第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /クライマックスフェイズ2:乱入、乱入、乱入、そして戦端が開かれる
何とか一ヶ月以内に更新できました……
13000字程で長めとなっています。
魔軍の襲撃を知らせる号砲の如く放たれた大岩は、魔導保全都市マナリストを守るように覆う魔法植物により形成された"生長外壁"に激突し、その衝撃はマナリスト全域にその存在を知らしめた。
そしてそれを合図とするように、マナリスト北東部に位置するマナリスト神殿の一画にある修練場にいる"迷人"達も激突する。
最初に動いたのは、雲木・L・ユーリシアと名乗るゴシックドレスの少女でも、彼女の超能力、《催眠能力》を集中的に向けられていた高塔恭兵でもなかった。
「ッはぁ、恭兵っ! 何とか喋らせないで!」
明石都子は一息で取りこんだ空気で呼吸を整え、口を封じられていた鬱憤から解き放たれたように叫ぶ。
そんな彼女の言葉に答えるために、恭兵は迷いを振り切り、腕を向ける。
その狙いは少女の足元の地面、必要以上の力を出さないように、全身全霊の集中で《念動力》を放つ。
「《念動土煙》ッ!」
ユーリシアの足元の地面へと念動力を叩きつけて土煙を舞わせる。
恭兵の想定を越えた出力が発揮されたことで、修練場のよく踏み固められた地面すらも抉って少女の視界をつぶすように巻き上げる。
「なっ!」
少女は咄嗟に避けようとしたが、反応が遅い。巻き上がった土煙に対して顔を覆う程度しか行動することができなかった。
その隙を突いて都子は懐から取り出した"呪いの魔導書"、その一ページに記されている魔法を指でなぞりながら、構成を組み上げる。
相手の超能力の正体を全て理解した訳ではなかったが、それでもここまでに起きた状況から推測できることは十分にある。
少女が自分達に自身の超能力、《催眠能力》を掛けたと思われた時には、決まって明確な言葉にして命令を下していた。
「《沈黙》ッ!」
自分でも何を言っているのか分からない言語を唱えて音を封じる魔法を放つ。恭兵に稼いでもらった一瞬の時間で尚且つ少女の口を塞ぐことができるのは都子の扱える魔法の中ではこれ位しかなかった。
「?? !!!??」
少女は一瞬、何が起こったのか理解できず首を傾げたが、思わず挙げた疑問の声が自分の喉から出なかったことに驚き、思わず喉に手をやり必死に声をあげようとするが、それでも一切の声は出ない。
「っはぁ、はあ、アンタが"迷人"、ですって?」
《沈黙》が通じたことを確認した所で呼吸を整える都子、落ち着いた所で少女が返答できないことに気づいたが、今ここで会話する状況でまた《催眠能力》を掛けられかねないことを思えば、質問ができない程度はしょうがないかと諦めた。
少女を封じることができたことを内心で安堵しつつ、ユーリシアへの警戒を緩めない。
相手はあどけない少女の外見で、言葉一つでこちらを操ることができる。都子に油断している暇など無かった。
頭上を通り過ぎる一羽の鳥がいることすら、都子はわずらわしく感じる程に、目の前の少女に集中する。
(私に掛けられた超能力、《催眠能力》とかいうのの影響から抜け出せたのはほとんど偶然だった……! こんな幸運は二度あるとは思えない……、もう一回操られる訳にはいかない……!)
