第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ5:魔力を生み出す意味と冒険者になったことと
何とか書けました……
「さて、魔力という物はどのように生み出していると思う?」
「え、あれじゃね? 気合い」
「完全にふざけてる解答とかは要らないから。……そうね、あれよ、食べ物とか……じゃない?」
「ふむ―――ずばり、呼吸っすね」
マニガスから差し出されたお茶で恭兵達は一息入れていた。
相変わらず何の薬草から絞り出しているのかは分からないが、飲むと苦味と共に気持ちが落ち着くようであり、体の疲れが少しずつ取れている気さえしていた。
そんな休憩を入れた所で、マニガスは恭兵達に魔力とは何たるかということについての解説を行っていた。
「ほう、そこの影の薄いの。どうしてそう思った?」
「影薄いって……忍者だからいいっすけど……。ともかく、俺が呼吸だと思ったのは単純明快、そこの実君の水晶玉を光らせた実演を見て判断したんすよ」
「そいつが何か魔力を生み出すような行動を行っていたってことね。いや、言葉にすれば当たり前のことなんでしょうけど」
「そうっすね。忍術にも、呼吸っていうのは重要なんで、結構他人のものはよく見てるんすけど……この世界の人が魔法を使う時って魔法への意識を集中するっていうにはどうにも違和感のある呼吸をするんすよね。実君はそれがはっきりと分かったっす。だから、魔力を作るには呼吸が必要なんじゃないかと」
「なるほど、なるほど――正解じゃ、よく見ておるの。忍者というのは、そちらの世界の斥候職のことを指すのじゃろうが、自称するだけあって良い観察力を持ち合わせておる」
マニガスは佐助の推測に感心したように頷く。
忍者特有の洞察力はやはり鋭く、《接触感応》を使った様子は無くとも佐助には足が地に付いた力、つまりは地力が強い。
こればかりはマニガスが言うように元の世界で忍者をやっていただけはあるということだろう。その点において佐助は恭兵や都子よりも勝る点である。
「……まあ、分かりやすく教えてくれたのはいいけど。佐助、アンタ人の呼吸を読むとか、まさか何時もやってるの……? 正直、他人の息遣いをそんなに観察しているのは……気持ち悪いわよ」
「え、いやこの流れは俺の素の観察力をたたえる流れなのでは……?」
「いや、俺も正直どうかと思う。必要なのは分かったけど、俺も背筋がぞっとしたもん」
「もんって、なんなんすか! 恭兵君そんなキャラじゃあ無かったじゃないですか!!」
とは言え、それが万人に受け入れられる訳でもなく、二人にはばっさりと切り捨てられていた。
二人とも正直の所、流石忍者だなと感心していたのだが、その反応をドヤ顔で見ていた佐助の態度では素直に尊敬する気も失せてしまうのも仕方が無かった。
佐助の欠点はこのように、自身の美点を直ぐに何かで塗りつぶしてしまう間の悪さである。なぜだかその警戒心と注意深さに反して、余計な事を行い評価に繋がらない。
「ごほん、よろしいかな?」
「あ、ああ。すいません。それで……呼吸だったっけ? それが魔力を生むのに重要だっていう話だった所ですよね?」
「その通りじゃ。"魔力を生み出すには呼吸が基本である"これはこの世界の凡そ魔法使いと呼ばれるものが最初に学ぶべき知識であるとされておる」
三人が言い争いをしている所をマニガスは咳払い一つで打ち切らせて、自身へと注目をさせる。この研究塔の主であり、普段から昭らかに話が脱線しそうな実の師を務めて講義を行っているだけはあるのか、スムーズに余計な話を終わらせ、本題へと移らせた。
「それも、私を除いてはってことらしいけどね。けれど、魔力を生み出すのに呼吸が必要なのは何でなの?」
「確かに根本的な疑問じゃな。では……弟子二号、何故か答えてみよ」
「了解です、教授。では、何故魔力を生み出すことに呼吸が必要となるのか、結論から述べれば、魔力の素となる成分が空気中に漂っておりそれらを体内に取り込む必要があるからだ、ということになる。」
