表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Psychic×strangers   作者: さがっさ
62/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ17:師より託されたものは

何とか更新できました……

「お主ら五人、迷人(まようど)隊には儂らの研究室に向かってもらう」


 

 さかのぼること、凡そ四十分程前。魔法騎士団の本部の会議室にてマニガス・ヴァンセニックから弟子である真辺実にそう告げていた。



「自分が、ですか? 教授が自ら赴くのではなく?」

「うむ。何処かに潜む魔軍を警戒しながら、赤い霧の中を進み儂らの研究塔へと辿りつくことを考えれば、負傷1している儂よりもお主の方が適任であろう。研究塔に辿り付いた後にも八魔将との戦いが控えていることを思えばなおさらじゃ」

「では……、教授はここに残ると?」

「いや、儂もここから出る。色々と準備するものもあるしの、ここで休んでばかりいる訳にはいかん」



 老人は傷を負った脇腹を抑えながらも、笑って言う。

 周囲に心配を掛けないようにしているのが、誰の目にも明らかだったが、それでも弱音を吐く様子は無い。



「状況の打破のためには、儂らの研究塔から赤い霧を打ち消すための魔方陣を書き込んだ巻物(スクロール)を儂の研究塔に取りに行かねばならん。しかし、奴らはそれも十分承知の上だろう」

「ヴァンセニック研究塔の前には必ず魔軍の戦力が集中している筈。さらに赤い霧を生み出している八魔将も我々が動きだせば何らかの手を打ってくるだろう。闇雲に動いた所で纏めて叩かれるだけだ」



「そこで、我らは三手に分かれて八魔将の気を引き少しでも儂の研究塔に割かれる戦力を減らす。しかし、魔法騎士団が動いても奴らは研究塔の戦力を動かさぬ可能性は高い。なので───」

「マニガス様が自らその姿を現し……敵の注意を引く、そういうことですね?」



 マニガスの言葉を遮り、志穂梨が言うと、老人は答えを当てた生徒を褒めるかのように頷く。

 


「対魔十六武騎の存在は無視できんからのう。儂がでてくれば、奴らも戦力を向けざるを得ない」

「そこまで上手くいくのでしょうか……」

「わざわざ騎士団が捕えていたフェングレットを使ってまで、儂に狙いを定めていたんじゃ。止めを刺しておきたいじゃろう」


 

 痛みが走る体に鞭を討つように笑う老人の言葉に志穂梨もこれ以上は何も言うことはできないと悟り、黙ってその場から下がる。



「では、改めて作戦を説明する。我々はこれから五人ずつ、三手に分かれて行動する。一つは本命であるヴァンセニック研究塔へと向かうもの、一つは何処かの研究塔へと向かう完全な囮となるもの、最後にマニガス老の傷を癒すために神殿区域へと向かう者達だ」



 騎士団長はテーブルの上に広げていた地図の中央、ちょうど彼らがいる魔法騎士団の本部がある位置に三つのコマを置いた。



「準備が完了次第、三つの隊は同時にこの本部を出発し、各々の目的地へと向かう。その際にはどの隊にもマニガス老が居るように偽装を施し、道中は可能な限りどの隊にいるかを明かさずに移動する。迷人隊がヴァンセニック研究塔へと辿り付くまえにマニガス老は姿を現して、敵の目を引く」



 騎士団長が地図の上のコマを動かし、ときおり全員と目を合わせながら丁寧に作戦を確認していく。

 



「迷人隊はヴァンセニック研究塔に突入後、目標の巻物を回収しだい迅速に脱出、何もなければこの本部まで引き返してもらいたいが……状況によっては戻ることを優先せずに自分達の為すべきことをやってほしい」

「その状況っていうのは……」

「さて、我々も全て想定できる訳では無いからな……」

「それで、もしもダメだったら……?」

「仕方ないとしか言いようがない。本来、義務も責任も無い君たちに託した私の責任だよ。勿論、やり遂げて貰えれば相応の報酬は払うが、失敗した所で必要以上には責めたりはしない」



 さて、と一息いれて騎士団長が改めて自分へと注意を向けさせる。



「マニガス老に巻物が渡り次第、赤い霧を払う儀式へと移り、他の者はその護衛を行う。事前に決められる作戦としてはここまでだが……何か、質問はあるか?」



 騎士団長が会議室を見まわす。誰も声を上げないことを確認してから、彼は机に前のめりになるように手をつく。



「相手は八魔将だが、それぞれの役割を全力で果たすことに尽力してほしい。そうすれば、必ず活路は開けるだろう」



 


