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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ10:そして後半戦へ

少し遅れてしまいました

「教授ッ! 教授ッ!」

「がっふ、儂に構うな、弟子、二号」



 背後から切り捨てられ膝をつくマニガスに駆け寄る実にそそり立つ影、赤い血を滴らせる黒い剣が二人とも両断すべく振り抜かれる。


 薄暗闇の中で血の赤の軌跡を描きながら、真っ直ぐに実の背へと刃が迫るが、背後から放たれたクナイによって妨げられる。



「ハアッ!」



 続けざまに飛び込んできた佐助が黒い影に対して最速の飛びひざげりを浴びせかかる――が、直撃せずにすり抜けた。

 使い手を失った黒い剣は重力に従い、地面へと落下するが、実の影からぬるりと質感を伴って突き出た手の影がその柄を捕えて、再びマニガスへとその剣を振り下ろす。


 佐助は咄嗟に空中で態勢を変え、今度は黒い剣の剣身自体に蹴りを放ち、斬撃を逸らした。



「気を付けろ! 影が本体だ!」



 空中での無理な姿勢での攻撃のために転がりながら着地した佐助が普段の口調を忘れて警戒を促す。

 負傷したマニガスを庇うように間に入る実の前に、遅れて魔法騎士の二人が踊りでた。



「すまない! 抜かれてしまった!」

「こっちは全員処理したが、最後の最後にこれまた面倒な奴が残っていたみたいだな」


 

 実が背後を確認すると、そこには理性を失い獣と化していた囚人たちが鎮圧されて倒れ伏していた。起き上がる様子はなく、どの囚人も身動きが取れないように対処されていた。

 その中には黒い剣に意識を乗っ取られていたとされていた伝令係の魔法騎士の姿もあった。その手には既に黒い剣は無い。



「"思考器物インテリジェンスファクト”……! 自立式の《アーティファクト》がここで囚人達の手引きをするなんざ――、どこの研究塔から逃げてきたんだか」

「或いは、フェングレッドが捕える前に脱獄のために密かに残しておいたものが動きだしたといった所か。主人が死んで尚マニガス老を狙い続けるとは大した忠誠心だ」



 二人がその手に握る劔に刃状の力場を纏わせて、佐助に蹴とばされて地面へと転がった黒い剣へとにじり寄る。

 警戒している二人の魔法騎士に対して不意を討つことはできないと考えたのは、黒い剣の影から手が突き出たかと思えば、人影のようなものが影から浮かび上がった。



「"思考器物"……長い間用いられ続けて来た《アーティファクト》が独自の知性を持つことがある現象……」

『百年を越えて存在し続けている俺とてお目にかかれない存在であるお前の方が俺なぞよりよほど希少な存在であると思うのだがな、"迷人(まようど)"の魔法使いよ』



 黒い人の影は、音では無く、直接脳に響く声を送ってきていた。それに対して佐助は異形が用いていた《精神感応(テレパシー)》と似通ったものを感じ取った。

 それは実体を持たず、人影というよりも黒い霞のようなものが人の影のような形をとっているという表現の方が近い印象だった。

 

 影はじっと、マニガスの方へと視線を向けているかのようにその影を蠢かせる。



『傷は浅いか、その状態でも何とか魔法を扱えるだろう』

「やはり、マニガス老が目的だったのは間違いなさそうだな」

『その点に関しては、半分はそうだと言っておこうか。ここに囚われている囚人達を暴れさせれば、上の魔法4騎士の動きを制することも我が役割の内だったが……』



 実が背嚢から取り出した塗り薬を傷口に塗り続けているが、マニガスはめくばかりで直ぐには治る傷ではないことが分かる。



『元《対魔十六武騎》に手傷を負わせただけでも良しとしよう。これ以上貴様らの相手をしている内にそこの"迷人"の斥候に我が心の内を読み取られては敵わない』



 佐助が気づき、飛び込んだ時にはすでに遅く。

 黒い影は手に持つ黒い剣と共に地下通路の薄暗闇へと一瞬で溶け込むようにその場から消えた。

 その場には塵一つ残らない。



「影の中に消えた?!」

「影と影を伝ってその場から消える転移型……! 乗り移ってる間に使ってこなかったということはそれなりに制限があるようだが……、《アーティファクト》自体があそこまで動けるということでその問題を克服しているということなのだろうな」


