第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ4:ぐずるエニステラ、謎の師匠、光る水晶玉は何をしめすか
体調不良により更新が遅れてしまいました……
今回は13000字と長いです
「と、いう訳で俺たちも三週間くらいマナリストに滞在することになったから素直に大人しくしていろよ、エニステラ」
「そうね、魔導書を調べるのに時間はどうしても掛かっちゃうんだから。その間は休んでおけばいいじゃない」
「俺達の方でも何とか三週間に交渉したんで大丈夫っすよ。何時でも戦えるようになる気概を持つのもいいっすけど万全を整えるのも《対魔十六武騎》の務めってやつだとは思うっす」
「ぐ、ぐぬ……三人とも、私が動けないことを理由に……!」
「いや、三人ともエニステラ嬢を気遣っているだけであるが……」
恭兵達一行のマナリスト滞在二日目の午前、都市の北東に位置するマナリスト神殿の一角、怪我を負った冒険者や聖騎士の傷を癒す"治療院"の一室で恭兵達三人とその監視を務めるヘンフリートは、度重なる旅路により積み重なった疲労と廃坑道における死霊術士と異形による戦いで負った傷を治療するべく即日入院させられたエニステラのお見舞いに来ていた。
その一室、病院における病室ならぬ、"治療院”における治療室は白を基調とした清潔な印象を持つ部屋であった。ベッドやシーツ、掛布団、部屋の窓際の調度品にいたるまで、清潔さを感じ取ってしまう。
ベッドの傍に備え付けられている机の上には、お香のようなものが焚かれており、その煙は嗅ぐ者の心を安らがせる効能があるようである。
しかし、この様な雰囲気も部屋の隅に立てかけられている彼女の相棒であるハルバードの存在により台無しとなってしまっていた。
「いや、俺達も待つからさ。ここは休もうぜ? 動きっぱなしだと傷の治りも悪いだろうしさ」
「ですが……ミヤコはそれでよろしいのですか? 一刻も早く元の世界に帰りたいとそう望んでいたのでは……?」
「そうやって、貴方の怪我が悪化されても困るわ。それに魔導書を毎日あのお爺さんに調べてもらっても最悪一年掛かるかもしれないとかで三週間でも分かるかどうかは怪しいもの。それに……」
「それに?」
「……何でもないわよ。それにエニステラが直ぐに治っても、手伝ってもらうことなんて……」
「そ、そうですか……私は戦うばかりで頼りないと……」
「い、いや。そうじゃなくて――そう! 頼り過ぎても私達のためにならないしね! 特に恭兵とかは!」
「おい。自分の発言ミスをこっちにまで巻き込んでくるなよ」
エニステラの追及に言葉を濁す都子の失言で落ち込むエニステラを見て失言を取り消そうとした所で恭兵が流れに巻き込まれる。その様子をみて、落ち込んでいたエニステラも顔を上げて目を丸くしており、一先ずはお見舞いに来た相手を元気づける事無く、逆に落ち込ませてしまうということは避けられた。
エニステラは現在、部屋に設けられているベッドの上で負傷した右足を包帯で完全に固定されていた。
他にも、着ている簡易的な真っ新な入院着の上からでも見える腕から肘や膝までも包帯で巻かれており、その額には呪文が刻まれた包帯が巻かれていた。
これだけ見れば痛々しい様子だが、これで馬車の旅での疲労の後に戦闘を行っても尚動き続けていた人物とは思えず。恭兵達が部屋に入った時はベッドの上でろくに動けず退屈を持て余していたのだから、底なしの体力の持ち主であった。
「それで……どれくらいで動けるようになるの?」
「今回は回復の神聖魔法での急速回復は駄目だと言われておりまして……それでも後五日あれば取り敢えず右足は無事に動かせるようになるとは思うのですが……全身に疲労が溜まっていると言われまして少なくとも一週間と三日はここで休むようにと言われました……」
「まず、あの時の右足が折れてたのに動いてたのも驚きだし、それから無理矢理鎧で固定してて馬車旅とか無茶の境地だし、その上後五日で折れた骨がくっつくのも……あれ? これが普通なの?」
「そんな訳はないである。エニステラ嬢の自己回復能力が優れているだけのことであるからして――吾輩も一週間は無事に動かすのに掛かるである」
