第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ14:マナリスト迎撃戦会議
遅れてしまい申し訳ありません……
「それでは、僭越ながらこの私、マナリスト魔法騎士団、団長。マナクラフト・デンバードが作戦会議を進行させていただく」
マナリスト中央部に位置する魔法騎士団の本部、その会議室にてその声は響いた。
「我々の最終目標は、このマナリストへと侵攻をしている魔軍の撃退にある」
頬傷の魔法騎士、マナリスト魔法騎士団の団長と名乗った男、マナクラフトは周囲に目を巡らせながら告げる。
部屋の中央に置かれたテーブルの傍で会議に参加しているのは、団長であるマナクラフトを含めた三人の魔法騎士、治療を受けているマニガスとその傍で彼を支えている実と志穂梨、そして恭兵、都子、佐助、ヘンフリートの合計十人であった。
「現状、確認された魔軍は十数体の"蜥蜴族"と幹部の蜥蜴巨人、インテリジェンスファクトの黒き剣……、この内取り逃した黒い剣に関しては既にあらかた討伐が確認されており、潜伏している魔軍に関しても魔法騎士団の総力があればうち漏らすことも無いだろう。よって、我々が解決すべき問題は――出現した《魔軍八魔将》だ」
会議の進行を行う頬傷の魔法騎士が《八魔将》の存在を改めて示したことで、会議室の中に緊張が走る。
より重苦しくなる空気に恭兵も思わずつばを飲み込んだ。
「尚、《八魔将》に関しては赤い霧を発生させたことから《永久伯爵》、クドーラクセスであると思われることが判明している」
「もう誰が来たのかまで分かってるの?」
「ああ、かの《八魔将》は特別でね。遡ること神聖歴四百年から四度、今回で五度、魔軍侵攻に参戦している歴戦の《八魔将》だ。その力量や能力の記録は残っている……さらに詳しい情報は神殿などに保管されている筈だ、まず間違いないだろう」
「城塞都市を何の予兆もなく覆う恐怖の赤い霧……、地方によっては寝物語に聞かされるほど有名なものであるからな。特に聖騎士は誰もが知っている……、いや誰もが知っていなければならない敵である」
頬傷の魔法騎士の言葉を引き継いでヘンフリートが補足する。
彼らは恭兵達、この世界の基本的な事情に疎いものたちに対しての情報を共有することを目的としている。
「そこまで強調するってことは、《八魔将》はそれほど長生きな訳じゃない。何度も来てる奴の方が珍しいって認識でいいの? いや、寿命が百年越えてるなんて冗談じゃないんだけれど」
「と、言うよりも極めて稀有な例である。幾度も姿を確認されているのは《エンシェント・ヴァンパイア》の他にただ一人、聖魔暦元年の第一次魔軍侵攻から続く魔軍侵攻の全てに参加している最凶最悪の死霊術士、《エルダー・リッチ》のみである」
リッチ、死霊術士の成れの果てであり命の源であるその魂を体の内から取り除き、その卓越した死霊魔法によって不死の存在となった者。
恭兵達もまた、異形によって支配されてはいたが、リッチには廃坑道にて遭遇していた。
直接対峙し、討伐したのはエニステラだったが、それでもその脅威は少なからず知っているつもりである。
「リッチ、か。エニステラが本調子じゃ無かったからあれだけ苦戦したのだと思いたいけど……」
「お主らがこの都市に来る前にリッチと対峙したことは知っているが、桁の違う存在であることは確かである。とはいえ、今は目の前にいない敵の事を議論していても仕方ないであるが」
「そうだ。問題は既にこの都市に現れている《エンシェント・ヴァンパイア》への対処を考えなければならないのだが……我々に残された少ない時間を使って、だ」
マナクラフトはそう言って、テーブルに並べた羊皮紙の一つ、報告書と思われるものを他の面々にも見えるように置いた。
そこには、クドーラクセスの現在の状況が記載されているようであった。
