第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ18:死線に次ぐ死線
何とか間に合いました
──陽光を思わせる赤い輝きを放ちながら振るわれる大剣がヤモリ兵を薙ぎ払う。
(路地が狭くて、牽制にしかなってねえな!)
ヴァンセニック研究塔を背に、殺到するヤモリ兵を迎撃しながら恭兵は状況を分析していた。
(入る時は真っ直ぐに振り下ろせば良かったが……、防戦となると取り回しの悪さがでてくる。かと言って、《念動力》だと──)
「《念動衝撃》ッ!」
恭兵の握る大剣の軌道を、姿勢を低くして回避しながら接近するヤモリ兵に手をかざして照準を合わせて《念動力》で吹き飛ばす。
(姿勢が崩れるだけか!)
ヤモリ兵は突き飛ばされるようにして後退するが、倒れることなくその場で踏みとどまる。
低い姿勢を保つことで《念動力》をうける面積を減らす、恭兵が手をかざすタイミングで攻撃がくることをこれまでの戦闘から知ったことで初見時のような不意打ちを食らうことは無くなってきているなど、《念動力》に対して対応してきたことによる結果が目の前に現れていた。
しかし、それ以上にヤモリ兵をしぶとくさせている理由は他にあった。
「ゾンビか何かか?」
突き飛ばされた者と入れ替わるように飛び出してくるヤモリ兵に《念動力》を打ち込むが、その場に釘付けにするだけで、手応えは無い。
次々と襲いかかるヤモリ兵達は焼き付き、肉を削ぎ落し激痛が走る足を抱えながら、動き続けていた。
その様はまるで壊れた人形を無理矢理動かして、演劇を行わせているようであり、とても見れたものではないその踊りは最悪にも、暴力性を伴っている。
中には膝から下が完全に向こう側に向いているものもいるにも関わらず、すでに《念動力》での単調な打撃程度では牽制にしかならない。
その不死身染みた耐久性に恭兵に覚えがあった。
(ゾナリュージョンポーションを使ってた盗賊達みたいだな。とすると、都市で出回っているのは魔軍がばらまいたからか?)
マナリストに来る道中で襲撃してきた盗賊達が用いてきた不死身に等しい体力を持つことができるゾナリュージョンポーション。
赤い大剣で体の部位を両断しないと止まらないヤモリ兵達はまさに彼らと同じ狂乱状態にあると恭兵は見た。
(《念動力》で足をへし折った所で足止め程度にしかならない。首をへし折ろうにも、その間に別のやつがくる。かと言って)
路地の狭さにより動きを制限された赤い大剣を振り下すが、ヤモリ兵は得物である剣で受けながら下がり直撃を免れている。
既にヤモリ兵を二体ほど仕留めているが、残った三体が同じように倒せるとは到底思えなかった。
(相手がこれだけで済めばそれで楽なんだけどなッ)
「《念動衝撃》ッ」
恭兵は自身の背後へと振り向きざまに《念動力》を放つ。
かざされた掌の先には、黒いもやのような人型がおり、《念動力》によって弾かれ、壁面に衝突したと同時に四散する。
しかし、黒い人影が落としその場に残された黒い剣から黒いもやが噴出され、再び人の影のような形を形成した。
「ハアァッ」
その黒い人影が形成されるかされないかの瀬戸際を狙いすましたかのように、恭兵は赤い大剣を振り下ろした。
絶対なる質量により叩き潰されると思われたその一撃を人影は回避行動どころか、防御の構えすらみせず良く撃、しかし、影を傷つけることはできず、まさに霞を剣が通り抜けるのと同じように何の手応えもなく陽光を発する大剣は通り過ぎた。
返す形で振りかぶり、降ろされる黒い剣の一撃を受けながら、恭兵は黒い人影へと前進、その背を狙うようにしてヤモリ兵が後を追うが、その鼻先を掠めるようにして苦無が上から投射された。
ヤモリ兵が肩へと突き刺さった苦無を意に返さずに見上げれば、そこには壁面を蹴り飛び掛かる佐助の姿があった。
上空から飛び掛かる影を確認しだい、切り上げるヤモリ兵。
佐助はそれに対して身を捻るだけで回避し、そのまま姿勢を限りなく低く地を這うように着地、構え自らに攻撃を行ったヤモリ兵の股をくぐり、通り抜けることで左足の股間節を外しながら敵の視界から消えるようにその場を離脱、他の二体から放たれた斬撃を回避した。