超能力を掛けられた当人が自覚はなく、掛けられた言葉に全く抗うことができずに従ってしまいそれに疑問を抱くことも無い。その名の通り催眠術を掛けられ、完全にいいなりの人形同然とすることができる力、それが《催眠能力》であると都子は認識した。
それほどの能力から自覚もほとんどないまま、どうやって自分が逃れることができたのかはまるで分らなかったが、それを考えている暇など無いと判断してまずは少女を逃がさないようにすることを心掛けることにした。
「!!!!??? !、!、!」
ユーリシアは必死に自分の声がでないということを否定するべく喉を、腹を、全身を震わせ続けるが、似つかわしくないほど口を開いてもいずれの音も出ることは無かった。
声がでなくなったという事実は都子の想像以上に追い込んでいたようだった。
ゴシックドレスに身を包んだ少女はほとんど半狂乱状態に陥っていた。
《催眠能力》を少女が使っている様子は無い、どうやら都子の推測は的中したようであった。が、それ以上の成果を得てしまったようだ。
必死に声をあげようとしてもただ喉が削られるだけで、都子達の方に目を向けることすらできなくなっているようだ。意図せずして無力化を果たしてしまったが、都子自身は危機を脱したという気持ちにはなれなかった。
汗がこめかみを伝う感覚を鬱陶しく思いながらも、ここ一週間以内に何とか使えるようにした魔法を使って完全に無力化を図る。少女の見た目から考えれば余裕を以て魔法は成功するだろう。
必要な情報は後で佐助に《接触感応》を使ってもらい手に入れた方が安全だろう。
「恭兵、一応あの子を無力化させるから、警戒を――」
都子が声を掛けた瞬間、恭兵は背負った赤い大剣に纏わせた布を取り払いながら、彼女を自らの方へと引き寄せながら振り抜く。同時に彼女の頭上から獣の雄叫びのようなものが突如として発生した。
予期しない雄叫びを受けて身をすくめてしまった彼女を庇うように立ち位置を入れ替えた恭兵はその勢いのまま都子の背後の方へと大剣を叩きつけ、何か硬質な何かと激突させた。
空中の拮抗は長引くことなく、大剣と激突した何かは叩きつけられた勢いのまま弾き飛ばされた。
「な、何!」
「アイツの援軍だ! 一人じゃ無かったってことだろ、それでも、こんな奴だとは思わなかったけどな」
突如頭上から浴びせられた雄叫びより立ち直った都子が後ろを振り返ると、大きな影が自分の上を追いこした所を見た。太陽からの逆光を受けてその姿がはっきりしなかったが、それでも彼女よりも大きな影を持つことは分かった。
大きな影はそのまま、ユーリシアの傍まで跳んで行き、その体の大きさから思わせない身軽さでひらりと着地し、少女を守るためか、恭兵達の方へと体を大きく見せるように立ち上がり、爪と牙を見せつけながら唸り声を上げて威嚇を行う。
その姿は明らかに人間のものでは無い、大型の獣のものだった。
「なっ、モンスター? この街中で!?」
「亜人類種っていう訳か……? 予め洗脳しておいた奴をどこかに潜ませてるんじゃないかと思ったけど……まあかこんな奴がくるとはな」
突如乱入してきた獣を都子は観察する。
黄色の下地に黒のまだら模様が入った体毛、肉球が付いた手と頬まで裂けるように開く口には鋭く黒い爪と牙を備えている、まさしく大きなトラが立ち上がってこちらを威嚇していた。
ユーリシアを守るように立つトラの下半身はジーンズのような衣服を身に付けており、一見モンスターとも思えるその外見とは裏腹にどこか知性のようなものを思わせてしまう。
その姿を一言で言い表すのであればこういうことになるだろう。
「狼男ならぬトラ男、なんてまさにファンタジーって感じよね」
「まあ、見た目の通りならそうだろうな」
都子達のそんなやり取りはよそに、二足歩行のトラ、トラ男が背後に隠れたゴシックドレスの少女、ユーリシアへと振り返りその視線を彼女に落とす。
《沈黙》の影響下にある少女はまだ声がでず、それでも涙目になりながらトラ男の背を叩くことでその意志表示を行う。
「?!! !!」
「ユーリシアッ! クソがこっちの声が聞こえてるか分かんねえな……畜生、テメエらよくも……! この大剣野郎……! 」
トラ男の口から声が発せられた。それは唸り声ではなく明確な意味を持った言語となって恭兵達のもとへ伝わった。
明らかな敵意を向けられると共に、はっきりと言葉を口にしたという事実を含めて二人は共に気を引き締める。
「喋ったか……、やっぱただのモンスターって訳じゃ無さそうだな」
「悪いけど、こっちも好き勝手やられたままでハイ、さよならって訳には行かないのよねぇ……!」
恭兵は改めて大剣を握りしめて、都子もその手に火球を生み出す。
少女の方も落ち着きを取り戻したのかトラの背後に完全に隠れ、少女を守るようにトラの野人が牙と爪を光らせる。
(迎え撃つように構えてはいるが……ただ威嚇をしてるだけだな。ここで戦う気は無いのか?)
