第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ15:こうして高塔恭兵の長い一日は星空で終わった
遅れました
約11000字と少々長めです
「いっけぇええ!」
掛け声と共に都子は手のひらに作り上げた火球を射出する。
立ち並ぶ塔の頂上周辺を照らしながら、その間を飛ぶように駆ける不審者へ放たれる。が、その影には当たらなかった。
「何あれ!? 空を飛んでる!?」
影は空中で身を捻らせて火球を避けていた。その挙動は空中をそのまま転がるというものであり、手甲の淡く明滅する光の跡がその挙動を示すように空中に残っていた。明らかに宙に浮いたままできる挙動では無かった。
火球の狙いは甘く、直撃はせずとも牽制はできると想定していた一撃だが、完全に回避されるのは想定外であった。故に驚愕し、彼女の次の行動が遅れる。
しかし、残りの二人は直ぐに対応する。
「《念動拘束》ッ!」
「ゼイッ!」
恭兵は避けた先に手を置くように向けて《念動力》、不可視の巨腕を放つ。
佐助の方は懐から取り出した手裏剣を手首のスナップだけで同様に避けた先へと投げる。
その両者の攻撃はほぼ同時に直撃する。
不審者は不可視の圧力に縛られ、その左腕、淡く光る手甲には手裏剣がその留め金に命中して外れる。
姿勢が崩れたその影は空中を進む速度を殺されて、宙で静止する。
こめかみを流れる嫌な汗を感じながら、恭兵はその手ごたえからその影を捉えたと判断した。しかしそれは甘い想定であった。
「ガァアアアアアアア!」
それまで完全に沈黙を貫いていた不審者が突然叫びと共にその両足の淡い光が明滅しだす。
そして、明らかにその足元は空中であり足場となるものは無いにも関わらず、空中を蹴りつけだしたのである。
《念動力》によって空中で拘束されているため、じたばたと暴れる結果にしかならないが、恭兵には効果的であった。
《念動力》は特定の座標に力を及ぼす必要がある。そのために目標の座標がずれたならば、逐一修正を働かせなければならない。
例えるならば、恭兵は手の中で暴れ続けているドジョウを過剰な力で掴んで殺さないようにとらえ続けるというような状況にあった。
同時に肉と骨がきしむ音が恭兵の元まで届いた。《念動力》での拘束を無理矢理に振りほどこうとしているようであるが、生半可な力で振りほどけるものでは無いために彼自身の身体を傷つけるのみである。しかし、それでも力を緩める気配は無い。絶えず暴れ続け続けている。
相手を固定していた筈の座標をずらされた上、これ以上もがき続けられれば恭兵の制御から外れ兼ねない、そうなればこの高度を真っ逆さまに落ちていくだろう。
空中にいたとしても足元には足場があるように動くことができるように見えるが、落ちないとは限らない。この高さから落下すれば簡単に地上の赤い染みと化すのが容易に想像できる。
例え死ななくても、下を通り過ぎた誰かに当たれば死に至る事故になるだろう。
恭兵の判断は早かった。
既に向けられている左手だけでなく、大剣をその場に突き立てた上で右手も使い《念動力》で自分達が立っている塔の頂上部へと牽引する。下に落とさないことを優先した動きである。
都子がその意図を察して、魔法を放つ、呪文が風のように彼女の口から通り過ぎてその両手に黒い鎖が形成される。
「《拘束》ッ!」
弾かれるように射出される黒い鎖は《念動力》に抵抗する不審者をその上から縛り付け、引きずり下ろす。
影の方は空中にも関わらず足の裏に地面があるかの如く踏ん張りを利かせて、抗ったが抵抗虚しく引きずられ、叩きつけられた。
「なっんて馬鹿力なのよ! まだ鎖が軋んで……!」
「気を抜くな! まだ動くぞコイツ!」
都子へ恭兵の激が飛ぶと同時に叩きつけられた筈の不審者は立ち上がった。
《念動力》と《拘束》が未だにその身を縛っているのにも関わらず、体が悲鳴を上げ続けているのに、それらを無視したかのように立ち上がった。