そうしている間に、恭兵は黒い人影、魔軍侵攻軍の幹部である黒い剣、思考し独立して動くアーティファクト、《インテリジェンスファクト》であるシャドーゼイズと剣戟を重ねている。
とは言え、それは剣戟というよりも正確には黒い剣が放つ一撃に対して大剣を盾にするようにして辛うじてしのいでいるといった状況であり、とても剣士同士の戦いとは思えない攻撃であった。
『道幅が狭い程度でここまで剣を振れなくなるとは、やはり貴様は生かしておく価値は無いな』
「言わせておけば……さっきから大上段からの切りつけしかやってない、ワンパターン野郎に言われたくはねえよっ!」
叩きこまれた黒い剣を受けた赤い大剣ごと壁面へと叩きつけて強引に抑え込んだ。
壁面へと衝突した黒い人影は霧散し、残された黒い剣が壁面へと押し付けられる。
研究塔の外壁は中を守るために堅牢な作りになっており、《念動力》を加えた力で以て抑えこんでも僅かに軋む音がするばかりだった。
「このまま、へし折ってやる……!」
『多少は考えたようだが、これでは剣士どころか戦士としても大した奴ではなさそうだな』
言葉と共に、黒い剣は壁に埋め込まれるように消えていった。
呆然とする恭兵、その視界の端で何か黒いものが動いたのを見て、咄嗟に頭を下げた。
次の瞬間、ひやりと冷たいものが首の後ろを通ったと感じた時にはそのまま地面を転がるようにしてその場を離脱した。
「愚かな、剣から手を放すか。その選択を後悔したまま死んでいけ」
「ッ! 《来い》ッ!」
恭兵が転がりながら自身の背後へと振り返った時には既に彼の脳天へと目掛けて黒い剣が上段から振り下ろされており────
それを、一言と共に手元に引き寄せた赤い大剣によって弾く。
顔の横を通り過ぎた黒い剣によって石畳が砕かれ、跳ね上がった礫によって頬に傷をつけながらも後退する。
『貴様は一々、気に障る奴だな……、これ以上の醜態が明らかになる前に仕留めてやろう』
「──それ、ありかよ」
恭兵が後退りし回避する先へと、石畳に突き刺さった黒い剣が同色のもやを帯びながら文字通り飛来した。
跳び上がる直前に察知し、回避行動へと移っていたことからギリギリの所で躱す。
しかし、攻撃はまだ止まらない。
シャドーゼイズは恭兵の背後で鋭角に曲がり、背後から鋭く突きを放つ。
「舐めんな!」
恭兵は咄嗟に唯一、手をかざす事無く《念動力》を扱える背後へと意識を集中させてその矛先を瞬間的に弾き、肩口を僅かに裂かれるにとどまる。
黒い剣は止まらない。
再び鋭く角度を付けてただひたすらに恭兵の命を奪うために飛ぶ。
持ち主は無く、構えもない、目標を殺すまで決して止まらないフライングソードは標的の心臓を貫き止めるまで決して止まることは無いだろう。
「クソッ」
高速かつ連続した前後左右から迫る多角攻撃に対して、恭兵は赤い大剣を地面に突き刺しもたれかかり、両手を空ける。
背後から飛来する攻撃には赤い大剣を盾にし、それ以外の角度から飛来する攻撃は《念動力》で弾き、黒い剣の軌道を逸らすことで対処している。
『とうとう、剣から手をはなしたか。その有様で剣士を名乗ることを恥と思わんのか?』
「生憎、師匠ゆずりだからな。それこそ全くと言っていいほど気にしてねえ、よ!」
軌道を逸らされる度に修正を行いながら次の攻撃を行い、次第に鋭さを増していくシャドーゼイズ。
恭兵は加速する攻撃に対して対応を強いられる。
『弟子がこうであれば、師も同様ということか』
「ぬかせ。お前なんざ、師匠の前じゃあ、ひらひらと飛ぶ棒切れも同然だよ」
恭兵は精一杯のへらず口に近い挑発を行いながら懸命に飛翔する黒い剣を目で追うが、既にシャドーゼイズの速度は目で追い切れるものではなくなりつつあり、柄の先から漏れ出る黒いもやを視界に収めるのがやっとであった。
『だとしても、貴様が剣士を名乗るに値しないことに変わりは無い』
「ぐっ」
軌道を逸らしきれず足首から袖口などが斬りつけられ、上着の下に着用していた対赤い霧用に聖別された肌着まで切り裂かれる。