瞬間的に能力の暴走を起こしその上無理矢理制御した影響で軽い興奮状態にあった恭兵は、時間の経過と目の前の乱入者によって取り戻した冷静さを保ちながら目の前のトラ人擬きを分析する。
自分でも言葉にしたように、ズボンを身に付けるその姿から知性なきモンスターとは違う、この世界の亜人類種である獣人種だと推測できた。
(師匠の話だと、獣と人間の相の子とか言ってたかな……適当な所を言ってたとは思うんだけど)
元の世界でも様々なファンタジー作品とかに出てきたような、人に犬や猫なものから果ては熊のような獣の特徴を掛け合わせた人種が獣人種と言われている。
その見た目から多種多様な存在が確認されているため、犬の特徴を持つもの、猫のもの特徴をもつものなどで正確な人種は異なるようではあるが、それらをひとまとめにして獣人種として定義し扱うことにしている、などといった師匠のかみ砕いたかのような話を恭兵は思い出しながら、一番の注意事項を思い出す。
(その見た目からモンスターと間違われかねない種もいるって話だったか、勘違いで厄介事になりやすいから頭に入れとけとか言われてけど……こうして目の前に出てくると間違えられるのも分からんでもないな……)
古くはモンスターと同一視された者も多く、モンスターと間違えて殺してしまったとも言われることもあったという。果てには元はかの魔大陸から来た種族もいるという話もあり、偏見や差別などが多い種であることは確かなようである。
恭兵自身、そこに思う所が無い訳ではないのだが、そんな個人的な感傷を横に置いても気になるものがあったのである。
トラ男の様子は観察した所、後ろ脚をじりじりと下げており、威嚇に反してというか野生動物にあるような自分を大きく見せることで相手を驚かせ身を守るという本来の意味に近く、戦闘に備えるような構えでは無かった。
トラ男はここで戦う気などなく、背に庇ったユーリシアと共に逃れる気であることが分かる。
《沈黙》の効果時間はさほど長い訳では無い。
それまでに少女を何とか無力化させなければ、再び《催眠能力》の脅威が蘇るだろう。何度も瞬間的に暴走させて無理矢理抑え込むなどという芸当ができるとは思えない。さらに言えば魔法で無力化できる都子が次も能力の影響下から脱することができるとは限らないのである。
(あっちは逃げて時間を稼げばいい訳だ。あっちが気づいているのかどうかは分からんが……速攻で決める必要があるわけか)
時間が惜しい、相手に守るものがある以上はこちらが仕掛けなければならない。
迅速な判断と共に《念動力》を掛け、右手一つで大剣を振りかぶり視線を誘導、つり球、即ち囮とする。そこから左手を自然な流れでトラ男の方へと向けた所で――――――、
――――再度の乱入が起こる。
この場の誰もが互いの正面に目を向けていた。
だから自分達に向かって放物線を描きながら落下してくるものに気づいたのはそれらの対立の外にいたからであった。
野々宮志穂梨は未だに混乱していたのだった。
都子とは異なり、志穂梨は"自分の事を気にしないように"と告げた《催眠能力》の影響下から抜け出せずユーリシア本人に対する認識に混乱が生じていた事でそれ以外の事柄に注意を向けることができなかった。
"生長外壁"に大岩が激突した衝撃も、目前でトラ男の乱入が起きていても、彼女自身の意識は明瞭なものにはならなかった。風景は極彩色に次々と移り変わり、一つの事に意識を集中することができずにまるで世界の何処か、別々の方向から引っ張られているような感覚に志穂梨は囚われていた。
だから、次の衝撃がそれらの認識を外から破壊したのだ。
野々宮志穂梨は基本的に注意深く周囲をみることができる人間だ。
それは《瞬間移動》という複雑かつ危険な超能力を安全に使うためにより周囲の安全を意識することで身に付いたものであり、自らの不足を補うように周囲に気を配ろうとする性格よりくるものだ。
だから、意識が定まらない状態であっても互いに睨み合っているその場の誰よりも先にその影に気が付いたのは不自然では無かった。
「え………?」
