はただ一つ、暴れ伸びる茨と蔦の群れをものともせずに前進を続ける溶岩を纏う大百足のみであった。



 幾つもの蔦と茨の動く生垣、波のように押し寄せているはずのそれらを、百の脚はものともせず、灼きつくしながら前進する。

 近づいてくる大きく、そして絶え間なく続く大百足の脚が鳴らす振動は地面の中でよく響き、心臓の鼓動はそれよりも痛く動いていた。


 もはや土の中でどうすることもできずに樹木の怪人はただただ幸運にも見つからないことを、自身が奉じる呪いの神に祈る。


 しかし、ここは神聖大陸。魔大陸の呪いの神の恩寵などが届くはずもない。

 ましてや神官でもなく、神とつながる術を持たず、知らない彼の頭上にとうとう振動がたどり着いた。


 零れ落ちた溶岩が頭上の石畳を溶かして、土中に潜む怪人までその高熱が届く。


 たまらずにその場から離脱すべく地面をその手から伸ばした幾重もの根を使い掘り進む。

 土と岩の間の僅かな隙間にねじ込まれた根っこが道を開き、驚くべき速度で地中を掘り進む樹木の怪人だったが、頭上の大百足はそれより速い。


 背中を焼き尽くすような熱源から逃れようと、必死に土の中をもがくが、どれだけ懸命に前に進んだとしても彼我の距離は決して離れることはなく、むしろ君が悪いほどぴったりとつかず離れず追いかてくる。

 幾つも進路を変更したとしても、百の脚はしっかりと彼の後ろを追い続ける。



「かくなる上はッ!」


 

 埒が明かないと判断した樹木の怪人は一か八か、地上に出ることを決めた。



「もう一度、"生長外壁"の制御を取り戻し、魔法都市の防衛機構としての力すべてを一点集中させて叩くしかないっ!」



 決断をすれば行動は迅速だった。

 命を削るかのような熱気に耐え、地面を進める根の手を欠きながらも恐るべき速度で制御を取り戻すための呪いを構築する。



(ここまで暴走したものを再び支配下に置くためには、やはり私自身と"生長外壁"を完全に接続する他はないっ……、この都市の防衛機構であり、研究対象。何が潜んでいるかもわからないものに触れたくは無かったが……、アレを撃退するには致しかたなし!)

 

 

 オークストは、前もってくみ上げていた制御用の呪術を"生長外壁"に接続するためのモノに再構築し起動。

 

 

「《樹海接続:改》ッィィィ!!」



 呪いの完成と共に、それまで石畳を砕きながら、しかしそれ以上は地面の下を避けるように生長を続けていた無数の蔦の触手と茨の生垣が、地下を潜航し続けていたオークストへと押し寄せ、取り込んだ。



  ◆  

 


「なん、だ?」

「『なるほど、どうにも手応えが浅いと思えば……、制御を統括していたのは地面の下にいたのね》」



 大百足の頭上の恭兵と、都子の肉体を乗っ取っているネフリの前で、それまで無秩序に広がり続けていた"生長外壁"が一つとなるように結集していく。


 すでにマナリストの外縁部を飲み込むほどに生長し広がっていたそれらが一つに集まって、人型を象り始めた、その大きさはすでに全体の七分の一程度にも関わらず、大百足を超える大きさとなっている。



「こんなの──どうすんだよ──」

「『放っておいても事態が悪化するだけ。一気に叩くッ!』」



 目の前で編み上げられていく脅威を前に呆然と見上げるしかできない恭兵に対し、ネフリ即座に決断、大百足を、人型を形成しつつある"生長外壁"へと突撃させた。


 強靭にして強固の百の脚。


 もはや、一つ一つが大樹の幹に等しくなりつつある触手に対しても何の抵抗も許さずに砕き足場としながら、既に自身よりも巨体となっている"生長外壁"を上る。



「『相手の対応に逐一驚いていればこちらが後手に回るだけ……! どうせ厄介なものになる位だったら、一切の容赦なく叩く! これだけよ!』」

「言ってることは分かるけど……」



 "生長外壁"に纏わりつくようにして登るがために、ほとんど垂直の壁となっている大百足の背に《念動力》で自分と都子の体のことを構うことなく大百足を駆使しているネフリごとしがみつくように固定している恭兵。