 

 二人の内、部下の方が冷静に自らの推察を述べる。

 それを横目に、黒い人影へと飛び込んだ佐助が、消えた地面に手を着いて《接触感応(サイコメトリー)》によって足跡を辿ろうと試みる。



「ダメっすね。もう随分と遠くまで逃げて……地下を脱出されたかどうかも分かんないっす」

「副官の予想通り、転移型か? いや、まずいな」

「マズいとは……まさか」

「入り口を瓦礫で埋められるかもしれん」



 実はマニガスの傷口を抑えながら言葉を無くしてしまった。


 この地下牢獄ではマニガスを十分に治療できる環境では無い。

 専門家でもない実では症状を正確に診断できる筈もなく、場合によっては命にかかわる症状に陥っている可能性さえ考えられる。



「今から戻っても間に合うと思うか?」

「例えばマニガス老を置いて尚且つ全速力で戻ったとしても、あちらの方が速いでしょう。上で待機している者もいる筈ですからそちらに襲撃を仕掛けるのか、それともこの魔法騎士団本部自体から離脱を図るのかどうか……」

「最悪、助けが無い可能性もあるか。外の状況が分からない以上、非常にマズいな……」



 隊長が顎に手をあてつつ考えた後に、提案を持ちかける。



「取り敢えず、マニガス老の治療を優先しよう。その為にも脱出する必要がある訳だが」

「いいのか?」

「何、こっちは何とか場を整える位しか仕事をしていないからな。むしろこれぐらいはしないと申し訳ない位だ。それで、そちらは問題ないか?」

「まあ、ここから出れない限りは何もできないっすから」


 

 《接触感応》により情報を取り終えた佐助は地面から手を放してマニガスの傍らに駆け寄る。

 


「取り敢えず、俺の感知内にはいない筈っす。それでこっちは……何とも言えないっすね。ただの切創でここまで消耗するとは思えないっすけど……確か高濃度の《魔素(マナ)》に晒されると人体に悪いんでしたっけ?」

「そうだ。加えて教授は相応に御年を召しておられるのでな。刃傷一つとっても……」

「ふむ……脈はそこまで、毒の類はなさそうなんで、一先ず安静にできる場所まで運ぶことが優先っすかね。血は今の所止まりつつありますし」


 

 脈を測りながら《接触感応》でマニガスを調べた佐助は、即座に命に関わる状態にある訳では無いと分かった。

 これ以上、魔法を使用するなどのことが無い限りは容体が悪化することも無いと判断し、直ぐにこの場を移動することを提案する。



「それじゃあ、行くか。とは言え、斥候と魔法使いに背負わせる訳にいかんし、なあ副官君?」

「分かっている。その分の索敵などは頼んだぞ}

「任せてくれ」

「了解っす」


 

 副官がマニガスを慎重に背負った所で、実と佐助は各々の超能力を発動させて来た道を引き返す。

 それぞれが外に起きている異常と、黒い影が去り際に遺した言葉に不安を抱きながら、一向は一先ず地下牢獄からの脱出を急いだ。



(志穂梨達は……神殿か。あそこなら比較的安全であるとは思うが……大丈夫だろうか)






  ◆




 

「結論から言ってしまえば、このマナリストにいる魔軍の目的は私だ」



 結論から言ってしまえば、志穂梨と都子はとてつもない状況に巻き込まれていた。



「ふむ……、正直にこちらの事を話したつもりなのだが……やはり、魔王の娘という肩書ではいくら"迷人"といえで直ぐに信用される訳では―――」

「単純に話についていけない訳なんですけど?」



 都子は何とか会話を切り返したが、それでも、彼女は混乱のさなかにあった。



「いい? こっちはいきなりアンタの仲間? の娘に催眠術を掛けられて危うく操られそうになった所に外からやれ来年くる筈だった遠い西の大陸の魔王軍? が侵略にきましたって言われて、そこから放置してたら危ないからって追いかけてたら、蜥蜴というヤモリ男が上から落下して囲まれたら、全員の首がちぎられて……待って、今になって気持ち悪くなってきた」

