第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ6:ある新人の噂
気付けば一周年です……
何とか間に合いました……
時刻は昼過ぎ、魔導保全都市マナリストではふんだんに使っている脳へと栄養を与えるという名目の元、間食を求めて魔法使い達が大通りへと出歩いている。
マナリストにおける人口の比率において、魔法使いは魔導都市であることもあり、大半を占めている。しかし、その内、研究塔に所属している者はそれほど多い訳ではない。
店を構えている店主のほとんどは魔法使いであり、雇っている店員なども魔法使いであることが多い。
とは言え、彼らが自由自在に魔法を扱えるというということでは無く。あくまでも使うことができる魔法は一つから四つ程度が関の山であり、四つ扱える者は数少ない。
さらに彼らは自身の商売に必要な魔法程度しか習得していないため、モンスターや盗賊の類に対処できる訳ではない。
なので、この魔導都市マナリストであっても、モンスターや盗賊を相手取れる冒険者の需要は存在しており、冒険の種は尽きることは無い。
「ですので、ここマナリストでも他の同規模の都市と規則などに特別変わった所はございません。傾向は魔法使いの方々からの依頼ということもあるので、素材の収集などが目立ちますが……魔法使いの方を優遇するなどといったようなことはございませんのであしからず」
「それぐらい分かってる。別に私は特別扱いされたい訳じゃないし、できれば何事も無く故郷に帰りたいしね」
「故郷に帰るための旅費……を稼ぐためにということですか。私どもと致しましてはそこまで個人に肩入れをする訳ではございませんのでこれ以上は聞きませんが、ミヤコ様が目的を果たされることを祈っていますよ」
「お世辞はいいから。とりあえず、冒険者のギルド? のルールとかを教えて貰えるとんだけど」
"翡翠の兎亭"では都子が受付嬢から《冒険者協会》を利用するにあたって規定されたルールを教えて貰っており、その傍らではヘンフリートが見守るように腕を組んで佇んでいる。
恭兵と佐助は二人をおいて、冒険者への依頼の詳細が書かれている紙が貼られた掲示板に目を通していた。
彼らが抱える問題の一つ、マナリストにおける滞在費、つまりはお金を稼ぐ必要がある。魔法使いでもない恭兵達が金銭を得る手段は、兎も角冒険者として依頼をこなす事であるというのが二人のだした結論であった。
「条件は、二つだっけか」
「できるだけ日帰りとなるもの、自分達二人でこなせるようなものっすね。報酬は安くてもいいんで兎に角数をこなしていく必要があるっす」
「都子は毎日あの研究塔に通うことになるだろうからな。監視でヘンフリートさんがついてくれているようではあるっすけど、できるだけ離れないようにはしたいっすね」
「だな。でもそんな都合がいい依頼なんてあるか?」
恭兵は掲示板に貼られている依頼を眺めて唸る。
依頼の多くは他の町へといく商隊や魔法使いの護衛やモンスターの討伐依頼が多く、他は研究塔からの素材収集依頼が散見されるばかりであった。
護衛の類はとても一日で終わるものでは無く。モンスターの討伐も朝早くからマナリストをでなければならない程の距離まで出向く必要があるものばかりであった。
「護衛は仕方ないとしても、モンスターの討伐までこんなに遠くまで行かなきゃいけないものなのか?」
「この都市はの周りは平原と湖っすからね。目に見えてモンスターが跋扈してる訳でもないっす。いてもどこかの研究塔の実験用だったり……色々あってあそこの平原には討伐依頼がある訳じゃないんすよね」
「この周辺は大体のモンスターが狩り尽くされてるってやつか」
「それだけじゃあねえさ」
依頼を吟味している二人の背後から声が掛かる。話しかけてきたのは腰にはスパイク、つまりは鉄のこん棒を提げて革の鎧を着た男が立っていた。