 そんな苦労を知らずか、或いはその上で特に反応を示さないでいるネフリはまっすぐに大百足を向かわせている先、人型となりつつある"生長外壁"の頭部に見える部分を睨みつけている。


 

「これだけの巨体を全部どうにかするなんていくらコイツでも無理があるって!」

「『戦いはガタイで全てが決まる訳じゃない。たかが自分より数倍デカい程度で、背を向けるなんてアンタの師匠に教わったのかしら?』」

「"数倍程度で、怯むな。十数倍から悩みだせ"って言ってたよ、あの人外師匠は! だけど、そもそも元の"生長外壁"の時点で俺達と数十倍じゃ利かない規格(サイズ)の違いがあるんだって! ノープランで行ける訳ないだろ!」

「『弱点を突くのよ』」


 

 大百足が纏う熱風と急激な上昇によって巻き起こる風が合わさり生まれる赤い霧すらはじく空気の壁、その向こう側を指し示しながら、ネフリは叫ぶ。



「『元々、この壁を暴走させていた奴を炙り出すのが私達の目的だったでしょう? それは図体がでっかくなろうが、人型に集まっていようが変わりはしないわ。どうせそれを制御しているのは同じやつなんだから』」

「それと頭部を目指すのは、どういうことなんだ?」

「『それはとても簡単な理屈よ。一度優位を取り返した奴は大抵ふんぞり返るために天辺にいるものだから』」

「そんなので───、いや、違う……!」



 ほとんど根拠になっていない方針に対して文句をつけようとした恭兵だったが、そもそも自分たちがやるべきことを思い出した。

 


「佐助に頼まれたのは、飽くまで"生長外壁"を乗っ取っている魔軍を炙り出すところまでだった。俺達がやること自体に変わりはないってことか……!」

「『そうよ! 例え相手が強くなろうが、弱くなろうが、虚仮脅しに出ようが、一度決めた作戦は自分の直感が裏切らない限りは最後までやり通すこと! あなたの師匠も言っていたでしょう?』」



 怯むことなく進撃を続けるネフリの言葉は災厄を呼ぶ呪いの魔導書に眠っていた人格とは思えないほどに鮮烈だった。

 さらに、彼女の言葉はどこか恭兵を教え導こうとしているようにも思える。

 そして何よりも恭兵が気になっているのは



(このしきりの強調するような言い方──もしや、師匠のことを知っているのか)



 恭兵の師匠、大剣使いのアーレヴォルフが"災厄の魔導書"を探していることと何か関係があるのか、更なる疑問が生まれたが、今はそれに気を取られている場合ではなかった。


 自身が生み出す熱風の中、人型を形成する"生長外壁"を上り続ける大百足だが、一向にその頭部との距離が詰め寄る気配はない。

 その歩みに一切の陰りはなく、問題が大百足の方にはない。赤い霧の向こうに途切れ途切れに見える遠くなる地面からして、上昇していることは確実である。 


 では、何故なのか?



「あっちの生長速度が速すぎるのか?! この大百足が上る速度と同じ位にその大きさが変化してる!?」

「『しゃらくさいッ! この程度で怯むとでも……!』」


 

 鞭を打つように振ったネフリの腕に連動するようにして、大百足は速度を上げる。

 上から叩きつけるように空気の壁がさらに厚くなるのを感じながら、それでも眼前の向こう側に見据える頭部との距離は縮まることはない。

 それどころか、返って遠ざかり始めた。


 "生長外壁"が生長する速度が大百足の上昇速度を超えたのである。



「追いつけない!」

「『何の……この程度がコレの最速だとで、も……ッ!?』」



 さらに鞭打ち、速度を上げようとしたネフリが自らの頭上に危険を察知する。

 幾つもの巨大な蔓が縒り合わさってできた何かが二人と大百足へと迫っていた。



「腕、かっ?!」



 反射的に《念動力》を放った恭兵だったが、大百足を既に十数倍を超えるスケールに形成された蔦と茨の巨大な腕を止めることはできない。


 蔦と茨の巨腕はそのまま、体を這う虫を払うかのように大百足へと赤い霧の最中をかき分けて動く。直上から迫る脅威は二人には、巨大な建築物が落下してくるかのように錯覚する。