「随分と忙しいな」


 

 一息で言い切り、顔を青くさせる都子に対して務めて冷静に返す黒い甲冑の女騎士。その名も、ウルスラーナ=アジド=サタゲヌン、今代の魔王の娘であった。



「そ、それで、魔王の娘で貴方を狙っているというのはどういうことなんでしょうか? 囚われている所を助けにきたということですか?」

「それならなんで助けにきた筈の魔軍を切り払って、私達の事を助けた上にこうして話しかけているのよ。意味が分からないわ」



 おずおずと切り出した志穂梨の疑問を、顔を青くしたままの都子が切り返す。

 事実、こうして向かい合って会話しているウルスラ―ナは二人を警戒している様子もなく、ヤモリ男達を切り捨てた剣も、血を払ってから腰の鞘に納めていた。

 都子と志穂梨の二人を敵に値しないとみなしているとも考えられるが、その上で表面上は誠実な対応に務めているのが分かる。


 だからこそ、事情が理解できないでいる二人に対して魔王の娘は率直に解答する。



「その疑問にはこう答えよう。私は魔軍にこの命を狙われているのだ」



 とは言え、その解答内容は二人には素直に受け入れられるものでは無かった。



「……、いや、あの、その。その可能性を考えなかった訳じゃないけど……、魔王の娘が命を狙われてるって、いったい何をしたのよ」

「一番大きな国のお姫様の立場を追われてその命を狙われているということですから、よほどの事情が無ければそんなことにはならないと思いますけれど……」



 困惑し、二人は何とか言葉を返すことしかできなかったが、その様子を見てウルスラ―ナは笑みを浮かべた。

 都子はそれを見て怪訝な顔で問う。



「こっちはアンタの事で頭を悩ませているっていうのに、何笑ってんのよ?」

「いや、すまない。何処か私を心配しているように思えてな。こう言っては何だが、やはり問答無用で襲撃してきた父上の配下などよりも"迷人"の方がよほど話が通じると思ってしまってな」

「問答無用……つまりは、ええと、ウルスラ―ナ様も、ご自身がその命を狙われている理由が分からないと? そういう訳なのですか?」

「ああ、恥ずかしながらな」



 思いがけず好印象を与えたことに納得がいかない都子に対して、志穂梨はおおよその事情を掴み始めていた。

 そして、ウルスラ―ナは志穂梨の疑問に肯定するように頷いていた。



「ある日突然、暗殺者に命を狙われてな。いや、それ自体は珍しいものでは無かったのだが……、問題はそれを差し向けたのは我が父で、その上魔軍には私の味方をする者はいなかった。いや、正確にはもういなくなってしまった。私をこの神聖大陸へと逃がすための手引きと追手から目を逸らすためにその命を散らしてしまった」

「……そうだったんですか」


 

 ウルスラ―ナは寂しげにそう告げた。

 重厚そうな黒い甲冑に身を包んでいるにも関わらず、その肩はどこか頼りなさそうに思えてしまう。

 力ない微笑みを見て志穂梨は思わず、同情してしまう。



「アンタがここにいる理由はだいたい分かったわ。それで? アンタ達が"盗み屋"をやってた理由って何なのよ。いきなり被害者ヅラで誤魔化せると思ってるんじゃないでしょうね?」



 そんな肩を震わせているウルスラ―ナの様子に構うことなく、都子は率直に疑問を聞く。

 それに対してウルスラ―ナはそれに対して、即座に佇まいを不遜な物へと切り替えて答える。



「簡単に言えば、交渉材料を手に入れるためだ。いつまでも逃げ続けられる訳では無いのでな。魔軍が、父上が私を追っている理由を聞き出すためにも、或いは限りなく低い可能性ではあるがこちらの神聖大陸に与するためにも、それなりのものが必要となると考えたからだ」