『霧による発狂死など許さん。我が身で必ずその心臓を貫いてやろう』
「──いや、捕えたぜ」
シャドーゼイズは恭兵の前方斜め右下から突き上げるように心臓へと目掛けて飛ぶ。
それはそれまでの黒い剣の軌道から予測したのか、はたまた本能的な直観が導いたのか、或いは師との修行と経験がその行動を取らせたのか。
本人にも要因が理解できない瞬間の判断によって、黒い剣が飛来する方向を特定した恭兵は黒い切っ先に対して掌をかざす。
「《念動防護拘束》ッ!」
叫びと共に放たれたのは、黒い剣の進行方向に垂直となるように広げられた大きさにしておよそ五十センチ四方の《念動力》の壁。
瞬時に展開された《念動力》の壁は圧倒的速度からくる運動量によって容易く破られるが、黒い剣は僅かに減速する。
恭兵の動体視力で十分捉えられるほどの速さまで落ちており───、ならば、切っ先を両手から放つ《念動力》で拘束することは十分に可能となった。
黒い剣は恭兵の胸元までおよそ十センチまでの位置で静止した。
恭兵がそのまま切っ先からシャドーゼイズの全体を覆うようにして《念動力》を伸ばし閉じ込めようとした所で、彼の狙いを察した黒い剣は瞬時にその形状を黒いもやへと変化させることで《念動力》と反発し離脱した。
「逃がした……!」
『ちい、まともに剣を振れない癖に所々冴えた動きをみせるな……!』
《念動力》によって弾かれるために黒いもやを捕えることができない恭兵。
《念動力》によって弾かれるために剣でなければ触れることすら危ういシャドーゼイズ。
双方の相性によって、妙な拮抗が発生しつつあった。
『ならば、これはどうだ!』
激昂を黒いもやから放ちながらシャドーゼイズは再びその形状を黒い剣と化し、柄の先を中心に自身を回転させた。
高速で縦に回転する黒い剣は黒い円盤となってじりじりと恭兵へ迫る。迂闊に手で触れれば瞬く間に細切れにされることは容易に想像できた。
恭兵の判断は早かった。
「《念動白羽取り》ッ!」
掌を合わせて拍手、その動きに合わさるようにして《念動力》を高速回転するシャドーゼイズを挟むように発動、力尽くで回転停止を試みる。
じりじりと迫る刃だが、少しずつその回転速度は落ちてきていた。
(このまま、包み込むようなイメージで閉じれば、もやになろうが捉えられる!)
恭兵は意識を集中させて回転する黒い剣を挟む二つの《念動力》の壁をつなぎ合わせるように湾曲させていく。
《超能力》はイメージ、できて当然だと思うこと、思い描く現象を自在に起こすことが可能であると心から信じることが重要である、とそんな誰かの言葉が彼の脳裏をよぎった時、自身を貫くような殺気が恭兵を襲った。
『かかったな』
閉じつつある《念動力》の円盤の中でシャドーゼイズはその形状を黒い剣からもやへとこれまでにない速度で変化させる。
黒いもやは展開していた《念動力》と反発し、残された僅かな隙間から恭兵の元へと飛び出す。
左右から掛けられた力、黒いもやと《念動力》が反発する性質、限られた出口により黒いもやにかかる反発力は一点へと集中し、恐るべき速度で恭兵の頭部へと目掛けて噴出された。
シャドーゼイズは続いて《念動力》の影響下から脱したもやの先端から黒い剣へと形状を変えて無防備な恭兵の額へと驚異的速度でせまる。
(両手は間に合わない、よけ、無理、────死ぬか)
壁を作るイメージさえも届かないと確信し、死への恐怖に怯える彼の理性と本能とは別に恭兵の中で諦観と安堵が流れだしていた。
(姉ちゃんと母さんはしょうがないとして、師匠から頼まれてたことを果たせなかった、か───)
段々と意識が緩慢になり、これから俗に言う走馬燈が始まるのだと感じ、人生最後に浮かぶだろう最悪の思い出に吐き気を催しそうになり───
「もろとも吹き飛べェ! 《構築・土巨人》ォォォォォオオ!」
どこかで聞いたような声が聞こえたかと思ったら、地面ごと彼は吹き飛ばされていた。
◆
「ちょっと、アンタ! 誰が仲間ごと吹き飛ばせって言ったのよ! バカじゃないの!」