「『飛ばすわ! 私の体もしっかり支えておいて……!』」

「あっちの方が速い! ただ速いだけじゃ捕まるぞ!」



 大百足の上昇速度を限界まで引き出そうとしているネフリに対して、恭兵はそれだけでは足りないと確信していた。

 

 落下してくるように感じる巨腕だが、それでも大百足の上昇速度よりも速い。そして例え大百足の速度が巨腕を上回ったとしても、巨腕から逃れ出るには既に遅いと恭兵は直感した。



 遥か上空、大百足の背にしがみつくことしかできない恭兵に逃れる術はない。

 自らの脳裏、自身をただ生かそうとする本能からは背負う大剣と体を支えているネフリ、もとい体を支配されている都子を手放せば、生き延びる可能性に手を伸ばせると訴えられるが、そんな選択を取れるはずもなく封殺する。


 脳裏からの悲鳴を耐えながら、死を覚悟する恭兵。

 走馬灯とも呼ぶべき、人生の後悔が去来する前に、彼の体は下から突き上げられた。



「な、あッ!?」



 地震が起きたのか? と彼が思考した次の瞬間には、体が浮遊していた。

 完全に天地の上下も定かでは無いまま、《念動力》を集中させて自分と都子の体を大百足につなげる。


 回る視界、依然として晴れる様子の無い赤い霧の中で見通しも碌に取れない中で、自分が宙を舞っていることを自覚する。



 ───大百足大跳躍。


 それまで"生長外壁"を這うようにして登っていた大百足が、自身の巨体を支える百の脚の膂力をもってして飛び跳ねたのである。



 百足が跳び上がるなどと思いもしなかった恭兵はただ驚愕に包まれながら必死にネフリからの指示を遂行するしかできなかった。


 そして、一瞬の浮遊感に包まれたのちに、再び第二の衝撃が下から、天地逆転の視点の中で定義するのであれば、恭兵たちの足場となる大百足側から衝撃が伝わってくる。


 

「がっはっぁ」



 舌を嚙みちぎる寸でのところでこらえながらも、肺どころか全身から酸素を吐き出しながらも、《念動力》の制御だけは決して手放すことはなかった。



「『なん、とか成功したわね……』」

「お、お前、なんて曲芸を──」



 一瞬の忘我の後に聞こえてきたネフリの安堵が混じった声に我を取り戻した恭兵は一体何が起こったのかを俊二に把握した。


 

 ネフリは大百足の全身を発条(バネ)のように使い大跳躍、その末に落下してくる蔓と茨の巨腕へと着地して攻撃を回避したのである。

 

 確かに何もしなければ、そのまま巨腕に押しつぶされていただろうが、運が悪ければ、どころかほとんど空中に投げ出されていた。何とか大百足の体に居られるのは幸運でしかなかった。



(けど、この百足はもう限界だ)


 恭兵は弱気を吐き出しそうになるのをこらえて、不安定な足場の溶岩を纏う大百足に目をやる。

 何物からも傷つくことは無いと思わせた巨躯は、ただ一度の跳躍の衝撃を受け止めただけで見る影もなく傷だらけとなっていた。

 

 未だ生長を続ける茨と蔦の巨人、その頭頂部にいるとされる樹木怪人への距離は遠のくばかりでありその道を昇うための手段である大百足は文字通り虫の息、状況は遥かに絶望的であった。



