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Psychic×strangers   作者: さがっさ
34/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ7:夕方の修練場、夜の森

二週間ぶりです。

改めてよろしくお願いします。

 ――夕陽と東の空に輝く赤神星が魔導都市マナリストを照らす。



 赤く照らされた雲が流れていく下では、冒険者が多く利用する宿屋、"翡翠の兎亭"。その裏手に存在する冒険者が利用できる演習場では、二人の男が向かいあっている。


 片や、高塔恭兵。重厚さを漂わせる赤い大剣を抜き放っている。

 片や、ヘンフリート=ヴァシュケン。無駄な装飾は施されておらず、されど抜き放たれた直剣は洗練されたものであった。


 二人は共に同じ、自身の剣を正面に置く構えをして距離を取った上で相対していた。

 

 ヘンフリートからの誘いに恭兵が乗った形となった手合わせは一合を交わらせた 所で互いに睨み合う形となっている。

 恭兵は何とかヘンフリートの隙を突くべく、その機会を伺っており、ヘンフリートは自ら攻めこむ姿勢を見せずに地に根を張るかのように腰を落とし構えている。



 ――そんな膠着状態から踏み込んだのは、またしても恭兵だった。



 今度は先ずその一歩を浅く踏み込み、歩調を刻みながらヘンフリートへの距離を詰めていく。そしてヘンフリートへと大きく踏み出したとしても二歩、必要となる位置。恭兵の持つ大剣のリーチでもってしても、届くことは無い距離から、恭兵は地面を強く蹴り込む。


 いつものように《念動力》による加速で一気に距離を詰めようとして、恭兵は止めた。


 今回の目的はあくまで自分が超能力を用いること無く自分がどこまで戦えるのかということの確認である。

 それを、少しばかり押されているからといって使ってしまうのは本末転倒である。



(《念動力》を使っても、多分、上手く訳じゃないとは思うけど――一度決めたことを覆すのも恰好つかないしな)



 恭兵は強く蹴り込んだ足での飛び込みを短く抑え、そこから複雑なステップを刻む方向へと切り替えた。


 攻撃の瞬間を悟られないようにするために歩幅を単調なものにせず、時に刻み、時に大きく踏みこみ、ヘンフリートを惑わしにかかる。


 その動きを見ても聖騎士は動じることは無く。呼吸を一切乱すこと無く恭兵の接近に対して静かに構えていた。



(今ッ!)



 これ以上は意味が無いと悟った恭兵は渾身の力を籠めて赤い大剣を振り下ろした。

 その重厚な見た目から予想される通りに空気をかき乱しながらヘンフリートの構えごと、質量で叩きつぶす一撃が赤い軌跡を残して洗練された直剣へと迫る。



「工夫したようではあるが、単純な一撃に変わりは無いである」


 

 そう言ってヘンフリートは漸く剣を動かす。

 恭兵の揺さぶりを物ともせずに冷静に迫る強大な質量を見極め、的確に下された判断の元に直剣を置く。

 

 大剣の質量を正面から受けるのでは無く。直剣を盾とするように斜めに置き、衝撃を逸らすように弾くと同時に半身となるようにしてことで赤い剣閃を躱す。ヘンフリートの広い横幅をも逸れて地面へと向かう赤い大剣の剣先が土に付くことを待たずにヘンフリートは直剣を鋭く走らせる。


 既に通り過ぎた赤い大剣の背を叩き、地面に突き刺し、そのまま振り下ろした体勢の恭兵へと剣先を翻して斬りつける。



「ッツ!」


「いや、すでに遅いである」



 恭兵が気が付いた時には目前に迫っていた直剣を上体を逸らして避けようとするが、放たれた一閃は既に首元に届いて、皮まで僅かに紙の幅程度の隙間を残して突きつけられていた。



