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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ23:真辺実の事情

多忙により、二か月ぶりとなってしまいましたが。何とか更新しました。

「えっと、何か忍者がここら辺ぶち壊してくれって、何か俺の事は気にせず、やってくれっていうから派手にいこう」

「『私が言うのも何だけど、本当に意思疎通できている? あなたの勝手な妄想じゃなくて?』」

「多分、大丈夫。聞き間違えとかじゃない筈だ」



 絶えず揺れ続ける足場、岩さえ融ける高熱と周囲を走る雷電に囲まれるその光景はまさに地獄の光景。

 立っていることさえ困難な場所で恭兵と都子、もとい現在のその身体の主導権を握っている"災厄の魔導書"に居た謎の人格ネフリは大百足の頭上に何とかしがみついていた。



「それに、"生長外壁"を破壊することはお前も言ってたことだろ。それならやる事は変わらないんじゃないか?」

「『まあ、星占で悪い結果が出た瞬間にこの有り様だったしね。物理的パワーがある分、こっちの方が赤い霧より被害でるかもよ? まあ、それでも研究塔は無事なんでしょうけど』」

「頑丈だとは思っていたけど、なんでこの二体が暴れている中でどの研究塔も倒れていないんだろうな……他の家屋は跡形もなくなってるのにな」



 恭兵は大百足の頭上から見下ろすようにして怪獣達の残した爪痕を振り返る。

 大百足と赤い霧の大蛇の二体が互いにもつれ合いながらの大決戦を繰り広げる魔法都市、大通りは破壊の限りを尽くされた後には高熱と衝撃で原型が残されていない大通りが残されている。

 同時にその通りに面していた建物の尽くは倒壊しているか、或いは今もなお炎上しているかのどちらかであり、被害を免れているのは魔法都市のそびえ立つ幾つもの研究塔だけであった。


 そう、圧倒的な巨体を持つ二体の激闘の最中で、研究塔だけは傷一つ付かずに健在であった。



「『知識の守護が最優先ってところでしょ。無駄に堅牢なのよ。例え立て篭もった魔法使いのお歴々が餓死しようともその中に蓄えた魔法研究の成果を必ず守り通すわ。物理的破壊は特に対策されているから、開けるために専門の"鍵開け師"がいるって話だからねっと、話が脱線したかしらね』」

「……随分と詳しいんだな。そんなことまで都子が知ってるとは思えないけど」

「『さて、どうだったかしらね』」



 ネフリは恭兵がいれた探りに対して明確にはぐらかした。

 依然として正体が知れない"災厄の魔導書"に眠っていた人格である彼女、現状は自分達の味方となっているがその目的はまるで明らかになっていない。

 魔軍を敵にしている以上は、これ以上相手に回したくは無いが、都子の身体を乗っ取っていることに変わりなく、簡単に警戒を解く訳にはいかない。



(くそ)



 雷と共に駆け抜けるように八魔将と戦うエニステラを見守るしかできない苛立ちに恭兵は一人悪態を吐き捨てる。

 

 既に最強同士の戦いは恭兵の実力では介入できない領域に突入していた。

 瞬く間に繰り広げられる攻防の内、果たしていくつその目で捉えることができただろうか。打ち合った瞬間が見えたと思えば既に二人はその場から離脱しており、その影を捉えようとした瞬間には再び両者は激突していた。


 その間にも絶え間なく飛び交う聖なる雷と赤い流体が激突している。恐るべきことに二つの最強は接敵と仕切り直しの合間に遠距離攻撃を挟みながらの攻防を重ねていた。


 自分との格の違いを思い知らされていることを感じる恭兵には、せめて自分ができることとして、大百足の制御に集中しているネフリの傍に護衛を務めるしかなかった。


 

「『ちょっと、聞いているの?』」

「え、あ、何か言ったのか? 聞いて無かった」

「『……この状況で考えごと何て随分余裕ね』」



 じっと、エニステラとクドーラクセスの戦いを眺めていた恭兵はネフリの声に我に返る。



「『もう一度言うけど、本当に大丈夫だと思っているの? あの斥候君は兎も角、他にもここに来ている仲間いる筈でしょう。神官の子と、今回の作戦の要の魔法使い君。"生長外壁"の暴走に巻き込まれて、その上にこの子が暴れるのに耐えられると思うの?』」

