第一話 始まりの異邦人 / ミドルフェイズ 1:その少年少女は女騎士から事情を聞く
何とか滑り込み……?
――――対魔十六武騎
それは異世界、グゥードラウンダにおける人類の最終兵器、各分野で頂点を極めた十六人により構成される集団である。
その発祥は、史上初、人類が現在住んでいる神聖大陸に魔大陸から魔王が率いる大軍が侵攻してきた時まで遡る。
それまで、自分達が住む神聖大陸に生きるモンスターの比ではない魔大陸の軍勢の力に圧倒される人類であったが、ある時、神聖大陸を守護する神々から力を授かった勇者により、魔王軍への反撃を開始した。
この時、勇者と共に魔王軍に立ち向かい、見事に活躍を果たした十六人の英傑たちを指して人々は、対魔十六武騎と呼んだ。
それがかれこれ七百年前、以降は魔王が侵攻する事変を魔王事変と呼び、百年に一度の周期で起こる事変となっていた。
これに際し、対魔十六武騎達は続く魔王侵攻に備え、自分達の子孫や弟子達に自らの技術を伝え、より研鑽させていく事を定めた。
つまり、彼らの技術を受け継いだ十六人、それこそ対魔十六武騎である。
ろくに、魔法が発達もしておらず未だ人類がモンスターの脅威に脅かされ続けていた時代においての人類最強を受け継ぎ、昇華させ続けていく者達である。
「――と、いう訳です。その中でもエニステラ様は《聖騎士》を……」
「ああ、はいはい分かったよ、サイモッド。そっからは流石に長いって」
室内においても武装を外さない戦士の男、ガーファックルが、相棒の神官のサイモッドの長い説明を遮っていた。
「いえ、ここからが肝心な所なのです。いいですか――」
「いや、だから。これ以上はめんどくせえよ、知らない奴に教えるにはお前の説明はくどすぎるんだよ」
恭兵と都子はそんな二人のやり取りを呆れつつも眺めていた。
ここは、マドナードが経営している薬屋である。
ナスティと商人の護衛である三人と合流した後、怪我を負っている女騎士、サイモッドが言うには対魔十六武騎の内の《聖騎士》の座を預かるエニステラ=ヴェス=アークウェリアであるらしい、を馬小屋に置いておくわけにいかないということで、彼女に治療を施し、その目が覚め次第、事情を聞くために連れて来たのであった。
現在は、流石に女性ということもあってか、マドナードが薬屋の奥の部屋で彼女の手当てをしており、他は店の中で待機しており、その間の暇つぶしとして恭兵と都子は対魔十六武騎についてサイモッドに聞いていたのだ。
とはいえ、その説明は長々しくさらにくどくどしいものでもあったのか、聞いている二人の方も流石に聞き飽きてき始めていた。
同じく、話を聞いていたナスティもうつらうつらと舟をこぎ始めており、もう一人の軽装の男は途中で飽きたのかどこかへいってしまった。
とはいえ、いい加減話を進めてもらいたい恭兵は、いつまでも言い争っている二人を諫めに掛かるのだった。
「あーとりあえず、対魔十六武騎はすごいって分かったから。説明ありがとうな、ええと……サイモッド。それで、何で彼女がその《聖騎士》様だって分かったんだ? あったことがあったのか?」
「ふーむ、まだ語り尽くせてはいないのですが……まあ良いでしょう。何で分かったのかと言えば、一度会ったことがある、といえれば良かったのですが、以前見かけただけですよ。とは言え、一度見れば見違えるような人ではありませんし」
「……まあ、そういうことにしておこう。怪しいけど、強いのは確かそうだからな。最も、そんな人類最強候補様が何だって、こんな場所で一人、行き倒れていたのか不思議でしょうがないんだけどな」
「そうですね……不覚を取ってしまったとはあまり考えたくは無いのですが、あの傷では何かと戦っていたのは明らかです。間違いであってほしいのですが、もしもそんな相手がこの周辺にいたとすれば」
「俺たちの手に負えるようなもんじゃあないよな」
サイモッドに続けるガーファックルの言葉に一同は沈黙する。
彼女が本物の対魔十六武騎の一人であったとして、そんな彼女が深手を負い気絶するほどの相手等、自分達で対処できるとは思えない。
全ては彼女が起きて、事情を聞く必要があるが、最悪の場合は想定しておかなければならないだろう。