「その研究材料のためにチマチマとどこかの研究塔で生み出された成果をなんとか集めていたってわけ?」

「概ね、その理解で間違いは無いな」



 都子はウルスラ―ナの話を聞いた上で概ね嘘はいっていないであろうと思った。

 当人が告げているように極めて誠実に話そうとしていることに違いはないとようであることは、ここまでのやり取りからも分かった。

 ウルスラ―ナは極めて誠実に、二人に対して接しようとしているのである。

 


「それで? 結局私達を助けた理由はなんなのよ。言い訳をつらつらと重ねてもらった所で、今の所アンタはこの都市を混乱させた犯罪者であることには変わりないんだけど?」

「率直に言えと?」

「何で私達が目的地に向かわずに、態々アンタの話を聞いてあげてるのか分かる? 何で私達が危険だと思ってるユーリシアって娘の追跡を中断してあげてるのか分かる? ――アンタが曲りなりにも私達の危機を救ってくれたからよ」

「ここで話を聞いているだけでもありがたく思えと? 何とも傲慢だな――こちらが何時までも下手にでているとおめでたく思っているようだ」



 ウルスラ―ナは腰に提げた剣に手を掛けては無い。

 それにも関わらず、都子は自身の首に刃が突き立てられたような感覚を覚え咄嗟に首に手を当てるが特に異変は起こっていない。

 ウルスラ―ナの出した殺気に気圧されたのだと理解してしまった都子は、自身がそんな事を理解できるようになってしまったことに対して強い嫌悪感が表情にまで現れる。

 

 対して傍らで会話を見ていた志穂梨は、それまでのウルスラ―ナの誠実そうな態度に対して自分が信頼を抱き始めていた事に対して驚愕していた。

 自分達の命を助けられたことに対して、無意識的に警戒を緩めていたことを自覚して、志穂梨は改めて気を引き締めた。

 


「こちらとしてはお前達に気を使ってやっているに過ぎない。そのことだけでも理解してもらえたか?」

「少し都合が悪くなったら直ぐに地がでてきたじゃない。追い出された癖にまだ偉い魔王様の偉い娘でお姫様気取り?」

「言葉には気を付けたほうがいいぞ? 次はお前の首が我が刃で断たれぬ保証は無い」

「へえ、言うじゃない。それで? 私達に何をして欲しい訳? その為にこうして時間を掛けて色々と事情を話してる訳なんでしょう?」



 互いに挑発に挑発を重ねていく。

 もはや、誠実そうな雰囲気さえ取り払ったウルスラ―ナに対して、気圧されながらも都子は一歩も引かずに対峙している。

 志穂梨は険悪な雰囲気の二人の傍で少し肩身が狭そうに立つことしかできなかった。



「私に協力しろ。代わりに貴様等の望みは私が叶えてやろう」

「嫌よ」



 ウルスラ―ナの要求を、都子は一切迷う事無く断った。

 その返答の速さは要求を事前に分かっていたようであったかにも思えるほどである。

 即答の速さにウルスラーナ自身も驚きながら、問いかける。

 


