第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ18:真相に迫りたい騎士団、悩む忍者、そして始まる
何とか年内に滑り込むことができました。三が日の共にどうぞ……!
12000字と少々長いです。
石畳の廊下を歩いている。
幾重にも重なるその足音が固い壁面に反響することで、廊下の先から足音の主たちの後方へと反響する。
それらの音に聞き耳を立てて、周囲の状況を把握しようと努めているのは、忍者の職業病とでも言うものなのだ、と佐助はふとそんな事を思ってしまった。
現在、加藤佐助と真鍋実は実の師であるマニガスの誘いを受けて、魔法騎士団の拠点である建物に来ていた。
甲冑に身を包んだ魔法騎士の案内をうけて、昨夜に佐助が捕えた盗み屋の一人、”運び屋”を捕えている牢屋へと向かっていた。
「いやあ、良かった良かった。こちらでも色々と調べてはいてもどうにも行き詰まっていてね。だから、捕まえてくれた冒険者だけでなく、かのマニガス老とそのお弟子さんにまで来てもらうなんて、非常に助かった」
「何が助かった、だ。少しは魔法騎士団の一員としての誇りとかは無いのか?」
「そうは言っても、こういうのは解決が最優先だろう? でなけりゃ誇りなんて紙くず同然だって」
佐助達を案内している騎士の二人はそんな会話を交わしながら先をいく。
出向いた当初は、あまり良い目には見られないだろうという佐助の想定に反して、彼らの対応はこちらを歓迎するものであり、苦言を呈していた方の騎士も、邪険に扱われているというよりも、自身の至らなさに対しての苛立ちを発しているのだと感じ取れる。
「いつもこんな感じなんすかね」
「俺も詳しい訳じゃないが……少なくとも外部の魔法使いへの隔意が蔓延っている訳では無いのは確かだ。彼ら自身で解決できない魔法事故に関して、専門の魔法使いがこうして呼ばれるというのもそう珍しい話じゃない」
「儂もこうして時々呼ばれるからの。こういったこともマナリストで研究塔を建てたものにかかる義務のようなものじゃて」
「俺達の方も日々、あれこれと手は回しているんだけどねえ……流石に最新最先端の魔法研究をどれもこれも対処できる訳じゃないし、できないことはできないとスパッと判断した方がいいのさ」
「だからと言って、このマナリストの治安を預かる以上、相応の威厳は必要であり、その都合上被害者にも加害者にもなりうる魔法使いや冒険者との必要以上の接触を持たないのが最善ではあるのだがな……現実は中々厳しい」
佐助が実へこっそりと耳打ちをして聞いた話の内容に前方を歩く騎士たちが反応した。
反応を窺うためにある程度は聞こえるような声の音量であったのだが、相応に反応しているということで前を歩きこちらを案内しつつも警戒を怠っていないことが分かる。
伊達に魔法都市の治安を担っていないその練度の程が伺える。
「しかし、今回は外部に頼るのが遅かったんじゃないか?」
「仕方ないだろう。そもそも奴らを捕えること自体はそう難しい事では無かったし、頭を除くのも容易だった。次から次へと情報が手に入ることから人手さえ足りれば十分に解決できると判断してしまったのが……我らの怠慢のもとだった。私とお前もな」
「まあ、な。アイツらが盗むもんなんて”盗み屋”をやるにはリスクとリターンに釣り合わないものがほとんどだったからな……それを見て後回しにしてたツケがこのざまだ。まあ、これ以上は好きにさせねえけどな」
そうして交わされる会話の内容を噛み砕きながら、佐助はもたらされる情報を整理する。
こちらへの警戒があるにも関わらず、魔法使いとしての実績を持つマニガスやその弟子である実だけでなく一冒険者でしかない佐助にも聞こえるようにこうしてべらべらと内部事情を目の前で話している。
佐助はそれをこちらへと意図的に事情を明かす必要があるのではないかというように受け取った。
(面と向かってはっきり言えないのは騎士団としての面子があるからだが……これは、情報を渡す分、協力しろってことか……?)
