第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ17:ある神官少女の訓練
長らくお待たせしました……
「う~~~~! ふぬ~~~~!」
「……ちっとも、動かねえな」
「何も起きなくなってきたわね……」
マナリスト神殿では神殿を離れて活動する《巡回神官》の育成と鍛場の為に設けられた神殿鍛練場がある。
そしてその片隅にて、うんうんと何かに集中するうめき声を上げる女子神官が一人とそれを見守る少年少女がいた。
もはや涙ぐんですらいる野々宮志穂梨と、その様子を彼女の愛護から見守る高塔恭兵と明石都子の三人であった。
「もう三十分位はやったんじゃない? 休憩を挟んだ方がいいと思うわよ?」
「はぁはぁはぁ、うぇっぐ、は、はび。そう、じまず」
「息も絶え絶えじゃねえかよ。大丈夫か? 水いるか?」
恭兵が革製の水筒を差し出すと、志穂梨は荒く呼吸を乱して、顔を碌に上げることもできない状態ながらも丁寧に両手で受け取った。彼女はそこから一口、二口と水を口に含み、呼吸を整えたことでふらふらとその顔を持ち上げることができた。
「す、すいません。お水まで、ヒィッ、頂いてしまって」
「いや、お前から預かってほしいって言われた水筒を渡しただけだからな? というか、そんな過呼吸気味になるまで集中できるのは素直にすごいな……」
「それでも、ぴくりとも動かなかった訳だけどね……」
都子は志穂梨が集中を向けていた先を見る。そこにあるのは互いに八メートル程離れた位置にある二つの台であった。それぞれ同じように一本の足に支えられており、片方にはその上に綿を布で包んだボールのようなものが置かれているが、もう片方には何も置かれていない。
「《瞬間移動》、最初の方はすんなりと出来たと思ったけど……」
「う、うう、その、今日はあんまり上手く行かなくて……、やっぱり、これじゃあ依頼中に使えませんよね……」
「そうだなぁ……まず使うのに五秒位かけてやっとできて、そこから回数を重ねる度に段々とその秒数が伸びて行って、遂には何も起きなくなった、と」
最初の一回目は、見事に布のボールが片方の台へと一瞬で移動していた。まばたきが起きる刹那に起きたその目の前の現象に、最初はそこまで興味の薄かった都子も《瞬間移動》が起きる瞬間を見逃さないように凝視する始末であったのだが、目に見えてそのぺースは落ちていき、とうとう、二人の目が乾ききっても起きなくなった所で志穂梨の方も限界へと至っていた。
「でも、あれだよな。特に頭痛とかは無いんだろ? 能力を使い切った、って訳じゃ無いみたいだな」
「そ、そうですね。私も、まだ使い切ったことは無いのでその感覚はよく分からないんですけど……」
「その前に極限まで集中したせいで碌に呼吸ができなくなるまで疲労が溜まって、できなくなるってことね」
凝視により乾いた目をひたすら瞬きを繰り返すことで潤いを取り戻している最中の都子が言った。
超能力には、使用限界が存在しているというのは志穂梨の方も把握していた。
何でも、実がどこまで《透視能力》を使うことができるのか、という耐久実験に付き合わされたようで、その時は目から血が噴き出し頭痛で転げまわるまで能力を酷使し続けていたようであった。
その時は恭兵が行ったような暴走状態になる前に気絶したようだが、いずれにしろ、"迷人"の超能力には基本的に使用限界があると考えられる。
(都子は進んで、能力を使う訳じゃないし、佐助の方は自分で勝手に確認は取ってるとは思うが、手の内は明かさないだろうしな。俺だけじゃないことが分かるだけでも良かったな……)
そう言えば、あの異形はどうなのだろうかと考えた恭兵だが、あの存在を思いだすだけでも嫌悪感に苛まれたので脳の片隅へと追いやった所で、ようやく志穂梨の方の呼吸が整った。
「ふう。それで、ですね。実君と私とじゃ、能力の性質といいますか。タイプが全く異なるものであるというのが二人で話し合った上での結論でして」
「アイツの《透視能力》とアンタの《瞬間移動》、そりゃ違うものでしょうけど、同じ超能力じゃないの?」