「フゥーッハハハッハハ! 何を言う! アイツは私の自慢のゴーレムを破壊した張本人! それも二回、に、か、い、もだッ! この恨みを晴らすまで奴に死んでもらう訳にはいかなかったからな。死ぬ位なら私が殺すッ!」
「完っ全にイカれてるわよ! ちょっと真辺、どうなってんのよ!? 私、この人と何回か会ってる筈なのに、完全に別人な気がするわよ!?」
路地を完全に塞ぐように地面からせり上がってあらゆるものを吹き飛ばしてからゴーレムが出現していた。
その周囲にはめくれ上がった石畳から、瓦礫やら、或いは完全に気絶していた魔軍の先兵などが転がっており、何か爆発が起きたかのような状況であった。
ルミセイラはそんな目前の惨状に対して、とても機嫌が良さそうに腰に手を当て勝ち誇るように笑い声を上げている。
「姉弟子はいわゆる内弁慶なんだ。外の環境に興味がないというか、好奇心のほとんどをゴーレムに吸い取られた魔法研究者という名のキチガイだ。正直、俺も同門じゃなければ関わり合いになりたくなかった」
「さっきまでの話が全て台無しになる事実をどうも! こんなことなら無駄な挑発なんてするんじゃなかったわよ!」
都子は研究塔内でのやり取りをさっそく後悔していた。
◆
「さあ、早くいけ、私はここで引き籠らせていただくとしよう」
「この話の流れでアンタは行かないの!?」
「当然だろう。誰が触れたら発狂するような赤い霧の中を行こうとするんだ。そもそも、お前達がわざわざ駆り出されているのもあれに抵抗できるからだ。何の対策も無しにいくのはそれこそ自殺同然だろう。バカか」
「ここからゴーレムを操ればいいじゃない。最後までついて来なくとも、外の奴らを蹴散らすのだけやってもらいたいんだけど」
「私が加勢する必要があるとは思えないがな。いいから、さっさと行け!」
「……、もしかして……、自信がないの?」
「何?」
「アンタのゴーレムじゃ? 魔軍に? 勝てないから、戦わないでおこうって。戦わなければ負けないしね。そうゆうことなのね。それならしょうがないわね」
「おお、よく言ったな。速攻でぶちのめしてやる」
「え? それで私を倒しても魔軍とはやらないとか言いだすんじゃないの? いいのよ、誰だって負けるのは嫌だし。自信がないのに戦わせるのもおかしな話だしね」
「ア゛ア゛ァ!??? 上ォ等だァ! 全滅させてやる!!!!!」
◆
「的確な挑発だったな」
「正直、あとから考えるとなんて安い挑発だと思ったけど……、ここまでやるなんて……」
「アイタタタ、これ何事っすか?」
埃を被っている佐助が頭を振りながら姿を現した。
片手には既に息をしていないヤモリ兵を引きづっており、ちゃっかりと《接触感応》で情報を抜き出そうとしていた。
「アンタ達が辛そうだったから、援軍を頼むつもりだったんだけど……、まさかこんな事になるとは」
「まあ、俺の方はあの隙を突いて何とか倒せたっすけど……これ、恭兵君とか大丈夫なんすか?」
「至近距離で食らったからな……あそこで伸びてるよ」
「ああ、もう。これで大怪我とかしたら、私の所為よね……?!」
実が指さす先には突如として出現したゴーレムによって吹き飛ばされた恭兵が地面に転がっていた。
意識の外、直下からの攻撃で対処不可能であったことから、完全に意識を失っているようだった。
すかさず、都子は恭兵の傍までかけよって状態を確認する。
幸い、所々衣服などに斬りつけられた跡が見受けられるのみでそれ以外に目立った負傷は無かった。
都子はほっと、安堵の息をつき、ぺしぺしと恭兵の頬を叩いて覚醒を促す。
何度か叩くと恭兵は目を開ける。
「ほら、ちょっと、起きなさいよ。こっちは急いでるんだから」
「あ、ぐう、俺、死んだ? 天国?」
「まだ死んでないわよ。寝ぼけてないでさっさと起きて。巻物は回収したから、さっさと次に行くわよ」
「いつつ、それはいいけど、どうなったんだ? 俺が戦ってたアイツは?」
「それは────」
「私の最強ゴーレムの中に封じ込めているぞ」
都子の後ろから顔を出したルミセイラが腰に手を当て、尊大な態度で恭兵を見下ろしていた。
「貴様等が戦っていた様子は見ていたからな。形状を変化させて霞やもやのようになるのであれば、丸ごと閉じ込めてしまえば奴はなにもできまい」