「いいのか? 私の力を借りれば、お前の望みが叶うかも知れないのだぞ?」

「コソ泥ができることをアピールされてもね。私の望みの力になれるとは思えないけど?」

「聞かせてもらおうか」

「それで私の返事が変わる訳じゃないと思うけど。いいわ、教えてあげる。何が何でも元の世界に帰ることよ」



 都子の返答にさらに以外そうにウルスラ―ナは眉を吊り上げた。

 どうやら望み自体が意外なものであったようである。



「何とも大層な事を願っているようだな。とは言え、それならば私が協力できることがあるやも―――」

「結構よ。こっちはまだ手掛かりがあるんだから、わざわざアンタの手を借りる必要なんて感じてないの」

「その方法が正しい根拠でもあるのか?」

「無いわ。もしかしたら、嘘かもしれないわね。でもアンタの情報だって本当かどうかも分かったもんじゃないでしょ?」

「要求に応じれば、正直に答えよう」

「信用できない。悪魔の契約でも、もう少しちゃんとした根拠がありそうでしょ」



 悪魔の契約と都子が告げた瞬間にウルスラ―ナは眉を僅かに吊り上げたのを志穂梨は見逃さなかった。が、それを指摘する暇も無いほどに互いに一歩も引かず、譲らずに二人の会話が白熱していた。



「だとしても、お前の知る情報を元の世界へと帰還する方法へ至るのであれば、私の情報を聞いておいても損はないだろう。偽りの情報を掴んでいた場合の保険となりうる上に、情報を確かなものとするのにも役立つかもしれんが?」

「それでも御断りよ」

「そこまで固辞されてしまうと、何が不満なのかが分からんな。ここまでの会話でそこまで愚かな人物とは思えないのだが」

  


 頑固な態度を崩さない都子に対して半ば呆れたように、肩をすくめるウルスラ―ナに対して、当の本人である都子は鼻で笑った。



「怪しくて知らない人について行かないようにって教わったのよ。そう簡単に信用しないわよ。逆に聞くけどアンタは私の立場であったとして信用するの?」

「そうだな。私なら、取り敢えず手を結んだ後、利用価値が無くなれば即座に切り捨てるが?」

「それで信用されるとでも思ってるの?」

「ふむ、やはりまずいだろうか?」



 首を少し傾げるウルスラ―ナに対して都子は呆れた声を上げることしかできずにいた。

 その様子は直前まで悪魔のような契約を持ちかけてきたものと同一人物とは思えない。

 

 調子を狂わされた都子を他所に、ウルスラ―ナは()()()()()()()()()()()()"()()()()()"()()()()()()()()(),()()()()()()()



「――これ以上は時間の無駄だな。今回の勧誘はここまでとしよう」

「あら、随分と引き際が良いじゃない――それで、私がこのまま逃がすと思ってるの?」


 

 ウルスラ―ナは視線を向けたまま、この場から立ち去ろうと都子達へと背を向ける。

 それに対して、都子は掌を向けて魔法の照準を黒い騎士姫へと向けた。



「私の実力は分かってもらえていると思ったのだが?」

「それでも、ここでアンタを逃がす方が問題でしょ。この場に居ないあの子と合流されたらそれこそ手が付けられなくなる」

「成程、理屈自体は理解できなくはないが――そもそもの話、ここで私を倒すことはお前の目的に沿うものなのか?」



 振り返りながら都子へと向けられる鋭い赤色の瞳は、これまでに向けられてきた物とは違う性質を秘めていた。

 高圧的なものから、好奇心が溢れるものへと変貌している。

 


「お前の目的は、元の世界に帰ることなのだろう? 確かに、自分と敵対しているものに対して警戒を抱き、相応の対処を行うのは当然だが、そんな事をしていればキリがない上に、その全てに勝てる訳でもないだろう」


 

 ウルスラ―ナの指摘に都子は言い返すことなく、黙して聞いている。

 その様子を知ってか知らずか、黒い騎士姫は続ける。



「ともすれば、余りにも多くの敵を相手に回し、その結果目的が達成できなくなってしまう可能性さえあることは、貴様ならば理解できていると思ったのだが」

「遠回しにてアンタに敵対したのも、間違っているって言いたいのかしら」

「少なくとも、そこまで敵対心を煽るような態度は相応しくないだろう。相応に話を合わせてへりくだりながらも断ること自体は可能なのではないか? 最も、そのような奴ほど、協力を取り付けることは容易なのだがな」

