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Psychic×strangers   作者: さがっさ
56/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ11:前倒しの決戦開始

遅れてしまい申し訳ありません。

何とか更新いたしました。

「た、助け、れ、の、がががががいがいがあ」

「ひぃ、やめ、来る、だぎげげぎだげぎぎぎ」

「お、俺、うででであばばばべべばばばびび」



 人々の阿鼻叫喚が広がり続ける最中を、二人の冒険者の男が駆けていく。



「なるべく呼吸自体の数を少なくして下さい! 聖別した布で口元を覆っても、吸い込んでしまう恐れがあります!」

「分かっちゃいるが……ある程度は走らにゃ、奴らに追いつかれるからな?!」



 走りながら消費する酸素を補うだけの最低限の呼吸でさえ、生物の中身を裏返したかのような激臭が嗅覚を襲う。

 それは冒険者であれば誰もが経験のある血の匂いであることは理解できるが、その匂い自体の濃さは彼らにも経験の無いものであった。

 血の池の中に放り込まれたのかと錯覚してしまう程、その赤い霧の中は血の匂いと感触で構成されているかのように感じてしまう。



 比較的動きやすい装備に身を包んだ戦士の男とそれに続く形で、神官の男が通りを小走り気味に駆ける。

 二人組の冒険者、サイモッドとガーファックルである。

 彼らの背後には、奇声を上げながら奇妙な行動を挙動で迫る幾つもの人影があった。


 それらはやがて集団となりつつあり、時間が経つにつれその数を増やしている。最悪なことにその集団に所属することになる人間の数は加速度的に増加する傾向にあるということであった。



 このようになった原因は当然、突如として魔法都市マナリスト全域を覆った赤い霧であった。


 

 蜘蛛の巣のように魔法都市中に張り巡らされている道に瞬く間に充満した赤い霧に何の対策も無く触れたものが次々と全身に走る原因不明の激痛に耐えられず、狂いだしたのである。



「神殿は本当に安全なんだろうな?!」

「少なからず私の神聖魔法によりこの赤い霧に対抗できているというならば、さらに防備が整えられている神殿が当分の安全地帯なんですよ! 少なくとも、この霧の中で孤立するよりはマシな状況では?」

「何処かの研究塔に入れて貰える訳もない、か」 


 

 ガーファックルは正面に立っている男を左手に括り付けた円盾で押しのけながら転がし、道を作る。そうして転倒した男はあまりの苦痛に喉を掻き毟り、地面に転がっていることに気づかずに暴れ続ける。

 辺りを見まわせばそのような人物ばかりとなりつつあった。事態は混乱の一途を辿っている。



「ぐ、る、じい、だずけ、」

「ぜ、ひゅう、い、息、空、気ッ、く、う」

「み、みず、水! みず! 水!」



 まるで周りが見えていないのか、悶えながら互いにぶつかり合ったとしても尚、互いに気づかないままに苦しみ続けている。

 赤い霧に晒されたもの達の思考は、体の内側から与えられる幾重もの苦痛に支配されていた。



「幸いというべきか、魔法使い達が狂って魔法を暴発させるなんてことは起こってないみたいだがな」

「それも起きないとは限らないでしょう。何とか苦しみをやわらげることができればよいのですが――」

「俺達は幸運にも被害を避けられたってだけで、そんな余裕は無い。やりたけりゃ、さっさと安全を確保してから考えろ」

「ええ、分かっていますよ」



 口にあてた布の奥で唇を噛みしめ、目の前で苦しむ人々を見捨てなければならない苦悶を抱えながらもサイモッドは目的地である神殿区域へとひた走る。



「とはいえ、前にも暴れてる奴らが多いか……いちいち相手している暇は無いぞ」

「こっちの路地から行きましょう。多少遠回りになる筈ですが、この状況ではそちらの方が早いですから!」



 サイモッドが示したのは立ち並ぶ研究塔に囲まれた路地裏、背後から迫ってきていた暴れ狂う人々を振り切るようにして二人はそこへと滑り込んだ。


 本来であれば日の光が通らないその路地裏でさえ赤い霧が蔓延っていた。


 

