第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ16:それでは、次の行動について話そうか
遅れてしまい申し訳ありません………
12000字程で少々、長いものとなっています
「何時までここにいるつもりだ?」
そこはうす暗い部屋の中であった。
明かりは壁に備え付けられた燭台に灯された一本の蝋燭の明かりのみであった。
「最低限の目的を果たすまでだ。それは貴様も了承し把握している筈だが?」
「だからって、すぐそこまで来てる追手はどうするんだ? 完全に囲まれればこっちは逃げらんねえってのはお前も承知したよな?」
か細い蝋燭に照らされているのは三つの影だ。
その一つは甲冑を傍らに置き、室内にも関わらずローブによりその全身を隠している人影だった。
その一つは黒い外套に身を包んでいる極々平凡とも言える少年であった。
その一つはこの場にはそぐわないようなゴシックドレスを身に纏った少女であった。
声を荒げた平凡な少年に対して、甲冑の傍らで佇んでいる影は冷静に答える。そんな二人の様子を少女はじっと見つめるだけであった。
「焦った所で状況は変わらん。まだ奴らにはこちらの居場所が把握されている訳ではない以上、余計な動きを見せれば奴らに見つかることになるだろう」
「そうかも知れねえけどよ……!」
「くどい。私の判断が間違っているというのであればその進言を受け入れるが、貴様のそれは単なる怯えにしか聞こえん。せめて代案を用意しておくがいい」
「……それは、ない、けど……くっそが……」
少年は言い返すことばも無く黙るしなかった。
影が言った通りに自分にはこの状況を打開する案など考えつきはしない。何も出来ない自分にいら立ちを覚えるが、物に当たることも出来ずにその拳を握りしめるしかなかった。
「とはいえ、急ぐべきであるという意見はその通りだ。そこはどうなっている?」
「今、"保管庫"の場所を、知ってる人を探してる……けど、全然みつからない、の」
「場所を吐いた輩はいないという訳だな?」
「みんな、知らないって、いってって言っても、分からないってばかりいうの」
「そもそも知らされていないという事か、徹底しているという訳だが、はてさてどうしたものか……貴様はどう思う?」
気だるげに告げた少女の報告を受けて思案する影は少年へと問いを投げかける。
「どう思うって言われてもなあ……」
「不貞腐れてる場合か。私の麾下に使えないものはいらん。故に、使えないようであれば使えるようにするまでだ―――思考を停止するのを止めて少しは何か答えろ」
「わーったよ! ……今の所、"保管庫"についての情報といえば、魔法騎士団が主体となってその存在ごと守っているということになっていることだ。その場所はやつらの一部の連中にしか知られていないこと、そして、"保管庫"についてはマナリストの治安を守る魔法騎士団では無く、別の組織が管理、守護をしているっていうことだったな?」
「その通りだ。マナリストの成り立ちに深く関わる"保管庫"、厳重な警備が敷かれていることに間違いはないが……それ以前に発見すら困難とは、流石は神聖大陸の三大魔法都市であるだけはあるな」
「だから、俺達はその場所を把握する必要があった。でも、知ってる奴に接触して情報を聞き出せば足が出る。ただでさえ追手が迫っている状況でこれ以上、場所の割り出しに時間をかけてしまえば……」」
「だとしても、ここで何の成果を得られなければ、いずれは逃げることはできなくなる。侵攻が進めば尚の事だ」
「改めて考えても最悪の状況だな……」
少年は暗い天井を仰ぎ見ることしか出来なかった。状況を整理した所で彼に見えてくるのは先行きのないまさに崖っぷちへと至る道にしか見えなかった。
だが、これらを確認した所で甲冑を傍らに置いた影はたじろぐ様子すら見せない、薄暗い闇の中で佇むその姿にはある種の風格が備わっている。
「ふむ……こちらの偽装が暴かれた様子はあるか?」
「ない、よ。きざんにも様子を見に行ってもらったけど、わたしの"ちから"はここでもだめになったりしないみたい」
「ああ、俺も毎日様子を見に行ってはいるがそれでもばれた様子はなさそうだな。魔法都市だっていうもんだから解除する魔法の一つや二つあるかと思ったが……隠れて行動する分には大丈夫なんじゃないかと思えるくらいだよな……」