「いや、誤差みたいなものじゃない。少なくとも私達の世界だと骨折直すのに最低三ヶ月は掛かるわよ?」
脅威の回復能力に呆れる都子であるが、ここは魔法が存在する世界であり、人体を癒し回復させる魔法が存在している。なので、二人の回復速度が異常なことを元の世界と比較して考えても仕方なかったので恭兵はそこについては深く考えることは無かった。
その時間すら待てない様子のエニステラの方がむしろ問題であろう。エニステラに向かい恭兵達の視線が突き刺さった。
「いいでしょう……分かりました。ここで不平不満を言い続けてもどうしようもありません。ここは大人しくします――――動けるようになったら、鈍る体を動かしても大丈夫ですよね?」
「反省の色が見えないけど……その時は俺も何か手伝うから、それまでは本当に勘弁してくれよ?」
「はい、しっかりと万全になるまで、休養させて頂きます。一聖騎士としてこの宣言は覆しません。これで大丈夫ですか?」
パオブゥー村での前科、気がつくなり死霊退治に廃坑道まで重症を押して行こうとしていたことがあるために恭兵が念を押して確めるのも致し方ない事であり、都子や佐助もそこには同意している。
そしてエニステラは漸く観念して、療養に集中することを確約した。療養に集中するというのもおかしな話ではあるが、ヘンフリートの様子から常習犯であることは確かであるので、この扱いも致し方ないことであった。
「そう言えば……マナリストに三週間滞在することになりましたが、三人とも大丈夫なのですか?」
「ん? ああ、魔導書を狙う輩は主に佐助と、微力ながら俺で注意を払ってるから大丈夫だろ。ヘンフリートのおっさんも何とか手伝ってくれるらしいからな」
「うむ。ここでミヤコ嬢ごと魔導書を奪われてはエニステラ嬢の代理として面目が立たないであるからな。それに婦女の身柄を狙う輩を打ち払うのも、聖騎士の務めである」
「ええ、その点はそこまで心配しておりません。サスケであればそのような輩を見逃す筈はありませんし、ヘンフリート様とキョウヘイなら並大抵のものならば対処は可能でしょう。なので、そうではなく……三人ともここに滞在する分の路銀は持ち合わせているのですか?」
「あ、あ……うん。大丈夫だ。何とかなるし、する」
「する、ですか? ミヤコは兎も角、二人は神殿では無くどこかの宿に泊まったようですが……?」
「いやいや、大丈夫っすよ。大丈夫!」
エニステラからの追及に、反射的に背筋を伸ばしたのは恭兵と佐助であった。
マナリストでの滞在費の問題に触れられるであろうことは二人も事前に予想していたことであったが、恭兵はそこらへんを咄嗟に誤魔化し切れず、歯切れの悪い返事をし、それを佐助がフォローすることで何とか事なきを得た。
訝しむように二人を見る都子そして、心配そうにエニステラ二人に問いかける。
「大丈夫なのですか? もしよろしければ、私が滞在費を払いますので、そこまで心配する必要はありませんよ。寝泊まりならば神殿の部屋を私名義で手配するようにお願いするので……」
「いや、大丈夫だ。こっちは表向き連行される都子についてきてる二人組の冒険者みたいなもんだし、そこまでされるといくらエニステラが《対魔十六武騎》だからって、風評が悪くなるだろう。そこまで厄介になるわけには行かない」
「ですが、三週間も滞在する必要に迫られた一因は私の療養です。そこに関してはせめて何かしらの埋め合わせがありませんと」
「うーん。それじゃあ、あれだ。都子の冒険者登録をそっちで何とかしてくれればいい。こいつには身分証明書みたいなのは無いし」
恭兵は今思いついたと言わんばかりに提案する。
本人の追われている事情と忌避によって、都子は実は冒険者では無い。
しかし、これからは彼女の身分を証明する必要もでてくることがあるだろうことも考慮すると都子にも一種の身分証明書とも成りえかつ"迷人"でもなることができる冒険者となった方が良かった。
「冒険者って、私は別になるつもりなんかないわよ……!」
