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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ19:災厄の訪れ

何とか間に合いました……

 

 ───雷鳴が轟く。



 樹木のように赤い霧を灼き払いながら地から天へと駆けのぼる雷、その後に続く轟音は大気を震わせて風を生み、マナリスト中に響いた。


 枝分かれ拡散する雷を躱し、後退するクドーラクセスの跡を追うようにして、幾つもの雷光が四方八方から彼を狙う。


 最強の吸血鬼は自らの手足である赤い霧を圧縮、血の濁流を生み出すと、それを何層もの盾とするように迫る雷に対して展開し、蒸発しながらもこれを弾いた。


 しかし、雷は()まない。


 クドーラクセスの頭上へと、幾重もの雷の矢が雨あられの如く降り注ぐ。



「強引に距離を生み出そうとしているな」


 

 赤い水による盾を幾つも生成して盾として雷の矢を防ぐ。

 聖なる雷を受けて次々と消えていく赤い霧に目をやりながら彼は思案にふける。



「ようやく神聖魔法を開放したということは、あちらが切り札を切るのも時間の問題ということか」



 幾つもの研究塔が壁となって作られる迷路を、飛ぶように駆けながら次々と降りかかる雷の矢を回避し、赤の水による盾で防ぎ、時に研究塔を壁にしてやり過ごしながら離れる。



(姫は未だ現れず、か。下に降りれば何らかの動きを見せると思ったが……影も踏めないとは、随分と慎重になられたな)


 

 絶えずマナリスト中を精査し続けて魔王姫を探していうるクドーラクセスだが一切の痕跡を見つけられずにいた。

 彼が姿を現してから想定していた不意打ちの機会のいずれにも反応を示すことはなく潜伏を続けていることに、彼は心からの称賛と疑問を抱いていた。



(彼女は生き残るためにどうしても私を討たねばならない。しかし、彼女一人で私を討てるなどとは考えていない筈だ。かと言って、魔法都市側の戦力に任せて私を討つことができると楽観する筈もなく。何時かは最後に姿を現して戦う必要があると考えている筈)



 クドーラクセスの想定には自身がこの場における最強であるという絶対の自負から成り立つものであったが、事実、この赤い霧の下で戦う限り、この都市で彼に敵う者はいない。

 

 圧倒的な力に裏打ちされた自負より状況とこれからの展開を絶えず思考し続けながら、クドーラクセスは聖なる雷への対処に加えて、魔法都市へと展開した魔法騎士団および元対魔十六武騎であるマニガス・ヴァンセニックへの追撃などを平行して行っている。


 その並列処理能力は正に人外の領域にあるが、驚愕すべきはクドーラクセスはそれだけの作業処理を自らに課しながらも追い詰められる様子はなく、むしろ絶えずどこか笑みを浮かべているような余裕を一切崩していないという事実であろう。


 例え不慮の事故、完全なる予想外の出来事に襲われても崩れる姿が予想できないその姿勢こそ、魔軍最強戦力、《八魔将》に相応しき矜持であるといえよう。



(──聖騎士が真の切り札を切る。その時こそ姫が姿を現す時になるだろうな。やれやれ、前回のものさえも強力無比であったが、さらに代を重ねたとなれば脅威と言わざるを得ないだろうな)



 神聖大陸最強である対魔十六武騎、その中で一度も欠けたことは無い《聖騎士》が持つ必勝を賭ける切り札は一部例外を除き同一のものであった。



「あの少年が討たれれば即座に切り札を使うと考えていたが、依然として使用する様子は無い、か。姫との二人掛かりを考えれば、霧を晴らされると対処は難しいか」



 次の展開を絶えず予想し、例えそれが自らの命に届きうる状況であったとしても、クドーラクセスは決して焦ることなく、その態度に変化は見られない。



「時間が経てば核の方が討たれるか……、ならばここは攻めさせてもらおう」




 ◆




 今日だけで何度目かの気絶から恭兵は復活した。



「くそ、が」



 自身の不甲斐なさに悪態を吐き捨てつつ、起き上がる。

 全身に走る激痛に苛まれながらも、自らに起こったことを彼は思い出す。



(八魔将が来て、エニステラと共闘することになって、それから初撃で吹き飛ばされたのか)



