第一話 始まりの異邦人 / ミドルフェイズ 2:その少年少女は女騎士を説得する
何とか間に合わせました。
既に日は沈み、赤神星も見えなくなって空には三日月と星空が夜のパオブゥー村を照らしていた。そんな夜中の中で村唯一の薬屋で女傑二人が対峙していた。
片や、対魔十六武騎が一席、《聖騎士》を受け継いだ金髪の女騎士、エニステラ=ヴェス=アークウェリア。
片や、賞金首となっている呪いの魔導書の持ち主、異世界に迷い込んだ女魔法使い、明石都子。
どちらとも、すさまじい迫力を放っており、心なしかこの空間自体の気温が上昇している気さえしてくるほどであった。
女性陣が放つ気迫に押され、壁際で先ほどから様子を黙って見ているマドナードを除き、思わず動けずにいた。
「さて、ここから簡単に出られるとは思わないで欲しいわね」
口走る都子にはしかし余裕がなさそうに恭兵の目に映った。
黒いローブに完全に隠れてしまっているが、その顔には冷や汗が流れていることだろう。
(さて、都子の悪い癖が出たか……?)
追われる身である都子が明らかに目立ってしまっており、その上追われる原因の一端と思われる呪いの魔導書を出さないまでもその魔法を使ってしまっているのはまずい状況である。
決定的な証拠となる訳では無いとは思うのだが、怪しまれるのは避けられないだろう。
しかし、こうなってしまうかも知れないと恭兵は予め予想していた。
――明石都子は余計なことに首を突っ込んでしまう。
普段の彼女は、追われる身であるためか、基本的に編に目立つことや他人と積極的に関わろうとすることは無い。
しかし、それは彼女の本来の性格ではない。
彼女がグゥードラウンダに迷い込む以前は人を遠ざけるようなことも無く友人もいた、明るいごく普通の少女であった。
ある日突然に迷い込み、劇的に変化してしまった異世界という状況で生き抜くために、危険には近づかない、他人とは極力関わることは避ける、自身の目的を優先して行動する、そういった行動をとるに至った。
しかし、人間は例え生きていくためであったとしても、本来自分が行うことは無い行動を取ることはどうしてもストレスとなってしまう。
なので、基本的に都子は不機嫌であるのだ。特に元の世界とは異なる、所謂ファンタジーを感じさせるものを前にするとその不機嫌を隠さない。
そして、そのイライラが頂点に達してしまうと感情を爆発させてしまい――――その結果、厄介事に首を突っ込んでしまうのだ。
なぜ、そのような思考にたどり着くのかは全くと言っていいほど、分からず。都子本人曰く、我慢が出来なくなってしまうということらしい。
その時の都子の勢いはすさまじくあれよあれよという間に話が進んでしまい、恭兵が口を挟む隙がなくなっており、これまでに止められたことは無かった。
その結果、立ち寄った村を襲ったモンスターを倒す羽目になるということになる。
とは言え、しっかり対価を抜け目なく要求していくので、明確にただ働きをする訳では無いというのが救いであろうか。
(一番ひどかったのは、一つ目の巨人みたいなモンスターを倒す事になった時だったな……)
そんな事を恭兵が思い出している中、二人は変わらずにらみ合いが続いていた。
なぜか,拮抗した状況の中先に動いたのはエニステラだった。
「申し訳ありませんが……そこをどいて頂きます」
言葉と共に、その身体を薄く発光させたエニステラは自身を縛る黒い鎖をたやすく引きちぎった。
神聖魔法を使い、都子の《拘束》を弾いたのだ。
しかし、それを受けて自分の魔法が弾かれても尚、都子はその場を動こうとはしなかった。
「いやよ。私がどいたら、アンタはその死霊術士を倒しにその身体でいくんでしょう? もう一回やって勝てるかどうかも分からないのに」