「空気中にある? っていうことはえっと、私達が酸素を必要としているから呼吸するのと同じようにその魔力の素を取り入れる必要があるということ?」
「察しが良いな。その通りだ」
実演しよう、と言って実は白衣のポケットから、恭兵たちの世界でも馴染みがある、ガラス製の試験管であった。
試験菅の中身は白い煙のようなもので満たされており、コルクで漏れないようにされていた。
実は試験管のコルクを取り外し、中に収められていた白い煙を部屋中にばらまいた。
「これは大気中の魔力の素、通称《魔素》の濃度を視覚的に分かりやすくする試薬だ。大気中に漂う《魔素》に反応して……この白い煙がこの部屋なら緑色にまで変化する」
実が説明をしている間に、既に部屋中に撒かれた煙はその色を白から赤、燈、黄を経て緑色にまでまるで虹のように変化する。
その色の変化の度合いも場所によりまちまちであり、この部屋の魔法使いを中心として緑、黄、燈と色が移り変わっている。
「お分かりのように、《魔素》は大気中に含まれる成分の一つだ、その濃度も一定では無いということがこの光景で分かってくれればいいがな。兎も角、このように空気中に漂っているものを特有の呼吸に取り入れて……」
実は再び特有の呼吸を行い、水晶玉に触れる、魔力を注がれたことで水晶玉は光りを放つ。
「そして、体内の魔力精製器官である《魔力炉》によって《魔素》を魔力に変換することができる、という訳だ」
「えっと、魔力を生み出すには空気の中の《魔素》を吸って、それを体の魔力精製? のためにあー特別な何かがあるのか? 体に?」
「でも、それは特殊な呼吸を必要とする理由にはならないっすよね?」
「魔法使いが行う呼吸法は、より効率的に体内に《魔素》を集めて保管するための方法の一つだ。だから、本来普通の呼吸、酸素を取り入れるものでも十分とはいえずとも《魔素》は体内に取り込まれる」
「何でこんなに、色が違うんだよ」
「それは《魔素》の濃さからくるものだ。明確にはもっと複数の段階があるのだが……今は、緑色のものほど《魔素》が濃いと思ってもらえればいい」
「じゃあ、俺や佐助の周りが緑色なのは……」
「魔法使いは呼吸が常習化しているからな。その分、周囲の《魔素》が薄いのは通りだろう」
改めて恭兵が部屋を見回せば、見事に自身と佐助以外、都子やヘンフリートまでもが、その周囲の煙の色が赤や黄色となっており、《魔素》の薄さが視覚的に分かりやすく見える。魔法使いが呼吸によりそうでないものよりも多くの《魔素》を取り入れていることが分かる。
「それでも……いや、だからこそ、"迷人"は使えないのね。この世界の魔法が」
恭兵が実の説明を反芻して何とか理解しようとしている間に都子は既に結論へと至っていた。
魔法を使うには魔力が必要であり、魔力を作るには大気中の《魔素》を変換する必要があり、《魔素》を魔力に変換するには、《魔力炉》と呼ばれる器官を体内に必要とする。
体内に、である。
「"迷人"とこの世界の人間との間で体のつくりが違う。だから当然私達に《魔力炉|》《・》なんてものは無いから、魔力なんて生み出すことはできないし、当然魔法は使えない」
「しかし、それでも俺は使うことができる」
「ええ、後天的に何とかできるんでしょうね。体を作り変えることも同然なのに」
都子は拒絶するように吐き捨てる。
彼女が実へと抱いていた苛立ちがようやく形となって胸の内ではっきりと露わになる。沸き起こるのは当然、嫌悪感であり、忌避感だった。
とは言え、それが実へと全て向けられている訳では無い。彼女とて、人と自分を分けることはできる。人は他人、自分は自分。こだわりや持ち合わせる信念を他人に押し付けることこそ、彼女がそうでありたいと思う普通では無い。
だから、吐き出されたのは自分の物、自分の不安を籠めたもの。
―――自分は既に普通から外れてしまったという事実が当然のようにのしかかる。
「そこまで、よく説明できておったぞ、弟子二号。それ以上は今言うべき事では無い。これはただの解説じゃからの、肝心の本題はここからじゃ」
