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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ8:狂っている魔法研究者

何とか更新しました

「死んだ、よな?」

「うむ、確かに息を引き取っている。この様子では、奴が言っていた爆弾を起爆させる暇も無かったのであろうな」



 マナリスト神殿区域にて、横たわる蜥蜴巨人の傍らに立ったヘンフリートがその死亡を改めて告げたところでようやく恭兵は一息つくことができた。



「決め台詞を吐いておきながら自信が無かったのであるか?」

「あれがそう簡単に死ぬとは思えなかったんだよ、あの分だと首落とす必要なかったのかも知れないけどな」



 あれほど殺すだの息まいておいて、最終的な決め手はヘンフリートの神聖魔法とそれを補助した聖騎士達だった。自分が物語の主人公だと思えるほど幸せな頭をしている訳ではなかったが、自分の決意が空回っていたのではないかと恭兵はどうしても考えてしまう。

 


「いや、随分と助かったである」


 

 そんな恭兵の内心を見破ったヘンフリートは正直な事実を告げる。



「あの神聖魔法は準備が掛かるものでな。本来であれば周囲の安全を十分に確認してから発動させるものである。お主が積極的に攻撃にでてもらった御蔭で、こちらへの注意が薄れなければ厳しかったであろう。最後の止めにしても、吾輩も奴と同じく虚勢を張るしか無かったであるからな」

「虚勢って、アンタは特に負傷してる訳ではないだろ。殆ど攻撃は防いでたし、今も余裕そうだけど」

「確かに動けはしたのだが、攻撃手段が無かったのである。あの領域を定める神聖魔法は、簡単に言えば吾輩が県に付与していた神聖魔法を土地にその影響を付与するといったものであるゆえ、あの時はタダの剣だったのだ。首の一つも取れたかどうか怪しいものであった」



 気安く肩を叩きながら屈強な聖騎士から告げられた言葉に何となく救われた気持ちになった恭兵は、なんとも照れくさい気持ちとなり、肩を叩く手をやんわりと受け止めた。



「それなら、まあ良かったけど――、クソ逃げられたな」



 切り替えた恭兵は自ら首を落としたリンブルの死体から目を離し、空へと向ける。

 そこには先ほどまでいた筈の巨大な鳥、怪鳥の姿は消えていた。



黄三(きざん)のやつ、俺を降ろすだけ降ろして逃げやがった……!」

「そう言えばあの”迷人(まようど)"の少年は何時の間にかいたであるが……一体どういう事情だったのであるか? 知り合いという訳では無かったようだが」

「今、マナリストで"盗み屋"が横行しているのはおっさんも知ってるだろ? アイツは多分それに何か関わってる筈なんだけど―――」

「ふむ、だが、こやつもあの少年のことを気に掛けていたようであるな。お主と二人掛かりで逃亡を妨げていたからこそその姿を変える力を持ち合わせているにも関わらずこれまで逃げることが叶わなかったのであるからな」



 ヘンフリートの指摘に、恭兵は頷く。

 自分は当然として、あのリンブルも当初は周囲を片手間に倒しつつ、基本的には逃亡しようとする明動黄三と恭兵を逃がさないように立ち回っていたようにも思える。

 そして、戦う前のリンブルと黄三の会話から、互いの面識こそ無くともその存在を認識していたかのようであったのが今にして思い出された。


 ある日、何の予兆も無く行われた魔軍の襲撃、《変身(ミューテーション)》をその身に宿す"迷人"

はそれを想定していたのかもしれない。

 少なくとも、何かしらの情報を持っている筈であった。



「過ぎたことは仕方あるまい。こやつを相手にしてそれ以上に気を回す余裕は無かったであろうしな」

「ああ、それより、というかそうなると、先に追いかけさせた都子達にさっさと追いつかないと――う、ぐ」


 

 黄三の手によって神殿から逃げられた"迷人"の少女、ユーリシアを追っていった都子と志穂梨の二人を案じ、すぐに後を追おうとした恭兵が、突然走った頭痛に膝を付いた。


 とっさに腕を吊り上げる形でヘンフリートに支えられたことで、地面にキスすることは無かったが、それでも継続的に頭痛が恭兵を襲う。


 戦闘を終了して即座に《暴君(タイラント)》を制御して再び脳の奥底に封じ込めた御蔭でまだ暴走状態に陥ることにはならなかったが、《念動力(サイコキネシス)》を使用した代償は普段よりも重く、恭兵は自身の脳が熱を持っていうのを感じていた。