タダで手に入れることができる情報程、用心するに越したことは無い。忍者としての心得の一つを心の内で反芻しながら、佐助は後方を悟られないように振り返る。
退路は行きすがらの観察とさりげなく行った《接触感応》で三パターン程は想定している。いざとなれば、最悪、実を連れてこの建物を脱出することも視野に入れなければならない。
(どう考えても、一冒険者の俺を把握しているのはどうにもおかしい。昨夜に運び屋を引き渡した時に顔が会った程度の、訪れて一週間そこらの何の信用も実績も無い冒険者に頼るだけじゃなくて、内情まで明かすのは何か事情があるはずだ)
佐助の懸念事項としては、自身の能力、《接触感応》であった。
運び屋から情報を聞き出した方法として、独自の自白方法だと予め伝えてあるのだが、幾ら企業秘密、仕事の種、等ともっともらしい理由はあったとしても、外から見れば怪しいのは事実である。
騎士団の方で佐助の情報の裏付けの確認が取れない以上は、告げた本人に事情を聞こうとするのは自然である。
(真犯人が混乱させるために情報を漏らさないように口封じして渡した……なんてことも考えられない訳じゃないっすからね……自らのことながら怪しさ満点だし)
こうして、マニガスを通し依頼するような形でのお誘いがあった以上は佐助への疑いはおこまで深い訳ではなさそうではあるが、疑いを掛けられているかもしれないと想定しておく必要があると佐助は判断して警戒を緩めない。
初めから正直に話しておけば騎士団から疑いをもたれることも無かったかも知れないが、《接触感応》という触れるだけであらゆる情報を抜き取ってしまう超能力の存在を知れば、ただの警戒では済まない可能性がある。
どんなに堅く閉ざした機密さえも知られてしまうという危険性があれば佐助自身も危険人物としてとらえられかねなかった。
(なによりも、俺の超能力は魔法が絡むと正常には機能しない……まるで読めない時もあれば、魔法による暗示や記憶の読み取りに対する防壁のようなものさえもすり抜ける時もある……それを知られてしまえば、一気に危険人物になって追いかけまわされるに違いない)
そういった事を専門とした研究塔の魔法使いに興味を持たれることなどもぞっとしない話である。それこそ元の世界のSF小説にあるような宇宙人よろしく頭を割られて脳を調べられるといった想像まで佐助は想定してしまった。
やるべき使命を抱えた佐助はそんな事に付き合う訳には行かなかった。
思考を続けながら石畳の廊下を歩いて行けば次第に周囲が暗い雰囲気を醸し出す。
周囲からは窓が消え、壁に備え付けられている燭台に灯されている蝋燭の明かりだけが空間を照らしており、その数も次第に少なくなってきている。
「ここから先が魔法騎士団で捕えた連中がいる区画、つまりはマナリストでやらかした奴らのいる牢獄だ……中に居る奴らから何かしらの干渉を受けるかもしれないが、意識を向けずに黙して進め」
「……成程、了解っす」
前方を歩く騎士からの注意が飛んだ所で件の場所が見えてきた。
そこは先ず開けた所があり、これまた二人の甲冑に身を包んだ騎士が立っている。そこから先には幾人もの人の気配を感じることができ、つまりはそこからが罪人を捕えている牢屋であることが分かる。
牢屋番となっている二人の騎士に対して軽い会釈を交わしながら先へと進んで行けば、そこには幾つもの牢屋が立ち並ぶ空間がある。
そこに並んでいる牢屋には囚人が捕えられており、手枷や足枷の先に鉄球が付けられており、薄ら笑いを浮かべながら鉄格子越しに手伸ばしてきていた。
まさに亡者の如く伸ばされる手に一切構うことなく通り過ぎて、次の区画へと移る。
扉一つ抜けた先にある区画では、先ほどと同じ様に幾つもの牢屋が並んでおり、そこには同じく囚人が捕えられている。先ほどの区画との違いと言えばそれら囚人たちには鉄製の金魚鉢と喩えられる手枷を掛けられ、厳重にその手の自由を奪われて、その上で鉄の轡にて口枷まで掛けられている程入念に拘束を掛けられていることであった。