「とは言え、手に入れていないのであれば一応の身分証明にはなるであるし、執行官からの印象も悪いものにはならないと思うのである」
「善行を行えば、悪行は許されるという訳ではありませんが……恐らくミヤコの場合ははっきりと信頼性を示すことが重要かもしれませんね。分かりました。何とか私から司教のメヌエセス様に頼んでおきましょう」
「……エニステラが言うなら、必要なことみたいだし……しょうがない、か」
案の定、都子が拒否反応を示したが、ヘンフリートとエニステラが恭兵の提案に賛同したことで、渋々受け入れた。
内心上手く行ったと感じる恭兵であったが、都子が思ったよりも素直に受け入れたことが妙に引っ掛かった。彼女の性格であるならば、例えエニステラ相手であろうが、それこそ神様相手であろうが、嫌なものは嫌といいかねないし、ここから一悶着あってからようやく受け入れるだろうと予想していたのだが拍子抜けであった。
都子の横顔を横目に見る恭兵をよそに佐助がこれ以上、エニステラに突っ込まれない内に会話を切り上げるべく動いた。
「と、まあ俺達はこれからまたマニガスさんの所まで出向くんで、今日はこんな感じっすかね」
「そうであるな。ではエニステラ嬢、慣れないことかも知れぬがこれも鍛錬の内である。しっかり体を休めるようにな」
「うん、それじゃあ、またくるわね」
「明日、は分からないけど、取り敢えず時間空いたときは暇つぶしの話相手にでもなるよ」
「はい。皆さんも魔導書の件よろしくお願い致しますね」
エニステラの言葉を締めくくりとして、恭兵達一行はエニステラの治療室を後にした。
◆
「それで、どの位足りないのであるか」
「ああ、切り詰めて一週間は持つ。そこからは依頼で稼がないと厳しい」
「けど、切り詰めてるのも見抜かれると押し切られそうで怖いんすよね……」
都子の魔導書を調べてもらうために一行は軽い昼食を屋台のもので済ませながらヴァンセニック研究塔へと向かっていた。
道すがら話すことは、ずばり直近の問題であるエニステラを何とか誤魔化した滞在費の問題であった。
「何と言うか、無駄に見栄張ってるというか……確かに私もお世話になってる分は何とかしないととは思ったけど……ねえ」
「男には、何というか頼っちゃいけない時っていうのがあると思うんだよ。エニステラはそれが結構多い」
「ああ、分かるっす。目に見えて危なっかしいんすよね。下手に見る目がある分、めっちゃ厄介な部類っすよあれ」
「うむ、吾輩もエニステラ嬢とはそこそこ長い付き合いではあるのだが、頼りになる者に頼られたいのであろうな。元からその気が無いという訳では無かったのだが……単独行動をとるきっかけとなった任務以来であろうから……その反動が来ているとでも思えば何、かわいいものである」
「男ってそういう感じなの……? 確かに至れり尽くせりっていうのがひしひしと感じられたけど……普通は女子からのそういうものは素直に受け取っちゃうもんだと思ってたけど」
「世の中にはそれを受けとる馬鹿と受け取らない馬鹿がいるんだよ、そういうもんだって」
特にそういう経験がある訳でもないが適当な事を言う恭兵と佐助が二人して賛同するので、男は普通そう言うものなのかと認識を改めるべきなのかと勝手に自身の常識の更新を考慮する都子、それらのやり取りを見ていてヘンフリートは静かに笑った。
「フッ、やはり、誰かと共に旅をするというのも悪くないであるな。このような掛け合いの一つ一つが大事なものだと感じ取ることができる」
「えっと、ヘンフリートさんも今は一人みたいだけど……前は誰かと一党を組んでいたりしたの?」
「あれだって、俺の師匠の一党にいたらしいぞ、多分」
さらりと、何気ない補足を付けるように恭兵はそう言った。
都子と佐助はそれを聞いて少し考えて恭兵に振り向く。
「それは――奇遇っすよね」
「何と言うか奇遇ねって感想しかないわよ。確かに珍しいことではあるけど……この世界も案外狭いのねって感想しかないわよ。アンタの師匠のこともあまり知らないし、無い事も無い、知り合いの知り合いが知り合いって言われてもね……」
「まあ、だよな。俺も昨日まで師匠の名前も知らなかったからな、正直半信半疑だから、あんまり実感とか無いし」
