第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ6:苦悩する少年と享受する侵略者
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「そら、そら、そらそら、そらそらそらそらぁ!」
巨腕が叩きつけられ、太い尾が横薙ぎに振るわれる。
空を切るだけ周囲を巻き込む風圧が発生し、地に当たるだけで踏みつけられて固められている筈の修練場の地面が割れて土埃が巻き上がる。
マナリスト北東部、神殿区域における修練場にて、魔軍の先兵である蜥蜴巨人、リンブル・スーザが暴れ続けていた。
まき散らされるその暴威は既に修練場の外へと及んでおり、削られた地面や柵の一部などが、区域内の建物の一部に突き刺さっている。
正に生きた竜巻であり、聖騎士達は必死にその場に留まることしかできずにいた。
「くっ、負傷者を運べ! 次の組は前に出ろ!」
「無理です! 負傷者が出ている組しか残っていません!」
「ならば、余裕がある者で四人組を編成しろ! こちらの態勢が崩れればアイツがこのまま神殿区域まで襲い掛かるぞ!」
辛うじて死傷者はでていないものの、その分、ある程度の負傷を抱えた者から優先的に後方へと下がらせているためにリンブルへと対処する聖騎士の数が徐々に減らされていった。
一撃一撃が重く、僅かでも正面から攻撃を受けてしまえばそれだけで後ろに下がらざるを得ない負傷をおうこの状況、高まり続ける緊張感の中で集中が切れてしまった者から徐々に攻撃を受けてしまう。
そんな中で、最前線で戦い続ける二人と一体がいた。
「ッォォォオオオオ!」
一人は、《念動力》で太陽の光に照らされた赤い大剣を支え盾とするように立ち回り、注意が逸れた瞬間に攻撃を振り回す高塔恭兵。
「ハァァァァアアアアア!」
一人は、複雑な軌跡を剣先で描きながら、宙に神聖魔法により編まれた幾重もの白線を生み出して蜥蜴巨人の攻撃を逸らし、防ぎ、行動自体を妨げる巨漢、ヘンフリート=ヴァシュケンである。
「クソがァァァアアァア!」
それらの攻防に挟まれ、その場から逃れることができない位置に追い込まれながらも自らの超能力、《変身》を用いて変幻自在にその姿を変えながら猛攻を凌ぎ続ける"迷人"がいた。
時に二つ足の牛男に、時に鳥に、時に小動物に、時に狼に体を変化させながら、当人は不本意ながらもリンブルの注意を引きつけていた。
彼らの働きによって、ローテーションを組みながら交代する余裕を聖騎士は持つことができ、後衛に回っている神官たちが安全に動くことができていた。
「怯むでない!」
ヘンフリートの声が暴威にかき消されないような怒号で以て修練場に響く。
「奴の命は既に長くない! 用いた邪法によって、その命を邪神に捧げる代わりに、その身に合わぬ力を授けられている! こちらが持ちこたえれば、いずれは自滅するであろう!」
ヘンフリートの指摘にリンブルは口端を歪める。そこからは、血が流れていた。
事実、リンブルが用いた自己強化の魔法は魔大陸にて信仰される邪神に、自らの命とその力によって生み出される屍の山を供物とすることを約定する、一種の契約である。
神との契約は破られることはあってはならず、もしそのようなことがあれば、不足分を補うだけでは足りないだろう。
どのような仕打ちが降りかかるか、魔法を掛けた当人であるリンブルですら予測することができない。
だが、既にその命が失われることを知って尚、蜥蜴巨人に恐れは無い。
「そのような消極的な対応で、このリンブル・スーザを止められると思うな!」
魔軍先兵の役割は、魔軍侵攻に備えた人類の備えを屠りながら、後へと続くものの道を作ること。
故に防戦を仕掛けてくる敵に対する突破方法は、代々魔軍先兵を務めていた祖先から受け継いできたその血に刻まれている。
「分かるッ! 足の竦みがッ! 分かるッ! 先の鼓舞によって沸き起こった、僅かな高揚がッ! 分かるッ! あと少しと考えるその油断がッ!」
その血に刻まれた感覚、戦場に生きる嗅覚を駆使してリンブルは見事に聖騎士達の隙を突く。
それは、誰かを守るための騎士である聖騎士達に対して蜥蜴巨人が優位に立っている理由の一つでもあった。
防戦を仕掛けてくる相手への突破口をかぎ分ける嗅覚によって、少しずつ、一つずつ、相手に対する損耗を積み上げていく。
「どうしたッ!? このままいけば、聖騎士達が数を組むには足りない程度までその数を減らずぞ? いくら死者を出すまいとしたとて、最終的に立ち上がる者が居なくなれば、意味も無く全て屍となるのだッ!
