第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ12:彼の長い一日の昼頃
遅れてしまいました……
「追い出されてしまいました」
「ましたじゃねーだろ」
正午過ぎの魔導都市マナリストにてその二人、高塔恭兵とエニステラ=ヴェス=アークウェリアは治療院の前に半ば追い出される形となった。
「"いい若者が気分転換にガチガチに戦闘をおっぱじめるんじゃない”と至極正論を言われてしまいました……それに私も言い返すことも出来ず――――やはり、何時いかなる場合であっても戦えるようにしなければならないためにもリハビリは必要だと思うのですが」
「因みに聞くけど、普通に治療院ではリハビリをやっているんだよな?」
「ええはい。ですが、それも今日の分は午前中にやり切ってしまっていまして、担当の方にも無理はしないでくれと泣きつかれてしまいまして………」
「俺が言えた義理じゃないのかもしれないけど、医者……薬師とかの話は素直に聞いておいた方がいいんじゃねえかな」
流石に入院着では問題があると判断されたのかエニステラは白いワンピースに着替えさせられた上で外へと叩きだされていた。
その容姿は正に清廉な貴族の令嬢そのものであり、聖騎士である彼女とはまた違った印象を抱かせるものである。しかし、これは彼女が若干の反省状態にあることが多分に影響しているのは思わず見つめてしまった恭兵もいざ知らぬことではあるのだが。
「しかし、……キョウヘイどうしましょう? メヌエセス様からは直々に夕方になるまで帰ってくるなとお達しがありましたし……」
「どうしましょうって、時間潰しだろ? そうだな……例えば街をぶらぶらと歩けばいいんじゃないか……? 俺も詳しい訳じゃないけど……」
「ぶらぶらと、ですか」
そう呟くエニステラはどこか考え込むようにしていた。
まだ正午を過ぎたばかりであることもあり、日は高く、山の向こうに沈むにはまだ時間が十分ある。このまま道端で時間を潰すというには現実的では無く。そもそも、気分転換という名目すら果たせそうにないのは問題があるだろうと、恭兵は考える。
つまり、エニステラと夕方まで時間を潰しながら、彼女の気分転換に付き合った方が良いということである。
(……このまま、俺だけ帰った所でどうせやる事も無いし、一人きりにするのはどう考えても無い。流石に無い)
思案顔のエニステラを横目に恭兵も脳内の小宇宙にて数多の考えをひたすら巡らせていた。
このまま行けば自然な流れとして、というよりも恭兵から提案したようにマナリストをぶらぶらと二人であるくことになるだろう。
その文字通りに男女の二人きりで街中を出歩くというこの状況を、果たしてこのモンスターが蠢き、百年毎に遠く魔大陸からの侵略が起こる異世界、グゥードラウンダでもその概念が存在しているのかは定かではないものの、恭兵達が生きていた世界ではそれを指して、デートと、そう呼称していた。
「その、キョウヘイ。自身の不出来を晒すようで申し訳ないのですが……こういった場合はどのような場所に赴けばいいのでしょうか……」
「どこにって言われてもな……俺もマナリストに来て一週間くらいだし、その間は特に街中を出歩いている訳じゃないからあまり詳しい訳じゃないんだよな……」
過去、高塔恭兵にはデートをした経験は無いに等しい。
元の世界はいざ知らず、こちらに来てからは師匠との修行に始まり、唯一身近な女子である都子も負われているという事情もあることからそんな暇はまるで無かった。
従って、恭兵には当然のように経験は無い。異性との接し方以上にどうしようも無かった。
そんな恭兵が選ぶことができる選択肢は当然、無いに等しく従ってその受け答えもはっきりとした回答を持ち合わすことができなかった。
恭兵にもプライドというよりも、デートの際には自分が率先してリードすべきなのではないかという考えが多少なりとも存在している。