巨大な影だ。志穂梨自身も意識がはっきりとしない中でトラ男が突如として現れたのを確認していたが、それよりも大きな影だ。身長があるというよりも単純にサイズ感が一回り大きな生物が綺麗な放物線を描きながら真っ直ぐにこちらの方へと飛来してきていた。
視界の端に映った大きな影、意識の混乱している最中にあった志穂梨、両者の視線が合う。
黄色の虹彩に縦に長く黒い瞳孔が獲物を探す獰猛な爬虫類のものであった。
その視線は自らの獲物を探していたが、それは飢えを凌ぐために獲物を探す獣のものではなく、明確な使命を遂行するためのものであると視線を交わして理解することができた。
意志が通じたとしても対話が通じるような相手ではない。そして、自分では決してアレには敵わない、ならば脇目もふらずに逃げるしかない―――と、志穂梨の頭の中、酷く冷たい部分が自己保身のための判断を下した所で彼女は目を覚ました。
視界が正常な色を取り戻していき、不連続に思考が様々な事を捕えることを止めて、今この状況を捉えて判断ができるように思考が冴え渡り、瞬時に現在の状況を確認した所で自分が取りうる行動、取るべき行動を思案する。
大きな影がこちらに辿り着くまでに残された時間はほんの一瞬しか残されていない。
「左から飛んで来てますぅッーーー!」
精一杯に声を張ってこの場の全員に簡潔に注意を促す。
神聖魔法も間に合わず、確実性もない《瞬間移動》なぞいわずもがなとなれば、せめて不意打ちを避けること位しか野々宮志穂梨にできることは無かったのである。
かくして彼女の行動が身を結び、恭兵と都子、二人と相対するように構えていたトラ男とその背に隠れているユーリシアさえも、飛来する影に気が付いた。
しかしそれ以上にできることは何も無く、巨大な影がマナリスト神殿の修練場へと着弾した。
恭兵が起こしたものよりも大規模な土煙が巻き上がり、落ちた後に巨大な影が土煙の中でうごめくのが分かる。
咄嗟に顔を覆うもの、武器を構えるもの、何が起こったのかを把握することに務めようとするもの、この機に乗じて離脱を図ろうとしたもの、まだ混乱のさなかにあるもの、各々五人の対応を土煙越しの高い位置から見下ろしていた。
「フゥム……事前情報の通りに神殿の方まで来てみれば……これは運が良かったということか?」
土煙の向こうから低い声が漏れ出る。
ただ呟いただけの一言であるにも関わらず、その場に緊張が走り、誰かの唾を飲む音が聞こえた。
距離にして凡そ二十メートルは優に離れている筈だが、それでも近くに感じるような規模の違いが土煙越しにも分かる。
ただ巨大なものに見下ろされるというだけで地面に縫い付けられるように動けなくなってしまうとは都子は思いもしなかった。
へたに動くことはできない、そんな共通認識を全員が持った。
「俺が当たる予定では無かったが、やることに変わりは無いか」
嘆息混じりに影は決断した。
恭兵達の反応を待たずして、土煙を一息で振り払う。
見えたその姿、暗緑色の鱗を身に付け、手足には鋭い爪を持ち、木の幹を丸々巻き取ることができるような尻尾を持ち合わせていた。牙さえも鋭く、一噛みで致命傷となりうるものだと思わせてしまう。
軽く家屋を越える程の大きさを持つ人型の蜥蜴だ。
身に付けた腰蓑から想像されるのはトラ男と同じく知性のあるものだと思わせるものだが、明らかに異質な雰囲気を発していた。故に身の丈を遥かに超える亜人類種というには誰の目にも的外れの存在であると言える。
姿を露わにした人型の蜥蜴はまるでこれから名誉ある決闘に挑む戦士のように名乗りを挙げた。
「我が名は、リンブル・スーザッ! 先走ることの不徳があることは承知の上だが、今ここにッ! 一年後に控えていた名誉ある魔軍侵攻の戦端を開き、百年に一度の神聖大陸と魔大陸の戦士たちの大いなる戦端を開くことを宣言しようッ! 八度目の今度こそ、我らが黒き光の神、アンナリア・マヌダに神聖大陸を捧げようぞォッ! グァハッハハハハハハハァ!」
両腕を大きく広げながら修練場中に響き渡るように高らかに謳うように吠え、人型の蜥蜴、リンブル・スーザは自ら発した宣誓に大いに酔いしれていた。
都市の全域に響き渡るのでは無いかとさえ思える笑い声を近くで聞いた恭兵達は思わず耳を塞いでしまう。