「今、我々魔法騎士団の本部であるこの城や神殿区域が襲撃を受けていないのは、対魔十六武騎のエニステラ殿の排除という優先して対処する必要のある対象がいるからだ。彼女が倒れれば、我々の側にクドーラクセスを倒せるものはいなくなってしまうだろう」
「加えて、そのエニステラ嬢もいつまでも戦える訳では無いのである」
"生長外壁"へとエニステラが向かったことが魔法騎士団の方で確認されていた。
何らかの手段によって、クドーラクセスの存在を特定したものと推測されており、彼女は現在クドーラクセスとの戦闘に突入したと目されている。
赤い霧によって視界が遮られているために詳しい状況を把握することはできないが、大きな変化が見られないことから継続して戦闘が行われているのだと考えられるが、それがいつまでも続くとは限らない。
「《八魔将》一体に対して、対魔十六武騎は二人掛かりで当たるのが定石とされている。それに対して一人で時間稼ぎを行っている状況だ。時間には限りがあるだろう」
常の魔軍侵攻においては、魔軍最強の八体である八魔将に対して、神聖大陸最強の十六人である対魔十六武騎が対処することでようやく拮抗できるのである。
しかし、マナリストにいる対魔十六武騎はエニステラただ一人である。
本来二人掛かりで戦う相手に対して一人で挑めば苦戦は必死であり、例え時間稼ぎを行っているとしても、何時までも戦い続けられる筈もない。
単純に考えてしまえば、何時かは敗北してしまうだろう。
「加えて、いよいよとなればあ奴は賭けに出るであろうからな。その残された時間もそう多くはないだろう」
「確かに、いざとなれば自爆特攻を掛けるやつではあるな……」
廃坑道に潜むリッチに再戦を挑もうとした際にも、いざとなればとエニステラがこぼしていたのを恭兵は思い出す。
そして、いよいよとなれば自分の身を顧みずに最後の切り札を切ることも厭わないであろうことも確かであることも十分に承知していた。
「厳しいことを言わせてもらえば、彼女の命で八魔将が討伐されるのであれば被害は最小限に抑えられる。我々が想定している中でも悪くないと言わざるを得ない」
「人が一人犠牲になることをそんな軽くッ―――」
「だが、その可能性も限りなく低いものだろう。対魔十六武騎が二人掛かりでようやく相打ちだったという記録から考えれば、彼女一人の命がけでどうにかできると楽観はできない。我々の命を懸けてようやくといったところだろうな」
「ッ……」
暗にエニステラを切り捨てるようなマナクラフトの発言に都子は声を荒げるが、続く彼の言葉と決死の覚悟を受けて言葉を失ってしまう。
「それで、どうやって勝つんだ?」
そんなマナクラフトに対して、率直に恭兵が切り込む。
「相手が強いのは分かった。俺達の状況が悪くて加えてそこまで時間が無いのも分かった。それじゃあこれからどうするんだって話だ。あるんだろ、勝つ方法ぐらいは。なんせ、我々の命を賭けてようやくって言う位なんだから」
確かに、マナクラフトはそう言葉に残していた。
そもそも、自分達が何もできないのであればこうして作戦会議に呼ばれることも、或いは作戦会議が開かれることも無かった筈であり、わざわざ、念を押して作戦の参加の意思を確認する必要さえ無かった。
それに加えて、恭兵には彼らが決して無謀ではないことに根拠があった。
「対魔十六武騎と八魔将の戦いは、全部が全部、相討ちで決着が付いたのか? これまでの八魔将っていうのは」
「いえ、違います! 私が知ってる限りでも、対魔十六武騎が単独で討伐した記述がありましたし……、冒険者の一党や優れた騎士団によって、討伐が為されたことも一度や二度ではありませんでした……!」
「それなら、まだ希望はあるって言えそうだな」
恭兵の質問に対して志穂梨がすかさず答える。
勿論、恭兵もそんな上手い話ばかりである筈はない事は承知しているし、志穂梨も士気に関わることを考慮して話している。