「……分からん」

「『仲間に対して、冷たい態度ね。そこは信じている位は言えないの?』」

「しょうがないだろ。アイツ等と知り合ってまだ一週間位だぜ」



 ネフリの何処か諭すような物言いに怪訝な目を向けながら、恭兵は答える。

 

 

「そう簡単に、アイツは大丈夫だって言えるもんじゃないだろ」

「『言っている事は正しいわね。でも、仲間なら大丈夫だって言えるようになる位に信頼できる努力をしておきなさいよ。この際、できる、できないは置いておいて分からないっていうのは無し』」

「……、"災厄の魔導書"に封じられてたにしては、随分と説教臭いんだな……」

「『"災厄の魔導書"に封じられていることと、良識的なことは別でしょ?』」



 顎に指を当てて答えるネフリを訝しみながらも恭兵は悍ましい速度で生長を続ける"生長外壁"を見下ろした。



「ともかく、まだ、アイツ等の事は分かんねえけど、やばかったらここから飛び降りて助けにいく。それだけだよ」

「『心配はしているって訳ね』」

「……お前に言われるのは何か癪に障るけど。そう、だな。俺にできることなんてそれ位しかないんだよ」

「『ふうん、そう』」



 何処か諦めを籠めたその言葉にネフリは意味深な視線を向けながら、大百足を暴走する"生長外壁"へと差し向けた。




  ◆




「ハア、ハア、くそ息を吐く暇も無いな」

「ハア、そうですね。でも、どこかに留まっている余裕も……ッ」



 真辺実と野々宮志穂梨の二人は暴走を続ける"生長外壁"の魔の手から逃れるように息を切らして走り続けていた。

 恐るべき生長速度で迫る触手を前に、建物を壁とするようにして潜り抜けてきていたが、止まることを知らない脅威の生長を前に直ぐにその場を離れるといったことを繰り返していた。



「この、ままだと、埒が明かない。そもそも、俺達の目的を、赤い霧の発生源を抑えるにはかなり接近しなければならないのに、これでは遠ざかる一方だ」

「で、でも、あの中にいるのは自殺行為ですよ。核を実君が破壊するどころか、有効距離まで辿り付く前に死んでしまいます……もはや奇跡の類です」

「……神様に祈ることで何とかならないか?」

「祈るだけで何でも叶うなら、私達に神聖魔法なんて必要ありませんよ。確かにこの場を切り抜ける術を持たないのは私の修行不足ですけれど」

「……いや、それは俺も同じことだ。互いに力不足ということだな」


  

 実は謝罪しながら背を預けている研究塔越しに"生長外壁"の様子を窺う。


 堅牢な研究塔を前に、流石の"生長外壁"も他の建物同様に暴走する生長のままに突き破ることはできない。この場は一先ず安全地帯となるだろう。研究塔の並ぶ路地まで一目散に引き上げて来た狙い通りであった。



「そうだとしても、私達は私達に課された使命を果たさなければなりません。私もあなたもその為に全力を尽くす必要があると思います」

「分かってる。それでも俺達にこの状況を何とかできる手立てがない事に変わりはない」

「諦めるんですか?! マニガスさんから託された使命はどうするの!?」

「落ち着け、俺は別に諦めた訳じゃ──ッ!」



 消極的な彼に対して詰め寄ろうとした志穂梨の背後の向こう側から迫る危機を実は察知した。



「伏せろッ!」

「え、きゃあっ!」



 咄嗟に志穂梨を押し倒した実、彼らを押し潰すかのように、研究塔の隙間を縫い突き破るようにして生長を重ねた巨大な植物の群れが襲う。


 逃げ場などなくその場に伏せるしか無かった彼らは無慈悲にも生長し続ける生垣の中へと取り込まれるかのように姿を消した。



  ◆



 

 ──真辺実が異世界グゥードラウンダに来たのはつい一年程前のことであった。

 

 小学校では科学クラブ、中学校でも科学部に所属していた彼は高校においても入学して即座に入部を実行。春休みを利用した体験入部を行っていた運動部志望者を差し置いて歴代最速の入部という行動力は同学年においても科学好きとして有名になるほどであった。


 そんな科学部での充実した日々を重ねていたある日、先輩との合同での実験の後、夢中になり我を忘れて実験を続け、一人で居残りをしていた彼は、何の過ちかその手に持った薬品を足元に滑らせてしまい、飛び散る薬液から逃れた目を塞ぎ、難を逃れたと思い目を開けた時には、マナリストの路地裏に居た。