完全に身を起こした所でその骨が幾つか折れた音が響いたが悲鳴一つ上げることなくひるむこともしない。
肉体が頑丈である訳では無い、その体は確かに破壊されつつある。しかし、それを当人は気にした様子は無かった明らかな異常である。
見かけは自分と同じ人間であると思われるのに、その動きは人から外れたものであった。明らかな異様さに都子は僅かに後ずさる。
それは確かな隙となり、それは見逃されなかった。
不審者は自らの肉体の損壊を考慮することは無く、今度は確かな足場となる地面を僅かに踏み砕き同時に両足の骨格から破砕音を響かせながら、都子へと突撃した。
「こんの……!」
恭兵が拘束へと掛けている《念動力》を都子と不審者の間の壁とするように放つ。
それは壁というよりは、一瞬発生する面を叩く力のそれと、不審者は激突する。
肉を打つ鈍い音が響き、突進は止まる。しかし不審者は止まらない。
全身を投げ出すように飛び出していた影は、即ちその両足は空中にあった。
淡く光る足甲を備えた両足は宙にあったとしてもその足裏を地面と化すことができる。
空中で静止し、恭兵からの拘束を生かして姿勢を制御、明滅する淡い光を放つ両足で何もない空中を蹴って再加速した。
「舐めんな……!!」
恭兵は再度の突進に合わせて《念動力》を叩きつける。不審者の肉体が悲鳴を上げるが、それを聞いているのは恭兵と都子だけだった。
都子は骨が折れ、筋肉が裂ける感覚を黒い鎖越しに感じた。これ以上は単なる痛みでは止まらない筈だが、不審者は止まる気配が一切ない。到底人では無い何かではないかと思えてしまう。
不審者は再度、突撃を行うべく両足の淡い光を明滅させながら空中を蹴りつける。拘束されている関係上、逃走するためには恭兵達を打倒しなければならないと判断したようである。目だしの覆面の奥から僅かに見えたその眼は暗闇の中で赤く血走っていて正面の都子を正確に捉えていた。
(コイツはもう、死ぬまで止まらないのか……!?)
これ以上は殺すしかないのでは無いかという考えが傭兵の脳裏をよぎる。都子もそれを察し始め迷いが生じたその時に塔の頂上の僅かな足場へとたどり着く影があった。
「ナイス足止めっす」
その場へとたどり着いた影は足を止める事無く駆け抜ける。
そして追いついて、その背へと腕を振り下ろし宙へ浮いていたその体を叩き落とした。
衝撃で体が背骨からくの字に曲がり、地面へと落とされても尚、不審者はその体を動かそうとしていたがその下半身はろくに動くことさえできなかった。それでも上半身を使って這いずり続けていた。
その先へと進むために伸ばされた手は背に回されて拘束される。
佐助は、背に乗り、実に鮮やかとも言える手口で不審者の身動きを完全に封じていた。
「拘束完了っと。いやあ、悪いっすねえ。落とし物を探してて遅れたっす」
軽薄な口ぶりをしながらそう答える佐助、どこから取り出したのかその手にはロープが握られており押さえつけている不審者の両腕を拘束し、その身動きを関節から完全に封じていた。
「……一応、私が捕まえていたと思うんだけど?」
「ちょっとそれだと縛りが甘いんすよね。それに魔法を解いちゃったら消える鎖で縛っていざ消えた時に困るっす」
「ぐぬ………」
都子が苦し紛れの悪態を吐くも、佐助には軽く流されてしまった。
そうしている間に忍者は都子がその手に握る黒い鎖の上から縄での拘束を完成させており、同時に右手にはめられていた筈の手甲と佐助の一撃により動かなくなった両足に嵌めていた足甲のそれぞれ淡く光っていたそれらを取り外していた。
それでも縄で縛られていながら抵抗を続け、ひたすらもがく不審者に対して膝でその重心を抑え、傍らから取り出した布を覆面の上から口に嵌めて結んで轡とする。淡々と作業を行いながら、軽薄な態度を崩さないという姿勢はある意味、現代的な忍者を代表しているのかもしれない。やってる場所が異世界のトンデモ魔法都市で立ち並ぶ塔の上でなければもう少し雰囲気はでたのかもしれないが、縄で縛られている様子は景観とはあまりあっていなかった。