もはやその自由はほとんど失われている中で恨めし気に佐助達を睨んでいる。
「先ほどの区画は主に魔法使いや冒険者じゃない連中、比較的軽い罪状で捕まったような者で固めてる。そしてこの区画からはそれ以外の者がいる」
「物騒な手枷とか口枷とかがかまされてるのは、魔法対策とかっすよね」
「その通りだ。盗賊などの輩などの手癖の悪い奴らを封じ込める役割もあることではあるのだがな」
「口枷で呪文を封じて、手枷で魔法陣を封じる。単純だが確実な手ではあるのは確かだな」
「まあ、もう少しやばい奴とかは更に色々ときつい拘束を付けるんだけどな」
ははは、と乾いた言葉を残す騎士を他所に、佐助は反響する音に意識を集中する。
進路の先に存在する幾つかの区画に分かれた牢獄の空間を認識した後にその奥に下へと階段のようなものがあると分かる。
そこからは更に幾つもの部屋が存在する空間があるであろうことを理解した所で向ける意識を目の前まで戻す。
下の階層にいるのは先を行く騎士が告げたようにこの区画に収容されている罪人達よりも危険度が高い者達を収容しているだろうことと佐助は推測した。
(これ以上はあまり突っ込まない方がいいっすね……必要以上に知ってることを悟られるとそれだけで問題になりますし)
佐助ならば修行の末に習得した精神制御からなる表情から発汗、声の震えまで抑えることで悟られないようにすることは容易である。
だが、そもそも偽るという事自体が一定の危険を伴い物であり、さらにこの世界では《接触感応》と同じように脳内の記憶といった情報を読み取ることができる魔法の存在があり、それに対抗する手段を佐助は持ち合わせていなかった。
よって、必要以上の情報を持ち合わせないという事が疑われるという状況に対する適切な対処であると佐助は考えている。その証拠に、彼は魔法騎士団の建物に入ってから、一度も《接触感応》を用いずに持ち合わせてる忍者としての技能のみを使って状況の把握に努めていた。
「さて、着いたぞ」
鉄格子が続く閉塞的なその空間に、一つ部屋があった。
これまた堅牢な鉄で覆われた部屋であり、重厚そうなこれまた鉄製の扉のみがその部屋へと入ることができる唯一の出入り口であった。
完全なる密閉状態にあると思われ、
「ここが尋問室だ。そしてこの部屋にそこの冒険者、報告ではサスケ・カトウが捕まえた"盗み屋"の一人、運び屋を担当していた男をここに入れている」
「ふむ、それでは……いくつか事前に打ち合わせをしておく必要があるの?」
「ええそうですね、ヴァンセニック老。ここまで来れば一応の対策は十分かと」
そう言って、騎士の一人が懐から球状の装置のようなものを取り出した。
騎士は装置を一撫ですると、手からこぼしたように落とすと、それは地面を転がって、中から透明な気体を噴出する。気体は瞬く間にこの場にいる五人を包み透明な球状の膜となった。
足音からの反響する音の連鎖が気体の膜に弾かれて球状の領域内でのみ跳ね返っていることを佐助は感知した。それは気体の膜の内側からの音は外へと出ないことを意味していた。
佐助は背後へと回避行動を取ろうと腰を低くしたが、実とマニガスが全くと言っていいほど身構えていなかったことで、一瞬、逡巡した上でその場で踏みとどまる事を選択した。
危険性が無い気体であることを悟ったことで、過剰な反応は返って、敵対行動を取ったと捉えられ
「そう身構えないでくれ、これは所謂人払いの《アーティファクト》、この中でのやり取りは外に漏れないようになっている。内緒話をするにはあつらえ向きの一品だ」
「……そういうのは事前に言ってもらいたいっすね……」
「いや、すまないな。斥候がこういうのに機敏なのは分かっているんだが、こうして内密に話をしておく必要があったんだ」
「……内密に?」
騎士二人からの謝罪を受けて、佐助は一先ず臨戦態勢の状態を解き、話を聞くこととした。