しかし、慣れない土地の慣れない状況での女性のエスコートなどは彼にとってはハードルが高すぎた。
結果として無難なことしか提案できずにいるのであった。
「そうですか……それなら、一度キョウヘイを連れて行きたい所があるのですが、付き合って貰っても大丈夫ですか?」
「え、ああ、大丈夫だけど。一体、どこに行くんだ?」
「鍛冶屋です。キョウヘイは既に訪れていると思っていたのですが、私が考えていたよりもお忙しかったようでしたから、この際に」
そう言って、歩き出すエニステラの後ろを恭兵は、自身に鍛冶屋に行く用事等あっただろうかと首を傾げながらついて行くことにした。
◆
マナリストの西の区画、そこでも依然として魔法使いたちが日夜研究に励む研究塔は立ち並ぶが、他の場所と異なる点は並み居る研究塔から何かしらの巨大な煙突が備わっており、そこから煙が排出されていることだろう。
もくもくと白煙に混じる黒煙、中には緑や黄、赤のどう考えても人体に影響をもたらす有害なものではないのかと邪推してしまうものであった。これがファンシーな建物から立ち昇っているのであればまだ見栄えはましであったのであろうが、現実はデザインの無骨さだけが統一されたてんでちぐはぐな建物から排出されたものであり
それらはもはや塔というよりかは機能性を投げ捨てた工房のようなものであった。
「ここはマナリストの中でも錬金術や土壌や金属などのいわゆる土属性とも呼称され分類される魔法分野を研究しているもの達が集まる場所でして、それに合わせて鍛冶屋や錬金術士などの工房なども立ち並んでいるんですよ」
「研究する魔法の分野ごとに区画が分かれているのか」
「そのようですね。私もそれほど詳しい訳では無いのですが、聞いた話では互いに異なる研究分野への影響を限りなく減らすための試みらしいですね」
「まあ、あんな煙がもくもくと上がる横で自分の研究に何の害も無いのかといえば……何かしらの弊害はあるだろうな……」
「魔法使いの方々は自身の魔法研究の影響が自らの所属する研究塔以外に及ぶことがないようにと結界を貼るなどして配慮をしているようではあるらしいのですが、一応同じ分野同士で固めておいた方が万が一の場合に対処がしやすいとのことでして」
「成程ね」
恭兵はエニステラの解説を聞きながら道を進む。
特定の分野を専門とする魔法使いたちが集まる都合上なのか、道行く魔法使いたちの毛色も特色が見える。
黒いローブ姿が主であるのは確かなのだが、やたらと腕まくりをしていたり、そこから覗くことができる腕は軒並み魔法使いというのは太いものを有しているし、それに男女の区別は無かった。
そして、それらの筋骨たくましく見える魔法使いの中に紛れ込むのは軒並みその身長は低くなっているが、その身長に見合わぬ筋肉量で腕や足も太く、こぢんまりとしながら尚且つ頑強な体格を持ち合わせており、浅黒い肌色と蓄えた髭を持ち合わせる亜人種である。
「あの時々行き交ってるの、ドワーフだよな。本物の」
「ええ、その通りです。彼らドワーフは手先の器用さと生まれつき筋力に恵まれた肉体、暑さや熱に対する耐性を持ち合わせていることから、鍛冶を生業としている種族ですね。一定の規模以上の街の鍛冶屋や鉱山などでよくお逢いしますね」
「俺が見掛けたのは冒険者やってる奴とか……後はあの廃坑に居たドワーフスケルトン位だからな。やっぱり肉体というか、筋肉が付いていると骨だけより印象が違うよな」
「「そうですね。持ち前の筋肉量で戦士として冒険者となるドワーフの方もおりますから、ドワーフと言えば力持ちという印象は確かにありますね。でも、このマナリストに魔法を学びに来ている方もいるようですから一概には言えませんが」
「どこの世界にも色んな奴がいるってことだよな」
じろじろと見るのは流石に迷惑だろうと視線をよそに移す恭兵だが、それでも周囲から妙に視線を感じていた。