恭兵はそんなことを考えながらも、隣にいる都子の方を見る。
追われる身である彼女は室内にいるにも関わらず、黒いローブで顔を隠すように佇んでいた。
一見、とてつもなく怪しそうに見えるものであるのだが、元々魔法を専門として使う者には暗い奴が多いとでもいうのか、少なくとも室内でも顔を隠す程度の奴はしょっちゅういることから自然とばれずにいるようである。
一先ずはこの場にいる全員には気づかれていないようで安心である。
とは言え、時間を掛ければかけるほど、彼女の存在に気づかれかねない。
当初の予定通りに明日の朝にはこの村を出たい、恭兵と都子であるのでが、流石に近くに脅威が迫っているかもしれない中で、情報も無しに出発する気にはなれなかった。
「心配をおかけして申し訳ありませんが、私は早く行かなければなりません。失礼しましたッ!」
「ちょっと、起き上がりでそんなに動くもんじゃ……」
そんなことを考えている矢先、薬屋の奥の方が何やら騒がしくなってきていた。
どうやら、彼女が起きたらしいので様子を見るべく奥の部屋へと恭兵が向かい、扉を開けると。
先ほどまで、治療のために鎧を脱いでいたためかその下に来ていた肌着だけの金髪の美女が部屋の隅に鎮座してある鎧を掴みながら出ていこうとしているのをマドナードが止めていた。
「止めないでください! 私が行かないとあの町はッ! ここで休んでいるわけにはかないのです」
「ああもう! いい加減にしなよ! そんな体でどうするってんだい。傷を治していかないとどうしようもないだろう!」
「問題ありません! 移動しながら神聖魔法での自己回復でどうにでもなります。介抱してくださった所申し訳ありませんが、どうしても急いでいるのです! 後日、またお伺いいたしますので、今はいかせて下さい……!」
「はい、そうですかっていくわけないでしょうが! けが人を放って追い出したとなれば、薬屋の名が廃るってやつさ。それに元々冒険者で治療者やってた身としても、今出ていかせる訳にはいかないよ!」
マドナードが食い下がるので、どうにも振り切れないらしい女騎士は何とか説き伏せようとしているが、どうにもこの手の争いは苦手であるようであった。
そんなやり取りを見て茫然としているこちらに、マドナードさんが気づいた。
「ちょうど、良かった! アンタ達、ちょっとこの子を押さえつけてそこのベッドまで放りこむのを手伝いな!」
「え、いや、対魔十六武騎ともいえるお方にそんな無礼を働く訳には……」
「男がごちゃごちゃ言わないでさっさと手伝いな!」
「は、はいぃぃぃぃ!」
マドナードの剣幕に圧されて、思わず出ていこうとする彼女をベッドに押さえつけることになった。
それから二十分後、男四人でベッドまで押し込んでは、男相手には容赦なく手を出して抵抗し始め、その度に吹き飛ばされるガーファックルとサイモッド、マドナードにどやされるナスティ、顔面に蹴りを入れられて頭にきた恭兵が超能力を使い、ようやく大人しくさせてることができた。
「ハアハア、ようやく大人しくなったか。どうなってんだよこの怪力、俺結構本気で抑え込んだんだけど」
「はあ……さ、流石にた、対魔十六武騎の一人とい、言うだけのことはあります……かね……」
「病み上がりでこれとは、やっぱり本物なんじゃないのか?」
怪力だけで判断するには些か早計ではあるが、彼女が強いことは確かでありそうだ。
「う、うう、まさか取り押さえられるとは……ここまで傷が深くなっているとは思いませんでした……」
「いや、男四人がかかりで、それも冒険者で戦士職の二人相手に逃げれるのかよ」
彼女は押さえつけられた後、マドナードが何らかの薬を飲まされてベッドでぐったりとしている。
マドナードが何の薬を調合して飲ませたのかは定かでは無いが。彼女のことだから並の薬では無いのは確かだろう。それでも尚体を起こしている女騎士についてもあまり考えたくは無かった。
マドナードが三日は寝てるとか何とか言っていたが、気のせいだろう。気のせいだと、恭兵は思うことにした。
「……どうしても、行かせてもらう訳にはいかないでしょうか? 私の心配は無用……というには説得力がありませんが、無いでしょうが……それでも行かなければならないのです」