「これでとりあえず無力化っと、いやあ修行で山を掛けて鳶を捕まえてたりしてたんすけど、それとはまた違った難しさがあったっすねえ」
「さらっと、出てきた忍者修行のことは無視するとして……その手と足についてたやつ」
「まあ、お察しの通り《アーティファクト》っすね」
都子が示した先にある、不審者がそれまで身に着けていた手甲と足甲、左右一組のそれらは地べたに倒された不審者とは離された形で置いてあった。確か手甲の内一つは空中で佐助の手裏剣により落とされた筈であったが、佐助自身が回収したようであり、特に落下による破損は見受けられずそこに置かれていた。
不審者はこれらの力で空を移動していたと恭兵は推測する。
恭兵が確認しただけでも都子の放った火球を避けた時、空中での《念動力》による拘束から逃れようとじたばたと暴れだした時、跳ねた拍子に空中を蹴って突撃を敢行しようとした時、いずれの場合もその存在を示すように足甲と手甲は光を明滅させていた。
そしてその時には手の平や足の裏に足場のようなものがあるかのように動いていた。
「単純にとか手の裏に魔法で踏んだり押し返せたりする板みたいなのを出せる効力があるみたいっすね。それで空中でも走って、跳んで、ができる、と。鳥みたいに羽ばたいて飛んでるわけじゃないのはそんな感じで移動してたからっすねえ」
「空を飛べる靴とか幼稚園児の読みおとぎ話にはあった気がするけど、それにしちゃ随分と夢がない話だよな」
「アンタも空飛べないでしょ。対して変わりはしないわよ」
恭兵は都子に痛い所を突かれてしまっていた。確かにあの移動方法は夢のあるものでは無かったのは確かである。
「いやあ、流石の俺でも空を飛びながら逃げる奴を捕まえるのは骨でして……丁度いいところに二人がいてよかったっすねえ」
「何が良かっただよ。恍けやがって……お前が俺達に気づかない訳は無いだろうが」
「いやまあそうなんすけどね?」
《接触観応》を佐助が怠るとは思えず、そうでなくても夜の暗闇の中で進行方向の先にいる自分達に気づかない訳は無かったと恭兵は考えている。
事実、佐助は事前に恭兵達が研究塔の頂上部にいることを察しており、確実に捕えるために不審者を彼らがいる方向へ誘導することさえ行っていた。
「つまりはアンタの厄介事に巻き込まれた訳だけど……そいつがアンタの追ってたっていう例の奴だったりするの?」
「いやいや、そんな訳ないじゃないすか。それなら真っ先に明石さんを狙いますし、大体、アイツはこんな雑魚じゃあないっすよ」
都子は佐助の言葉に僅かに棘が含まれていると感じた。一瞬だけ感じたそれに、佐助の本心が現れているようであったが、既にその影も形も無かった。
佐助が追っている人物は都子の魔導書を狙っているらしい。なので都子自身も警戒をすべくその人物について聞き出そうとしているのだが、いつも妙にはぐらかされてしまっている。
その中で、この反応があるということは彼がよほどその人物に執着しているのではないかと都子は思うが、今はそれよりも現状の説明を求める方が先であるということもあり、これ以上言及せずに話を変えることにした。
「……なら、誰だっていうのよ?」
「今、あの二人と組んでやってる依頼があるじゃないっすか。魔法の盗みを諭して手引きしている奴がいるっていう話。俺達はその裏にいる奴のアジトを探しているっていう訳なんすけど」
「こいつがそれだって?」
「いや、そいつはただの"盗み屋"、盗みを促された方でつまりは実行犯っす」
「実行犯のほうか」
じたばたと抵抗を続ける不審者もとい、複数いる魔法の"盗み屋"の一人だが、だんだんとその勢いが削がれていき、やがてぐったりとして大人しくなっていた。