リンブルの主張は的確であった。
いくらこの場を凌ごうとも、蜥蜴巨人の前に立ちふさがるものが居なくなってしまえば、それだけで負傷者達はたちまち犠牲者達に変貌することになるだろう。
「へンフリート様! やはりここは一度態勢を立て直すためにも、戦いの場を引き上げた方がよろしいかと!」
「否、仕切り直す時間は無い! その上にあのような勢いのある輩に対してこちらが引けばその勢いのままこの神殿区域が引き潰されるだろう! 断じてこの修練場から出さないように努めなければならんのである!」
聖騎士の一人の進言を、宙に白線を描きながらヘンフリートは一蹴する。
目前にて暴威を奮い続ける蜥蜴巨人は態勢を仕切り直そうとするその瞬間を決して逃しはしないだろうと彼は考えていた。
じりじりと削り倒すもよし、例え仕切り直そうとしてもその瞬間に生まれる隙を突き一気に戦線ごと崩壊させるもよし、どちらの選択を取ろうとも、確実に屍の山を生み出そうとしている。
「どうする!? どうする!? お前達は、一体どのようにしてこの場を切り抜けるつもりだ! ガハハハハハハハア!」
リンブルは聖騎士達を巨腕によって薙ぎ払いながら高笑いを響かせる。
戦いを心底楽しむかのように、自分が振るった暴力によって血が流れる瞬間が訪れる度に蜥蜴巨人は高揚を隠せないでいた。
明らかに蹂躙を楽しんでるその様子は正に人類の敵となる侵略者そのものであった。
廃坑道で遭遇した異形もまた侵略者であったと恭兵は感じたが、あの|異なる世界からの来訪者といった類のものでは無く、およそ八百年からなる歴史が積み重ねた歴史からなるもの、この世界に根付いている人の敵であり、自らがそれを認めている節さえあることを感じていた。
いずれにしろ、異形と同じく恭兵が嫌悪すべき相手に変わりは無い。
一族の誇り、神に捧げる名誉といって暴力を振るうその様を見ているだけで、気味が悪かった。
リンブルの哄笑を耳にする程に自身の苛つきが抑えられなくなってきていた。
思わず耳を塞ぎたくなるような響く声を必死に耐えながら、恭兵はひたすら猛攻に耐え続ける。
耐えることについては実に慣れたものなので、その点に関しては気が楽だった。
「ぐッ」
苦悶の声が上がる。
それは、四人一組でリンブルの攻撃を対処する精騎士の内の一人が吐き出したものだった。
すでに盾はへこみ、辛うじてその右手に握っている剣でさえ次の瞬間には取りこぼしそうな程に追い込まれている。
たった一撃を受けたために、満身創痍となってしまう人の脆弱さ、それを嘲笑うかのように止めとなりうる一撃を蜥蜴巨人は振り下ろした。
結果を想像する時間も惜しんで、聖騎士の恭兵は盾となるように飛び込んだ。
《念動力》が加わった脚力で大地を蹴って、砲弾の如く一直線に飛び掛かり、振り下ろされる大きな拳と聖騎士の間に赤い大剣を滑り込ませる。
赤い大剣を撃つ音を聞きながら、聖騎士を《念動力》を駆使することでその場から引き離すが、その対処に《念動力》の制御を割いたために、防御は完全なものとなる事無く、恭兵は吹き飛ばされる。
「がッ、は」
もはや単語にもなっていない言葉を吐きながら地面を転がった。それでも何とか赤い大剣を手放すことは無かったが、態勢を立て直し立ち上がろうとした時に、彼に影が差す。
「どうした。足がもつれたか?」
目前に立つ蜥蜴巨人が道端にころがる石ころを蹴るような戯れ混じりの追撃が恭兵の腹部を襲った。
大剣の腹を何とか挟むことで、直撃を免れるが、それでも石ころのように蹴とばされて地面を転がる。