八魔将を相手に無念にもその命を落としてしまう方が圧倒的に多い事に変わりは無い。
一体の八魔将を相手に二人の対魔十六武騎が命を賭けてようやく届くという事実に変わりは無い。
「そうだ。私達にはまだ希望がある。彼女の、エニステラ殿の命と引き換えにようやく生き残れるかという誰かに全てを託すという賭けに勝つという以外にもう少しばかり勝てる希望がある。その為の策もこれだというものを考案した」
マナクラフトは恭兵に答える。
自分達の作戦の全貌をまだ聞いていないにも関わらず、それがあると言われたならば、彼は応えずにはいられなかった。
「正直、賭けであることに変わり無いが――、我々、魔法騎士団は命を賭けるに値する勝ち筋だと判断した」
「なら、取り敢えずそれでいこう。それで肝心のその作戦は?」
「今から説明する。一先ずまとめたものがこれだ」
マナクラフトはそう言って、手に持った羊皮紙の束を広げ、各々の顔を見ながら改めて作戦を話しだす。
「改めて、作戦について話すが――クドーラクセス打倒のためには、奴が生成している赤い霧を排除する必要があるという結論がでた」
「赤い霧をマナリストから晴らすためにそれを発生させている八魔将を討つのではなく、八魔将を討つために赤い霧を取り除く必要があるということっすか?」
「そうだ。過去の記録を見る限り、赤い霧をどうするかが、《エンシェント・ヴァンパイア》、クドーラクセス討伐の鍵となると考えられる」
羊皮紙を手に取った佐助の疑問に答えながらマナクラフトは続けてさらに幾つかの報告書をテーブルに並べた。
そこには過去四度の魔軍侵攻によって得られたクドーラクセスの情報が記載されていた。
「我々、魔法騎士団の方で把握している限りの奴の情報を急ぎ纏めたものがこれだ。できればこういった過去の記録を管理している神殿と連絡を取りたかったのだが―――」
「この本部まで逃れた神官の方々と協力して、クドーラクセスについての記録を補足させて貰いました。覚えている限りですし、正確なものは神殿の方にあると思いますけど」
マナクラフトの言葉を引き継ぐように、志穂梨が答える。
「一応、他の神官の方々とも情報を照らし合わせたので大丈夫だと思いますが……」
「うむ、確かに我輩が覚えている情報と相違ない。記述にも覚えがあるゆえ、問題はないと思うであるな」
「そうですか、なら良かったです」
ヘンフリートは感心したように頷き、志穂梨はそれを受けて安心したのかそっと胸をなど降ろしていた。
「それでは、神官を代表して私が簡潔にまとめたものを報告させて頂きます。八魔将、クドーラクセスは過去、四度、魔軍侵攻の際に神聖大陸にてその姿が確認されています。代表的な侵攻手段は、攻城戦。平野などで行われる野戦ではなく、城塞や都市などに対して侵攻記録が多く残されていました。その時に決まって用いられているのが――」
「赤い霧で拠点ないし、都市を覆って混乱に陥れた後に電撃戦を仕掛ける。現状のマナリストみたいにっすよね?」
「はい、その通りです」
佐助の解答に志穂梨は首肯する。
「記録でも、一瞬の内に城塞が覆われてしまい、ろくな対策が取れなかった者達は瞬く間に全身の血液がぬきとられてしまったとありました。初めて現れた時には、当時の対魔十六武騎が討伐するまでに三十ほどの都市や城塞が落とされてしまったようで、それ以来、城塞や都市には必ず神殿を設けたりや神聖魔法によって優れた結界を貼れる神官を常駐させることを徹底するようになったのです」
「成程、確かにあんなのが突然発生したら混乱することは間違いないだろうな」
「何度討伐したところで現れたために、地方によっては寝物語にその存在が恐怖の象徴として聞かされることもあるからして、有名な話であるな」
「まあ、そんな話は置いておいて、結局、赤い霧を晴らすことがどうして八魔将の討伐に繋がるのかって所を説明して欲しいんだけど」