「攪乱の方はどうだ?」
「そっちも一応見て回ったが……正直、攪乱が上手くいきすぎてる。こっちがばれてる訳じゃないから偽装は効いていると思うが……」
「奴らの手際だろうな。我らもあちらも都市内部が混乱している状況が望ましいのは確かだ」
「わたしの"ちから"もあぶない、の……?」
「気に病む必要はない、時間稼ぎとしては十分だからな。あちらは最終的にこちらを見つけるのでは無く、この魔法都市を包囲した上で探し、全て殲滅する必要があるだろう」
「だからこそ逃げるなら今の内なんじゃねえのかとも思えるが……」
「現実的に考えれば"保管庫"への道を調べ上げる時間だけで包囲は完成されるだろう。それを抜けたとしてもそこから直ぐにあちらに知られるだろう。そこで追いつかれるのが関の山であろうな」
「……そこまでこだわる"保管庫"の中には、本当にこの状況を打開する手段があるんだろうな?」
「その場所に入ったことの無い私が知っていると思うのか?」
「じゃあ、ダメじゃねえか!?」
少年が思わず大声を叫ぶが、影と少女が向ける視線により咎められる。
思わず周囲に目を走らせてしまうが、外の様子に変化は無く、こちらを伺うようなものは無さそうに思える。
「狼狽える程度ならいちいち喚くな。そもそも、この程度でこちらの存在が明らかになるのなら、既に見つかっている」
「わたしもがんばってるのに、しんじてくれないの……?」
「え、いや、大声は咎めただろ……?」
「狭い場所でうるさい阿保に向ける視線としては妥当だろう」
「うるさいの……いや……」
影は呆れたように溜息をつき、少女は耳を両手で耳を塞ぐしぐさをする。
それらを目の当たりにしてしまった少年はくじけそうになるが、その場で崩れ落ちることなく踏みとどまる。
「兎も角、優先すべきは"保管庫"の在り処とその侵入方法だ。他のことに気を取られている時間はもはやない」
「本当に逃走経路の確保をしなくても大丈夫なんだろうな……?」
「今から探した所で役にはたたん。こちらの存在はユーリの能力ならば十分に隠し通すことができる」
影はそこで一度言葉を切って、薄暗いその部屋の外へと視線を移しどこかを見つめる。
「"保管庫"には必ずあれらも必要とするものが眠っている。それを我らが握ることこそが、我らの生存への唯一の道だ」
◆
「それで? どうだった?」
「駄目だな。奴は一向に口を割らんので自供の裏付けが取れんらしい」
「まあ、しょうがないっすよねえ」
"翡翠の兎亭"は今日も冒険者がまばらにごった返していた。
そんな中で木製の円卓に恭兵たち、"迷人"一党の五人が着いていた。
実から報告に応じるように仕方ないと云うように肩を竦めた。
「結局、佐助の《接触感応》で抜き取った情報が役に立たないってこと? 一切?」
「ちょっと、その言い草はひどくないっすか!?」
「証拠能力が不十分であるのは確かだろう。魔法騎士団の方も捕えた本人からの確認が取れ次第、街中の捜索に移る筈ではあるからな」
実はどうしようもないというように告げる。
昨夜、佐助が捕えた不審者、もとい"盗み屋"の内、盗品を外へと持ち出す運び屋の男を朝早く魔法騎士団へと引き渡していた。佐助も捕えた当人であることで、騎士団の取り調べを受けることになり、《接触感応》で読み取った情報も合わせて話したのだが―――
「《接触感応》の事は企業秘密だと言って独自の自白剤を使って情報を吐かせたと証言した挙句その自白剤の方も秘密だと言えば、あちらがその情報を信用する筈も無いだろう」
「忍者がそうそう自分の手の内を明かす訳無いっすよ。というか、これで信用されて裏取りの一つも取られ無かったらそれこそ騎士団の高が知れるって奴っすよ。まあ、あまり追求され無かったっすけど」
「魔法の研究者が山ほどいるのがマナリストだ。必然的に研究結果を秘匿する秘密主義の輩も多いので慣れているんだろう。それに一度自分達のやり方で確認を取るであろうことは間違いないからな」
「そう聞くとあまり関わりたく無いわね……」
魔法騎士団のやり方、実は口に出すことは無かったが、それこそ自白剤を用いての尋問が行われているか、似たような魔法を用いているのは都子にも察することができるだろう。