ひとしきり笑い終わった所でリンブルは言外に期待外れだと告げるようにため息を吐いた。
「言葉もないか、まあお前達"迷人"にはこの名誉など分かる筈も―――」
落胆した声を上げて、両手を突いて腰を落とし、前傾姿勢へと滑らかに移行しようとした時、"迷人"の中から声が上がった。
「スーザ……、それは百年に一度、魔大陸からやってくる魔王が率いる魔軍の中の戦端を開くという事を使命とする一族を指す名前です。この世界でこれまで七度起こった"魔軍侵攻"のいずれも彼らの宣誓によって戦いが始まっていると、記録に残っています」
答えたのは野々宮志穂梨だった。神聖大陸における歴史を修める神殿で学んできた彼女だからこそ、名乗りを挙げた内容とその意味がこの場に居る"迷人"の誰よりも理解していた。
リンブルはその返答に笑みを浮かべる。
「ほう、どうやら、中々知っているものも居るようだな……かの方から事前に伝え聞いていたのかな?」
「その方の事は存じあげませんが……、私は神殿にて知識を授かりました。だから私は分かります。貴方が……、魔大陸からの侵略者、魔軍の一人であることは、分かりました」
「フフフフフ、いいぞ。名を知らぬ者の前で名乗りを上げること程虚しいものは無い。ただ知らぬというだけなれば嘲りの一つで済むが……良い想定外というものだ」
「そう、ですか……ッ……!」
「フフハハハ、いいぞ。その気になってきた……やはり戦とはこうでなければ。一世一代、百年に一度、大いなる黒き光の神に捧げる始まりの戦い、数えて八度目となる戦役が、因縁が薄いものとやり合うという事にならずに済んだとなれば僥倖というもの……! さあさあ、いざいざ、大勝負……!」
志穂梨のこめかみからは冷や汗が流れていた。
次々と移り変わる状況を把握するのにも一苦労な上に二本足で立つ巨大な蜥蜴の注目を一人で浴びるという重圧に晒されていれば、足がすくんで動けないというのも当然の話であった。
恭兵は巨体の蜥蜴からの視線を遮るように志穂梨の前に立つ。既に背から抜き放っている赤い大剣は日の光を浴びた影響なのか一層に輝いていた。
「魔軍だか何だかはよくは知らんが……女子相手に相応しいだのなんだの、と勝手に決めてんじゃねえよ」
「ほう、では小僧、貴様が相手だと? 何も知らぬ奴が?」
「いきなり現れて宣戦布告してきた奴を誰もが知ってる訳ないだろ。知らない奴が相手になるからって文句言うんじゃねえよ」
事実、高塔恭兵はほとんど話についてこれていない。
だからといって、自分と同い年位の少女に怪物染みた相手を任せる気はさらさら無かった。
怪物の相手は自分がやるのが適任だと、恭兵は考えていた。
リンブルは高笑いを続けながら、更にその姿勢を低くする。その姿は既に四つん這いの巨大な蜥蜴のそれとなっていた。力をため込んで一気に開放するべく両足にを掛けて重心は低くなる。
「そこは俺の誇りに関わることだが……杖を手にし、聖騎士でもない神官を相手取った所で名誉になる訳でもない、か……まあいいだろう。お前が相手となるかどうかは、俺との戦いの中で決めるとしよう」
「そうかよ。いずれにしろ俺が前衛の戦士として、後衛には通さねえ」
「フフフハハ、随分と自信があるようだが果たして、それができるかな?」
リンブルの挑発を他所に恭兵の言葉を受けて都子がチラリと背後を振り返る。
後衛、つまりは自分達の更に後ろ、そちらにあるのは修練場の外、神殿区域にある建物が並んでいる。目の前の巨体が突っ込めば建物の一つや二つは軽く倒壊するだろう。もしも中に誰かがいれば、生半可な怪我で済むはずもないだろう。安易に回避するという選択肢を取ることは出来なくなっていた。
(それにアイツ等への対処も考えておかないと……)
五メートル程の間隔を空けてそこに居るのは、ゴシックドレスの少女とトラ男の二人組である。
乱入してきたタイミングに合わせて離脱されると恭兵は考えていたのだが、その場にとどまり機を窺っているようだった。トラ男は何時でも逃げ出せる姿勢を取りながらユーリシアを庇っている。少女の方も平静を取り戻しつつあるのか、周囲を見回しながら声を発せるかどうかを確認している。