「『さあ、先に進むわよ』」



 その状況の中で、ネフリは好戦的な笑みを浮かべ、一直線に目標を睨み続けていた。

 同時に、その笑みはアーレヴォルフを思わせるものだった。

 困難を前に怯えるでもなく逆に笑みを浮かべるその姿を恭兵は師匠と共に過ごしている日々の中で見たものと同じものだった。


 "災厄の魔導書"は災厄を前にして、全身全霊でそこに立っていた。




 ────そんな、この戦場の中で輝く緑髪の輪郭が突如として、紙くずのように崩れだした。

 


 切れ端のようなものが、足元に落ちて溶岩の熱で燃えた時には既に崩壊は止まることなく全身に行き渡っていた。



「は?」

「『これは──、時間切れかしらね』」」



 呆気にとられる恭兵を余所に、ネフリは少し苦い顔をするだけで平静そのものであった。


 状況はさらに悪化する。

 ごう、と風を切る音がそんな二人に迫る。

 それは再びの巨人の腕、決死の跳躍によって回避した右腕の反対、左の巨腕であった。


 再び跳躍を行う体力は、溶岩を纏う大百足には残っていない。例え回避に成功したとしても、そこで完全に力を使い果たして倒れ尽きてしまうだろうということは誰の目にも明らかだった。



 標的は遥か高みに存在している。

 目前には自分たちを虫けらのように押し潰す茨と蔦の巨腕が迫る。

 縋りつく足場である溶岩纏いの大百足は、虫の息でありその輪郭は紙屑のように崩れ去ってゆく。

 そして"災厄の魔導書"の人格は今にも消え入りそうになっていた。



 絶体絶命の状況は絶え間なく押し寄せる。

 

  

「『──しょうがないわね。今回の私はここでお終い。だから、最後に私の必殺技で刻んであげるわ』」


 

 崩れ行く体に目もくれず、その女性は"災厄の魔導書"を手に取り背中越しに彼女は恭兵の方へと視線を投げる。



「『一発だけお見舞いするわ。私が消えてもこの子が起きるには少し掛かるでしょうから、色々含めて頼んだわ』」

「色々って、何を───」


 

 恭兵の言葉を待たずにネフリは"災厄"の詠唱を開始した。

  


「『《砲台(バレル)》ッ!』」


  

 呼び出したのは、都子がリンブルの突進を止めるための障害物にした黒塗りの砲台。

 その黒は、自らの砲撃によって焼き付いた煤でできていた。



「『【装填、今我が手にある全てとそこら中の全てを】』」



 都子が放つ魔導書に記された魔法と同じように紡がれるその呪文の言霊はこの世界の誰にも届かない。

 詠唱に呼応するかのようにして、元から輪郭から崩れ去ろうとしていた溶岩纏いの大百足、その巨体の全てが進んが焼き付いた砲台へと装填された。

 

 だが、それだけではない。

 

 かつて"生長外壁"を形作り、今もなお茨と蔦の巨人を巨大化させる材料となる植物、戦闘によって倒壊し、上空まで巻き込まれた建物の瓦礫さえも砲台へと装填されてゆく。 


 

「『【焼却、肉体と精神と魂を燃料に、記憶と記録と感情を火力に変える】』」


 

 砲台へと注ぎ込まれたあらゆるものが燃えたぎる。

 同時に、足場を失ったネフリと恭兵の体は重力に従って自由落下を開始した。


 ネフリは構うことなく詠唱に全神経を集中している。恭兵は《念動力》を用いて落下速度を軽減させ、なおかつ必殺を放つ彼女の姿勢を固定させる。

   

 迫る巨腕は一層その速度を上げる。既に遠近感が狂い彼我の距離を目測のみで測ることは困難であったが、到達まで十秒と掛からないだろう。


 ────ネフリが"災厄"を放つのが先か、巨腕の到達が先か。



 砲台は既に赤熱化を超え、燈、黄、と高まる熱量に合わせるようにして発光を開始した。 



「その火力はいただけないな」



 激突が迫るその最中、赤い霧を箒雲のように帯び、一直線に二人に天空を駆け上がるように迫る影が一つ。

 溶岩纏いの大百足の背でエニステラと戦闘を繰り広げていた八魔将、クドーラクセスだ。


 上空だろうとも、足場がなかろうとも、八魔将にはその程度不利になるはずもない。

 このままでは、"災厄"よりも、巨腕よりも早く、けた外れな膂力の籠められた爪は二人を背後から貫くだろう。



「『【照準、目前の地平の彼方まで】』」



 「ぜ、ッッアアアアアアアアアッッ!!」


 

