表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Psychic×strangers   作者: さがっさ
61/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ16:作戦第一段階

何とか書き上げました

「動いたか」



 クドーラクセスが呟きながら上体を逸らし、自らの首目掛けて振り回された稲妻を纏った斧槍の刃を回避した。

 エニステラは避けられたことに対して動揺せずに前へと進む。

 踏み込んだ足を次なる軸足としながら、クドーラクセスが回避したハルバードの勢いを更に付けて加速させた一撃を振るう。


 クドーラクセスは速度が上がったハルバードに対しても僅かなステップを行い、最小限の動きで回避した。

 

 しかし、エニステラの勢いは止まらない。


 エニステラは更に回転を加えてハルバードを加速させて稲妻の一撃を浴びせ、クドーラクセスは最小限の動きでそれを回避する。


 三回、四回、五回と増える回転数に合わせて加速するハルバードに対して、クドーラクセスは振るわれる速度に完璧に合わせて最小限の動きで回避し続ける。

 エニステラも細かく踏み込む際の歩幅を調整し、腕、足、肘、首、胴体、という風に狙う箇所にさえも変化をつけているにも関わらず、魔大陸最強の吸血鬼はそれら全てを見切り、ハルバードが纏う稲妻さえも触れることはできない。



「ッ───!!!」 



 六回目に放たれたハルバードの一振りをエニステラは腕力と身に纏う聖雷により発生させた電磁力によって強引に停止させる。

 ハルバードの先端の刃は彼女の丁度、後頭部の位置にあり、柄頭の穂先はクドーラクセスの胴体を捉えていた。


 エニステラは間髪入れずに斜め上から強引に突きを放つ。柄頭に聖雷は迸り、黄白の閃光となる。


 最強の聖騎士の歩幅と振りかぶりからハルバードの軌道を見切っていたクドーラクセスは既に回避態勢に移って

いたために移動先へと放たれた稲妻の一撃に等しい突きを人型の範疇の限りは回避できる余地はもはやない。



「一つ、切るか」



 ──渾身の突きは放たれ、足元の血の川と"生長外壁"を吹き飛ばした。



 しかし、対処不能と思われた一撃を放ったにも関わらず、エニステラの表情は晴れない。

 彼女は警戒を怠らずに素早くその場から後方へと跳躍して、距離を取った。

 

 次の瞬間、エニステラが先ほどまでいた足元より血の川から赤い槍のような水柱が間欠泉の如く迸った。


 攻撃は止まらない。


 外壁上から生えるようにして、跳躍したエニステラの着地先からも血の柱が飛び出す。



「ぜぇぁっ!」



 空中を狙った回避不能の攻撃に対して、エニステラは足に聖雷を集中させて足元の血柱を蹴り砕くことで強引に対処した。

 

 両足に轟く聖雷によって、足首が浸かる程の深さの血の川を弾き外壁へと着地するエニステラは直ぐ様に正面に悠然と佇む八魔将を見据える。



(また距離を離されてしまいましたか……、互いに手札を切る気は無いとはいえ、やはり不利なのは私の方ですか)



 青々と茂っていた様子はもはや見る影もなく刻一刻と枯れ果てつつある"生長外壁(せいちょうがいへき)"の上では依然として対魔十六武騎(たいまじゅうろくぶき)と八魔将の激戦が続いていた。

 


()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()……これはこれまでに無かった回避行動……!)


 

 エニステラは思考を止めずに距離を詰めるべく、血の川の中に足を踏み出す。


 こうしてクドーラクセスへと挑むのは幾度目かを数えることさえ思考の圧迫になりつつあった。

 遠距離からの神聖魔法攻撃を工夫も無く単純に撃ち込むだけでは八魔将相手には容易に対処されてしまうことは明らかであるとエニステラは考えていた。

 こうして向かいあい、互いに全力でなくとも戦っている中でその実力差を彼女は察していた。

 彼我の差は大きく。自分一人では決して倒せないであろう強敵であると彼女は認めていた。

 