「くそ、こんな路地裏にまで赤い霧が充満してやがる」

「道順はおおよそ把握しています。霧で視界は開けていませんが……この程度ならば迷うことも無いでしょう」



 赤く染まる視界の中、迷路のように入り組んでいる魔法都市の裏路地を壁伝いに先へと進む。

 幸い、路地には赤い霧の影響で狂った人はおらず、スムーズに先へと進む。


 五度ほど路地を曲がった先に、ようやくマナリスト神殿区域、その入り口となる門の前へとたどり着いた。



「何とか、辿り付いたか……、どうやら中には赤い霧は入り込んで無いみたいだな。見えない壁に遮られて溜まってやがる」

「少し霧も薄まっているようですね……最悪の事態は避けられたようです」


 

 二人の見立て通りに、神殿区域の周囲は赤い霧の侵入を阻むようにして半透明の薄いベールが展開されている。

 外側から観察する限りでは、神殿の内部では先ほどのような混乱が起きている様子も無い。どれほど赤い霧が防げるかは定かでは無いが、一先ずの安全地帯としては問題ないだろうと判断できる。



「ともかく中に入って状況を確認しましょうか」

「そうだな。走り続けて疲れたし、少し休憩させて貰えるとありがた―――」



「こうして話してる時間も勿体ないんだ。頼むから待っててくれ」

「悪いが、この状況でお主を一人で行かせる訳には行かないのである」



 神殿区域へと入ろうとした二人の耳になにやら喧騒が聞こえて来た。

 なにやら聞き覚えのある声に互いに視線を交わしながら声の方向を確認すると神殿の入り口付近から聞こえてきていた。


  その場に居ても埒が明かないと考えた二人が門の中へと踏み込むと、そこには屈強な聖騎士の男と、それに相対するように二人の知り合いである赤い大剣を背負った"迷人(まようど)"、高塔恭兵がいた。



「そこにいるのは、キョウヘイではないですか?」

「お互い赤い霧の影響から逃れることができたようだが……、どうしたんだ? そこの聖騎士と何かもめ事でも?」

「アンタ達は……、サイモッドとガーファックルか!? 今、外はどうなってるんだ!?」



 サイモッドとガーファックルが来たことに気が付いた恭兵は振り返る。

 その声には焦りの感情が含まれており、明らかに冷静さを欠いていたのだった。





  ◆




「やはり外にいたお主らでも赤い霧の発生現は分からなかったか」

「何しろ一瞬のことでしたので……、咄嗟に《聖盾》で身を守らなければ私達も危うかったでしょうね」

「路地という路地から噴き出したからな。この分だとマナリスト中に赤い霧は広がってると思うぜ?」

「自ずと赤い霧に晒されたものもマナリスト中にいる、か。中にはお主らのように安全地帯まで逃れようとしているものもいるとは思うが……、そう多くは無いであろうな」



 四人はひとまず神殿区域内にて情報交換を行うこととした。


 赤い霧は神殿区域全体を覆うように敷かれた半透明のベールによって区域内への侵入を防いでいた。

 サイモッドが見た限りの範囲内ではあるが、赤い霧の影響に晒された者はいないようであり、神殿区域内であれば赤い霧からの影響を逃れることができるという推測は概ね合っていた。



「それで――、そんな危険地帯と化した魔法都市に安全地帯から一人抜け出して何をするって?」

「赤い霧の中にいる仲間を助けにいく」

「無茶です! 仲間が心配なのは分かりますが、何の対策もせずに赤い霧のただ中へといくのは自殺行為ですよ!?」



 十分に情報を手に入れたと判断した恭兵が足早にその場を去ろうとした所をガーファックルが指摘し、サイモッドによって止められた。

 