「一本、ということでよいかな?」


「ああ……、そうだな。見事に一本取られたよ」



 恭兵が降参の意を示すように地面に突き刺さった赤い大剣から手を放して両手を頭上まで上げた。

 それを確認してからヘンフリートは恭兵へと突き付けた直剣を軽く振るって残心をしながら自分の腰へと差した。



「ふむ、吾輩よりも大きなゴーレムを一方的に倒したという膂力があると聞いたが……あまりその手ごたえは無かったであるな」


「いや、これは手合わせだろ? だったら、使うのもなって思っただけだよ」


「手の内は簡単に明かさないということであるかな?」


「あーうん。気を悪くしたかな?」



 突きつけられた剣先から解放された恭兵が安堵の息を吐きながらそう言った。

 ヘンフリートは聖騎士であるがゆえに本気で戦うということに関して真摯に向き合うというような性格をしているのではという考えに至った彼は初めからそのつもりであったとは言え礼を失したと思ったのだ。

 そんな恭兵に聖騎士は留めるように手の平を向けると先ほどまでの戦意を散らして鷹揚に対応した。



「何、真に実力のある冒険者というものはそう易々と力を振りかざすものでは無い。それだけ分かりやすい武器を持ち合わせているならば相応の技も隠すものである。それに、吾輩も全力という訳では無いからして」


「全力じゃないって……ああ、神聖魔法とかか?」


「然り。主に用いるのは《神聖防壁》による守りと《聖光付与》による攻撃力の単純強化である。他にも色々と扱えるものはあるが……基本的にはその二つであるな」


「……あっさりとばらすんだな」


「この程度は聖騎士ならば基本的に持ち合わせているものである。従ってここでお主に知られた所で特に問題は無いである」



 簡単に自身が扱うことができる神聖魔法を明かすヘンフリートに多少、恭兵は面食らいながらも、よく考えればエニステラは特に自分の扱うことができる神聖魔法を隠すことは無かったこともあり納得した。


 

「師匠は手の内はできるだけ隠せだと何とか言ってた気がするけどな……」


「その話もできるだけ、という事である。冒険を続け、戦いを続ける限り、手の内を隠し続けることなどできはしないである。その際を見極めることができずに死んでいく者が何とも多いことか、嘆かわしいことである」


「……本気は何時かはださなきゃいけなくなるってことか」


「自分の命やそれ以上に譲れぬもののためには、そうは言ってられぬであるからな。そして、そのためにも切り札というのは常に研ぎ澄ませる必要もあるのである」



 ヘンフリートは恭兵を見据えながらそう言った。

 真っすぐと自身を見つめるその瞳に咎められているようで、恭兵は目を逸らしてしまう。

 そんな恭兵の様子を知らずか、或いは察した上で追及せずにおくこととしたヘンフリートは恭兵から背を向けて距離を取った。



「しかし、お主の力は既にゴーレムを衆前であることを承知の上で用いた筈である。お主の言葉ならば"本気"を示すものは別にある筈である。ならば、ゴーレムを一方的に粉砕せしめる力を吾輩に用いても問題はないのではないのか?」


「……それは、そうだけど。あれだ。あんまり自信って訳じゃないけど、それもあまり頼り切りにできるものじゃなくてさ。魔法と同じようにずっといつまでも使い続けることはできないんだよ」