「おっしゃる通りです。情けないことを言うかも知れませんが……私はあのリッチに負け、今度こそ死んでしまうかもしれません。それでも、人々を脅かす悪を払い、民を守るのが私の使命です。それだけは譲るわけには行きません」
「それでも、ここをどく訳にはいかないわ。それに、アンタも無理矢理押し通るわけでもなさそうだし」
「…………」
「? どういうことだよ」
「さっきから、結構気を使ってるっていうことよ。どうしてもっていうなら雷か何かでこのお店壊したっていいんだし、そうじゃなくても怪我をさせるの前提で思いっきりやれば通れるんじゃないの? それでも気を使ってるのかそれをしてこないし」
「だから、不意打ちか……」
確かに思い起こせばエニステラは無理に押し通る行動ではあっても、過剰にこちらを傷つけるほどに暴れるといった行動を取ることは無かった。
体調が不調であったとしても、発せられた怪力ならばどうにか押し通ることなど容易いであろう。
「かといって、このまま大人しくしている訳でもなさそうだけどね。いい加減、私達の話を聞く気にはならないかしら」
「話……ですか?」
「そう、それ次第なら私はここをどいて、あなたが向かうのを止めないわ」
都子の言葉に困惑を隠さずにエニステラは眉をひそめた。
黒いローブにその顔を隠し、人見知りが激しいらしく、先ほどまでの会話中もじっと黙って聞いている、やはり大人しいとも言える彼女の様子から打って変わって感情をむき出しにするように話し出されれば、その困惑は仕方がないものであった。
とはいえ、余計な時間をかけたくは無い。ここは素直に彼女の話を聞くべきだと、エニステラは判断して、軽く頷く。
それを同意とみなして都子は話を始めた。
「いい? 私達はとある事情で何が何でもマージナルに行かなきゃいけない用事があるのよ。だからその凶悪な死霊術士に町を襲われて壊滅させられる訳にはいかないわ。だから、アンタには何が何でも死霊術士を倒してもらうしかないわ。そうでも無かったら私達で倒さなきゃいけなくなるし」
「あの死霊術士を、ですか!? 実力の程は……正確な所は分かりませんが、到底お二人で勝てるとは……」
「アンタが言うならそうなのかもね。でも、私達の邪魔をするっていうのなら関係ないわ。でしょ?」
「え? あーうん。まあ、目的地に居座られたら戦うのはしょうがないよなあ?」
突然、都子に話を振られた恭兵も都子の意見に同意する。
現状追われる身である二人は”予言者”の言葉に従い、マージナルに行くしか他ない。
他に道が無いのであれば、どんな困難であろうとも立ち向かわなかればならないだろう。
「ですがっ! せめて私が奴を倒すまでは……!」
「でも、倒せるかどうか分からないんでしょう? そこで提案があるのよ」
「分かりました。……聞きましょう」
ここまで来れば、都子にも冷静さが戻ってきていた。
同時に、恭兵の方も都子の考えんとすることを理解することができた。とはいっても、元々恭兵自身その提案をするつもりではあったのだ。
「とは言っても簡単よ、要するに私達もアンタと一緒に行ってその死霊術士を倒すのよ。そうすれば、お互いに目的を達成できるでしょう?」
「つまり……私と共に戦う、そういうことですか?」
「何? 嫌なの? だったらまあ、仕方ないわね。私達も自分達でそいつと戦うために動くわ」
けど、とここで都子は言葉を切った。
その時の顔は隠れていて、周りの人間には分からなかったが、恭兵には意地悪く笑っているように見えた。
「まあ、戦っている途中で偶然あったとしても、それはそれで問題ないわよね。まさか一緒に戦うのを邪魔するわけじゃあるまいし」
「おいおい、おたく何言ってんの。俺も口出したくはないけどさ。それは流石に無謀ってもんじゃないの?」