 クドーラクセスが放った一撃をほとんど反射のような意識で《念動力》を用いて防いだのが意識に残っていた記憶であった。

 感覚的には


 とぎれとぎれの記憶の映像を何とか繋ぎ合わせながら、手を握っては開きを数回繰り返し、調子を確める。

 全身を打ち付けられたが、幸運にも怪我は打撲程度で済んでおり、耳が多少聞きづらくなっている他に異常は見当たらない。



「悪い、エニステラ。油断してたかもしれねえ」

「大丈夫ですか? キョウヘイ。どこか負傷した箇所などは?」

「ちょっと体中が痛いのと、お前がいま撃ち続けている雷のせいで耳がちょっと聞こえづらいくらいだよ」

「戦闘に支障の方は?」

「それも大丈夫だ。剣も十分に握れるしな」


 恭兵が赤い大剣を手に握りながら確めるその前に背を向けて立っているエニステラは絶えずその手から聖なる雷を放ち続けていた。

 彼が気絶している間にクドーラクセスは彼らの前から姿を消していた。



「アイツは……、雷の先か?」

「はい。貴方を守りながら戦うことは困難でしたので、一時離脱のための牽制として撃ったつもりだったのですが……あちらが引きました」

「それ、他の所に行ったんじゃないか? マニガスさん達が危な────」

「いえ、それは無いでしょう」



 恭兵が飛び出そうとした所をエニステラが言葉で制した。



「相手は私達と距離を取りながらも、それ以上離れている気配はありません」

「建物越しでも見えるのか?」

「ウォフマナフ様からの加護で問題なく位置を把握していますから」

「そういえば、廃坑道でも使ってたっけか……それで、ここからどうするんだよ。このまま相手が待ってくれれば俺達としては楽ができると思うけれど」

「そんな筈はないでしょうね。何らかの手を打ってくる筈です」



 エニステラは高く立ち並んでいる研究塔の先にいる筈のクドーラクセスがいる方角へと注意を向けながら、ひたすらに聖雷の矢を絶え間なく放ち続けている。



「距離を取ってから、遠隔の波状攻撃が飛んでくると思いましたが───」

「それが来たみたいだぜ」



 エニステラの疑問に答えるように、路地の両端から突如として赤い濁流が流れ込んできた。

 二人を挟むように迫る赤の激流によって彼らの前後に既に逃げ場は無い。



「───キョウヘイ少し我慢してください」

「いいけど、何を」



 エニステラは恭兵の返事を待つことなく彼の襟首をつかむと同時に足裏に聖雷を集中させてその場から跳躍した。

 

 尋常では無い加速度で宙へと舞い、それによって掛かる重力を全身で受けたと恭兵が感じた時には、奇妙な浮遊感と共に恭兵の視界には赤い霧を纏いながら不気味にそびえる研究塔の先端が映った。




「──遠距離戦では分が悪いです。やはり、接近戦に持ち込みましょう。私が空中で囮になるのでキョウヘイは地上からお願いします」

「分かった。着地は自分でやるから、適当な所に投げてくれ」

「大丈夫なのですか?」

「少しは信じてくれ。相手の位置は?」

「分かりました。着地次第、私の雷を追ってください」

「了解、何とか追いつく」



 上昇速度が完全にゼロとなり、落下運動へと移るその刹那、エニステラは襟首を掴んだ恭兵を、地上目掛けて放り投げた。


 重力に加えた尋常ではない初速で恭兵は地面へと赤い霧を突き破り、飛ぶように落ちていく。


 全てが赤く埋め尽くされる視界の中、一際黄色く輝く稲妻が赤い霧を灼きながら研究塔の合間を縫うように飛んでいたのを確認し、着地に移る。


 これ以上、出し惜しみはしない。

 力を限界を越えて回転させるイメージを描き、決められた言葉と共に脳に掛けられた枷を瞬時に外す。



「《暴君(タイラント)》」


 