 ◆




(既に、教授は居場所を明かして気を引いてる筈だ。時間を掛ければ援軍は続々とあちらに集まるだろうが──)



 実は走りながら、狙いを定めて集中し呼吸を整える。

 彼の目に宿る《透視能力(クレヤボヤンス)》は対策が無ければ視界は閉ざされる赤い霧の中も全て見通していた。

 突入開始前からこの状況が起こりうることを予測していたため、魔法の選択にためらいは無く、発動に必要な触媒も既に彼の手の中にあった。



(俺達の用事が早く終われば、教授を助けに行く余裕がでてくる。だから、ここで立ち往生などしていられない!)



「《糸よ、紡ぎ手の合理を持ちて、現れよ》、《蜘蛛の巣(ウェブズ)》ッ!」



 実の呪文の完成と同時に一直線の路地へと並んでいた魔軍兵の足元を縫うかのように巨大な蜘蛛の巣が何の前触れも無く発生した。

  

 足元という視界の外からの不意打ちを受け、一番後方にいる黒い剣を持った十二体の中でリーダーと思われる"蜥蜴族"の兵士ともう一体以外は強力な粘着性を持つ糸から逃れられなかった。剛力を誇るジャンガリアゴリラ程の力を持たない彼らに糸を引きちぎることはできず、足はその場に縫い止められる。



 身動きが取れず、硬直した魔軍兵、その頭上へと佐助は跳躍して踏みつける。

 混乱する蜥蜴兵達の隙を突くように手持ちの痺れ薬を塗り付けた苦無を投射しながら、彼は蜥蜴兵を踏み台にして再び跳躍する。


 

(ガードされたか。流石に対応されつつあるな)



 佐助が投射した四本の苦無の内、蜥蜴兵に当たったのは三本、そのうちで直撃したのは一本のみであり、他は鎧に弾かれて鱗を貫かなかった。

 蜥蜴兵達は仲間を踏み台にして跳躍した斥候に対して注意を向ける。着地際に狙いを定めていた。



「《念動火球》ッ!」



 ──そんな魔軍兵達を吹き飛ばすように都子の手から火球が放たれた。



 明石都子は自らの持つ超能力である《念動発火(パイロキネシス)》の本領をまるで発揮できていない。


 原因としては、彼女自身の性格であり、普通の日常を続けていた彼女にとって、高い攻撃性、恐ろしいものである火に対する忌避感から、必要以上には超能力を用いず、距離を置いたために自身の力に対してまるで理解していない。

 事実、志穂梨と共に恭兵によって《超能力》の扱いに関する手ほどきを受けるまでは単純に火球を掌に放出し、射出することしかできなかった。

 


 ──都子が放った火球は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 超能力を扱うには、イメージが大切であることを意識しただけで、都子は火球の大きさを変化させることが可能となっていた。


 佐助に注意が向き、足元を蜘蛛の巣に捕えられていた魔軍兵は回避することもできずに着弾、まき散らされた炎が周囲の魔軍兵を巻き込んだ。


 

「ぐ、がっあああ、ああああ!」

「足元の蜘蛛の巣に火が付いたッ! このままではあぶり焼かれるぞ!」」


 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 魔軍兵は足元の絡みついた糸により身動きが取れず、炎が自分を縛り付ける糸を焼き尽くすまでただ待つしかないという地獄のただ中に放りだされた。