「そうですね……。いかに実力があると言われても、相手は対魔十六武騎が撤退することになるほどの脅威です。余計な手出しをする訳には……」
「お二人のおっしゃる通りです」
サイモッドとガーファックルが都子を諫めようとすると、鈴とした声が遮った。
「はっきり申し上げて、足手まといになるだけです。ご安心を私がマージナルの死霊術士を討伐いたしましょう」
「だから! アンタは負けたじゃないのよ! それで安心なんてできる訳ないでしょうが!」
「いえ、まだ負けていません。命があり、そしてまだマージナルを支配しきれていないというならば、まだ負けていません」
どうやら、二人は再びヒートアップし始めた。
都子の取り戻した冷静さは既に瀕死である。
エニステラの方も、どうやら負けず嫌いがすぎるようであり、より熱くなっていた。
二人が熱気を上げる度に周囲の温度が再度上がって、汗が出始める。
「いや、負けてるじゃない。強がってる場合じゃないでしょうが」
「だから、負けていませんって」
「いえ、負けていません」
「いや、負けてるって」
「いえ、負けて」
「いい加減にしな!! 暑苦しいんだよ! 夜中なんだから、静かにしな!」
ヒートアップした二人を越える声で、マドナードが叫んだ。
思わず黙る二人に、先ほどまで壁際に寄りかかり黙っていたマドナードが呆れていた。
「はぁ。これだから、冒険者だの騎士だのっていうのは面倒臭い。いちいち口喧嘩しないといけないのかい?」
「ちょっと、私は別に冒険者じゃ……」
「これは別にどうでもいいことでは……」
「それで結局口喧嘩してたら世話は無いよ、全く……どうしたもんかね」
少し考えるように顎に手を当てるマドナード、ようやくして考えがまとまったのか、部屋の奥の棚へと足を向けてその中を何やら探し始めた。
少しして、目的のものが見つかったのか、それを手にして恭兵の方へと顔を向けて言う。
「そこの片割れアンタ、冷静そうなのはアンタだから一応聞いておくけど、アンタも行く気なのかい?」
「まあな、俺たちが厳しいのは確かだとは思うけどよ。待ち人を待たせてるんだ。もしそいつがやられたら二人ともお先真っ暗も同然だからな」
「そんなに大事なやつなのかい?」
「少なくとも、アイツにとってはな」
「アンタも大概そうだね。けど、アイツらよりはマシかもね。仕方ない」
マドナードが恭兵に棚から取り出したと思われる小袋が手渡された。
中身は丸い飴玉のような形状であり、それが幾つか入っているようである。
「コイツは……?」
「って、オイオイいいのかマドナード? それは滅多に作れるもんじゃないって言ってただろうが」
「そうは言うけどね、結局使わずに棚の肥やしにしておく位だったら、使ってもらった方がいいだろう。先生も良く言ってたしね。使いどころを誤ればむしろ無駄になるって」
「どうやら、貴重なものらしいようですが……?」
サイモッドが興味深そうにこちらの手のひらの小袋を眺めてくる。
大したことはないさ、とマドナードが前置きをいい、
「賦活の丸薬って奴だよ。そこまで珍しいもんじゃない。金持ってる冒険者や国お抱えの戦士とかは持ってるだろうしね」
「賦活の丸薬ですって……! 飲めばすぐさま失った体力を回復するばかりか重症の怪我でも動くことができる薬で作ることができる薬師は限られているというあの……!」
「まあそんな所だね。最も、お偉方が使うのはこんな辺境に住む薬師が作れるようなやつよりよっぽど質のいい奴だがね」
「賦活の丸薬を……私に……ですか?」
「早まるんじゃないよ。上げるつもりだったら最初からアンタに渡してるに決まってるだろう。話は最後まで聞きな。これは、依頼に対する報酬替わりさ。当然最初に決めた報酬は勿論払うとも、その上で、だ」
「ふむ。何か頼みたい事がある、と」