「成程。ならばそれを扱う時を見定め無ければならぬな。そしてお主はその力に頼らずに戦う術を身に付けたいと、そういう訳であるな」


「その通りだ。察してくれて助かる。だから、この手合わせで何か掴めるかと思ったけど、やっぱり力無しだとまだまだだよな」


「ふむ……」



 距離を取ってからヘンフリートは肩を落とす恭兵を振り返り見て、腕を組んで唸る。

 数秒間何かを考えた後、得心を得たのか目を開いた。



「では、手合わせを再開するとしよう。うむ、ただ一度で掴めるもなど大したものは無いであるからして」


「……いいのかよ。アンタは俺の実力を知りたかっただけだろう?」


「何、後進の悩みを晴らすというのも先を行く聖騎士の務めである。何より、奴の弟子に吾輩が何か教えるということも一つ、意趣返しという事にもなる」


「師匠は一体なにやったんだよ。いや随分なご迷惑を掛けたんだろうけど……」


「しかし、奴は何か教えなかったのか? 確かにあの我流剣術を他人に身に付けさせるのは随分と無理がある事ではあると思うが」



 再び、自身の武器を構えて互いを見据える。

 日は緑の外壁の向こうへと消え、空に星が輝き始めた。赤神星も日の入りを迎えたことで既に東の空から見えなくなっている。



「いや、基本的に樹海の中で生き抜くサバイバル法とモンスターの殺し方位しか教わって無かったし……自分でも教えれないし教えたくないとかなんだとかで自分の戦い方を見つけろって、突き放されて……」


「奴の我流は感覚的ではあるので致し方ないと言えばそうであるが……ふむ、そこまで突き放すとは、奴にも何か考えがあるのであろう」



 魔導都市マナリストでは日が落ちることで、巡回する魔法使いによって魔力を注がれて道沿いに設置されている街灯に明かりが灯される。

 明かりはうっすらと宿屋、"翡翠の兎亭"の裏庭の修練場にも薄く注がれており、向かい合う二人の構える武器を照らす。

 



「では、奴がそのように判断した理由を確めてみるであるかな。来るがいい、吾輩が鍛えし剣でその程を図ってやろう」


「そこまで言うんなら、胸を借りるつもりで行くからなッ!」


「まずお主について分かったことは、取り敢えず突撃を行うとする所であるな……!」



 恭兵は語気を強く吐き捨てて再三の突撃を行う。

 少年の一辺倒な突進にやや呆れた態度を表しつつも迎撃に備えた体勢を一切乱すことは無く。赤い大剣の軌跡を追いながら、直剣を動かす。


 

 その夜、修練場では何度も起きた激突音が十数回響いた所で、泊まっていた冒険者からの苦情を受けた宿屋の店主から二人が注意を受け、ヘンフリートと恭兵で謝罪をすることになったのであった。



 

  ◆




―――夜の帳は完全に落ち、暗闇を照らすのは天上にある星と月のみであった。


 木々によりそれらの光が遮られる森の中であるならば尚更である。そこを生きる住人、夜行性の獣やモンスターや夜を昼のように生きることができる種族的特性を持ち合わせる亜人類種など、限られた存在でしか歩むことを赦されること無く。適応することができない生物は悉くそれらのものの糧とされる。

 夜の森とはそのようなものであり、昼に生きるものに立ち入ることすら困難であり、熟練した冒険者であろうとも夜の森で何の対策も無しに行動することは無い。

 

 加えて、森という空間における生物、モンスターの強弱は既に定まっており、森の奥の肥沃で豊富な餌が存在する場所に陣取る頂点と地を這って森に転がる死骸を喰うことで明日へと生を繋げる底辺で作られる生態系の食物連鎖を示すピラミッドは完成されていた。


 過去その森における生態系を破壊する突然変異が現れた時も、その中での頂点や底辺が多少入れ替わる程度の変化しか起こすことはできず、その仕組み自体が崩壊することは無かった。



 しかし、それは森の中での話、()()()()()()()()()()()

 

 

「……来たか、報告は?」



 しわと節くれで作られた腕と細い身体、ふとした瞬間に折れてしまうのでは無いのかと見るものにそのような印象を抱かせてしまう程に脆い印象を持つことができる影が森の奥、太く地面を這い地中から栄養を吸い上げるための根に腰かけている。

 暗闇の中で尚、その視界が明るいものであるのならばその影は胴体と繋がる足と手を一組ずつ持ち合わせ、度王子に細長い顔を持つ、いわば人型とも称される木製の人形であることが分かるだろう。

