第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /ミドルフェイズ:いざ、マナリスト神殿へ
何とか更新しました
今回は11000字と長いです……
「さて、取り敢えず、盗賊の引き渡しは終わったし一先ずはエニステラのいう神殿に行きますか」
「そうですね。マナリスト神殿は都市の北東にあります。私達が今いるのが南門ですので……少々歩くことになりますね」
「ならさっそく行こうじゃないか。神殿に行くにはこのまま北東通りに行くよりいったん東の大通りにでた方が早いぞ」
「おいおい、待て待て」
白衣の少年、真辺実が先導するように都市の中央部へと続く道へと歩みだした所で、恭兵が待ったを掛けた。
中立魔導保全都市マナリストの四つの玄関口、その一つである南門から少し離れた市場の手前にて荷物の破損等もなく無事に依頼主に送り届けて護衛の依頼を完了させ、その間に都市の住人であるために魔法騎士団に口の利く実が事前に呼んでいたおかげでスムーズに盗賊の頭の引き渡しが終わった。
盗賊の頭は佐助によりその意識を深いところまで沈められていたため、馬車から地面まで引きずり倒しても起きず、全身を呪文が刻まれた鎧で固めた四人ほどの騎士たちが両脇に抱えて連行していった時でさえ身じろぎすらせず、完全に意識は無かった。佐助は事情を聞いていた騎士に"明日の昼まで起きないっす"と言っていたのが地味に怖かったが気にしないことにする。
兎も角、これで諸々の用事は終わったのでこれからエニステラの提案通りにマナリストの神殿へと向かう所であったのだが……
「お前ついてくるのかよ」
「何を言う。付いて行くのではない、案内するんだ。むしろついてくるのはお前たちだぞ?」
「妙に偉そうなのは、この際だから個性として横に置いておいてやるけど……なんで態々俺達の案内なんか買ってでようとしてんだ?」
「何気にするな。先ほども言っただろう、お前達がゴーレムを倒してくれなければ相当面倒なことになっていたに違い無いからな。その礼の一つとでも考えてもらえればいい。本当なら事情を説明するために俺が所属している研究塔まで来てもらいたい所ではあるのだが……そちらには急ぎの用事があるようだからな。加えて、そこの志穂梨も神殿まで送っていくのもあるからな。気にするな」
「いや、気にするなって言うけれどよ」
恭兵は振り返り、都子と佐助、エニステラの様子を伺う。
問題はこちらの事情を、正確には都子の事情を知られてしまうのはないのかということであり、自分の一存で決めることは恭兵には難しかった。なので、三人に助けと意見を求めた。
都子は二人が同行することに僅かに顔を顰めたが、ここで騒ぎたてる様子は無い。佐助は僅かに肩を竦めるだけであり、エニステラも特に気にした様子は無く選択権を恭兵に委ねていた。
どうやら、同行を断るかどうかの判断は三人とも恭兵に任せる気でいるようであった。
「え、ええと、そのご迷惑でしたら私一人でも帰れますから……」
「いや、別にそういう訳じゃなくてだな」
おずおずと一人帰ろうとする野々宮志穂梨に待ったを掛ける恭兵、どうにも元の世界からこういった女子の扱いや、纏め役のようなことをやってこなかったことのツケが来ているのか、慣れないことをしなければいけない機会が増えているような気がする。これも、世界と本気で向き合うようになってきた弊害なのかと恭兵はぼやくように考える。
(姉ちゃんで慣れてるから都子とかはやりやすいんだけどな……)
ともあれ、判断は恭兵に託された訳であり、恭兵自身としてもエニステラがこの都市の簡単な道程度は覚えているだろうことから断っても問題なく、また、都子の魔導書の問題も広がらないことに越したことは無いだろうという考えがある。
だが、二人は数少ない"迷人"であり、同じ日本という故郷を持つ者同士であることに変わりあない。そんな彼らを必要以上に無下に扱うこともどうかと思うし、それに加えて恭兵の師匠も色々なコネ……知り合いはいるにこしたことは無いと言っていた。
ならば、と恭兵の答えは決まった。
「分かったよ。それじゃあ、案内頼む」
「了解、了解。それじゃあ、さっそく行こうか」
そう言って、再び都市の中央へと歩きだした実の後を恭兵達一行は続いた。
◆
時間は丁度正午を回っており、太陽が天高く輝いている。
都市を走る蜘蛛の巣状の舗装された道とそれによって分けられた区画それぞれに必ずとあっていいほどに塔がそびえ立つ。それも一つや二つではなく、その位置も高さも不規則に乱立されているそれらは降り注ぐ日差しをことごとく遮っていた。