 

 薬品棚と実験装置に囲まれた実験室が一変、ビルのようにそびえる塔が並ぶ暗い路地裏へと早変わりである。

 実は何時の間にか夢の世界に迷い込んでしまったのだと、頬をつねり目を覚まそうとしたが、痛みが走る代わりにまるで現実に戻る気配は無く。しばらく待ってみてもまるで目が覚めるどころか、自分が寝ている感覚さえ無かったことから、完全にこれは夢の世界では無いのでは、という考えに至ったのであった。


 とは言え、そこでこれが現実であるという結論を出す訳もなく、先ずは今見ている光景が夢か幻かということについて検証しようとした所で、実は一先ず屋根のある所で色々と試したいなと考えたので、始めに目についた塔へと足を向けた。


 その研究塔こそ、何の因果かヴァンセニック研究塔であり、この時が彼が師事する魔法使いであり、心の内にて尊敬する科学者であるマニガス・ヴァンセニックとの出会いであった。

 


 ノック三回の後に続けてノックを四回行い、反応が無いために等差的にノックの回数を増やしていった結果、都合八回目のノックで辟易とした表情で扉を開けた老人が弟子入りはお断りだと告げたのに対して実は今見ているのが夢か現実なのか検証したいので部屋を貸してほしいと頼み込んだのだ。



 予想外の懇願と勢いに押されてしまいマニガスは実を中へと通し、机まで与えてしまった。

 

一先ずの礼を言ったのち、実はひたすら今自分が存在している世界が現実か夢かの検証を続けた。

 机に乗っては飛び降り、しばし思考した所で記録を付けなければならない事に気が付いた実から何か書き記すことができるものを要求してマニガスがそれに応じたのが最後、二人は互いの名前を把握していないままに実証に夢中になっていた。


 

 一番弟子であるルミセイラが用事から戻ってきた時まで二人は重力の計測方法について延々と口論を交わしていたのだった。


 

 ルミセイラの指摘を受け、ようやく我に返った二人は、ここが現実であることと、そして実が"迷人"であることを確信した。

 実は自分が完全に異世界に来たらしいことを知ると、好奇心から元の世界へと帰還する方法について検証することに決めた所で、今夜の寝泊まりする場所の当てがない事を好奇心の高まりから一足先に戻ってきたマニガスが指摘した。



 実としては検証を終えしだい即座に帰宅する気でいたが、そのために自分が迷い込んだ時の状況を再現する必要があり、正確な検証を行うための準備は今日明日で終わる筈も無かった。


 完全に見知らぬ土地であり、言葉は通じても知らない文字の読み書きなどができる筈もなく、持ち物は白衣だけであり、財布も無い無一文の上にアルバイトもしたことの無い彼は、このまま路頭に迷い、三日で死ねる自身があった。



「ふむ、それならここに居て儂を手伝ってはどうじゃ? 最近は研究テーマに詰まっておっての。"迷人"としての話を聞かせて貰えば、お主をここにおいても良い。なんなら、帰還方法の検証についても協力してもよいぞ」



 思わぬ提案だったが、他に考えも無かったので実はマニガスの提案を受け入れることにした。



「そう言えば、自己紹介がまだだった。俺は白桜高校一年、真辺実」


「うむ、儂の名はマニガス・ヴァンセニック。この魔法都市マナリストにて研究塔を構えている魔法使いじゃよ」



 それからしばらく実は帰還方法についての検証を行った、という訳も無く、それ自体は直ぐに頓挫していた。


 薬品を再現しようと試みたが、どの材料を集めるかどうかの把握さえ困難であり、その資金繰りあえ困難であった。

 資金調達や知識を付けるためにマニガスの手伝いを行っている間に、彼は魔法について興味を持つようになった。



 魔法。


 異世界グゥードラウンダにおいて彼が見出した元の世界との一番の相違点である。

 世界中のあらゆる所に存在する《魔素》と呼ばれる粒子を元にしたあらゆる現象の中で、人為的に操ることができる技術であり、まだ解き明かされていない摩訶不思議であった。



「マニガスさん。俺に魔法を教えて欲しいんだ、ですけど。何か条件とかあったりしますか?」


「ふむ、まあいいじゃろ。儂も"迷人"が魔法を扱えるようになるのか興味があるからの」



 そうして実はマニガスから魔法について教えを乞うようになった。

 マニガスとしては殆ど打算的に受け入れたつもりだったとしても魔法についての基礎理論を一から教え、半年を掛けて《魔素》から魔力を変換させる訓練に根気よく付き合っていた。