女騎士が落ち着きを払って何とか説得を試みようとするが、マドナードは首を縦に振ることは無く、
「だめよ。何度も言ったけど、怪我をした状態で村の外に放り出すわけにはいかないのよ。アンタが何処の誰であろうとも怪我を抱えて無理をさせる訳にはいかないと、アタシはそう決めているのよ」
「くぅ……どうしても、と言うのでじょうか?」
「ええ、どうしてもよ」
食い下がる女騎士に対して、マドナードはそれでも下がらずにいる。彼女はどうしても女騎士を外に出す気は無いらしい。
恭兵は、その時チラリとマドナードがナスティの方を見た気がしたが、次の瞬間には女騎士の方へと向いていた。
「まあまあ、マドナード。ともかく事情を聞いてみなければ何も分からないだろう。事と次第によっては大変な事かもしれんしな」
「ええ、おっしゃる通りです。彼女程の人物が負傷を負う程の事態、事情をお聞きしたいというのは当然かと」
「俺はあまり厄介事に首を突っ込みたくはないんだけどな」
ナスティがマドナードをなだめつつ、女騎士へと尋ねる。サイモッドもそれに同意するように頷き、ガーファックルも面倒そうにしているも、とりあえず話を聞く気ではいるようであった。
さて、どうしようか、恭兵はそんな事を考えていた。
実際、この話を聞かなければならない、という義理は自分達には無かった。
森から彼女を拾っていたのは自分達であるから、話を聞く権利というものがあるが、彼女の様子からどう見てもそれが厄介事であることは確かであろう。
こちらは先を急ぐ身である。こちらに関係が無いことであれば、出来れば避けたい所ではある。
だが、本当の問題は都子の方にあった。
ちらりと、傍らの彼女の方へと挙兵は視線を向ける。相変わらず黒いローブによりその顔を隠しているため、おの表情を伺いしれる事は出来ないが、そのおおよその心境を察することはこの二か月の付き合いにより出来る。
都子は女騎士を明らかに警戒している。
都子は現在何らかの事情により追われている。
恭兵が都子と出会ったのは二ヶ月前、師匠の残した手紙に書かれていた頼み事を果たすために
まずは都子が持つ名称不明の呪いの魔導書を追っていた時、ある地方都市の城下町の路地裏で冒険者崩れのごろつき共に都子が襲われている所に遭遇したのだった。
その時には既にその筋の者達からは賞金首のような扱いを受けていて、各地を転々としつつ手がかりも無い状況で必死に元の世界に帰る方法を探し続けていた。
平穏な日常を過ごしていた少女が突如、知らない世界に突き落とされ、その上追われる身となってしまったのはどれほどの不幸であっただろうか、そんな事があれば確かに元の世界に帰りたいと望むであろう事は想像に容易い。
途方も無い孤独の中、それでも決して諦めないとそんな意志をその目に秘めていた。
私はどうしても帰りたいと、何がなんでも元の日常に戻るのだと、
こんな私の世界では無い、そんな世界に負けたくはないと、言葉に出す事は無くともその目は常に異世界であるグゥードラウンダへと向け続けていた。
――そんな彼女を見捨てようとは思えなかった。
そんな彼女が追われるような罪を犯したとは思えなかったのだ。
だから、彼女が元の世界に帰る手伝いをしようと思ったのだ。
幸い、師匠の頼み事は呪いの魔導書を確保しておくこと、一緒に居れば問題は無いと判断できた。
その後はその町にて"とある占い師"の占いにより、マージナルへと向かうことになったのである。
かような事情により、都子と共に旅をすることになったのだが、この二ヶ月の間に彼女の詳しい事情について詳しく聞くことは無かった。
だが、少なくともこの状況で女騎士に都子のことがばれてしまうのはまずいことが分かる。
現に、都子は彼女に対して最大限の警戒を行っている。本当であれば、この場にいることもまずいのであるが、流石にあの状況から離れたしまえば怪しいことこの上ない。
今はとっさに黒いフードを被ったことで、恐らくサイモッドとガーファックルの二人にもばれてはいないとは思うが、変装の魔法をここでかける訳にもいかず依然として危機は続いていた。
(どうにかして、都子が怪しまれない内に出ていった方がいいか……?)