「いや、それはおかしいでしょ!」
そう珍しくもなく、わざとらしく驚くことも無く素直な感想を述べる二人に対し、同意するように恭兵も頷き、そこに本命を加えた。
「え、何、確か二年位一緒に生活して修行していた人の名前を聞かなかったの?」
「いや、俺も初対面の時は聞いたんだけど、教えてくれなくてさ。会って直ぐに弟子入りしたから呼ぶときも師匠で通してたし、周囲に名前を使えるような知的生命体もいなかったから……必要性も無かったしな」
「いや、それでも自己紹介位はしなかったの?」
「今は秘密にしておくの一点張りだったな……まあ、あまり名前を明かされたくない人だと思ったから聞かなかったんだけど……」
「いや、そんな感傷的な理由では無く……単純な悪戯心と妙に照れ屋なだけである」
恭兵が語る師匠像をヘンフリートが補足する。
どこか懐かしみつつも辟易とした様子は思慮と豪快さを兼ね備える彼の意外な一面と言えるかもしれない。
「あやつ、アーレヴォルフは何というか、大胆不敵の自信家の癖に抜け目なく、子供染みた悪戯心と負けず嫌いを兼ね備える格好付けの割には妙に照れ屋という非常に面倒な性格であってな。一党の頭目は奴であったのだが……何かと厄介事や事件の発端に関わる性質でな……吾輩も随分と困らされたものである」
「まあ、うん。そんな感じだったよ、師匠は」
「でも、恭兵は名前知らなかった筈でしょう? 本当に本人なの?」
それは極基本的な疑問であった。
そもそもヘンフリートが何故、恭兵の師匠について確信を以てアーレヴォルフという人物であると断定することができたのか。
恭兵がヘンフリートの前で自身の師について話したのは、昨日のヴァンセニック研究塔での一幕、恭兵が魔導書についての手がかりの一つである師匠からの置手紙についての話である。
手紙に書かれている内容、筆跡、用いられる文字や語尾等から、見覚えのある知人のものでは無いかと推測することはできるだろう。
しかし、それでも推測の域をでることは無い。書いた本人の署名や印、或いは当人を示す暗号の類でも無ければ、それらはよく似た他人の手紙である範疇でしかない。
では何を以て断定したのか?
「うむ、我輩の目が曇り無ければ、キョウヘイの背負うその大剣、その剣身こそ柄に結び付けた布に覆われているが一度それを外せば赤き輝きを放つ《アーティファクト》、それこそあのアーレヴォルフが愛用していた大剣に違いないである」
「その大剣が?」
都子は恭兵が背負った大剣を見る。
恭兵が師匠から譲り受けたとされるエニステラ曰く《アーティファクト》である大剣。剣身を覆う布を取り払えば確かに赤い輝きを放つ何よりも丈夫で頑丈であった。それがこの世に二つとないものであるということは都子もごく自然に納得していた。
それでも尚、そこには穴があった。
例えば、その大剣が件の人物の手から離れて、その行く末に恭兵の師匠の下に届いた。
或いは悪意的な見方をするのであれば、本人が奪い取ったものを恭兵に渡しただけかもしれない。
他にも様々な細かいが考えられうる否定できる可能性は存在する。しかし、都子はここに至ってそれを指摘する気にはならなかった。
恭兵の師匠はそのアーレヴォルフと呼ばれる人物であり、彼が自身の愛用の武器を自らの弟子に託した。その推測をヘンフリートは真実であると疑っていない。
その表情は、件の人物の人柄を酷評していた割にはどこか懐かしむように納得し受け入れていた。
そもそも、恭兵も、仮定の話をしつつも決して否定することは無かった。
だから都子もそれ以上は追及しないことにした。これ以上は無粋な領分であると見極めたからだ。
「まあ、いいわ。何時か会うんだし、その時にでも確認すればいいことだしね。それより――今日のやることをまず一つ終わらせるわよ」
「まあ、話が脱線して、今後の滞在費をどうするかの話がまだだったけど……着いたなら先に用事を済ませるか」
「そうっすね。まあ、こっちも一応案の一つや二つは事前に考えてあるっすから、それも含めてまた放しますか」