瞬時の脱出を諦めた以上、抵抗することは出来なかった。
敵対すると仮定した上でも、既に騎士達が使用した《アーティファクト》の影響下にあり、その上相手は四人である。
精鋭の魔法騎士二人に加えて、魔法使いが二人、その内の一人はかつて対魔十六武騎の一人である。まず勝ち目があると考えない方が良かった。
佐助は兎も角話を聞くしかない、と判断せざるを得なかった。
「ああ、実はな……自らの恥を晒すようで情けないことだが、魔法騎士団内部に内通者がいる疑いがある」
「……待ってくれ」
聞いた瞬間に佐助はある種の後悔を得た。
実の方へと視線を向ければ
正直この場で頭を抱えたくなったが、その前にどうしても聞かなければならないと、何故と埋め尽くされる思考を抑えて騎士へと問いをかける。
「何でそれを俺に打ち明けたんすか? こちとら、一冒険者でしか身元が信用できない斥候でしかないんだ。冒険者としての実績もまだ下から二番目の燈星級でしかないんだぞ」
「それはこちらも同じだ。教授ならまだしも、俺も同じ研究塔に所属している魔法使いというだけで特に信用されるような実績は持ち合わせている訳では無いのだが……?」
「疑問に思うのも無理もない。だが、こちらは信用できる人物を、とマニガス老に要請したつもりだ。従ってこちらもそのように扱わせてもらおうことにしただけだ」
佐助と実は揃って、マニガスの方へと顔を向ける。
確かに誘いには乗った形になるのだが、ここに来るまでの間、事情の一つも老人からは聞かされていなかった二人であったのだ。
そんな、そしらぬ顔で引き返せない所まで二人を連れ込んだ当人は、
「はて、言わなかったかのう? まあ、二人ともあの中では口が堅い方ではあると思うておったし、そもそもこのような事に関わるとなればそれなりの危険が伴うことは想定しておくべきではないのか?」
「それにしたって、限度というものがあると思うっすけど」
「教授、この世界にも説明責任というものがあると俺は思っていたのですが、そこに関してはどうお考えなんですかね?」
「外で誰かが聞いているか分からんのに話す奴がおるか。儂にも請け負った責任というものがあるんじゃよ」
殆ど確信犯のようであった。
二人としては納得がいく答えが得られた訳では無いのだが、これ以上追及することは無駄だと判断して話を本題へと進めた方が良いのではという意見を、視線を合わせることで一致させた。
「とは言え、儂がお主らを読んだのにも訳は当然ある。が、それを話すのはもう少し騎士団の方との打ち合わせが進んでからじゃな」
「成程……自分としては殆ど説明されるのを諦めてたので、説明があるというだけでここは納得しておきます」
「では、話を進めよう。我々の中に内通者がいると知ったのはつい先日、二日程前の話だ」
騎士はそうして本題に入った。
彼が言うには"盗み屋"ははほぼ同一の集団として動いている性質上、今まで捕えた"盗み屋"の実行犯からその行動パターンを取っているという。
それらを騎士団の方で把握できるようになったことで、予め盗みが行われるであろう場所に張り込んでおくことで捕えることに決めたという。
未だに"盗み屋"の集団へと誘い、支持を出している人物の足取りを掴めている訳では無かったが、その最終的な目的については幾つかの予想を立てることができたというのであった。
「奴らはマナリストで目についた物を衝動的に奪おうとしている訳じゃ無い。事前に幾らかの準備をした上で実行を行っている。だからこそ、一定の被害がでていることだしな。だが、これには狙う目標についても言えることだ。彼らはある種の法則に従って目標を決めているのではないかという疑いがかかった」
「その法則とは?」
「場所だ。奴らはマナリストの外縁部から中心部へと移っていくように、目標とする場所を変えていることがわかった。最初の幾つかはそれを悟られないようにしたのか、殆ど散発的かつ無作為に選ばれた箇所を対象としていたが、ここ最近は殆どこの法則に従っているという事が分かっている」