 いつしかマニガスは実をもルミセイラと合わせて自分の弟子のように扱うようになり、実の方もマニガスに対して尊敬の意を籠めて教授と呼ぶようになっていた。



 真辺実は、マニガス・ヴァンセニックに対して恩を感じていた。


 それは単純に行くあてもない自分を拾ってくれただけではなく、研究者として初めて尊敬できた相手であったからだ。


 ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、元の世界でも尊敬すべき科学者の偉人はいたが、彼らは飽くまで歴史上の人物であり、必要以上に敬意を払っていた訳では無かった。  

 勿論、両親や先生、先輩などに対しての敬意を持つことはあったが、それは人間社会の中に潜むためのものでしかなく、あくまで必要だからそうしていたという範疇をでていなかった。


 そんな実でも、マニガスに対して、はっきりと尊敬の念を自覚していた。


 異なる世界、異なる法則を探求する者同士の間であったとしても通じた研究者としての信念に共感したのか、或いは自身よりはるかに優れた人物であると認めたからなのか、実自身もマニガスだけには何故ここまで尊敬の念を抱ける理由は分からなかった。



 実はそれでも良かったと考えるようになった。


 興味がある現象について常に理由や原因を探そうとする実もこのことだけは、理由が無くともいいと考えるようになった。


 ──実はマニガス・ヴァンセニックに恩がある。

 

 上っ面の社会性を保証するための人間関係などでは無く。敬意の持つ本当の大切さをその老人は教えてくれたから。

 先人が築き、積み上げてきた研究はただ無為に行われてきた訳ではなく。血の通った、しかしそれでも尚偉大な人物達によって為されてきたことなのだと理解することができたから。


 本当の敬意、果たして元の世界に居た所で身に付けることができたのだろうか。可能性は決して低くはないだろうが、もしそうであるならばとても幸運なことだろうと考えている。


 

 だからこそ、彼はマナリストを守ることにした。

 

 魔導保全、神聖大陸が積み重ねてきた知識を守るという大義に賛同していることに違いはない。それでも彼がこの戦いに参戦した理由の最たるものは、マニガスがマナリストをその身を掛けて守ろうとしているからに血が無かった。





  ◆



「ほら、起きろ。寝てんじゃねえよ」



 段々強くなる頬の痛みに、実は目を覚ました。

 胸の乗っている重みに目を向ければ、そこにはイタチと思われる小動物がいた。



「目が覚めたか?」

「イタチ? が喋っていないか? 遂に俺は死んだか?」

「生きてるよ。俺が何とかしたからな」



 残る手足の感覚などから、小動物の言葉の通りにどうやらまだ生きていることは確かなようであった。

 辺りが暗いので《透視能力(クレヤボヤンス)》で周囲を見回すとどうやら自分達は石畳を砕いて作られたクレーターの中にいるようであった。

 


「取り込まれた時は焦ったが……怪我は無さそうだな」

「ああ、お蔭様でな。変身の超能力者……、お前がそうか」

「明動黄三だ。さっきも話したと思うが俺達もお前等の仲間とならざるを得ない状況でな」

「そうか」


 

 胸に乗っているイタチ、に変身している黄三に対して実は空返事を返しながら《透視能力》によって周囲の状況を探る。

 依然として"生長外壁"は暴走し続けているが、実達がいる大穴はその猛攻を避けていた。



「そうかって、随分な反応じゃねえかよ。お前等が探して来た"盗み屋"の真犯人、首謀者と思われる一派。つまりは敵だぜ?」

「正直に言わせて貰えば俺としてはそこまでお前達に興味がある訳じゃ無い。いや、この表現は正確じゃないな。俺たちの研究が狙われた訳でもないからな。お前達が起こして来た幾つかの事件などに正直興味は無い。お前達の超能力とかは興味あるが……、今は優先順位的に低い」