「大した出力だと思っていたが――やはり、相応に限度はあるようであるな。少し休息を挟んだ方がよいのではないか?」

「これくらい、大丈夫だ。それより、先を急いだほうが―――」

「尚更、息を整えるくらいはしな」



 背後から恭兵を呼び止める声が掛かる。

 声の主は安全を確認するように周囲を警戒する聖騎士たちを連れたメヌエセスだった。



「正しい判断をするには、正しい呼吸をしながら考えな。急いて冷静を欠くようじゃ足元を掬われるよ」

「……分かったよ。けど、少し休んだらすぐに行くからな?」

「ああ、さっさとお行き。うちの連中は残念ながらここを固めないといけないからね。援軍は……そこのデカブツ男ぐらいしか行ってやれないけどね」

「援軍!?」



 メヌエセスは首をしゃくって傍らに立つヘンフリートを指す。

 指名された屈強な聖騎士の方へと思わず顔を向けた恭兵に対してヘンフリートは頷き返した。 



「おっさんは、それでいいのか?」

「我輩は構わないである。むしろこちらから申し出ようと思っていた所である次第だった」

「いや、でも他の聖騎士達と一緒に行動すればいいんじゃ。それにここに神様の領域? を敷いたんだったらここを離れる訳には行かないんじゃ」

「それなら既に霧散している。他の騎士も事前に準備を行えば同じものが使えるであるし、拠点を守護するものとしては彼らに任せた方がよろしいのである」

「いや、それでも聖騎士同士で行動する分には助かるんじゃ……さっきの神聖魔法だった協力してもらってたんだし」

「それに関して言えば、我輩、ここの聖騎士団の指揮下にある訳ではないのでな。あの連携もお主が前衛で支えてもらった上にメヌエセス殿の指示添えがあったからこそ成り立ったもので、本来ならば我輩も足並みを乱す存在であるのだ。立ち位置としては神殿に顔の聞く一冒険者と変わらぬ」



 腕組みをしながら説明するヘンフリートから恭兵はメヌエセスの方へと視線を移す。

 彼女の方からも頷きを返されたことで、それは事実のようであった。



「分かった。それじゃあ、よろしく」

「うむ。承った。それでは一通り休息を挟んでから赴くとしよう。彼らの行先に心当りはあるか?」

「佐助の所だ。確実に追跡するならアイツの能力がいるからって俺が言ったからな。だから、アイツが呼ばれた魔法騎士団の本部に向かってる筈だ」

「ぬう、やはりか」

「何か、気になることがあるの?」



 恭兵の返答を受けてヘンフリートは渋い顔を返す。

 その様子がどうにも気に掛かった恭兵は素直に聞くことにした。

 ヘンフリートはしばし、思考してから答えた。



「うむ、この神殿に魔軍が攻め込んできている以上、この魔法都市の主要部には相応の手先が送り込まれている筈である。ならば……、この都市の治安を維持している魔法騎士団の本部に対しても何らかの攻撃を仕掛けている筈。まず、違いないであろう」

「―――ッ!」



 ヘンフリートの推測を聞いた途端に、恭兵は直ぐ様立ち上がろうとするが、ヘンフリートに片手で抑え込まれる。



「動くのはその息を整えてからと言った筈であるが?」

「だけど……! 俺が言わなかったら二人があそこに行くことにはならなかったんだ! 早く向かって何とかしないと――!」

「責任感があるのは構わんが、まだ彼らがどうこうなった訳ではあるまい。むしろ中途半端な状態で向かった所でお主が足手まといになる場合を減らすべきであろう」

「それは、そうかも知れないけど――!」

「それに、少しは彼らを信じればよいのでは無いか? ミヤコ嬢にはかの魔導書があり聡く、シホリ嬢に関しても"巡回神官"の見習いである以上、慎重な行動を取る筈だ。案外、何とか切り抜けているやもしれんぞ」

「そうじゃなかった場合はどうするんだよ」

「最悪の状況を考えても仕方あるまい、奴は、貴様の師であるアーレヴォルフはそう言っていなかったか?」



 ヘンフリートに詰められ、恭兵は師匠の言葉を思い返す。



『なに一々、高い所から落ちたら死ぬ、みたいな当たり前のことにくよくよ悩んでるんだ、馬鹿弟子。そんな暇があったら一回でも多く素振りをしろや……!』


 