呼吸はしていることから生きているのは確かであり、その様子から気を失ったというよりは眠ったという方が正しかった。
「それで、何でお前が実行犯を捕まえようとしてたんだよ。盗んだ所を直に見て義憤にかられたのか?」
「いやいや、義憤に駆られたって、ひったくりじゃないんすから」
「どうだか。というより、本当に実行犯なんでしょうね? そこの手足に着けた《アーティファクト》を試しに使って歩いてた人だったらどうするのよ…………いや、今のは無しにして、流石にここまで足がバキバキになるまで逃げ続けるのはやましいことがあるからよね。自分で言うのは何だけど流石におかしかったわ」
「いやあ、どうなんだろうな……いるんじゃねえのかな……」
恭兵はルミセイラのことを思い浮かべる。目的のためならば街中で暴れまわることも辞さないあの姿勢から考えればそんな奴はいないと言い切れなかった。
(いや、流石にそんな奴だらけだったらこの街の治安とか保たれる筈もないし……多分、大丈夫だろう……)
恭兵は一人、勝手に不安に襲われていた。
そんなことは露知らず、佐助は不審者が"盗み屋"であると特定した最大の理由を話す。
「まあ、《接触感応》でヒットしたんで、捕まえようとしたら逃げられたんすけどね」
「つまり、何らかの形でこいつの身体に触れて、それで捕まえにいったと……」
「何で触れたんだよ、肩がぶつかったとかか? お前だって、常時そんな風に《接触感応》使ってたら
限界はくるだろうに」
「まあそこはあれですよ。俺が用事を済ませていた所にこそこそと後ろを警戒しながら歩く影があってっすね? 怪しいなって思ってちょっとよろけた振りしてぶつかったら案の定で……まあ、その拍子に建物を駆け上がられたんすけど」
「……一応の筋は通ってるよな」
「本当の所はどうだか分からないけどね……そんなこともあるんじゃないとは否定しきれないし」
偶然立ち寄った所で偶然にも自分達が行っている依頼に関係のある人物を見つけそれを追うことになった。
状況としてあり得ないとは言い切れず、しかし都子としてはそんな話は現実に起こるのだろうかとも疑問を持つ。
ファンタジーのような世界であるとは言えそこにあるのはどうしようもない現実でしかなく、従って偶然であると簡単に受け入れることは彼女にはできない。
「何をそんなに疑ってるんすか……」
「お前、何も言わずに色々とやってそうだしな……忍者だし」
「元いた世界の時から忍者やってる奴とか怪しさの塊よね」
「いやいやいや、そんな事はしませんって。偏見による忍者差別はよくないっすよぉ……! 仕えた主の命を果たす! それこそが忍者の生き様でしてね……!?」
「とまあ、そんなことは置いておいて……《接触感応》で何か情報読み取ったか?」
「無視! 扱いがひどいっすけど、情報は抜いてあるんで目に物みせてやるっすからね……!」
案の定、拘束している間に佐助は二人と掛け合いを続けながらも抜け目なく《接触感応》を用いて"盗み屋"と思われる男から情報を抜き取っていた。このようにふざけながらも動きに隙が見えず、常に余裕そうである所を二人に警戒されているのだが当人は気づかぬばかりである。
「取り敢えず、名前とかそこらへんのどうでもいい所は置いておいて、コイツは当然、黒っすね。"盗み屋"の実行犯の一人みたいっす」
「それで? それだけだとさっき言った事の焼きまわしよね?」
「き、厳しい……! ま、まあ、これは当然の前置き、所謂裏取りという奴で、ここからが本番っす」
都子の指摘にたじろいでみせる佐助が咳払いを一つ置いて、自らが得た情報を話す。
「先ず、前提を共有したいんすけど、"盗み屋"は複数いるっていうのは大丈夫っすか?」
「もう何人捕まえても盗む奴が次々と出てきていて、それは何故かと言えば研究塔から魔法の研究を盗むことを諭された上にその手段なんかも教えてもらうから跡が立たないって実の奴が言ってたよな」