 しかしこの場の何よりも速いのは彼女の宿す聖なる雷の一閃。

 対魔十六武騎、エニステラ=ヴェス=アークウェリアが赤い霧から生み出された八魔将の分隊を引き連れながら、その手に持つハルバードを振るう。


 恭兵の背に爪が届く前に、クドーラクセスをエニステラの一閃が真っ二つにした。

 通り過ぎた雷の斬撃は、巨腕に裂け目が生まれた。

 切断には至らないが、ネフリが災厄を茨と蔦の巨人の頭頂部へと照準を定めるには十分。


 砲台の発光は緑、青、藍へと変化し、ついに紫へと至る。

 完全に満ちた熱量により黒鉄の砲台は膨れ上がり、今にも内側から破裂しかねない。内に抑え込んでいるエネルギーが放たれたが最後、原型は残らないだろうことは容易に想像できた。

 

 ただ一度のみ放つことができる必殺。

 されども、必要なのはそのただ一撃の必殺のみ。

 


「『【撃鉄は落ち、今ここに総てを放つ】、【儀典・夢想質焼却砲イミテート・アストラルバーストカノン】ッッッ!!』」


 

 

 恭兵が詠唱の完了を知覚した次の瞬間には。目の前は紫色の閃光で埋め尽くされていた。


 目が焼かれる。即座に閉じた目蓋を鋭利な刃物が貫くような痛みに襲われる。

 落下を抑えている両手で目を覆ってしまえば、即座に自分どころか、肉体を完全に預けている都子もろとも地面に叩きつけられ、血の染みとなることになるだろう。


 そして、"災厄"の砲撃が残したものはそれだけではない。

 発射に伴って周囲に放たれた熱波は下手に呼吸をしてしまえば肺を焦がし、そうでなくとも、聖別された布を超えて熱を通して激痛を引き起こす。



 同時に引き起こされた急激な温度変化と砲撃により放たれた衝撃が混ざり合って生まれた大気のうねりは既に小規模の竜巻に等しい。

 

 吹き荒れる暴風に巻き上げられたことで恭兵には地面が下にあるのか上にあるのかまるで判断することができなくなっていた。


 今いる場所は果たして本当に空の上なのか、或いは次の瞬間には地面へと叩きつけられるのか、ともすればネフリの放った"災厄"を乗り越えて、茨と蔦の巨人の腕に潰されるのか。

 眩い光に目を閉ざした恭兵の脳内を様々な想像が巡るが、いずれにしろ、このままでは姿勢を制御することさえままならないと考えていた。



(こうして落下してるのか、巻き上げられてるのかどうかさえ判断できない中で《念動力》を使っても、方向を間違えれば地面へと真っ逆さま。そのまま叩きつけられた死ぬッ!)



 かといって、このまま暴風と重力に身を任せたままではいられない。

 残光と激痛が刻まれる眼球を開き、僅かでも周囲の状況を取り入れようと恭兵は試みる。



「あ、ぐ」



 激痛と共に最初に目に映ったのは、赤い色だ。

 それが都市内に展開している赤い霧なのか、それとも激痛が走る眼球から流れ出るものか区別することはできなかった。


 続いて、目に見えたものは、燃える天空。


 "災厄"の砲撃により四散した茨と蔦の巨人の残骸が宙を燃え尽きながら舞いながら地面へと落下していく様はまさにそれだった。

 あれほどの脅威が見る影もなく、全焼した建物の方がまだましな有様なのではないか、と思わせるものだった。

 山火事でさえ生易しいと思わせる天災であった。

 

 