「いや、多分言いたいのは、アイツのは俺の《念動力》やお前の《念動発火》みたいに対象に力を働きかけるんじゃなくて、能力を自らに働きかける奴なんだろう」
「どういうことよ?」
つまりだな、と言って恭兵は志穂梨が必死に《瞬間移動》をさせようと働きかけていた布のボールへと自身の右手を向けた。
「俺の超能力はこのように任意の座標に対して間の物理的な障害などの影響を受けずに力を与えることになる。これは俺自身以外に、自分の外側に力が及ぶ超能力を使っているわけだが……ここまではいいか?」
「ええと、その考えで行くと私の《念動発火》も同じものってこと?」
「ああ、結局は手の平という体の外に炎を生み出して、投げつけているからな。そしてこれは、野々宮の《瞬間移動》も同じだと思う。目標を認識して、それを移動させるもので、自分の身体に直接働きかけなくてもいい能力だ」
「それとは異なるのが、あの二人の能力っていうこと?」
都子の推測に恭兵は頷く。
相も変わらず、呑み込みがよく、説明する側に立つと楽ができる存在であった。
「あれはどちらも、自分自身に超能力を掛けているって代物だな」
「でも、アンタは自分にも能力を使えるんじゃないの? ホラ、例の心臓停止だったり……よくもやってくれたってやつよね」
「あの時は俺が悪かったよ……!」
二人のやり取りを見て志穂梨が首を傾げた。
ともかく、と区切り恭兵は話を戻す。
「あれははあくまで自分の心臓のある位置に《念動力》を掛けた訳だ。自分にも掛けられる、でも、あいつらはあくまでも自分の身体に能力の影響があるんだと思う」
「確かに、実君も高塔君と同じような事を言ってました。確か、"俺の目は例えば、誰かを直接害することはできない。できるのは、あくまで目の機能を拡張しているだけだ"、と」
「だろうな」
志穂梨の言葉に恭兵は頷く。
超能力の種別において、外側に働き掛けるものか、或いは内にのみその能力が働くのか、その違いは確かにある。
例えば、恭兵の能力、《念動力》が内にその力が働くものとして発揮されるのであれば、何かしらの身体能力の直接の向上、単純なパンチ力の増加、鋼の如き頑丈さを持つ肉体への変化などになるだろう。
例えば、都子の能力、《発火能力》が内にその力が働くものとして発揮されるのであれば、肉体の変換、即ち彼女自身が燃え盛る火柱となるような能力となるだろう。
逆に言えば、佐助の能力、《接触感応》が外に働き掛けるものとして発揮されるのであれば、自身以外のものとの感応、遠く離れた人と触れず、話さずに意志を疎通させる《精神感応》となるだろう。
重要なのは、外と内、影響を及ぼすのか或いは自らに影響し変化するのか。これらの内訳である。
「とは言え、適当に分けた結果って感じだけどな」
「おい」
「しょうがないだろ? 俺だって、あまり他の超能力者に遭ったこと無いんだから。取り敢えずの区別ってやつだよ。重要なのは、俺達が呼ばれた理由だろ?」
「はい。お二人は私と同じ、超能力を外へと働きかけるタイプでしたし、高塔君はまるで手足のように《念動力》を使っていらして、助言が欲しかったのですけれど……」
志穂梨の言葉が尻すぼみとなり小さくなりどうにも申し訳なさそうにこちらを伺っていた。
不安そうに見つめる彼女に反して二人は特に断るつもりは無かった。
「俺が完全に制御できてるって訳じゃないけどな」
「何か言った?」
「いや、別に。俺達でいいなら助言なんていくらでもってだけだよ」
「私は……まあ、アドバイスできることがあれば言うわ」
ポツリとこぼした独り言をごまかすように恭兵は快く引き受け、都子もその場で特に言及せず、了承した。
恭兵は《念動力》で手元まで引き寄せた布のボールを元に置かれた台の方へと投げ返した。
放物線を描きながら、布のボールは台の方へと吸い込まれるように飛び、弾んで落ちるということなく置かれるように見事に着地した。
それを見届けた所で恭兵は志穂梨へと向き直る。
「とりあえず、何から始めればいいのかって所だけど、正直《瞬間移動》ってどうやってるの?」
「ええと、その……? どう、とはなんと?」
「ああ、うん。俺達がアドバイスするにしても正直、《瞬間移動》をどうやるのかなんてやったことないのに何を言えばいいのか分からないな、と」
