第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ2:ある研究塔の主、マニガス・ヴァンセニック
今週も何とか更新できました……
「成程、成程。つまりは我が師であるマニガス・ヴァンセニックに紹介して欲しいと、そういう訳だな? どんな用事かは……聞かないことにすることとしよう。元々、お前たちを研究塔まで招く必要はあると思っていたからな。その礼を兼ねて、師の元まで案内しよう」
「ああうん、助かる」
マナリスト神殿における応接室を後にした恭兵達一行は、一先ず、白衣の少年、真辺実に都子の持つ魔導書の真贋を鑑定できると紹介された人物、マイガス・ヴァンセニックに取り次いで貰うよう頼むことにした。
実の方も元から恭兵がゴーレムを倒した件で研究塔まで来てもらいたいということで、二つ返事で了承を得た。
「それで、アンタの研究塔? はどこにあるのよ」
「何、そう遠くは無い。同じ道を引き返すことにはなるが行きよりはましだ。それより……そこの大男はどうしているんだ?」
実はその視線を一行の背後へと伸ばす。
その先にいたのは金属鎧に筋肉を収めた大男、聖騎士であるヘンフリート=ヴァシュケンが立っていた。
「おお、すまないな少年、自己紹介が遅れてしまった。吾輩の名はヘンフリート=ヴァシュケン、しがない巡回聖騎士をやっている者であるが……今はエニステラ嬢の代理を買ってでている者である。よければ吾輩も彼らに同行したいのだが……構わぬか?」
「ふむ……まあいいだろう。聖騎士ともあろうお方がかの《対魔十六武騎》の一席の代理を買ってでるからには相応に信頼できる人物であるだろうしな。とは言え、我が師がなんと言うかは分からないから俺ができるのは取り次ぐこと位だが、それでもいいか?」
「問題ないである。迷惑であれば研究塔の外で双方の用事が終わるまで待っていよう」
「では、問題なさそうだな。さて、という訳で俺はこれから研究塔に戻るが……志穂梨は」
「もう少し皆さまとご一緒したかったのですが、これから朝の分のお仕事がありますので私はここで失礼させて頂きます」
「そうかならここまでだな。今日は助かった、またよろしくな」
「い、いえ、私も今日は何もお役に立つことができず……申し訳ありませんでした……」
「気にするな。俺も大したことはできていないしな。じゃあまた明日」
「はい……実君も、また明日」
そう言って修道服に身を包んだ少女、野々宮志穂梨は恭兵達の方にも頭を下げ一礼してから足早に去って行った。
彼女の姿が完全に奥の方まで見えなくなった所で実は一行へと振り返り、大仰に手を広げて言った。
「それじゃあ、行こうか諸君我が研究塔へ!」
◆
「成程、そんないきさつがあったであるか。マナリスト周辺にいる盗賊も質が高くなってきてしまっているようでるな」
「流石にゴーレムと何度倒しても立ち上がってくる下っ端と終いには頭が《アーティファクト》を使いこなしてくるなんていうのが盗賊の平均値じゃなかったみたいだな……」
「どれか一つ程度であるならマナリスト周辺では聞き及ぶがな。最近は"盗み屋"が横行していてな。何でも凄腕の輩に研究塔に残されていた魔法や《アーティファクト》を丸ごと盗まれたとかで魔法騎士団が対応に追われているようだったな。まあ、魔導書のページを盗まれた姉弟子がいるので他人事ではないがな」
一行はマナリスト神殿を後にして、都市の東部へと向かった。
大通りを道沿いに進んだ神殿までの道のりとは対照的に、少しばかり狭まった道を進んでおり、裏通りとはいかずとも、そびえ立つ塔によって日の当たりは悪くじめじめとした空気に包まれていた。
「盗み屋っていうのは……何時頃からいるの?」
「盗み屋自体はマナリストの創設時からいたようだがな。ここは元から大陸中の魔法の知識からアイテム、魔導書、《アーティファクト》に至るまでが収集管理されている。それらを元に研究していく魔法使いたちが集い、町となって、一大魔導都市を作り上げたというのが成り立ちだが……当然、マナリストに集まるそれらの貴重な魔法の品々を手に入れたいと考え実行する者達もいるということだ」
「窃盗対策というのは、マナリストでは初歩的だと聞いているのである。神殿の方も勿論強固な作りであるが……その用途は防衛というより侵入を防ぐという傾向が強いのである」