それらは明らかに絶世の美人であり、このゴテゴテとした区域には一見似つかわしくないエニステラに向けられた視線だと当初は考えていた恭兵だが、それでも確かに自身へと向けられる視線があるのを感じていた。
気のせいだとも思いつつも周囲を見渡すと、確かにこちらを見る視線はあり、目を合わすと顔を背ける者もいた。心なしかそれらの視線はドワーフの割合が多く感じられる。
奇妙だと思いつつもエニステラに助けを求めるのもどうかと考えた恭兵はそのまま彼女の後ろについて行くことにした。
「それで、エニステラ、これから何で鍛冶屋なんか行くんだ? もしや……鍛冶をするのが趣味だとか?」
「いえ? 確かに私が持ち合わせている武器や鎧の具合を見て手入れを行うことや非常時に際しては応急処置のようなものは施すことはできますが、軽い装飾品の類さえも打ったこともありませんよ?」
「じゃあ、鍛冶をしている所を見るのが好きだとか?」
「いいえ? 確かに職人の方々の洗練された技が振るわれる姿は見事だとは思いますが、それをじっと見続けていては彼らに迷惑だと思いますので長く見学をすることはありませんね」
恭兵の予想は悉く外れてしまっていた。
まさかと思いながらの質問であったのだが、それがここまで外れてしまうのは流石に気まずいものがあった。
どこか罰が悪そうな恭兵に首を傾げるのみであり特に恭兵の発言に気づいた様子は無いエニステラはその足を止めた。
彼女が足を止めたのは立ち並ぶ巨大な煙突の内の一つ、数ある研究塔とは異なり高く積み上げたように作られている訳ではないが、それでもひたすらに大きな工房であることが外観から分かる。
「着きましたよ。恭兵、ここが鍛冶屋、"ルーガナム工房"です」
「ここが目的の鍛冶屋か……ここに何があるんだ? ここまで歩いてくる中でも鍛冶屋らしきものは通りにあったと思うけど……」
「ここの鍛冶屋には今、私の鎧と武器を預けてあるんです。入院中の間は私も動けないのでどうせだからと今、不具合がないかを診て貰ってるんですよ。マナリストに訪れた際にはここで面倒を見て貰っているんです」
「それは……さぞ、凄腕の鍛冶師なんだろうな」
《対魔十六武騎》であるエニステラの装備を取り扱うことができるというのは相応の技術と共に信用が置ける人物であることは明らかである。
そんな鍛冶師がいる所に何故エニステラは恭兵を連れて行きたいと言っていたのか、彼は薄々勘付き始めていた。
「さあ、中に入りましょう。ここには武器型の《アーティファクト》に精通した方が居られますから、きっとその背の大剣についても明らかになると思いますよ」
「……いや、まあ確かに言ってたけどさ。ここまで来て言うのも可笑しな話だけど、良かったのか? 俺の用事に突き合わせることになって、エニステラの気分転換はこれでいいのかよ」
「ええはい。私はやはり、誰かのために行動するのが好きですから。こうしているのも気分転換の一つになりますから大丈夫ですよ? 私の好きを行っていることに変わらないんですので気にしないで下さい」
そう言い切るエニステラの表情から読み取れるのは気遣いというよりも本当に好きな事をしているというだけであろうと恭兵には感じ取れた。
死霊術士を討伐するために廃坑道へと向かう直前にした会話を
恭兵は気後れしつつも、エニステラの好意を無駄にすることはできなかった。
「……分かったよ。それじゃあ、中に入るか」
「良かったです……ではいきましょうか……失礼いたします」
そう言って、鉄製の重い扉を難なく開き工房へと入るエニステラの後に恭兵も続いた。
建物の中に足を踏み入れた瞬間にまず感じたのはすさまじい熱気であり、恭兵は思わず顔を覆ってしまった。焼けるような熱の空気が工房の中心から外へと吹きだしており、中と外では温度差が隔絶されていた。