「色々とつまみながら戦うにはお前等は強いからな。まずお前から殺してやろう」
転がった恭兵の前まで巨躯を生かして一歩で近づき再び蹴りを加える。
振りかぶった足の一撃。今度は地面を転がるだけでは済まず修練場を囲む柵を破壊しながら、蹴り飛ばされた。
リンブルは両の拳を地面に付け、四つ足の状態となる。
次に蜥蜴巨人が起こす行動を察したヘンフリートは咄嗟に剣先が描く軌跡が生み出す聖なる白線を巧みに振るって、巨躯の四肢を縛り上げようと試みる。
しかし、自らの命と引き換えに五体に力を漲らせ続ける魔法の効果は、時間を経るごとにその効力を増していた。
「ぐ、ぬう!」
「ハハハハ! その程度で縛り切れると思うな!」
苦悶の表情を浮かべるヘンフリートを横目に、自らを縛り上げる聖なる白線をまるで紙同然と言わんばかりに容易く引きちぎりながら、地を蹴って柵を破壊し修練場の外まで蹴りだされた恭兵の元へと跳びかかる。
周囲の建物を破壊して静止した土煙の向こう側にいる死に体の獲物に対してその息の根を止めるために空中で匠に腕を振り上げタイミングよく振り下ろそうとした所で、リンブルの目の前に赤く光る壁が現れた。
「《暴君》」
ガツン、と鈍い音が響いた所で、蜥蜴巨人は恭兵によって破壊された家屋をその巨体で完全に破壊した。
一瞬だけ意識が途切れたリンブルは、自らの突撃で破壊された家屋の瓦礫を払いのけながら、頭を横にふって意識を正常な状態へともどす。
「ああ、クソ。よくもやりやがったな、小僧ォ!」
「こっちの台詞だ、巨人蜥蜴。サッカーボールみたいに気軽に蹴りやがって」
リンブルは声が聞こえた方向を向くことなく拳を叩きつけた。
それに応じるように恭兵は赤い大剣を叩きつける。
ガツン、と再び鈍い音が響き、拳が瓦礫を粉砕する。
続けて二撃目、三撃目を放ったが、恭兵はそれに対して合わせるように赤い大剣を振って直撃を避けるように弾く。
片手で放った連撃では捉えられないと判断したリンブルは両手を用いて更なる連撃を放つが、恭兵も赤い大剣を振るい、間に合わない打撃は大剣の腹で逸らすように受け止めて凌ぎ続ける。
恭兵自身の脳内に掛けられていた出力制限を外したことで、強化されたリンブルの剛力に対しても弾くや逸らすなどの「まともな対処が可能となった結果である。
「しぶとい!」
「こっちの台詞だ! 剣で斬ってんのに斬れないのはおかしいだろうが!」
「俺の鱗を断つには、剣の腕がたりんわ!」
攻撃を逸らす過程で恭兵は何度も赤い大剣の刃をリンブルの拳へと叩きこんでいるのだが、硬い金属に刃を当てたかのようにその鱗に弾かれてしまい、斬れずにいた。
刃が通らない鱗を相手にして、ただ大剣を叩きつけているだけに過ぎず、師匠のように岩をも断つことができる訳もなく。剣士であるといった自負がある訳では無かったが、それでも気に食わなかった。
(バントのようにして逸らすだけじゃなくて、打点を逸らして意図的にファールするようなカットまでは合わせられるようになった……それでも、まだ攻勢に回れた訳じゃない)
靴の裏で瓦礫を踏む感覚をいとましく思いながら、リンブルの放つ攻撃に食らいつくように対応する。
逸らした拳が瓦礫を潰し、辛うじて残っていた壁や家具なども元の形を成さなくなるほどに粉々に潰されていく。もはや形も残っておらず、廃屋も同然の形まで無くなっていく。
(仕留めきれんな)
攻めあぐねていることを実感したリンブルは、このままでは全員を殺しきれないと判断して戦法を変更した。