「それでも盗むやつはいるんすねえ」
「盗む方の技術もそれだけ発展しているということだな。捕えた賊たちから技術や用いられる魔法などを聞き出して研究する変わり者もいた筈だ。所詮、鍵開けの魔法などがその類だな。主な用途としては迷宮などで見つかる宝箱などを開く際に斥候でも開けられないものや、そもそも魔法による施錠が掛けられているものに対して使われる」
「……つまり、魔導書を盗む奴もいるのよね」
脱線する実の話を都子は引きもどす。静かな語り口ではあるが、このような時ほど感情的であるのは、恭兵はこれまでの付き合いから理解している。
都子の懸念は当然、自分達に差し向けられてきた追手、魔導書を狙う者達である。
佐助からの襲撃以降は、それらしい影は見受けられないため、まだこちらの現在地を気づかれていない、或いは佐助が二人に知らされていない内に処理をしているか、もしくはそれ以外の想定外か、いずれにしても恭兵達は完全に状況を読めてはいない。
佐助が追っている人物も都子の魔導書を探しているということもあり、彼女が魔導書を狙う人物について警戒するのも無理は無かった。
そんな都子の様子に気づくことは無く。実はただ聞かれた事について移動中の話題となるように答えるのみだった。
「当然だ。魔導書というのは、魔法使いの足跡とも言えるものだ。自身が探求した魔道の真髄を記録し保存するものであり、後進はそれを見て魔法使いとなる。魔導書に書かれているのは正に著者となった魔法使いの歩んできた証に等しい。それらを適切に用いれば見事に記されている魔法を扱うことができるようになるだろう」
「んん? でもそれだったら、なんであの盗賊の頭はたった一ページであんなゴーレム何か作れたんだよ。お前の口ぶりからすれば盗まれてからそこまで時間は経ってなかったはずだろ?」
「魔導書にも幾つか種類があるということだ。詳しく話すと長くなるが……奪われたものは魔導書のページが完全に一個の魔法的なアイテムとなるものだった、ということだ。盗む奴も馬鹿じゃない、時間を掛けて漸く扱うことができるようになる類のものより、誰にでも容易に扱うことができるものの方が、需要が高かったから狙われた、というのが今回の例だ」
「やっぱり魔法って色々あるんだな……」
「当然だろう。だからこそ、探求のし甲斐があるというものだ」
実に楽しそうに話す様子から、実が魔法の研究について並々ならぬ情熱を注いでいるのが分かる。"迷人"という事であるのならばこの世界で生まれた訳もなく、何時ごろからいるのかは定かでは無いが、それでも一から魔法を学ぶには相応の努力を必要としたい違いない。
この世界の事にそれほど関心を持ち、打ち込める人がいるという事実に都子は少しばかりの苛立ちを覚えた。
(別に他人が何をしようと勝手だし、自分に関わらない範囲で好きにすればいいと思う。それでも、何でか、むかつく)
その苛立ちの正体は何なのか、確める暇もなく。一行の足はある塔の前で止まった。
周囲の塔と同じように眼前には高く塔がそびえ立っていた。その高さはこれまで見てきていた中で随一とされるものよりも俄然低く、凡そマナリストで乱立する数々の塔の中で平均的な高さ程度であった。
その外観も他の塔がどこか怪しげにそびえたっているのに対して、いくつもの部屋を無理矢理縦にも横にも生やして繋ぎ合わせたといったものであり、塔というに不格好で石造りの木のオブジェ染みていた。
「さて、到着したぞ。こここそ! 俺が所属している研究塔、ヴァンセック研究塔だ!!」
「ここが、その、本当に……?」
「…………言いたいことは分かる。いかんせん我が師は外観といったものには無頓着でな、資料やらが溜まったならば要らないものを選別するよりも新しくスペースを作ればいいという主張を起こし、度々増築を繰り返すためにこんな無秩序な研究塔となってしまったということらしい」
「ずぼらっていうことでいいのね?」
「まあ、その通りだ。とは言え、魔法使いなぞが作り上げる塔など力を誇示するためと言われるほどだ。こぞって塔の高さを競い合ったり、外観が気に入らずに幾度も建てては打ち壊しては建てたりなんて輩たちと比べれば幾分かはましではないかと思うがな」