 高い木の上から片足をロープで縛られ吊るされながら、素振りをさせられていた事を思いだす。

 もはや虐待の域にある修行であり、命の恩人でなければ、流石の恭兵でさえも殺しかかりかねなかった。



「そう言えば……斥候の少年の方は心配していないようであるな? 何か根拠でもあるのであるか?」

「うん? まあ、アイツなら問題ないだろ、忍者だし、俺と同じ位には強いしな……、何だったら、アイツ一人でちゃっかりと切り抜けてんじゃねえかなぁ」




 

 ◆






 地下通路に屍が積み重ねられていく。

 

 燭台に灯された僅かな明かりを反射する白刃が振るわれる度に、四つん這いとなって地を這う獣、元は魔法使いであった囚人達が倒され、しばらく手足をびくびくと動かした後に死んでいく。


 その惨状を目の当たりにし、そこから想像しうる自らの未来など一向に意に返すことなく、積み上げられた屍を踏みつけ足を取られながらも止まることなく走り続けている。


 もはや言葉どころか唸り声すら発しないことが単なる獣との違いというのか、狭い通路の脇を抜け、少しでも前で止まるものがいれば踏みつけながら前に前にと進み続けるもはや人では無い獣たち。



 それらの死兵同然と化した獣の群れを、加藤佐助は適切に処理しながら目の前に振り下ろされる刃を首の位置をずらすことで回避した。


 佐助は石床に激突し火花を散らした剣先を踏んで魔法騎士の動きを抑え、屍を飛び越えてくる囚人であった獣たちの爪やタックルを躱し、頸動脈を始めとした動脈へと携えた短剣で斬りつけて致命傷を与える。



(面倒だな――)



 短剣により動脈を開かれて、血を吹きだしながらも果敢に飛び掛かってくる獣と化した囚人達の間を強引にすれ違うことで躱し、囲まれない位置へと踊りでてから、地を這っている獣の首へと踵を落とし、へし折る。


 丁寧に、屠殺場で鶏を処理するように自らに襲い掛かってく獣と化した囚人を殺していく佐助だったが、変化の見られない表情の内では、焦りがあった。




(攻撃を受けた痛みとか、致命傷を受けた恐怖でひるむ様子がまるでない。全員が全員、死ぬことを恐れていないというかそんな事さえ思考できていないっていうのは、単純に人間性を喪失して犬になったという訳じゃなさそうだな)



 野生動物でさえ、傷を負えば自らの身を守るための防衛行動に移る。生物は総じて自身の生命活動を永らえさせるための生存本能のようなものがある筈だが、向かってくる囚人達にはそのようなものは感じられない。


 何らかの手段で痛覚を麻痺と恐怖心の封鎖が行われていることを前提とした上で、ただ目の前の生命に襲い掛かかるようにされていると佐助は判断した。


 致命傷であったとしても構わず動くことができるのは、マナリストに向かう道中にて襲撃してきた盗賊達が用いていた驚異的なスタミナと耐久力をもたらすゾナリュージョンポーションが用いられていることは《接触感応(サイコメトリー)》により酷似した情報を読み取れたことで、把握することができていた。


 絶えず襲い掛かってくる獣の死兵、それに加えて厄介な敵が目の前に立ちふさがっている。



「ふはえはがおがぎあがgはふぁふえあお」



 魔法騎士――、操られている伝令係の男と、彼が持つ黒い直剣を、距離を取るよることで回避しながら、足元に転がした囚人に止めを刺す。

 もはやまともな言葉すら話すことすらできないその様子は哀れとしか呼べないものであった。



(何とか捌ける物量に差し込まれる鋭い剣技が厄介すぎる……、修行で犬の相手に慣れていなかったら、いくらか食らっていたな……)



 光を反射しない黒塗りの剣は薄暗い地下通路の中においては視認性が悪く、佐助でさえも意識を逸らしてしまえば直ぐに見失ってしまう程であった。


 操られた魔法騎士に近づかず、されど離れるすぎることは無い距離を維持しながら次々と襲いかかる囚人達へと的確に丁寧に致命傷を負わせながら捌き続ける。

 佐助は操られている魔法騎士から距離を空けることで対処しようとするが、離れようとすれば次々と襲いかかてくる囚人達の対処に後手に回る。



(かといって離れすぎてアイツを奥へと逃がしてしまえば、これ以上に援軍がくる恐れもあるか……やりづらい相手だ……)