「え、ええとすみません。少し話が脱線してしまいましたので話を戻しましょう」
どこか懐かし気に語るヘンフリートを他所に話を戻そうとする都子に応じるように志穂梨は話を戻す。
「赤い霧は、突如として発生したようです。それこそ天候や場所に関係なく、時おり平野においても発生して当人の姿も確認されています。それは時刻に関係なく、夜であろうと、朝であろうと、です」
「朝であろうとって、つまり?」
「はい、吸血鬼であるにも関わらず、日光の下でも彼は活動を行っています」
しごく当然のことを、しかし志穂梨は改めて強調するかのように言い切った。
「ええと、私の常識によると吸血鬼って日光に弱かったりするんだけど、この世界だとどうなの?」
「吸血鬼の個体によって異なります。例えば明石さんが言ったように、日光、太陽の光に弱いもの、聖別された銀が弱点というもの、白木で心臓を突かれるのが弱点というもの、中にはヤドリギが弱点というものもいると記録されています」
「吸血鬼自体に共通した弱点は無いってことなの?」
「いえ、神聖魔法については共通した弱点となります。ですので聖別した銀の武器が対吸血鬼において有効となっていますね」
「それで、肝心のクドーラクセスは……?」
対吸血鬼においては神聖魔法が有用であることを確認したところで、都子は志穂梨に対して本題に移るように促す。
「以前の第七度魔軍侵攻までは八魔将である彼には吸血鬼の持つ弱点は無く、神聖魔法のみが彼を討伐しうる手段であるとされていました。ですが、百年前、ある聖騎士と魔法使いによって赤い霧の中からクドーラクセスを引きずりだしたそうです」
「――つまり奴の弱点は太陽の光ってことか」
恭兵の言葉にマナクラフトは頷く。
「奴は日中でも赤い霧の中に潜むことで、弱点である日の光から逃れて活動している。つまり、日が落ちる前に奴を赤い霧の中から引きずりだすか、或いは赤い霧を晴らし奴の逃げ場を無くすことで太陽にその体を晒さざるを得ない状況に持ち込む。これしかないだろうな」
「でも、そんなに上手くいくのかしら」
マナクラフトが提案した作戦、クドーラクセスを日光の下まで引きずりだすために、赤い霧を払う。彼の弱点を考えるのであれば有効な作戦であるようにも思える。
しかし、都子はそれに対して難色を示す。
「自分の弱点位は分かってる筈でしょう? 以前は成功したからと言っても、同じ手に引っ掛かってくれるとは思えないけど……」
「だからこそ、今回は奴を赤い霧から引きずりだすのではなく、赤い霧自体を打ち破ることで意表を突く必要があるということだ」
「私としては、一番の問題はそこだと思うんだけど……、具体的に赤い霧をどうこうすることができるの?」
対魔十六武騎がエニステラ一人である現状において、クドーラクセスを討伐するには赤い霧の排除が必要であることが判明した。
よって、これからは具体的な方法を話し合う必要がでてきたが、都子はそこにある懸念を抱いていた。
「そもそも、こんな相手の有利にしかならないようなものを前に何もしない道理は無いでしょう? 私はこの世界の歴史なんて知らないけど、これまで赤い霧をどうにかしようって考えた人はいた筈よ。でも、そんな話はここまで出て来なかった。出ていたら、直ぐにこの作戦でいこうって言った筈よ、……つまり、今までにあの赤い霧をどうにかした人はいないってことだと思うのだけど、本当にそんなことできるの?」
「君の言う通りだ、確かに未だかつて、赤い霧を攻略した者はいない、だが―――」
「無論、何とかしてみよう、魔法の類であるのならば、儂の専門じゃからな」
都子の疑問に答えたのは。マニガスだった。
胸部に負った傷からはまだ血が滲みでており、その顔色も決して良いものではなく、軽く微笑んだその口端も歪んでいたが、マニガスの目から光は失われていない。
