第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ20:災厄召喚
何とか四月中に滑り込みました……
「───取引をしよう」
黒い甲冑に金色の瞳を持つ恐るべき少女、魔王の娘であり姫、ウルスラ―ナ=アジド=サタゲヌンが彼女にそう言った。
「お前が私の仲間になるのであれば、私は今すぐにあの対魔十六武騎に加勢してもいい」
ククク、と口端を歪めた笑みを浮かべながら、魔王姫はこの手を取れと言わんばかりに差し出す。
取引相手のことなどまるで考慮しないその口ぶりから、提案を押し通すことができる自信が伺えた。
「何、心配をするな。お前が断わった所でどの道私は奴と戦わなければならん。その時が今か、それともお前が思いを寄せる男の死と、大恩のある聖騎士殿の命懸けの特攻が過ぎた後になるかどうか、というだけの話だ」
奴を倒さねば私も危ういのでな、と告げるウルスラ―ナだが、その言葉とは裏腹に八魔将をこれから相手に戦うにも関わらず何処か余裕を持ち合わせているように見える。
「私はどちらでも構わないが───、どうする?」
「───それは、」
ウルスラ―ナが持ちかける提案こそ正に悪魔との契約───、それに対して明石都子は今度は即座に決断するどころか、ようやく、声を絞りだすことしかできなかった。
明石都子はその影が恭兵の背後に現れたその時、その場から全速力で離脱していた。
我に返った時にはヴァンセニック研究塔から既に遠く離れており、周囲には誰も居なかった。
よほどの速度で逃げてきたのか、限界を迎えつつある足は震え、激しい息切れと肺の痛みに何処かともしれない研究塔の壁面に寄りかかっていた。
そして、赤い霧からまるで浮かび上がるかのように彼女が傍に現れた。
同時に告げられた取引き内容。
未だに状況を整理しきれていない中で持ちかけられたその契約によって、都子は初めて自分が逃げたという事実と、置いてきた仲間、恭兵が危機に対して立ち向かっていることを認識した。
彼女の表情から血の気が失われていく。
決意を決めた、覚悟したと口にだしていたにも関わらず、いざ八魔将が現れれば、仲間に目もくれず目的を忘れて逃げ続ける始末。
自らの過ちに都子の動悸は止まらず、ますます激しさをましていく一方であった。
もはや、呼吸さえままならず、赤い霧を防ぐ聖別された布を今にも引き剥がしたい衝動にかられ、自責の念は今にも彼女を押し潰そうとしていた。
「とは言え、直ぐに返事をもらおうとは思わん。私はどちらでも構わないからな、急かす事はしない。最も、お前が答えるまでに仲間が死なないとは限らないがな」
「そ、んな──」
「さて、どうする?」
「う、あ、ああああああッ!」
仲間を裏切ってしまった罪悪感と、八魔将を前にして何もできない無力な自分への絶望に包まれた都子は何も考えることさえできずに膝を折り、崩れ落ちる。
その最中で突き付けられた選択肢は都子にとってまるで差し伸べられた救いの手のように思えてしまう。
どうしようもない無力感に苛まれた彼女は考える事を止め、震える手でフラフラとその悪魔の手へと吸い寄せられるように伸ばしていく。
『ようやく限界って所ね』
ウルスラ―ナへと都子の手が届こうとしたその時、その選択を拒絶するような光が路地を包んだ。
「何……?」
突如として目の前に発生した閃光を手をかざすウルスラ―ナ、そのために彼女が僅かに目を逸らしていた間に既に明石都子は明石都子では無くなっていた。
「『蛇なる檻』」
「何!?」
気が付いた時には黒い鳥かごにウルスラーナは閉じ込められた。
よく見れば、魔王姫を入れた鳥かごは金属製では無く、一匹の大蛇が一つなぎで檻を作っていたのだった。
彼女は都子が自失により何の抵抗もしてこないと高をくくっていたことを踏まえても、自身が反応さえできずに囚われたことについて驚きが隠せない。