「……当然の疑問よね、これ」
それは当然の壁であった。
そもそも、超能力は彼ら"迷人"がその身に宿す法則を歪めることができる力であり、一人一人異なる力を持っているのである。
魔法とは違い、その関係性にまだ法則性が見出されていないため、他人がどのように超能力を使っているのかさえ、分からずじまいであるのは当然であった。
そもそも、恭兵でさえ生きてきた十七年の人生の中で同じ超能力を使える人間は自分を含めて五人しかいなかった。
「だから、そこから把握していかなきゃいけないから……とりあえず、またあの布のボールを《瞬間移動》させるとして、どういうような感じでやるか、だ。一連の動作を言葉で説明できるようにすると俺達も助言しやすいし」
「成程、それでは」
志穂梨はそう言って、台に置かれたボールに対して真っ直ぐに向き直った。それから呼吸を整えて、意識を集中する準備を行った。
「ええと、先ず、周囲を十分に確認してから瞬間移動させたいものに向けて意識を集中させます」
「ふむふむ」
「それから、転移させる場所を探して確認してそこにも意識を集中します」
「成程」
「後は周りを見ながらその二つに対して同時に意識を集中して高めていって―――」
志穂梨が告げるのに合わせて、布のボールは台から台へと一瞬で転移した。
ボールは内側から弾けるように左側の台から消えて、まるで初めからその場にあったかのように右側の台に布のボールは鎮座していた。
「集中が頂点に達すると、瞬間移動が起きる、みたいな感じ、です。ええと、私が意識してやってることを言葉にして説明するとこんな感じなんですけど……」
「……正直に言っていい?」
「ええ、お願いします」
「私だとどうアドバイスすればいいのか分かんないわ」
都子は完全に匙を投げていた。
一度聞いてみても自身が持つ超能力、《念動発火》とは異なる能力であることに違いない。
自分はあくまで掌に火球を作り出すことしかやらず、その時も意識を掌に集中させる位しかやることは無い。そもそも、彼女自身がこの場でアドバイスできるものなど元々無いに等しい。
とは言え、それは都子に限った話であり、恭兵は少し考えてから、口を出した。
「最初から通して見てて思ったけど、動かすものとその動かす先に対して同時に意識を集中してるのが使用限界になる前に疲れる原因になってるんだろう」
「複数に対する集中ですか……」
「ああ、都子は掌だけに集中すればいいし、俺に関しても、手の先の延長線上の一つにそれを向ければいいからな。その負担はかなり違うものになると思う。というか、大分無理をしながら超能力を使ってることになるな」
「ふうん。例えるならどのくらいよ?」
「そうだな、初めて自転車に乗るのに、補助輪無しで濃いでる……という例えも何か違うけど……あれだな、初心者がスコープも無しで狙撃するみたいな、集中の補助が無いんだよな」
思い返せば、恭兵がやるように手を突きだす事無く、胸元でしっかりと組んでいた。
それを踏まえて恭兵の例えを聞いて、都子もその難易度と志穂梨が過度に消耗していることに納得した。
とは言え、そのことで彼女自身も疑問が沸いてくる。
「私は自然とやってたけど、手を向けるのにも結構意味があるのね?」
「手じゃなくても、そこに向けて指を指せば自然と自分の視線も合わせて意識も集中させやすいからな。それだけでも大分助けになるはずだ」
「その考えですと……私の場合二つに同時に集中するには、それぞれに指を向ければいいのでしょうか?」
「だろうな。俺も両手で能力を使う場合もあるしな。後は、そうだな……」
恭兵は顎に手を当てながら志穂梨に必要な助言を思案する。
「技名を叫ぶ、とかだな……!」
「叫ぶんですか……?」
妙に自信ありげに告げられたその助言に志穂梨は困惑するしかなかった。
確かに、恭兵は自身の超能力を使う度に手を使って目標を定めつつ、同時に叫んでいたことは志穂梨にも覚えがあった。
そんな二人の様子を見ていた都子も自身にも覚えがあることもあり苦い顔をするしかなかった。
「私もコイツに教えられて最初は渋ってたけど……叫んだら使えるようになったのよね……」