「慌てるな! 落ち着いて奴らを足止めすることを、っ」



 注意が都子と足元に向いた魔軍兵を目掛けて宙から佐助が着地し、全体重を掛けて肩甲骨を砕く。



「落ち着け、ここまで火の手が上がれば奴らはヴァンセニック研究塔まで突破は愚か近づくことすらできないっ!」

「そうだ。我らの命を捨てるはここ! たかが火の手が上がった程度でひるむなど……!」



 矢継ぎ早に仕掛けられた攻撃の対処に回らざるを得ない魔軍兵がその場を立て直そうと、声を張る。

 彼らの指摘通り、蜘蛛の巣を焼き尽くす勢いで上がった火の手は魔軍兵を焼きつつも、同時に恭兵達の行く手を阻む障害となっている。



「──、ゴメン! これは想定外だったわ!」

「謝ってる場合じゃねえよ! これは流石に迂回して──」

「止まらないでっ! 私が何とかしますから、このまま走り続けてください!」



 都子と恭兵の言葉をかき消すようにして志穂梨が叫びながら、彼女は集中する。

 それは咄嗟の閃きであり、この中で自分だからこそ可能な一手だった。

 土壇場で思いついた手段にこの場の全員の命が掛かっているという事実に、彼女の手は震える。


 それでも、彼女は止まらない。

 都子が放った火球により赤い霧が吹き飛ばされたことで開かれた視界を得ながら、発動させる神聖魔法の狙いをつける。



(全霊を尽くしたい。この街に、私ができることの精一杯を!)



 全身が竦みそうになる重圧を振り切って、祈りを体の内から振り絞る。



「《大いなる白き光、主神アーフラ=レアよ。我が意に答え、隣人を守る光を与えたまえ》、《聖盾セインズ・プロフェジヨン》ッ!」 

 

 

 喉からでた震える頼りない声から生まれた神聖魔法は、奇妙な形で発現された。

 

 

「障壁が道になってる!?」

「これなら私達なら通り抜けて行けます!」



 本来、発動者に対して害をなすものを退ける障壁である《聖盾》をヤモリ兵達の合間を縫うように、地面と平行して展開されていた。

 それは都子の言う通りに目的地まで導く栄光の道のようであり、その半透明を思わせる光に路地で燃え盛る炎は遮られている。



「邪魔はさせないっす」

「そのまま走れ!」


 

 慌てて行く手を阻むように魔軍兵が剣を振りかざすが、その隙を潰すように宙から攻撃を仕掛ける佐助と赤い霧が晴れたことで視界が晴れた恭兵が放った《念動力》によって遮られる。



「行くわよ! 《念動火球》ッ!」



 路地の半分を埋める火球の第二射の後に続くようにして、都子、実、志穂梨が光の道を駆け抜ける。  

 佐助と恭兵からの妨害を受けながら決死の覚悟攻撃を行うヤモリ兵達の間を、時に手に持った魔導書や生み出した黒い鎖、両手にもつ錫杖や投石を織り交ぜ、滑り込むようにして三人は潜り抜けていく。

 

 そうして、六体のヤモリ兵を突破した先、ヴァンセニック研究塔の前に残る障害は唯一つ。



「来るがいい」


 

 リーダーと思われる魔軍兵が不気味な雰囲気を纏いながら、静かに立ち塞がっている。

 


(まずい……!)



 仲間を突破され残りは自分一人であるにも関わらず、全く取り乱すようすも無く、むしろ余裕すらうかがえるその様子に都子は直観的に危険性を感じた。



「《念動火球》ッ!」



 焦りに任せて都子は火球を放つ。駆け抜けながら放った一撃だが、先ほどの二発に申し分のない大きさの火球であり、直撃すればさきのヤモリ兵達と同じように変わりない。


 対して黒い剣を携えるヤモリ兵は迫る火球を前に回避するそぶりも無く、ただ切っ先を火球に向けてから頭上へと振りかぶり。



「フンッ!」



 一閃。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「は、あ?」

「俺程度に切れる程度とは、いささか舐められたものだな」



 二つに分かれた火球はヤモリ兵を焼くことなく、ヴァンセニック研究塔の壁面へと直撃する。

 背後からまき散らされる火の粉に見向きもせずにヤモリ兵は黒い剣を再び振りかぶる。


 駆け抜けようとしていた都子の足はもう止まらない。

 火球を真っ二つに割ったように、振り下ろされた黒い剣によって自身の身体が両断される未来が彼女には見えた。


 

 迫りくる死の恐怖に、全身が震える。

 

 まるで処刑台のように自分の命に対して振り下ろされる黒い刃にどうしても意識が集中してしまい、時間が段々、ゆっくりと流れ始めたのを認識して────

  

 