「中々察しがいいじゃないか。アンタ達二人に依頼を受けてもらいたいのさ。そうだね……題して、聖騎士様の護衛って奴さ」
「それはっ!」
慌てるようにこちらに反応するエニステラ、マドナードの提案が予想外のものであったのか、動揺を隠せないでいる。
勿論、そんな彼女の様子を気にすることは無く。せっかちだとでも言わんばかりに胡乱な目でエニステラを一瞥して、話を続ける。
「まあ、アンタ達に最後まで付き合えって訳じゃないさ、その死霊術士がいる所まででいい。そこまで、行けば後は勝手にしな、町に降りて待ち人に会おうが自由さ。どうだい? 悪い話じゃないだろう」
「いや、何言ってるのよ。途中までの護衛って、コイツにいるとは……」
「あーなるほど、途中までの消耗を抑えて、万全な状態で死霊術士の所まで送り届ける、と。それならまあ勝つ確率も上がるかもな」
「そういうことさ。何しろ、どうやってあの森まで来たかは知らんが、あの山を越えてマージナルまで行く道は確かに近道だと言われてる。でも、道中に出てくるモンスターは危険なモノばかりで滅多に使う奴はいない。そんなのを一々相手にした後に戦うとなれば分は悪いに決まってる」
「成程、でも肝心なのはそこまでやっても倒せるかは分からないんだろう?」
納得がいったように頷くガーファックルがしかし、当初の問題点を再度挙げた。
そこまでいったとしても、それで勝てるとは限らない。
「いえ……仮に、そう仮にですが、そこまで届けてもらえたならば後は私が必ず仕留めて見せます」
「それもただの強がりじゃなきゃいいんだけどね。何、それも渡した賦活の丸薬を使えばそこそこ何とかなるだろう。とは言え、もう私の手元から離れたものだから、使わせて欲しいなら交渉はそっちに頼むんだね」
エニステラに釘を刺すように言うマドナードを見て、恭兵は改めて手元の賦活の丸薬が入った子袋を見つつ状況を整理する。
つまり、現在の状況としてはこういうことになる。
まず、エニステラは今すぐにでも死霊術士を討伐しに行きたいが身体は万全では無いため、可能ならば賦活の丸薬を使いたいだろう。
しかし、今現在その丸薬は恭兵の手元にあり、使うためにはエニステラは恭兵に頼まなければならず、その結果恭兵と都子の要求を呑むことになるだろう。
そして、依頼として護衛を受け入れれば道中の安全を確保することができ、万全の状態で戦いに望むことができるだろう。恭兵達も自分達の目的を達成することができる。
現状で考えられえる、
しかし、そううまくいくと恭兵には思えなかった。
「…………」
エニステラは深く悩んでいた。
確かに、マドナードの提案を受け入れれば多少の問題は解決するだろう。
現状、寝かしつけるためと飲まされた痺れ薬も抜けずに夜中の森と、洞窟を抜けて死霊術士と戦い勝利するのは苦難の道であることは確かだ。
しかし、これは本来自分が行うべきことであり、自身の未熟で他人の手を借りてあまつさえそれで死ぬようなことなど許されるものではない。
かといって、このままでは守れるものも守れなくなってしまうのも事実である。自分がその使命の果てに死ぬのは構わない、元から対魔十六武騎とはそういうものであると、教え育てられてきた身であり、エニステラはその程度は覚悟していることであった。
――対魔十六武騎は、人類を守り、人類の敵を撃ち滅ぼす、人類が誇る武器である。
先代から受け継いだその教えを自身が破ることはできない。
いかに命知らず、明日もしれぬ武辺者であろう冒険者であったとしても、人類の敵とならぬのであればむやみに彼らを危険に巻き込むことはできない。
しかし、ああけれど、とエニステラは示された提案を受けることも蹴ることもできないでいた。
「分かった。じゃあ、この薬やるわ」
悩んでいたエニステラの目の前に、賦活の丸薬が入っているとされる小袋が差し出された。