恭兵が思案していると、都子が黒いローブを少しあげその奥にある顔を覗かせた。その目からは相も変わらず、強い意志を覗かせている。
どうやら、彼女は引く気は欠片も無いようだ。ならば恭兵としても彼女を聞くことに異論は無かった。
「ああ、そうだな。アンタを助けたって恩を着せる訳じゃないけど、話を聞く権利くらいはあるだろう?」
「……そう、ですね。分かりました」
ようやく観念したのか、女騎士はベッドの上で佇まいを直し、こちらへと向き直った。
「察しの良い方なら、お気づきになられているかと思いますが、私の名はエニステラ=ヴェス=アークウェリア、神聖大陸の魔を払う、対魔十六武騎の内の一つ《聖騎士》を任されています」
その女騎士、エニステラの名乗りに、やはりと頷く者、思わぬ大物に驚く者、より警戒を強める者と反応が分かれた。
エニステラはそれぞれの反応を少し観察し、次の言葉を続けた。
「一先ずは助けて下さってありがとうございます、ええと……」
「ああ、俺は高遠恭兵、高遠が性で恭兵が名前だ。こっちが明石都子、同じく明石が性で都子が名前だな」
「……」
「それと、俺がガーファックルと相棒のサイモッドだ。といっても俺たちはちょいと居合わせた冒険者なんだがな」
「僕としても名高き聖騎士にお逢い出来て光栄です。エニステラ様」
「見ての通り人付き合いが苦手なやつなんだ。無礼は許してくれないか? 騎士様?」
「キョウヘイに……ミヤコ……ですか……。いえ、すいません。本来であれば真っ先に感謝を述べる所を、その見苦しい所をお見せしてしまいました」
恭兵と都子の名前を繰り返すが、特に思い当たるものも無かったのか、エニステラは切り替えて感謝を述べる。
どうやら都子のことについて気づかれている訳ではないようだ。
「まあ、気にするなよ。それで、どうしてあんな所にいたんだ?」
「それは……そうですね、話は三日前に遡ります。私は自身の任務を終えその帰り道に国境の町マージナルへと立ち寄りました。そこではある噂が流れていたのです」
「ある噂? それってどんな……?」
(まずい……まさか都子を追ってるんじゃないだろうな……)
エニステラの言う噂に不安を覚える恭兵であるが、何とか顔に出さずに続きを促す。
噂と聞くと、昼間に聞いた呪いの魔女の物がよぎってしまう。他にも《巨人殺し》などとか言うものもあったが、それは流石に関係ないだろうと、考える。
エニステラの方は恭兵の動揺に気づいた様子は無く、頷くと言葉を続けた。
「ええ、国境にある町マージナル、そこに凶悪な死霊術士が潜んでいる、とそのような噂が流れていたのです」「ちょっと、待ってください。死霊術士ですって?」
サイモッドがエニステラの話を遮るようにその話に割り込んできた。その顔には驚愕に染まっており、よほど予想外であったようだ。
「ええと、死霊術士っていうと……」
「死霊術士というのは、死霊魔法を操る者のことを指します。死霊術とも呼ばれるそれはひとえに”死せざる死”を研究しその力を自らの物とする魔法の学派の一つで中でも禁忌に近いとされています。何せ極めれば生と死を自在に操ることが出来ると言われるものですから、さらに、死霊術の特徴として――」
「ああ、もうそこらへんで十分だよ。つまりは悪い魔法使いの代表例ってやつさ。ほら、ガキのころの寝物語に聞かされたようなのに出てくる奴らだよ」
「なるほど」
サイモッドが饒舌に喋り出すのを遮りながら、ガーファックルの例えから、恭兵は元の世界の悪い魔女や魔法使いが思い浮かばれた。
そういえば、師匠からは所謂悪い魔法使いはそのほとんどが死なないことを目的とするだとか言っていた。