「普通こういう"盗み屋"っていうのは何かしらの魔法研究の成果、魔導書なり《アーティファクト》なり特殊な薬なりを目的とするもんだ。後は、そこの警備……物理的、魔法的な防犯手段を見て実行に移すかを判断するが……そこに見境が無い。だからこそ当初は関連性が見つからなかった訳だな」
しかし、一度狙いが絞れたならば魔法騎士団が捕えられない筈は無く。瞬く間に検挙数は上がっていったという。
平行して進行していた教唆犯の捜索は芳しい結果が出ていなかったことを受けて、騎士団は一先ず実行犯となっている者達を全て確保することでこれ以上の活動は無意味だと悟らせ盗み自体の抑止を働きかけ、それらで出来た時間を使って"盗み屋"に掛けられている記憶操作の魔法を解析するという方針を固めていた。
数に任せた包囲網を敷いているため、教唆犯を捕捉するには冒険者の手を借りる必要があったが、事態は騎士団で収束することが可能であるという目が見え始めていた。
だがしかし、そこで彼らの想定外の事態が起こりつつあった。
「二日程前だ。我々騎士団の包囲網に実行犯の一人が引っ掛かった。そこで六人掛かりで路地裏まで追い詰めたのだが……その後姿を見失ってしまった」
「その後周囲の捜索をして半刻位だったかで見つけて捕えたのは良かったんだが……まず包囲網から一度取り逃がしたのが引っ掛かるって言いだした奴がいてな……まあ、コイツなんだけど」
「私は反省すべきだと当然の事を言ったまでだ。もしあの時いたのが、災厄をもたらすような魔法使いであれば取り逃がしたというだけで大惨事を引き起こしかねなかった」
「と、まあそんな訳で原因を探るっていったら聞かない奴なんだが……そのおかげでこんなことになったという感じだな」
彼らは直ぐ様包囲していた騎士達に話を聞いた上でその状況を検証した所、六人からの証言を合わせた所、それぞれの証言が矛盾していたのだという。
現場の検証を合わせてみたものの、実行犯が姿を消すような魔法を扱っていたような形跡は無かったようであり、それらの要素から騎士団の内部に意図的に実行犯を取り逃がした人物がいるのでは無いかという疑いがかかったのである。
「まあ、正直論理が飛躍している面もあるとは思う。六人の中で自分の失敗を隠そうとした、とか単純に俺達の調査能力を凌ぐ魔法を使われたとか、そういう可能性もある」
「だが、それらの内で最悪の可能性はこちらに内通者がいるということだ。だが、改めて六人調べるとしてもその時点で疑いが掛かった事を悟られる可能性がある。その結果取り逃がしてしまえば、それこそ最悪の結果となる」
「内通者を逃してしまえば魔法騎士団の機密さえ奪われてしまうということか」
「いや、騎士団の一員に成り代わっているという可能性も考えれば、機密を持ち去られた上に再び騎士団内部に潜りこまれる危険性も考慮しなければならない」
「それはまあ、最悪っすけど……」
成り代わることができてしまうという想定であれば、二日程時間が空いてしまった今、疑惑に上がっている六人どころか、既に別の騎士団内の人物に成り代わっている可能性さえ出てくるのである。それらを探し当てるには相当な労力が必要であるのだ。
それらを解決することに《接触感応》ならば十分に役に立つが佐助としては危険性を考えると無闇に用いたくは無い。
「それらの懸念がある以上、我々も慎重に慎重を重ねて対応しなければならない。そんな状況に昨夜、運び屋という報告を受けた人物を捕らえた」
「そして、"盗み屋"の連中を繋いでいるという連絡係の存在も漏らしたという話もな。まだこっちでそれらの真偽は確認出来ていないが……こうして報告した本人が来てくれて本当に助かる」
「俺に、どうやったか言えってことっすか?」
「強制はしたくないが……こちらも時間があまり無い。懸念事項はこれだけでは無く、我々はそれら全てに対応するのが使命であるのでな」