恭兵が漸く熱に慣れて顔を覆う手を取り除き、視野を広げた所でまず目に入ったのは炎である。
赤く赤く工房の中心の窯で燃え盛る炎はその傍らで直接吹き荒れる熱気に何とかしがみつくようにして踏みとどまっている職人の男が絶えず木炭を投げ込み続けることで勢いを決して衰えさせる事無く燃やしていた。
続いて聞こえたのは金属同士がぶつかる際におこる甲高い音。それには一定の調子が存在しており、工房中に響いていた。音の先へと恭兵が視線を向ければそこではドワーフの職人が赤く熱した金属にハンマーを振り下ろしていた。
カーン、カーン、カーンと響く音と共に金属を叩き、平べったくしてから折り曲げて、また叩くといった工程をひたすらに繰り返している。
そんな鍛冶の光景が目の前に広がっているのを見た恭兵は思わず手を強く握りしめて興奮と感嘆の声が漏れ出ていた。
「これは、凄いな……!」
「ええ、何時見てもやはり職人の熱気や気迫がこちらにも伝わってきますね、それで――ああ、いらっしゃいました。あの方が私の武器と鎧を整備してくれているドワーフのガングート様です」
すっかり興奮状態にある恭兵を微笑まし気に見ながら、エニステラは工房の中心、では無くその手前にあつらえられたような鉄製のカウンターの前へと歩む。
そこには、片眼鏡に単眼鏡を取り付けたようなものを掛けているドワーフが座っていた。彼は熱心に単眼鏡越しから手に持つ長剣をつぶさに観察しており、近づいてくるエニステラに気づく様子はまるで無かった。
「お忙しい所、申し訳ありません。ガング―――」
「おい。アンタの奴の調整はまだだぞ《聖騎士》、まだ一週間は入院している筈だっていうのに何のようだ。大した用が無いなら出ていって貰おうか」
そのドワーフの男は手に持った剣から目を離さずにエニステラの事を言い当てた上で彼女の言葉を遮るようにそう言い放つと、そのまま剣の観察を続けた。
それを受けて、エニステラはまるで表情を変える事無く少し間を置いてから再び口を開けた。
「お忙しい所、まことに申し訳ありません。ガングート様、今日は武器の調整の様子と、後こちらである《アーティファクト》の鑑定をお願いできないかと思いまして参った次第なのですが」
「お前の装備はまだだって、言っただろうが、聞いて無かったのか!? ああ!?」
「では、どの位できたのでしょうか……?」
ドワーフの男の剣幕にまるで堪える事無く聞き返すエニステラについに根を上げて顔を上げて彼女の方を見てため息と共に答えた。
「はぁ、……四割方はできてるよ」
「それでは……その、できれば早急に調整を終わらせて下さるとありがたいです。私も早く体の鈍りを取って何時いかなる時でも有事に備えられるようにしたいので―――」
「無茶を言うんじゃねえよ!! こっちは調整を任されてるだけだってのに、持ち込まれた奴の酷使具合は何だありゃあよお!? 並の《アーティファクト》なら完全に機能不全までいってた位だぞ! どれだけ戦い続けたらあんな風になるんだ! それを、それをなああああ!」
ガングートと呼ばれたドワーフの男は込み上げる怒りを抑えきれずにその場に立ち上がり怒鳴り声を上げた。
流石に申し訳なくなったのか、エニステラも頭を下げながら謝罪する。
「すみません。確かに魔を討つためとは言え些か酷使し続けてしまったのは私の至らぬ所でした……」
「……ちなみに、ウチに持ってくる前に見てもらったのは何時頃だ?」
「はい。大体、二ヶ月前です」
「………その前は?」
「六ヶ月前です、その前は八ヶ月位前です」
「いくら損耗が激しい武器だからって、《アーティファクト》がそこまで訳ねえだろうが! それも、《対魔十六武騎》ように誂えてるような特別製の奴を!」
「それは、確かに……面目ありません。しかし、どうか、一週間以内に、どうか!」
「反省しながら納期を早める要求を押し通そうとするんじゃねえよッ!!」