「だったら、私の対応はそれほど間違っていないでしょう?」



 懐に収めた魔導書を握りしめる手に力が入ってしまう。

 ウルスラ―ナが向ける好奇心が含まれた視線は、都子の心の内の深淵さえも覗き込もうとさえしていると感じてしまっていた。



「さてな。次に会った時にどちらが後悔しているか、その結果から改めて考えるのも悪くないだろう」

「ッ《拘束(バインド)》ッ!」


 が、彼女はそこで視線を切ってその場から離れるように脇道の方へと足を進めた。

 都子は咄嗟に掌から魔法を放つ。

 予め構えていたその掌から射出されたのは彼女の得意となってしまった魔法である黒い鎖であった。


 ウルスラ―ナは背後を振り返ることなく、腰の剣を瞬時に抜き断ち切った。



「私が居ること忘れないで下さい……!」


 

 剣が抜き放たれた隙を突くように、手に握りしめていた投擲紐(スリング)から石を射出する。

 対するウルスラ―ナは投石を視認することなく、一歩前にでて回避する。



「行かせません――《大いなる白き光、主神アーフラ=レアよ。我が意に答え、隣人を守る光を与えたまえ》、《聖盾セインズ・プロフェジョン》ッ!」

「言っておくが―――」


 

 黒き騎士姫の行く手を阻むように志穂梨は自身最速の詠唱によって白い半透明のベールを生み出す。

 


「最初から神聖大陸を支配する神々に媚びを売る貴様に伺いを立てる気など無い」

 


 ウルスラ―ナは目の前に展開された《聖盾》をたなびくカーテンを掴むように()()()()()()()()()()()()()()()()()



「"迷人"の中でも希少であることは確かだが、それだけだ。相容れそうにない者と会話するほど私には時間が無いのでな。とは言え、この後を生き残れたのであれば意見を聞いてやらんでもない。それでは、また近い内に会おう」



 二人の方を振りむくことなく言い残して、黒き騎士姫は現れた時と同じように暗がりの中へと消えていった。

 その背を追いかけようとウルスラ―ナが去った路地へと入った都子だったが、その姿形はどこにも無い。



「いないわ! 逃げられた!」

「取り敢えず、騎士団の本部のほうまで行きましょう! 私達では彼女には敵いませんし……」

「……ッく。その通りね。あれだけ大見え切ってたのに、足止めすら碌にできないなんて……確かに二人じゃ厳しい相手ではあるわね……やっぱり相手にしてくれなくて助かったわね」

「そう思っていたら、なにもあそこまで喧嘩腰にならなくたって……」

「簡単に、退く訳には行かなかったから。でも、ごめんなさい。私の我儘に巻き込んじゃったわね。気を付けるべきだった」


 志穂梨に謝罪しながら、都子は踵を返して大通りに面している本部へと歩みを進めた。

 その背中に対して、何かを感じてしまった志穂梨は文句の一つも浮かべることができないままその、後に続く。


 そして、それは目的地である、魔法騎士団の本部が二人の目に入った瞬間だった


 大きなうねりを二人は聞いた。

 その揺れはマナリストから西に位置する森林地帯から"生長外壁"に巨岩が衝突した音であった。

 これで十七度目となる衝撃に、二人は既に慣れてしまい。その場で止まることなく目的地へと走った。


 

 その瞬間に二人を包みこむように何かが通りすぎる。

 それは濃厚な血の匂いを含んでいる。

 

 少なくとも、地面にまき散らされたヤモリ男の血では無かった。

 

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「え」

「これは?」



 鼻に混入するあまりにもおぞましい匂いに、都子が感じていた嫌悪感は頂点に達した。


 だが、その違和感を覚え何らかの行動を起こす前に、明石都子と野々宮志穂梨の二人は世界から弾きだされた。

 

 


  ◆




 時間は都子達がウルスラ―ナと会敵した時まで遡る。

 