昨日来た時と同様にそびえる研究塔の群れが日差しを遮りつくるじめじめした日影の路地を進み、一行はヴァンセニック研究塔へとたどり着いた。やらなければいけないことをまず一つ、三週間という限られた時間のまずは一日目を行うために、研究塔へと再び足を踏み入れた。
◆
「さて、改めて紹介するが……こやつらが儂の弟子のルミセイラとミノルじゃ。ミノルの方は面識があると思うが……昨日は紹介する機会が無かったのでな、ほれアホ弟子、自己紹介ぐらいせい」
マニガスの応接室に来ると、そこにはマニガスと白衣に眼鏡の"迷人"の真辺実以外にもう一人いた。
背格好は13歳程度の少女のように小柄であり、僅かに地面に裾が引きずられ、袖も長いローブに身を包み、恭兵達にも馴染みのある魔女が被るてっぺんがおれた三角帽を被った少女である。
そのわきに分厚い本を大事そうに抱えており、片時も離そうという気はなさそうであった。
「……ヴァンセニック研究塔に所属しています。マニガス・ヴァンセニック師匠の一番弟子のルミセイラ・アーネ・カバラです。その節は私の不備の後始末をして頂き、ありがとうございました……」
魔法使いの少女、ルミセイラは挨拶と共に謝罪を述べたが、その適切とも言える言葉遣いとは裏腹に表情からは何らかの不満を抱えていることが分かった。
不備の不始末、昨日の朝に起きた盗賊の襲撃に用いられたゴーレムの魔導書の持ち主が彼女であることは違いないのだが、それ以上の接点を恭兵達は持っておらず、従ってどうにもあまり良い印象を持たれていない理由について思い当たらない。
そんな弟子の様子も一先ずは謝罪の形を取ったことを認めたのかマニガスはこの場でこれ以上の追及することは無く、ルミセイラが一歩下がったのを見てから本題を始めた。
「さて、儂も三週間の内にできる限り解析を行えないかとお主らが去った後に色々と考えての、その末にこやつらに魔導書の解析を手伝わせるのがよいと考えたのじゃ……勿論お嬢ちゃんがよければの話ではあるがの」
「……口の堅さを保証してくれるっていうなら、いいけど……そこの白衣は結構べらべらと知ってることを話すんじゃない?」
「馬鹿にしないでもらおうか! 一、魔法使いとしてそのようなことは――――正直ある! が、俺が話すのはあくまで知識だ! 他人の秘密をひけらかすような趣味など持ち合わせていない! 魔法とは秘められた法則を解き明かすものであり、言いふらすものではないからな!」
実は都子の指摘に対して、毅然と反論する。ある意味では開き直っているとも思える態度は、それでも堂々としており、少なくともこの場においては信用がおける言葉だと恭兵には思えた。
疑いを掛けた都子も流石に罪悪感があったのか、実の勢いに押されて何も言い返せないでいた。
二人は実の奇妙な自信に疑いの目を向けにくくなってしまう。
「今の言葉だけを信じるというのもおかしな話じゃが、というよりも二、三年学んだ程度で何を知った風な口をきいているのかということもあるが、まあ人の秘密を悪用するような奴ではない。ただ少々やかましいことはあるが……妙に良識のある奴であるということは儂が保証しよう」
「待って下さい、教授……! それは俺の良識を保証しているだけで、口の堅さを担保するものでは無いのでは……?」
「このように、黙っていればよいのに黙っていられないだけなのじゃ。残念なことにの」
マニガスのフォローになっていないのかそうでないのか分からない保証にも律儀に指摘する実、二人のやり取りを見ていると、流石に疑うような空気にはなれない。
勿論、疑いが晴れる訳ではないが、このままでは一向に話が進まないと都子は判断した。
(自分で言いだしておかしい話だけど、これ以上疑っても埒が明かないわよね……安全を確認するにしても、それを判断する材料を与えられても……それを判断する私が何も知らずできない内は何の意味もない、のよね)
「さて、二人が参加することじゃが、どうじゃな?」
「いいわよ。疑わしくても、それで事が早く済むならそれに越したことは無いし……その分、私の目的に近づくもの」
「よろしい。では早速今日の本題に移っていくかの。ほれ、弟子二号、準備せい」