「はっきりと言いやがって。俺達にとっては好都合だが……気にされていないのは大分ムカつくな」

「安心しろ。背中から刺して来るようなら、お前達全員、超能力解明のための実験台にしてやる」

「せいぜい、気を付けておくよ、ってうわぁっ!」



 実は胸に乗っかっていた黄三をつまみあげて横に放り投げながら、傍らで横になっている志穂梨の傍に寄った。

 先ほどから傍にいること自体は分かっていたが、実は志穂梨の様子よりも先ずは周囲の安全の確認を優先していた。

 気絶していること自体は分かっていたが、こうして見てもやはり大した外傷は見られない。精々かすり傷が見られる程度であった。



「ほら、起きろ、志穂梨。ここからが本番だ」

「む………、ん? あれ、ここは? 確か私が咄嗟に障壁を貼ろうとして……」

「それは失敗してたな。俺が助けに来なければ二人ともぺしゃんこだったんだから感謝しろよ?」

「その声は……、確か訓練場でも聞いた声ですね……!」

 


 志穂梨は意識を覚醒させるように頭を振りながら声の主の姿を探すが、まさか実が首根っこを掴んでいる小動物がそうだとは思わなかったようだ。



「その辺りは後に回すとして、簡単に状況を説明すると。今俺達は暴走を続けている"生長外壁"の下に潜り込んでいる状態だ。幸いというか、あれは通り過ぎた後に根を張るような生長ではないために今は安全地帯になっている」

「え、ええと、暫くは動く必要はないってことですね」

「ああ、だがそれも時間の問題になった。暴走している"生長外壁"を踏みつぶすように、都市の中央にいた筈の大百足がいるせいでな」



 実はその目を通して、暴走する"生長外壁"を相手に一歩も引かずに踏み砕き侵攻する溶岩を纏った大百足の姿を確認した。

 進路は定まらずともひたすら足元の茨を踏み砕き灼き尽くしながら進み続けており、実達の上を通れば無数の脚の下敷きになる所か、爛れるようにして体全体から零れ落ちる溶岩によってと化されることは間違いないだろう。



「このままじゃあ、こんがりとした黒い炭になるのがマシな位になるだろう。だが、それはアイツも同じだ。俺達と同じように地表ぎりぎりに隠れているアイツものんきにできる訳も無いだろうからな」

「……待て、相手が俺達みたいにいるってわかったんだ? ソイツの姿も確認したってことか?」

「イヤ、流石にこの中だと色々な物に遮られていて補足できてはいない。ただでさえ俺の《透視能力》はピントを合わせる必要があるからな。──だがヒントはあった」


 

 実はそう言って、自らの視線の先を指し示す。

 他の二人には他の方向と変わらない土と地面のようにしか見えないが、《透視能力》を持つ実の視界は標的を捉えていた。


  

「奴はここから、およそ十五メートル先の俺たちと同じ高さ、つまりは地面より低い位置にいる……!」

「……なるほど、私たちがこうして"生長外壁"の暴走の魔の手から逃れているのは偶然ではなく……」

「アイツも、暴走自体を制御できている訳じゃないからだな? 例えば、地面より下への成長をしない、だとかの条件を付けてようやく暴走させていたってわけか」



 思えば、あの樹木の怪人は実達を圧倒的戦力をもって叩きのめすことはしなかった。

 本人が言う通り、じわりじわりとなぶり殺しにしたかったからということも事実なのだろうが、そうだとしても些か手間取っていたように思える。

 明動黄三が姿を変えたリンブル・スーザを前にしていたとしても、暴走しなければ抑え込めなかったのか、と冷静に考えれば疑問が浮かぶ。



「奴自身の未熟故なのか、あるいは我々以外の誰かの影響かは定かではないが、奴もそれほど万能では無かったということだな」

「標的が見えたなら、さっそくアイツを何とかしようぜ? お前、魔法をどうにかこうにかする達人なんだろ?」

「あいにく、修士課程(マスター)を修めたなどと口に出すのもはばかれる身なのだが……、だとしても、不可能だ。指先一つで何とかできるなぞ、魔法ではない。それは御伽噺だとかの空想の類かこことは別の法則を持つ世界の話だ。俺が学んだ魔法はそれほどデタラメで退屈なものではない」

「俺にとっちゃ似たようなモンだよ。それで? 具体的には何が問題なんだ? 時間はないんだから、ご高説は後にしておいてくれよ?」


 イタチの顔をコミカルに変えながら、すっかりなじんだように問いかける黄三に対して、実は仕方なく答えることにした。



「要点だけ話せば。奴がいるのはこの先、すなわち石畳と多くの踏み固められた土とそれらに混ざる石の向こう側にいる。それに対して魔力を通すことはできん。見えていようが、いまいが、邪魔なものが多すぎる」