 人形と違う所は、その人型の木は呼吸するように一定のリズム、律動を持って蠢いていることだった。



「かく乱と諜報を担当していた二名から連絡が途絶えた。そいつらは都市周辺で盗賊に助力、誘導していた奴らで、件の盗賊どもは最後に都市に向かう商隊を襲撃する計画を立てていた筈だった」



 律動する木の人影の正面に立っている。否、その正面に存在しているのは霞のような影だった。

 暗闇では明かりも無く揺らめいているばかりであるが、確かにこれまた人影のような揺らめくモノがいた。その手と思われる部分はどのような物理現象が起きているのか黒く塗りつぶされた刃物が握られている。



「恐らく、商隊を護衛していた筈の冒険者に殺されたのだろうなぁ。あれほど冒険者には油断するなと言い含めておったものを……手勢は限られておるというのに厄介なことだ」


「しかし、都市側に動きは無い。魔法騎士団や神聖神殿にも報告が入っている様子は無いと報告されている。まだ我らの存在は明かされていないだろう」


「当然じゃ、こちらの包囲が完了して人の出入りを掌握できるまでこちらの存在が決して明かされる訳にはいかぬ。あの方も居られるとはいえ、裁量を任されたからには我らの手勢だけで何とかことを治める必要がある」



 しわくれた木の節の手で自身が腰かける大樹の根を撫で付けるとその動きに合わせるように木々が蠢いていた。



「だが、最終的にはあの方が出なければならない。それはお前の方も承知の筈では無かったか?」


「当然じゃ。よって我らの最善としては標的をあの方の前に誘導し、都市の人間には一切悟られること無く。目的を達成することである。都市についての調査は最終手段であり、目的を達成次第、完全に徹種する次第じゃ」


「分かっていればいい。とは言え、最終的には都市へ侵入するか、ここにいる全軍で攻め入ることになるかも知れないがな」


「ここまでやっておいてか? 我らを始めとした《魔軍八魔将(まぐんはちましょう)》が一席、《魔賢者》様より預かりし精鋭をもってしても?」



 苛立ちと共に律動する人影の木は腰かける根を撫で付ける動きを激しくする。その動きの反動で既に折れそうな腕に合わせるように根は動きに激しさを増し、音を立てて軋みを上げる。



「奴らはそういうものだよ。大層な神の奇跡や魔法の深淵などよりも恐ろしい、悪知恵と蛮勇による殺戮、そしてこちらを上回る想定外、それらが横行しまかり通るのがこの大陸だ」


「それらは《対魔十六武騎》や《勇者》だとかの特記戦力の力を図り損ねた故の結果だろう? こちらはそれでも最善を尽くしているんじゃあ、それらのような特記戦力がいない限りはこの策は成ると、お前もそう言っていた筈だがぁ?」


「確かにな。それらの特記戦力が現れたからこそ盤上が翻ったこともある。だが、その程度過去、七度の侵攻において考えなかった方がいるとでも? 最初の方は兎も角、七度繰り返して尚気づくことは無かったと?」


「………」



 霞の人影の言葉に押し黙る律動する人影の木はその苛立ちを自身の手の動きと連動させた根の動きが激しくなり、軋む音が増大しそれに応じるように瘴気のようなものが噴き出る。

 人影の木形の無言の威嚇に対しても人影の霞は取り合うことは無かった。



「最も厄介な事柄は自身の想像の外より現れるものだ。戦いとは変化するもの、あらゆる要素や前提が覆るものであり、絶対は無い。全てが自分の手の内にあると思わないことだな」


「では、儂のような策を練るものは役に立たないと? そう言いたい訳か?」


「違う。例えその策の全てが無為になったとしても、直ぐ様に立て直すべく備えておけ。それが叶わなくともなんとしてでも立て直せ。死ぬのはお前だけでなくお前が率いる部下も同じことだ」


「ふん、成程、流石は遠征経験者じゃ。おめおめと逃げ帰ってきたという経験が評価されるだけのことは、ある。よかろう、その忠告は心に留めておく。その名誉に敬意を払っての」