「だからって、斥候が手口をそう簡単に明かす訳には……」
「それなりの便宜は図る。俺達のトップ、魔法騎士団の団長と話し合って貰う必要があるが……、あの人の権限が許す限りはという許可は取った」
佐助も思わず目を見開いた。
彼が引き出すことができ、かつ問題が無いと判断できる最大限の譲歩だったのだ。それをポンと出されるのは、佐助も驚きを隠すには逆に不自然な程である。
魔法騎士団の便宜があれば、自らの目的を成し遂げる一助になることができる。
そうでなくとも、《接触感応》を秘匿してもらうということに用いれば懸念されるリスクも最小限で済ませることができる筈である。
「……そこまで、一冒険者に頼っていいんすか?」
「私自身としては良いと思ってる訳では無い。君が報告を偽っている可能性もある。だが、それ以上に治安を預かる筈の我々の中にそれを乱す者がいることを許せないだけだ」
「時間が無いのも確かだからな。それに俺達が騙されてたとしても、他に騎士団がいる。全員が全員成り代わっている訳じゃあるまいし、だとしても最後まで騙されるような奴らじゃない。だから、俺達位が騙せれても問題は無いさ」
佐助は二人の騎士からの言葉を受けて、総合的に判断する。
メリットは確かに提示されており、それに対して佐助が《接触感応》を使うことのリスクと比べても釣り合いが取れるものとなるだろう。
だが、それでも手の内を明かすという事に関して抵抗を感じてしまっている。恭兵達の前ではここまでの抵抗感はなかったにも関わらず。
(……俺もやきが回っているんすかね)
今まで通り、慎重に対処する。
虎穴に入ずんば虎子を得ず。自分の目的を果たすためには目に見えている危険に飛び込まなければならない。それは今までも変わらなかった。
断じて、この場で自分が墓穴を掘ることで、恭兵や都子に迷惑を掛けてしまうことを懸念している訳では無いと、自分に言い聞かせる。
「分かったっすよ。俺がどうやって、相手の口を割らせたのかをそちらに明かすっす」
「そうか……それは良かったが、引き換えに何を要求する?」
「それは、また後でで大丈夫っすかね。また色々とあると思うんで」
「よかろう。そういう訳で、一先ずは打ち合わせを終えたが……」
「待ってくれ」
佐助の了承を得たことで厳格な騎士が早速尋問部屋へと赴こうとした所で実から待ったが入った。
「俺が呼ばれた理由が分からないのだが」
「それは完全に儂からの推薦じゃよ。お前の能力も使えると思ったから呼んだんじゃ」
「……成程。そうであれば、教授。貴方はもしや結構前からこの事件に関わっているのでは?」
「当然、その通りじゃ。大体一週間前位から関わっておる」
「都子の件と殆ど同時に進行していたんすか?」
「儂、働きもんじゃろう?」
得意げにそう言い放つマニガスに毒気を抜かれそうになった佐助と実だが、二人は事実としてマニガスが一週間前からこの事件に関わっているということを知ったのであった。
「つまり、教授でも"盗み屋"の記憶を読み解けなかったんですか……!」
「具体的に言えばそうなるの。じゃが、儂とて手をこまねいて何もしていなかった訳では無い。まあ、ここで説明を行うのもあれじゃから、早速中で行うかの」
ふむと、顎に手をあてたままマニガスは尋問室へと入るように促した。
それを受けて厳格な騎士は重厚な扉の鍵を開ける。
ギギギ、と金属同士の重い摩擦音を発しながら、鋼鉄の箱で出来た尋問室が開かれることになった。
十分な換気がなされておらず重苦しい空気を発する尋問室に年齢を思わせぬ足取りでマニガスは入って行った。
それに続くようにして、実、佐助が入っていき、その後ろを固めるようにして二人の騎士も続いた。
部屋の中には、木製の机と椅子、それらに四肢を鉄の枷によって繋がれている男がいた。
顔を俯かせており表情が見えないが、確かに佐助が捕えた"盗み屋"の運び屋を担当している男である。
「意識は無さそうっすけど、一応何しました?」