 そんな、数秒前の絶望にまで思えた光景を一変させた一撃に戦慄しつつも、全身を襲う熱気を感じながらも、恭兵は自分達が地面へと落下していることを確認した。

 《念動力》を用いて姿勢を再度調整し、落下速度を抑えつつ、地面との距離を目測で計測しながら五体無事に、少なくとも抱えている少女のみでも無傷で着地できるように思考を巡らせる。

 

 最中、視界の端に何か移動する影を捉えた。


 明滅し尚且つ霞む視界のなか、それは地面を認識することに意識を割いている中で視界の端を走ったノイズのような違和感でしかない影であった。

 通常であればこの劣悪な視野の所為にして切り捨てるべきそれが恭兵はどうしようもなく気になってしまった。

 それを逃してしまえば何か致命的なものとなる。

 恭兵の脳裏に存在している危機回避に特化した本能のその訴えが、恭兵の中である可能性に変化した。


 

「まずい。逃げられたかッ!?」



 ほとんど飛躍したような考えが恭兵の口から漏れ出た。

 視界の端を通り過ぎた影はどこか見覚えのなる人影、今の今まで追いかけていた何かなのではないか、と彼はおもってしまった。


 恭兵自身は魔軍の樹木怪人、オークストの姿を確認した訳ではないが、あの地面へと降りていったような影は間違いなく、自分達がこの上空まで追いかけたいた相手であると確信していた。


 このまま、地上へと逃がしてしまえば再び相手を補足することは困難である。

 "生長外壁"を意のままに操り、都市を簡単に薙ぎ払うことさえ可能な巨人へと作り変えることができる術を持つそれを逃してしまえば、次にどのような被害がでるか定かでは無い。


 かといって、ここから急いで地上に戻ることができるか、と恭兵は思考をめぐらすが、即座に不可能だと断じた。

この高高度から無事に着地することさえ困難を極めている現状のなか、更に速度を上げて落下時間を短縮しようとすれば、二人とも無事では済まない。



(どうする?!)



 激痛と焦燥により全身から脂汗が吹きでるのを、感じながら次の行動を必死に捻り出そうとし無意識に強く握りしめたその拳にそっと掌が添えられた。



「『大丈夫よ、焦らないで』」


 

 弱々しく二重に重なる声がそっと恭兵に届く。

 その姿は既に都子のものへと戻っていたが、翡翠色のその瞳だけは"災厄"の魔導書に宿る人格であるネフリのものだった。



「『結果的に取り逃がしたかもしれないけど、最低限アイツを守っている"生長外壁"は剥がせた上に、地上には降ろせた。私達の役割は最低限果たしわよ。あとは、地上で待っているあなたの仲間たちに任せなさい』」




 ◆




「あ、ぐ、あぶぁ、あ」



 オークストは、瓦礫の山の中で降り注ぐ茨と蔦の残骸から身を守るように地面を這いずっていた。

 

 あの恐るべき砲撃、全長は一キロメートルを超えるほどの大きさに生長していた筈の茨と蔦の巨人の上半身を完全に吹き飛ばし、残った部位に関しても炎が燃え移り全焼させたあの災厄が装填された時点でオークストはその本体を巨人の下半身へと逃走を図っていた。


 延焼し落下する残骸を次から次に乗り換えながら、何とか高所からの落下による衝撃を最小限に抑えて生き延びることができたが、全身を走る火傷は当然、地面へと落ちた際の全身を強打したダメージは甚大なものだ。

 まず戦闘を続けることは不可能であろう。それはオークスト自身も理解していた。



「まずは、身を隠さなくては……、まだ都市の戦力は残っている。魔法騎士どもや神官と相対すれば確実に殺され──」

 


 サクッ


 

 再び地面の下へと潜るための呪術を使おうとしたオークストの背に刃物が付きたてられた。



「な、あ、あ?」

「これで死なないんすねえ。やっぱり魔法付きの得物でも貰ってくればよかったっすかね」



 オークストが自身の背後に目をやればそこにいたのは黒装束の斥候、つまりは忍者、加藤佐助だった。



「は、な、あ? お前は、誰? いや、あの斥候か? そんな馬鹿な」


 