無精髭を撫で付けながら快活そうな印象を受ける男は恐らく冒険者なのであろうことが分かる。
「大抵、直ぐ行って帰ってこれるような依頼なんかのほとんどは朝方の内に持って行かれるからな。ここに残っているのはそれほど急ぎじゃなかったり、もしくは依頼の受付期間が長いやつとかだな。護衛の依頼なんかは一定の人数が集まらないと取りやめにはならないからな」
「なる程……わざわざ教えてもらってありがたいけど……アンタは?」
「そう警戒すんな。俺の名はウィック、この魔導保全都市マナリストで冒険者をやってる者だ。ここじゃあ、そうだな。そこそこの腕前って奴だな。こうして話しかけたのはちょっと気になったからだ」
「俺は恭兵、こっちが佐助だ。話しかけてきたのはヘンフリートのおっさん絡みか?」
「その通り、かの《聖線》の聖騎士と一緒に来た冒険者でその推薦を受けているとなれば、誰でも気になるというもんだろう? まあ、中にはそれが気に入らないような連中がいるのかもしれないけどな」
スパイクを腰から提げた冒険者、ウィックが促す方を見れば"翡翠の兎亭"に入ったときからこちらに視線を向けて言う連中がいた。
恭兵がそちらを向いたときには全員の視線は切れていたが、恭兵達に注目していたのは確かであった。
ヘンフリートと行動を共にしているからという理由で話しかけてきたということを考えればウィックは競泳達が影ステラと行動を共にしていたということを知らないのだろう。
彼女と恭兵達が共にマナリストまで来たことは商隊を護衛していた冒険者ならば把握していると思われる。自らのことながら、恭兵は自身の背負う布で覆った大剣は冒険者の中であっても悪目立ちすると考えている。そこから考えれば恭兵達とエニステラとの関係は冒険者達の間では話題に挙がっている様子ではなさそうである
護衛の間も、どこか腫れ物のように扱われていたため、共に護衛に付いていた冒険者たちもあまり触れたくは無いということなのだろう。都子のことを考えれば話が広まっていないことは喜ぶべきであるが、エニステラが裂けられているという事実は恭兵としても納得がいっているわけでは無かった。
自分と違って、彼女は正当に評価されるべきヒーローなのだと思うから。
「あの人は冒険者としても有名でな。ここでも幾つか活躍していたと聞く。その時俺はいなかったんだが……何でも、研究塔で行われた実験の後始末かなんかでモンスターの合成獣だとかをその時所属していた一党の面子と共に討伐したとかでな」
「一党ねえ。あのおっさんは今一人で行動してるみたいだけど」
ヘンフリートの方へと視線を移す恭兵、彼は受付嬢から冒険者についての説明を受けている都子の付き添いをしていた。
「こちらが認識票となっております。身元の保証と冒険者様の階級を簡単に示すものとなっています。階級は赤星級、燈星級、黄星級、緑星級、青星級、藍星級、紫星級となるように高くなっていき、紫星級が最高位となっています」
「つまり、階級が高くなればなるほどこの赤いペンダントの色を変えていくってことよね。階位が高かったら何かあるの?」
「あちらの掲示板などで依頼を掲載しているのですが、そこで受けることができる依頼には階級ごとに制限が掛かっています。私共《冒険者協会》と致しましても、依頼主から依頼を承ったからには解決してもらわなければなりません。その力量が無いとはっきりと分かる方に依頼の斡旋を行うことはできませんから」
熱心に話を聞く都子の後ろで口を挟むこと無く腕組みをして待っている様子は頼もしそうに見えるものの、こちらに過度な干渉を行うことは無いという姿勢が伺えるものだった。
見守りつつも深く関わろうとしない。
それはエニステラの代行として来ている立場故の態度であるとも考えられるが
(師匠とも単なる知り合いって訳じゃないみたいだし、師匠と同じ一党だったりしたのか……?)