 枷を外した《念動力》で姿勢制御と同時に急激な減速を掛けて落下速度を落とし、そのまま手近の研究塔の壁面を蹴りつけて方向転換を行う。



「《念動跳躍(サイキック・ジャンプ)》」


 

(囮になるとは言われたけど、地上に降りてまた挟み撃ちにされたら厄介すぎる。ここは、地面に降りないように急いで相手の下まで急行する!」



 連続する光とそれに僅かに遅れて届く轟音を進路のたよりとし、研究塔の壁面を足場にしなが路地の合間を飛ぶように駆け抜ける。


 空を走る雷を仰ぎ見ながら適宜進行方向を確認した時、恭兵はその場所の心辺りに眉をひそめる。

 


「あの野郎、騎士団の本部にいないか?」



 本部に残っているのは防衛に残った魔法騎士団の面々と、赤い霧に接触して発狂したか意識不明となっている人々とそれらを治療する神官達。今襲われれば、一溜りも無いだろう。


 

(マニガスさんがいると思ったのか? くそ、急がないと……!)



 急ぐ足にさらに力を籠めて、全力で本部へと向かう恭兵。

 重厚な赤い大剣を背負いながら、壁面を蹴り空中で方向転換を行うという無理矢理な移動方法を行っているために体重がかかる足がわずかに軋み、悲鳴をあげつつあるのを堪えながら走る。


 路地を抜け、本部となっている古城のある広場へと繋がる大通りへと飛び出した所で、地面へと墜落するように走る稲光とそこを中心にして赤い霧を掻き分けるように広がる衝撃波が見えた。



 聖雷の中心、踊るように最小限の動きで降り注ぐ雷を回避する八魔将、クドーラクセスが居た。


 僅かに遠目であり、直ぐに赤い霧によってその姿が遮られたが確かにそこにいた標的目掛けて、恭兵は両足に籠めた《念動力》で研究塔を蹴り付け、その反動で得た爆発的速度で赤い霧を切り裂きながら流星のように飛び込んだ。


 空気と赤い霧が壁と錯覚するほどの速度でクドーラクセスの下へと飛ぶ恭兵。

 その右手はすでに背負った赤い大剣に掛けながら、赤い霧に覆われた標的を目を細めて必死に探す。


 唯一の手掛かりはクドーラクセスへと確実に降り注ぐ神の力、神聖なる雷の光。

 絶え間なく続き、赤い霧を灼き続ける聖雷のその中心にいる敵へと向かう。

 


 ───そして、聖雷が降り注ぐ空間へと突入し、灼かれ散らされた赤い霧の向こうにいるクドーラクセスを確認し、互いに目が合ったその時。



 恭兵は赤い大剣を無我夢中で振り抜いていた。



 それは一瞬の交差、感じたのは焼けるように熱い頬、天が二、三回、入れ代わり、背筋は常に恐怖が走り続ける。

 

 定まらない意識の中、水中をもがくように動かした手が地面に触れた瞬間、恭兵は己の直感にしたがって咄嗟に《念動力》を叩きつけ、その反動で再び宙へと跳び上がった。


 ほとんど逆さまの状態で浮いたことだけを彼は理解したまま、自分が先ほどまでいた筈の場所に赤い刃の軌跡が走るのが見えて────次の瞬間には恭兵の周囲に雷が落ちた。



「これは見覚えがあるな、棍撃か」

「アークウェリア流、間合いの三、《聖雷多節棍撃レイジ・マルチ・スタッフ》」


 