 ──しかし、その程度で膝を折るのであれば、神聖大陸最強の一角を名乗るに値しない。



 先ほどのやり取りの中で幾つかクドーラクセスの動きが僅かに精彩に欠いていた瞬間があった。

 本当に僅かな瞬間であり、その内の幾つかはエニステラの攻撃を誘い、隙を生み出すためのものであったが、それでも確かに不意の隙が生まれていたことを彼女は対魔十六武騎としての技量を以て見抜いていた。


 


(私自身が切っ掛けでは無く要因は別……つまりは下で何らかの動きがあったということですが……)


 エニステラは魔法都市を覆う赤い霧を発生させた目の前の八魔将は最強の吸血鬼であり、この場の戦いにおいても赤い霧から血の川を作りだし、それを手足のように動かしているのを確認している。

 ならば、幾つかの知覚などを赤い霧と共有しており、それを通して魔法都市全域の状況についてある程度把握することができると彼女は考察していた。



(マナリスト側で何らかの作戦が始まったのか、或いは魔軍の方で何かしらの問題が発生したのか……)


 

 これまでの単独で戦い続けていた彼女であれば、守るべき民に危険が迫っていることに焦りを感じて、無謀も承知な攻勢にでて一か八かの勝負にでていた。

 それは彼女自身も自覚していることであり、今もなお、できることであれば今すぐにでも下に降り、侵攻をかけている魔軍を討滅した方が良いのではという考えに惹かれている。


 それでも、彼女は目前の八魔将を真っ直ぐに見据えて挑む。



(この都市には、私以外にも誰かのために戦える誰かがいる。彼らを信じて、私は私ができることに全霊を懸けるのみです)



 自身の内から湧き出る熱を思考の中で言葉にするだけで、エニステラの中から迷いが薄れていき、思考は明快に、淀みなく巡るようになる。


 廃坑道での恭兵達との共闘が彼女に誰かと共に戦うことに対する忌避感を和らげた成果が結実し始めていた。



(揺らぎは無い、か。此度の聖騎士は些か若輩と思ったが、対魔十六武騎は伊達ではないということか)


 

 向かってくるエニステラに対しても思考を割きながらも、クドーラクセスは次々に自身へと入り込んでくる部下たちの記憶を確認していた。


 マナリスト側からの動きがあったことは、決死の自死によって自らの記憶を渡して来た魔軍の兵士より情報を得ており、今も尚、最新の報告を受け続けている。



(配置した兵と報告の数が合わんな……、戦闘を回避する動きも見えたことを鑑みれば赤い霧の性質は既に把握済みか、相変わらず勤勉な奴らだ)



 エニステラに対し、足元の血の川を操り壁や杭を生み出し、彼女の動きを制限しながら牽制を行い、距離を詰めさせずに対処しつつ八魔将は盤面を整理していく。



(確認できたのは、神殿区域へと向かう集団と南西に向かう集団か。どちらも凡そ五人からなる一党を組んでおり、全員がフード付きで顔の区別もつかんが……どちらかにマニガス・ヴァンセニックがいる筈だが、気になるのは奴自身の研究塔に行く集団がいないことだ)



 濁流の如く荒れる血の川を突破して迫るエニステラが振り下ろす刃を回避しつつ、クドーラクセスは生まれた疑問に注視する。



(我らはマニガス・ヴァンセニックが何らかの対抗手段を自身の研究塔に持ち合わせている可能性が高いとにらんでいた。だが、奴らが向かった先にあるのは神殿区域と他の研究塔、率直に考えればそのどちらかに盤面を覆しうる物がある。理由としては、いかに対魔十六武騎であっても個人では対処できない技術的問題があったというところが向かった先の疑問に対する回答だろう。どちらかは囮ということだ)



 クドーラクセスが気にしているのは展開している魔法騎士団の少なさに関してであった。


 研究塔と神殿区域に向かっており、そのどちらかが囮とするのであれば、他の研究塔へと向かう集団をあと一つか二つほど囮として向かわせても、騎士団の保有する戦力があったとしても不思議ではない筈であり、こちらと戦闘を回避しながら移動することを鑑みても十分に運用できる範囲であると考えていたのだが、一向にそれらしき影は見えない。