「確かに先人たちは我々と同じように赤い霧の攻略へと挑み、そして失敗した。中には命を賭け、落としたものもいるじゃろう。それでも彼らの挑戦は無駄だった訳では無い。彼らの挑戦の記録は残り、時を経て、魔導保全都市マナリストへと伝わることとなり、儂の下へと届いた……最強の対抗術士と呼ばれている儂の下にな。従って、あの赤い霧が何らかの魔法によって生み出されていることも知っておる。改めてこの目を通して確信した間違いないじゃろう」
マニガスは体に走る痛みに耐えながら笑っている。
「実は、赤い霧に関しては記録から何とか対抗策を考えてくれという無茶な要求があってな。少ない資料から何とか目途は立てていたのじゃ」
「おお、こんなこともあろうかと、という奴だ」
「でも目途は立っているってだけっすか?」
「あまりにも少なかった資料ではそれで精一杯だったんじゃよ。そもそも、対抗魔法を作る上でその対象が無ければ完成も何もないじゃろうが」
「最もな理由だ……」
「しかし、こうして目の前に資料がある訳ですから、赤い霧専用の対抗魔法については完成するのは殆ど確実なんじゃないですか?」
「まあ、当然じゃな。こうしてお膳立ては整っている以上、確実に打ち消せると自負しているとも、」
マニガスは自信満々に答える。
「この手にその資料があればの話なのじゃがな……」
「はい?」
「うむ。儂が考案した、仮に"対・赤い霧消滅魔法"と名付けた魔法は草案として書き記してあったのじゃが……儂の机の中にしまっておってな。あれが無ければ正直成功率は……、万に一つとなろうな」
「――それが一番の問題じゃない!」
「つまり、一度ヴァンセニック研究塔に赴く必要性があるという訳であるな。成程大体の道筋が立って来たのである」
「胸から血を流し続けているご老人を一度吸ったら最後、身動きが取れなくなるほどの激痛が走り、視界もまるで開かない霧の中を進まなければならないっすけどね」
ヘンフリートが頷き、佐助が相槌を打つ。
道が開けたのは確かなのだが、突破するために解決する必要のある問題が余りにも多かった。
「何、不覚にも傷を受けたが――この老骨が折れるにはまだ早いじゃろうて」
「ですが教授、それならば、傷に掛けられた呪いを剥がした方が良いと思いますが?」
「そうは言うがの、神聖魔法での治癒が弾かれ、辛うじて傷の進行を抑えるので精一杯の上、儂とお主の力でも呪いを取り除ききれん……、っ、少なくとも短時間では無理じゃな。仮に治療するなら神殿の治療院で三時間程かかる。さて、そんな時間が果たしてあるのかのう」
本人の言う通り、志穂梨が掛けていた《治癒》はマニガスの胸部に走った傷を僅かに閉じさせるだけで、時間を経るにつれてその傷口が開くということを繰り返していた。
傷の悪化自体は防げているが、それでも流血が続いていることに変わりなく、いずれ出血多量で死に至る可能性が高い。高齢のマニガスであれば体力の衰弱も激しいものとなるだろう。
さりとて、そのために神殿区域にある治療院で治療を受けたとしても多くの時間を掛けてしまう。いくらエニステラといえども、八魔将を相手に三時間も戦い続ける保証は無いだろう。
彼女が何時、最後の切り札を切るかは分からないこともあり、マニガスの治療に掛ける時間は無い。
「加えてあちらもマニガス殿の負傷を知っている。神殿へと向かう彼を魔軍が待ち伏せしている可能性も否定できまい。この赤い霧の中で待ち伏せされれば確実に消耗は避けられないだろう」
「そもそも、赤い霧の中で行動してもいいの? 余計悪化すると思いますけど」
「対策を十分に行えばそこまで支障はないと思うがの……、はっきり言ってしまえば厳しいじゃろうな」
「魔軍もそれを分かっているから、マニガス老に対する追手を向けていないのであろうな。立てこもった場所に顔を出した所を叩くことに注視している」
ヘンフリートの指摘に対して、一同は沈黙する。