「ふむ、その様子だと、そこまで深い知り合いではなさそうだな……?」
「ああ、まあ、なんだ。昨日知り合ったばっかでさ。何でも俺の師匠の友人だとかで快く付き合ってくれてるんだよ」
「そういう繋がりなのか。いや、それでも大した知り合いなんだな、アンタの師匠ってのは。俺もあの人の人柄なんかを知る訳じゃあないが、友人の弟子でも随分と親切にしているからな。あの新人は別にその友人の知り合いでもないんだろう?」
「まあ、そうだけど……人が良いだけなんじゃないか? 聖騎士っていう位なんだから」
ウィックは恭兵の良い分に納得したようであり、それ以上追及してくる様子は無かった。
上手く誤魔化せたようであると恭兵は内心、一息を吐く。
都子の事情や《対魔十六武騎》であるエニステラとの繋がりがあることを知られてしまうのは都合が悪い。このマナリストで後三週間は行動することを考えれば余計な心配事を起こさないように心掛ける必要があるのである。
隠し事をするということについては、恭兵も超能力を周囲に隠していた時のことを考えれば慣れたものではあったが、それが本人の気が進むかどうかということは別であった。
「そうなのかもな。まあ、俺も本当の所はどうなのかとかは別に知りたい訳じゃあない。冒険者の顔見知りは多いにこしたことは無いからな」
「何でだよ。俺も師匠から聞いたけど、依頼の都合上で冒険者同士がかち合う場合もあるんだろ? 顔見知りとは戦いたいとは思わないけど」
「確かに、ふとした瞬間に依頼の関係で遭遇したり、逆にどっかで鉢合わせて共闘するなんて場合もあるからな。互いに争うこともあるかも知れないが、一緒に戦うこともあるだろう。その時は顔見知りである方がいいからな」
「それでも顔見知りよりかは気が楽なんじゃないのか?」
「だからこそだよ。顔見知りなら、最低でも殺し合い以外で解決できるかも知れないし、どうしても戦いを避けられない時でも相手の力量が分かってる方が分かってない方よりましだろ?」
異世界グゥードラウンダにおける冒険者は数々の武勇伝や冒険譚として伝えられる存在であると同時にその実態は何もしなければただのごろつきから何とか抜け出たような者達のことを指す場合もある。
必ずしも品行方正であるとは限らず、問題行動を起こすこともあるだろうし、何よりも街中で武器を腰に提げて歩いている輩を見て気分がいいものがいる訳ではないだろう。例え彼らが日ごろから町を覆う堀や砦に囲まれて暮らす人々をその外から脅かすモンスターの脅威から守っているとしても好印象を抱かれるばかりでないというのは冒険者となってまだ日が浅い恭兵にも経験があることであった。
だからこそ、ウィックの考えは恭兵の中に自然と入り込んだのかも知れない。
他の冒険者からすれば素直に頷くことはできない考えなのかも知れないが、恭兵には頭ごなしに否定できる意見では無いと感じた。
師匠ならば、どう考えてどう答えただろうか、きっと――――
『え? あ、そう? じゃあ、俺も容赦しねえからな。そん時はよろしくな!』
こんな感じで顔見知りでも特に躊躇いなく戦い始めはずだ。
思えば、こんな風にすんなり受け入れられたのも師匠の存在があったからかもしれなかった。
「そういや、アンタらはどこから来たんだ? 王国? それとも同盟郡?」
「同盟郡の方のマージナルから来たんだよ。俺は師匠の下から独り立ちっていうか置いてかれてそこから師匠を探してんの」
「同盟郡の方からか……それじゃあ、例の噂について知らないか? ある冒険者の噂なんだが」
「噂……? 俺はそこらへんあまり聞いたこと無いけど……何かあるのか?」
返事を返しながら、恭兵は内心冷や汗を流す。
噂と聞けば、ある意味で馴染み深いものが過ぎったがそれをおくびにも出す訳にも行かなかった。
直ぐ近くで、受付嬢で都子が説明を受けている。この状況で《災厄の魔女》に関する噂がウィックの口からでた場合、反応してしまえば都子に疑いが掛かるのは容易に想像できる。
エニステラに都子が投降したことでここまで穏便に済んでいる。ここで事情も知らず、不特定多数の冒険者たちにそれを悟られてしまうのは彼女らの決断を裏切ってしまうことに繋がる。
