表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Psychic×strangers   作者: さがっさ
66/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ21:生長外壁での共闘戦線

ぎりぎりGWの範疇の筈の更新です……

 ──百足。


 それは特徴的な二本の長い髭のような触覚と、強靭な顎と毒を備えた左右で百の足を持つと称されるほどの多脚を持つ節足動物である。

 大きな種であってもそのサイズは凡そ五十センチ程であり、主に自らよりも小さな昆虫や小動物を捕食する肉食であるが、時には蜥蜴や蛇などの爬虫類さえも食らう凶暴性から、一般的に害虫のカテゴリーに入れられている。


 これがモンスターと認定される種となれば、一般的に体長五メートルはくだらないサイズの怪物となる。


 一噛みで石の壁を容易に噛み砕き、その毒は自らより一回り大きい他のモンスターをのたうち回らせてしまう。

 種によっては、毒の代わりに溶解性の粘液を噴出するものや。異常な程に生えかわる顎を射出させるものもいる。


 いずれにせよ、戦う術を持たない人間ではとうてい太刀打ちできる存在ではない。が、かといって冒険者や兵士に対しても同じ基準で脅威と認定するのか、というと少々話が変わってくる。

 常にモンスターの脅威に晒され、それらを撃退している彼らにとってはあくまでも、モンスターの区分でしかない。

 所詮、百足がそのサイズを人間大のものへと変えたとしても、その程度であれば、グゥードラウンダにはありふれた脅威でしかないのである。



 だとしても、大きいということは純粋なる脅威だということに変わりは無い。

 


 それこそ、一つの都市を丸ごと睥睨する威容を誇る巨大百足は"災厄"と表されるに等しい脅威であることに違いなかった。



「で、かい」



 恭兵は、吹き荒れる熱を浴びながら、子供の頃に見た怪獣映画を思い出していた。


 足踏みをするだけで揺れる地面と砕けるアスファルトに引っくり返る自動車、足元や膝に届かない高さの建物などは、まるで意に介さずに押し通り、倒壊させる。

 

 存在するだけで破壊の様子を想起させ、ただ動くだけで目の前の光景を塗り替える破壊の化身。

 

 その大きさに人々は抗う意志さえ挫かれる。

 

 現れた子供の頃に見た悪夢を見上げて、恭兵はなんだか自分の悩みと恐れなんて、随分と小さなものなのかもしれないと感じてしまった。



「ギシ」



 溶岩を垂らす顎を鳴らした大百足は僅かに身じろいだと思った次の瞬間にはその頭を振り下ろしていた。


 目下にいる都合五体の分け身を生み出して同時に戦闘を行っているクドーラクセスへと一直線に向かう。八魔将と戦っているエニステラは勿論のこと、大百足の足元に立つ恭兵達のことなど巨大怪獣がそうであるように、まるで気に留めることは無い。

 そもそもの話として、こんな怪物が何者かの制御下にあるという方が悪い冗談のようにも思えてならなかった。



「やばっ」

「『アンタ、何を──、ぐえっ』」



 一瞬だけ呆けた恭兵は自分達に降りかかる災厄に気が付くと、何だか腕を組みながら仁王立ちをしているネフリの襟を掴んでその場を離脱する。


 高熱を放つ大百足はゆっくりと動いているように見えるが、それは人間の目が受け取る錯覚であり実際には相当な速さで動いている。

 殆ど反射的に逃げ出したはいいが、このままでは大百足の下敷きになりかねない。


 幸い、クドーラクセスはその分け身もふくめて動いていない。すかさず、エニステラがその動きを封じるように神聖魔法を放っているのが辛うじて恭兵の視界に映っていた。

 一瞬、エニステラへの心配が心に浮かぶが、引き返す余裕は無いことと、彼女の実力なら大丈夫だと判断して、彼は走る先へと目を向ける。


 

「く、そっがああああああ!」



 《念動力》を足の裏に集中、自分の身体に掛かる負担などお構いなしの最大出力による跳躍を試みた。


 姿勢制御もままならず、赤い大剣や左手に襟首を掴んでいるネフリと一緒に空中でもみくちゃになりながらも、地を這うようにできるだけ早く遠くへと飛ぶような軌道で跳んで行く。


 恭兵が決死の跳躍を行った数秒後、大百足の腹が魔法都市の中央広場へと叩きつけられた。

 