一行は中央通りに差し掛かり、そのまま都市の北東に伸びる道を行き交う人々と道に沿って開かれている屋台などに目を移しつつ先を進んでいた。
「今は昼食時だからな、屋台などで腹を満たす連中が出てくる頃合いだな。こぞって、塔に引きこもっている魔法使い共がそこら中からわらわらと溢れるぞ」
「お弁当とか作ってきたりとかはしないの?」
「する奴もいるだろうが……少数派だな。その時間があれば魔法の研究や習熟訓練に当てるものが多い。とは言え、錬金術などをやってる輩などは師匠から料理を課題に出される者もいるし、毎度のこと屋台で済ますことができない程生活に困窮しているものなどは弁当を持ち込んだり、昼食は口にしないものもいる」
「ふーん。何かそういうの聞くと結構文化的と思っちゃうわね、どこかで聞いたような話だわ」
「とは言え、これはマナリストが魔導都市であるからこそと言った方がいいのか……魔法による食品の保存が可能だからな。肉を香辛料で干したり、野菜を瓶漬けにするといったものが保存として主流であるが、ここはそういたものは他の町などと比べても少ないだろうな。先ほどの市場やそこに食料を卸す商人にここの魔法使いが雇われて小遣い稼ぎをしているというのはよく見る光景だ」
「保存が効くようにするって言うと……冷凍とかにするのか?」
「ああ、ポピュラーなやり方だな。ただ、ずっと冷凍し続ける訳にはいかないからその点は効率的では無いとかで、腕が悪い奴だと野菜とかを痛めてしまうことがある。そうなったら、魔法を掛けた奴がダメにした分を罰金として払うことになっていたりしてな。そんな事があるから他の方法を取る奴らもいたりしてな、より保存しやすい魔法を研究して作ろうとしている奴らもいる位だ」
「いやあ、魔導都市と言う程はある面白さっすね。実っちは食料を保存する魔法使えるんすか?」
そんなことを言う佐助の手には何時の間にかサンドイッチが握られており、丁寧に全員分、五つを配りつつ話を聞いていた。
「少しはな。本職、主にそれで金を稼いでいる奴らとは比べ物にはならないが一時期店に通っては魔法を試していた。あの時期の昼食は大体が失敗した奴で作った炒めものでな……腹壊して何回か志穂梨の世話になったものだ」
「毎度律儀に処理してたって訳かよ……アンタも大変だな」
「い、いえ! 私も神聖魔法での治療とかの練習にもなりますし……それに実君が魔法の特訓とか研究とかしているとこういうことばっかりで……もう慣れちゃいました」
「ものすごく迷惑掛けてるみたいじゃない?」
「ま、まあ、その分は神聖魔法の練習台に付き合ってやっているし、最近は自前で薬草から傷薬を安定してつくれるようになってきたからな。よっぽどの怪我でもしない限りは世話にはなっていない」
「ふふふ」
歩きながら、実の都市案内と豆知識のようなものを聞きながら進む恭兵達をみてかエニステラから笑みがこぼれた。慌てて口を押える様子から思わず漏れ出てしまったといった所であろうが、彼女もそれなりにこの行程を楽しんでいるようであった。
「あ、も、申し訳ありません。エニステラ様の前で、その、何かお気に障ることを……?」
「ふふ、いえ、大丈夫ですよ。あまり街並みをみながら誰かと並んで歩くことはあまり無かったものですから、新鮮で、つい笑ってしましました。紛らわしかったでしょうか?」
「そ、そうでしたか! あの、喜んでもらえたら、う、嬉しいです」
「えっと、エニステラは何回かマナリストに来たことがあるとか言ってたけど……」
「今回で四回目になりますね。私も来るのは久しぶりで、もう二年程立ち寄っていませんでした。我ながら忙しかったと言いますか、ここには神殿がありますから、途中の補給や休憩等が無ければ殊更立ち寄る必要もありませんでしたから」
「……本当にずっと大陸中を駆け回ってたのね。文字通り」
「そう、ですね。それ以外はずっと休息か鍛錬かのどちらかでしたから……この街並み自体の記憶はあっても、思いでとなるものは多くはありませんから」
「ま、まあ仕方ないんじゃないか? 二年も経てばマナリストの"生長外壁"も大きくなって広がるし、それぞれの研究塔も大きくなったり、数が減ったり、増えたりするからな。ここの外観は結構様変わりするから……そんなきにする必要は無いんじゃあないか?」
「お前……それフォローになってんのか?」
「ぬぐぐぐ……」
「何やってんだか」