「もうーーーー面倒くさい。これ飲んでさっさと特攻しろよ。勝手にしろ」
顔を上げると目の前には心底面倒くさいといわんばかりの顔をしていた恭兵がいて、小袋をその手から離した。エニステラが慌てて、墜ちる小袋を受け取ったのを確認すると、踵を返して部屋を出ようとする。
それにさらに慌てたのは、それまで提案を受け入れようとしないエニステラにやきもきしていた都子だった。
「ちょ、アンタ、さっきまで提案には賛成してたじゃない!」
「そうは言うけどよ、都子。この女騎士はもう駄目だと思うぜ、自分だけでやることしか考えてないし。これ以上はどうしようも無いだろ。だったら無駄な押し問答やってても仕方ないし、まあ、お前が説得できるっていうなら話は別だどよ」
「この石頭にどうしろっていうのよ。それにあたし達はどうするのよ!? 私達の目的憶えてんでしょうね?」
「だから、それはそれでいくんだよ。まあ時間はなさそうだから、近道の山越えでいくけど」
「ッツ! それは危険です!」
「じゃあ、お前が一緒にくればいいじゃん。でも、嫌なんだろ? 何で俺がお前の言うこと聞かなきゃいけないんだよ。そっちが好きにするなら俺達も好きにしてもいいだろうが」
「それは……そうですが……」
「じゃあ、まあそういうことにしよう。マドナードさんには悪かったね。提案蹴っちゃって」
「まあ、好きにしろって言ったのはアタシだからね。どう使おうがアンタの勝手さ」
「うん、そう言ってくれると助かる。それで? 護衛のあんた達はどうするんだ?」
マドナードからの了承を得た恭兵は続けて、サイモッドとガーファックルのほうへと向き直る。
サイモッドの方は悩ましげにしているが、ガーファックルの方はどうとい事もないと肩をすくめ、
「ま、俺達も護衛の仕事があるからな。一度請け負った仕事はよっぽどの事情がなけりゃあ投げ出すわけにはいかないだろ? きままに続けてる冒険者といえど、そういったことが大切だからな。プロ意識ってやつだ」
「ですが、ガーファックル! ここで彼女の危機を見過ごすわけには……!」
「だからって、お仕事放り投げちゃだめだろ。お前の性格からして、聖騎士の彼女を放っておくことができないのはわかるけどさ。頼まれてないのに首突っ込むのはそりゃマナー違反だ。冒険者としては長生きできないぜ」
「しかし…………」
「それに、余計な手出しはするなっていうのがウチの方針でしょ。顧客が第一だ。彼女もついて来るなって言ってる所を無理やりはよくないだろ」
「……仕方ありませんね」
「とまあ、こっちとしてはそんな感じだな。もう少しこの村に泊まってから次の目的地まで行くとするさ」
どこか納得が行っていないサイモッドをよそにガーファックルが言う。
二人の様子からして、よっぽどのことがなければそのままこの村に数日は滞在するだろう。
そして、去り際に恭兵に向かってガーファックルは思い出したように話しかける。
「ああ、そうそう。山越えの人手が足りないっていうなら、一緒に護衛してたシーフの奴に声を掛けてみたらどうだ?」
「シーフってあの軽装の奴か? 一緒に行動してるんじゃないのか?」
「いや、アイツは俺達とは遇々一緒に護衛することになったってだけさ。依頼人の商人に直々に交渉して、マージナルの手前のこの村までって契約だったはずだ。何でもマージナルに用事があるんだと」
「ふーん。ま、気が向いたら声を掛けてみるよ」
「ああ、そうしておけよ。じゃあな」
ガーファックルはそう言って、未だに未練が残っているサイモッドを引きずりながら薬屋から出て行った。
「さて、それじゃあ俺たちも帰るか、今日の分の見張りがあるからな。報酬の前払いもあったことだし」
「ちょっと、本当にこれでいいの?」