 つまり、それだけの人員が囮もせずに浮いた戦力となっているということになる。



(隠れている戦力を把握したいが……、姫からの妨害を排除するために単純な《魔素》系統の感知を切っていたのが災いしたか、視界は広く無い。対魔十六武騎が相手で無ければ姫への警戒と捜索を行う余裕があるのだが……)


 

 巧みな足捌きのフェイントを織り交ぜた連撃を一つ一つ丁寧に対処しながら、クドーラクセスは考える。

 

 そもそも、彼および魔軍にとっての最初の想定外は目の前の《聖騎士》の対魔十六武騎であった。


 幾つか予定外の事態が発生することはこの先行侵攻作戦が立案された時から示唆されていたが、その中でも最悪の部類がマナリスト近郊で常駐していない対魔十六武騎の参戦であり、クドーラクセスという"最強の吸血鬼"という事を考えても最悪の相性であると予想されていた二席、《聖騎士》と《聖職者》の内の一人が来ていた。


 予定も連絡も無しに突然に一週間前に訪れ、尚且つそれ以降は神殿区域に殆ど籠りきっていたためにマナリストの住民の大半が、彼女が魔法都市にいることさえ知らないという事態であり、魔法騎士団どころか神殿区域にいる神官達さえも一部しか知らなかったのである。



 とはいえ、これは対魔十六武騎の責務の一部として各主要都市を訪問する際に行われるパレードに代表される行事にエニステラが全くと言っていいほど顔を出しておらず、いつも都市や村の神殿や教会だけを訪れては次の町に行くなどを繰り返している為に彼女の知名度がいまいちであるためであった。

 美しく強い流浪の聖騎士がいるという噂があり、エニステラ当人を知っているものも多いのだが、当人はよほどの事態にならない限りは一聖騎士として振る舞うために、彼女と対魔十六武騎が結びつかないことと、これまで単独で戦っているためにエニステラ自身の強さをあまり目撃されないということも原因となっていた。


 兎も角、魔軍の調査にさほどの落ち度は無く、それこそ神殿区域に下手に調査の足を伸ばして魔軍の存在が判明される危険性もあったために、エニステラが飛び出してきた時にはクドーラクセスさえも驚いていたのだった。


 

(基本はマニガスと姫を同時に相手することを想定した作戦であり、想定外の冒険者や研究塔の魔法使いがでてくることを考慮しても対処できると考えていたが……神聖大陸最強の一角かつ神聖魔法の使い手とは、我らも、いや私も運もないな)



 高速で放たれる突きを掠らせもせずに回避しつつ、クドーラクセスはこの盤面の次の展開を予想しながら自らが打てる手へと思考を移す。

 

 

(最優先は依然としてマニガス・ヴァンセニックだろう。手傷を負っている以上、我が霧の中を動き続けることも困難、奴がいる集団は必ず移動速度が落ちるだろう。機を見て戦力を送りこみ叩くのがいいだろう。現状は遠巻きから見張らせる、このあたりが策として安定であろうな。どちらが本命でも対処できる)


 

 制圧すべき対象は現役の対魔十六武騎が一人と手負いの元対魔十六武騎が一人、卓越した技量を持つ魔法騎士団と《名有り》の聖騎士が一人、そして未だ姿を現さず、マナリストの何処かに隠れている姫とそれにつき従っている"迷人(まようど)"の二人。


 それらに対して現状の戦力を比較し、余裕を持ちつつ落ち着いて対処を行えば多少の不利な状況になろうとも目的を果たすことができると判断できた。

 


(ゆえにこそ、この盤面においてはマニガスの存在は先ず取り除いておきたい要素だ)


 

 元対魔十六武騎といえど、既に老体、騎士団本部地下での戦闘でおった負傷と消耗は無視できる筈もなく、魔法を使わない兵士などでも十分に対処できる。

 