それはどうしても避けたい。
「ああ、何でも村を襲った規格外の巨人型モンスターや大型モンスターを悉く倒しては何時の間にかそこにいないという冒険者がいるらしくてな。どれも突如襲い掛かってきたから特に依頼が出されていた訳じゃなかったから宝報告の義務があるわけじゃなかったのか《冒険者協会》の方でも誰がやったかどうかは分からないんだとか」
「正体不明ってやつか……何か特徴でもあるのか?」
「そいつを指す唯一のヒントはモンスター共を倒す瞬間にそこには赤い光が走っていたらしい。多分赤星級を示す認識票の赤が光に反射して、それが高速で動いていたからそう見えたっていうのが通説らしい」
「つまり……そいつはまだ赤星級の新人ってことか」
「ああ、その期待の新人に付いたあだ名は新星にして大型を悉く倒していることから《巨人殺し》。そう呼ばれている冒険者らしいんだが……知らないか?」
「……いや、知らないな。今初めて聞いた」
「そうか……何か聞けると思ったんだけどな……」
ウィックは思ったよりも肩を落としていた。恭兵が何か知っていることを期待していたようであり本当に残念そうであった。
というより、ヘンフリートに食いついてきたり、噂の新人について妙に食いつきが良かったりするのを見て、単純にそういう話が好きなだけなのかもしれなかった。
「ま、いいや。当分はここにいるんだろう? 見かけたら挨拶位はしてくれよ?」
「あ、ああ。またどっかであった時はよろしくな」
そう言って、去っていくウィックを見送って、恭兵は息を吐いた。
先ほどの話、実は恭兵には若干の心当りがあった。本人が目立ちたがらないだろうなということでウィックには心当りは無いと言ったが、どうやら上手く誤魔化せたようである。
「で、《巨人殺し》ってお前のことなんじゃないのか?」
「いやいや、何のことっすか?」
先ほどから変わらずその場で掲示板に貼られている依頼を見ていた佐助が返事をする。
ウィックの視界には確か衣入っていた筈だが、それでも欠片も意識を向けられていなかったのは流石に忍者といったところだろうか。一応、恭兵が紹介した時もウィックはまるで意識を向けておらず、完全にその気配は空気と化していた。
「いや、お前ならやれそうだなって。大型でも《接触観応》で探し当てた弱点を突けば目にも止まらぬ速さで倒せそうだし、正体不明なのも気配を消してたからだろうし。《冒険者協会》の方に義務が無かったとしても報告は無かったのもお前なら目立つのは嫌いそうだからな」
「いやいや、そうかも知れないっすけど。俺別に赤星級じゃないっすよ。これでもぽつりぽつりと依頼は受けてるんすから」
そう言って、佐助がどこかから取り出した認識票の色は赤では無く黄色であり、彼は赤星級では無く黄星級であることを示していた。
「でも、お前ならそれくらいは誤魔化せるんじゃないのか? ほら気配を誤魔化して二重に登録するとか」
「血判状とかいるじゃないっすか。それはどうなるんすか?」
「お前なら、そこらへんの浮浪者から血を抜き取っておいて、血判状押すために指に針を刺す瞬間に指に付けるとかできそうだけど」
「それならまあ、できなくは無いっすけど。あんまりやる意味が無いというか……確かに目立ちたくは無いっすけど。赤星級に不相応な実力はそれもそれで目立つっすよ。やる意味が正直薄いっす。それに必要だったら、認識票の色位はちょっと誤魔化せますし……それに」
「それに?」
「赤い光の痕跡なんて残すなんてそんな隙を晒すわけ無いじゃないっすか。そんなの忍者としては痕跡残しすいっすよ」
忍者として持つ高い意識がそうさせるのだろうか、佐助の台詞は堂に入っていた。
佐助は忍者であるということについて強い誇りと拘りを持っているようであることは戦闘における姿勢や普段の言動から察することができる。
佐助自身もそれを承知の上で態度に表していることを考えればそれだけ譲れないものなのだろう。
一番譲れないものがあるというのは、恭兵としてもうらやましいものであった。