「他人から聞く経験はその時となるまで生かされないことが多い。神聖大陸での後輩がその時に直面せし時に生かされることを願おう」



 人影の木形が人影の霞の煽りに遂に激しい動きに耐えられなくなり、その見るからに脆い腕がバキバキとへし折れた。そして同時に腰かけていた根は蠢き、ねじれ、大きな音を立てて何かをへし折った。


 大樹の根と共に地面に何かが落ちて森の一部を揺らした。


 大樹の根はその幹よりも巨大なものを絡めとって締めあげており、そこからは腐臭が混じる瘴気と共に長く太い湾曲していたと思われる枝とも思えるようなものが中から突き出ていた。それらは途中から折れているものや曲がったもの先端が欠けたものがあり、その物資が本来掛けられることは無い圧力を掛けられた証拠である。そしてあらゆる箇所から液体が噴き出て、漏れ出しており、地面に広がって森の一部となるように染み込んでいった。



「弾みで折れてしまったかぁ……まあよい。これも鍛錬だ」


 

 人影の木形は腰かけていた巨大な根から降りて、手と同じく細い足を動かして近づく。そして折れて今にもちぎれ落ちてしまいそうな腕を根に締め上げられているその塊へと突き刺した。

 突き刺した拍子に折れた断面から木片が落ち、突き刺した箇所からは液体が噴き出る。粘つきがあるその液体は木形に掛かるが当人(とうにん)否、当木(とうぼく)は気づいた様子は無い。



「《木は死の上に立つ墓標である》、《呪木の流転》」



 木形は呪文を呟く。彼が突き刺した腕の先、大きな塊のようなものが心臓のように激しく脈動すると同時に大きく萎み、木形と同じようにその表面は枯れ果てた。



「相変わらずの魔法、いや()()の冴えか」


「あれほどのご忠言の後では言葉通りに受けとり難いがなぁ」



 木形は人影の霞に答えると同時に折れた筈の腕を抜きとると、折れ曲がっていた筈の腕は元の節くれの頼りない一本の腕へと戻っていた。



「しかし、腕の一つとこの森の上位の捕食者である()()()()()()()()()()とは燃費が良いとは言えないのではないか?」


「我々、《魔木精族(トレント)》の腕はこれが最も早く最も効率がいいのだが? それにこうして折ってはもどすことが呪術を自在とする鍛錬となるので問題はないだろぅ?」



 木形が自身の冴えを見て満足気に頷きながら、元に戻った腕をしきりに眺める。どうやら出来栄えは上々のようであり、相変わらず今にもへし折れそうにも関わらずに振り回している。


 それを見て呆れる人影の霞は何かに気づいたようにその輪郭を揺らめかせる。その仕草からどうやら自身の背後の方から向かってくるものを察知して振り返ったようだった。

 地鳴りを響かせながらそれが近づいて来ていた。同じ速度で何かが地面を這う音が聞こえる。何かを引きずりながらこちらへと向かってきているようだ。

 森の木々を揺らしてそこらへんの茂みを掻き分けるようにして二体の元へと来た。




「ガッハッハァ。いやいや、いい闘争となった! 相手が有利な場所での戦いというのも悪くはない!」


「気晴らしとなったようで何よりだが……こちらの指定通りのモンスターを相手取っただろうな?」


「ああ、コイツだろ? 森の奥の沼地で隠れ潜んでいたから捕まえるのには苦労したがよぉ! はっははぁ引張上げて、この爪で目をくりぬいて脳天を引っこ抜いたぜぇ! ガハハハハ!」