 それでも尚、マニガスを警戒する理由は対魔十六武騎であるというだけで十分であった。


 

(戦力を集中する優先順位としては、神殿区域へ向かうものを第一として、次に他の研究塔へと向かっている集団とし、続いて姿を確認できたならば魔法騎士。余裕があるのであれば、この状況でも尚動こうとするイレギュラーだろうな)



 神殿区域にてマニガスの負傷を回復させられるのが最悪の状況であると踏んだクドーラクセスは優先順位を決めて残存戦力を差し向ける。



(──よって、そちらには戦力は割かん。貴様の懸念事項だ、自らの手でそれらを見定めるがいい)

『その役目、喜んでご拝命させていただきます。わが君。ああ、こちらにマニガスが来ていた場合はどういたしますか?』

(最優先で切り捨てよ)

『了解いたしました』



 ここまでの思考を繋いでいた最も信頼する自らの剣へとクドーラクセスは激励を送りながら、聖騎士の猛攻を回避する。

 結果として、クドーラクセスの漆黒の服の袖を聖雷によって焦げる。

 遂に、彼女の刃が八魔将へと届き始めた。



「少し見くびっていたようだな」

「お気になさらず。相手が気を逸らしている間に付けた傷を誇ることはありませんから。ただ──」



 瞬く間に袖の焦げ跡すらも煙のように消え、そこに焦げたことがまるで無かったかのように元通りとなったことを見届けたエニステラは、一呼吸を置き、全身に息を入れる。



「互いに全力ではなかろうとも、常にその首が落ちる可能性があることはご考慮いただきたく思います」

「ふむ、実際に落とされたなら、次からは考えておこう。最も私の首を落としたもの等そうはいないが」



 片や、味方の作りだす決死の反撃に備えるために、片や、自身に課された使命と目的を果たすために。

 互いの思惑を交え、"生長外壁"の上での激戦は続いていた。

 


 

 ◆




「よし、残り百メートルまできたっす」

「騎士団本部の道を塞いでいた奴ら以外は上手く迂回できたみたいね……、《沈黙(サイレンス)》」



 佐助は《接触感応(サイコメトリー)を用いた索敵により周囲の安全を確認しながら目的地までの最短距離となる道を探していた。

 視界が全く開けない中において、視界に頼ることなく魔軍の配置を先んじて取得することで遭遇を回避し、止まらずに魔軍の張った捜査網を潜り抜け、遂に目的地まで残り百メートルまで辿り付いていた。


 周辺の安全を確認してから、目的地まで直進して向かうことができる路地を覗き込め、尚且つ魔軍からの視線あらは死角となるような位置に五人は固まり、都子の魔法、《沈黙》によって発する音を遮り安全地帯を作り上げた。

 作業を終えた都子は額から流れる汗をぬぐいながら、他の四人へと振り向く。



「これで暫くはここで作戦会議立てても大丈夫よ。物音に対しても気を付ければばれないし」 

「分かった。一先ず、ここで一旦休憩した方がいいだろう。後百メートルなら全員息を整えて、一気に走り抜けた方がいいしな。他にやっておく事はあるか?」

「──懸念事項があります」



 恭兵の指示の元、魔軍が作りだした監視網の死角において恭兵は腰を落としながら他の四人に問いかけると、志穂梨が挙手をした。



「高塔君の言う通り、残り百メートルならもうこのまま走った方が良いというのは私も賛成です。けれども、いくら加藤君の超能力で監視網を潜り抜けることができたとはいえ、いささか魔軍側がここまでの道においてそれほど人員が割かれていないように思えます」

「それは俺も思ってました。元々止める気は無い感じなんすけど、例えば何かの隠れた近道で通られてもそれはそれで問題ないって感じで、おかげでこれだけ早く近づけましたっすけども」