同じ人間相手にそのような手段を使うことにいい気分がしない都子であったが、本人の意志を無視して個人情報を抜き取っている佐助の行為を黙認している以上、彼女自身好き勝手に言える立場ではないと考えていた。
(犯罪者とは言え、何やってもいいっていうのも、それはそれで勝手な言い分よね。テレビに映る容疑者にはこんなこと考えなかったのに……普通ってなんだったのよ……)
自分の貫きたい普通とはずれ始めているのでは無いかという思いを抱える都子をよそに一党の話し合いは続く。
その主題としては今後の依頼の活動についてである。
佐助が運び屋の男から得た情報から、当初想定していたよりも大きな事態となり得ることが判明している以上、このまま依頼を続行するかどうかを決めたほうが良いのではないか、という恭兵から発した提案だったのだが――
「俺は続けよう。どうにも知らないでおくというのは性質に合わないのでな」
「私も、大丈夫です。依頼とは関係なく。悪事を働かせていて、一人だけ隠れているなんて犯人を見過ごすことなんてできませんから」
志穂梨が祈るように手を合わせて宣言し、他の四人もそれに同意する。
そう言って、実とこの依頼を受けた当人である志穂梨の二人が依頼を続けることに決定した以上、恭兵たちも異論は無い。
依頼の内容である"盗み屋"達への教唆犯である人物の捜索、もしくはその拠点の発見をどう進めるのかという話し合いとなった。
「俺達としては雇ったお前らの方針に従うつもりだけど……一応騎士団からは森の方を探索するように言われてるんだよな? 佐助の情報もあるから街中を探すのもいいと思うんだけど……」
「俺達は依頼により人手として駆り出されてる訳だからな。あちらの方針に従うのが依頼であるのは確かだ。とは言え、個人的にはそこの忍者が得た情報を無駄にすることはしたくはない」
「でも依頼である以上は勝手に動くことはできないのよね? ……森の方の探索もしなくちゃいけないって話だし」
「そのことなのですが……」
志穂梨が言い淀みながら挙手する。
他の四人の注目を受け緊張しつつも彼女は言った。
「依頼を取りまとめている騎士団からの報告では他の方面の捜索を任されている冒険者の一党で行方不明者が相次いでいるそうなのです……」
「それはモンスターに襲われて行方不明とかじゃなくて……?」
「勿論、その可能性は捨てられません。モンスターと交戦したような跡も幾つか見受けられるそうですし……」
「でも、わざわざそんな周知があったってことは騎士団の方も違和感があるってことっすよねえ」
佐助の指摘に報告した志穂梨も頷く。
運び屋から読み取った情報では、一連の事件の元締めとも言える教唆犯、真犯人とも言える人物は実際に《アーティファクト》を盗み出す実行犯の前にしか姿を現していないと推測される。運び屋自身が、実行犯等との連絡約に誘われてこともあり、恭兵達としてはこの人物が怪しいと踏んでいる。
しかし、この状況下でマナリストを囲う森での調査で異常事態が発生しているというのを聞けば見過ごす空けにはいかないだろう。少なくとも魔法騎士団側は森の方の警戒を強く持つ筈である。
「とは言え、だ。あちらとしてはゾナリューション・ポーションを使ってる運び屋がいたのが判明している以上、都市内部においても目を光らせる必要があると考えているだろう」
「とは言え、元々、魔法騎士団の方々は都市の保安を守る役割の方が大きいですし、だからこそ外の調査に私達のような冒険者へ依頼という形で要請していますから……私達が都市内部の捜索を行うのは依頼から外れてしまうのでは無いでしょうか?」
「そうか……難しいもんだな……」
恭兵は腕組みして考え込む。
依頼を続行すると決まったはいいものの、行動する指針が詰まってしまった。
「うーん。もしもの話だけど、この捜査を勝手にやったらどうなると思う?」
「仮の話か? それなら、先ずそこの忍者が抜き取った情報を元に、運び屋が出入りしていた場所に足を運んでそこから、先ず連絡係の情報を手に入れる」
「後はそいつから芋づる式に潜んでる奴の情報を手に入れて捕まえて魔法騎士団の方までしょっぴくって感じっすよね」
「……これ俺達いる? 佐助一人で十分じゃね?」
恭兵が思わずいった一言により全員の動きが止まり。油が切れた歯車で無理矢理動かしたかのように四人が一斉に恭兵の方へと顔を向けた。