 砕かれる石畳、揺れる地面にまき散らされる衝撃波と音と赤い霧。加えて、大百足が纏っている溶岩から噴き出る熱波が遅いかかる。


 全身を襲う大小さまざまな瓦礫などから体を《念動力》と赤い大剣で守る恭兵だったが、それでも衝撃だけは防ぎ切れずに、地面を転がる。



「が、はッ、あ」


  

 まともな声にもならない発声を行いながら叩きつけられた勢いで吐き出してしまった空気を吸い込む。

 幸いにも熱波は聖別された布で鼻と口を押えていた御蔭で顔が全体的に熱くなる程度で済んでおり、全身を強く打った程度で動けなくなるほどの負傷は負っていない。



「『さっさと、どきな、さい、よ!』」

「ぐえ」



 何時の間にか、恭兵の下敷きとなるようにうつ伏せに転がっていたネフリのひじ打ちによって再び恭兵は地面を転がる嵌めになった。

 


「『全く、アンタが連れ出したせいで余計なダメージを負う所だったわ! アタシがそこらへんのことを考えていないとでも思ったのかしら……。あーあ、こんな土まみれとか、あの子に主導権を返す時にどやされそうね……。あ、責任はアンタに押し付ければいっか』」

「それなら先に言っておいてくれ。あの石人形にしても、あのバカでかい百足を出すにしてもだ!」

「『馬鹿じゃないの? 相手の目の前で何を出すかなんて態々教える筈無いでしょうが。文句を言ってる暇があったらさっさと立ち上がりなさいよ? ──アレがこれで終わりな筈無いでしょう?』」



 一切悪びれる様子の無いネフリの言葉を受けて、恭兵は全身に走る痛みをおして立ち上がる。 

 彼女の言う通り、クドーラクセスがあれで終わるとは思えなかった。


 赤い大剣を構えながら、大百足が倒れこんだ位置に目を向ける。

 恭兵達がいた場所は、大百足の身体から発せられる熱気によって赤い霧に混じることで、白い水蒸気が映えている。

 辛うじて、大百足の下敷きになってはいなかったが、衝撃で引っくり返る程度で済んでいたかどうか、ネフリの言う通り無事に済むとは思えなかった。

 そして、大百足の下は、その身体に貼り付く溶岩によって地面は融けマグマと化しており、あの下にいた生物が生きていられるとはとても思えなかった。


 

「なるほど、これは中々面白い"災厄"だ」



 従って、上からその声が聞こえたこと自体は不思議に思っていなかった。

 如何にしてか、エニステラの放った神聖魔法による拘束を振りほどき、あの一瞬で大百足の攻撃を回避したのだろうと考えられる。


 問題は、何故上から声が聞こえてくるのか? という点だった。


 恭兵は、クドーラクセスが大百足の上に乗っているものとばかり思っていたのだ。

 あの最強の吸血鬼であれば灼熱の溶岩の上でさえ悠然と君臨していてもおかしくはないと。



「そうくるか……!」



 クドーラクセスは確かにそこに立っていた。


 しかし、そこは溶岩を纏う大百足の上では無く、この都市を覆う血のような色の霧、それらが一つの形に集まって赤い影となっている。


 その形は大蛇だが、大きさが違う。


 白い水蒸気からぬるりと顔を出したその大蛇の大きさは大百足と殆ど同じ。

 

 赤霧の大蛇と呼べるそれが、突如として現れた。



「こちらも用意してもらったが……、余興としては中々のものでは無いか?」

「いよいよ、怪獣映画じゃねえか、これ」

 

  

 乾いた笑いが恭兵の口から零れる。

 向かい合う二体の巨大怪獣。

 ただそれだけで心が躍るようでもあり、目の前の戦いが自分の手が離れていくことを感じた。


 途方もない無力感が恭兵を襲うが、二体の巨大な影はそんな事を気に留める様子もなく、動きだした。


 互いに睨み合いを行いながらゆっくりと頭を持ち上げる大百足に対し、それを頭上に立つ主に追従するかのように悠然と待つ大蛇。



「ギシ」

「シャー」



 白と赤を纏う怪獣二体は互いに睨み合い、一瞬の静寂の後に、激突した。




  ◆



 

 一見緩慢な動きから繰り出された二つの大きな怪物同士の激突は遠目からでも良く見えて、それが彼らの急ぐ足をさらに進ませる。



「クソ、一体、何がどうなってるんだ!? また何処ぞの研究塔の奴が持ち出した魔法生物が暴れ出したんじゃないか!?」

「そうじゃないと否定しきれませんね……。でも、あの巨大な百足はどうしてこの霧の中で動けるのでしょうか? 騎士団の方々の報告だと、魔法生物でも赤い霧の影響を受けると言っていましたけど……」