「もしかして、単純に雑務のための助手が要るという話じゃないっすよね……?」
佐助の懸念をよそに、実は師匠であるマニガスの指示のままに部屋の天井まで届く本棚の裏に隠されている扉から隣の部屋へと行き、程無くして手の中に赤いクッションとその上に人間の顔と同じ大きさの水晶玉を運んできた。恭兵達三人の後ろで腕を組み構えているヘンフリートはそれを見てこれからやることに得心がいったらしく、感心したように頷いていた。
「それで、これは何なのよ? 魔導書の正体が分かったりする道具とかなの?」
「いや、そのような物では無いぞ。これは極一般的な魔法の道具での、お主らもこのマナリストを歩いていれば目に入ったじゃろう。道の傍に備え付けられてある街灯に用いられているものと同じものじゃよ」
「えっと、確か……あれよね。毎夜、お金が無い見習い魔法使いが賃金目当てに魔法で点けて回っているというあれ……この世界での夜の光も何と言うか世知辛いわよね」
「ま、そのようなものだ。あの街灯は魔法使いが火を灯すのでは無く……この水晶玉と同じ材料、というかこれより小さいものが街灯に備わっていると思ってもらえればいい。これを光らせることで明かりとしているのだ。気t論を言えば、この水晶玉には魔法使いが扱う魔法の源、魔力を注ぐことで一定時間発光する仕組みがある」
このように、と実が水晶玉に手を当て、息を整えて数秒、大量の本に囲まれる部屋を水晶玉が淡い光を放ち照らした。実が手の平を放しても水晶玉は光り続けている。
「と、まあこんな感じだ。この水晶玉は……分かりやすく言うと魔力に反応して光る性質を持っている。同時に注がれた分の魔力の量に応じて光り続ける時間が、異なる」
実が言い終わると共に水晶玉から光が途絶えた。まるで切れた電球のようにあっけなく切れて二度と灯りが灯らないようにも思えた。
「そういう訳じゃ。……まあ、そこの弟子二号は改めて呼吸法からやり直しとして……」
「いやいや、待って下さいよ、教授! 何秒とも掛からずに点けたじゃないですか!」
「一々、呼吸を整えないといけない時点で問題じゃわい。魔法使いたるもの常の呼吸から意識しておけ。さて、話が逸れたが……お嬢ちゃんに一先ずこれを灯してもらおう」
マニガスがそう言うのに合わせて実は不満そうな顔をしつつも都子の方へと水晶玉を差し出す。
都子は水晶玉をじとっと見ると、率直に疑問を口にだす。
「……これが光るかどうかを調べるっていうことでいいのよね? でも、どうやればいいのよ? 私、魔導書の魔法を使うのに魔力なんて意識したことなんてないわよ」
「ふむ。では普段はどのように使っておるのじゃ?」
「それは魔導書に書かれている呪文を唱えて、それで何か……その、説明しづらいけどできるのよ」
「魔法を扱うには個人の感覚というものが重要になるからの、ある魔導書には手の平から血が滴るだの、全身が炎に包まれるだのが記述されることがあるが……決してそれでうまく行く訳では無いのじゃよ。しかし呪文を唱えられても困るので……そうじゃな、魔法を使うイメージを使えばよい。《超能力》ではなくの」
「……分かったわ。やってみる」
都子は目を閉じて集中し、普段は意識しないようにしている魔法を使うイメージを脳裏に必要に迫られて作り上げる。描くのは最も得意とする《拘束》。黒い鎖が放たれるのを思い出し、それを扱った時のことを明確に思い出す。
そして、都子は意識する。意識する。意識する。
呪いの魔導書の魔法は全て、呪文を唱えなければ使えなかった。しかし、都子は何時しか《拘束》は呪文を唱えずに即座に発動させることができるようになっていた。
魔導書に記されていたのは飽くまで丁寧な魔法の使い方でしかない。丁寧であるが故に、最低限必要なものに限定させれば、魔法を扱うのには少なくとも《拘束》には大仰な呪文を必要としなかった。
その必要の最低限を、掌に集中させる。都子の集中に呼応するようにその掌に熱いものが集まる。
「―――――」
水晶玉は―――光らなかった。
「――失敗、よね」
「ふむ、成程、いやそう気負うことは無いぞ。儂が言うのもおかしいがそこまで簡単に意識してできるものでは無いからの、ふむふむ……確かに兆候は見えたが……光らぬか。それでは次にいってもらおうかの」