「簡単な質問と記憶を覗く魔法を少しだ。確かに結果はいつもとは違う結果になったが……いずれにしろ連絡係と名乗っていた奴の顔が分かった訳では無い」
「寝てるのは、記憶を覗くのに丁度いいからだよ。起きてると意識が当人のあちこちに飛ぶからな」
「成程、とは言え俺も奴の顔が分かった訳じゃ無いっすからね……」
佐助が読み取った時もしっかりと黒いローブに顔を隠していたことを覚えている。他人の記憶越しでは流石の《接触感応》でもその正体を掴むことはできなかった。
「ともかく、一度見たほうがよかろう。《記憶写術》を」
「分かりました」
マニガスの言葉を受けて厳格な騎士が部屋の片隅から大きな鏡のようなものを持ってきて、それとなにかしらの植物の蔓で編んだ太い縄で繋がれたヘッドギアのようなものを運び屋の男に被せた。これが《記憶写術》を行う《アーティファクト》なのだろう。
「この《アーティファクト》で頭に装置を取り付けた人物の任意の記憶を見ることができる。あまり昔のことは遡れないが……直近の犯罪行為を見る位なら十分だ」
「じゃあ、いきますよ」
「うむ」
騎士の合図と共に、男に取り付けられたヘッドギアから縄、鏡へと何かが伝搬するように青白い光が輝いた。
発光から二十秒程経った所で、巨大な鏡にこれまで映っていた筈のこの部屋のもので無い光景が映し出された。
それは暗い室内であったが、僅かな蝋燭に灯されており、その明かりからバーのカウンターのようなものとその上に並べられる幾つもの酒瓶があった。
「映っているのは……酒場か?」
「そうだ。コイツの記憶通りに、ここには酒場が映っている。恐らく連絡係との連絡に用いていた場所だ」
「俺の読み取った情報も、ここにある通りっす」
五人が僅かな手掛かりを探るように、鏡に映る像を観察していると、そこに動きがあった。
「誰か目の前に座ったっすね」
「これが目標の連絡係だろ。取り敢えず、記憶の再生を止めるぞ」
そこに現れたのは、何とも奇妙なというか、凡そ常識的な人間の顔では無かった。
例えるならば、幼稚園児が画用紙一杯に色とりどりのペンキをぶちまけた後に何とか人の顔の形をくりぬいたとしか表現ができないものであった。
何ともひどい落書きであった。
「確かに人の物では無い顔とは聞いたっすけど……ちなみにこういう人型の種族とかいるんですかね?」
「少なくとも、俺達が知っている中ではいないな。あちらの大陸の魔軍にはいるかも知れないが……それにしたってこうもあからさまでは無いだろう。周囲の人間はまるで反応一つ取ってないしな」
「まあ、それは置いておいて……聞いていた話とは随分違うな。確か、顔はローブに隠されて何一つ見えないんじゃなかったのか?」
「ああ、そのはずなんだが……」
明らかに異なる違いであった。そしてこれが確かに何らかの記憶の操作となるような魔法を掛けられていると騎士団が考えるのも当然のことであった。
だが、佐助が読み取った情報とこの記憶では何故こうも違いがあるのだろうか。
その疑問について、マニガスが答えた。
「恐らく、使った手段の違いなんじゃろうな。《記憶写術》は記憶を読み取ることができるが、これは本人の主観が重要となる。例えばこの酒場じゃが……本人と向かい合っている謎の人物以外には殆ど姿が無い。《アーティファクト》の仕様上、引き出される記憶には必要なものではないことであるために省かれているのじゃよ」
「まあ、確かにそう言った事例も幾つか確認してはいる。その為にあくまでこの《アーティファクト》で読み取った情報を元に嫌疑を固めていくということが重要であるのだが……」
「恐らく相手はその隙間を突くようにしてこの顔面を張り付けたんじゃろう。それが記憶を呼び出される時に浮かび上がっている訳じゃ」
「ですがマニガス老。それには何らかの魔法を使う必要があるでしょう。それにも関わらずこの男を始めとして時効犯にはそれらの魔法が使われた兆候は無かったのですが……」