「──罠があるってことね?」



 都子の指摘に志穂梨は頷き、目的地の方を指さす。

 幾つもの研究塔が立ち並んでいた通りは、赤い霧によって視界は無く、いつその角から何が飛び出しくるか定かでは無い雰囲気を醸し出していた。



「私達の目的地の前に陣取っている可能性があります。《接触感応》で見つからないというなら話は別ですが……」

「いやいや、問題点としは納得できる所っすよ。俺自身もこの《接触感応》自体にはそこまで信用してる訳ではないですし。正直相手がこっちの感知能力を上回る何かがあってもおかしくはないっす」

「そうですか……、それなら……ええと」



 志穂梨がフードを深く被り顔を完全に隠している人物へとおずおずと顔を向ける。

 それに対してフードの人物は首を横に振る。



「そうですか……分かりました。索敵に長けた加藤君が分からないというのであれば──」

「いや、分からないって訳じゃないっすけどね。一応ね。いることにはいると思うっすよ」

「どっちなのかはっきりしなさいよ」


 

 都子のこめかみに青筋がたち、それを見た佐助が背筋を伸ばし慌てて姿勢を正す。



「これでも超能力が使えるようになる前から本職の忍者をやってたっすからね。例えこの霧の中で視界が閉ざされようとも修行によって身に付けた脅威の観察力で───」

「そんなこと言いながらその手に持って今にも目に()そうしているのはなんだ?」


 

 恭兵が指さす先、佐助の左手には薄青色の液体が入っている小瓶が握られており、佐助はごく自然な流れを装い自らの目に点そうとしていた。

 どこか見覚えがあるものであり、具体的には極めて最近見かけたものと非常によく似ていた。



「それは、先ほど無力化した魔軍兵の方の持ち物では……?」

「何時の間に……」

「え、何? 忍びの修行によって手に入れた観察眼の目ざとさと卓越した技量からなる神業のスリを自慢したかったの?」

「待って下さいよ! 何か反応があまりにも悪くないっすか?!」 

 

 

 女子二人から向けられる白い目を佐助に向けていた。

 流石にかわいそうだと思った恭兵は手癖の悪い忍者のフォローに回ることにした。



「まあ、攻めて来た奴らの持ち物を使って俺達が楽になるならそれにこしたことは無いだろう? 俺だって咄嗟に相手の腰に提げた剣とか奪って使う位はするだろうし」

「まあ、それはそうかも知れないけど……」

「そうっすよ。ちなみにこの水薬は《接触感応》で読み取った所、不思議な目薬になってまして二適ほどを目に点せばあら不思議、瞬くまにこの濃くて一寸先も見据えられないこの赤い霧の中もまるで真昼間のように見通すことができるという優れもの、今もこのようにはっきりと見通せて───」