「私の身体がもう、既に手遅れかも知れないって話のこと?」
「いや、そうではないかもしれぬという話のことじゃ」
マニガスが諍いとなる前に話の流れを変える。
都子の感情がそれで沈む訳ではないが、その矛先は実からマニガスへと向けられる。
それにひるむことも顧みることも無く、淡々と本題を告げる。
「この話の重要な点は一つ、まだそこのお嬢ちゃんは《魔素》を魔力へと変換できるかどうか、じゃ。これは重要な点であるというのは十分に理解してもらえたと儂は思う」
「でもそれは、都子が意識的に魔力を操れていないからどうか分からないって話じゃなかったか?」
「確かにそれも考えられたが……その可能性は薄まって来ておる。弟子二号の実演のおかげでの」
マニガスは部屋の片隅でじっと佇んでいる少女、ルミセイラの持つ魔導書を指さし、同時に彼女の自ら座る机まで手招く。
彼女は無言で頷くと、抱えた魔導書を机の上に置いた。
茶色に黒い装丁が施された分厚い古書、それがルミセイラの持つ魔導書である。
奪われたページにより使われた魔法からゴーレムに関する魔法であることは確かのようであるが、どうもその表紙の文字が潰れていて、恭兵達は何と書いてあり、読むのか分からない。
「さて、お気づきかな?」
「お気づきって、魔導書が置かれただけじゃ……」
「そうだな、特に変わった様子は無さそうだけど……」
「では、お嬢ちゃんのものと比べてみよう」
マニガスが促すのに答えて、都子は自身の持つ魔導書をルミセイラの置いた魔導書の隣におく。
黒い表紙に赤い装丁が施された魔導書、その表紙に書かれた文字はルミセイラのものとは異なり、単純に読むことはできない。
異なる魔導書が並べられ、それでもどこか似ていると思えるのは二つが魔導書であるためなのだろうか、そんなことを思わせるような異様さを放つ二つの魔導書も、明確な変化という形で差異が生じていた。
実が《魔素》の存在を実証するために部屋に捲いた白い煙は空気中の《魔素》に反応して色を変える。時間が経過したせいか、余計な煙は床に漂い、色の違いが良く分かるようになった。魔法使いの周囲を中心として、その色は燈や黄色となっている。しかし、先ほどとは異なる箇所が一つ―――都子の周囲は緑色の煙だった。すなわち、都子の周りには《魔素》の濃度が他の魔法使いよりも濃いということになる。
そして、机に置かれた都子の持つ魔導書、《災厄の魔導書》と疑われる魔導書の周囲の煙は刻一刻と緑から黄、燈へと移り変わっている。まるで、魔法使いが呼吸により《魔素|》《・》を取り入れているかのように。
「これで、少なくともこの魔導書には自ら《魔素》を取り込むことができるということが分かった。同時にお嬢ちゃんは《魔素》を録に取り組むこともできずにいるということもの」
マニガスの机の前に置かれているのは二つの魔導書、片方の都子の魔導書の周囲の煙は色が黄色に変化しているが、ルミセイラの魔導書の周囲の色に変化はなく、壁の本棚に並べられている無数の本と同様に緑色の煙に覆われている。
「魔導書は《魔素》を取り込み魔力とする機構を持ち合わせておらぬ。何故ならば魔法使いがその役割を果たすからじゃ、そのような機構を行う必要がない」
「その点においては、そこの魔導書は特殊っていうことなのか……?」
「その通り、そして何故《魔素》を取り組み魔力とする機構が付いているのか、ということについてはまだ憶測の域を脱していないが……何かしらの設計思想のようなものがある筈じゃ、これは唯の魔導書ではない」
断言する。
憶測と例を並べて、自身の考えと推測をすり合わせる老人の考えが一つの結論を目の前の魔導書に下す。
それにもまだ前置きや仮定が十分に存在しており、恭兵達の目標には不十分であること極まりないが、それでも、そこへたどり着くまでの一歩が漸く踏み出される。
「この魔導書の役割は、後進の者にその知識を伝えるものでは無く、純粋な道具としての役割、魔法を使うこと自体を目的としているのじゃ」
◆
「――今日は終わり、か」
時刻は昼を過ぎたあたり、日はまだ高い。
ヴァンセニック研究塔がある通りに恭兵達はいた。