「分かった。聖別した布をくれ、それさえあれば俺の方で何とかするから」

「であるな。それならば神聖魔法を温存のためにも我輩にも一つ」

「私達の情報を生かしてくれるのはありがたいのですが、そうではなく!」



 恭兵がその手を差し出すと共に彼の傍らに立つ屈強な聖騎士、ヘンフリートさえも神殿区域の外へと赴こうとしていた。

 サイモッドは二人の無謀さに思わず言葉を荒げてしまうが、二人はどこを吹く風のように気にしている様子は無い。



「……いや、まさかヘンフリートのおっさんもついてくる気か?」

「その通りである。赤い霧に対する対策についての情報を手に入れたことではあるのでな。我輩がでむかない理由は無い筈である」

「ここで聖騎士としての務めがあるんじゃないのかよ? アンタが抜ければ抜ければここの守りは相当厳しいことになると思うんだけど」



 恭兵の指摘にヘンフリートは笑みを浮かべる。



「我輩一人が抜けた所で崩れる聖騎士達ではない。それは我輩がそこに一人加わった所で働きは同じこと、ならばここは状況の打開に動いた方が全体のためになるということだ」

「さっきの戦いをみてアンタが居ても居なくても変わらないとは思えないけどな」

「それとこれとは状況が違うのだよ。この場で後手に回っている余裕は無いのである」

「後手?」



 恭兵とサイモッドが疑問を覚えた表情を汲み取り、ヘンフリートは説明を始める。



「現在、この魔法都市マナリストは魔軍による攻撃を受けている。この前提はよいかな?」

「ええ……。にわかに信じがたい事ではありますが……」

「ここに魔軍が攻めて来たってことは確かなようだからな」

「ならばこの赤い霧の発生もまた、奴らの侵攻作戦の一部と考えた方がよいだろう」

「魔法実験の事故が引きおこったという線は?」

「奴らの襲撃に合わせてそう都合よく起こるとは思えん。例え何らかの魔法実験の事故があったとしも魔軍の手引きがあった可能性もある」



 突然の魔軍の襲撃に合わさるようにして発生した人々を狂わせる赤い霧の発生、この両者が無関係であると断言はできない。

 むしろ今までの状況でさえも魔軍の手の内にあるという懸念さえあった。



「この赤い霧の影響でこの魔法都市は大混乱状態であることに違いはない。各研究塔は当然のこと、魔法騎士団の方も事態の収拾は困難であろうな」

「彼らとの連絡は取れないんでしょうか? 確か神殿区域には魔法騎士団の本部との幾つかの連絡手段があると聞き及んでいるのですが」

「《アーティファクト》や《遠隔伝達魔法》を用いた連絡手段は確かにあったが……、赤い霧の影響なのか発生以降は全く連絡が取れず、《アーティファクト》の故障も起きたようである」

「つまりは孤立無援状態であると?」

「うむ。主な冒険者協会への窓口を開いている宿屋にも幾つか連絡手段を備えていたようであるのだが、それらも軒並み使用できなくなっていた」



 周囲との連絡、移動手段さえも赤い霧に閉ざされた現状は正に陸の孤島も同然である。

 赤い霧の実態が知れない以上、無闇な行動は避け、安全地帯である神殿区域内で状況の推移を見定めるのが定石であると考えるものが普通だ。



「この状況でこそ、打ってでなければ我らに明日は無い」

「赤い霧にそこまでの危険性があるということでしょうか?」

「無論、それもあるのであるが……、それ以上に我々は魔軍の攻勢に対してこれまで後手に回っているという状況が問題である」

「で、ですが…、この神殿での戦いで敵の主力の一人を倒したと言っていたましたよね? 魔軍の方も少なからず痛手を受けている筈では……?}

「それは神殿区域における話である。ここへの襲撃だけで魔法騎士団の本部に対してなにも仕掛けていないとは考えられぬ。あちらも我らと同じように差し向けられた敵の手を突破できていれば問題は無いが……魔軍相手にそう楽観できる状況ではあるまい」



 ヘンフリートの推測に対してサイモッドは反論を返そうとしたが、言葉を告げることができず閉口せざるを得なかった。



「そして、例えばの話であるが……、この神殿区域に騎士団本部、他にも行われた魔軍の襲撃のそれら全てを上手く退けていたとして、それら全てが奴らの手の内であったとしたらどうであるか?」

「それは……、あくまで推測に過ぎないのでは?」

「だが、間違っていると決まった訳ではあるまい。いずれにしろ、魔軍はこの赤い霧によって我らの動きが封じられている状況下で着々と次の作戦を進めていてもなんらおかしくなく、むしろ当然の手である」



 赤い霧の中、全身に走る激痛に悶え身動きの一つも取れない人々が地に転がる最中で、歩みを進めて着々と侵攻を進める魔軍の影。

 

 赤い霧の脅威に晒されたマナリストが魔軍により蹂躙される光景をこの場の全員が想像できてしまった。

 

 赤い霧が魔軍により発生させられたものであるのならば、彼ら自身にはその影響を逃れる術が用意されていると考えても何らおかしくない。  

 魔軍の一方的な侵攻を止められず、マナリストは陥落してしまう。



「研究塔の方々からの対処は………」

「それこそ、先ほどお主が言ったような様子見であろうな。むしろ彼らの役割こそが、この赤い霧に対する解決策だ」

「私達は違うと?」

「彼らが解決策を練るまで耐えなければならぬ。だが、それはこの場に留まり事態の推移をただ座して待ち続けることのみを意味する訳ではあるまい。こうしている今にも何かしらの作戦を進行させている魔軍の狙いを暴き、可能ならばそれを阻止しなければならぬ。その余裕が他に頼れるかどうかも知れぬ状況であるのなら、動けるものでやらねばなるまい」