「そういう細かい事情は後にして、今はあの巨大怪獣が八魔将と思われる巨大怪獣と戦ってくれてるのをありがたく思っておくっすよ」



 不安を紛らわせるように心なしか薄くなっている赤い霧の中を、実、志穂梨、佐助の三人は一直線に魔法都市を囲う緑の壁、"生長外壁"へと向かって駆け抜けていた。


 

「都子さんと高塔君は大丈夫でしょうか……あそこで我先に逃げ出してしまって、私……」

「それを言うなら、俺とそこの忍者もだ。あの場で全てを投げ出して逃げ出したのは、お前だけじゃない。それにまだ間に合うだろ」

「一目散に逃げたのは俺としても恥じ入るばかりっすけど。それほど悪い選択肢では無い筈っすよ。少なくとも実君は壁の方まで行く必要があるっす」

「そうだ。今は失敗を反省してる場合じゃない。先を急ぐ時間だ。それと、馴れ馴れしく呼ぶな、忍者」

「ひどい」



 走りながら肩を落とし落ち込むという奇妙な芸当を見せながら、佐助は《接触感応(サイコメトリー)》で道順と敵を確認しながら先頭を走っている。


 コミカルなやり取りをしつつも、八魔将に相対した衝撃とそれから逃げ出したことを引きずっているのか実と志穂梨の二人の表情はぎこちない。

 課された使命感によって必死に走り続けていることで無意識に考えないようにしているが、それでも限度はあるだろう。



(俺でさえも、分け目も振らずに逃げ出してしまったからな。精神制御の術は修めていたつもりだったが、こんなんじゃ二人のことを笑える筈もなし、と。おじいの指摘通りになっているのが忌々しいな)


 

 自身に忍びの業を叩きつけ染みつかせた祖父の助言とは名ばかりの後継者失格を突きつけられた時の言葉を改めて思い出した。

 当時は半信半疑であり、年寄の妄言かと考えていたが、この世界に来てから段々とその指摘が輪郭を持ち姿を現しつつあるのを佐助は感じていた。


 

("能力は申し分なく、修行は完璧、それでも根本の作りしてからダメだった"──、当時は《接触感応》を持って無かったからその真意は分からなかったが、少なくともおじいは俺の育て方を間違えたとは考えていなかったように思える。間違えたのは、俺を後継者として選んだこと、か)  

 


 自らの節穴を嘆くように笑っていた祖父の顔は自分を責められた訳では無かった筈なのに、術の習得に時間が掛かった時に受けた叱責よりも辛かった。



 佐助は考えながらも、《接触感応》による索敵を絶やさずに続け、"生長外壁"への最短距離の道筋における安全を完全に確保した。

 



「標的無し。このまま走ればいけますけど……、後は取り決め通りで大丈夫っすかね?」

「正直な所、少し様子を見たい所だが……、あの二大怪獣の巻き添えになる前に終わらせたい。止まってる暇は無い、な。走りながら覚悟を決めてくれ」

「スゥー、ハァー。ハイ、準備は出来ました。何時でも大丈夫です!」

「俺が言うのも何ですけど、大した胆力っすよね………」



 そのまま、三人は外壁周りの通りにでる前の路地の角にて足を止め、会話をせずに呼吸を整える。

 三秒、各々が心の中で数えて飛び出した。


 先頭は依然として変わらずに、佐助。それに続くようにして志穂梨、少し出遅れるようにして実が走り出す。


 彼らの向かう先にあるのは、非常時の際に"生長外壁"の上へと昇るための蔦でできた梯子である。

 


(この壁を登る方法は限られている。当然、そこに見張りなりを付ければ防衛はたやすいと相手は思うはず、と想定してたけど、ここまで影も形も無いのは不気味だな)