「そう、つまりは実行犯とそれをそそのかす、いわゆる教唆犯がいるってだけっす。でも実行犯の方もさらに分かれているんす」
「分かれてる?」
「実際に研究塔に侵入または街中で魔法使いを襲う実行するやつ、それらの標的の情報を集めるやつ、それらの連絡をとるもの、そして、そこのそいつのように盗んだものを外へと流す運び屋っす」
「外への運び屋ってことは……盗みを諭すように渡してるって訳か……!」
恭兵の推測に答えるように佐助は首を振って、答える。
「確かに盗んだものの一部を外へと運んでるみたいっすけど、盗みを教唆してる奴はそれ以降ほとんど接触していないみたいっすね。盗んだ物の多くは実行犯が、その一部を調査してるのとこの運び屋が取り分けて、最後に外のそれが必要な奴に流す。で、まあこいつらには心当りがあるんじゃないすか?」
「ああ、あの盗賊達か。そうすると盗みを教唆してる奴には何も無しなのか……?」
「こいつ自身は一度も会ったことは無いみたいっすね。元々冒険者のある一党の斥候役だったのが、運悪くこいつ以外が全滅して、本人も命は助かりはしても怪我とその治療で大分その腕が鈍ったらしいっすね」
「そこをつけ狙われて、か」
「腕が落ちたのと古傷もちで他の一党にも入れず、そんな所を連絡役の奴に誘われたと。生活のための金と、《アーティファクト》を持てばどこかの一党にでも入れると思ったんだろうっすけど……色々揃う前に《アーティファクト》を同調させに鍛冶屋に行って随分怪しまれたみたいで」
「ビビッてた所をお前に見つかったのが運の尽き、と。いや、それでもあそこまで気合いで耐えられるものか?」
「冒険者として生きるのがどれだけ大変なのかは私には分からないけど……あそこまでなっちゃうのは相当よね」
「ああ、あれも二人ともどこかで見たことあるんじゃないっすか?」
そう言って、"盗み屋"の運び屋を担当している奴の覆面を轡越しに剥がした。顔が露わになったその男の口には依然として轡が嵌められていて剥がした影響で緩まっている様子も無い。一瞬のその手際は正に手品のそれであり、恭兵と都子は唖然とするしか無かった。
「お前、何気なく淒技やるなよ、こっちがびっくりするだろうが!?」
「轡は一応魔法対策とかじゃ無かったの?」
「《接触感応》で魔法使えないのは分かってるっすよ。それよりもこの顔を見て下さい!」
佐助はそう言って、二人の方へと運び屋役の男の顔を向けた。
「コイツ……目が……?」
「完全に赤いわよね……元々の目の色っていうには、血走ってる?」
「そう、これは本人の認識通りならある薬を過剰摂取の影響らしい、その名もゾナリュージョン・ポーション」
「あの、殆どゾンビ化する薬か」
見れば、運び屋役の男の身体のあちこちに手裏剣などの傷が見え隠れしておりそれでも一切止まることは無かった。これでは確かに佐助だけでは逃げ続ける奴を捕えるのに苦労する筈であった。
ここでもあの盗賊達との繋がりが見えてきた。
魔導書の断片、《アーティファクト》だけでなく、ある程度の負傷を無視して動き続ける薬のソナリューション・ポーションまで関わりがあるというのは恭兵の想像以上に深い話となってきていると感じる。
「そこに転がってる《アーティファクト》も最初から持ってる訳じゃかった筈っす。現に使い方は良かったっすけど、殆どゾナリューション・ポーション頼りで"空飛ぶ靴"での練度は高い訳じゃなかったっす。つまりは最近手に入れたばかりで、負傷で腕が落ちた状況で十分な役割を果たせるとは思えない」
「それを補った結果の過剰摂取、か。何とも言えない結末だな……」
「まあ、それで田舎に帰るわけでもなく冒険者を続けようと思ったのはコイツの判断っすからね」
「……それで? 私達の依頼に関して進展しそうな情報はあった?」
都子は先を促す。
彼女とて、全く思わないことが無い訳ではないが、今の自分にできることは何も無い。ただ自分ができることをやるしかないと彼女自身が誓ったことをやっていくしかないのである。