「いわれてみればそりゃそうか。としか素人の感想としてはそれぐらいしか返せないが……それならここから穴を掘って奴との直通を結ぶのはどうだ? 要は邪魔な土が無ければいいんだろ?」

「……いえ、それも上手くはいかないでしょう。穴が通れば、あちらもこちらを見通すことはできるともいますし、近づこうと穴を掘っていることを察知されてしまえばそれだけで終わりですよ」


 

 "生長外壁"が無かったとしても、相手の実力は確かなものであることは三人の間で共通の認識となっている。

 そもそも、狭い地面の下をさらに狭い穴を掘り奇襲をかけたとしても察知されてしめば逆に逃げ道がなくなり一網打尽にされることは容易に想像することができた。



「となると、どうすんだ? 他にどうやって奇襲をかければいいんだよ」

「……私が────」

「それについては考えがある」


 深刻な覚悟を決め、口火を切ろうとした志穂梨を実が無理やり遮った。

 


「今、上には"生長外壁"以外にも暴れているものがある。巨大溶岩百足だ」

「それは俺も確認した……、こっちに向かってきてるのか?」

「というより、絶賛この暴走状態の"生長外壁"を踏み砕きながら外壁の方に向かっている。幸い俺達がいる場所は建物を挟んだ路地の方になるから被害を免れるとは思うが……。このままなら、あの樹木怪人が埋まっている地点にたどり着くだろう。そうなれば奴も大人しくしてはいられない」



 《透視能力》が映す視界は体表から溶岩を零しながら前進し続ける大百足を捉えていた。

 そしてその背に見知った顔がいることもすでに把握しており、その様子から大百足が彼らの制御下に置かれていることも実は勘づいた。

 


「その隙を見逃さずに実君が"生長外壁"の制御を奪えば……」

「それだけじゃない。赤い霧を生み出している核にも対抗魔法を打ち込むことができる。俺たちの任務は完了だ」

「……その場合、周囲が燃え滾る溶岩の中を進むっていう厄介なことになりそうだが───いい案が浮かばない以上、俺に文句がいえる立場でもないし。乗ったぜ」



 明動黄三はイタチ顔を複雑に歪ませたあとに、恵美を浮かべて承諾した。



「私も──、やります。それでいきましょう」


 

 志穂梨は言葉を遮られたことに何か思うところがあるのか少し言い淀んだ後に実の案に同意した。



「よし、ならば作戦開始……といきたいが、ここはタイミングが大事だからな。焦って飛び出したところで"生長外壁"にただ押し潰されるだけだ」

「そうだ。ここを出た所で"生長外壁"の暴走に巻き込まれるだけじゃねえか。何か腹案があるんだろうな」

「いや、ない。俺にできるのはタイミングを図ることしかできん」



 そもそもの問題点に関して疑問を呈した黄三に対して実はあっさりと切って捨てた。

 


「そう、俺たちは"生長外壁"の前に物理的な抵抗はできないので、お前が頼りだ。できるだけ巨体で頑丈な類に変身して俺達を守れ」

「肝心な問題は俺任せなのかよ!」

「一番肝心な問題は俺が解決するんだから、肉盾位は何とか頑張れよ。協力するんだろ?」

「俺の負担がひでえだろうが!」



 小さい手で小さい頭を抱えた黄三だったが、頭上で絶えず暴走状態にある"生長外壁"が生長し建造物から石畳を破壊する音が響くのを聞いて、覚悟を決めたようだった。



「分かった! 分かったよ。俺がお前たちの壁になる。その代わり仕事はきっちりと果たせよ。"生長外壁"だけじゃねえ、赤い霧に関してもきっちりと片をつけろよ!?」

「お前が俺たちに指一つ、いや、触手一つも通さなかったなら、一切の問題なくやり切ってやるぜ」



 啖呵を切った小動物の返答に実はその小さな眉間に指を突き付けて答える。



「当たり前だ。俺は教授からこの場を任された魔法使いだ。だから魔法使いらしく一手で逆転させてやるとも」




続きは一ヶ月に更新する予定ですが、多忙が予想されるので、一応の目安となります。

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