 ヘンフリートの静かに、しかし力強く告げたその言葉の前にサイモッドは反論できなかった。

 屈強な聖騎士の意見にも一理あると認めたからである。



「そっちの言い分は分かった。いいからさっさと行ってくれ」

「納得して貰えたようであるな」

「元々俺の方は賛成も反対もしてないんだがな。とは言え、俺達はこの神殿で休ませてもらうけど」

「ガーファックル……!」



 ガーファックルの宣言にサイモッドの方へと向く。

 ヘンフリートに着いていくつもりであったのだろう、恭兵とヘンフリートへと渡す以外にも更に二つ程新しい布の聖別を行おうとしていた。



「今の所無事とは言え、応急処置みたいな対策で何とかここまで命からがら逃げて来たんだぜ? それを、もう一度行く余裕があるのか? お前だって、神聖魔法の余裕があるとは思えねえし。一息もつかない間にまたあの狂った中に突撃するなんざ少なくともやらねえよ。報酬もでないならなおさらだ」

「しかし、彼ら二人では……」

「むしろ、あの視界の利かない霧の中で消耗してる俺達二人を補助しながら進むことになるんだぞ? 態々足手まといになる必要なんてないだろ」

「くっ、ですが、私はまた彼を……、」



 サイモッドは先ほどから一人腕を組んで先行きを見守っていた恭兵に対して視線を送る。

 


「あー、そこまで気にしなくてもいいよ。廃坑道の時も今回も、俺の都合があるだけだし」

「気に病む必要もねえだろ、サイモッド。俺達にもまだやる事は残ってるんだし」

「……赤い霧を抜けてきた人僕たちが最初のようですから、その情報を他の神官の方々に提供する。ということですね?」

「そういうことだ。何なら俺達の身体にも赤い霧の影響が何かしら起きてるかもしれないしな。治療院でみてもらって対策を立てるのに役立ててもらえばいい。無理に外に危険を冒さなくても俺達にしかやれないことはあるだろうが」



 恭兵とガーファックルからの説得を受けたサイモッドは納得したかのように、手に持った合計六つ程の布を恭兵へと差し出した。



「《「《大いなる神の一柱、ミミニルディンよ。我が手に病毒を退く力を授けたまえ》、《神聖解毒(ゼンド・キュア)》、これで一応の備えとなります。一定時間、凡そ一時間は保つとおもいますが……、制限時間が経つ前に交換して下さい」

「それはありがたい。喜んで使わせていただこう」



 サイモッドから差し出された聖別された布を受け取り、ヘンフリートは手早く身に付けた。

 残りを手渡された恭兵も布に少しばかり視線を落とした後にしっかりと結び目を付けて身に付けた。



「それでは、よろしくお願いします……!」

「まあ、斥候のつもりで頑張ってくれ、情報取ってきたらここまで戻ってくるつもりではあるんだろ?」

「うむ。必要以上に深追いはしないつもりである」



 こうしてサイモッドは申し訳なさそうに、ガーファックルはどこか含むような視線を残しながら神殿区域内日の治療院へと去っていった。

 残された恭兵とヘンフリートは二人の背が見えなくなるのを確認してから、神殿区域の外へと繋がる門の前に出た。



「……正直、ばれてると思うけど」

「あの盾持ちの戦士には気づかれたようではあるが……なに、こちらも彼らの身元を示すものは渡しているので問題ないである」

「何時の間に……って、まあそれもそうか、この霧から出てきた奴が味方かどうかなんて簡単にわからんし、その隙を突いてくる奴もいるか……」



 抜け目なく二人を観察していた恭兵からみても、二人の様子に不審な様子は無く。

 神聖魔法を目の前で掛けられた布を手渡されたことで二人は魔軍では無いと判断することができたのである。



「中の方で再度検査されるであろうが、まあ我らが見逃したということはあるまいて」

「分かったよ。俺だって、魔軍かどうかなんて分かんないし、アンタの判断を信じる。それで、予め布は用意してあったのに、追加で受け取った意味とかあったのか?」

「あの神官の者も何もせずに引き下がる訳にもいくまい。神聖魔法が使えることを確認した上で予備が手に入ればさらによしであったであろう。お主の仲間の分を考えると余分に持ち合わせておくのも必要だとは思うが?」