 自身の《接触感応》に敵影は確認できずとも、佐助は警戒を怠らない。

 できる限り注意を払いつつ、梯子までの距離を詰める。



「見つけた……やはりここを登るのが最短だが──まずいな。外壁の中か」

「分かったっす。取り敢えず敵が来る前に上りきりましょう。色々試してから登る段階になって邪魔が入るのは面倒ですし」

「分かってる」



 佐助は最善の注意を払いながらそっと、色があせ枯れつつある蔦の梯子へと手を掛け───、《接触感応》が訴えた危険に弾かれるようにして、飛びのいた。




 瞬間、佐助がいた筈の場所へと目掛けて"生長外壁"から棘が飛び出した。

 今にも枯れそうになっているにも関わらず、蔦はまるで生きているかのように動いていた。



「のこのことやってくるのが誰かと思えば、勇猛果敢な魔法騎士団ではなく、冒険者風情。それも余所者の"迷人(まようど)"とはな……」



 その声の主は"生長外壁"を突き破るようにして現れた。


 人型の木はその手に自身の肌と思式外皮と同色の杖を携えていた。

 まさに樹木の怪人とでも呼ぶべき者は、"生長外壁"に垂直に立ち、こちらを見上げているように見下している。


 それこそが、"生長外壁"を掌握した、此度の魔軍によるマナリスト侵攻における参謀にして呪いを扱う者、オークストだ。



「その上、我らが標的である姫とはまるで無関係の集団とはな。しかし、そこの斥候擬きは置いておくとして──、魔法研究者と神官の服装をしているそこのお前達、そう、そこの二人だ。それは一体全体なんのつもりなんだ?」


 

 樹木の怪人は年輪のような、或いは老人のような皺が刻まれたその指を実と志穂梨へと向けた。

 その視線は訝し気でありつつも、何とも不思議なものを見るような目だった。



「"迷人"はこの神聖大陸どころか、この世界、グゥードラウンダのさらに外から来た存在。つまり本来は我々に全く何の関係も無い輩と聞いた。その多くは本人の意思に関係なく巻き込まれたと聞く。そんな存在がこの世界に我が物顔でなぜ平然としていられるんだ?」



 木目のような顔が歪む。

 樹木の表情を読み取る修行などを積んでこなかった佐助だが、それでも樹木の怪人が怒りを露わにしているのが分かった。



「確かに、我らは神聖大陸に進出し、こうして大いなる智識が眠る魔法都市マナリストを制圧しようとしている。平穏を乱そうとしていると言われても仕方ないが──、それは八百年からなる我らが神より与えられた運命であり、我らが魔王が戴く使命であり、この世界のあり方の一部だ。だが、お前達は違う」


 

 言葉を発する度に怪人の苛立ちが膨れ上がるのが伝わってくる。そして当の本人はそれを承知の上で隠す気も抑える気も無いようだ。



「勝手に世界のあり方に土足で踏み入り、あまつさえ、その行く末を左右する場面に出くわして、その結論を導く場にて挙手を上げようとするのは異常で、はた迷惑だ。中途半端な知識しかないくせに、知ったような顔をして、こっちの方がいいんじゃないかと中途半端な覚悟で関わる。その癖、余所者風情に責任が取れる筈も無く……。虫唾が走るわ」



 顔面を走る皺が一層のこと険しくなり、亀裂が入っているのかと思えてしまう程である。それは怪人が冷静さを失っている証拠であった。



「そもそもの話。我々がこの時、このタイミングでこの都市に侵攻を行うことになったのも、貴様等"迷人"が原因の一端を担っているのだぞ?」



 ねめつけるような視線は完全に佐助達を下に見ている。自分が完全に優位に立っていると信じているからこそできることだった。



「"迷人"なぞを姫の気まぐれで助け、その結果の離反。この神聖大陸まで侵攻を行う羽目になった。何より痛手なのは、この早期に姫への追手を出すために八魔将であるクドーラクセス様を出陣させざるを得ず。その上隠し札とされていた強引な方法を使わざるを得なかった。一度きりの奇襲ともなりうる策を、こんな所で使わざるを得なくなってしまったのだ」



 樹木の怪人、オークストが真に怒りを向けているのは佐助達ではなく、魔王姫と共に去った"迷人"達に向けられているものだ。



「そして、貴様等だ。問題となる元対魔十六武騎に対して手傷を負わせ、こちらお勝利は確実とまで思わせた段階になってまで現れ、立ち塞がると? ──ふざけるな」



 そして、殆ど八つ当たりとも思えるその矛先は、佐助達へと向けられている。



「腹いせにこの壁の贄にするだけではこの怒りが収まらぬわ。生きたまま臓腑を引きずりだして、そのままこの都市の外周を引きずり回してやるわ」

「あー、話は終わりっすか? お爺ちゃん?」



 湧き上がる怒りのままに処刑を告げる怪人に対して、佐助は更に挑発を重ねるように言葉を掛けた。 



「一生懸命慣れないお口を使って何だかありがたいお話を喋ってもらった所で非常に申し訳ないんすけど、もう一度初めからお話して貰ってもいいっすかね? なんせほら、いきなりこのようなありがたいお説教を聞く機会なんてありませんので」