「たいして変わらないと思うけどな……とりあえず中に入れてもらいたいもんなんだけど……」
「ああ、すまん。ここでも長々と話す必要も無かったな。少し待て」
話が長くなることを察した恭兵からの催促により、実は自身の所属する研究塔、ヴァンセック研究塔の入り口、一見石を積み上げて作られた土台部分にくり抜かれたように作られた木製のドアの前に立った後に何らかの作業を行った。、
恐らくは侵入者対策のために幾つかの手順を踏まなければいけないのだろう。彼がドアノブを複数回ガチャガチャとひねり、その後に戸を規則性のあるリズムで叩き、再びドアノブをいじる。といった工程を何回か繰り返した後に彼がドアノブをひねると扉が開いた。
「確認は取った、そこの聖騎士も含めて入れてもいいそうだ。の聖騎士は頭を、大剣持ちは柄をぶつけないように気を付けて扉をくぐれよ。後、中の物はむやみやたらに障るんじゃないぞ」
「では、お邪魔するのである」
「お、お邪魔します」
実が中に入るように促すのに応じて、一行は研究塔の中へと入った。
中に入ると、そこには壁中に敷き詰められた数多くの蔵書とそれに沿うように作られた木製の螺旋階段だった。螺旋階段の先を見るために見上げると、首が痛くなるほど高くまで続いていた。天井や側面の壁からは燭台が突き出て火が灯されており、螺旋階段をぼんやりと照らす。
「我が師はこの螺旋階段の先だ。一応断っておくが、壁の本には触れるなよ、どうなっても知らんぞ」
「あー呪いが掛けられてる魔導書があったりするんすか?」
「いや? 隙間なく限界まで本をしまっているからな。気を付けないとふとした拍子に全部崩れて……本に埋められる。最悪は階段で頭をうつぞ……!」
「思ったよりはしょぼいけど微妙に命に関わる奴じゃねえか……!」
特に好んで本の下敷きになりたい者もいなかったので、一段ずつ確実に上る一行。先頭を行く実は慣れているのかその足取りは軽い、佐助もひょいひょいと全くと言っていいほど迷いなく進んでおり、辺りをもの珍しそうに見つめていた。都子は一段一段を確かめるように上っており、時折階下の方へとちらりと視線を移すと僅かにのけぞり再びその視線を次に上る段差へと向ける。最後尾のヘンフリートもその体格に反して階段をきしませるように歩くことは無く。その歩みは安定感を感じさせる。
そして、恭兵は、かたくなに前を見つめて、一歩ずつ確かめて上っていた。
それは、時折下を見るように振り返る都子の視界の端にも映っていた。
「それにしても、すごい数の本だよな……図書館でもこんなに並んでるのは見たことねえよ」
「それは単純にこうやって敷き詰められているからそう見えるだけだ。実際は市民図書館などの方が多く著増されているだろう。それにここにあるのは基本的な魔法理論などから歴史書などまであるからなそこまで難解なものばかり並んでいる訳ではないぞ。中には初歩の読み書きを学べる教本などもあるからな」
「何でそんなものまであるんだ? どこかから借りれば……」
「他の研究塔に所属している魔法使いが所有している図書などを貸すものか、防犯上の問題と秘密主義のためにほとんど貸し借りなんて行われん。だから自分専用の図書館を作るためにマナリストでは個人とか師匠と弟子の単位で研究塔を設けるのさ」
「成程な……こんだけ本を集めたんならそれだけで金がかかりそうだよな。この世界じゃ本って貴重なんだろ?」
「まあ、田舎の農村じゃ村長の家位にしかないのが普通だからな。識字率なんぞ魔法使いと神殿仕えがいるから俺たちの世界よりもいくらかマシだが……正直誤差だな。それと、ここら辺に並んでいるのは確か大半が写本だからそこまで金がかかっているわけではないらしいぞ、少なくとも実験失敗した際の塔修繕費の方が高くついている気がするしな」
「写本か……この世界って印刷とかはあったっすかね?」
「少なくとも普及はしていないな。マナリストのどこかの研究塔で印刷する魔法を開発しただとか、あるいはかの帝国が開発したとかいう話じゃなければな」
「ふーん、そうなのかー」
妙に空元気な恭兵の様子に首を傾げつつ、螺旋階段を漸く上り切った。