全員が、それを言ってしまうのか、と表情で語りかけていた。
「で、でも、そうだろ。聞き込みするのも、五人がぞろぞろと着いていくのもおかしいし、正直《接触感応》で読み取るだけなら、忍者が一人でちょちょいとやるのがよくねえ?」
「お前……俺も流石にどうかと思ったことを……」
「高塔さん……」
「アンタそれで依頼の達成報酬をもらおうと思ってたんじゃないでしょうね……?」
「い、いや。そんなことは言わねえよ。とりあえず一番手っ取り早く方法を言っただけで……」
実には引かれ、志穂梨には非難の目を向けられることになり、都子からは冷たい視線を向けられることになった。
言い訳じみた言い分であることは自覚しつつも恭兵は何とか取り繕うことにした。
そんな中、当てにされている張本人である佐助はこめかみに指を当てながら答える。
「案の一つとしては考えられるっすけど……できるかどうかは兎も角、やりたくないっていうのが正直な所っすね」
「やりたくないっていうと、自信ないのか? 俺が言いださなくても勝手にやってると思ってたけど」
「いや、どれだけ勤勉に働いてるんすか、俺?」
「色々と勝手に調べといて必要な時にドヤ顔で教えてきそうだからじゃない?」
「もう、全ッ然、褒める気ないっすよね! 少しは称賛の声が欲しいんすけど……!?」
そう叫ぶ佐助だったが、野郎がやっているのをみせられると恭兵としては嫌悪感が来ていた。
何というか、妙に恰好つけようと先んじて行動している節が見られる上にそれで仕入れてきた情報をドヤ顔を所々見せつけてくるのだが、当人にろくな愛嬌は無く、胡散臭い忍者である所から逆効果となっている。
例えるのであれば可愛らしい犬では無いのに、褒めて褒めてと言わんばかりの行動を取る出会い頭に噛みついてきた蛇であった。
そんな扱いにめげる事無く、佐助は気を取り直して、自身の見解を話す。
「抜き取った情報から連絡係と下見係を見つけることは出来ると思うっすけど……どっちかが教唆犯でこの件の黒幕だった場合、一人で会うのもいやっす。この街の対抗魔法の使い手でも解けない幻術を掛けてくる輩っすよ?」
「一人で戦うのは危険、ということか。当然の警戒ということではあるな」
「それに、この街で突発的なアクシデントが起こりかねないし……その時にどんな状況になるのか分からないのが嫌なんすよね……」
「魔法事故か……正直、いくら想定した所でどうにもできるものでは無いからな……」
実がどこか遠い目をして乾いた笑いを漏らしている。
志穂梨も目を逸らしており、二人にとってはあまり直視したくない事実のようであった。
正直な所、二人の様子もあり気になったので恭兵は率直に聞くことにした。
「魔法事故って、何?」
「率直に聞いてきたな……魔法事故というのはその名から察せられると思うが、研究塔で行われる魔法の研究や実験における事故だ。正直、結構突発的に起こる」
「そうなの? 私が見てる限りはそんなの見たことないけど……?」
「大体は研究塔の中で収拾が付くものが大半であるし、どこの研究塔も自身の成果を簡単に明かしたくは無いからそこまで目立たずとも何かしらの魔法事故が起こっているのに気づいていないだけだ」
「事故の影響が研究塔の外まで及んだ場合は魔法騎士団の方で対応することになっているんです。魔法事故のへの対処も彼らの管轄となってますから」
「やることは殆ど後始末のようなものだ。魔法研究の内で重要なものは事故を起こした魔法使いが漏えい防止で必死に掻き集めるからな」
「あ、後始末って、そんな清掃員みたいな……」
「清掃で済めばいいんだがな……」
恭兵がそう言うのを、実は乾いた笑いを返す。彼の中ではあまり冗談にはなっていないようであった。
その様子を見て恭兵も|魔法で厄介事を起こすような奴に心当りがあり、閉口せざるを得なかった。
「まあ、魔法というのはまだ知られていない部分が多い。それを解明し発展させるために日々研究を行っているだが、それが行き過ぎて、暴走する奴らが出てきたりするんだ。マナリストでは魔法を学ぶことを望むものを拒みはしないからな……性質の悪いのがいたりするんだ」
「その筆頭がアレか?」
「姉弟子がアレ扱いされているのは誠に遺憾でもないのだが……あれでもまだ危険という訳では無い」
「あれでもか……?」