「ルミセイラか……」
恭兵はルミセイラから視線を移して傍らに佇むゴーレムを見上げる。
石畳を材料として形成された土の巨人は先ほどまでシャドーゼイズを捕えていた筈の場所に鎮座しており、その形状はかつて恭兵が戦ったものと異なり、人間で言う腹部が異常に膨らんだ形になっていた。
「この完全捕獲型は捕えたものを決して逃さないように完全に密閉し、かつその強度は軽く鋼鉄を超えているッ! 飛行剣擬きでは決して脱出不可能よ!」
「本当に大丈夫なんだろうな? アイツ、黒いもやになると僅かな隙間からでも飛び出して来るぞ?」
「問題ない! 以前、このゴーレムが完全に密閉できているかどうかを確かめるために、試しにネズミを入れてだな────」
「いや、いい。それ以上はあまり聞きたくない」
恭兵はルミセイラの話を遮りながら立ち上がり周囲を見回すと、都子が路地へと放火した影響で薄れていた赤い霧が段々濃くなってきているのが見えた。
まだ視界には影響はさほどないが、この場所も直ぐに再び赤い霧によって閉ざされるだろう。
「助かったけど、お前なんでこの霧の中にいるんだよ。発狂死するぞ?」
「弟弟子経由で師匠から装備を貰ったからな。多少は大丈夫だとも、それより、私に何か言うべきことがあるんじゃないか?」
「後にしてくれ、こっちは忙しいんだ」
「ほう、いいのか? このゴーレムの中身は私次第だぞ? 何なら、今すぐにでも開放してやれば───」
「わかった。分かったよ。俺程度じゃあいつには勝てなかった。お前のゴーレムは本当にすごいですね。これでいいか?」
「貴様には私のゴーレムを二回も破壊された恨みがあるが───、私とて多少は空気を読める。ここはその態度に免じて許してやろう」
「コイツ、人が急いでるっていうのに……!」
「もう終わった? さっさと行くわよ!」
ルミセイラの不満そうな態度に拳を振るわせる恭兵だったが、都子はその背に蹴りを入れながら先を促す。
「流石にそろそろ移動しないと……、もうこちらの異変が察知されていると思いますから、追手が来ます」
「それで、結局方針としてはどうする気っすか?」
「───ここからじゃ教授の元に戻るのは危険すぎる。このまま、俺が、俺達が赤い霧を払う」
実は自らの言葉で言い切った。
「やるしかないか?」
「元から教授はそのつもりだった。騎士団の方でも承知の上だろう。さもなければ、作戦で師匠自体を囮にするのは危険性が高い。全ては俺達に託されていたという訳だな」
「いや、なんでこの都市の騎士団は余所者にそこらへんを任せるのよ。正直無責任だと思うんだけど!」
「教授が俺に託したからだろう。そこは俺の責任だ。嫌なら、姉弟子と一緒に研究塔に立てこもっていてくれ」
「お前だけ残して、か? 上手く行くのかよ?」
「まず間違いなく失敗するだろうし、命を落とすだろうな。だが、だからといって止める訳にはいかない。教授は俺ができると思って託したんだ。尻尾巻いて逃げ出す訳にはいかない」
「なら、俺もいく。いいよな?」
恭兵はそう言って、確認を取るように他の三人の方へと振り返った。
「そうね。ここまで来て途中下車、何て冗談じゃないわ。本当に、残念なことに私達しかいないんなら、やらなくちゃ」
「右に同じで」
「私は、最初からそのつもりですから。行きましょう、実君」
都子、佐助、志穂梨の三人からの了承も得て、五人は動き出した。
志穂梨の持つ地図に佐助が幾つかの道順を示す間に、実はルミセイラの方へと相対していた。
「私は行かないぞ。コイツを動かして中の奴に出られて困るのはお前らの方だろう」
「問題ない。どの道、ゴーレムを動かしながらゆっくりと移動する暇も無いわけだからな」
「気を付けていけよ」
「そっちも、中の奴が出てきそうだったら、迷わず研究塔まで逃げていいからな」
二人の会話はそこで終わり、別れた。
「それで――、目的地はどこなんだ? どこでも発動できればいいって訳じゃないんだろう?」
「そうだ。巻物によれば赤い霧を生成している八魔将クドーラクセスは、赤い霧が発生している何処かに基点となる核の部分があるらしい。核の詳細な機能に関してはここでは省くが、それによって霧自体の生成などを半自動化させているということだ」