「《念動圧砕(サイキッククラッシュ)》ゥゥッ!!」



 ──その処刑台が瞬く間に崩れ落ちた。



「え、あれ?」

「明石、立ってくれ!」

「はやく! 行きましょう!」



 都子が気づいた時には自分は地面に転がっており、思考が固まる前に実と志穂梨に手を引っ張られながらもつれるように研究塔の中へと入っていた。



「姉弟子! 早く締めてくれ!」

「うるさいなっ! 入れてやったのに何だ、その言い草は! 姉弟子に対する敬意が足りてないんじゃないか!?」



 つんざくような声と共に研究塔の扉が閉まっていくその向こう側へと都子の視線が向かっていった。


 そこには二人の少年の後ろ姿があり──、彼女が言葉を発する前に扉は重厚に閉ざされた。




「しんがりに残ったか」



 黒い剣の切っ先を二人に向けながら、ヤモリ兵は抑揚の感じられない声を発した。

 足を震わせながら立ち続けるヤモリ兵の言葉にまるで変化は無く。外と中身がまるで合っていないちぐはぐさを思わせる。



「斥候の方とは多少やりあった。押し潰したのはお前の力か?」

「大剣使いの純剣士がそんなことできると思うのかよ?」

「戯言を抜かすなよ、邪道が。剣と繋がるどころか重量を扱うこともできん輩が、剣士を名乗るなどおこがましいと思わないのか?」

「……それも、そうだな」

「そうだな、だと?」



 ここに来て初めて苛立ちを見せるヤモリ兵に対して、恭兵は素直に賛同した。 

 それを受けて、黒い剣を握る手が軋む音が聞こえた。

 ヤモリ兵自体の表情には変化が見えないにも関わらず、怒りを思わせるその様子はまるで二人の人形遣いが同時に同じ人形を操っているようにも思えてしまう。



「剣士としての誇りの一つも無いとは。もしや、その剣は盗品なのではないか? そうでなくば、お前がその剣を持てる筈もない」

「まあ、そうだな。師匠から譲ってもらった奴だからな。なんでくれたかは俺にも分かんないし」

「ハッ、だとすれば貴様の師匠とやらも大した盗人なのだろうな。おおよそ、人を見る目も無く大した腕も無い、剣士を名乗るに値もしない輩だろう」

「あ゛?」



 赤く光る塊がヤモリ兵へと振り下ろされた。


 力と感情に任せた一撃は、掠りもせずに回避される。



「大した刃筋だ。剣を振ったことがあるとはとても思えないな」

「そっちも、大したおしゃべりっすね」


 

 言葉と共に、ヤモリ兵へと蹴りが叩きこまれた。

 その下手人は回避先を読んでいた佐助によるものであり、死角かつ体重の乗った一撃により路地の向こう側、蜘蛛の巣が燃えさかっている方へと突き飛ばされた。



「恭兵くん、落ち着いたっすか?」

「……、ああ、まあ少しは、まさか不意打ちであそこまで飛んでくとは思ってなくて」

「なんか口ほどにも無かったすよね」

「まあ、ちょっとは思ったけどよ……それで終わる訳もないか」

「っすねえ」



 落ち着きを取り戻した恭兵はヤモリ兵が吹き飛んでいった先に目線を向ける。

 高熱により発生した陽炎の向こう側で揺らめく影が五つ程うごめいていた。



「いかんな。この俺としたことが、頭に血が上ってしまっていた」

「……正気か?」

「それはあの光景が見える俺達の方っすか? それともあの状態でまだ戦うつもりの奴らの方っすか?」



 蜘蛛の巣に足を絡めとられていた筈のヤモリ兵は陽炎の向こう側から姿を現す。

 そのどれもが足にやけどを負っているが、それよりも際立つのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 傷口は既に焼かれて血は止まっているが、それでも激痛で踏み出すだけでも叫び声が上がる。

 それにもかかわらず、ヤモリ兵は声一つ上げず、恭兵たちの前に歩み、立つ。



「命令によりそこの研究塔から何かを持ち出そうとする輩は全て殺すことになっている。悪いが命を落としてもらうぞ。代わりに我らの命をくれてやろう」


 

 黒い剣の切っ先を向けながら告げたヤモリ兵のリーダーに対して、恭兵と佐助は不敵に笑う。


 

「はっはっは。命も無い道具が命と引き換えにとか、面白い冗談っすね」

「だな。ここでへし折ってやるよ、ガラクタ野郎」



 二人の言葉を聞いた黒い剣を持ったヤモリ兵が糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏す。

 そして次の瞬間、そのヤモリ兵の口から黒いもやのようなものが噴出し、人型の立体的な影となった。

 その黒い影の手の中には同色黒い剣が握られている。



『分かっていたか』

「これで戦うのは三回目っすからね。というかその黒い剣を握ってて誤魔化せると思ってたんすか?」

「因みに俺は二回目だよな? それで覚えて無かったのかって所だけど」


 