「一応は、連絡役との連絡方法は分かったっす。今まで捕まった奴は実行役ばかりでどいつもまともな情報をもってなかったっす。運び屋の奴も外では盗賊達にしか接触して無かったようっす。つまり怪しいのは」
「連絡係と情報を探してる奴か?」
「そいつらからなら首謀者とも言える奴を探し当てることができると思うっす」
「……佐助、アンタはどう考えてるの?」
佐助の情報を聞いた上で都子は言った。
そこにはどこか含みがあるようであり、それを受けて佐助も答える。
「どうっていうのはどういう意味っすか?」
「惚けないで、私達が受けてる依頼に関することよ。本当に森の方に首謀者の拠点か或いは手掛かりがあると思う?」
「……多分無いっすね、あったとしても注意を逸らすための囮だと考えてるっす」
森に居るとされる首謀者、若しくはその手掛かりを見つけるのが依頼の目的である。
その前提が引っくり返ろうとしているのが恭兵にも分かった。
「そもそも、当初の想定から考えれば実行犯を諭す奴は魔法で自分の顔を誤魔化しているんだろうという前提があった。だが、他に関わってくる奴らがマナリストの中にいるとなれば話は変わってくる」
「そもそも、森の中であったというのが魔法による幻覚って奴よね。私もどれくらい誤魔化せるかは分からないけど、魔法があるんだから、限界は決めないようにした方がいいと思う」
「最低でも未だに顔の誤魔化しが効いてるのがあるっすから……今でも魔法騎士団で幻覚の魔法を解こうとしているのにっす。相手は強力な魔法使いであることに変わりはないっすよ」
それは最初の想定よりも大分悪いものであることを意味していた。
佐助の情報通りであれば魔法騎士団も完全に後手に回っているのである。
「あくまで最悪の想定って話だよな……?」
「そうっすね。最悪の想定でしかないのに変わりないっす。俺達の考えすぎなら中にいる奴らを捕まえれば状況は進展するっす。この情報が魔法騎士団に伝われば街中での捜査も本格的に行われる筈ではあるっすから」
「じゃあ、取り敢えずコイツを魔法騎士団の所まで連れて行けばいいか……最初は日々の宿代を稼ぐために受けた依頼がなんだかヤバいことになってきたよな……」
恭兵は都子に対して申し訳なかった。
彼女を巻き込んだのは自分であり、そして、これ以上は自分達の本来の目的とは遠回りとなることになりかねないと彼は考えている。それは或いは直感的なものであったが、確信のようなものがあった。
だから彼は彼女に提案することにした。
「都子、これ以上首を突っ込むのか?」
「そう聞くアンタはどうなのよ? 続けるの?」
彼女は恭兵に向き直ってそう返した。
その目はこちらをまっすぐに見つめており、逸らす気にはなれなかった。。
「私に遠慮する必要は無いっていったでしょうが。大体、依頼を受けるって決めたのはアンタと佐助なんだから、やるって決めたアンタらが決めなさいよ」
「いや、でも参加してるお前の意見も重要だろ」
「じゃあ、アンタが決めたことに異論は挟まない。私はそう決めたわ」
都子にはそれ以上譲る気は無いようであり、その意志は固い。
恭兵は困ったように佐助の方へと助けを求める。
「そうは言うけど……佐助も本当に続けるのか?」
「うーん、でも俺は薦めただけで最終的に依頼を受けるのを決めたのは恭兵君っすし……」
「あ、てめ、ずりいぞ、逃げんなよ! 薦めた事に対する責任は無いのかよ!」
「じゃあ、まあ個人的には続けるに一票っすね。理由としてはここで手を引くにはちょっと話に食い込んでる節があるっす。首謀者に俺達が切っ掛けで情報が漏れたってばれたら襲われる可能性もあるっす。それなら、自分達も状況の中にいるのは悪い手じゃないと思うっす。と言っても最終的には恭兵君の意見を優先するっすよ」
「……いや、何で二人とも俺なんかに決定権を渡してるんだよ……」