ひとしきり怒鳴ったためか、肩で息をしながらも何とか落ち着きを取り戻したドワーフの男は、どかりと鉄製のカウンター席に座る。
そして、少し考え込むように腕を組んでじっと天井を仰ぐように見つめた後で、まだ頭を下げているエニステラへと視線を移しまた、溜め息と共に告げた。
「あーもう、分かったよ。アンタ達《対魔十六武騎》の無茶な要求を承知で引き受けたんだ。やってやる。兎も角、一週間以内には必要にはなるんだろう?」
「ええ、その、何事も無ければそれで良いのですが……何かが起きた時のための最善を行うのも私の義務ですから」
「……断言しねえのが余計に性質が悪い……はぁ、分かった。こっちで何とかする。で? 鑑定して欲しい武器ってーのはそこの坊主が背負ってる奴か?」
「え、ああ、そうだけど……」
直前のやり取りを前に完全い蚊帳の外だった恭兵は突然掛けられた声に返事をした。
ガングートの視線はじろりと恭兵の背負う布に覆われた大剣を鋭く射抜いていた。
それまで散々怒鳴っていた様子とはうってかわって真剣そのものであった。
「……その大きさを振り回すにはちと肉が足りてねえ坊主が背負うもんだから筋力増強系の類かと思ったが、どうやら違うみたいだな。いいぞ、みせてみろよ」
「それじゃあ、失礼して」
恭兵は鉄製のカウンターにゴトリ、と背負った大剣を置き、剣身を包んである布を取り払った。
剣身が赤きその大剣は、窯から燃え盛る炎を受けていつもよりもより輝いているように見える。
そして、取り払った赤き大剣の剣身を見た瞬間にガングードは目を見開いた。
「おい、おい小僧。この大剣をどこで手に入れた!」
「えっと、修行してた時に師匠から貰ったんだけど……そんなにスゴい大剣なのか……?」
「師匠から? お前の師匠って言うのは誰だ?」
「ああ、確か……アーレヴォルフとか言うらしいけど……有名なのか?」
「あの"大剣馬鹿"か……! 道理でそんなもんを持っている訳だ!」
ガングートは納得がいったかのように膝を打つと同時に頭を抱えてしまった。
とんでもないものを簡単に託されたとは思っていた恭兵であったが、どうやら想定以上にとんでもないものであるようであった。
段々と正体が明らかになるにつれて存在感を増してきている赤い大剣へと恭兵は視線を落とす。当然のよう大剣は恭兵の疑問に答えることは無く、炎を照らし返すのみであった。
「それで――一体この剣はどのようなものなのでしょうか?」
「知らないでいるのも酷な話か……まず、言っておくとだな。俺もコイツの正体、それこそ銘や《アーティファクト》として持ち合あわせる能力というか魔法を知ってるわけじゃあねえ。俺が知ってるのはソイツに使われた素材だけだ」
「素材?」
「ああ、そこの《聖騎士》は知ってるとは思うがな、魔法武器とも呼ばれる《アーティファクト》、それを打つには唯の鋼じゃあ無理だ。正確に言えば、非常に難しいって所何だがな」
ガングートはそう言うと、先ほど手に取って見ていた長剣を突きつけた。
見た限りは普通の長剣だ、刃渡りや作りも恭兵でさえどこかで見たことがあるものであり、装飾すら何一つない真っ新なものであった。
「この剣、例えばこれを《アーティファクト》にするのは困難だ。それこそ、その道の一流の魔法使いに頼んで三日三晩って所だ。それも形だけの大した奴もあまり付けられねえ。まあ、最も一時的に魔法武器と同じ効力をもたらす付与魔法なんてものがあるが……それは置いておいて、だ。兎も角、通常の鋼にそんな機構はつけることができねえ」
だが、と言って、ガングートは席を立ち自身の背後にある金庫の中から、何やら灰色のインゴットのような物を取り出して突き付けた。
「このアダマンタイトなどを始めとした合金や鉱石を素材とした武器は《アーティファクト》を作るのに適している。これらの金属には"性質記憶"っていう性質があるからだこれを持ち合わせる金属を性質記憶金属とか呼んでる学者連中もいるがな」