「その爪に付いた脳漿をこちらに向けるなよ。命を喰うしかない脳筋が」



 現れたのは森の中で星を覆い隠す程にそびえる木々と同じ程の背丈を持つ巨大な人影。巨体により木々が掻き分けられたことで月の光が照らしたその姿は、二本足で直立する巨大な蜥蜴だった。目は鋭く、口は大きく開き、硬い爬虫類特有の革に覆われており、木々と同じ太さのものを引きずる左手と右手の五指には鋭い爪が備わっておりその全てが血に濡れていた。



「ガッハハ! そうかそうか、悪いな、軍師殿ォ! 俺も我慢に我慢を重ねたが少々たかぶってしまったが、ゆえに仕方あるまい。だが、しかし俺の力が必要なのは事実であろう? その為に爪を研ぎ済ませておくことも重要なのではないか?」


「お前の役割はお前自身が死ぬことが前提のも陽動だ。いずれの場合であってものな。その巨体を隠してここまで運ぶことができたのも高い賭けだったことを忘れるなよ?」


「フフフフ。何、最早この大陸での死は既に決しているのは承知の上だ。しかし、その陽動の暴れっぷりが足りないのは些か問題ではあるまいか? それこそ全身全霊の蹂躙でもってしてこそ、相手に見抜かれても相手をせざるを得ないというものよ!」



 人型の蜥蜴はここまで引きずってきた長く太い何かをその間の木々へと放り投げた。目があると思わしきものを抉り取られたと思わしきその巨大な蛇のモンスターは既に息絶えており、その身に纏った泥をまき散らしなら木を軋ませて引っかかった。



「もの好きめ。生きて全てを征服し我らが大陸に帰還する気は毛頭ないのか。死兵なぞ何の役にたつ」


「何も俺とて必ず死ぬと思っている訳ではないし、死にながら戦う気なども毛頭ない。それよりも優先する栄誉というものがあるだけよ」


「栄誉か。お前等は相変わらずだな、代々の一番槍の名誉を貰うために血を繋げるとは」


「先達に褒められると照れくさいが、しかし、それこそが我が一族の宿願であり、俺自身の本望でもある。偉大なる我らの侵攻の先掛け、栄光への道を切り開く破城槌としての役割を全うすることを童の頃から夢見ていたものよ!」



 夜の静けさを打ち消す程の怒号を叫びながら、栄誉を求める戦士はその時が近づいていることを確信していた。その騒がしさを前に周囲のモンスターが反応するべきであるにも関わらず、彼らに近づく影は存在しない。



「しかし、いいのか? この先駆け、正式なものとはならないだろう。正式な侵攻まで後一年程ある掟破りのものだ。寧ろ先走った愚か者とそしりを受けるのみではないか?」


「その場合は俺は新種のモンスター扱いとなって討たれる手筈となっている。その場合の本番の侵攻では俺の弟が出ることになる故に我が一族の名誉は崩れん。大事なのは先走るものが我が一族の者では無いというだ。こればかりは譲る訳にはいかん」


「それが、お前の名誉に繋がるとはならなかったとしてもか?」


「無論。一番槍とはそれほどに譲り難いもの故にな。何者の爪が刻まれておらぬ新雪に我が爪にて作りし鮮血の跡を付けることこそが名誉である。だが、願わくば」



 人型の蜥蜴は遠く見据える。その先には緑の外壁に囲まれた神聖大陸屈指の魔導都市が存在している。そこには彼が望む敵が存在していると確信しつつも願わざるを得なかった。



「願わくば、俺が先端を開くに値する強者がいることを願うばかりだが」



 祈りとともに夜は更けていく。



 既にその森の生態系は真実崩壊している。

 絶対的な強者の思考と都合により象られた偽りのピラミッド。

 森の外からは一見窺うことはできぬが、それでも森に棲む獣とモンスターは既に理解せざるを得なかった。

  

 森の秩序という名の弱肉強食の機構はすでに外から現れたものによって崩壊した。


 ()()()()()()()()()。その通りは例え異世界グゥードラウンダのモンスターひしめく森の中でも存在する道理であった。  

 

 


 


 


続きは一週間以内に投稿します。

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