 赤い霧が灼かれた後に残る、特徴的な蒸気が雷の通り道にできていた。

 恭兵は跳び上がって間もなく地面に落下、全身を打ち付け、石畳の上を転がりながらもできるだけ速く態勢を立て直す。


 何とか立膝をつきながら、敵の方へと視線を向ける。

 振り抜いた赤い大剣で断ち切った筈の八魔将は、五体満足で健在し、降り続く雷を回避し続けていた。



 聖雷によって赤い霧は灼かれ、開かれた視界の向こう、既に現着していたエニステラとクドーラクセスが激戦を繰り広げている。

 彼女の手に握られていたハルバードは幾つもの節に分かれ、その間を聖雷によって繋ぐこと多節棍へと変形しており、エニステラはそれを巧みに操り、つかず離れずの位置から多角的な攻撃を繰り出していた。


 対するクドーラクセスは、周囲の薄くなった赤い霧を掌に収束し、迫る多節棍の一撃を節ごと手刀で弾き迎撃する。



(聖雷が薄い箇所を的確に狙って……!)



 苛烈さが増すエニステラの攻撃に対して、依然として余裕を持って対処し続けるクドーラクセス。

 ───その左脇腹に目掛けて、恭兵が赤い大剣を突き刺す。



「ぐっ」

「狙いが甘いな」


 

 クドーラクセスはその攻撃に目もくれずに左膝と左肘で挟むようにして赤い大剣を止めた。

 その結果を恭兵は予め想定していた。

 彼は掌を柄に沿えていた。



「《念動掌底》ッ!」



 掌から放った《念動力》は挟み込まれた赤い大剣を無理矢理に押し込んでその刃を今度こそ脇腹へと叩き込む。


 

「ふむ、悪くないな」



 感心した様子を見せた八魔将の左脇腹は赤い霧へと形を変えて、押し込まれた大剣の切っ先はするりと通り抜けてしまった。

 恭兵が驚愕に襲われている間に、八魔将は大剣を挟み込んでいた肘と膝も赤い霧に変化させ、それらの先である左腕と左足を自由にさせ、恭兵へと掌底と蹴りを同時に放つ。

 


「ッァア!」



 恭兵は自身に向かう攻撃を振り払うように反射的に《念動力》を放っていた。

 《念動力》により、赤い霧は弾かれ、それに連動するようにして繋がっていた左腕と左足の軌道が逸れた。



「ほう……?」



 クドーラクセスはその様子に疑問を抱きながらも、即座に赤い霧と化した部分を元の肉体へと変化させてから軽く左腕による掌底を放つ。


 空気を裂くその突きに対して恭兵は赤い大剣を盾にし《念動力》で支えて防御し、まともに受けたために後方へと突き飛ばされた。



「があっ……っ」



 赤い大剣越しに突き抜ける衝撃が恭兵を襲い、肺から空気を吐き出させる。



「! そこッ!」



 その後隙を潰すようにして、クドーラクセスの背後からエニステラは多節棍による攻撃を繰り出す。

 同時にせまるハルバードの斧槍部を備える先端部と石突部の同時攻撃、幾つかの節を経由し連動させた軌道は無意識下に行われる攻撃軌道に錯覚を起こさせることで回避を困難にさせる。



 背後からの奇襲攻撃に対し、クドーラクセスは全身を赤い霧と化し、言葉通りに霧散してその場から消え去った。



「こちらだよ」



 エニステラの背後に赤い霧が結集し、クドーラクセスが出現する。現れた拳は既に握られていた。



「させるかッ、《念動衝撃》ッ!」


 

 エニステラ越しに恭兵は赤い霧状の部分を残すクドーラクセスへと《念動力》を解き放った。

 空間的な座標を無視して効果を及ぼす《念動力》に対して反発する赤い霧に引きずられるように、クドーラクセスは抵抗虚しく、弾き飛ばされた。

 