両腕による連撃が、再び片手による無造作な攻撃に変わる。
目を細めた恭兵は次の瞬間、背筋に走った悪寒のままに後退した。
「フッハハハハハ!」
「な!? お前!」
リンブルは建物を構成していた柱の一つを無造作に引き抜いて、叩きつけた。
地面に衝突し文字通り木っ端みじんとなる木柱。破壊によってもたらされた木片が恭兵に襲い掛かるが赤い大剣を盾にする事でしのぐ。攻撃を凌いだ恭兵、しかしその表情は険しくなる。
何故か? リンブルが既にその手に次の木柱を掴んでいたからである。
今度は横合いからのフルスイングが襲い掛かり、恭兵は赤い大剣を腰だめから横に払い、真っ向から叩くことで迎撃する。
耐久力など比べられる筈もなく。衝突と同時に木片が飛散する。至近距離で炸裂したためにリンブル自身にも木片が降り注ぐが、硬い鱗を貫ける筈もなく、ただ弾かれる。
恭兵も《念動力》を使って自身に飛来した木片を弾いたが、リンブルはその隙に次の獲物を手にしていた。
瓦礫というよりは、その大きな拳に当てはまるように収まる岩を蜥蜴巨人は握り込み、投げつけた。
恭兵は赤い大剣を盾にするようにして防いだが、次の瞬間にはその手に次の武器が握られていた。
「俺に耐えられる武器はさほど多くなくてな。この状態となれば尚更なんだが……壊れることが前提ならば、最初から壊れているモノを使えばいいだけだ」
「自分で壊しておいて……!」
恭兵の言葉に対して、リンブルは笑いながら瓦礫を叩きつけた
自ら破壊をもたらしたものにさえ、特に気に留めることも無く、当然、悔やむようなものさえ感じていない。
自分以外の他者が築いたものを破壊することにまるでためらいが無かった。
かつてはベッドであったものの一部を恭兵は赤い剣で砕きながら、目の前の相手に対して苛立ちをぶつけている。
「何か言いたげだな、小僧」
「ッ!」
「言ってみろ、答えてやる。最も攻撃の手を緩める気は無いから、頭に入れたければ耐え凌げよッ!」
笑いながら、瓦礫を叩きつけるリンブル。やがて遠くない未来に死が訪れるというのに、そのことをまるで気にすることなく、むしろこの状況を楽しんですらいる。
猛攻を凌ぎながら、恭兵は問いかける。
「何とも、思わねえのかよ」
「何、とは?」
「こうやって、誰かが建てたものとか、誰かが生活している家とか、誰かが働いている場所をそこまで壊して何とも思わねえのかよ」
恭兵の言葉を受けて、リンブルが僅かに目を開く。
その間にも淀みなく足元の瓦礫を拾い上げ叩きつけてくる様子は恭兵にとって、気味が悪いものだった。それを驚くことなく無難に対処する自分に対しても辟易していた。
リンブルは口端を歪めて笑って答える。
「思うさ。何せ、これほど楽しいことは無いだろう?」
「―――」
思った通りの返答が返ってきたにも関わらず、恭兵は言葉を返すことができなかった。
そんな彼の様子を気にすることなく蜥蜴巨人は話を続けた。
「必死に汗を拭って作り上げたものを、そこを心のよりどころとし、明日の朝日を拝むための寝床を、蹂躙し粉砕し壊し貶め踏み躙り破壊する。それにより得られるものは何とも言えぬ快感があるッ!」
興奮が抑えきれなくなってきたのか、既に跡形もなくなっている筈の家屋の残骸を見せつけるようにことさらに踏みつける。
砕かれる音を聞き、リンブルは恭兵にも分かるように愉悦の表情を浮かべていた。