《沈黙》が切れるのも時間の問題である。それまでに都子がもう一度《沈黙》を掛け直すか、少女を気絶させるなどで行動不能にさせなければ、今度こそこちらの全員が操られてしまう恐れがある。
だが、この状況で都子が魔法をユーリシアへと放つ余裕は無い。
このままでは、激突した隙を縫ってトラ男とユーリシアが離脱されてしまう。
都子は必死に突破口を見つけるために状況を整理する。
(あの巨大蜥蜴と、二人は多分仲間じゃない筈……仲間だったら私達の対処を任せてさっさと逃げるなり、挟み撃ちにして逃げられないようにすればいい……なのに未だに逃げようとしていることは変わりない……)
そもそも、立て続けに状況が動いているのさえおかしな話であった。
突然、志穂梨達が把握していなかった"迷人"が突然現れたのもおかしな話だろう。もし他に知っていたとすれば彼らが事前に都子達に話していた筈である。
さらに、本来は一年後に来る筈だった所を前倒しして現れたとリンブル自身が宣誓の中で言っていた。
つまり、何か一年前倒しにこちらへ攻め込む必要があったのではないだろうか。
都子の中で何らかの疑惑が纏り始めた所で、時間切れとなった。
「ハハハハハハ、それでは、行こうか」
リンブルが殆ど完全に四足獣も同然の構えを取って、戦いの始まりを宣告する。
その気になれば次の瞬間には地に突けた手足によって突進が繰り出されることになるだろう。
「随分と余裕だな。作戦時間までくれるなんて」
「我が一族の伝統の先掛けの栄誉、俺もそれを欲している。しかし、その相手が取るに足らん小僧どもで加えて奇襲を仕掛けて殺戮した……などという結果など、掲げるに値するものでは無くなるからな……」
「一応聞いておくが……それで、死んだらどうする気なんだ?」
苦笑いが混じった恭兵の問いに、リンブルはそれが当然の義務のように答える。
「フフフ、若造、我が名誉の相手となる事を敬して、良い事を教えて置いてやろう――――戦端を開いたことものが生き残れる筈もないだろう。戦の最前線で敵を殺し尽くせぬならば、先駆けが死ぬは道理だろう」
「……そうかよ」
リンブルの言葉を受けて都子と志穂梨が絶句する中、辛うじて言葉を返す事ができたのは恭兵だけだった。
「さて―――やろうかァッ!」
雄たけびと共に、リンブルは手足で地面を蹴って恭兵へと真っ直ぐに突進を行う。
「《大いなる白き光、主神アーフラ=レアよ。我が意に答え、隣人を守る光を与えたまえ》、《聖盾》ッ!」
志穂梨は呪文を唱える。白く発光する半透明のベールの壁はリンブルの突進から恭兵達を守るように彼我の中間地点に現れる。
とは言え、それで止まるとは思えなかった。繰り出された突進に対しては壁になるのかどうかも、恭兵には判断できなかった。森で戦ったジャンガリアゴリラの一撃とは見かけからして威力が違う。
都子の魔法には確か防壁となるようなものは無かったな、と恭兵が思ったときだった。
後ろに立つ都子が理解不能の言語を呪文として唱えていた、声の方向から考えて対処するのはこちら、突進してくるリンブルを優先することにしたようだ。
「《砲台》ッ!」
都子の唱えた呪文は形となる。志穂梨が展開した《聖盾》の外側に地面からせり上がるように現れる黒い円筒と思わしき構築物。形状はとてもシンプルであり、まるで石からきれいに切り出したかのようだ。
そんな見た目はともかくとして重量は十分にあるように思える構造物だ。それが十分な壁になるかどうかは定かではないが。
「……ッ、ゴメン上手く行かなかった!」
「大丈夫だ。後もう一枚壁はある……!」
そう言った恭兵は既に大剣を左手に右手をできるだけ自然な流れで伸ばし、横目に位置と状況を確認しながら《念動力》を使う。
「《念動掴み》」
掴んだのは、リンブルの突進の隙を突いてその場から離脱を図ったいたトラ男であった。
「ユーリシア逃げろ……!」
「《念動投石器》ッ!」
それはまさしく透明な巨人の手に掴まれた如く、咄嗟に自分の背にしがみついていたゴシックドレスの少女を引き剥がす以外の抵抗ができずにトラ男はリンブル目掛けて飛んで行く。着弾する位置は都子が作り出した障害物の手前である。