「風を操る類の力だと思っていたが……、どうやら違うようだな。でなければ、聖騎士越しに私に攻撃を通すことは」

「どうかな? エニステラを回りこむようにして、風を放ったかもよ?」

「この場に漂う僅かな霧は私の身体も同然、風がそのように動けば分かるとも」



 《念動力》が直撃したにも関わらず、クドーラクセスが何事も無かったかのように悠然と構える様子を見て、恭兵は舌打ちする。

 

 

「下手な駆け引きをした所で年期の勝る相手の方が上手ですよ」

「言わなきゃやってらんねえだろ。こっちの攻め手が通じないのは正直キツイ……」

「そうとも限りませんよ」



 そう言いながら、エニステラは多節棍の状態から元の長物場へとハルバードを戻し、両手で長く持ち振り上げる。



「私の攻撃に合わせて下さい」

「……分かった」



 恭兵の短い返事に応えるように、エニステラは頭の後ろまで振り上げたハルバードを掬い上げるようにスイングした。

 さながら、ゴルフのスイングの如き軌道を取ったハルバ―ドは、ゴルフボールでは無く石畳を抉りながら、瓦礫をクドーラクセスへと吹き飛ばした。


 散弾のようにまき散らされた瓦礫の一つ一つには丁寧に聖雷が宿っている。



 クドーラクセスは向かってくる雷の飛礫に対して幾重にも赤い流体の盾を作り、防ぐ。

 飛来した飛礫の幾つかは盾によって受け止められたが、二、三個は盾を灼きながらクドーラクセスの下へと届くが、既に聖雷を失っている礫などは八魔将に通じる筈もなく片手を振るっただけで粉みじんと化した。


 対して、恭兵は既に手をかざしている。



「《念動衝撃》ッ!」



 狙いは礫を包むようにして受けた赤い流体。

 叩き込まれた《念動力》によって弾かれたように赤い流体は四散し、そこで捕えられていた礫が再びクドーラクセスへと向かって飛ぶ。


 それと同時にエニステラが飛び込んでいく。



「ッセア!」



 礫の弾着に合わせるように振るわれたハルバードに対して、クドーラクセスは礫は腕の一振りで粉砕させながら最小限の動きでその一閃を回避した。

 

 その動きに合わせて恭兵が右側から回りこんで赤い大剣を上段から叩き込む。


 八魔将は今度はその攻撃を受けずに回避した。

 その移動先、常に余裕を持って最小限の動きで回避する八魔将の動きに合わせて、恭兵は手をかざし《念動力》を放った。



「《念動衝撃》」



 《暴君》によって外された超能力の枷、それにより本来定められた規格を越えた力を頭の底、脳とはまた別の領域から汲み上げて、放つ渾身の一撃。

 想定では軽く馬車の一つは五十メートルほど吹き飛ばす程のエネルギーを籠めた一撃を受けたクドーラクセスは石畳を削りながら仰け反った。だが、それ以上は吹き飛ばされることも無くその場に留まる。


 

「いい一撃だな」

「ならば、いい加減私の攻撃も受けて欲しいですねッ!」



 エニステラがハルバードを二つに分割し、放つ二連撃。

 今度はクドーラクセスも一歩退くだけで対処することはできずに、片方は赤い流体で防ぎ、もう片方は潜り抜けるように躱した。

 その回避先を突くように恭兵が赤い大剣と《念動力》を放ち、クドーラクセスはそれを防御し、その隙を突くようにエニステラが────

 そうして、二人が互いに交代するようにして絶え間なく攻撃を行い続ける。

 

 防戦一方を強いられるクドーラクセスだが、依然として余裕が崩れる様子は無い。

 

 

「攻め込んでるのはこっちだっていうのに!」

「キョウヘイ、焦らないで下さい。僅かですが着実に追い詰めています」

「そうは言うけどさ……」



 恭兵は弱音を吐きつつ、エニステラの言葉に基づいて、クドーラクセスについて分析する。



(エニステラはそうとは限らない、と言った。その通りだ。アイツには弱点がある)