「さあな。ほら、さっさといくぞ。依頼は今夜までの約束だからな、また出発前に朝に寄らせてもらうぜナスティさん」
「お、おう。最後もたのんだぜ」
「ちょっと、待ちなさいって!」
そう言って、恭兵は部屋の戸を開け、そのまま薬屋の外まで出る。都子もそれに追従するように出ていった。
残ったのは、賦活の丸薬が入った小袋を抱えたまま、茫然とするしか無いエニステラとマドナード、そして展開について行けないナスティのみであった。
「さ、さて儂は明日彼らに渡す報酬を準備しておくか……それじゃあ、騎士様よ、できれば安静にしてってくだせえ」
ナスティはエニステラに声を掛けるといそいそと、部屋を出た。
「アタシも行くとするか、で? 行かないのかい? もうアンタを止める奴はいないよ。アタシもその薬を飲んでまでいくんなら止めはしないさ。確かにアンタの傷はすっかり治っちまうからね。けど……」
「副作用については分かっています。ですが……。すいません、少し考えさせてください」
「構いやしないよ。出ていくんなら、一言声を掛けてもらいたいがね」
そう言って、マドナードも去り、部屋にはエニステラだけが残された。
与えられたベッドに腰を掛け、小袋をじっと見つめ動けないでいた。
自分の使命のことを考えれば薬を飲んで、直ぐに出発するべきだろう。けれども彼女はここを動くことは出来なかった。
「私は……一体どうすれば……共に戦うなど。そんな事は……」
そう呟く、彼女を部屋の明かりと月明りが照らしていた。
◆
「本当に良かったの?」
「しょうがないだろ。あの頑固騎士、どうやったってうんとは言わねえって。まあ、目が全くないという訳じゃないから。何とかなるだろ」
「そうだけど、いきなり打ち切っちゃって、もう少し説得したほうが良かったんじゃない?」
「ぷっつん来てたお前が言えることじゃねーだろ」
パオブゥー村の外縁を囲う柵、そのすぐそばにある馬小屋までの帰り道を、恭兵と都子は歩いていた。
空には月明りと星空が広がっている。他に強い明かりのないこの異世界では元の世界よりも星が綺麗に見えていた。
「う、うううう。またやってしまったわ。どうしてこう、致命的に上手く行かないのかしら」
「それだけ、あの騎士様がむかついたってことだろ。まあ、あそこまで頑固に誠実だとむしろ迷惑になるという奴ではあったな」
「それもあるけど……本当はあっちの剣士、ガーファックルの方がむかついたかも」
「うん? あーあのプロ意識とかそこらへんか。まあお前冒険者嫌いだからな」
「冒険者が嫌いっていうか、一緒にされたくは無いっていうのが正しいけどね。確かにそう見られるのは仕方ないし、あいつらみたいに依頼をこなさないと、何にも頼れない私が生きていけないのは分かってるのよ。でも、冒険者そのものになって、それで前の自分と変わってしまうのが嫌なの」
「だから、冒険者らしくない、お節介をと。ついで随分とやっちまったな」
「いいじゃない。どうせそのつもりだったんでしょ。それよりも、次どうするかよ」
話題を切り替える都子に合わせる、恭兵。
何時までも失敗を引きずらない所が彼女の美点であるので、そこを生かして挽回していくつもりのようだ。
最も、先ほど薬を上げてしまった恭兵の方は、反省の色を見せることなく、けろりとしているのだが。
「とりあえず明日は山上りだろ。それで例の洞窟を探し出して通り抜ける」
「まあ、あの頑固頭の言ってる通りだと道もありそうだしね。でも、途中で死霊術士と高確率で遭遇しそうだけど」
「まあ、その前に倒してくれれば問題は無さそうだけど。そうじゃなかったら、どうするのよ戦うの?」
「流石に死にそうだから、マージナル側に全力で撤退する。逃げるが勝ちとも言うしな」
「兎に角、あのうさん臭い占い師を捕まえなきゃいけないのが問題よね」
