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Psychic×strangers   作者: さがっさ
38/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ11:お見舞いに行こう

最近、この時間帯に更新することが多くなってしまっていますが何とか更新します……

 ――マナリスト神殿の治療院には通称、"使われずの一室"というものがある。


 魔導都市マナリストの北東、神を信仰する者達のための区画でありそれ自体が一つの教会、神殿の機能を持ち合わせるマナリスト神殿がある。そのさらに一画、マナリスト神殿における玄関口と並ぶように都市のメインストリートに接しているのが"治療院"である。


 魔法実験における事故やモンスターの襲撃及びそれに対する戦闘などで怪我を負ったために通常の回復手段、水薬(ポーション)や神聖魔法の《治癒(ヒーリング)》では間に合わない、或いは適さないとされる者が運ばれて治療を施される施設である。

 治療院に入院する患者が泊まり、療養を行う治療室、特に重症を負い長期の治療を行う者が利用する部屋であるが、その内の最北の一室、他に部屋の空きが無い限りは決して使われることは無く、使われたとしてもそこを利用した人物は他の部屋が空き次第移ることになっている部屋があった。

 大規模な魔法実験事故で大勢の入院患者がでた時などの緊急時に対応できる部屋であるとかそこで治療を受けた者はやがて死に至るという推測、噂が口々にされているその一室こそが都市伝説にもなっている"使われずの一室"である。

 

 そんな一室をここ一週間で利用している人物がいるらしい。という噂が治療院では流れていた。

 

 とはいえそれは噂というよりも半ば事実と化しており、治療院に務めている者の多くは"使われずの一室"が実際に使われているということが周知の事実となっていた。

 しかし、噂の人物には基本的に接触はすることができず。治療を担当するもの以外は例え治療院に務めているものでも接触禁止の令がマナリスト神殿を束ねている司教、メヌエセス=マナリスト直々に出されており、担当しているものもその口を噤んでいることから、その正体は依然として不明のままであった。


 そんな謎に包まれた入院患者に対して、お見舞いに現れた者がいた。

 

 正午を丁度過ぎた時間、連日まばらな雲が通り過ぎるのみで晴れの日が続いており、いかに使われずといえども立派な治療室であることに変わりなく日当たりの良い南向きの窓からは暖かい日差しが入り部屋を暖かく照らしている。 


 その一室で二人の男女が向かい合い会話していた。



「そんな感じで野々宮が腰抜けたっていうから、初日は一旦撤退したって感じだな」


「そうでしたか……皆さん無事でなによりです」



清潔にされている部屋の中でベッドに腰かけており、簡素な入院着のようなものを着た女性は現在度重なる疲弊とリッチと異形との闘いにより受けた傷から強制的に入院させられた大陸最強の一角の聖騎士、エニステラ=ヴェス=アークウェリアである。

 それに向かいあって来客用の椅子に座るのは普段の服、野外の活動用のものでは無く、これまた簡素な服を着た珍しく傍らに大剣を持ち合わせていない少年、高塔恭兵だ。



「まあ、それから森の方を探索してみたんだけど、流石に手掛かりが見つからなくてさ。最初からこの都市を囲むような森のどこかを探し当てろっていうのも今から考えれば無理な話ではあるんだけどな」


「手掛かりが曖昧という事もありますが……流石に広大な森の中を探すとうのも……私は専門外でして、これが死霊術士や吸血鬼やアンデッドなら飛び起きてでも私が向かう所なのですが……」


「外出禁止を食らってるんだから大人しくしておけよ、頼むから……。それにしても、佐助や実が居ても全く手掛かりが無いとはな……」



 恭兵は先日の約束の通りにエニステラのお見舞いに来ていた。ここまで案内される道中で嫌にこちらを見る周囲の視線が気になったが、エニステラ本人は快方に向かっているようであり、一週間程前に訪れた際には包帯でグルグル巻きにされた上で吊っていた右足の包帯は完全に取れており、初めてあった時のような傷だらけの姿が嘘のようであった。

 もとより並外れた美人であることは承知していた恭兵であったが部屋に入って彼女を見た途端に一瞬呆けてしまっていた。

 白く透き通りながらも健康的な肌色、天性のものを更に鍛え上げたその肉体はスタイルの良さとなって表れており、絹のような金色の髪に琥珀色の瞳を持ち合わせ、千人が千人ともに振り返るような美貌とその雰囲気は聖騎士としての気質を表しており、神聖にして強さを感じられる。