 

 少しでも囚人達を処理し続けなければ、数の暴力に圧殺されてしまう事は目に見えているために迂闊な行動をとる訳にはいかないと佐助は考えていた。



()()()()()()()()()()()()()() ―――いや、今更後悔しても仕方ないか)


 

 互いに上手い連携が取れない状態で混戦状態にもつれ込めば不利となると判断したことが裏目に出ないことを祈りながら、佐助は迫りくる囚人と黒塗りの剣を裁き続ける。



 必死に捌き続ける佐助の後方、魔法騎士二人と真辺実を囲むように囚人達が這いながら前方にいる佐助と同様に次々と襲いかかってきており、その更に後方では、ヴァンセニック研究塔の主であるマニガスは、目の前に佇む唯一理性を失っていない囚人と相対していた。



 一人孤立しているマニガスの下へと囚人達が為す包囲網を抜け向かおうとするが、マニガスがそれを一言で切り捨て諫める。

 言葉を交わす合間にも、五人を挟み撃ちにするような物量を伴って理性を失い獣と化した囚人達が次々に押し寄せていた。



「俺達を分断させる作戦だったのか?」

「固まってても一度に何とかできる数は限られているだろ。分断できればよし、そうでなくてもそのまま圧殺する気ではいたんだろうさ。まがいなりに連携が取れていても、逆に言えばそれだけだ。クソ、上からの援軍が欲しい所だぜ……」


 

 会話を行いながら、魔法騎士の二人は向かってくる襲いかかってくる囚人達を的確に連携しながら対処する。

 居合わせた面子の中では唯一互いをよく知っている間柄であるためか、或いは高井実力を持つが故か冷静に状況を分析している。だがしかし、逆に言えばそれ以上の行動を行えていない。


 

「数を調整されてやがるな……!」

「こっちが考える分には余裕はあっても、それを行動に移させない程度にはこっちに数を送って来やがる……だが、前は兎も角、後ろは殆ど素通りなのは……、何てあの気狂いの考えを推し図ろうとするなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるか」



 対峙するマニガスと向かい合う、マニガスからはフェングレッド・ヴァンダイムと呼ばれた皺だらけの顔に狂喜を張り付けた老人。

 その皺から予想される年齢を思わせない背と腰を真っ直ぐと立たせたその様子はなんともちぐはぐな印象をもたらしていた。



「あの、フェングレッドと呼ばれた囚人、まさかあのフェングレッドか?」

「そうだよ。俺もまだ生まれていない頃の話の、たしか四十年程前に捕えられた卓越した魔法研究者だ。マナリストでは五十年に一度の天才と呼ばれた魔法使いだったが……優れた奴はキチガイになるという魔法使いの例にもれず大分狂った奴らしくてな……、捕えられた時に起こした事件がそれまた、大層な奴だったんだと」

「判明しているだけで()()()()()()、その内、マナリストに済む一般市民や観光客が三百名、冒険者が二百名、研究塔に所属している魔法使いが百名――大半が囚人達のように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。若きマニガス老が犯行を暴くまで狂乱の限りを尽くしたここに囚われる魔法使いを代表する男だ」

「捕える過程で、マナリストの都市機能を半壊させて、魔法の耐性の無いもの、およそ三百人の魂を猟犬同然にしたのも知っている。補足してくれるのはありがたいが、そうでは無く!」



 魔法騎士は囚人達を切り捨てながら実の質問に答えるが、実はそれ以上に驚愕する事実を目にしていた。



「確か、記録では"狂犬造り"のフェングレッドは聖魔暦六百七十九年生まれの――、()()()()()()()()()()()()

「そりゃあ化け物染みた実力を持つ魔法使いともなれば幾つかの魔法と薬で随分長生きするだろう。研究塔に籠ってる魔法使いの中にも幾人かは百年越えの輩がいる筈だが……、確かにこの牢獄の中でそれを維持してるのはそうはいない筈だがな」

「いずれにしろ、この地下牢獄に囚われているにも関わらず、肉体の衰えを見せないというだけで脅威としか言い表せない魔法使いである事に違いはない」



 実自身も、人間の寿命を越える術を手に入れた魔法使いの存在は聞き及んでいたが、そこまで規格外の存在が今の今まで牢屋の中で思考すら碌にできない筈の魔法使いの姿とは思えず、自らの生命を延長しうる御業を制御できるとは思っていなかった。