「これも指差し確認と同じで、自ら声に出すことで超能力を使う意志を固めることができるということだな。有言実行っていうだろ? 頭の中だけじゃなくて口に出す事ではっきりと使うか使わないかの意識の切り替えができる」
「成程……きちんと考えられてたのですね……」
「まあ、ここら辺は師匠と一緒に考えただけなんだけどな」
魔の樹海の中での修行の日々を恭兵は遠い目をしながら思い出していた。
昼夜問わずに迫りくる数多のモンスターを倒し潜り抜けた後の僅かな休息時間に、散々に文句を付けられながらもどうにか安定して超能力を制御して使えることができるように特訓をさせられていたのである。
時には、安全地帯から蹴りだされてモンスターの群れに叩き落とされるという鬼畜の所業を乗り越えた先にようやくものにすることができたのが、恭兵にとっては今や遠く過ぎ去ってほしい思い出になりつつあった。
(まあ、あんな無茶苦茶な方法を二人にやらせる訳にはいかないしな……というか、都子の方は兎も角、志穂梨の《瞬間移動》なんて、いざ実践で使わせるにしても危ないし……)
恭兵達三人が扱う超能力は一歩制御を間違えてしまえば共に行動する仲間に影響が及んでしまう。《念動力》や《念動発火》は当然のこと、《瞬間移動》も制御が外れてしまった場合に何が起きるかの想定ができない程の危険性を秘めている。
恭兵が考えるだけでも、全く予期せずして《瞬間移動》が味方に発動するというだけで危険であることに変わりないのだ。移動された先が先ほどのように台の上であるならばまだよい方だが、元の世界のとあるゲームにあるように気が付いたら人体が壁の中に埋まっているとか、地面の中、或いは天高く放りだされるなどすれば、命にかかわるのである。
(もっとも、本人はその自覚があるからこれまで実戦で使ってこなかったんだろうしな……唯でさえ、練習であったとしても、安全確認に十二分以上に注意を払っているし……)
あえて指摘はしなかったが、志穂梨が布のボールを隣の台へと《瞬間移動》させる時、しきりに周囲の状況を確認していたことに恭兵は気が付いていた。
彼女自身も口頭で能力を説明する際にしきりに周囲の確認を口頭で説明していたことから、本人もその危険性を十分に理解しているがために過剰なまでの注意を周囲に払っている理由が分かる。
実戦ではあまり使えないという申告があったのも納得できるものである。
(そこまで能力の使用に慎重になっているってことは……つまりそれ程の何かがあったってわけだよな……)
そんな恭兵の危惧を読み取ったのか、志穂梨は申し訳なさそうに切り出した。
「その、お気づきかもしれませんが……私、以前に一度だけ、能力を暴発してしまったことがあるんです」
「………」
「……大丈夫だったの?」
恭兵は何も反応することができなかった。
それを察したのか、志穂梨の様子を伺うように都子が神妙な態度で尋ねる。
彼女は俯いたまま、絞り出すようにして答える。
「はい……その時一緒にいた実君が冷静に対処してくれた御蔭で……動転してしまった私は実君に薬で気を失わせてもらって何もできなかったんです……それからは、こういった広く他の人に迷惑を掛けないような場所でしか使っていませんでした……」
「そんな事があったのに、よくもう一度使おうと思えたわね……」
「いざという時に暴走しないように、何とか制御しなければいけませんでしたし……いつまでも落ち込んでいられませんでしたから」
「……街中で過ごせば少しは安全なんじゃないの?」
「先ほど実君が話していたように実験事故もありますから、街の中も完全に安全という訳ではありませんし、自分の身は自分で守れないようでは《巡回神官》などとても務まりませんから」
「それほどなりたいのね、《巡回神官》に……」
志穂梨は顔をあげてはっきりとそう告げた。
真っ直ぐに自分をみるその瞳を受けたので、都子は正直に聞くことにした。
「なんでそこまでしてなりたいの? ……答えたくないなら無理に聞かないけど」
「いえ、大丈夫ですよ。私も隠している訳ではありませんから」
微笑んで、志穂梨は自らの望みを口に出した。
「私は―――この神聖大陸を治める神様に、アーフラ・レア様に会いにいきたいんです。一言でもいいんです。お礼を直接」