呆れる都子だったが、エニステラはそのやり取りを見て微笑んでおり、取り敢えずはしんみりとした空気を変えることには一応成功していた。
初対面である二人の、と言うよりも白衣の方が多くを占めるが、案内が上手いせいなのか都子の方も珍しく町網をゆっくりと見ることができていた。今までは、追手が何時来てもいいようにと警戒を切らさず、常に切羽詰まってろくに街並みを見た覚えはなかった。
目的地までの限られた時間でしかないが、ゆっくりとこの世界の様子を見ることができている。ここが、魔導都市であるからなのかもしれないが、都子の目を引く物も多かった。
(まあ、これは多分、旅行先で見た景色が素晴らしいとかそういうものよね。まあ、これまではそれを感じたり考えたりする暇も無かったってことなんでしょうけど)
そう、だからあまり気にしないでもいいか。とそんなことを都子は考えながら案内を続ける実の後をいく。
その後も、どこの屋台で昼食を取るのがいいか、金欠の魔法使いとかは街灯に魔法で明かりを灯す仕事で鍛錬を積みながら日々を凌いでいるといったことを実が話しながら進んでいくと、段々、そびえ立つ塔の数が少なくなっていった。
「さて、マナリストではその多くの魔法使いが魔法を学ぶべく優れた魔法使いへと弟子入りをする。中には弟子を一人しかとらないとか言う者もいるが、大抵は複数人もの弟子を抱えて自前の塔を立ててそこで魔法を教えたり研究を行う。これが俗に言う"研究塔"だな。だが、そのマナリストにおいてここからの北東部に関しては少々事情が異なる。何故なら――――」
「何故なら、北東部は神聖大陸を守護されている至高の神々を信仰する神官が治めることになっているからです。マナリストは他の魔導都市とは違い、聖域に近く、またその役割から大陸中の知識が集まる場所でもあるのです。その中には神々にまつわるものも多く、それらを保全、管理するために神殿が設けられ、以後北東部はマナリスト神殿が治めることになっています」
「あ、ちょっと、お前人の説明を横取りすん―――」
「勿論、ほかの魔法使いの方々と同じように知識の探求に余念はありません。知識神を信仰なされている方々を中心としてこの神聖大陸の成り立ちや歴史を研究して纏めて後世に残すといったことを行っているのです」
「お前がその気なら、俺も割り込むぞ……! とは言えだ。その歴史の研究も難航しているようでな、何でも聖魔暦元年、魔大陸から神聖大陸へと魔軍が侵攻してくる以前の記録がほとんど残っていないらしい。俺達風に分かりやすく言えば、紀元前より前の出来事がまるで分からないということになっている」
「えーと、突然に人類が生まれたとかそういう訳じゃないんすかね?」
「ああ、聖魔暦前にも以後と同程度の文明の生活跡は残されているが……その時の人類を纏めていた社会体系だとか文化の発展に貢献したはずの個人だのの記録がまるで残っていないらしい」
「そうなんです。千年を超えて生きるとされる長命種であるエルフも、八百歳以上のものは居らず、いたとしても、元々森の奥で孤立した村社会を作り上げられている彼らはそう滅多に出てくることはないと言います。比較的若い者は冒険者になったりするのでいないこともないのですが……きまって、そんな昔のことは知らないし聞かされていないということらしいのです」
志穂梨が手に汗を握るように熱弁していることからも、彼女もこの世界の歴史について勉強しているのだろう。先ほどまではほとんど実任せであった案内に入り交ざる解説にも積極的に割り込んできていた。
「神様とかは教えてくれないの?」
「ミヤコ、神々とはそう簡単にお会いできる存在ではないのです。祈りを捧げそれに応えてもらうことや、時折、託宣をもたらすことはありますが、それでも直接は話し合うといったことは我々のような神に仕えるものであってもなく、僅かにその御意志を示される程度で、過度な干渉を行わないようにしているのです」
「それに、聞いた話では――っと、どうやら目的地まで辿り着いたようだ」
「じゃあ、ここが神殿か」
「ええ、魔導都市唯一の神殿、マナリスト神殿です」
実とエニステラが指し示す建物へと恭兵は目を向けるとその視界には唐突に荘厳な雰囲気の建物が飛び込んできた。白い大理石でできた幾つもの太く大きな柱と建物へと続く同じく大理石でできた階段からなる特徴的な外観は成程、そこが神を祀る神殿であると思わせる力が秘められていると恭兵は直感的に感じた。
しかし、その外観と作りはどうも何処かで見覚えがあり、隣を見ると都子も首を捻っていた。
「えっと、これ確かギリシャの……」