「『悪いけど、そこで少しばかり大人しくしなさい。最低でも、私があの戦いに参加するまで待っててくれるとありがたいわ』」
「貴様、何者だ。先ほどまでとはまるで別人……、乗っ取られたのか?」
「『人聞きが悪いわね。人生絶望してる女の子が悪徳商法にかかりそうなもんだから対応を変わってあげただけよ』」
ウルスラーナは目の前に立つ者が明石都子では無いと即座に看破していた。
先ほどまで確かに心が折れていた筈の少女は既にそこに居ない。
いるのは卓越した魔法使いだということを、魔王姫の直感は警鐘を鳴らしながら告げていた。
「まさか、お前は───」
「『《睡眠》』」
魔法に掛けられて、魔王姫は意識を落とし蛇が形作る檻の中に崩れ落ちた。
「『時間が無いから、黙ってもらったわ。ムカつくけどアンタの力を借りないと厳しいから少しだけ眠ってもらうだけ、《思考凍結》を使わなかっただけ感謝しておいてほしいわね』」
そう言って、彼女は緑の髪をたなびかせながら踵を返し走り出す。
その先は、現在この都市で行われている戦いの中の最激戦地、八魔将がいる。
◆
「お前はっ、都子、じゃない……?」
恭兵は現れた緑髪の女性が都子では無いと直感的に判断した。
だが、その手に持っているのは確かに都子を呪っていて手放すことができない"災厄の魔導書"であった。
「『あら、分かるのね。この姿は何回か見たことがあるでしょうから、勘違いすると思ったけど。いい感してるわね』」
「──、都子をどうした」
恭兵の脳裏によぎるのは最悪の想像。
即ち、魔導書は強奪され、その際に彼女の命は失われている。恭兵は最も高い可能性について考え───
「『肉体で、という点に関しては無事よ。今は少し変わってもらってるだけだから。最も精神的には大分参ってるけど』」
「……信じていいのか?」
「『好きにしなさいよ。斬りかかってきたら、纏めて薙ぎ払うだけだもの。といっても、悠長にそんなこと聞いてくる時点で察しはついていると思うけれどね』」
緑髪の女性は魔導書を携えて構えたまま、恭兵に接近してくる。
赤い霧で少しぼやけた視界の為に勘違いかと考えていた恭兵だが、その顔を視て、見覚えのある心辺りに思い当たった。
それは、彼女が自らの姿を隠すために習得を試みて、どうも上手く行かず一つの姿しか取れなかった《変身》の魔法で変化した姿だった。
「その姿はどういうことだ? 自分の正体は知られたくないってことか?」
「『? ああ、違うわよ。あの子が使おうとしていた変身の魔法は、少し違うというか、憑依? するタイプなのよね。失敗してたことは事実だけど、加えて使う魔法も間違ってたという話。最も、それのお蔭で私がすんなりと出て来れた訳だけど』」
「出てきたって……」
「『説明はできるだけしたい所だけど、そうも言ってられないみたいよ』」
緑髪の女性が顎をしゃくった先には、依然として脅威、八魔将のクドーラクセスが存在していた。
最強の吸血鬼は二人の会話を邪魔するようすは無く、むしろ突然現れた女性の方を見据えていた。より正確に言えば、彼女の持つ魔導書を、である。
「それが"災厄の魔導書"か、私でもこの目で直接見たことは無い代物だ」
「『でしょうね。コレはあまり魔軍侵攻の時は都合よく暴れなかったみたいだからね。御蔭で随分と助かったんじゃないの? 最もそれも今日までだけど』」
「奇妙なほどに我々の前に姿を現さなかった存在が、ここで出てきたということは、そこの少年が余程大事であると見える。いや、正確には背負った大剣が、かな?」
「『違うわ。これまで幸運にも魔軍の前にこの魔導書が現れなかったのは私という存在がいなかったから、アンタは不幸にも災厄による最初の犠牲者になるのよ。魔軍初、のね。泣いて喜びなさい』」
「不幸を喜べとは、また奇妙なことを言う魔導書だな」
「『ええ、それ位でようやく負債を完遂できる目処が立つって所よ、八魔将ッ!』」
緑髪の女性の言葉と同時に、クドーラクセスの足元に大きな影が出現する。