恭兵としては、ルミセイラが天井部分である事を望んでいたのだが、現実はそう上手くはいかないようであった。
都子が恭兵の方をジト目で見ているが、彼はそれを華麗にスルーすることにした。答えればやけどを負うことが分かり切っているからである。
「一応、具体例を出すのであれば……七年程前に起きたという"魔法植物大混乱事件"だな。分かりやすく有名だ」
「植物で大混乱って、何が起こったんだ?」
「簡単に言えば、事件名にもあるように魔法植物を専門として研究していたある研究塔が魔法実験に失敗し……その結果、その研究塔から実験の影響で爆発的に生長した巨大な魔法植物が出現した。しかもその植物の種類が最悪でな……、意識の混乱を招く花粉のようなものをまき散らすものだったようだ」
「その胞子で周囲の研究塔にいた魔法使いの何割かが混乱し、尚且つそれらの研究塔で研究していた魔法生物、と呼称して研究されていたモンスターも混乱で暴れだして街中に解き放たれてしまったようで……加えて植物は高い研究塔から生えていたために花粉はマナリスト中に広がってしまい……神官たちが作り上げた結界で被害を抑えこんだみたいです……」
「普通に災厄じゃねーか」
普通に都市一つが壊滅の危機に遭う事態は恭兵の想像を既に超えたものとなっていた。今、聞かされた内容からすればあのゴーレム狂いのルミセイラがまだ標準扱いされるのも分かった。
流石に都市一つ危機に陥る事態と比べられれば街中でゴーレムが暴れる程度は普通なのかもしれなかった。
「魔法騎士団も奮闘したらしいんだが、要所の守りと混乱状態にある魔法使いや同じく花粉を吸い込んだ冒険者の鎮圧に回ったらしくてな。最終的にはある冒険者の一党が十分な花粉対策を行った上で、問題の巨大植物を研究塔の上部ごと吹き飛ばして解決させたらしい」
「その、冒険者の一党が、ヘンフリートさんが所属していた所なんです。その御蔭でマナリストではちょっとした有名人なんですよ」
志穂梨がそう告げるのに合わせて、恭兵と都子は自身の背後の方へと振り向いた。
そこでは相も変わらずどうやっているのかその大柄の体格でその場の空気に紛れ込むように佇んでいたヘンフリートが壁を背にして腕組みをしながらいた。
昨夜も都子の傍から突然離れたと思えば、運び屋の男を地上に下した時にはその場にいて魔法騎士団へのh器私に同行していたほどの神出鬼没であった。
彼は二人の視線に気づくと、顎に手を当ててそれに答える。
「あれも七年前になるのであるなぁ。当時はまだ若く、一党を結成したばかりであったが――今でも相当無茶をしていたであるな」
「それは、もしかして……」
「ああ、無論、奴も前線で暴れまわるモンスターや冒険者、魔法使いに至るまでを大剣で薙ぎ払っていたもので
あった……」
また一つ、自分の把握していない師匠の武勇伝を聞かされた恭兵であったが、これまで聞かされてきたもので以外だと思うものは無く。それくらいやるだろうな、という説得力に溢れている人物が師匠であるというのは恭兵にとっても何とも言えないものであった。
「兎も角、そんな訳で魔法事故は大変な事態を引き起こす場合があるんだ。あまりも事前防止を働き掛けているが、当然いう事を聞く魔法使いばかりではないからな。時には魔法騎士団と衝突する輩も出てくるんだ」
「一週間生活して慣れた気でいたけど、この都市マジで危険だな?」
「だから俺もやりたくないっていったんすよ……俺としては奴らを見つけ次第、魔法騎士団に報告して丸投げした方がよさそうっす」
「でも、騎士団の方で対応できるの? 魔法でだまくらかされるんじゃない?」
「いや、そうとは限らない」
都子の疑問に実が口を挟んだ。
眼鏡のつるをツイと直して、自信ありげな様子で話しだした。
「これまで話されたような都合上、魔法騎士団には魔法にへの対処能力が求められる。なので騎士団と名付けられているがそのメンバーには魔法を扱うことができるものが多く所属していて常に最先端の魔法対策を講じられているが……その中でも魔法を発動させない魔法に長けたものがいる。それらを」
「対抗魔法士、とそう呼ばれておるのよ」
彼らに割って入る聞き覚えのある会話が聞こえた。
背後からの声の主へと振り返ればそこにいたのは、実とルミセイラの師であり、都子の魔導書の解析を担当しているマニガス・ヴァンセニックであった。
老人は笑いながら近くの席に座った。