「我が一族は神聖大陸への侵攻、その先掛けを代々務めている。百年に一度、その前の百年の侵攻によって失われ、それを乗り越えてもう一度と奴らが築き上げたものを―――崩す。その始まりを告げるのが我らだ。これがまた面白い」
笑みを浮かべながら、リンブルは瓦礫を無造作に持ち上げて恭兵へと放りなげた。
恭兵は目の前で笑いながら話す化け物に吐き気を催しながら、赤い大剣で迎撃、粉砕しリンブルへと注意を向ける。
蜥蜴巨人は片手である物を持ち上げていた。木製のタンス、チェストであった。家屋が倒壊していく中で瓦礫の下に埋もれたために無事に原型を留めていた。
リンブルは口端を歪ませながら、その爪で無造作に引き出しを開ける。驚異的な力は手加減を知らず、必然的に破壊されてチェストの中身が地面に散らばった。
中には貴重品が納められていたようであり、幾つかの小物が無造作に転がっていた。
その中に、一際目立つのは輝きを放ちながらも古めかしいブローチがあった。
よほど大事に扱われていたのだろう。深緑色の布で丁寧に包まれており、初めてみた恭兵に持ち主の宝物としていることは分かった。
「ッ! 止めろ!」
恭兵は走った悪寒に背を押されて静止させようとしたが、遅かった。
地面に落としたそれらを、リンブルは躊躇なく踏みつぶした。
砕けた音が恭兵の耳に聞こえた。
伸ばした手が間に合わなかったことを、握りしめた手の感覚によって彼自身に思い知らされる。
その様子を見て、リンブルは更に高笑いを上げた。
「ガハハハアハハッハハ!! ハア、思いのほか面白くは無いな。他人が大切に思っているものを踏みにじること程楽しいと爺さまたちは言っていたが―――手応えがないとどうもいかん。やはり、俺にはこっちの方が性にあっている」
「お前は……!」
「とは言え、相対するお前の隙を生み出すには役立ったな」
無造作に横合いから拳が打ち込まれる。
頭に血が上った恭兵は対処が遅れ、避けることも防御する余裕もなく吹き飛ばされる。
吹き飛んだ先には先ほどと同じように建物が存在しており、恭兵は必死に《超能力》を駆使して何とか空中で制動を掛けて何とかその場に留まる。
そこにリンブルが踏み込んでから前脚蹴りによって恭兵を押し込み、壁を破壊した。
吹き飛ばされながら、彼は思う。自分が戦っているものこそ、他人を平気で傷つけさらにそこに喜びを得る誰かの日常を破壊する、化け物である、と。
そして、こうも考えてしまう、自分と何が違うのかと。
(あんな悲劇を起こした時点で、俺にコイツを糾弾する資格なんて、何処にもない)
胸を突くその痛さは果たして絶え間ない攻撃によってまともに呼吸もできずに起きた肺の痛みなのか、或いは、目の前の化け物と自分とは違っていたいという心の望みだったのか。
彼がその真偽を図る前に、そんな悩みなど隙でしか無いと考えることしかできない化け物が恭兵を踏みつぶす。
「まあ、色々と文句があるようだが……、お前がやってることなど俺と大差がある訳では無いだろう?」
「ぐ……!」
「そこに住んでる奴が文句を言うのは当然の権利だが、他所からやってきた奴がどうこう言った所で何の面白みもねえ。"迷人"なら尚更だ。それにィ」
リンブルは前蹴りに用いた足を持ち上げて、恭兵を踏みつける、その全体重を掛けて足を、幾度も繰り返す。
恭兵は赤い大剣を盾に《念動力》を支えとして連撃を受け止めるが、床の方が耐えられずに砕かれた。
「お前が先に死んでいればッ、こうした壊れるものも少なくすんだだろうがァ!」
「ぐう、……!」
恭兵はリンブルに言い返すことができなかった。