そこにも壁中に本が敷き詰められており、その手前にも本棚が置かれており当然のように本でぎっしりと埋まっていた。それだけでなく、部屋のあちこちに分厚い本が積み上げられており、間やその上には羊皮紙が無秩序に散らばっていた。
部屋の中央には巨大な机がその存在を何とか主張している。当然机の上にも本やら巻物などが散らばっている。
そして、外の光が大きく差し込む格子とガラス張りの窓を背に、深々と机の向こうで椅子には老人が座っていた。
既に髪の生え際は完全に後退し、側頭部に掛けて白髪を生やしており、同じく白髪の髭は顎鬚まで見事に繋がって先細りしている。
多くの書物に囲まれながらもその服装は簡易なものであり、ベージュのローブのみで派手な装飾などはつけていない。とても元は《対魔十六武騎》の一席であった人物とは思えなかった。
その印象はどこまでも衰えてしまった老人であるが、それでもその目に灯している光が彼を未だに魔法使いであることを示していた。
その老人は恭兵達が目の前にきたことを知ると、書物に落としていた好奇心を籠めた目をじろりと彼らの方へと向け、ふんふんと一同をひとしきり眺めた所で口を開いた。
「ふんふん、お主らがそこの弟子が連れて来た冒険者達か。ここの研究塔の主をしているマニガス・ヴァンセニックじゃ。こんな所までよく来たもんだといっておくが、さてこの儂に何の用かな?」
◆
老人の自己紹介が終わり、恭兵を始めとした一行も自己紹介を終えた所で、まず口火を切ったのは、魔法使いの老人、マニガス・ヴァンセニックの弟子である実だった。
「はい、師匠。彼らは姉弟子のルミセイラが盗まれた魔導書のページを取り戻してくれた方々でして、加えて神殿が彼らに師匠を紹介するようにということだったので次いでに案内と共に連れて来た次第です」
そう言って、実は白衣の懐から一枚のページを取り出して、マニガスの前に置いた。
受け取ったマニガスは渡されたページを読み。ふんふんと頷いた後に一同を眺めた。
「確かにあやつが盗まれた魔導書の一篇のようじゃな。事前に聞き及んでいた通りの記述であるし間違いは無いだろう。事情はある程度そこの弟子から聞いている。不詳の我が弟子の尻拭いをさせて申し訳なかった。謝礼は後ほどやらかした弟子の方から払わせようて、それで……加えて儂を紹介して欲しいということだが……」
「は、はい。これです」
妙な雰囲気を放つ老人に緊張しつつも、恭兵は司教であるメヌエセスから受け取っていた神殿からの紹介状を手渡した。
マニガスは紹介状を広げて中を改めてふんふんと頷き、字を追う視線が途中まで読み進めた所でその視線が止まった。その後、数秒ほど思案した所で顔を上げて実の方を向く。
「おい、弟子二号よ。この中身の内容は何か視たか?」
「いいえ、何も。そいつの懐にある事を確認した後は特に視ることは無かったです」
「ほおう。あの知りたがりが学んだようだな。以前は好奇心に任せてうっかりと覗いたばっかりに厄介事に巻き込まれたのが随分と懲りているらしいな」
「流石に二度も三度も繰り返しませんよ。世の中には知らない方がいい事もあるということを学びましたから」
「ふむ、とは言え今回はそうもいかないようじゃがな……取り敢えず聞いてないなら一応お前は他の部屋にいっとれ」
「分かりましたよ。それじゃあまた後で」
そう言って、実は壁の本棚を引きずると、そこに隠されていた扉から部屋からでていった。それを確認した所でマニガスは一息ついた所で、都子の方を見る。
「さて、本題に移るとするが……まずこの紹介状に書かれていたのはそこのお嬢ちゃんがかの《災厄の魔導書》を持っているということ、そしてそれを手放せずに困っているが、そもそも本当に持つ者が災厄を引き起こすとされる魔導書であるならば、幾つかの疑問点が現在存在し……そこから対魔十六武騎の一席《聖騎士》はそれが果たして本物か偽物かを儂が視て読み解きその目で判断してほしいということだが……これで合っているかの?」
「ええ、その通りよ。私が持つこの魔導書、どうやっても引き剥がせない呪いの魔導書をどうにか引き剥がすためにも、これが本当は何なのかを調べて欲しいわ」
「ふむ、それじゃあ早速見せて貰おうかの」
「……分かったわ。これがそうよ」