「まてやおい。お前さっき、《接触感応》は万能じゃないみたいなこと言っておいて安全性を確めもせずに目に点したのかよ!?」



 安全性を確めずに既に使っているという佐助の発言には恭兵もフォローする気は無くなった。

 よく見れば、片手に持つ小瓶は既に封が空けられており、どうみても使用した後である。

 何時の間に点したのか、共に行動していた四人の誰にも悟られずに行う早業は正に忍者といった所であろうか。



「まあ大丈夫っすよ。使い方は無力化した奴から読み取りましたし、検査キットも使ってまあ安全かなとは分かりましたんで」

「ならいいって言うとでも思ったのか?」

「少しは相談の一つはして欲しいんだけど。この赤い霧の中で斥候が機能停止とか洒落にならないわよ!?」

「もう少しその、安全に……!」

「……!!」

「あー、はい。分かりましたよ。今度はちゃんと相談してからやりますから! ほら、今俺の視界が大分開けて来たんで、索敵しますから!」



 恭兵、都子、志穂梨から責められ、フードを被った人物からも苛立ち混じりに無言の抗議を受けながらも佐助は目的地の周辺へとその目を向けた。


 目薬の効能により、赤い霧が今までにその場にあったとは思えぬほど開けた視界を得られた佐助はこれまでの経験を最大限に生かし、怪しい点などについて洗いざらい精査する。



「いるか?」

「居ますね……あまり指とか指したり視線向けたりしたら気づかれるかも知れないんで具体的な場所は言いたくないっすけど……これはどの道も塞がれてると思いますよ?」

「それでは迂回や二手に分かれてどちらかが囮になるなどの策は……」

「迂回しても前の方で固められてますし、この視界の中で二手に分かれると非常にマズいと思うっすよ? あっちはこの薬全員持ってて視界は真同然ですし」

「正直私としては嫌なんだけど……、その目薬を私達全員が使うって言うのは?」

「それなら、全員まともに戦えるとは思えますけど、あまりお勧めはしないっすね」



 目薬の入った小瓶を軽く振りながら答える。



「この目薬なんでも効果は大体十分前後らしくて、最悪戦闘中に視界が悪くなる可能性とか考えるとちょっと……」

「魔軍はどうしてそんな危ないの使ってるのよ……?」

「死んでもいいからだろ。不意に視界を失って切り捨てられて、っていう流れならわざと死ぬより自然だからな……。八魔将に情報を渡せるしアイツ等にとってそれほど問題はないんじゃないか?」

「それだと死ぬ瞬間には視界が悪いと情報を渡す上でどうなんだとも思うっすけど、多分発見が最優先なんでしょうねぇ」


 

 さて、と佐助が言った所で五人は立ち上がる。

 既にここまで走り続けてきたために上がっていた息は整っており、直ぐに戦闘を行える準備も済んでいた。



「罠は無いっす。仕掛ける余裕も無かったんでしょうけど、見るからに怪しいものを置いて存在がばれるのを恐れたんでしょうね。持ち運びとかも面倒ですし、死兵が罠で嵌めて、なんて悠長なことするのもちぐはぐですし」

「どれぐらい潜んでるんだ?」

「大体、八体くらいっすかね。多くても十二体は越えないと思いますけど」

「成程な……一人ずつ処理していくのは時間が掛かるか?」

「そうなるっすね」

「そうか」


 

 恭兵は佐助の報告を聞いた上で方針を固める。



「うーん、よし。取り敢えず、目的地まで最短距離で走る。戦闘は佐助で一番後ろが俺。目的地に辿りつき次第、三人は中に入って、目的の物の確保。俺と佐助で外を抑える。こんな所だけど……、何かあるか?」

「本当なら俺が中で探した方がいいと思うっすけど」

「この霧の中でいつも通りに戦えるのは加藤君だけだと思いますし……それに探し物の場所に関しては事前に教えられていますし、問題はありませんよ」

「まあ、しょうがないっすね。何か問題があったら?」

「適宜対応するしかないだろ、取り敢えず問題が起きたら相手にばれてもいいから声だして知らせる、で」

「基本的に私もそれで構いません。最悪、私も外で《聖盾》を張って応戦した方がより対応できる幅が広がるかと」

「アイツ等、戦闘になったらまた自殺して知らせようとすると思うけど、流石に十二もいたら全員気絶させるなんてできないわよ?」

「それは最初から織り込み済みだろ? 最悪、俺達の存在がばれるのはしょうがない。援軍が呼ばれていないだけましだからな。この赤い霧の中で時間を掛けたくもないから、速攻で決める」

「……分かった。それで行きましょう」


 