「そうか、そこまで言うならお前じゃないのかもな……」
「……案外、恭兵君って騙されそうっすよね……警戒はするんすけど、それでも騙されそうな……」
「心外な。そういうお前は心当りあるのかよ?」
「うーん、多分って人はいるっすけど……俺も誰かは確実では無いっすからね」
「そうか……どんな奴なんだ? その多分って人」
「死ぬほど理不尽な奴っすよ。それはさておき、恭兵君が話してる間に面白いものを見つけて増して……これなら条件に合う上に諸々の都合がいいんじゃないっすか?」
「これか?」
佐助が理不尽と称する人物とは非常に厄介なのだろうなと恭兵は考えながら、佐助が示す依頼書を見る。
そこには非常に見やすい図柄で表された依頼であり、青い字で採取と書かれていることが分かる。丁寧な文字と分かりやすさは文字に不便な者であっても分かりやすいように出来ているようだ。文字が読めないことに越したことはないが、読めないもの全てを切り捨てる訳ではないというのが協会のスタンスなのだろうことが良く分かる。
「この依頼は……採取の依頼で、その同行? 日帰りで行ける森の方まで依頼者といって帰ってくるのか、簡単な護衛依頼だな。募集は二人で報酬は15か。いいんじゃないか?」
「会ってるっす。けれど注目する所はそこじゃないっすよ。ここ、ここ。依頼人の欄っす」
「あ? 依頼人ってえっと、二人? 連番での依頼……ってコイツら」
佐助が指で示した依頼書に書かれていた依頼人の欄に書かれていた名前は"ミノル・マナベ"と"シホリ=ノノミヤ"であった。
つまりはこのマナリストで出会った"迷人"の二人であった。
◆
「さて、という訳で手合わせである」
「いや、唐突過ぎるぞ。いきなり連れて来られてなにをやるのかと思いきや、手合わせって」
そこは、"翡翠の兎亭"の裏手、庭にあたる場所を用いた冒険者の訓練所であった。
熟練の冒険者が新人を指導するのに用いたり、或いは冒険者が諍いを起こした際に決闘でケリを受ける際などに憑かわれるスペースであり、中々な広さを誇る。
表からはあまり伺いしれることは無かったが、それだけ"翡翠の兎亭"は冒険者に向けた宿として作りをしているのだろう。ここが魔導都市であることを差し引いたとしても大きな宿屋であることは間違いなかった。
そんな訓練場で、恭兵とヘンフリートは向かい合っていた。
都子が十分な説明を受け終えて、恭兵と佐助が明日受ける依頼を申し込んだ所で、ヘンフリートが恭兵だけを連れ出し、受付嬢から了承を得た末に今に至っていた。ここにいるのは恭兵とヘンフリートだけであり、都子は今頃、佐助が神殿の方まで送り届けていることだろう。
「ふむ。友人の弟子ともあれば胸を貸すのもやぶさかでは無いと思ったのであるが……思ったよりも好戦的では無さそうであるな。そこは奴譲りでは無さそうである」
「いや、確かに師匠なら喜んで相手思想ではあるけどさ……だからと言って、何の事情も無くやれるほどおれは師匠みたいに吹っ飛んでねーって」
「しかし、かといって降りかかる火の粉は払うようであるな。ここに入った瞬間に既に戦闘が行われることを意識しているのは良い心がけである」
「師匠に散々叩きこまれたからな」
両者は未だに武器を構えていない。されども次の瞬間には攻撃を行うか、あるいは相手の行動へ対処できる姿勢は整っている。
しかし、両者には明確に違いがあった。
恭兵は、一動作で《念動力》による不可視の攻撃や対処を備えることができる彼自身に備わる《超能力》による埒外の技であるが故に相手の油断や隙を突くことができるものである。
対して、ヘンフリートも腰から鞘に納められた剣の柄に手を掛けている訳ではないにも関わらず、対面している恭兵は彼がすでに構えているように見えており、隙と思えるようなものを見つけることはできない。
「とは言え、吾輩が視たいのは何も本気の戦闘という訳ではないである。先ほども言った通りここは一つ剣と剣の手合わせを願いたいと思っているだけであるからな。」
「それなら。まあ」
ヘンフリートが提案するのに応じて、恭兵も漸く構えを取ることにした。