「……ええと、私の耳がおかしい? 神様に会いにって言った?」
「はい、そうです」
都子は呆気にとられて口が塞がらず、恭兵の方も目を見開くばかりだった。
驚愕に包まれた二人を前に、彼女は笑いながら肯定した。
「私が助かったのは……運よく、このマナリストに迷い込んで、そこで神殿に拾われたからです。なので直接お世話になったのは神殿でお務めになっておられる神官の方々。でも……いえ、それでも私は一度あってお礼がしたのです」
「……ま、待って、お礼が言いたいのは分かったけど……」
「神様に会うって、それこそ本当にできることなのか……?」
恭兵と都子は何とか落ち着きを取り戻しながら、志穂梨が告げたことに対しての確認をとる。
《開かれた瞳の預言者達》の一人であるゲネレイズが元の世界に帰るための確実なものとして助言した方法である、異世界グゥードラウンダの神、アーフラ・レアへの謁見。
元の世界でも、特に信心深いという訳では無い二人は、そもそも本当に神に会うことができるのかということさえ半信半疑であり、頼りなくしかし縋るしかない道標のようなものであった。
しかし、志穂梨はそれを確かな望みとしている。その表情からは冗談のようなものは一切無く、真剣そのものであるということが伝わってきていた。
彼女としては単に好奇心による問いであったのだが、それがこんなことになるとは思ってもいなかった。
兎も角、情報を得なければと恭兵は慎重に疑問を投げかけた。
「私もまだ、その詳細を知ることができている訳では無いんですけど……この神聖大陸に残る八百年の歴史の中で、アーフラ・レア様にお会いしたとされる記述が幾つも残っているんです。その肝心な方法は……曖昧な記述しかのこされていませんでしたけれど」
「つまり、根拠には乏しいと……それでも行くの?」
「方法の隠され方に意図的なものを感じるのです。可能性は十分にあると信じる程に」
「そう……」
傍から聞けば十分な情報を得ているとは思えなかった。それでも彼女は行くことを固く決めているのが伝わる。
都子はそれが自分と同じものであると感じていた。
「なので、《巡回神官》となって、少しでも各地を回ってその方法を見つけ出したいんです。その為にも、私は少しでも誰かの足を引っ張らないように、《瞬間移動》の制御を扱えるようにしたいんです……!」
「まあ、制御するのに熱心な理由は分かったわよ」
都子は納得するように頷いた。大事な納得だった。
志穂梨も自分の望みを明かせたことでどこか晴れやかな表情を浮かべていた。
恭兵はそんな二人を黙って見ていることしか出来なかった。
彼は少し躊躇いがちになりながらも、話を切り出すことにした。
「それじゃあ、早速―――」
実践と行こうか、と彼が言った時だった。
彼の視界の端に誰かの姿が現れた。
他に神殿の練習場を利用する人物が現れたのであろうとそちらへと振り返る。
そこにいたのは金色の髪に白と黒のゴシックドレスに身を包んだ少女だった。
その印象は目を向けなければ気づかなかったのでは無いかという程に薄くぼやけたものであった。
「――こんにちは」
「こ、こんにちは」
普通に挨拶をされたので恭兵は思わず返してしまった。
挨拶を交わすこと自体がこの世界にきて久しい行為だったと、恭兵はぼんやりと思ったが、そんな場合では無い。
「いや、何呑気に挨拶なんてやってんのよ」
「ええと、迷い込んでしまった商家のお嬢さんでしょうか。ええと、ここは神殿の練習場ですよ? 魔法の練習を行ったりして危ないので――」
「"いいの、だいじょうぶだから。きにしないで”」
志穂梨の言葉を遮るように少女の言葉が響いた。
「そうですね。それじゃあ、早速、《瞬間移動》の練習をやりましょうか」
「そうだな。一先ず、指差しからやってみればいいんじゃないか?」
「声出しは……もう少ししてからね……」
三人は何事も無かったのように続きを話し始めた。
そんなやり取りを、じっと見つめるようにしてゴシックドレスに身を包んだ少女はその場に佇んでいた。
多忙により続きは何時になるか分かりませんが、取り敢えず年内には更新する次第です……