 エニステラの攻撃は全て回避するにも関わらず、恭兵の攻撃に対しては一律に防御している。

 対魔十六武騎と"迷人(まようど)"とはいえ一冒険者ではエニステラの攻撃に対する警戒が強いといえばそれまでの話だが、それでもどこか違和感を覚える。


 

(恐らく原因は俺の方に在る筈だ……。俺とエニステラとの明確な違い……俺が"迷人"だからか? いやもっと根本的にこの戦いに関わること──超能力、《念動力》か?)



 赤い霧は《念動力》に対して反発するように作用する。

 これまでの攻防で見せた霧化を見せなくなったことは、恭兵の《念動力》による影響をクドーラクセスが重く見ていると考えられるだろう。



(だが、赤い霧が効かないのはエニステラも同じだ。対魔十六武騎の手口は分かってるのに対して俺の力はあまり分からないからか? 魔大陸最強はそこまで慎重なのか?)



 尽きない疑問を抱きながら、恭兵は攻撃を続ける。


 一切崩れる様子の無い相手に対して攻撃を続ける様は巨大な山を手にもったスコップで掘り抜くかのような途方もなさであった。


 あの異形を相手にした時さえこれほどの絶望は感じなかった。

 それでも尚、こうして戦えているのは、隔絶した力量差によって恐怖を感じなくなってしまったのか、或いは一日の内に何度も死にかけたことで死への恐怖が麻痺しているのか。

 

 もしくは、相手は全くと言っていいほどこちらを歯牙にもかけていないからなのか。


 そんなことを考えていた恭兵の背筋が前触れも無く、凍った。

 

 その感覚にはよく覚えがあるもので、即ち死の恐怖である。


 

「だいたい理解した」


 

 恭兵が振り抜いた赤い大剣の腹を掌底で弾きクドーラクセスがそう呟いたのを聞いた恭兵は防御態勢に移ると同時にその場からの離脱を図った。



「逃がさん」



 その言葉は恭兵の背後から聞こえた。


 次の瞬間には襟首を掴まれており、空中に放り投げられていた。



「は?」


 

 一瞬、思考が空白になった恭兵の目の前には手の平が出現する。


 そのまま、彼は何の抵抗も出来ずに石畳へと叩きつけられた。



「が、は、あ」

「この手応え──、咄嗟に後頭部に"力"を展開したのか?」



 そのまま、ミシミシと頭に走る激痛によって意識がようやく現実を正確に認識し始める。


 八魔将、クドーラクセスは恭兵の顔面を片手で掴み上げ人外の膂力で以てリンゴを握力で握りつぶすかのように握り潰そうとしていた。



「ぐ、があ、あ」

「中々、頑丈のようだな。この頑丈さは、本当に人間かどうかも疑わしいほどだ」


 締め上げる指の一つにもがくようにして指をかけて何とか外そうとするが、恐るべき握力によって微塵とも動く気配は無い。



(痛みに、惑わされるな……! 意識を集中しろ、重要なのは、可能だと信じること──!)



 集中が向けられる先は足元、叩きつけられた衝撃で手放してしまった自分の得物。

 

 ───一人でに動いた赤い剣が、恭兵の頭部を掴むクドーラクセスの腕を断つ。


 自由を得た恭兵は、クドーラクセスに渾身の蹴りを放ち、その反動を得ながら離脱する。



「くそ、エニステラは───」



 態勢を立て直した彼が次に考えたのは、共に戦っていた聖騎士の安否。

 恭兵を吊り上げた八魔将の背中を斬りつける筈だろう、エニステラがいた筈の場所へ視線を向ける。



「く、うッ!」

「ここを通るなら、力づくで通ってもらおうか」



 そこにはハルバードと聖雷を振るいながら四方八方からせまる赤い流体の杭や刃を蹴散らしているエニステラと────八魔将、クドーラクセスが居た。


 