「ふうむ。これがかの……これでも呪いの魔導書という魔導書は幾つも目にしてきた上、この研究塔でも何冊か所有しているが……相変わらず呪いというだけで禍々しくも緻密な輝きを放っているものよ……」
「ええと、禍々しいのか……?」
改めて、呪いの魔導書を見る。相変わらずの黒い表紙に赤い装丁、どこか不気味さがあるものの、殊更危険があるというようには感じとることは恭兵にはできない。
疑問により首を捻る恭兵を見て、口端を歪ませてマニガスは講義を交える。
「こういうものは魔法使い特有の感覚、というよりかは知識と経験から培われる見識の問題じゃな。例え魔法の才があろうとも、見て観察することに長けるものでない限りは事前の知識無くばそうそう見破ることはできん。そも魔導書というものは人に読まれたがる、読ませるものであるからな」
「読ませるための工夫っすか」
「左様。魔導書はその出来の良いもの程、手に取り読ませるためのある種の魔性の気配を備えるとされておるのじゃ、それは本の題名から装丁、厚さやページ数に至るまでの工夫がいる。呪いの魔導書は殊更にの。一目で怪しい魔導書を手に取るのは阿保だけで足りはせん。故に高名な呪いの魔導書ほど一見は普通の本にしか見えず、手に取ったが最後……ということが多い」
「……………」
「と、そのような訳であるので、危険な魔導書はこぞって読ませようと誘うものじゃが……その点で言えば確かに《災厄の魔導書》と呼ばれ、幾度も同じ悲劇を繰り返したとされるに値するほどの色気を持っておる」
「それじゃあ……!」
「まあ、待て、そう急くな。これだけで決まるのであれば態々儂の所まで持ち込む必要などはあるまい。神殿で調べれば十分じゃ。儂にこれが回ってきたということは相応に問題があるという事よ……」
「問題ってことはつまり、都子が未だに災厄をまき散らしていないということに関係があるのか?」
「そうかも知れぬしそうでは無いかも知れぬ。確かに目に見えたものは引き起こされている訳では無いが……目に見えない所で引きおきているかもしれぬ。例としては使えば使う程、病毒をまき散らす魔導書というものがあってな」
「病毒を……って、まさか……!?
「察している通り、魔導書から巻かれた病毒が風に乗り運ばれていき、魔導書の持ち主の行動する範囲外でその被害にあい……村落が三日で五つも病が蔓延し、村人が全滅したという例もある」
「けれど、そういった場合でも何らかの異変が起こるっていうことだろ? 確かにその魔導書の所為であるなんていうことは断定できないんじゃ」
「それをこれから調べるということじゃよ、それじゃあ早速中身を読んでいくとするかのう。例えどんな魔導書でもこの時はどうも期待してしまう」
「ええっと、開いても大丈夫なの? 私他の人に呪いが移るか不安でできるかぎり見せないようにしてきたんだけど……」
「いや、そこまでの問題はないじゃろう。見るだけで悪影響を及ぼすのであれば、お嬢ちゃんが無事である理由は兎も角として……魔法使い以外にも見させる工夫がされているはずじゃ、その線は薄いしの、まず儂しか見んし大丈夫じゃろう」
マニガスの目は期待に満ち溢れており、呪いの魔導書のページが開かれるのを今か今かと待ち望んでいた。
都子も流石に何が起こるか分からないとあっては逡巡したが、このままでは先に進めないのは確かである。覚悟を決めて、頷くとマニガスはそれに応じて魔導書のページを開いた。
「ふうむ、成程……お嬢ちゃん、この魔導書の魔法は幾つ位使えるんだったかの?」
「十個程度よ、それで?」
「ふむ、それは具体的にどこのページに書かれていたのかな?」
「ええと、このページと……このページ、それとこのページに……」
都子はマニガスからの質問に答えて、魔導書のページを開く。マニガスはそれらのページをめくり、見比べるなどを行い。その後も幾つかの指示をして、都子はそれに答えるということが続いた。
そして約二十分が経過し、質問に答えた都子とそれにふんふんと相槌を打っていたマニガスの二人のやり取りが終わった所で質問は終わり、じっくりとページをめくった後、パタリと魔導書を閉じ、笑顔でマニガスはこう言った。
「成程―――この魔導書、どうやら儂には読めんようじゃな???」
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