「つまりそこを突く必要がある。ということね? それで、具体的な場所は?」
「そこに関しては、教授による推測しか無かった。当然だな、教授もこの霧が発生するまでは実物を見たことも無かったんだ。そんなものの弱点を当てろというのも無理な話だが──、本部を発つ前にある程度の場所を教えてくれた」
実は志穂梨の持つ地図のある場所に指を指しながら、続いてその方角を指さした。
方角は西。
「"生長外壁"の西門付近だと当たりを付けてくれた。後は巻物に記述されている推測からより正確な位置を絞り、この目で完全に特定する」
「分かるのかよ」
「ああ、備考として俺の《透視能力》なら赤い霧の中でも核を容易に見つけられる、と書いてあった。教授には俺が能力を使う際に《魔素》などがどう見えるかなどの研究に協力してくれていた、その時のデータを元に、核の位置の測定方法の提案が記載されてあった」
実はそう言って、志穂梨へと視線を向けると彼女は頷いて先を話す。
「ここから西門まではそう遠くはありません。索敵を重視して、迅速に向かいましょう!」
「よし、分かった。それじゃあ、移動かい、─────」
「"迷人"の部隊というのは君たちか」
恭兵は最後までその言葉を続けることができなかった。
背後に何か大きなモノが立っていることを辛うじて認識することができたが、それ以上何かを考える前に、彼は全身全霊の《念動力》を自らの背後へと放っていた。
「逃げろ!」
「荒い歓迎だが、頭目の判断としては中々かな」
吹き飛ばした筈の背後に立っていたモノの声が自身の傍から聞こえた時、恭兵は彼我の実力の差を思い知らされた。
全身の細胞が先ほど襲われた死の恐怖を思い出し、どうしようもなく震えあがるのを感じていた。
仲間たちに向けていた視線では、誰も彼もが既にこの場を離脱しており、その場に残されたのは自分一人であることを確認し、彼は無理矢理に口端を歪ませた。
「────時間稼ぎをさせてもらうぞ、八魔将」
「"迷人"にも存在を知られているとは光栄だが、それほど絶望せずともいいだろう。私も無理矢理突破してきた身でな」
背後に立つ、魔軍最高戦力、八魔将の言葉と同時に恭兵と八魔将の間に、天から降り立つ樹木が突き刺さった。
否、それこそは赤い霧を灼く黄色い稲妻。
神聖大陸最強の内の一人が放つ軌跡。
「──私の仲間に指一本触れさせません」
エニステラ=ヴェス=アークウェリアがそこに立っていた。
「キョウヘイ、下がってください。ここは私が」
「───いや、俺もやる」
最強の聖騎士が退避を促すが、恭兵は勝手に下がろうとする本能に従う足を殴りつけて、その場に踏みとどまる。
「ですが」
「今、俺が下がったら、その先に仲間がいる。下手に動いてアイツ等の居場所が悟られるくらいなら、ここで戦ってアイツを行かせない方がマシだ。取り敢えず、足手まといなら、今すぐにどこか適当な場所に吹き飛ばしてくれ」
「────────」
エニステラは苦渋の表情であらゆる可能性と危険性を頭の中で巡らせて、ようやく、その重い口を開いた。
「私が判断した時には即座に退避を、ここから神殿区域まで吹き飛ばされても文句は言わないで下さい」
「ああ、死んでも文句は言わないよ」
そう言って、恭兵は背から赤き大剣を抜き放った。
陽光を思わせる大剣の輝きを見たクドーラクセスはどこか懐かしいものを見るように目を細める。
「"迷人"が持つには珍しいものを持っているな?」
「宝の持ち腐れだとでも?」
「さて、どうかな。まだ一合も交わしていない剣士の力量を測るなどと、そんな大層なことを言うつもりはないが────正直、興味は沸いた」
クドーラクセスはゆるく右手を動かし何かを握るような構えを取る。
あまりの鮮やかさに、恭兵どころかエニステラさえも反応が遅れてしまっていた。
「少年、試させてもらおう」
次の瞬間、恭兵の視界は赤く染まっていた。
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