「《満ちよ、満ちよ、満ちよ。杯から溢れ、零れ落ちるまで》」



 しわがれた声が"生長外壁"の上にて響く。

 声の主は、二つの腕に二つの足を持つ人型の樹木という凡そ人間にあらず、魔軍に属していることが一目で理解できる。



「《赤き命の雫、紛れた我が主、天に満ちる》」



 ぽつりぽつりと呟くように唱えられるその呪文を人型樹木は決して間違いが無いように細心の注意を払いながら成立させる。

 紡がれる呪文の一つずつに自らの命を引き換えにしてでもその儀式を成功させる執念を注ぎ込んでいた。

 


「《赤い天幕の下、時を越えて空は覆われ、我が主のものとなる》」



 掴んでいる古木の杖が怨念を奏でているかのように軋みを上げる。

 恐るべき執念が実を結び、人型樹木の足元に描かれた魔法陣が赤く発光し、"生長外壁"の中に組み込まれたものと繋がっていく。

 

 それは"生長外壁"を一つの円形の図形とし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「《君臨せよ永遠の君、赤き絶望を此度もこの夜に、我らが敵に存分に振るわれますように》、《赫牙召喚(サモン・ヴァンプ)(・オブ・)永遠(エンシェント・)伯爵(ヴァンパイア)》ァァァァアァァァッ!」



 狂気と共に呪文が成立し、同時に"生長外壁"に森林地帯からの十七個目の巨岩が衝突した。




「お膳立て、ご苦労だった」



 それは、魔方陣の赤い発光が止むと同時であった。


 硬く太く青々しい、蔦の地面に赤い影が降り立った。



「当代のスーザはどうした?」

「ハッ、恐れながら申し上げますが、既にその役目の半分も果たすことができずに死にました」



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「ほう。奴ならば、《対魔十六武騎(たいまじゅうろくぶき)》の相手なら兎も角、神殿区域は落とすかと思っていたが……やはり、戦場では想定外の事態は起こるものだな。作戦は任せておいたとは言え、驚きは隠せん」

「も、申し訳ありません。全ての責は策を練りましたこのわたくしめに……!」



 赤い影の傍らには、二つの腕に二つの足を持つ人型の樹木が跪いていた。

 さらに人型樹木の周囲には、中身がそのまま引き抜かれ、皮だけが残った人間の死体が幾つも転がっている。



「責めはしまい。作戦指揮を預けたのは私だからな。加えて、事前の調査で敵の全てが分かる訳でもあるまい。むしろ、一つ学ぶことができたと心得よ」

「ですが、貴方様に負担を押し付けることになります、彼奴めからの報告が無いということは最悪、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

「心配するな」


 

 時が経つにつれて、"生長外壁"に囲まれた魔法都市中から赤い霞が二人の下へと押し寄せてくる。

 赤い霞は赤い影の下へと吸い寄せられ、次々と吸収されていく。



「あれでも、彼奴は先の侵攻においても生き残った精鋭だ。少なからずその目的を果たしているだろうさ」

「ですが……貴方様に無用な勢力を……!」

「気にするな。貴様としては目下の所元《対魔十六武騎》の魔法使いを警戒しているようだが、元と現役ではその重みが違う。特記戦力であることに違いはないが、《対魔十六武騎》を二騎相手取ることに比べれば、容易であるに違いはない。姫も同様に、な」



 赤い影の言葉に人型樹木は何とも言えない表情を返すことしかできなかった。

 自分達を統率する人物が敵に対する評価が高いことが気に食わないのであろう。警告とも言える言葉をあまり呑み込めていない様子であった。

 赤い影はその薄暗い心理を一瞥もせずに見抜く。



「不満か?」

「い、いえ、滅相もございません! 貴方様の判断にわたくしめのような若輩が不平を申し上げるなど」

「よい。経験でしか扱えぬ感覚もあろうというものだ。魔源樹の枝から分かたれ、多くの知識を得ていたとしても、知らぬものもあるだろう。気にかかることがあれば聞けばよい。問の一つに答える時間はあるだろう」