 ここまでの美人は恭兵もこれまでの人生であったことは無く。こうして改めて話しているのにも妙に緊張してしまっていた。



(今までは、武装してたり一人突撃しようと暴れてたりしてたから、そこまで意識してなかったけどさ……人間、美人相手に緊張するのは本当だったんだな……漫画とかゲームの中だけの話だと思ってた……)



 恭兵は背に冷や汗をかきながらも必死に顔に出さないように表情筋を全力で制御しながら平静を装いながらエニステラとの会話を続けていた。現況の報告を行いながらも、自身の緊張を悟らせまいと訴える見栄を張りたい男子の本能に従って必死で繕い続けていた。


 そんな恭兵の様子に気付くことは無く、エニステラはここ一週間の鬱憤を晴らすように実に楽し気に会話をしていた。



「そうですね。私も大墳墓に潜む死霊術士を探しだすことを役目の一つとしていますが……独力ではどうしても時間がかかってしまいますから……仕方なく手練れと思われる冒険者に捜索を手伝って貰ったこともありましたし」


「その時は一緒に、行動したりしてたのか?」


「いえ、彼らとは死霊術士の居場所を教えて貰うだけのやり取りしかしませんでした。討伐は私の役割でしたし、死霊魔法は隠匿に特化したものでしたので私だけで十分に討伐が可能でしたから」


「今まで、本当に一人でやってたんだな……」


「はい。でも……これからはもう少し、周りの人に頼ってみようと思います」

 

 

 その言葉にはどこか決心が込められていた。

 これまで単独での任務を続けていた彼女の心境の変化が込められているようであり、恭兵としても一人闘い続けていたという彼女には思う所もあり、それを彼女が改めるという意志を示したのは短い付き合いながらも安心できてしまった。

 


「でも、本当に悪かったな……折をみてお見舞いに来るって言ったのに、色々とあって遅くなって」


「いえ、構いませんよ。そんな依頼があるにも関わらず、こうして会いに来て下さるだけで、むしろ、申し訳ないくらいです……本当によかったのですか? まだ依頼が遂行している途中の筈では……?」


「まあそうなんだけど、元々、都子が研究塔に行けない間に依頼をやることにはなってたし、ヘンフリートのおっさんと実の方も魔導書の解析に行ってて、佐助は調べ物があるって朝からいないし、野々宮も神殿で何かお勤めがあるとかでいないし、そんな訳で俺も研究塔に行っても良かったんだけど、どうせだからってお見舞いに来たから気にしなくて大丈夫だ」


 

 エニステラの懸念を晴らすようにそう伝える恭兵、実際、ここ一週間であまり成果が無かったこともあり、一度休養日を設けようとなったことがこの状況の発端ではあったのだが、余計な心配を掛けることも無いだろうとエニステラには伝えない事にした。

 とは言え、初日でのモンスターとの遭遇戦以降は録に戦闘らしい戦闘も無く、そろそろ、モンスターの縄張りまで踏み込んで調査をする必要性も出てきたこともあり、危険度が増す探索の前にここら辺で一度休息を取るというのも悪い判断では無いと恭兵自身も思っていたので都合が良かったのは確かであった。



「そうですか……では、キョウヘイは今日のところはあまりやる事が無いと」


「そうだな。この後も特に予定が無いから都市をぶらぶらと一人で観光していこうかなと思ってたけど」


「あの……単独行動をしていた私が言うのもおかしな話ですが……案内も無く観光をしようとするとマナリストは地変ですよ? 中心を走る大通りを逸れると路地が多くて迷いやすいですし、場所によっては近寄ってはいけない研究塔などもありますし……」


「そんなのもあるのか……なら誰かに案内して貰うか……でも、実の奴もしたい実験があるとか言ってたし野々宮に案内して貰うのもな……問題がありそうだな……」


「そういうものなのでしょうか? 私は彼女とは挨拶を交わした程度なのですが……そこまで気難しい印象では無かったのですが、依頼を通じて親交はそれなりにあるのでしょうし」


「まあ、頼めば案内してくれると思うけど……都子が一緒なら特に考えること無く誘えたんだけど」


「……何故、そこでミヤコが出てくるのでしょうか……?」


 

 エニステラは僅かに首をかしげる。そのちょっとしたその所作も常に背筋を伸ばしているような彼女が行うと愛嬌が見いだせてしまい恭兵としても背筋を立てなければならなくなってくる。

 それは兎も角として、彼女は本当に恭兵が志穂梨と二人でマナリスト観光を行うという状況に対してまるで疑問に思っていなかったようであった。

 これまでにそういう経験が無かったのかと恭兵は疑問に思っていたがそんな暇が無い程に自身の責務に従事していたのだと自然に考えられてしまうのが何とも言えない気持ちになってしまう。