赤い霧を打破するには、マニガスが彼の研究塔まで向かい研究資料をマニガスが手に取る必要があるが、赤い霧の中を進むこと自体が困難である上に、確実に魔軍による待ち伏せが待っている。ともすれば、この魔法騎士d何の本部を出た時点で襲撃される恐れもある。
「状況、目的及び、その達成のために超えるべき障害は理解してもらったと思う。では、これを如何にして解決するか、だが――、囮を用いて敵の目を欺き、戦力を減らす。その隙を縫って、ヴァンセニック研究塔までただ居り付き、その中にある資料を入手した後に、迅速に赤い霧を打ち破ってもらう。段取りや作戦の細部はまた後程になるが……」
「方針としては問題ないじゃろうな」
「うむ、時間が限られている故にそこまで奇をてらう必要もなかろう。我輩も異論は無い」
「そうだな。細かいところは置いておいて、それでいいと思う」
マニガス、ヘンフリートに続いて恭兵の賛同を得た所、マナクラフトは頷き口を開く。
「ありがとう。それでは、詳細な段取りだが―――」
◆
「では、この作戦でいこうと思う。異論は無いな?」
「俺は大丈夫だ」
「私も、特に変わった事をやる訳じゃ無いしね……かく乱するには私の《変身》は緑髪の女の人にしかなれないから役には立たないしね」
「まあ、自分もやることはいつもと変わらないと言えばそうっすからね」
恭兵、都子、佐助の三人は頷く。
「うむ。我輩も問題は無いと考える。それでいこう、マナクラフト殿」
「まあ、儂は事前に相談は受けておったので実は賛成も反対もないんじゃがの」
ヘンフリートとマニガスもこれといった反論も無く、作戦に賛同していた。
マナクラフトの傍に立っている二人の魔法騎士も当然賛成だろう。
よって、残りは志穂梨と実だけであった。
「私は、大丈夫だと思います。実君なら、きっとできると思います」
「……そうだな。この作戦が一番勝率が高いことは分かってるんだ。やってみようじゃないか」
迷いを見せていた実だったが、志穂梨の言葉を受けて、決意を固めたのか作戦に同意した。
マナクラフトは改めて会議室に集った、面々を見まわして、声を掛ける。
「では皆の賛同を得たということで、準備を兼ねて約三十分後に作戦を決行する。それまでの間に用事の類は全て済ませておいてほしい」
「あ、じゃあ、会議に前に頼んでおいたものを貰ってもいいっすか?」
「ああ、構わない。案内させよう。他の者は? 予め用意するもの以外に必要なものがあれば用意させてもらうが」
「うーん、俺は特には。時間まで少し休憩して備えるよ」
「私も……、色々貰っても上手く使えるかどうかも分からないし、持ちすぎて動けなくなったらそれこそ意味もないし。そういうのは慣れてる人かそこの忍者に渡しておいてもらえばいいわ」
マナクラフトの提案には、佐助は予め何かを頼んでいたようであり、案内を務める魔法騎士に続くように会議室を後にした。
都子と恭兵の二人は特に必要なものは無いとして、本番に備えて休憩を取ることした。
「では我輩もそうさせて頂こうか」
「うむ、それでは弟子二号といくつか儂と打ち合わせをやるぞ」
「できれば、触媒が幾つか欲しかったのですが……仕方ないですね」
「あ、私も、お付き合いいたします。マニガス様のお傷も見なければなりませんので」
ヘンフリートも休息を選択し、マニガスと実は作戦のための打ちあわせを行い、志穂梨もそれに付き添うようだ。
「分かった。それぞれで作戦に備えておいてほしい、三十分後、この都市を守りきることとしよう」
そう言って、マナクラフトは作戦会議を締めくくった。
残りおよそ三十分後には作戦が開始され、それ以降は決着が付くまで、八魔将、クドーラクセスを討伐するまで休息をとる時間は残されていないだろう。
「恭兵、ちょっと」
「? 何だよ」
「話があるの、付き合ってくれない?」
「まあ、いいけど」
そんな時、都子が恭兵を呼び止めたのであった。
続きは……今度こそ一週間に以内に行うつもりですが……、最低でも一ヶ月以内に更新する予定です