「二、人?」

「だけでは無い」


 

 目前に立つ八魔将、クドーラクセスは恭兵によって切り落とされた右腕を左手で抑えており、そしてその傍らには寸分たがわず、同じ姿形の八魔将、クドーラクセスがいた。



「俺の目が疲れてるのか?」

「そう思うのであればな」



 隻腕となったクドーラクセスの右腕の切断面に赤い霧が集まり元通りの右腕が形成されていた。

 右腕が再生されてしまい、最早区別がつかなくなった二体の八魔将を前に、恭兵は赤い大剣を支えに立ち上がる。


 目の前に二人、エニステラと戦っているのを含めれば三人。

 本物は恐らく、エニステラと戦っている方であると想定しても、自らを片手で締め上げる程の力を持ち合わせているのは確かである。



「───見掛け倒しだ」

「なぜ、そう思う?」

「決まってる。そんなのがあればさっさとやってれば良かっただろ。何か使う訳にはいかない事情がある筈だ」

「確かに」


 

 片方のクドーラクセスが笑みを浮かべながら答える。

 もう傍らに立っている方は、出現して以降、表情の変化は一切なく、まるで人形のように立ち尽くしているだけだった。



「私が三人もいれば、ここまで迂遠な作戦を立てるまでも無かっただろう。しかし、だ」


 

 目前に立つ二人のクドーラクセスの手に赤い霧が集まり、その形状を硬質化させ、赤い刃を形成する。



「少年、君に対しては十分な戦力であると思うが?」

「……かもな。だけどよ」



 恭兵は冷や汗を流しながら、赤い大剣を握り締め構える。



「後悔させてやる」


 

 そう言って、恭兵は赤い大剣を振りかぶり、思いっきり放り投げた。



「奇襲のつもりかな?」

「いや、そのままもろとも潰れてもらう」



 二人のクドーラクセスが飛来する赤い大剣を手から伸ばすように生成した赤い刃が弾く。 

 決して軽くはない大剣を弾き飛ばした二人へと恭兵は空いた両手をかざす。



「《念動圧潰サイキック・クラッシャー》ッァァァアアア!!!」



 透明な巨人の拳を二人に目掛けて落とした。


 脳の底から、絞り出される限界を越えた《念動力》によって微塵と化すまで磨り潰す出力を発動させた。


 それだけの力を籠めたとしても、二人の八魔将は原型を保っていた。

 それどころか、人外の領域にある膂力によって、少しずつ抵抗し始めていた。



(上等だ。どうせここで俺がやれることは精々、時間稼ぎ。アイツ等が核を潰すまで、磨り潰し続けて────)



「いい覚悟だ。だが、些か考えが甘かったな」



 恭兵の背後から聞きなれた声が響く。

 押し潰している二人へと力を集中させながら、視線を後ろに向ける。



「三人に別つことができるのであれば、当然、四人にもなれるという事だ」



 背後に出現した八魔将、クドーラクセスは既に片手に形成した刃を既に振り下ろしていた。

 恭兵に回避はできない。



「『《拘束(バインド)》』」


 

 よって、その一撃を防いだのは別の人物だ。


 黒い鎖がクドーラクセスを拘束し、恭兵へと迫る赤い刃は彼へと届く前に止まった。



「『何とかセーフって所かしら』」



 聞き覚えのあるような、しかしどこか他人のような声とともに現れた人物、全身を覆う黒いローブを身に付けた透けるような緑色の髪に、翡翠の瞳を宿している女性。


 その手には、恭兵がよく知る魔導書があった。



 ───明石都子を呪っている筈の、"災厄の魔導書"がその手に収められていた。  

 

 

  


続きは一週間以内に更新したいですが、多忙により更新できない可能性があります。

最低でも一ヶ月以内には続きを更新する予定です。

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