そして、彼らはその成果として得た力で生ける屍であるゾンビや、動く骸骨であるスケルトン、死後の魂が歪められたゴースト等のモンスターを創り出し配下としているという。
恭兵が納得した様子で頷いているのをエニステラが確認した所で、彼女は話を再開した。
「ただの噂で町を防衛する兵士を動かせないというのがマージナルを治める貴族の言い分でした。とは言え、本当に噂程度のものではあったのでその判断自体には間違いは無かったでしょう。国境近くの兵士をそう易々と動かす訳にはいきませんから」
「でも、町にいる冒険者とかはどうしたんだ? 兵士とかが動かせない時こそそういう仕事が頼まれるもんだろう?」
「ええ、勿論、冒険者に調査を求める依頼はありました。結果、何の成果も無く。何も掴めないまま調査を断念する冒険者ばかりと、しかしそれでもそんな噂は絶えることなく日増しに悪化していったという状況でした」
「それで、女騎士様が出張ることになったと」
「ええ、名が知れている私が直々に調査したとなれば噂が真実であれば退治を、偽りであったのならばその信憑性をという訳です。アンデッドを討伐することに関しては専門家であるという自負はありましたし、確実に倒すことはできるだろうと踏んでいたのですが……」
「やられてしまった、と」
「正確には痛み分けというのでしょうか、少なくとも相手の方も傷を負っている筈です」
ガーファックルの物言いに反論するように矢継ぎ早に告げられた言葉からは、エニステラは負けず嫌いであるらしい、そう簡単に敗北を認めるような人物ではなさそうだ。
サイモッドの方もそこに疑問を覚えていたらしく、顎に手を当てて思案していた。
「しかし、そこまで強力な死霊術士とは……?」
「ええ、調べた結果、マージナルの郊外にある共同墓地、その奥にあった洞穴を死霊術士が拠点としていることが分かりました。そしてその死霊術士は既にリッチとなっていたのです」
「リッチですか……!」
サイモッドは得心がいったのか、声を上げた。
ガーファックルの方も、その驚きを隠さないでおり、その目じりを挙げている。
モンスターやそれに類する脅威に詳しくは無い恭兵もその名を聞いたことはあった。
確か、実力のある死霊術士が研鑽の果てに、自身の寿命では死霊魔法の最奥、”死せざる死”の真実にたどり着けないと察した時に、その限界を超えるために自ら生ける屍となったもの、それがリッチ。
極めて強力な死霊魔法を扱える上に、配下とするアンデッドも軒並み優秀なものばかりであるとされているが、真に恐ろしいのは、そんなことでは無かった。
曰く、リッチとなったものは不死となる。
師匠曰く、完全に不老不死で殺せないという訳ではないらしいのだが、普通に剣で切った張ったしようが燃やそうが死ぬことは無いというのだ。
弱点を突けば倒すことが出来るとは言っていたが、それらの性質も合わせて師匠からは相性が悪いと恭兵は言い含められていた。
「確かに、リッチであるならば、そこまでの負傷も納得が……」
「いえ、ただのリッチであったのならば私も何体か倒したことがあります。そうでなければ、対魔十六武騎を名乗ることはできませんから。しかし、そのリッチは違いました」
「違うってのは?」
「知っている方も多いとは思いますが、私はその聖騎士の技として雷を放つ神聖魔法を扱うことが出来るのです。これまで相対したどのリッチにも通用したそれが、奴にはまるで通用せず、何かに遮られたかのように弾かれたのです。そこから追い詰められた私はとっさに洞穴を崩したのですが……あの分ではまだ生きているでしょう」