 恭兵としても重い話にそこまで食い込んでいきたい訳では無く。話題をさっさと挿げ替えることにした。

 


「ま、まあ、その俺もそこまで気安い方じゃないからさ。あまり人付き合いも良かった訳じゃないし。単純に一人で行動するのも悪いと思ってる訳じゃないだけであって……つまり……」


「……つまり?」


「うん、その、折角だから都子とか佐助も一緒の時に案内して貰うのが一番いいかなってなっただけだ」


「成程、それは、きっと楽しいのでしょうね。ええ、私も誰かと街を歩くだけで楽しいですから、仲間ならなおさらということですね」


「そういうことだな!」



 勢いで誤魔化したと言われても何ら否定はできないが、それでもエニステラは特に怪しむことは無く納得してくれたようであった。 



(なんで、俺がこんな感じで誤魔化さないといけないんだよ……俺、そんなに悪い事したか?)



 さらりとエニステラの口からこぼれる重い発言を何とか躱しつつ話を進める恭兵。当人は反省しきっており、悪気も無さそうであるのがたちが悪かった。恭兵が気にしすぎているという訳でもあるのであるが。



「ま、まあ兎も角そういう訳でどうしたものかとなってる訳だけど」


「それなら、少し私に付き合って貰えないでしょうか?」


「つ、付き合って? えっと何に?」


 

 エニステラの言葉に戦々恐々とする恭兵、話の流れから邪推してしまいそうになったがそれでも彼に油断は無い。そもそも先ほどの話から考えてもエニステラはそういう話、男女の仲というものの機微には疎い筈である。



(そもそも、付き合ってなんていうことは都子だって言うし、そこまで意識することも無いだろう……いや、俺も女子と付き合ったことも無いし、デートなんてしたことも無いし、分かんないけども……! でも身近な女子とかは……)



 ふと、そんな時に恭兵は自身が一番関わりのあった異性の事を思い浮かべた。

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「ええと、大丈夫ですか、キョウヘイ?」


「ん、ああ。悪い。ちょっと考え毎があった。まあ、あれは当てにしない方がいいよな」


「そうですか……何か困ったことがあったら私にも相談して下さいね?」


「ああ、そうする。……やっぱり参考にはなんないな」


「兎も角、行きますよ。ここではできませんし」


「ああ、そういや付き合ってくれって話だったっけ……ここではできない……?」



 恭兵は嫌な予感がした。こういう時は大抵その予感は当たっていた。

 そもそもな話、短い付き合いの中で得た印象としてはエニステラ=ヴェス=アークウェリアという人物が部屋でじっとしているという訳は無かった。

 彼女は腰かけているベッドから軽やかに立ち上がった。その様子はまるで傷を負ったようには見えない。わずかな重心移動のみの動きであり、間近で見ていた恭兵にもその動きの起こりが分からなかった。



「ええ、はい。全く体を動かしていなかった訳ではありませんけど……どうしても体は鈍っているので、いい機会ですからね」



 そうして、エニステラは笑顔でこちらに振り返った。

 その笑顔に恭兵は引きつった笑みを返すしか無かった。





  ◆





「さあ、いつでも来てください」


「前にもこんな事があった気がする………」



 治療院の裏手、そこには入院した冒険者達がリハビリに使う広い運動場のようなものがある。

 そこでは、恭兵とエニステラが向かい合っていた。

 互いの手に握られているのは運動場で借りることができる模擬剣であり、刃は潰されていたが重さはそこそこあった。



「本当に大丈夫なんだろうな……本当に許可を取ったんだろ?」


「ええ、担当の薬師からは多少の運動は構わないと念を押してもらいましたから」


「多少って言ったよな? 模擬戦が多少なのか?」


「そうですよ? 聖騎士になるための訓練を考慮したとしても、これくらいは多少の範囲内ですよ」


「エニステラの常識より先におかしいのは聖騎士の常識だったか……!」


 

 思い返せば、ヘンフリートからして無茶苦茶な体育会系の精神を持ち合わせていることは確かであった。というか、聖騎士は何かと模擬戦をやらずにはいられないのだろうか。

 


「ですが、これも良い機会です。一度キョウヘイとはこうして戦ってみたかったですから」


「……ヘンフリートのおっさんにも言われたけど、そんなに戦いたいもんかね」


「いえ、私は特別、戦いたいという訳ではありません」



 そう言って、エニステラはきっぱりと断言した。



「私は自身のできる事を、自らの意志でやるだけです。それは人を癒すことであれば私は一神官として例えばこの治療院に務めていたでしょう。人を守ることであれば当然聖騎士でありますし、人を裁くという事であれば執行官として聖域アークヴァイトで使命を果たしていたことでしょうね」