自分がこの世界に迷い込んできてから破壊したものを、迷いこむ前に犯した罪を、彼は思い出す。
決して的外れな指摘では無かった。
「大した詭弁であるな!」
恭兵を踏みつけ続けるリンブルを縛り上げるように聖なる白線が走る。
蜥蜴巨人の踏みつけが止まった隙を突くように恭兵が転がりでる。
その傍らには、修練場から追いついたヘンフリートがその手に握る剣に神聖魔法を纏わせて立っていた。
「例え我ら全員を殺したあとでも、その命尽きるまで戦い続けるつもりであろう」
「フフッフフ。その通り、我が一族の誇りに掛けて先陣を切り後へと続くものの道を作りだす。邪魔な障害物は何であろうと容赦はしない。まあ、その過程において多少は楽しませてもらうが……いずれにせよこの戦いで死ぬ身なら、多少好き勝手にさせてもらっても構わないだろう?」
高らかに宣言したリンブルは自らを縛る聖なる白線をみなぎる力でもって引きちぎる。
刻一刻と迫るその寿命に反比例するように、力をより漲らせる。ただ歩行するだけで、地面がひび割れる。
同時に、筋繊維がちぎれる音や、超過脈動する心臓の音とそれに応じるように全身をつなぐ血管が、鱗の内側からでも確認できるほど脈動しており、体にかかる負荷が目に見えて分かる。
その姿は今すぐにも体内からはちきれそうな程膨張する筋肉の風船のようである。
リンブル・スーザはそのような状況に置かれているにも関わらず笑っていた。
全身に掛かる負荷に応じて激痛が走っているにも関わらず、戦うことを一切やめようとしていない。
その肉体が完全に停止するまで、暴威を振るい続けるつもりであった。
もはや、時間稼ぎをしていればよいとは到底思えなかった。
「ならば、ここで息を止めるしかないであるな」
ヘンフリートが前にでて、構えを変更する。
これまでのような、相手の出方を伺い予想しながら攻撃に対しての対処をとる構えとは打って変わって、体重を前に掛け、その体の大きさを生かすようないわば攻めの姿勢である。
屈強な聖騎士に続くように、残った聖騎士達が倒壊寸前となった家屋を囲むように陣形を取った。
既に負傷したものは全てこの場から離れ、離れて援護する神官たちを除いて残った聖騎士達がそこに居た。
「ならば、我々も全霊を以て相手しよう!! これ以上我々の神殿を荒らされてたまるものか!!」
リンブルへと向けて宣言した聖騎士の一人が立ち上がろうとする恭兵へと振り返った。
「"迷人"の少年! 建物のことは気にするな!」
「だけど……!」
「そこの男の言う通りだよ」
迷いを抱える恭兵へと、更にその背後から激励の言葉が聞こえてくる。
振り返るとそこいたのは、マナリスト神殿区域を纏める司教、メヌエセス=マナリストであった。
「遅れて悪いね。他の奴らを避難させてたら、時間が掛かってしまってねえ」
「指揮を任せても問題ないであるかな?」
「まあ、ろくな神聖魔法が使えない身ができることはそれくらいかね」
その手には聖杖を持ち合わせているものの、後衛に陣を取っているその更に後方に立っており、神聖魔法による援護を行うには些か遠い位置に彼女は立っていた。
何とも言えない顔をしている恭兵に向かって、メヌエセスは聞き分けのない子供に言い聞かせるかのように言う。
「壊れたら、もう一度建てなおせばいいんだよ。この街じゃ、どこかの研究塔の誰かがバカをやらかしたとかで何かが壊れるなんていうのは慣れているからね。アンタが気にする必要は無いのさ」
「慣れているって……」