「次って、もうこれはいいの? 多分私が魔力を使えるか調べたかったんでしょうけど……本当にこれで良かったの?」
「うむ。確かにお主の言う通り、魔力が扱えるようになったかどうかは重要じゃ。"迷人"であるものがどのようにして魔法を扱えるようになったということは重要での。まず、大抵の魔導書では魔力を生み出せるようにはならんと、儂は考えておる」
「えっと、すいません。俺の頭が悪いのかあまり話が分からなかったんだけど……」
恭兵は素直に分からなかったので聞くことにした。
恭兵のこれまで理解では、魔法を使うのには魔力が必要ということは分かった。そして、その話から魔力を生み出す必要があり、それには個人個人で集中する必要があるらしいという所までである。そこに、"迷人"が絡み、単純に使えないとするならば
「えっと、"迷人"って魔法使えないって訳じゃないんだよな? 現に都子、は置いておいてもそこの実と、それに神官の野々宮も神聖魔法は使えるんじゃないのか?」
「その通り、そこのお嬢ちゃんや弟子二号、そして神官のお嬢ちゃんのように"迷人"であっても魔法を扱えるようにはなる。しかし、それは容易では無いのじゃよ」
「俺も教授の下で学んでから……半年は魔法どころか魔力を生み出すこともできなかった。最も、志穂梨の方は扱うのが神聖魔法なのと、神殿での修行により身に付けたものであるから俺と同じかどうかは分からないが……それでも五ヶ月は掛かったそうだ」
「そんなに大変なんすか? 俺も便利そうだから時間ある時に使えるようになろうと思ったんすけど……」
佐助が本心かどうか判断できないが兎も角、残念そうに水晶玉に触れる。当然のように何も起きず、光ることも無い。
「いや、大変というよりも―――ごくごく単純な話として、俺達"迷人"の身体は魔法を扱えるようにはなっていないと思われる。異世界における独自の法則である魔法に必要な魔力という概念すらも無い世界からきたんだぞ? そこの自称忍者の忍術はどうだか知らないが、少なくとも俺の知識には無い」
「成程、まあ、そうなんだろうなとは思ってたっすけど。ちなみに忍術もそんな魔力みたいなものを使う奴じゃないっすから……当然っすかね」
「知らないわよ、そんな事。話を戻すけど、要するに私達が魔法を使えるのはおかしいということよね? その理由として挙げられるのが、私達"迷人"が魔力を生み出すことができないことにある」
実が言っていたのは魔力を生み出すことに半年掛かったということ、そして先ほどの水晶玉もその魔力を扱えるかどうかのテストであった。そこから、マニガスが確かめたいことは都子が魔力を生み出すことができるかどうかということだったのだ。
この世界では魔力は魔法を使用するのに必要不可欠なものであると都子は認識している。
つまり、都子が魔法を使うには魔力を必要とした筈であり、魔法が扱えるということは逆説的に都子が魔力を生み出すことができる筈である。というのはこの世界の住人であり魔法使いのマニガスが考えられる推察である。
都子の推測に感心したように頷くマニガス。
「その通り、"迷人"では魔力を生み出せず、魔法を扱うことができない。例えできるようになるにしても、どうしても時間が掛かってしまう。にも関わらず、お嬢ちゃんは魔導書の魔法を扱えるようになるまで、それほど時間を掛けなかったのじゃろう? 程度は分からんが、一ヶ月も経っていない筈じゃ」
都子はマニガスの言葉を聞いて顔がこおばった。
都子が魔導書の魔法を扱えるようになるまでに掛かったのは、手に取って咄嗟に開いたページの何故だか読めてしまう文字を読むのに掛かった程度の時間―――凡そ、三分。
考えないようにしていたことが段々と現実となって、近づいてくるのが都子は感じ取った。
見えない黒い影が、足元ごと崩れていくようなそんな感覚だ。
平静を保つようにして、考えないようにしようとするが、それでも、それももう保てない。結論は直ぐ様に、目の前の魔法使いの老人からもたらされてしまう――――