「ま、何とかなるだろ。そう思わなきゃやってられねえ。ま、ガーファックルが言ってたしあのシーフを一時の旅のお供として誘うっていうのもあるが……まあばれる危険性もあるからなあ」
「私は……いいわ。流石に四の五の言ってる状況じゃなさそうだし」
「じゃあ、そんな感じで」
言って、恭兵は都子の方に目を向ける。相変わらず黒いローブを被っているが不機嫌そうな雰囲気が容易にかんじとれてしまうようになれるほどになってしまった。
「何よ、こっちを見て」
「いや、相変わらず不機嫌だなって思って。こんな綺麗な星空に何か文句でもあるのかよ」
「よく分かったじゃない」
恭兵自身、冗談で言ったつもりだったのだが、どうやら当たったようだ。
都子は少し口を紡ぐと、しばらくして話始めた。
「確かに、綺麗な星空だとは思うわよ。前の世界でもあまり見れないとは思う」
「じゃあ、何が不満なんだよ」
「勿論、元の世界とは違う星空だからよ。あれもこれもでたらめで、知ってる星座なんてありもしない。詳しくは私も知らないけど、多分星座は全部違うんじゃない?」
「あー言われてみれば、よく見た星座とか無いな。いやまあ、見たのは二年も前だからちょっと記憶は怪しいけど」
「私は覚えてるわ。毎日見てたもの」
「星見るのが好きだったのか?」
「ええ、まあそんな所。でも好きなのは元の世界の、いつも夜に見えていたあの星空で、この似てるようで違うこの星空じゃあないわ。それに、つい習慣で見上げちゃって、違うってがっかりして、いつかアンタみたいに忘れちゃうのかと思うのが一番いや」
「……そっか」
恭兵は都子の言葉に改めて、元の世界の星空を思い出そうとするが、あまり覚えていることは無かった。
そもそも、星空を詳しく見た覚えなど果たしてあったかどうかも怪しかった。
そうして、歩いているとようやく馬小屋が見えた。
ここで一晩をすごして、何も無ければ、明日には出発しなければならない。
もう一週間も過ごしていたとなると恭兵にも感慨がわいてきていた。
「さて、さっさと入って準備でも済ませちまおう」
都子に先んじる形で、馬小屋の戸を引き、中に入る――――
その瞬間だった。
それが見えたのは、恭兵の後ろを見ていた都子だけであった。
恭兵が馬小屋に入った瞬間、恭兵の頭上から何か光るものが振り下ろされた。
それは鋭い刃により反射された月明りの光であり、それは過たず恭兵の首を断つようにまっすぐに振り下ろされる。
完全な奇襲、都子が声を上げるよりも早くその刃は恭兵の首を――――
「最初っからばれてるっつーの」
恭兵は背負った赤い大剣を包んでいる布を、超能力による念動力でもって剥ぎ、それで首を覆った。
勿論、布程度で刃が止まる訳では無く、刃は布を切り裂くが、しかし恭兵の首の皮を裂くには至らずにその刃は止まる。
布はその刃に切り裂かれながらも刃巻き込んで包み、その柄の部分を縛り上げ刃の動きを妨げていた。
恭兵は、間髪入れずに首元に右手を回しその布を掴むと、前方へと振り下ろした。
しかし、確かにあった感触はするりと抜け、右手を振り下ろした先には自身の首を断とうとした刃と思われる、短剣が刺さっていた。
短剣に一瞥をくべるとすぐさま前方へと視線を移すと、居た。
掴まれた短剣をすぐさまに手放し、振り下ろされた勢いを利用して、恭兵の前方へと飛び、音も無く地面へとその影は着地した。
「まあ、追手って所か。明日は忙しいんで帰ってもらいたいんだけど……流石に無理かな?」
「………」
その影は恭兵の軽口に反応することも無く、チャキリ、という音を立て何か武器のような物を構え、そのまま魔直ぐに向かってくる。
パオブゥー村、滞在一週間にして最終日についに追手が恭兵と都子の前に現れた。
さて、次回は襲撃者との闘いとなります。
また、一週間以内に投稿します。