「昨日、言っただろう? 覚悟を決めておいた方がいいってねぇ。勿論、それ一つでどうにかなるとは思えないが――、どうだい? いけそうかい?」
このような状況にあってもからからと笑い、余裕を見せつけながら恭兵へと問いを投げる。
それを受けて、恭兵の脳裏に過去の出来事が蘇る。
元の世界の時でも、そしてこの世界に来てからも、彼は結局変わることができなかった。
自分に宿った《念動力》を、自分はどうしても建設的なことには使えない性質なのだろうと思う。
明石都子にあってからも、少しは改善されたかもと思っても、廃坑道は結局潰してしまったし、マナリストに来てからも、喧嘩を吹っ掛けられたとはいえ、止めるために大切に魔法として作り上げたであろうゴーレムを破壊することしかできなかった。今からも、目の前の化け物を倒すために化け物らしく、神殿の施設を破壊するのだろう。
所詮、それだけしかできない奴が中途半端に戦った所で中途半端な結果を出す事しかできない。
それは、先ほどリンブルによって潰された誰かの大切なブローチが証明していた。
自分がさっさと目の前の化け物を殺していれば、壊れずに済んだのかもしれない。全ては結果論だが、可能性としてあり得るというだけで、恭兵の胸に響かせるには十分だった。
(本気になれ、って言ったよな)
都子に自分に遠慮をしないことを約束した。
何もかも壊してしまって、いつかはその約束も破ってしまうけれども、まだ取返しがつくのであれば全力でやろうと思った。
(そんな約束を守れない位で、アイツを元の世界に帰せる訳ねえだろ)
覚悟は、決まった。
同時、前を向いた恭兵の傍らに立つ者がいた。
背丈は同じ位の黒い短髪に三白眼、年頃は恭兵と同じ位の少年だった。
「なんだよ、逃げるんじゃなかったのか?」
恭兵はそちらを見ることなく声を掛ける。
彼の正体が先ほどまで戦っていた"迷人"だということは見るまでもなく分かっていた。
「結局、ここで逃げた所でアイツが止まらなきゃ、俺が逃がしたやつに追いつくんだ」
「で?」
「あんな奴に、笑いながら殺すような奴に、あの子の跡は追わせねえ。アイツの前に、通す訳にもいかねえ。あのクソ野郎にそんな資格はねえ」
その内容の意味は殆ど理解することはできなかったが、自分が覚悟を決めたように隣に立つものも覚悟を決めたのだと理解した。
「名前は?」
「明動黄三、お前は?」
「高塔恭兵」
軽く自己紹介を終えた所で、恭兵はようやくリンブルがこちらをじっと見てその手を止めているのが分かった。
自らの限界が近づいているにも関わらず、化け物は何かを待っていた。
彼はそれに答える。
「お前に、何の誇りや楽しみがあるかは、何となく分かった。共感は全く、吐き気がするほどできない感性だけど、一族の誇りがあるっていうのは本当なんだろう。仲間の為に道を作るっていうのも、嘘じゃない」
だけど、と一度言葉を切って、再び神殿を災禍へと巻き込む口火の言葉を紡ぐ。
「―――お前の栄光の道はここまでだ。ここから先はどこにもいけない。これ以上、殺戮を楽しむことも、一族の誇りを果たすことも無く、殺してやる」
恭兵の殺害予告に、リンブルが口の形を歪めて不気味に笑う。
自らの力に振り回されないようにと必死に生き、けれども何かを壊すことしかできない少年と最初から命を信仰と使命にくべ、残り命を殺戮に費やす侵略者。
そんな、彼らの殺し合いが再開された。
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