通りは相変わらず隣接する研究塔が作る影により相変わらずじめじめしている。
「というか、アイツもこれからあれの片付けをやらされるのか……他に何か無かったのか?」
「俺はとても分かりやすかったっすけどね。視覚的に分かりやすいっていうのはやっぱり教える上で重要っすよ」
「確かにそうだけどさ……あの部屋で煙を巻いてその後片付けとか面倒なことこの上ないだろ」
一応の結論は出せたということと、実証するためとは言え一室が煙だらけになってしまったということで、続きは明日ということになってしまった。
後の片付けは、煙を巻いた当人である実がやることになり、白衣のポケットから取り出した杖で風を起こして煙を一か所に集めようと悪戦苦闘している所を尻目に恭兵達は長い螺旋階段を下りてその場を後にしたのだった。
「それで……これからどうするの?」
「では、我輩が提案を一つ。この機会にミヤコ嬢の冒険者登録を終わらせるというのはどうであろうか?」
まだ、宿や神殿に戻ったとしてもやることがある訳でもなく、かといって何かやるべきことがあるかと言われれば冒険者として依頼を受けることでマナリストでの滞在費を何とか稼ぐことくらいである。
そこで、ヘンフリートからの提案は都合がいいものだった。
いずれにしろ、マナリストにいる間に都子の登録は済ませておく必要がある。
なので、例え都子の顔がしかめっ面をしていようとも、引っ張っていかなければ、登録できるように便宜を図ってくれた筈のエニステラに申し訳ないと恭兵は思っている。
「ま、それでいいよな。都子、悪いけど……」
「分かってるわよ。私のためにエニステラがしてくれたことだしね。あの"治療室"で一応受け入れたのを蒸し返すことをまた蒸し返したりはしないわよ」
「じゃあ、そんなに嫌な顔するなよ……」
「こういう顔なのよ、悪かったわね」
「そうかよ……じゃあ、冒険者登録に行くぞ」
不満そうにする都子をよそに、一行は一先ず日があたらずじめっとした路地を後にした。
そして、歩くこと三十分程、恭兵達は目的地に何の問題も無く到着した。
「成程……ここが……って、ここ俺達が泊まってる宿じゃん!」
「そうであるが? 特に問題が無ければ依頼を受けることができてかつ寝泊まりができるのであれば都合がよかろう? そもそも、冒険者を泊めるような宿屋は依頼を受けることができるように《冒険者協会》に申請しているものである」
「まあ、その通りかもしれないけど……くっそ、昨日は気づかなかった……!」
「馬車の旅で疲れてたから仕方ないっすよ。俺は気づいてたっすけど」
「一言余計なんだよ」
恭兵達の目の前にある建物は何を隠そう"翡翠の兎亭"であり、恭兵と佐助が泊まった宿屋であった。
ヘンフリートに薦められたということを考えると大体は彼の想定内ということなのだろう。恭兵達の事情を察して予め行動するという点では恭兵達にとっては非常に助かるものなのだが、昨日今日の付き合いでここまでしてくれるのは、どうもエニステラに頼まれたからというよりかはヘンフリート本人の人柄かくる行いなのだろう。
「さて、早速中に入るである。ここで立ち止まっても仕方のないことであるぞ」
「う、分かったわよ……」
ヘンフリートに促され、都子は、気乗りはしなさそうに、けれども足を止めることは無く。宿屋の中へとはいっていた。
「宿の中では、昼過ぎということもあり、幾人かの冒険者がテーブルを囲んでいるだけでありその人数はまばらである。中には依頼を終えて戻ってきたものもいるようであり、互いに成果を称えあっているものや報酬の取り分を相談しあっているものもいる。
冒険者、そう呼ばれる者達と何かと関わりがあったが、こうして改めると何とも言えない雰囲気が流れている。
そこにいるほぼほぼ全員が何らかの武装をしており、一歩間違えれば"ごろつき"同然の輩が集まる場所。勿論、そんな人物ばかりという訳ではないのだろうが、それでも決して良い印象ばかりを抱かれる訳ではないだろうことは、入ってくるなりこちらを値踏みするような視線から恭兵は何となくそう感じた。