「"性質記憶”?」
「取り敢えず、《アーティファクト》にしやすい性質だってことだけ覚えておけばいい。本題はここからだ。この剣に使われてる金属は、恐らく―――オリハルコンだ」
「オリハルコン、俺でも聞いたことあるな……」
それは恭兵も聞き覚えがある程の有名な金属の名前であった。
確か何かのゲームで勇者の剣の素材に使われていた筈だと記憶していた。
「ええ、初代の《対魔十六武騎》の武器やそして勇者の武器にも用いられたとか、そして―――」
「ああ、そのオリハルコンだ。そしてそいつの持つ性質は極めて高い"性質記憶"でな、その御蔭で一目で分かったぜ」
興奮を隠せないまましゃべり続けたガングートはここで一先ず息を吐いた。
ふんふんと頷いた恭兵だったが、実際に理解できたのは自分が師匠から譲り受けた大剣に使われているのは何やら伝説の武器に使われている素材であるらしい。どう考えても身に余るものであった。
というよりも"大剣馬鹿”と呼称されて、尚且つそんな伝説の武器のような物を持っていることについて自然と納得されているというのは一体全体どういうことなのだろうかとそちらの方が気になって仕方が無かった。
「いや、待て、おかしい。お前、それを"大剣馬鹿"から貰ったと言ってたな?」
「ああうん。はい。何でこんなものをああもぽん、と渡したのか未だに分からないんだけどな」
「その時に、何も言われなかったのか……?」
「え、ああ、"すげえ、丈夫だから、お前がいくら振り回しても大丈夫だぞ"って位で」
「お前の筋力の話が出てきたのは置いておくとして、それだけか? その剣が持つ力のことも一切?」
「しいて言えばめちゃくちゃ丈夫なこと位だな。後、見てのとおり何か赤く光るので光源にもなるぞ」
恭兵の一言にガングートは怒りを通り越してもはや呆れかえっていた。
「……それじゃあ、小僧、お前その武器と同調も……」
「ああ、してないけど……できればここでできないかなって思って……」
「……ちょっと、待て、今少し、調べる」
ガングートは困惑しながらも赤い大剣に手を添えて単眼鏡を掛けて粒さに観察する。
そして、何かを確認し終えたのか、顔を上げた。どこか言いにくそうな表情で蓄えたもじゃもじゃの顎鬚をさすり、恭兵の目をじっと見て告げた。
「同調は、基本的に一つの《アーティファクト》には一人が同調できるのが基本だ。これはまあ、使い手の意志に応じてその力を発揮できるように繋がる必要がある都合上、いかに"性質記憶金属"といえど限界はあるからだ、とは言え、これは所詮持ち主を上書きする形で他の奴が同調することが可能になる……」
「……嫌な予感がしてきたけど、続けてくれ」
「そして、だ。この剣は今、誰かと同調済みになっている。これがお前じゃないなら――恐らくだが、お前の師匠がまだこの剣と同調している恐れがある。そして、だ。オリハルコンの性質は非常に高い、性質記憶だといったな? その為に様々なものを記憶してしまうそれこそありとあらゆる性質を、だ」
「………つまり?」
「その為にこれの調整は非常に厳しくてな。下手に上書きをするとこの剣が持つ力ごと駄目にする恐れがある。上書きっていうのは繋がってるのを無理矢理切る作業だからな。だから……なんだ、コイツがお前の師匠のアーレヴォルフが同調を解除する手順を踏まない限りは……同調は無理だ」
「……あーうん、そっかー、あははは。またかよ……」
恭兵は乾いた笑いしか浮かべることができなかった。
またもや、こんな所で師匠と会わなければならない理由ができたとか、大事なものならちゃんとして渡せよ、とかそんな事を思いながらも、最も心に残ったのは、ここまで連れてきてくれたエニステラに申し訳ないな、という事だった。
◆
「ごめんな。何か、折角連れてきてくれたのに、師匠の不手際でこんなことに……全ては師匠の所為だから、気にしないでいいからな。はは」