「いやすまぬな。なにやら楽しげに議論している所で自分の専門分野がでたのでつい、首を突っ込んでしまった」
「きょ、教授! どうしたここに?」
「一つは、不肖の弟子のやらかしの謝罪よ。一度目はまだしも、二度目に至っては完全な故意によるものであるからな」
「姉弟子はどうしたんです?」
「改めて謹慎じゃ。当分は儂の研究の手伝いをやらせておる。改めて、すまんかったな。儂の監督が行き届いていなかった」
「いや、もう過ぎたことだし大事になった訳でなし、俺としては特に気にしてないで、大丈夫だ……です……」
ルミセイラはしっかりと罰を受けているようであり、恭兵としても大分留飲が下がっていた。たどたどしい敬語を使い言葉を返すと、マニガスはそれを受けとって頷いた。
「うむ。とは言え、あの様子ではまた迷惑を掛けると思うが、その時はよろしく頼むの」
「いや、止めないのかよ……!」
「研究を重きに置く魔法使いなぞ命題のためならば何でもできる、成し遂げる等とのたまう輩が老若男女問わず多いからの。しょうがないわい」
「尚更危険じゃない!?」
「言って止まるような奴が大成するわけもなし、問題が起きれば罰を与える、それくらいが丁度いいのじゃよ」
そのようなことを言うマニガスに対して都子も文句があるような苦み走った顔をしているが、開き直っているその態度を見て完全に諦めていた。
ルミセイラも口に出していた命題、魔法研究における個々人が持つテーマのようなものだと恭兵は把握しているが、正直よくこの都市の秩序が保てているなというのが正直な感想であった。
「儂もかつて立てた命題に夢中になったものよ。その時のことを思うとあまり他人のことを言えなくてのう。おっと、話が脱線してしまったかの」
そう言って、マニガスはいつの間にか手に取ったカップに口を付けて一口飲むと、話を続ける。
「確か、対抗魔法士についての話じゃったかな? それなら儂が解説を、とでも思ったが、どうせなら弟子にやらせた方がよいか。ほれ、続けんか、弟子二号」
「教授がおっしゃるのであれば……では改めて」
少し不満げな顔を見せる実であったが、自分が説明すること自体は乗り気なようである。
気を取り直して白衣の少年はマニガスから話を引き継いだ。
「魔法を使うには主に二つの過程が必要だ。空気中から《魔素》を吸い込んで魔力に変換する過程と魔力を呪文や構成湯素、それらを補う代償により魔法へと化す過程だ。これらを行うことで初めて魔法を使うことができるが……では、魔法を防ぐにはどうしたらよいと思う?」
「呪文唱えてる間に倒す」
「同じく」
「あれっすよ。《魔素》を空気中に呼吸で取り込むのを煙玉で邪魔するんすよ」
「成程、確かにそれらの方法も有効だ」
実は恭兵たちが三者三様に出した意見に頷く。
「だが、呪文をそう長々と唱え続けている奴ばかりではないし、そもそも唱え終わる時も魔法によってバラバラであることを考えると何時でも使える手では無いだろう。煙玉などで呼吸を阻害するという方法も、呼吸法によって克服される場合もあるからな。これも全てに通じる方法では無い」
では、どうするか、実は答える。
「魔法一つ一つに対応した対抗手段を用意する。魔法への対策というのは最終的にこれに行き付くとされている」
「一つ一つって、魔法って、それこそ何種類もあるんでしょ? それを全部?」
「ああ、それこそ、膨大な知識が要るために殆ど専門的に限定して対抗手段を持つもの魔法使いが多いが、これに特化した魔法使いがいる。それこそが対抗魔法士だ」
「成程ね……それの専門家っていことは……」
「当然、魔法に関する膨大かつ幅広い知識が必要になる。教授がお前の魔導書の解析に紹介されたのもそのためだろうな。《|全識対抗師《アルス・ヴァイスハイト・カウンター・マスター》》という二つ名で呼び称えられていたりしているにふさわしいと弟子目線を抜きにしても俺は尊敬する」
「その呼び名はやめよといったであろうが……いちいち長いわい」
「ですが、かつて《対魔十六武騎》であった時は自ら名乗り気に入っていたらしいですが……」
「若気の至りじゃよ。十六武騎になったのも命題のためにちょいとなっただけで、二年で辞めたしの。他の、真に神聖大陸を守ろうとしている者達とは違うわい」
マニガスはそれまでの余裕はどこへやら苦々しい表情で一人ごちる。