吸血鬼がその視線を上に向けるとそこには、放物線を描きながら自らの方へと赤い霧の中を突っ切りながら落下してくる赤熱した直径五メートルを越えた溶岩。
恭兵はそれを視認したの同時に、その場から脇目もふらずに離脱した。
「我々を忘れて貰っては」
「困るな」
その恭兵の逃げた先に回りこむようにして現れるのは二体のクドーラクセスの分け身。
恭兵は殆ど反射的に《念動力》で纏めて吹き飛ばそうと試みる。
「悪いが何度も攻撃を貰い続ける訳にはいかないのでな」
「な、片方を盾に!?」
二体の分け身は両者を狙った《念動力》に対して、片方が前に出ることで受け持ち、もう片方が右手を赤く硬質化させた刃へと形成し突きを放つ。
「出なさい」
恭兵へと刃が届く最中に呟いた緑髪の女性の合図と同時に地面からせり上がるように出現した石の人形が間に挟まる形で受けることで刃を阻んだ。
だが、クドーラクセスの攻撃がその程度で止まる筈もなく、石の人形が一瞬で粉砕される。
しかし、刃の先には既に恭兵の存在は無く。既にその場から転がるように離脱していた。
「『あの程度じゃろくな壁にもならないわね。いちいち小細工仕掛けるより、単純なスペックが要るかしら』」
「今の、本当にお前が?」
「『命の恩人にお前よばわりとは、いい度胸ね』」
程無くして、黒い鎖によって拘束されていたクドーラクセスへと溶岩が着弾。
その衝撃波によってこの場の紅い霧の三割程が吹き飛ばされた。
「それに、都子の、仲間の体を乗っ取ってる奴をお前呼ばわりして何が悪い」
「『そうね。一先ずはネフリ、でいいわよ』」
「聞けよ、話を」
「『そんな暇があると思ってるの? 随分と呑気ね。死ぬわよ?』」
着弾し舞い上がった土煙が晴れ、そこには、赤く硬質化した右手を突き上げているクドーラクセスがいた。
自身を縛り付けていた拘束を力づくで打ち破り、さらに右手一つで溶岩を叩き割ったのだろう。彼の傍らには二つに割れた溶岩がその熱で地面を溶かしつつあった。
恭兵の《念動力》を受けた個体も既に立ち上がっており、それに並ぶように石人形を貫手でつぶした方が並んだ。
「『あれで、本体じゃなくて分身? なんでしょ? やってられないわね』」
「……」
「『そう睨まなくても、アイツを片付けたらすぐにでも体を返すわよ。まあ、その手間が係らない場合も考えられるけれど』」
「──、ふう。分かった。流石にお前を疑いながら、アイツ等の前で生き残る自信は無い。けど本当に信じていいんだろうな?」
「『いいわよ。アンタの敵になる理由は一つも無いし。もっとも邪魔をするなら容赦しないけど』」
「それはこっちの台詞だ」
「『あのザマでよく言うじゃない。それじゃあ前衛を頑張ってもらいましょうかね』」
「分かった」
背から改めて赤い大剣を抜いて構えつつ恭兵は返事を返す。
その姿を確認して緑髪の女性、ネフリは魔導書を開き、三体のクドーラクセスはどれもがその両腕を赤く硬質化した腕へと変化させる。
「『純粋に壁を繰り出した方がいいわね……《セット、ツーコスト》、《ネムナウの獣人》ッ!』」
ネフリは呪文を唱え、魔導書のページを破いた。
彼女の動作と同時に、恭兵とネフリの前に地面からせり上がるようにして現れるのは全身を毛皮に覆われ獣人、目を引くのはそれ自身の足先よりも長い両腕であった。
「ガウアッ!」
獣人は雄叫びによる威嚇を行いながら長い両腕を巧みに操ると瞬く間に仕掛けてきた三体の内、二体をその腕の中に見事に捕えた。
「一体なら、俺でもッ! 《念動拘束》ッ!」
恭兵は残る一体に対して《念動力》を放ち、獣人の腕から逃れ出たクドーラクセスを捕え、地面へと叩きつけた。
「これが壁とは、中々個性的だな」
足止めを行っていた獣人の腕が切り裂かれ、二体の吸血鬼が自由となり、再び攻撃を仕掛ける。
恭兵はすかさず、赤い大剣を盾にして二体の攻撃を凌ぎながら仕方なく後退する。