「なんのつもりだ? 時間稼ぎは貴様等にとって不利だということも分からんのか余所者は?」

「いやいや、ほら。俺達の文化ではお年寄りには優しくしましょうって親から習って来ているんすよ。だから、ハンデキャップはこれ位が丁度いいかな、と」

「──不快だ。死ね」

「──大したタマでもなかろうに、無駄に強がる必要はないんすよ?」 

  


 佐助の挑発が終わるかしない内に、"生長外壁"が内側から弾け飛ぶように爆発する。瞬間的に飛び出してきたのは無数の蔦、そのどれもが佐助に狙いを定めていた。


 佐助はそれを間一髪のタイミングで回避する。

 脛や肩に幾つか当たったが、直撃したものは少なく、忍者は懐から取り出した手裏剣を素早く投擲し、反撃を行う。



「その程度……!」


 

 樹木の怪人は足場としている"生長外壁"から蔦を伸ばして飛来してきた手裏剣を全て叩き落とす。同時に露出した茎のような部分から茨を露出させ、散弾銃のように射出させた。



「《大いなる白き光、主神アーフラ=レアよ。我が意に答え、隣人を守る光を与えたまえ》、《{聖盾セインズ・プロフェジョン》ッ!」



 佐助へと向けられた初撃の時点で準備を行っていた志穂梨が展開する半透明のベールは、三人へと降り注ぐ茨の散弾を阻む。

 空気を裂き唸るように射出され続ける茨は止まることを知らないようにひたすら打ち込まれ続けている。

 茨の雨はいつまでも続く筈もなく、何時かはやむ筈だが、その前に《聖盾》の限界が訪れるだろう。

 

  

(こっちは不利だが、その代わりにアイツは油断している。その証拠に俺達を釘付けにしている割には追撃が来ない)


 

 佐助は樹木の怪人の心理状態を手に取るように把握していた。

 完全に自分を上位におき、佐助達を格下とみなし、そんな格下を完全に嬲り続けていることで、油断しきっている。

 


(とは言え、こっちに何か反撃策があるかと言われれば──、これと言って無いな。明石がいれば……など、無い物ねだりしても仕方ない)


 

 現在の状況では、樹木の怪人へと接近を試みるのはたやすい事では無く、近づくためにも遠距離からの牽制が必要だと佐助は考えた。

 この場にいるのは前衛一人の後衛二人。一見して遠距離手段を持ち合わせているように思えるが、後衛の内、志穂梨は神官であり、一応離れた位置にいる相手に対する攻撃手段として投石を行うことができるが、殆ど直上にいる相手に対して、角度的には少し有効的では無い。

 また、もう一人の後衛であり、魔法使いである実だが、本人からも、明石都子以上に直接攻撃を行うことができる魔法を不得手としていることが明かされたいた。

 

 少なくとも、これまで対抗魔法や、相手の行動を阻害するような魔法しか扱っていないことからも、確たる攻撃手段がないらしいことに信憑性はあった。


 勿論、彼に隠された切り札がある可能性を佐助は否定できなかったが、それも本人から明かさない以上は無いと判断して行動した方がよいと考えていた。


 

(隙を突いて首を落とすにも、俺の存在を意識から外させるには死んだフリでもかます必要があるな、これ)



 挑発を仕掛けて、初撃を自分に狙わせたことを早速後悔し始めた佐助だったが、二人のどちらかが狙われてしまえばひとたまりもなかったこと確かだった。

 加えて、佐助自身もここまでの道中での戦闘などで投げ物などを消費しきっており、得物は幾つか隠し持っているものだけであった。遠距離攻撃手段を持ち合わせていない。

 


「"生長外壁"は我が手に墜ちた。魔法都市の防衛機構を相手にたった三人程度で何ができる。抵抗は無駄、これ以上何も果たすこともなく、ただただ死んでいけ」



 勢いを増す茨の雨に圧され、身動きが取れずにいる三人を見下ろして高らかに勝利宣言を行う樹木の怪人。

 一方的に叩き潰せると高を括っているのだ。



(確かに劣勢であることは間違いない。だからこそ、簡単に油断してくれる)