「まあそうだけど、なんだか良心に付け込んだみたいでさ……、聖騎士の癖にそこらへんは平気あのかよ?」



 恭兵は身に付けていた皮鎧の下に着込んだ聖別された布の内衣(インナー)と腰に提げた道具袋に入れてある聖別された布を確認する。

 神殿側で赤い霧への侵入に際して必要であると判断された装備であり、限られた神聖魔法の使い道を自分達に託したという証でもあった。


 恭兵とヘンフリートの二人は予め赤い霧へと突入する準備を整えた上で神殿区域とその外を繋ぐ門でわざわざ声を上げながら口論を交わしていたのである。


 目的は二つ、一つは赤い霧を逃れた神殿からくるものから情報を手に入れることと、同時にその侵入者に対する門番の役割を果たすこと。

 

 時間を定めた上で、何も問題が無ければ二人は赤い霧の中へと突入し行動を開始するということで段取りが決められていたのである。



「長く聖騎士をやっているとある程度の論が立たねばならなかったのでな。救えるものを救うためには自然とできるようにあっただけである。勿論、正直に話すことができればそれに越したことは無いが……それは我輩の役割柄では無いのでな」

「そんなもんか……、まあいいさ、俺はさっさと仲間を助けにいくだけだしな……。それで、もういいのか?」

「うむ。しばし待ち、赤い霧から逃れてきた者や或いはこの混乱に乗じて魔軍が来るのを待っていたが……それもん無く、ともすればこの霧自体には単純な戦略的要素がある訳では無いようであるな」

「と言うと?」

「恐らく、赤い霧の発生は奴らの仕業だが……、それだけに過ぎん。真の脅威はこれを発生させた者である」



 恭兵の疑問に対してヘンフリートは率直に答える。



「我輩はこの魔軍の戦力について常に考えてきていた。このマナリストは少なからず元対魔十六武騎(たいまじゅうろくぶき)を擁し、数多くの魔法使いが所属する研究塔が立ち並ぶ魔法都市である。いくら魔軍と言えども、生半可な戦力では陥落することさえ厳しい。まして今は来年に迫る魔軍侵攻の前、それほどの軍勢がこの大陸の中心までこれるとは思えん」

「それは、つまり、少数精鋭が送られてきているってことか? その一つであるあの蜥蜴巨人だけじゃなく?」

「勿論、あ奴程の実力者も後一人や二人は控えていると考えられるが、マニガス殿の存在を考えると送り込まれた存在はそれ以上である」



 ヘンフリートの言葉に緊張が走るのが伝わる。そして、最悪の想像が段々と膨れ上がっていくのを感じつつあった。

 少数精鋭、元対魔十六武騎に対しても問題なく投入される戦力の存在、魔法都市一つを覆う赤い霧。

 それらの言葉が彼の脳裏にて繋がっていく。



「敵に《八魔将》がいる可能性がある。否、我輩は確実にそうだと確信している」

「話の流れから、魔軍における《対魔十六武騎》の存在だと思うけど……それはどれくらい強いんだ?」

「その戦力差はおよそ、二体一と言われているのである」

「それは……、相手が対魔十六武騎に対して二人がかりって意味だよな?」


 

 恭兵は自分でも答えが分かっている質問をヘンフリートへと投げかけた。

 答えはさほど待たずに返ってきた。



「否、《八魔将》に対して、対魔十六武騎が二人掛かりで戦いを挑み、よくて相討ちとなる 程の戦力差があると伝えられている」




  ◆




「クドーラクセス様」

「分かっている。そう慌てるな」



 裏地が真紅、尚且つ漆黒のマントに身を包んだ偉丈夫、《八魔将》クドーラクセスが傍らに控える人型樹木、オークストの引きつった声に対して余裕を持って答える。


 二人は"生長外壁”の上でクドーラクセスが生み出した赤い霧の中におけるある変化に対して気を配っていた。

 濃い血のような赤で視界が閉ざされ、生の臓物の匂いにより嗅覚が麻痺し、激痛で狂乱する人々により耳は聞かない。赤い霧の中、常人では周囲の状況の把握すらままならない。

 

 それにも関わらず、赤い霧を生み出している当人であるクドーラクセスの下へと迫るものを二人ははっきりと感じ取った。

 それは魔法都市を包み、飲み込もうとしている赤い霧よりも濃い闘気を宿し、触れれば直ちにかかる呪いすらも捕えることができぬ祝福で武装し、あらゆる狂乱を沈めさせる聖な稲光を発している、神聖大陸有数の強者の一人。