「……フン」
「あいつらは……確か昨日の」
「護衛の時の……」
「というか、後ろの聖騎士、どこかで見たような……」
「あれ、《聖線》のヘンフリートじゃねえか……?」
一瞥するだけで視線を漏らすものや、こちらの顔をどこかで見たのか同じテーブルに腰かける同業者とこちらをみつつ噂話をしている。
中にはヘンフリートの姿を見てこれ以上は関わらないようにしようとする姿もちらほらと見かける。やはり有名なのだろうか、エニステラと交流もあることから彼も相当な実力を持ち、相応の実績を持ち合わせているのだろう。
「やっぱ、有名なんだな、おっさんは」
「らしいであるな。吾輩はあまり目立つことを良しとはしていないのであるが……やはり、こういうのは吾輩の役割ではないような……一先ず、ここへきた用事を済ませるのである」
「分かっているわよ……! ええい、女は度胸ッ!」
ヘンフリートがどうにも難しい顔をしているのをよそに、都子は完全に覚悟を決めて受付と思わしき所まで気合いを入れて足を踏み出す。
都子の向かう先の受付には、背まで伸ばしていると思われる髪を後ろで留めている制服の女性、いわゆる受け付け嬢とも呼ばれる存在であろう人が手元の羊皮紙と巻物を確認して整理しているという作業を行っていた。
「あ、あの! ぼ、冒険者登録に来たのですが!」
結構緊張した声が響く、都子は嫌々ながらということを気合いで押さえつけているためか色々と空回っている様子が伺える。どうにも厄介な事になりそうになる前にこちらでフォローすべきであろうと、恭兵が動いた所で受付嬢が都子に気づき、声を掛ける。
「冒険者登録でしょうか? ではこちらにまずはお名前をお願いします。今は……対応待ちのお客様はいらっしゃられないようですので、このまま対応させて頂きますね。もし、文字の読み書きの不安がございましたら、こちらで代筆・代読をおこないますが……初回は特別に無料ですが、次からは一回につき2ギルクの手数料が掛かりますが……いかが致しましょうか?」
「あ、えっと、じゃあ代筆を……」
「いや、我輩がやるので大丈夫であるぞ。エニステラ嬢からの要件が通っているのであれば吾輩が手続きにいるであるのであるからして」
懇切丁寧に対応し、羊皮紙を都子に渡す受付嬢に、勢いを削がれた都子はその流れのまま手続きとそのまま代筆をお願いしようとた所をヘンフリートが割って入った。
「あら、ヘンフリート様ではありませんか。お久しぶりですね。今日はそちらの方のお付き添いでしょうか? ああ、そう言えば神殿からヘンフリート様名義で冒険者にしたい方が居られるということですが……彼女が?」
「ああ、久しく。そして話が早くて助かるであるリーハ嬢。確かにこちらが事情ありでの冒険者登録をおこなうものなのであるが……吾輩名義で、と?」
「はい。確かにそうなっておりますが……問題がおありでしょうか?」
「……いや、問題は無いである。では早速、ミヤコ嬢の登録を……」
「あーうん、ヘンフリートさん。代筆とかは大丈夫っすよ。俺がやるっす」
ヘンフリートと顔見知りであるらしい受付嬢、リーハの丁寧な対応とヘンフリートとのやり取りが終わり都子の登録が始まるといった時に佐助が割り込んだ。
その理由は至極単純なものであり、周囲の目を考慮してのことである。
ヘンフリートが紹介するのであるなら兎も角、彼に代筆まで頼むとなれば角が立ちかねないと周囲の様子と視線からくる敵意から判断した佐助は妥協点としても自分が代筆をかってでることで何とか争いの種を潰すことにした。
手遅れだとは考えないことも無いが、やらないよりはましだろうという判断であった。
「では……こちらにお名前を、他は……種族と年齢、性別、あとは職業ですね。他は可能な限り参考欄に書いて頂ければこちらとしても助かりますが」
「可能な限りっていうのは……?」
「個人の明かせる範囲のことで書ける範囲のことを、例えば"自分のできること"などを書かれると、こちらとしても色々と助かりますね。冒険者方に可能だと思われる依頼を紹介できるかもしれませんし、或いは行動を共にする一党の紹介なども円滑に行えます」