「……真面目なんだな」


「そうですね。結局は誰かの為に何かをしたいというのが私の偽らざる本心です。そしてそれは代々聖騎士の家系に生まれた身であり、そして神聖大陸最強の《対魔十六武騎》の一席を預かる以上はその責務である魔を払うという役目に務めたいのです」


「成程、その為に戦うってことか……でも、それじゃあ俺と戦う必要は無いんじゃないか?」


「必要はあります。いつ何時、キョウヘイと似た力を持つ者と戦うかは分かりませんから。事前に模擬戦をすることでそういった経験を積んでおくのは重要なことなんですよ?」


「予習が大事って、これも生真面目な委員長気質というかなんというか」


「?」


「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」



 どこの世界にも似たような気質の人物は居るものだと考えた所で改めて、エニステラの構えを見る。

 標準的な正眼の構えであり、同時にそれはヘンフリートの取る構えと酷似していた。

 聖騎士としては標準的なものなのか或いは二人の共通点であるというだけなのかは定かでは無いが。その構えは攻めよりも守りを主眼においた構えであることは確かであった。

 そして、エニステラもまた恭兵の構えを見て、驚愕を隠せないでいた。



「その構えは……!」

「毎日やってれば見様見真似くらいはできるからなぁ……!」


 

 ここ一週間、恭兵の日課が一つあった。

 それは早朝、赤神星が東の空で輝く時間帯から行われる、聖騎士ヘンフリートとの模擬戦である。


 かねてより、恭兵自身は自身に備わる超能力、《念動力(サイコキネシス)》を使わない戦闘を得手としていない。

 《念動力》を用いることは無くても彼の師匠から譲り受けた赤い大剣を振り回すことは可能であり、モンスターと渡り合う程度は可能であり、実際に異形との戦闘に置いても防戦一方ではあったものの何とか戦うことはできていた。

 しかし、《念動力》を使えない状況ではどうしても弱くなってしまうのも事実であった。

 そこで、滞在二日目においてヘンフリートとの模擬戦を行ったのだが、ただ一度の模擬戦で何かを見いだせる訳では無かった。

 恭兵自身にはさほど剣才は無く。それは師匠からも二年間の修行で言い含められていたことであった。

 

 曰く、恭兵は基本的に人間が扱うような剣術を極めるよりも《念動力》を用いた方が圧倒的に強いとのことであった。


 だが、それでも《念動力》には依然使用限界があり、異形との戦闘により引き起こした暴走で多少その限界が伸びたとしても上限が定まっているのは違いない。


 あの時は半ば意図的に暴走を引き起こす事で難を逃れることができたがそれを何時までも続けられる訳でも続けていい訳でもない。

 故に恭兵は少しでも何か、《念動力》に頼らない技術を身に付けるべくヘンフリートに模擬戦を頼み込み、彼はそれを二つ返事で了承してくれた。



「付け焼刃だけど……生憎、あの剣が無かったらこれくらいしかできないんだ」


「成程、ヘンフリート殿と模擬戦を重ねていたとそういう訳ですか……しかし一朝一夕で身に付くものではありませんよ」


「でも、やらないよりはましだろう。とはいえ、こんな程度しかできないけどな。本当に相手は俺でいいのかよ」


「ええ、キョウヘイなら少し強く当たっても大丈夫でしょうからッ!」



 エニステラが踏み込む。

 剣を正面に置く構えから剣を持つ右手を引き、剣先を恭兵へと向けそれに沿うようにして左手を添える。

 その構えから恭兵が思い出されるのは、マナリストへと向かう道中にて盗賊の頭へと放った突き。その衝撃で盗賊が用いていたろくに手入れされてなく、刃こぼれされていたとは言え、使った細剣(レイピア)を一撃で壊していたのは記憶に新しかった。



「いきなり、それかよッ!」



 恭兵は叫びつつも恭兵は冷静さを失わずじっとエニステラを見据える。

 今にも喉元へと突き刺さるかどうか分からないその剣先を見る。

 剣先の角度から突きが放たれる方向を予測し、同時に迫る勢いから自身へと到達する速度を推測する。

 正確な計算は要らない。一々そんな事をするよりも、ただ経験と本能に任せた方が正確であり、結論も早い。

 しかし、それでも不確定要素は多い。

 例えば、今迫る速度はエニステラが突きを放った瞬間に無意味と化すであろうし、剣先など突きを放つ直前で手首を捻られるだけで放たれる角度など変えることができる。

 よって、見るべきは剣先に限らない。

 例えばこちらへと踏み込む足先であったり、突きを放つその腕の動きであったり、或いはその目標を捕える目の先の視線であったりと、攻撃を捕えるために必要な情報は多岐に渡り―――――



(―――うん、無理!)