恐怖が訪れると知って、それを待つ時間はとてつもなく長く、短い。次の一瞬さえ、その長さが分からなくなる。
だから、隣から声が聞こえるまで、その存在には気づかなかった。
「ふんんぬぬぬぬぬ………!」
恭兵が水晶玉に手を当てていた。
目を閉じて何やら集中しているようだが、二人と同じく全く光る様子は無い。
「ぬぬぬぬ……! やっぱり、だめか……! 師匠との修行で何か自然とできるようになってるかもとか思ったんだけどな……!」
「いや、半年くらい過ごせばいいというもんじゃないぞ!? 分かっているのか? 魔力が生み出せるようになるまでに色々な工程が必要なんだ!」
「でも、そういうもんかもしれねーじゃんかよー、試す位は硬い事言うなって。それにどうせ"迷人"が魔法を使える例は都子含めて三人位なんだろ? それなら、都子がいくら短くてもそれが魔導書のせいって言うには早いんじゃないのか? 例えば、お前よりも魔力を生み出すということについては遥かに天才だったとか?」
「確かにそう考えられなくは無いが……」
その言葉が別に都子の助けになる訳では無かった。そもそも、都子は自分が普通であることを望んでいるのであり、天才扱いされたとしても特段嬉しいわけでは無い。
それでも恭兵の言葉を聞くと、妙に落ち着いてしまった。
現状では、そこには何の安心材料も無いのに、都子は急に現実の時間に引きもどされた。
未だに恐怖を感じているというのは確かだが、何とか周りを見る余裕はできた。
「恭兵、それで助けたつもり?」
「え、あいや、そんなつもりじゃ……」
「ちょっと、驚いただけだから……余計なお世話よ、でも時間稼ぎにはなったから、でも内容が最悪だったし減点でお礼はなし」
「は、はあ!?」
都子はそう言って、前を向く。時間が経って少しは落ち着きと覚悟を持つことができた。
マニガスはそれを確認してから再び話始める。
「ま、そうだの。儂が会ったのがここにいる四人に加えたあと一人しかいない以上、どうしても個人差というものがあるのは当然。じゃから、今の時点では何とも言えん」
「じゃあ、魔導書の影響かどうかも……?」
「分からん。お嬢ちゃんが単に天才なだけなのかもしれんしの。断定はなにも出来んということじゃ、伊達に一年かかるというのも決して嘘では無い。それだけ何かをこうだと決めるのは本来難しいものじゃ、特に儂のように無駄に知識を蓄え、次々と思いつくものにはの?」
「恐れながら、自分でいいますか教授?」
「そこを突いてくる位なら、儂のほんの少しのひらめきでもあれば良いんじゃがの。さて、疲れてしもうたかな? 何分、慣れないことをさせてしもうたからの」
「それじゃあ、またあのお茶か……まあいいけどさ。ああ、そう言えば聞きたい事があるんだけど……」
休憩をマニガスが入れようと再び、昨日の青汁めいた薬草の絞り汁より作られた飲料をどこからか取り出した所に恭兵は疑問を投げかける。
「魔力って、魔法を使う以外になんか使い道とかあんの? ちょっと、気になっちゃって」
「魔力の使い道とな? ふむ、色々とあるが……主には魔法の道具と一般的に呼ばれるものを扱うのであったり、《アーティファクト》を起動する際や、同調と呼ばれる儀式にも用いたりしているのお。他にも、戦士が意識的に使うことで力を引き上げることも……なんじゃ、どうかしたのか?」
「や、やっぱり?」
正直、街灯の話があった時から恭兵は嫌な予感はしていた。
恭兵は、自身の背負う今は布により剣身を覆った赤き大剣の柄を握り、苦笑いをするしかない。
《アーティファクト》の起動やその同調には魔力が必要であり、その習得には条件は確かではないが半年もかかることがあるという。
――恭兵は思った。まさか、このまま師匠から譲り受けたこの大剣をもしや十全に扱えないのではないか、と
「あ、あははは」
もはや、乾いた笑いしかでなかった。
そんな恭兵をこれまでのやり取りに加わる事無く、静観しつづけていた魔法使いの少女、ルミセイラ・アーネ・カバラがじっと見つめていた。
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