そんな師の様子を不思議そうに見ている実。本人には特に嫌がらせの意識は無いようである。
「いいんですか? 一度に二十も撃たれた魔法を全部打ち消したり、独自に開発したと豪語する魔法を無効化したりなんていうのは数知れず、とか」
「お前の話に関係ないじゃろう。さっさと続きを話せ」
「それでは、まあ続けますけど……そんな訳で対抗魔法士は魔法使いを封じる事を得意とする魔法使いであるが、彼らにも扱う魔法というものが存在している。その名の通り対抗魔法だ」
「……もしかして、お前がゴーレムを無効化するように使っていたあれか?」
実がルミセイラの魔法を一方的に無効化していたのを恭兵は思い出していた。
あの時はゴーレムが地面を造り替える形で生みだそうとしていた魔法陣と彼女の呪文に対して何らかの呪文を唱えていたように思えた。
「あれも、対抗魔法の一つだ。姉弟子のゴーレム生成に特化したものだがな。あれは相手の唱える呪文に対応した呪文を唱えることでその構成を崩して無効化するタイプだ」
「あれは、そういうことだったのか。道理であの諦めの悪い魔法使いがお前には引き下がる訳だな。手の内が知られ過ぎて相手をするしないの議論の余地も無い訳だったか」
「その通りだ。まあ、俺もこれまでに何度も挑まれたことか分からないくらいには絡まれたからな……御蔭でそこらの魔法使いよりも戦いは慣れたからな」
実は思い出したのか非常に疲れた顔をした。
その時の事を思い出したのか、その両目も遠い場所を見つめている。
「まあ、他にも色々対抗魔法にはあるが……一先ずはこれくらいにしておいた方がいいか。というよりも、随分と話が脱線してしまったが、結局どうする?」
「だよなあ。佐助一人に任せるのも問題だし、じゃあ俺らが街中で何ができる訳でもないし……俺達ができることなら騎士団がやる方が確実だよな」
「そうなると……騎士団の方で運び屋の裏が取れるようになるまではこれまで通り森の探索かしらね」
「私達が余計なことをして引っ掻き回しても仕方ありませんしね……」
「無理は禁物ってことっすね」
「ああ、そのことなんじゃがの」
恭兵達が一先ず、魔法騎士団の方から出されている依頼通りに森の捜索を優先させようと、方針を決めようとした時、マニガスから声を掛けられた。
「儂はこれから魔法騎士団の要請でちょいとそっちの方に行くんじゃな、幻覚の魔法が掛けられているとかいう輩のその魔法を解きにの」
「とうとう師匠が呼ばれたんですか。あちらも結構意地を張ってたと思ってましたけど」
「それは魔法騎士団とは儂の方から避けてたからなんじゃがの。じゃが今回のは何とも興味がそそられる事案でな?」
「興味がある、ね……」
マニガスの言い分はまるで、知的好奇心を刺激された子供のようであった。彼もまたこの街の魔法使いの一人であるということなのだろうかと都子は思った。
老人はそんな調子で話を続ける。
「しかし、儂の考えではこれはちょいと儂でも手に余る事態だと考えている。そこで少し協力して欲しくての、弟子二号とそこの、斥候、サスケとか言ったの。二人の力を貸してほしいんじゃよ」
「力を、ですか? 俺は構いませんけど……」
「うーん……まあ、いっか。俺も知りたいことがあるんでいいっすよ?」
マニガスの要請に佐助の方は少し悩みながらであるものの二人は快く引き受けた。
「では、早速いこうかの。そう言う訳でお嬢ちゃん、今日は儂は忙しいから休みでよいぞ」
「分かりました……でも、今日は森に行けなくなって暇になったわね……そこの二人無しだと森の探索は行えないでしょ?」
「感知とかに不安が残るか……確かにあの森の中を行きたくはないよな」
今までは師匠と、別れて以降は一人、そこから都子と共に来て佐助と会うまでは、周囲の警戒は自分も行っていたが彼らの技術には及ばず、今は頼っていたことに気づく。
実とはこの街に来てからの付き合いにも関わらずということもあり、自分でも以外だった。
(ちょっと、考えなきゃいけないかもな)
恭兵が危機感を覚えた時だった。
「あの、それなら……お二人とも私に付き合って貰ってもいいでしょうか?」
志穂梨がそんなことを恭兵と実に頼んできた。
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