 圧倒的不利な状況下であっても尚、三人に勝算はあった。

 そうでなければ、魔軍に掌握されてしまった"生長外壁"に自分達だけで向かうことなどしない。


 

「どうする?」

「とは言っても、この中であの攻撃を掻い潜れるのは俺だけっすからね」

「大丈夫ですか?」

「何とかなるっすよ」


 

 そんな言葉とは裏腹に、佐助自身は分が悪い賭けだと認識していた。

 樹木の怪人がもう少し人に近い姿であったならば"呑牛"を用いた視線誘導が上手く嵌まるのだが、あの木の面の目の位置にある二つの洞のようなものだと思える視覚受容体と思われる器官相手に通用するとは思えなかった。

 加えて、この赤い霧。今の所はまだ自分に掛けた目薬が効いていることから自分の視覚は確保できているが、相手の方からこの光景がどのように見えているかどうか定かではない以上、有効ではなない筈だ。





「困ってるみたいだな」



 赤い霧を掻き分けて現れたその影は二足歩行の大型の爬虫類、喩えるならば蜥蜴巨人がふさわしい。 

 視界に入ったそれを見て、際立った反応を見せたのは二人、打たれ続ける茨から必死に神聖魔法による結界を維持していた志穂梨と、茨を射出し続けていた樹木の怪人だった。



「魔軍の蜥蜴巨人!?」

「馬鹿な貴様は、リンブル・スーザは死んだはず!」


 

 正にその姿は、神殿区域にて恭兵と聖騎士達によって討伐された魔軍の先兵、リンブル・スーザそのものであった。



「ハッハハハ、そうとも、地獄の果てから復活したわッ!」

「戯言を! クドーラクセス様から、奴の身体と精神は回収できなかったと言われている。神官により念入りに浄化されたお前に死霊魔法などの復活ができる筈もない。何より、我らが主がそれに気づかぬ筈がない。けったいな幻で欺こうなど浅はかな!」

「……、やっぱり無理か。まあ、見破られること自体はどうでもいいさ。上手く不意を突ければ儲けものぐらいにしか思ってなかったしな」



 リンブル・スーザの姿をした何者かは、笑みを浮かべながら歩みを進める。

 偽物であると自白しているが、しかしこうして目の前にいる存在感は幻の類では無いと志穂梨は直感的に感じた。


 

 では、そこで現れた蜥蜴巨人は何なのか?



「………魔王姫と逃げた"迷人"は年端もいかない少女とそれよりは少し年上の少年。そして、それらの能力、少女の方は幻を見せるものであり、少年の方は……姿形を自由に変えられた筈」



 真っ先に答えたのはオークストだった。

 そうして明かされた情報と、目の前の状況を照らし合わせることで推測できる事実は───



「姫をたぶらかした"迷人"がのこのこと殺されにきたという訳か」

「まあ、概ねその通りだが……理由が少し違うな」


 

 偽蜥蜴巨人は不敵に笑いながら、佐助達とオークストの間に立つ。



「お姫様の命令でな。いい加減に霧がうっとうしいから晴らして来いとの仰せだ」

「……っふふふ。はははは。何だそれは? 今まで我ら魔軍の追手に怯えコソコソと逃げ隠れしていた輩が、ここに来てそんな大言壮語を吐くとは。ふざけているのか?」



 堂々とお前を倒しにきたのだと、宣言した偽巨人に対して、オークストはまるでそれが虫の戯言のように切り捨て嘲笑った。



「ここに来て探し物が見つかるとは好都合。纏めて潰した上で姫の居所を吐いてもらおう」

「できるもんならやってみろよ」


 

 白熱する異形の怪人どもを他所に、佐助達はそれらから少し距離を置いていた。



「……この流れだと、俺らを見逃してもらえる様子じゃ無さそうっすねえ」

「好都合だ。俺達はどうせ"生長外壁"に寄生してるあの樹木擬きを引き剥がして赤い霧を生み出す核を破壊しなきゃいけないしな」

「では、彼に前衛を任せておいて私達は後方から隙を伺うということで」

「「異議なし」」



 三人が相談を交わしている間に、偽蜥蜴巨人は一直線にオークストの下へと突撃を仕掛けた。



 こうして、"生長外壁"を巡る変則的な共闘が始まる。

 

続きは最低でも一ヶ月以内に更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