佐助への救助要請は追い撃ちという形で返ってくることになり、恭兵は項垂れるしかなかった。
そんな彼を見て、二人は妙ににやにやとしていた。
「ふっふっふ、存分に困るといいわ。普段から他人に決定権を渡して。決めるのにそうとう苦労する私の気持ちを思い知りなさい……!」
「はっはっは。まあ、俺は元から忍者っすからね。こういう一党の決定権を握るような奴じゃないっすよ」
「お前等、存分に楽しんでんじゃねえかよ……!」
「まあ、いいじゃない。私はアンタの我儘聞きたいんだから、それで漸く少し借りを返せることになるんだから。だから、自分のやりたいことを正直に言ってみなさいよ」
「…………」
そう言った都子の口元はにやつき笑っていた。よほどこの状況が愉快であるようであり、大変うれしそうで恭兵は腹が立った。隣に立つ佐助も同様ににやついていて気持ち悪いのであとで機会があれば腹パンを決めようかと決めた。
そうして、ふと何だか今日は随分と好きにすればいいと色んな人に言われるな、と恭兵は思った。昼のエニステラから始まり、夕方のメヌエセスから次いで目の前のにやつき顔の二人である。
恭兵はため息を吐いて空を仰ぎ見た。
そこからはどこまでも広がる星が広がっており、自分がすごく小さく見える。
遠く離れたそれらは自分がいくら手を伸ばそうと、《念動力》を使おうと、届くことは無い光であることが分かる。
(俺が多少暴れた位でどうこうなる程じゃない、か)
彼は結論を出した。
正面に向き直り、二人に自分の考えを正直に伝える。
声を出そうとした時に少し喉が渇いて声がつまりそうになったが、構わず言った。
「俺は続けようと思う。でもそれは条件付きだ」
「条件? この期に及んで私に遠慮する奴じゃないでしょうね?」
「違うよ。条件っていうのはあの二人、元々の俺達の依頼主である野々宮と実の奴にこれ以上続けるかどうかの確認を取ってからだ。あの二人にもその権利はある」
「まあ、そうだけど……結局、アンタも他人頼りじゃない」
「だっせーっすねえ」
「佐助、お前後で本気で殴るからな? 《念動力》付きで壁の外までぶっ飛ばすからな?」
拳を握り、恭兵が佐助の方へと近づくとすかさず距離を取る忍者、逃げ足はやはり相当早かった。
「アンタはそれでいいの? 結局、他人ばっかり優先してる気がするけど」
「それはお前もそうだろ……俺はもう少し理由はあるんだよ」
「じゃあ、何よそれは」
「ほら、俺達もアイツ等も、結局同じ"迷人”だろ? それなら同じ境遇の奴をできる限りは助けたいってだけだよ。まだ他にいるかも知れないけど、たった五人の同郷なんだから」
そう言った恭兵の言葉に都子はすっきりとした顔を見せて笑う。
「そう、ならいいんじゃない?」
そう言って彼女は上機嫌に後ろに振り返って空を仰ぎ見ていた。前までは空を睨むようにして見ていたのに、その時の一瞬だけは星空を笑顔で見ていたように恭兵の目に映った。
その後ろ姿は星空にとてもよく似合うものであり、できることなら写真にして撮っておきたいと思える程であった。
(コイツも、元の世界ではこんな風に星を見てたんだろうな)
彼はそれを見てみたいとそんな風に考えていた。
あまり、見たことが無かった星空であったが、元の世界とこのグゥードラウンダでのものはどれくらい違うのかなと比べてみようと思い立ち、彼もまた星空を仰ぎ見ることにした。
そんな二人を置いて、佐助は運び屋となっていた男の傍に立て膝を付き座っていた。
気絶している当人に触れて、再度《接触感応》試みるが、目当ての情報を読み取ることは出来なかった。
彼は一人ポツリと呟く。
「おかしい……確かにコイツの手から剣を弾いて落としたと思うんだが……その記憶がまるで無いのはどういうことだ……?」
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