 二人の全方位から聞こえてくる抑揚のない無機質な声を聞きながら、佐助は赤い大剣を改めて握り直し、佐助も逆手に短剣を構える。



『ならば、これが最後として名乗っておこう。我が銘は《影装(シャドーゼイズ)》、魔軍の剣の一振りだ』



 名乗りを上げ、黒い剣、シャドーゼイズは立ち塞がる恭兵と佐助を切り捨てるべくその刃を振り下ろした。




 ◆




「弟弟子ッ、貴様なにをやっていたんだ!」

「ぐ、あ」

「ちょっと、そんなことしてる場合じゃないんだけど!」



 壁に埋め込まれた本棚に実が押し付けられ、その衝撃で幾つかの本が地面に落ちた。

 

 ヴァンセニック研究塔へと突入した都子、実、志穂梨の三人だったが、ヴァンセニック研究塔に所属しており、実と同様にマニガスに師事しているゴーレム使いの魔法使い、ルミセイラ・アーネ・カバラの怒りが実を襲っていた。



「いくら半人前といえど、貴様がそばにいながら、師匠が傷を負い、さらには貴様等がここに来るために囮になったなどと……、何故止めなかった!」

「ぐ、う、あ」

「止めて下さい! それが、あの場にいた全員で決めた作戦だったんです。それに、マニガスさんが自分から囮になると……!」

「そんな状況になったら師匠はそう言うに決まってるでしょうが! そんな人だってこと位は貴様も分かってたはずだ! それをはい、そうですかとのこのこと……、よく此処までこれたものだな」



 都子と志穂梨が何とか引き剥がそうとしても、ルミセイラはますますヒートアップするばかりで、取り付く島もなかった。

 次第になだめようとする都子の語気が強まっていき、ほとんど喧嘩腰でルミセイラに言葉をぶつけ初めている。



「じゃあ、何、真辺が代わりに怪我を負っていればよかったって言うの!?」

「決死の覚悟か何かはしらんが、魔軍にくれてやるのも惜しい、ここで私が息の根を───」

「いい加減にしなさいよ!」

「余所者は黙っててもらおうか? 師匠が興味津々だからここに出入りできていただけで、お前なんぞに口出しされる権利は……」

「余所者って、いいましたか?」


 

 志穂梨の一言で、都子とルミセイラの背筋は凍ったように冷たくなり、思わず口をつぐんでしまい、彼女の方を見た。



「その余所者の都子さんを戦わせておいて、このマナリストの魔法使いであるくせに、ここで立てこもっているあなたに私達が決めた作戦に口を出す権利は無いと思います」

「言わせておけばっ、貴様だって知っているだろう。研究塔に所属している魔法使いには、自らの魔法研究の成果を保護する義務がある。魔軍との戦闘に関わって成果を奴らに取られればそれこそ戦犯ものだと、歴史を学ぶ貴様等神官はよく知っている筈だろうが!」

「その知識は、魔法は、なんのためですか! 人々のためでしょう!? 魔軍侵攻により引き起こされる悲劇を、少しでも無くすためじゃないんですか!? 魔軍は今! 直ぐそこに来てるんですよ!」

「それはタダの建前だ! 本気で取り合う魔法使いなんぞいない! 大昔の研究狂いの魔法使い達が研究に専念するために作った。はりぼての理念だ!」

「その理念を胸に、マニガス様は、あなたの師匠は戦っているんじゃないんですか! 実君を責めるだけ責めておいて、自分は何もしないつもりなんですか! そんな。ルミセイラさんはそんな卑怯者だったんですか!」

「そ、れは、」



 言葉を詰まらせるルミセイラの腕の力が抜けて、実はずるずると壁にもたれかかるように座りこんだ。

 壁に押し付けられて、まともに呼吸もできなかった実は深呼吸を入れて息を取り戻しながら、ルミセイラを見上げた。



「姉弟子の言う通りだ。この都市の研究塔に所属している魔法使いに戦う権利はない。だから、俺や、教授が戦ったのは義務でもなんでもなく、自分の意志だ。魔法を使って、人々の助けになりたいと思ったからそう決めた」