 だというのに、現れたその囚人は外見こそ老いているものの、先ほどまで囚われの身であったとは思えない程の生気に満ち溢れている。


 戦慄している実を他所に対峙している二人の老魔法使いは、言葉を交わす。



「……ふうむ」

「何だ? 何か聞きたげだな? 質問の一つや二つは答えてもいいぞ? どうやって俺が先の奴と協力ができたのか、何故その味方をしているのか……、幾つか仮説を立てているんだろう? 答え合わせといこうじゃないか」

「一端の研究者気取りの狂人……いや、研究者だからこそ儂はお主を捕まえたんじゃったの」



 呆れた声を漏らすマニガスに対して、フェングレッドは張り付けた笑みを深くする。



「いいから、先ずはお前の仮説を述べてみんか?」

「……、いいじゃろう。まず、どうやってという点から述べるが――、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。具体的な手段については改めて検証する必要があるが……大方前方にいるあの黒い剣辺りだとは思うがの。それによって、お前の協力を得た所で長年の囚人生活で魔法への抵抗を無くした魔法使い達にお主の魔法を掛けたという所じゃろう。昔のお主の手口にもあったように、食事中に仕込むとかの」



 マニガスの推測に対して、フェングレッドは遮ることなく頷き、先を促す。

 その反応を待つ事無く、マニガスは続きを述べる。



「あと、何故という点についてじゃが―――、答える必要も無かろう」

「ほう、それは何故だ?」

「決まっておる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。例えお主自体の脱獄が叶わずとも、ここに捕えられている囚人達にお主の狂犬化の魔法を掛けられれば十分という算段でな」

「グハガハ! その通り! 答え合わせをするまでも無かったかな?」



 呵々と笑うフェングレッドは組んだ手を放し、掌をマニガスへとかざす。

 その動作(アクション)が行われたと同時に、その異変が起こる(魔法が発動する)

 

 地下通路に横たわる囚人たちの死体から、黒緑の光の紐のようなものが突きでてきた。

 やがて、その黒緑の光の帯はフェングレッドがかざした掌へと吸い寄せられていく。



「シッ!」



 佐助は思考するより先に、手にもつ短剣によってその光の帯を断ち切ろうとしたが、光の帯は刃をすり抜け、触れる事すらできない。



「これは!?」

精神霊帯(アストラルライン)か!?」

 


 魔法騎士の二人が魔法を付与された剣を振るい、光の帯を数本程斬り落とすことに成功したが、全てを対処することは敵わずフェングレッドのかざす掌へと集う―――が、横合いから伸ばされた皺が刻まれた手に残った日個ありの帯がまとめて掴み取られ、まるで紙を引きちぎる如き容易く引き裂かれた。



「呪文の一つも無しに死霊魔法を扱える程には衰えてはいないようだが、魂の回収はさせんぞ。タダでさえ厄介な手数をこれ以上増やされては敵わんからの」

「グフガハガハ! そちらこそ、魔法も無しに物理的接触を起こせない精神霊帯に触れるとは、流石は《|全識対抗師《アルス・ヴァイスハイト・カウンター・マスター》》と言われているらしいことはある。俺をここに叩き込んで功績で得た名前としては大した二つ名だな」

「二つ名なぞ、周りが勝手に付けるだけじゃ。好きで名乗るには少々長いと思っとるんじゃがなぁ」



 マニガスが行った絶技に対して、知る者は絶句を隠せなかったが、フェングレッドは自身の企てが破たんさせられたにも関わらず興奮が隠せない様子であった。



「だが、いくらお前でも既に処置がされているこやつらを元に戻すことはできまい。出来たとしても、長い時間を掛けての経過観察を経た処置が行う必要がある。この狭い場所、尚且つ戦闘を行いながらそれができるか……?」

「果たしてそれはどうかのう?」



 マニガスが指を鳴らすと、後方、フェングレッドの背後から集団の如く這い出てくる獣と化した囚人たちが突然倒れた。

 突然糸が切れた人形のように横たわる姿は、それまでの獣とは印象が打って変わって器物染みた不気味さを示していた。



「仕込んでいたのはお主だけでは無いぞ?」

「ガハグハッ! こちら側のみ、という事は通り際に仕掛けておいたのか? こうして話している内にやらなかったのは手の内を暴いてから、という功名心か? それとも……時間が掛かる類のものだったということか?」