 佐助、志穂梨、都子の了承を取り、最後に端で控えるように立っているフードの人物に恭兵は確認を取る。

 やや、間をあけて、フードの人物が頷きを返し、全会一致で恭兵達の作戦は決定した。



「ん、《沈黙(サイレンス)》が切れるまであと二十秒よ」

「よし、いくか。三、二、一で飛び出すぞ」

「それ、一で飛び出すんすか?」

「そうだよ。一で飛び出す。タイミング合わせろよ?」



 五人はそれぞれ手に武器を携えて、既にいつでも戦闘を行う態勢に移っている。



「三」



 恭兵がカウントをスタートさせたのと同時に佐助が前にでて、その後ろに続くように都子が続く。



「二」



 都子の後ろにはローブの人物、志穂梨が続き、最後に恭兵自身がでるように配置につく。

 一瞬にも満たないその時、恭兵は他の四人と視線を交わらせて────



「一」



 合図と同時に路地から一斉に飛び出した。


 直前の取り決め通りに佐助を先頭にして縦一列となり細い路地をそれぞれの全速力で駆ける。


 五人が飛び出し、目的地まで八十メートルを切った所で網目状にできたマナリストの路地が彼らへと牙を剥く。 

 ──三つの影が赤い霧の向こうから迫る。



「マニガス・ヴァンセニックの研究塔へと近づく者を発見した! 自死でクドーラクセス様に知らせ──」



 魔軍の先兵である"蜥蜴族"の兵士はヴァンセニック研究塔へと近づく五人の冒険者の姿を確認し、周囲の仲間に自死を促そうとした瞬間は言葉を失う。


 佐助が投射した苦無(クナイ)によって喉が潰されたためであった。

 苦無に塗られていた痺れ薬によって手足が固まりつつあり自死も儘ならない事を悟ったその兵士は共に飛び出した者達の方へと視線を向けたが、片や見えない力で壁に押し付けられており、片や黒い鎖のようなもので全身を縛り上げられていた。

  


「知らせた! 知らせたぞ! 我が同胞がその命を以てクドーラクセス様へとその情報を伝えた!」



 五人の最後尾、恭兵の更に後方から声が響く。

 恭兵が振り返るが、赤い霧の中からこちらへ近づく三つの影を確認し──



「《念動張り手サイキック・プッシュオン》っ!」


 

 間髪入れずに手をかざして《念動力(サイコキネシス)》を放った。

 見えない巨人の腕は赤い霧ごと三体の"蜥蜴族"の兵士を後方へと突き飛ばす。

 僅かに足を止めた間に、前方で道の上へと倒れている者達を足蹴にしながら、五人は研究塔へと駆ける。



「後ろに見えたのは三体! 他に居るかはまだ分かんねえ!」

「いずれにしろ、こちらの位置は向こうに知られたっす。後は全力で駆け抜けるしか──」



 目的地まで残り五十メートルに達した時、目薬の力により開けた視界を得ている佐助は、前方の危機を知ることができた。


 前方を遮るように再び三体の"蜥蜴族"がぬるりと現れた。

 

 すかさず、佐助は痺れ薬を塗り付けた短剣を用意し、狙いを定める。

 

 しかし、前方の三体の更に後方から、四体の"蜥蜴族"が目的地を塞ぐように路地から飛び出して来た。


 

(──不意打ちでは無い以上、短剣では処理しきれない。走り抜けるにしても俺自身にそんな突破力は無い。この中で一番突破力のある恭兵は一番後ろで、尚且つ視界が開けない以上、援護は厳しい。しかし止まってまともに応戦した所で後ろの奴らも直ぐに起き上がってくる)


 

 瞬時に自らの使える手を考えた上で、自分達四人だけではこの場を突破することはできないと佐助は悟った。

 


「──よし、無理っす。ここまでっすね」



 佐助の諦めの言葉を耳にした魔軍の先兵達は一瞬疑問を浮かべる。

 張りつめた空気に一瞬の揺らぎが生じた。



「気を付けろ。奴らの足は止まっていないぞ」



 最も後方、ヴァンセニック研究塔の入り口を塞ぐように立つ、黒い剣を手に持った"蜥蜴族"の兵士が緩んだ空気を引き締めるように声を張り上げる。


 彼の言う通り、五人の足はまるで止まらず、立ち塞がる魔軍兵たちとの激突さえ厭わない速度で走り続けていた。



「──俺も、そろそろ頃合いだと思っていた所だ」



 五人の隊列の中央、必死にその姿を隠して来たローブの人物が頭部を覆う布を取り払い、正体を現す。その目は赤い霧を通りこして、目的地まで一直線に見据えていた。



「こういった窮地を何とかするのが魔法使いだ。任せろ、一瞬で逆転してみせよう」

 

 

 

 

 


続きは来週更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