「いえ。私の方もお力になれず。申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。エニステラは俺の為を思ってやってくれただけだからな。寧ろ、これで師匠に合わなきゃいけない理由も増えた所だし、うん。いい感じにモチベーションが上がってきたな。一先ずあの顔面をぶん殴ってやりたくなってきたぜ」
そんな冗談を交えつつ、恭兵達は"ルーガナム工房"を後にしていた。
ガング―トには一応の鑑定料を渡そうとしたのだが、大したことは調べられなかったということでそれは固辞された。
「しかし、良かったのですか? ガング―ト様に預けて鑑定をしてもらえばどんな力を宿した《アーティファクト》なのか位かは判明したと思いますが……」
「いや、いいんだ。出来ても一日二日じゃできないとか言ってたし、それでエニステラの武器の調整に支障がでてら困るし……前にも言ったと思うけど、師匠からの課題と思って自分で見つけてみるさ。幸いヒントも貰ったし……最悪、師匠に会って聞きだせばいいしな」
「そうですか、それなら良かったです」
「じゃあこの話はここで終わりとして……これからどうする?」
幾ばくかの時間を"ルーガナム工房"のほうで過ごしたとは言え、まだ日が落ちるには時間があった。
今から治療院の方へと戻ったとしても、また治療院の前で待たなければ無くなるであろう。つまりはもう少しばかり時間を潰す必要があった。
「そうですね……キョウヘイは何かやりたいこととかあるのでしょうか?」
「俺の事情に合わせなくたっていいよ。エニステラの行きたい所に着いていくさ、俺の事情は考慮しないでさ」
「む、それは、何というか難しいですね……」
二人で相談しながら考え込んでいる時だった。
すっと、エニステラが一歩、恭兵を庇うように躍り出る。
恭兵自身が一瞬それに遅れることで前を見ると、二人の前方からこちらへと向かってくる小柄なローブ姿の人物がいた。
「先ほどから、私達を追ってきているとは思いましたが、正面から来ましたか、良い心構えです」
「エニステラ、お前が前にでてどうするんだよ。今丸腰じゃんか」
「大丈夫です。背の大剣をお借りできれば構いませんし、最悪でも素手での戦闘の心得もありますから」
「いや、そこまでやられると俺の立つ瀬がないから少し下がっててくれよ。それに、知ってる顔だ」
恭兵はエニステラに有無を言わせずに前に出る。
目の前の小柄なローブ姿の人物は脇に大事そうに本を抱えており、その本には茶色に黒い装丁が施されていた。それは恭兵が見覚えのある魔導書であった。
背丈に合わない大き目のローブに身を包んだその魔法使いは、真辺実の姉弟子でありゴーレムに関する魔法が記述されている魔導書をもつ少女、ルミセイラ・アーネ・カバラであった。
「あんたは確か、ルミセイラっていったか。ここで知り合いに会ったから声を掛けようって、訳じゃあなさそうだな」
「ふ、ふふ、いえ、違うわ。ここで会ったのは偶然よ、私が師匠から言い渡された謹慎から解かれてこうして外の新鮮な空気を取り込むことで制作意欲を取り戻そうとした矢先にお前を見つけることができたのは正に僥倖と言わざるを得ないッ……!」
「研究塔にいくと妙に視線を感じてたが、それはお前ってことでいいんだな? というか、態度が激変してないかお前?」
ルミセイラは笑いながら、恭兵へと敵意をぶつけてくる。
ヴァンセニック研究塔を訪れる度にどこかから妙な視線を感じていた恭兵だがその正体が明らかになった事よりも、目の前の少女の豹変の方が気に掛かった。
研究塔で見かける際には終始大人しいという印象だったが、既にその口調からして違っていた。
まるで別人のように変わったルミセイラから向けられる敵意に対して、恭兵にはまるで心辺りが無かった。
「それで……こんな街の往来でそこまでやる気になってるのはどういう訳だよ。正直に言って俺にはまるで心辺りが無い」