 マニガスは袖口から木製の筒を分かるように取り出すと、筒を傾けて中に入っていた赤白い粉を足元にこぼす。

 彼は予め捕らわれていた囚人を利用されないように、筒の中の赤白い粉を通り過ぎ様に囚人達へとさりげなく仕込んでいたのである。


 自らの仕込みを簡単に見破った上に当然のように切り返されたにも関わらず、フェングレッドは笑みを深めながら鋭い指摘を行い、マニガスはそれを当然のように笑みを以て返す。



「ファッファッファ、その通りよ。相変わらず儂はその辺りの魔法が不得手でな。仕込みを行った上に触媒を用いて、そこからさらに一動作(ワンアクション)を挟まなければ、意識を断つ魔法一つも扱えん。――つまりは、お主と同じ程度という訳じゃなぁ」

「グカカッカ! 抜かしよるわ、元小僧が。あれから四十年を経れば少しはその減らず口が減るかと思えば……、少しは見た目相応に衰えていればいいものを」

「ファッファッファッファファ」

「グフガハガハガハガハガハッ!」



 フェングレッドとマニガスは互いに挑発を交わしあい、長年の竹馬の友かのように笑い合う。

 地下通路に互いの声が反響し、共鳴し、そして不気味な不協和音となって一本道の通路を通り過ぎる。



「《起きろ、狂犬共。その目と鼻が示す獲物を貪れ》」

「《されど、狂犬共。その目と鼻は何も示さんぞ、何故なら貴様らは既に屍であるからな》」



 ピタリと同時に笑いを止め、同時に呪文を繰り出した。

 フェングレッドの囚人服が風船のように膨れ上がったかと思えば、続くマニガスの呪文が紡がれたと同時に風船の中から空気が抜けたかのようにしぼんでいく。



「"呪文妨げ”! 相変わらず大した呪文の適当さだなあ、おい!」

「お主の呪文にも進歩があるようには思えんがの。これなら、四十年前よりも楽に始末できそうじゃわ」 

「ほざけ! 《告げる、霧散した獣たちよ。その魂は既に人の物では無く、しかし生きあがくことは変わらぬ筈だ》」

「《告げる、霧散したかつての人よ。その魂は獣と落ちてしまったが、それでも安らぎを得て眠ることは許される》」



 フェングレッドの袖や襟から膨れ上がった風船の中身が噴出され、地下通路を霧のように満たしていく。

 霧はやがて、巨大な狼とも思える牙と爪をもつ怪物の形となり――、それもマニガスが呪文を告げると、宙に溶けて消えていく。



「《それでも、無念は残るだろう。誰だ? お前を殺したのは? 誰だ? お前をこの場所に縫い付けたのは? 誰だ? お前たちの敵は?》」

「《その無念は、巡り行くかの神の御許へといたることで癒され》――、」

「させるかよ、《二つの火、瞬きの内に貫く》ッ!」

「ぐう――ッ! 《その火は二つ、瞬きの内に散りゆく》ッ!」



 フェングレッドが懲りることなく呪文を紡ぎ、構成される魔法に対して介入する呪文をマニガスが紡ごうとした所で、フェングレッドが異なる魔法を素早く完成させて、放つことでマニガスの妨害を妨げる。

 自らの背後へと飛ぶ軌道であることを察知したマニガスは、辛うじて"呪文妨げ"を挟むことで二つの火矢を霧散させる。


 その隙を狙うように、組み上げられた魔法は宙に消えた筈の霧に形を与える。

 生み出されたのは、五体の霧の狼であった。



「どうした? この程度のやり取りで打ち消し損なうとは、随分衰えたな?」

「抜かせ、若作りジジイ。出てきたのは()()()()()()()()()()で何を自慢する。その程度、儂の前では文字通り霧も同然よ」



 互いにけなし合いながら、フェングレッドは次の魔法の準備をこなし、マニガスはフェングレッドの次の魔法を予測しそれを妨げるための手段を行う。


 超越した対抗術士と、狂越した魔法使いの戦いとは、高度な読み合いと騙し合いに移っていた。




続きは一週間以内に更新する予定ですが、最低でも一ヶ月いないには更新します

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