 都市中から噴き出し続ける赤い霞を取り込む度に赤い影はよりその形を人の物へと近づいていた。

 眼下では、赤い(かすみ)が集まりきりとなって、魔法都市を区切る路地という路地に立ちこみ始める。

 人型樹木の役割は今まさに人型に変わろうとしている赤い影の召喚とその護衛であるが、周囲の様子から仕掛けてくるような人影は確認できなかった。


 ここで頑な態度をとることもできるとしわが入った肌をさすりながら思案するが、厚意を無下にすることもないだろうと考えて正直な問を投げかけることにした。



「では、失礼ながら質問を……、そこまでおっしゃられる、《対魔十六武騎》と騎士姫の違いとは何なのですか?」

「簡潔に言ってしまえば、重みだ」



 赤い影が形となった自らの手を握り確認しながら、その問いに答える。



「神聖大陸最強であるという重み、それこそが《対魔十六武騎》とそれ以外を別つものである。最もそれは我ら魔大陸最強の《八魔将》とて同様だが……、貴様の疑問は《対魔十六武騎》に匹敵するわが軍の精鋭と比較して明確に何故劣るかという話であろう」

「それが最強という自負であると?」

「その通りだ。自らが最強であるという誇りと威信、共に大陸を背負うものとして幾度も衝突したからこそ、我らが背負っているものを奴らも背負っていることを知っている」


 

 人型樹木は赤い影の解答に一応の納得を見せるが、なおさら理解しがたいことが増えたことで眉間に木目の皺を寄せる。

 赤い影はその様子を見逃さず、集まった赤い霞によって作り上げられた端正な顔で笑みを浮かべながら、自身の部下へと言葉を投げる。



「何、今は分からずとも、いずれ理解できる時もこよう。さて、時間か」



 宣言と同時に赤い影が人の形となった。

 長身に見合った体格、血が通っていないとも思える白い肌に端正な顔付きは怪しげな高貴さすらうかがえてしまう。

 裏地が血のように紅い黒のマントに身を包み、紅く長い爪を光らせながら、その貴族風の男は両手を掲げる。



「《赫月の天幕》」



 男の宣誓と共に、魔法都市を埋め尽くす勢いで立ち込める赤い霧が浮上する。

 "生長外壁"上でさえ高くそびえ立つ研究塔を抜き、さらに上昇し続け、遂には晴天が差していた魔法都市を、分厚い赤い霧による膜が作り上げられた。


 絶えず、魔法都市のあらゆる場所から噴出し続ける赤い霧は空気中の《魔素》にさえも影響を及ぼす。

 魔法都市に赤い空を生み出したそれははまさしく紅い天蓋と呼ぶべきものであった。

 

 

「ふむ、中々の空気だ」

「やはり、リンブルめが神殿区域を落としていないのが痛いかと……」

「場の選定に思考を割く必要があるが……この時期に私がこの大陸にこの規模で力を行使できる事自体、無理を通した結果だ。状況次第ではあったが、神官達に領域を支配される恐れもあった」



 指揮者が指揮棒を振るうように、男が調子を刻みながら腕を振るうと、それに合わせてマナリストに蔓延る赤い霧が蠢き、そびえ立つ研究塔を七巻きするほどの大蛇を象った。

 赤い霧を動かした影響で眼下にて上がったいくつかの悲鳴を聞きながら、手応えの方はまずまずといった風に男は自らの完成度を確める。



「それでは、今作戦参謀、《呪樹位:三カースドツリーズ・オブ・スリー》、オークスト・ナタルナ後は頼んだぞ? 万が一の場合は……、分かっているな?」

「……はい、承知しております。《永久伯爵》、《二つ目の天の星》、《エンシェント・ヴァンパイア》、クドーラクセス様。存分にそのお力を振るわれんことを」




 その男は、その内の一人にして、魔大陸最強の不死種、吸血鬼の王である、《エンシェント・ヴァンパイア》、クドーラクセスがマナリストへと君臨する。



 血の絶望の幕が上がる。


 生き残るためには彼を乗り越えなければならない。



 ―――ここからが、迎撃戦の本番だ。


 


続きは一週間以内に更新する予定ですが、最低でも一ヶ月以内に更新いたします。

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