「『ちょっと、アンタ! 前衛が簡単にここまで下がってくるんじゃないわよ! こっちが攻撃巻き込まれるんだから、死ぬ気で踏ん張りなさいよね……!』」
「そうは言うけど、アレは三体一で対処するにはきつすぎるだろ! お前が、出した? 出したやつだって二体止めたはいいけど、直ぐにやられてるだろ。できるなら次を早く出してくれ……!」
「『無理よ。直ぐには使えないの、一旦仕切り直す位しなくちゃできないわ』」
「都子が使ってた時はそんな制限欠片も無かったのに!?」
「『不完全な状態で使ってたあの子と最強状態のこのアタシとでは色々と仕様が違うのよ。模写に模写を掛けて、その上で黒塗りされたのを必死に読み込んで使ってたのが今まで見て来たやつよ。逆に言えば上澄みしか使ってこなかったからって所!』」
圧縮言語のようにまくしたてるように言い切ったネフリは魔導書のページを必死にめくり続けている。
八魔将はそれを黙って待つ気はない。
「ふッ」
二体は自らの両腕を赤い流体へと変える。
細く長くしならせる両腕の動きは正に鞭のようであり、めいいっぱい引き絞られた攻撃が二人に向かって放たれた。
「くっそッ」
恭兵は一体のクドーラクセスを押さえつけている状態であり、向かってくる二体二対、都合四本の赤い鞭を対処するには左手一本では足りないと判断する。
かと言って、赤い大剣では自分一人はまだしも、背後に控える都子の身体を使っているネフリを庇い切る事ができるとは断言できなかった。
後ろの気配からネフリの魔法はまだ間に合わない。
恭兵は必死に対応を考える。
(流体なら、《念動力》さえ当たれば弾ける筈。薄くてもめいいっぱい広く叩くしかないか……!)
思いついたのなら、躊躇う時間は無かった。
「ハアッ!」
一か八か。
正面の空間ごと纏めて吹き飛ばすイメージを一瞬で作り上げながら、恭兵は右手で空気を掴むように構え、一気に薙ぎ払った。
言葉の定義すらない力任せの《念動力》の奔流は、形すら曖昧な不出来な制御で放たれており、普段の恭兵なら絶対に使わない完成度しかなかった。
それでも、四本の鞭に《念動力》は命中し程無くして触れてはいけないモノに触れた拒絶反応かのように、鞭は四散した。
恭兵は目の前の危機を切り抜けたことに安堵の表情を浮かべようとして、まだクドーラクセスの攻撃が終わっていないことに気が付いた。
飛び散った赤い流体が次々と硬質化していき、宙に幾つもの赤い刃が生まれた。
一つ一つは小さいが、速度さえでれば立派な武器だ。
そして当然のように、それらの照準はすべて、恭兵とその後ろで魔導書をめくり続けているネフリへと向けられている。
(もう一回弾くか? いや無理だ。硬いのは簡単に弾けないッ!)
液体状や気体状の赤い霧は容易に弾けても、硬質かしたり固体かされたものは普通の物質と同じ扱いとなることはこれまでの戦いから判明している。
クドーラクセスはその認識を突いて態と恭兵に鞭を弾かせていたのだ。
小さい刃の一つや二つ、或いは十やそこらならばまだ対処のしようはあると恭兵は判断できたが、狙いを付けている刃は軽く数えただけで優に四十は越えている。
その上、曖昧な制御によって弾かれたためか、どれもこれもが規則性の無い明後日の方向に飛び散っており、纏めて薙ぎ払うにはまた《念動力》を広げて弾くしかない。
しかし、全ての刃を弾くほどの出力をだそうとすれば、左手で抑えている分け身へと掛かる力が弱まり、そちらからの攻撃が加えられるだろう。
「『ちっ、仕方ないわね、《コストフォー》』」
劣勢を感じ取ったネフリは探し物を中断し、すかさずページを破った。
「《ゴブリン二等戦士団》ッ!」
「GOBUUUUUUUU!!!」
破かれたページによって出現したのは、緑の肌をした小柄の悪鬼、ゴブリンだ。
それもこれまでのように一体ではなく、複数、つごう七体が同時に出現していた。
「数、か。身を守る盾とするには些か心もとないのではないな」
現れたゴブリンたちに対して、クドーラクセスはうろたえることなく、じつに冷静に刃群を解き放った。