「それで、師匠は負傷した。しかも今にもバカな弟弟子のために囮を引き受け、それでもお前が死ぬ可能性は高い。そこまでして、何になるんだ? こんな事に関わらず、ここで、立てこもっていれば──」

「相手は魔軍の最強戦力である八魔将だ。もはやこのマナリストに本当に安全な場所がある訳もない」



 実の告げた事実に、ルミセイラは絶句し、その表情からは瞬く間に血の気がうせた。

 神聖大陸に生きる人々にとって、八魔将という言葉にはそれほどの恐怖が宿っていることを示していた。



「自分から、命を捨てるよりはマシだろう。それに、お前にそこまで殊勝な思いがあるとは思えない。日ごろから魔法について、この世界について知らないことを知れるだけではしゃいでるお前に、知りたがりなだけのお前に溢れる知識欲を満たしたいだけのお前に、誰かを助けるなんて考えはないだろう」



 ルミセイラは実に吐き捨てるようにそう言った。

 都子から見てその姿は今にも泣きだしそうに思えた。



「そこの神官に付き合っているのだって、神殿にしかない記録を知るために必要なだけだ。同じ"迷人"のよしみだとなんだと、懐にはいり、よくやったものだ。思えば、師匠に取り入ったのも同じだ。おべっかをかいて図々しく。その癖に、その癖に! 師匠に傷をつけるなんて仇で返すような真似をして!」

「だから、あの時その場にいなかったあなたが言えることじゃ────」

「いや、その通りだ。俺は師匠の傍にいながら、何もできなかった。だからこそ、師匠に任された事を今度こそ、やり遂げる。やり遂げたい」



 実は立ち上がりながら、強い意志を秘めた瞳でルミセイラを見つめる。

 そんな視線を否定するように、彼女は後退る。 



「お前はそんなやつじゃないだろう。まるで、そんな」

「ああ、そうだ。俺にそんな殊勝な考えはない。誰かのために魔法を使う、ということも正直、ピンときていないさ」

「なら──、」

()()()()()()()。俺を拾ってくれた教授、敬愛し尊敬できる偉大なる魔法使い、マニガス・ヴァンセニックに恩がある。それを返すためなら、俺は命を賭けることができる」


 

 ルミセイラは実の言葉を受けて、目を見開いた。

 あっけに取られて思考が停止したような表情を一瞬浮かべたが、すぐに表情を取り戻して実を睨みつける。

 


「お前は、師匠が研究していた赤い霧を晴らすための魔法についての巻物(スクロール)を取りに来たと言ったな。それから、囮をしている師匠の下に巻物を届ける、と」

「ああ、そうだ」

「不可能に決まってる。魔軍に攻め込まれて、赤い霧の中を進んでもう一度そこまで行ける筈もない。そして師匠は、お前にそんな不確定事項を押し付ける筈もない」

「……そう、だろうな」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 違うか!?」

「直接言われた訳じゃないが、そういうことだろうな」

 

 

 実の言葉に、研究塔が静まりかえり、外からの金属同士が激しく衝突する音が際立つ。

 時間はそれほど残されていないだろうことがその場の全員に伝わる。

 ルミセイラは俯いたまま、ポツリとこぼした。



「……お前には無理だ」

「できるとも、ゴーレムとアンタの暴走をいつも止めてるのは誰だと思ってるんだ?」

「……それと今回とでは規模がまるで違うだろう」

「ゴーレム狂のアンタがそれを止める俺と師匠を信じないのかよ。何時から、そこまで自分の作るゴーレムに自信が無くなったんだ?」



 実の言葉を受けてルミセイラは思わず笑みをこぼしていた。

 彼女は顔を上げて、懐から何かを取り出した。

 


「…………、そうだな。私のゴーレムを止めるようになったのは、何時の間にか、師匠じゃなくてお前がやるようになってたな」

「姉弟子にしては用意がいいな」

「あの赤い霧がでた時点で、ピンときてな。師匠か、使い走りにされたお前が取りにくると思って用意しておいただけだ」

「それでも、探す手間が省けたよ」



 実はルミセイラから、受け取った巻物を手に取り開く。

 その中身は確かに八魔将であるクドーラクセスが生み出した赤い霧を晴らすために必要な巻物だった。



「必ずやり遂げろよ、弟弟子。失敗したら私自身の手で作り上げた最新式のゴーレムで握り潰してやるからな」

「ああ、そうならないように努力するよ」




続きは一週間いないに更新します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