「そうか、そうだな。やはりそうなのだな。お前は私の事など微塵にも思ってはおらず、まして自らの行った所業に対して、まるで身に覚えがないと、それこそ路傍の石ころにしか思って無かったということだ!」
「……キョウヘイ? 彼女に何かしたのですか?」
「い、いや、俺自身にはまるで覚えがないんだけど……!?」
ルミセイラが恭兵に対して、何らかの過ちを訴えようとしているのを受けて恭兵はエニステラからの突き刺さるような視線にさらされる。
「ですが、あそこまで怒りを露わにするには相応の理由が存在するのではないでしょうか?」
「そうかも知れないけど、本当に心辺りは……、辺りは……いやでも、まさか?」
彼女と恭兵にある因縁、或いは繋がりとは何かそれに当てはまるものが一つあった。
恭兵はまさかと思いながらも恐る恐る聞くことにした。
「お前がなにやら怒っているのは、もしかして盗まれた魔導書のページから呼び出されたゴーレムを俺が倒したことに関するのか……?」
「成程、我らが因縁について直ぐに行きつくとは一欠けらの罪悪感はあったようだな……だが、私が憤慨していることに対してはまだ理解に及んではいないようだ」
「じゃあ、何に怒ってんだよ……言っておくけど俺が壊したのは不可抗力だったからな」
何とかこの場を治めようとする恭兵に対して、ルミセイラは怒りのままに懐の魔導書を開く。
「最早、ここで会ったが百年目! 我が無念を晴らすべく、ここで私の最高傑作と戦って貰おう!」
「くっそ、またかよ! しかも道の往来だぞ、分かってんのか……!」
「《足は二つ、腕も二つ、人と変わらぬその形、されど作りは異なるその形》ッ!」
「聞く耳ももはや、ねえかよ……!」
恭兵の静止をまるで聞くことは無く、詠唱を開始するルミセイラ、彼女の紡ぐ呪文に呼応するように彼女の前の地面が輝き始める。
「キョウヘイ、今の内に気絶させます。彼女は本気でこの場で戦うつもりです!」
「エニステラはけが人だろ、俺が何とかする。《念動力》なら周りの被害を抑えながら戦える筈だしな……!」
「おのれ! 未だに私のゴーレムを愚弄するか……! 《素は大地、あまねく横たわるその一欠片を宿すなら、その形もそれを持つ》ッ!」
詠唱中のルミセイラへと突撃しようとするエニステラを抑え込む恭兵、それを見て何かの琴線に触れてしまったのかより一層激しく怒りを増す小柄な少女の詠唱に応じるように、地面の輝きが線を象り始めて図形を浮かび上がらせる。
周囲も異常に勘付いたのか、足早にその場を去る姿や、むしろこちらを囲むようにして見物客が出来始めていた。
「くっそ、ここに来てから戦う頻度が可笑しくなってないか!?」
「我が屈辱を受けるがいい! 《その手に剣を、目前の敵を打ち払うために、今その形を「《現す事無く、その形は、大いなる大地のままにある》」ッッ!?」
激突を覚悟した恭兵が背から大剣を抜こうとしたその時、今にもゴーレムを出現させようとしたルミセイラの詠唱に割り込む形で何者かの詠唱がその道に響く。
詠唱に割り込まれた事で地面に図形を描いていた光は何事も無かったかのように霧散し、後には何の変化も無い地面がそこにあるだけであった。
「よ、よくも邪魔をしたな、弟弟子ィ!!!」
「アンタが何をやらかすか心配になって来てみれば……案の定だったな姉弟子」
恭兵達を取り囲むがやの中から白衣の少年が歩み出る。
右手には短杖を握り、溜め息を吐きながら恭兵とエニステラへと声を掛ける。
「さて、災難だったな二人とも、デート中にまたこんなのに巻き込まれて」
「ああ、うん。全くだよ」
恭兵はそう言って空を見上げた。日が沈むにはまだ高い位置にあり、彼の一日はまだ終わりそうになさうである。
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