「成程ね……じゃあ、都子さんは何書く?」
「名前は、明石都子、ミヤコ・アカシになるのね、種族は……人?」
「あーそこは俺と一緒にしておくっす。それで、年齢は………」
「気にするような歳でもないわよ……16歳。性別は女性、職業は………魔法、使い、なんでしょうね」
「了解っす。ま、ほう、つかいっと。それで、何か空欄には?」
「……燃やすのは、得意なんじゃない? それくらいよ」
都子の受け答えに応じるようにすらすらと渡された羊皮紙に内容を書き連ねていく佐助。書き終わった所で、一度ヘンフリートに羊皮紙を見せて確認を取り、彼もその内容に頷いた所で受付嬢に手渡した。
「……へんなこと書いてないでしょうね」
「なんの為にヘンフリートさんに見せたと思ったんすか。信頼がないっすね~~~」
「安心されよ、ミヤコ嬢。問題となる点は特になかったである。嬢の事情いかんは詳しくは知らないので何とも確実に言えないのであるが……そう問題はないであろう」
「……どうしよう。初めて文字を学ばなきゃいけないと思った」
ヘンフリートの保証も、佐助の前ではそこまで信用できるかどうか分からないものとなってしまうので不思議なものであった。流石に都子も佐助がそこまで不利なことを書いていることは無いだろうとは思うのだが、それだけにしょうもないことを書いているのではないかと考えてしまうのであった。
渡された羊皮紙を受け取り、内容を確認する受付嬢、その眉が僅かに上がるのに気づいたのは佐助だけであったが、兎も角、書かれていること自体に問題は無いようであり、頷くと、こちらへと羊皮紙を返し、カウンターの舌から真上に突き出た針の台を一度湿らせた布で拭いてから、都子の目の前に置いた。
「では、この針で親指の平を刺してこの紙のここにギュッと押して下さい。これで手続きが完了になります」
「案外簡単だと、思ったけど、最後に嫌なのが来たわね……!」
いわゆる血判状というものであり、恭兵達の世界でも現在まで使われるものであるが、元は高校生である都子もその存在は知っていても経験はしたことが無いものである。
まともに自らの判子すら、預金通帳かその程度しかない都子にとっては少し躊躇われるものであるが、長くうだうだとしていても仕方ないと判断して、覚悟を決めて右手の親指をそっと、針に載せて逡巡しない内に刺した。
「ッツ」
滲みでた血と針で刺した痛みに僅かに怯みつつも、そのままの勢いで羊皮紙に血判を押した。
押したことを確認した受付嬢は、羊皮紙にしっかりと血によった象られた都子の親指の形を確かに確認すると。
「では、失礼します」
「ちょ、し、しみる……!」
その上から緑色のインクのようなものを掛けなぞり、そのまま手を止める事無く、都子の親指にある傷口に透明な液体をつけ、そこからしみるような痛みを感じてのけぞる都子を抑えつけることなく、手早く包帯を巻きつけて治療を終えた。
「今から明日の朝になれば包帯を取っても大丈夫でしょう。それまでは無理に動かさないことをお勧めします。さて、これで冒険者登録は完了しますが……何かご不明な点がございましたらどうぞ」
「え、これで? 案外あっさりとしてるのね……」
「あれやこれやと多くの手続きを増やしても意味がありませんからね。特に冒険者などは懇切丁寧に説明したとしても――それで直ぐに命を落としてしまうのが冒険者ですからね」
さらっと告げられたことに、だから冒険者は嫌だったのだとでも言わんばかりにしかめっ面をする都子を受けてかそれとも冒険者となったものには誰にでもするのか兎も角、受付嬢、リーハはそれまでの落ち着いた仕事人といった顔から人受けがよさそうな笑みを浮かべてこう言った。
「それでは、"迷人"ミヤコ・アカシ様。冒険者への就職おめでとうございます。モンスターの討伐から採取の依頼、人探しから護衛まで、ありとあらゆる仕事でもって貴方様の力が存分に振るわれることを私共、《冒険者協会》は期待しております」
続きは……二週間以内となってしまいます……