幾つもの赤い刃が前に立つゴブリンに突き立てられる。
そして、当然のように小柄な悪鬼共では迫りくる刃全てを受けることはなく、幾つかでは済まない数が押し寄せる。
「ぐあっ、痛ぅ」
恭兵は、片手で出来うる限りの《念動力》による力場の盾と赤い大剣によって急所に当たり得る軌道の刃を防ぎ、残った幾つかが肩口と背中へと突き刺さる。
「あ、ぐ、クソッ」
熱を持つ痛みを堪えながら突き刺さった刃を歯を食いしばり、即座に引き抜いて、傷口から走る痛みも構わずに二体のクドーラクセスの方へと振り返る。
「凌いだか」
「では、次の陣だ」
二体の肩から先は消え、その分の質量は硬質化させた刃となっていた。
しかし、今度は不揃いのガラスの破片のような即興で作った類のものでは無い。
そもそも一つ一つの大きさから違っていた。
先端を鋭く尖らせた幾つもの刃が宙に浮き、二人に照準を定めている。そのどれもが針や槍、というよりも杭と表現したほうが近い印象を恭兵は抱いた。
今度はまともに受ければ体は穴だらけでは済まないだろう。
「さて」
「どうする?」
圧倒的優位に立つ二体のクドーラクセスが問いを投げるかける先は、突如として現れた未知数の相手、"災厄の魔導書"を扱うネフリである。
要所要所で差し込まれる手際は見事だが、そのどれもが"災厄"と称されるには程遠い。
真価を隠しているのか、それとも何らかの準備を必要としているのか。
コスト、というワードを用いている様子から、一度に用いることができる魔法の規模に制限があると彼は推察を重ねていた。
そして"災厄"を起こせないのは、時間を掛けてその制限を外していく必要があると
いずれにせよ、クドーラクセスの中には"災厄の魔導書"がこけおどしであるという可能性は存在していなかった。
「先ほど、随分と子気味よい宣誓を告げていたと記憶しているのだが……いささか最初の奇襲からは勢いが落ちているのではないか?」
「『ハッ、分身風情にいちいち切り札を切る程、こっちも暇じゃないだけよ』」
追い詰められている状況であるにも関わらず、ネフリは不敵に笑う。
「『とは言え、正直ここらで一発デカいのを打ち込んでおきたいわ。でもちょっと時間が掛かるから、死ぬ気で時間稼いで』」
「そうは言うけど……、あの槍の群れは相当キツイ。掠るだけでも肉ごと抉りそうだ」
「『アンタ一人って訳じゃないわ。そのためにアイツ等を選んで呼び出したんだから。どうとでも使って乗り切りなさいよ。人を使うのは苦手でも、怪物相手ならどうにだってできるでしょ?』」
「ッ……!」
刺すように告げられた発破をかけるような言葉に、恭兵は苛立ちを覚えるが、抑え込んでいるクドーラクセスの事を思い出し、何とか制御を取り戻す。
「『行けるわね?』」
「やってやるよ」
「『それじゃあ、死ぬ気で頑張りなさいよ』」
激励と共に叩かれた背中は、刃を抜いた後よりも何だか痛かった。
信頼を託されたと感じた。
ならば、それに答えるだけだと、奮起するしかない。
「さて、本気を見るのであれば少し待つのが良いのだろうが……、その必要もないようだな」
「待ってくれるっていうなら、それはそれで嬉しいんだけどな」
「先ほどのやり取りを見た上で、何もしないというのも無粋だと思ったまでだとも」
二体のクドーラクセスはそう言って、浮かべた都合十二本の赤い杭をゆっくりと動かす。
引き絞るように震えるそれらに対して、恭兵は赤い大剣を盾にするようにして構える。
一瞬の静寂、口火を切ったのは。
「『《コストワン》、《星占の天球儀》』」
──ネフリがページを破る音だった。
十二の杭が解き放たれ。
黒い天球儀が出現し。
赤い大剣が浮きあがり。
ゴブリンが現れた。
射出された杭の行く先を阻む壁のようにわらわらと現れていた。
(手応えが無かった時点で怪しいと踏んでいたが……やはり普通のモンスターを召喚する類のものでは無いのか、だが、あの数はなんだ?)