 樹木怪人の思考は五体満足に自身の背後に立っている忍者を見て困惑と驚愕に包まれた。

 暴走する”生長外壁"と溶岩を纏った大百足が大いに暴れまわった挙句に、茨と蔦の巨人の生長が及ぼす被害、少なくとも周辺の地面にいた人間、生物はまともに原型を残せる筈も無いと考えていたのだ。


 だから地上に落ちた際の脅威としての認識どころか想定、否、存在すら脳裏によぎることは無かった。


 だが、それがどうしたことだ。

 確かに無事という訳ではない、黒装束は所々破れているし、手足から血を流している。

 突き立てられた刃も刃こぼれが酷い。体もどこかふらついているように思える。


 だがそれでも五体無事に立っている。あるいはオークスト自身よりも負傷としては軽いように見えた。



「ふ、ふざけ、───」

「ああ、悪いっすけど。もう終わったんで」



 佐助の言葉と共に、オークストは自身の内に隠した赤い霧の発生と制御を統括している核が異常な反応を示した。

 まるで外部からの干渉を受けているかのように、埋め込まれている当人であるオークスト側の指示を外れた挙動を続けており、ついには制御が追い付かなくなった。

 

 干渉元をオークストは逆探知、洞の両眼をその先に向ける。そこには、




「《───その、最も古き血脈と使命を背負いし鬼の核心を討つ》、《対抗魔法・無核無産カウンターマジック・ノーコアノーファーム》」



 巻物(スクロール)をこちらに広げた白衣の魔法使いが既に呪文を唱え終えていた。

 傍らには錫杖を携えている神官がおり、二人も黒装束の斥候と同様に傷だらけであったが、五体無事にそこにたっている。


 

 完成された対抗魔法により、オークストの体内に埋め込まれていた制御核は赤い霧の生成を突如として停止した。いくら信号を入力しても、うんともすんとも言わず、物言わぬガラクタ、ただの消化器官よりも酷い肉の塊のようであった。



「これで、この赤い霧は晴れる。こうなれば研究塔に引きこもっている魔法使い達も戦力となります。魔軍が後どれほどの戦力を残していようが、"生長外壁"以上の戦力は無い。あったらとっくに使っているでしょうから」

「貴様ら……!」



 志穂梨の宣告に歯噛みし、刻まれた木目をおどろおどろしく変えて怒りの形相を浮かべる樹木怪人だが、それ以上に返す言葉は彼に残っていない。

 既に赤い霧はマナリストから霧と同様流れるように晴れてゆき視界が晴れていく。

 取り除かれた外壁の向こう、山脈の向こう側へと落ちかけている太陽が空に見える。日没にはまだ時間があるようだ。


 魔法都市を襲った災厄、赤い霧は既に影も形もなく過ぎ去っていた。



「これ以上、戦う意味はないと思います。降伏を」

「降伏? こちらにそのような権利があるとでも───」

「否、その必要はあるまい」



 降伏勧告を告げた志穂梨の背後に何者かが降り立った。

 振り返れば、漆黒に裏地が深紅のマントを身に着けた吸血鬼、それが意味するは魔軍最強の《八魔将》の一角。



「残念だが、まだ私が残っている」



 《八魔将》、クドーラクセスが石造りのゴーレムをその手で引きずりながらそこに立っていた。

 脅威が引き連れてきたその謎に対して困惑を隠せない周囲に対して真辺実は直ぐにそのゴーレムが自身の姉弟子であるルミセイラが作り、先ほど影の魔剣、シャドーゼイズを封じ込めたゴーレムであることに気づいた。



 最強の吸血鬼はその尋常ではない握力によってゴーレムを粉砕し、その中に封じ籠められていた影の魔剣を手に取った。



「まずは霧を晴らしてもらったことの返礼をせねばな」


 

 その瞳は実と志穂梨を捉えていた。

 クドーラクセスは魔剣を振り、一閃。



 ───その衝撃は地面を割り、その先にそびえていた研究塔を両断した。

 

 

 



来年は今年よりも更新頻度を上げていきたいです。

まずは一月中に一話を上げます……

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