 攻撃を読み、その先に剣を置く防御方法を放棄して、いつものように自身へと届く攻撃へと備える。

 自身が握る模擬剣は当然いつも用いている大剣より細く頼りない。それでも防がなければ後は無い。


 そして、張りつめた糸、極限まで引き絞った矢の如き緊張が周囲にまで伝わり、そして突きが放たれた。それはとても模擬戦で使っていいものでは無かった。


 恭兵は予め正眼、つまり体の中心に剣を構えていた。体のどこを狙われても良いようにした構えである。

 その上で、高速で迫り一閃となって迫るエニステラの突きの一点、そこを目掛け手首だけで引くだけの助走距離を取り、剣を振る。


 

 剣と剣が激突し、エニステラは恭兵の後方へと駆け抜けた。

 恭兵はエニステラの突きを凌いでいたのだ。

 その鋭さと軽やかさは本当に彼女が入院患者であるとは思えない動きであり、病み上がりで放った攻撃では無かった。


 

「上手く防ぎましたね」



 エニステラはそう言いながら踵を中心にして方向転換を行いながらその構えを変える。

 右ひじを直角に曲げて手首と肘、肩を同一のラインに乗せ半身になり、手首だけで剣先を恭兵へと向ける。それは恭兵達の世界ではフェンシングという競技に用いられる構えに似たものであった。


 そのまま、足先を前に向けた右足から踏み出して左足を寄せるその独特な動きえで距離を詰める。


 恭兵は既に背中を見せたままでは無い。腕を振った勢いを利用して何とか振り向き、再び攻撃に備える。

 しかしそれでは完全に備えることはできず、エニステラの攻撃が放たれて、恭兵は防御を放棄して、自分から地面を転がった。


 恭兵の上体はエニステラの視界から消える。

 彼はそのまま、距離を取るように転がるが、それを追い撃つように距離を詰めたエニステラの攻撃が上から降ってくる。



「くっそ!」



 半ばがむしゃらに剣を振り、何とか振り下ろされる剣に当てて防ぎ弾いた。

 そこから勢いのまま立ち上がろうとした所で目の前に模擬剣が置かれていた。



「……参った」


「安易に転がってはいけませんね。基本的に上からの攻撃は強力ですし、足を使って移動することができず対処手段が限られますし、態勢を立て直すためにもいずれ立ち上がることが予想されてそこを突かれますから」


「その通りです。精進します……。というか本当に病み上がりなのかという攻撃だったんですけど……?」


「模擬戦とは言えやれる限りはやらなければ意味はありませんから」


「やっぱ格が違うよな……」



 改めて目の前の女性が世界最強を名乗っていることを確認し実感することができた。



「ですが三つ目の攻撃で仕留める気でいたのですが、あれを凌げるとはキョウヘイは凄いですね。私もまだまだ精進が必要なようです」


「いや、病み上がりなのに? あれでもまだ本気、全力じゃないんだろう? こっちは全力でもこれ何だからそこまで気にしなくても……」


「いえ、これは先読みというか実戦勘といいますか、相手を仕留めるための感覚の問題でして、こちらは一週間程度で鈍ることは無いのですが……キョウヘイはこれが強いのでしょうね」


「まあ、師匠にも勘が強いとか言われてたしな……それはさておき、エニステラ、後ろ」


「ええ、そうですね」


 エニステラが振り返るとそこにはこめかみに青筋を立てている初老の女性、マナリスト神殿を取りまとめている司教、メヌエセス=マナリストが立っていた。

 その傍らには戦々恐々と立っている神官の女性がおり、彼女がメヌエセスをここまで呼んだであろうことは明らかであった。


 エニステラは何ら一切うしろめたさを持つ事無くこう言った。



「メヌエセス様、模擬戦は聖騎士の責務を全うする上で体が鈍らないようにするには重要でして……」


「だからって、お見舞いに来た客相手に、本気の模擬戦仕掛けてあそこまでやる奴が何処にいるんだい!!!!!」



 司教の怒号が治療院の裏庭に響くことになり、恭兵はまたこうなったかと薄々感じていた既視感に苛まれながら空を見上げるしか無かった。


 高塔恭兵の休養日はまだ正午を過ぎたばかりであった。 

  

 

 


続きは二週間以内となります

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