布を解いて、その剣身を露わにさせる。時刻は夕刻に近く、マナリスト特有の緑色の外壁の縁に落ちようとている位置で空を茜色に照らしている。太陽に応じるように、恭兵の大剣は赤く輝いている。
恭兵は大剣を両手で絞るように持ち、基本的な正眼の構え、肩幅に足を開いた上で少し左肩を前に置き、その切っ先は相手へと向けるものを取る。
それに対して、ヘンフリートも腰から剣を抜き放つ。
流麗というよりも洗練された淀みない剣運びであり、その構えも恭兵と同じ正眼を取るものであったが、修練を積んだ後に残る堅実さと身体のキレが見えた。
構え一つ取っても、ヘンフリートは非常に訓練が積まれた戦士であることが恭兵には伝わった。目前の男こそが正当な剣士といった類のものなのだろう。定められた型と所詮教科書通りと揶揄されるがしかしそこに秘められている意味を理解しているものであれば最も重要視するべき基本を修めていた。
対して、恭兵にはそのような物は備わっていない。
師匠には確かに一通りのことを叩き込まれたが、その大半は剣を扱う術では無く、恭兵の《超能力》を戦闘にも扱えるようにさせるといったことを行っていた。
従って、尋常な剣と剣での戦いという観点において恭兵は自身がそこらへんの農村から飛び出して来た腕自慢の剣士とさほど変わらないと考えている。
彼らを馬鹿にしている訳ではないが、やはり本当の剣術と呼べるものは、我流で片づけられるような類の有象無象とは違うと恭兵は考えている。
だから、この機会は恭兵としても喜ばしい機会だった。
あの超絶な我流剣士である師匠では分からない、正当で堅実な剣士と思わしきヘンフリートと戦えば、果たして自分の剣術がどこまで通用するのか。自分は《超能力》無しにどこまで戦えるのか。本番一発勝負ではできない機会だった。
「では、来るのである」
「じゃあ、お言葉に甘えて……はぁっ!」
ヘンフリートが先手を譲り、それに答えるように《念動力》により大剣を保持しながら恭兵は足を前に飛び込ませる。
一直線に向かい、大上段から大剣を斬りつける。
単純な一撃だが、その強大な質量を備えた物体が叩きつけられれば、まともに受けることはできないだろう。
避けるのかそれとも受けるのか、どちらでも対応できるように予め想定した上で恭兵が放った一撃をヘンフリートは恐れをみせる事無く。
金属同士が衝突する音が訓練場に響く。
ヘンフリートは恭兵の一撃を両手で構える剣の一本で受けきっていた。
「様子見の一撃、といった所であるな」
「ッ!」
ヘンフリートは大剣の振り下ろしに合わせるようにして一歩踏み出すことで大剣と衝突するタイミングをずらした上で、鍔迫り合いとなるように持ちかけていた。
彼はそのまま剣を捻り、大剣の側面を滑らせて恭兵の顔面へと突きを放とうとする。
それを察した恭兵は両手でもって大剣に籠めていた筈の力を全て抜き、それによりヘンフリートの放った突きが顔面を僅かにそれ、恭兵の髪を僅かに散らすのみに終わる。恭兵はすかさず全力で地面を蹴って後退してヘンフリートから距離を取る。
「お主の実力は大体理解したである。それを踏まえて……もう少し本気でくるとよいであるな」
「いや、あの、手合わせじゃなかったのかよ……」
あの突きはへた打てば完全に顔面に突き刺さっていたと感じられた一撃だった。直前で寸止めしたのかも知れないが、相応の殺気が籠められていたのは確かであった。
「奴から教わらなかったであるか? いかに手合わせといえども本気でやらなければ意味が無いと」
「は、はは。師匠とは友人だけあるよな」
師匠のしごきを思わせるような言動に、やはり師匠の知り合いであるということをより確信した恭兵は改めて身構える。こうなれば正当な剣術だとかどうとかを見る余裕は無い。
「さあ、続けるである」
師匠の友人というからには、それと同じ程度の力量を持っていると考えて、《念動力》を使うことを死やに入れながら、再度、眼前の鎧の大男へと挑む。
続きは二週間以内に更新します
一周年記念も何か考えていますので……それもできししだい投稿します