「それで、その後は?」
「気が付いたときには洞窟の中でした。私はまず状況確認と態勢を立て直すべく外にでてみれば……そこは見知らぬ森の中。よもや転移の魔法でも使われたのかと思い、一先ず人里まで出ていこうとしたのですが流石に負傷がひどく。森のモンスターをようやくの所で薙ぎ払い、消耗していた所にハングリーベアードとアイアンボアが争っている所に遭遇し、とっさに雷を放った所で不覚にも意識を落としてしまいました」
「そうだったのか……」
ともかく、ある程度の事情は把握できた。
リッチと戦った後にあれクラスのモンスターを薙ぎ払ってきたとか細かいツッコミ所はあるものの、ともかく彼女ほどの人物が倒れてしまったには十分な理由であろう。
恭兵がそんな風に考えていると、ガーファックルがエニステラに質問を投げかけた。
「うーん。まあ、大体は分かったけれどよ。一つ疑問に思ったのは何でアンタ一人で拠点に行ったんだ? 敵の居所が分かったんなら。せめて数をそろえていけばよかっただろうに」
「それは……」
ガーファックルの指摘に黙り込んでしまったエニステラ、どうやら痛いところを突かれてしまったらしく。らしくなく歯切れの悪い返事しか返せない。
そういえば、彼女は最初から一人で行動している節があった。
どうやら、単独での行動をしているには相応の事情があるようである。
「まあ、アンタにも事情があるんだろうが、専門家っていうならちょっと考えが甘いんじゃないか? プロって言うのは完璧に仕事をこなしてこそだ。ポリシーがあるのは結構だが、それで失敗しちゃあ世話がない」
「おい、止めないかガーファックル! そこまでいうことじゃないだろう!」
「別に俺も他の冒険者にだったら特には言わねえさ。でもそこの騎士様は対魔十六武騎様何だろう? それがこの有様っていうんだからなぁ」
「だとしてもだ。彼女とて人間。失敗の一つや二つは……」
「いえ、良いのです」
ガーファックルの厳しい発言を諫めようとするサイモッドに対して首を振るエニステラ。
その顔には自身への失意が現れていた。
「対魔十六武騎は神聖大陸における力の象徴の一つ、それが負けてしまうことは許されません。そこに人間だからと許される道理などありません。しかし、それ以上に」
エニステラが目を開く。そこには先ほどまでの失意の色は無く。最初に顔を合わせた時の決意の色のみが輝いていて、
あ、まずいと恭兵は思った。
「民が私の所為で犠牲になるなど、許されるわけではなりません。ですので、そこをどいて頂きます」
ベッドで上体を起こした姿勢から、そのまま膝までかけていた毛布をその脚で放り投げる。
結果、サイモッドとそれまでどこか居心地悪そうにしていたナスティは反応が出来ずに視界は遮られ、
その隙を縫うようにベッドからまずは自身の得物であるハルバードを手に取ろうとした所で、
抜け目なく警戒していたガーファックルと恭兵が間に入った。
「そこをどいてもらいます」
「いや、オレも面倒ごとは嫌いなんだけどなぁ」
「今のアンタに得物を渡す気にはなれないって!」
間髪入れずに、恭兵へと掌底を叩き込もうとして、
「《拘束》」
今まで、無反応だった都子の手元から黒い鎖が伸びた。
恭兵が美亜子の方へと、振り返る。彼女は肩を震わせて、黒いローブにより隠されている懐から、呪いの魔導書を取り出した。
「いい加減にしなさいよ。この怪力女」
――自分が追われているのも忘れて、呪いの魔導書を取り出しながら都子は怒りを隠さずに立っていた。
次回はまた一週間以内に投稿します。