「都子、今の内にあの子を何とかしといてくれ」
「ア、アンタ本気!? あそこは流石に衝突事故起こすわよ……!」
「すまん、余裕無かった。それに―――俺の勘が当たっていればアイツも大丈夫だろ」
リンブルに対する壁を作りつつ、懸念事項を解決する方法として恭兵の咄嗟の行動に合理性はあるとはいえ、巨体との突撃コースである。自分達よりガタイが良いとはいえ家屋なども簡単に破壊しかねない一撃であるのだ。トラックに轢かれるよりも惨い状態になるのだと都子は想像してしまう。
だが、自らが投げたトラ男に対して恭兵は特に気にしている様子は無かった。寧ろその発言には何らかの信頼があるように思えた。
「テメェ覚えてろよ、大剣野郎ッ! 《生命変化》ッ!」
トラ男は叫ぶと自らの超能力を発動させた。
空中で丸くなり、そのまま手足が丸まり体毛も体に溶けていき、黄色と黒のトラ柄模様の球体へと瞬時に変化する。
しかし、変化はそこで止まらない。
球体のトラ柄は徐々にその色を失っていき、同時にその体積は膨張していく。
元の球体から一回り大きくなった所で内側から黒毛に丸太のように太い手足が突き出てくる。
足は牛の蹄だがその手には黒い体毛に包まれた太い五本の指、そして形となって現れる屈強な肉体に頭部は立派な二本の角を備えた牛のそれであり、まさに人に牛を掛け合わせたような怪物が現れた。
変身する超能力だ、恭兵はそう判断した。
「ぐぉらああああああ!!」
「ほう、その意気や良しィッ!」
牛の怪物は地面を揺るがしながら着地した所で都子が生み出した構築物を盾にするように構える。
リンブルは割り込んできた牛の怪物を、気にせず全身をぶつける。
破砕音が修練場に響く。
「うぐぁっ」
「その程度――、俺を突破できよう筈も無いわッ!」
都子が作り出した円筒状の構造物は牛の怪物の盾となるように破壊され突破される。牛の怪物は上手く衝撃を躱して地面に転がった。
リンブルは突進の勢いを削がれたが、止まる事無く突き進む。地面を足で蹴り削がれた憩いを取り戻しながら、志穂梨の敷いた《聖盾》の半透明のベールへと突入する。
「き、きますっ……!」
「俺も加勢する。《念動衝撃》ッ!」
迫る激突に備えて杖を握りしめながら志穂梨は覚悟を決める。
少しでも勢いを削ぐために恭兵は右手から《念動力》による瞬間の加撃を放つ。ボクシングのジャブのように見えない遠隔打撃を打ち込み続ける。
「ぬぐ!? これはまさか魔法剣士……否、これも"迷人"特有の力という奴かッ! だがこの程度で先駆けの名誉を落とせると思うなッ!」
「くっ……!」
それでも尚リンブルは止まる事無く突き進み、《聖盾》へとその牙を突き立てる。
巨体を受け止めたことで衝撃が音となり空間を震わせる。何とかリンブルを受け止める事に成功するが―――
それも、一瞬でしかない。
「この程度の障壁などッ!」
頑丈な顎と牙、それに加えて突き立てられた爪を用いて《聖盾》が食い破られる。
使い手の振り絞った精神力を用いて構築される神聖魔法を破られたためなのか、志穂梨はふらりと体を崩して倒れてしまう。
リンブルは止まる事無く、攻撃を加える。半透明のベールを引き裂きながら、眼前に立つのは蜥蜴の巨人、その右の巨腕が全身の体重を生かした一撃となって振るわれる。空気を切り裂くというよりもなぎ倒すというように嵐が巨腕に取り巻くようにして轟音と鳴りながら振り下ろされた。
―――それに対するは、高塔恭兵の正面勝負。
赤い大剣を振りかぶり、右足に体重を乗せた状態から左足を踏み出す。
同時に上半身から腰、下半身を捻るように回転させ勢いを付ける。《念動力》を用いて関節の各部を補強し支えた状態のまま赤い大剣の先端に力を加える。全身全霊のフルスイングだ。
「ハァッーーー!」
「ホームランッ!」
低い位置からの突進は、二度の障害を経ることでその重心は高くなった。
速度自体は繰り返しの衝突で減退されていた。
打ち込まれた拳も、軌道も拍子も分かりやすいテレフォンパンチが繰り出されただけだ。
(それでも、この……圧力っ……!)