「小手調べといこうか」


 

 クドーラクセスはまるで今年の葡萄酒(ワイン)の出来具合を確かめるような調子で両手を指揮棒のように振るった。

 その動きに合わせて、赤い霧で体が構成されている大蛇が頭を振り、赤い霧の中で輝く聖なる稲光の下へと突進する。


 赤い霧の身体でできた大蛇は標的との間にそびえ立つ研究塔も意に返さず、衝突してその体が霧散しつつもその肉体を霧散した赤い霧で再構成しながら輝く稲光の下へと直進し続ける。



「フッ!」



 その大口を開いて輝く稲光を一呑みにしようとした大蛇に対して、輝く稲光の主はその手に持った武器を振るい、その一振りをもってして大蛇を真っ二つに引き裂いた。

 大蛇を構成した赤い霧は輝く稲光によって焼かれ、消滅する。更に輝く稲光の一振りの先にある赤い霧さえも大蛇と同様に焼かれた。



「成程、この私の前に立つ力量はあるようだな」



 赤い霧の大蛇を一撃で切り伏せた後に、"生長外壁"へと降り立っ輝く稲光へと一切余裕を崩すことなくクドーラクセスは構える。



「この対峙にはいささか早いが……、名乗るがいい、我らが敵《対魔十六武騎》よ」



 《八魔将》の投げかけた問いに、《対魔十六武騎》として、彼女は答える。




   ◆




 その答えを聞いて、恭兵は全身からようやく血の気が引いていっているのを感じ、赤い霧自体に対する恐怖を感じた。

 否、既に感じていた恐怖に対してようやく向き合うことができたといった表現が正確だった。

 だが、それ以上にある問題が彼の中から浮上してきた。



「それは、当然アイツも知ったんじゃないか?」

「うむ。準備が出来次第、元凶に真っすぐに向かっていっているであろうな。とは言え、今回ばかりはあやつの選択は最善手である。出し惜しみができる相手では無い。そして、《八魔将》の相手こそが《対魔十六武騎》に課された責務であることに違いはなく……止める権利など誰にあろうか」



 ヘンフリートの言葉に対して、恭兵が聞きたいことはその事では無かった。



「つまりは、アイツは、エニステラは決死の覚悟でもう今にも戦ってるってことだよな……!」



 恭兵の疑問に対して、ヘンフリートは真っ直ぐに答えた。


「当然、エニステラ嬢に限らずとも、《対魔十六武騎》が《八魔将》の前に立つということは、命を懸けて必ず対象を討滅するということに違いないのであるッ!」





   ◆


 


「私は」



 言葉を発して、輝く稲光から人影が見える。

 白い布によりうなじの位置で結ばれ腰の位置まで流れる金糸のような髪、青白く発光する呪文の紋様が刻まれた白と金の胸当てと手甲、足甲を身に纏い、その手には同じく青白い呪文の紋様が刻まれた聖なる斧槍、ハルバードを携えて、その黄昏を思わせる琥珀色の瞳は、強い意志と不退転の覚悟を秘めていた。

 


「対魔十六武騎、第三席《聖騎士(せいきし)》を預かります、エニステラ=ヴェス=アークウェリア、《聖雷戦姫(スルーズ・レイジ)》。《八魔将》とお見受けしますがいかがでしょうか」

「答えよう」


 

 輝く稲光、エニステラの名乗りを受けたクドーラクセスは一つ頷き、答える。



「八魔将が第五将、二番。クドーラクセス、《エンシェント・ヴァンパイア》と名乗っておこう」

「相違なく」


 

 名乗りが終わり、両者は構える。

 エニステラはハルバードの穂先を地面に付けるようにして低く構え、対してクドーラクセスは指揮者の如く両手を頭上まで掲げる。



「問答は無用かね?」

「必要ありません。私の役目はただ貴方を討滅することだけですから」

「成程。今代はウォフ・マナフの使徒のようだが……、何とも真摯で純粋だな。見定める指標としては十分か」



 クドーラクセスの言葉を前に、エニステラは極限までに自身の意識を研ぎ済ませて集中力を高めていく。

 そして、それをハルバードの穂先へと鋭く結びつける。



「前倒しの開戦だ。前代未聞の展開として、ここは一つ、楽しむとしよう」

「いざ、参ります」




 ――こうして、魔軍侵攻まで一年の猶予を残し、神聖大陸と魔大陸の主力同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。


続きは一週間以内に更新する予定ですが最低でも一ヶ月以内に更新します。

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