壁となるように立ちはだかったゴブリンの数は優に二十を超えている。
血の刃から生き延びた個体がいたとしても、明らかに最初に出現した頭数よりも多い。
クドーラクセスの疑問を解消する前に、赤い杭はゴブリンの壁を食い破り、肉塊の破片を撒き散らして飛翔する。
多少勢いが削がれたが、それでもなお二人にとって驚異的であることに変わりは無かった。
その進行方向を遮るように赤い大剣が浮遊した状態で立ちはだかる。
直撃コースの手前で停止し、そこから、歯車のように回転し始めた。
イメージするのは、インテリジェンスファクト、影の剣であり単独で駆動していたシャドーゼイズ。
自身に真に迫った脅威だからこそ、集中を重ねて強いイメージを構築させる素材となる。
「《念動回転盾》ッ!」
出力を捻出しきれない《念動力》で防ごうとするよりも、異常な程の頑強さを誇る赤い大剣を盾に用いる作戦であった。
「く、うッ!」
ガッギギギギンと連続した金属音を響かせながら、高速で迫る杭が防がれる。
直撃する度に驚異的な運動量を以て、押し込まれ少しずつ赤い大剣が押し込まれるが、それでも杭の一つも後ろにそらさずに弾き続けていた。
ここまでは何とか、恭兵の狙い通りであった。
故にここからは、八魔将の狙いが光る。
「は?」
赤い大剣に弾かれた赤い杭の内、三本ほどが流体状に変化し、鞭となり赤い大剣を迂回する形で迫る。
咄嗟に大剣に掛けていた《念動力》の矛先を、三本の鞭へと向けたが、咄嗟のことで弾けたのは二本のみ、残る一本がネフリの下へと迫る。
彼女は呼び出した黒い天球儀に手をかざし、ひたすら魔導書をめくりながら両者へと交互に視線を移している。
極限にまで集中しており、迫る鞭に対して一切の反応を見せない。
恭兵の使え得る手札は殆ど切っていた。
信頼に答えることができなかったと、心の中の自分が吐き捨てた。
──だからこそ、鞭を防ぐように立ちはだかったものに恭兵は目を見開いた。
それは、最初にクドーラクセスの壁となっていた石の人形。
ネフリは、事前に二体人形を呼び出しており、ここぞという時のための盾として用意していた。
「『悪いけど、八魔将相手に油断は無いわよ』」
彼女は鞭に一瞥も与えずに答える。
「ならば私も、"災厄の魔導書"相手に油断は無かったということかな」
その背後に、もう一体のクドーラクセスがいた。
恭兵はそれを見て、自分が押さえつけていた筈のクドーラクセスの手応えが無くなっていることに今更のように気が付いた。
振り返り確認すると、感覚通りにそこには封じ込めていた個体はおらず、ただ大きな穴が空いていた。
押さえつけられている状態を良い事に、ネフリの背後までの道を掘っていたのだと、恭兵は思い立った。
彼女の背後に回った個体は既に手刀を振り下ろしている。
ネフリが他に石の人形を備えていたとしても、もう間に合わないだろう。
《念動力》を発動させるにはもう遅く、恭兵もまた、間に合わない。
「《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が矛先に汝の権能を授け、魔を打ち抜きたまえ》! 《神雷の槍レイジ・ランス》ッ!」
──だがしかし、聖雷だけは間に合った。
恭兵の頭の横を通り過ぎるように、一筋の光が赤い霧を焼き払いながら駆け抜ける。
文字通り雷速の一撃が、静止した世界を通り過ぎて、ネフリの背後に立つ分け身へと突き刺さる。
エニステラが、分け身を含めて三体のクドーラクセスを相手取り、肩口と太ももに負傷を受けながらも、対魔十六武騎の意地から、神がかった援護を放っていた。
「『最後は流石のアタシも焦ったけれども、時は来たわ。《コストセブン》ッ!』」
ネフリは高らかに声を上げながら、魔導書のあるページへと手を伸ばし、一気に引きちぎる。
「『《火山呑みの大百足》ッ!!』」
大きな影が現れた。
見上げる程のその威容は、そこら中に立ち並ぶ研究塔を七巻きして余りあり、胴の太さは大の大人が十人ほど輪になって手を繋ぐよりも太い。
数えきれない足は地響きを起こし、その大顎からは溶岩が零れ落ちて、地面を溶かす。
「『さあ、これが"災厄"よ』」
魔法都市マナリストを覆う赤い霧のただ中に、それらの異常を塗りつぶすかのように巨大な大百足が出現した。
続きはGW中に更新する予定です。