「加えて特殊な薬の類もお抱えの薬師に頼んでも分からんかったんじゃろう? なぜなら、これは魔法というこの世界の法則の外にある力を以てなされたことなのじゃよ」
「魔法以外の力?」
騎士の疑問の声に反するように、佐助と実はその目を見開いていた。
だが、二人ともマニガス・ヴァンセニックという稀代の対抗魔法の使い手が解けぬ魔法と聞いた時点で、脳裏にその可能性を描いていたのを否定できなかった。
「超能力、"迷人"が使うことができる魔法のような、神の如き力、それでいてこの世界の物では無い、明確にことなるルーツを辿り、彼らが手を、足を動かすように扱うことができる力じゃ。そこの二人もそれを持っている」
「では、この二人が……?」
身構える二人の騎士に合わせるようにして、佐助と実も構える。
これは佐助としては、最悪の想定の二つ手前の状況であった。
一瞬即発の状況で、混乱をもたらした当人であるマニガスは仲裁を呼びかける。
「これこれ、またんか。こやつらは犯人ではないわい。まず、斥候の小僧が来たのは一週間程前じゃ関われるはずも無い。そ奴らの仲間も同じこと、そしてそこの弟子も、記憶を操るような大層なことはできん。それは師匠である儂が保証しよう」
「ですが……」
「加えて、神殿の方のお嬢ちゃんもこういった能力では無い。それに今は殆ど制御できずに使えずにおるしの。これはメヌエセスの方に確認を取ればよい」
マニガスの言葉に騎士達は一先ず落ち着きを取り戻したのか、構えを解いた。
「では、これをやった者は……」
「そう、つまり―――」
その時だった。
マニガスの答えを遮るように、地響きが起こった。
建物の中心にまで伝わる振動は何か危険なものをその場の全員に伝えていた。
全員低い姿勢を取り、やがて地面の震えが治まると騎士達は先ず尋問室の扉を開いた。
外に出ると、表面上、特に異変は起こっていないように見えるが、空気が異質なものとなっていることが肌で感じ取ることができる。
「何が起こった?」
「建物に何かが当たったって訳じゃ無さそうっすね」
既に超能力が明かされた身であれば、非常時に隠して置く必要も無いと判断した佐助は《接触感応》によりすぐさま起こった異変について読み取る。
詳しく読み取れた訳ではないが、それでも建物には異常が起こったようには見受けられない。
すると、前方から走ってくる人間を捉えた。
「部隊長ーー! 部隊長ーー!」
「何があった!?」
軽薄そうな騎士がそれに答える。
どうやら彼もそれなりの地位にあると思われる。
「報告します!! 現在、外側ではモンスター達の《怪物惨劇》が起こっています!」
「ということは、どこかの研究塔からまたぞろモンスターが逃げ出したのか? 今から、対処できる部隊を編成して―――待て、どういうことだ。外側だと?」
「はい! マナリストの外側、森林部から"生長外壁"へとモンスターが殺到してきています!!」
◆
ここまでが中間段階。
巻き起こるのは魔導保全都市の外部と内部から巻き起こる襲撃であり、一年程前倒しの宣戦布告となる。
積み重ねた知識の塔は無惨にも倒れてしまうだろう。
奇妙奇天烈とも言える魔法使いの学びの都も瓦礫の山となってしまえばなんの意味も生み出すことは無い。
――だが、そこにあらゆる予定外となりうるが七人いる。
彼ら働きこそが、或いは中立魔導保全都市マナリストでの迎撃戦を決する鍵となるであろう。
彼ら無しでは、聖雷の戦乙女と、運命の■■が手を取り、黒夜をもたらす鮮血の嵐を迎撃することなどできないのだから。
「さて、一応第二幕という所だけれども、一応これで大体は揃った訳だ。残りの二人は流石に巻き込むには遠いしね。彼らの頑張りをいつも通りここから見せて貰うとしよう。後は彼ら次第だからね」
白い空間で白い席に座る特徴的な瞳の意匠が施された白いフードを被る男はそんな白々しいことを一人、呟いた。
続きは一週間以内に更新する予定ですが、多忙になる可能性もあり来年は不定期更新となる予定です