押される。重い拳が赤い大剣越しに恭兵の両手に伝わる。
そのまま体重を更に加えられてしまえば、押し潰されてしまう。
「ォオオオオオオッ!」
それでも全力で押し返した。勢いと力は恭兵の方が上だった。
弾かれたその拳と共に、リンブルが停止する―――
「やるなッ! ではもう一度だッ!」
されども攻撃は止まらない。右半身を引いた勢いを乗せて短く速く、左の巨腕を打ち下ろす。
ただ振り下ろしただけの拳に体重は載せられていないが、振り終わった恭兵にこれを防ぐ手段は無い。態勢を立て直す時間は残されていない。
直撃すれば全身の骨が叩き折られる。恭兵が《念動力》で少しでもダメージを減らそうとした時だった。
彼の視線の先に見えたものがあった。
―――恭兵は《念動力》を防御に回すのを止めた。
「《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が斧槍に汝の権能を授け、魔から守る聖盾となしたまえ》、《聖雷の聖盾》ッ!」
上空から声が轟く。
同時に聖なる雷より作られる力場が、恭兵とリンブルの間に落ちた。
「何ッ!」
驚愕するリンブルは突然の事態に振り下ろした左拳を止めることはできず、力場へと巨腕は突入した。
志穂梨のそれよりも強力な聖なる盾はリンブルの一撃を防ぐばかりでなく、聖雷の力場を形成することでその空間に左の巨腕を封じ込めた。
「―――じゃあ、こっちもいいか? もう一度だ」
そして、恭兵の態勢が整った。
振り終わった瞬間、残った勢いから右足を浮かせて、左足を軸に《念動力》で無理矢理もう一度回転を起こす。フォームはてんでめちゃくちゃでなっておらず、小学生の考えたへんてこな打法そのものだが、恭兵は構わずに振り切る。
右足を滑らせるように着地させ、そこからもう一度捻る。勢いは止まらない。
「ホームランッ!」
もう一度放った一撃は、前のめりの態勢の為に突き出たリンブルの顎を打ちすえて、そこから吹き飛ばした。
巨体がのけぞり後退する。一歩、二歩とフラフラとおぼつかない足取りから、そのまま転倒することを恭兵は祈るが―――
「フンッ!!」
そう上手くはいかなかった。
二歩でしっかりと足を地面に踏ん張り、そこから上体を起こす。
同時に左手を握りしめると、力場はたちどころにその存在は薄くなってしまい、遂には破れてしまった。
自由になった左の巨腕の状態を確認しながら、蜥蜴の巨人は口に手を突っ込んで何かを引き抜き、血を空き捨てた。
その手に持っていたのはその大きな口に見合う歯であった。
「よく、効いた……成程、俺の名誉の敵に相応しい相手であることは分かる……だが」
リンブルは傷を負ったにも関わらず、その蜥蜴面で笑みを浮かべる。
その視線の先は恭兵の隣と、そしてその後ろに見られていた。
「俺の宣誓を聞いた者が来たか……ならば名乗るがいいッ! 何、こちらが一年前倒しで現れたからには多少の対応の遅参は構わんぞ?」
「では―――」
「ふむ、吾輩も行こうか」
恭兵の隣に並ぶようにでる。
一人は絹の如き金髪に白き肌、琥珀色の瞳、誰もがその目を逸らせぬ美貌を持ちながら、その手には彼女の意志を形とする斧槍、ハルバードを携えていた。
一人は、全身鎧を着こんだ偉丈夫。既に向き放たれた両手剣が光輝くが、しかしその存在感は異様としれない。
「対魔十六武騎、第三席《聖騎士》を預かります、エニステラ=ヴェス=アークウェリア、《聖雷戦姫》、遅れてしまい申し訳ありません」
「聖騎士崩れの一冒険者、ヘンフリート=ヴァシュケン、《聖線》の名を預かっている。所属は――今なお、我が誇り高き一党、"ストレンジャーズ"である」
そして、と続くようにヘンフリートは後方に視線をやる。
「「「「「我ら、マナリスト神殿所属、神官及び聖騎士ッッ!!!」」」」」
重なる声と同時に、修練場の外、神殿区域の建物から姿を現したのはそれぞれの信じる神を司る杖や剣、メイスに鎧を身に付けた神官や聖騎士達であった。
代表するようにエニステラが一歩出る。その足取りだけでこの場を支配する。
「"迷人"の方ばかりには任せません、ここよりは、私が、いえ、私達もお相手致します」
リンブルは笑みをその宣誓を受けて笑みを浮かべる。
この時こそまさに、マナリスト迎撃戦の幕が切って落とされる瞬間であった。
多忙により次も一ヶ月以内には更新する予定です……