「パルテノン神殿だろう? 確かに似ているが、意匠は違うし、祀られている神も違うからまあ、別物だ。大理石のように思えるのは……まあここら辺の解説はまた機会ということで」
「……まあ、ここで話すことじゃあないわね」
「大丈夫ですか? ではいきましょうか」
神殿にはどうも既視感を感じるものがあったが、それに一々疑問を言うにはいささか場所が悪い、周囲には出入りする信者なども多く、その上同行者には神に使える身であるのが二人もいる。態々彼らに迷惑を掛ける必要も無い。面倒は起こさないに越したことはないと自分を納得させるように都子は考えて、彼女の様子に首を少し傾げて階段を上り先へと向かうエニステラの後を続くようにして駆け上がった。
◆
「こんにちは、ようこそマナリスト神殿へ、と、あらシホリじゃない。ミノルが一緒なのは珍しくは無いけれど、後ろの方々は? 依頼とかで一緒になった冒険者の方かし、ら―――」
「あ、えっと、ミッシェラさん。そのそうとも言えるんですけど、こちらの方々は―――」
「せ、《聖騎士》、エニステラ様!? 確か、重要な任務で都市国家同盟の辺りにいるとかだったのでは!? 今、ここには何を?」
「お久しぶりですね、ミッシェラ。その任務の事でこちらに報告とそしてマナリストに紹介してほしい人物がおりまして、その方にご紹介できないかとメヌエセス司教に御願いしにやってきたのです」
受付、というか神殿に受付があるかどうかは恭兵には分からなかったが取り敢えずは受付と思わしき場所に座っている志穂梨と同じ格好をしている女性に志穂梨が取り次いでから、案の定の反応が返ってきた。
どうも、予めエニステラが来るということは知らせていなかったようであり、行き交う人々というか入り口当たりにいる所為か彼女を遠目から見る者がちらほらと出始めていた。そう言えば、入り口で守衛をしていた二人、恐らくは聖騎士である男たちも一目見てから通してもらえたが、完全に絶句してエニステラを二度見していた。
「え、ええと、それではご用件は司教への取り次ぎということでよろしいでしょうか? 報告などは報告書があればこちらで預かりますが……」
「申し訳ありません――可及的速やかにきたものですからまだ報告書などはできていませんので、取り敢えずここで書かせて頂ければと」
「分かりました。ですが、司教は今お客様がお見えになられていまして、もう少しお待ちいただけると……」
「その必要は無いよ」
段々、一目エニステラを見ようと集まる人だかりが割れ、そこから錫杖をつきながら前へとでてきたのは初老の女性であった。周囲の女性の神官の恰好とは異なり、一目で位が高そうだなという印象を与えることができる恰好である。一言ながらもハキハキとした喋り方は、自分に向けられたものでないと分かっていながらも思わず背筋が伸びてしまうものだった。
「久しぶりだねえ、《聖騎士》殿? ご活躍は存分に聞き及んでるよ」
「はい、お久しぶりです。メヌエセス様、御変わりが無いようで、なによりです」
「まあ、大陸中を駆け回っているアンタとは違ってこっちは椅子に踏ん反り返っているだけでいいからね。体固まって凝っちまう以外はそう危険はないさ。で? こんな所で何やってんだい? 確か同盟のあたりまで探しものをしてるんじゃなかったのかい?」
初老の司教の女性、メヌエセスの視線が一瞬エニステラの下半身へと向いたと思ったが、直ぐにその視線はエニステラと目を合わせる。エニステラはそれに動じる様子は無かったが、恭兵と都子は少し苦手意識を覚え、佐助の方は特に反応は無く、人だかりの中心にいるにも関わらず、いつものような自然体だった。
「はい、私はその任務のために同盟へと向かったのですが、その入り口の町であるマージナルで少々異変を察知しまして」
「ああ、あの町かい。知り合いが近くにいるから良く知ってるよ、それで? どんなトラブルが?」
「はい、そこでは何と死霊術士が暗躍していまして……」
「ははん、それを放っておけなくてアンタが退治しようとしたって訳かい」
「はい、ですが調べてみた上でその死霊術士は、そのリッチでして……」
「……まあ、アンタのことだ。リッチに挑むのは五度や六度のことじゃあないことは聞き及んでいるさ」
「それで、その時――」
「あ、あー、それで一緒に戦ったのが俺達っていう訳なんですよ」
段々歯切れが悪くなるエニステラの様子から思わず会話に割って入ってしまった恭兵、流石に人が多い中で一度彼女が敗北しただなんて言おうものなら大混乱間違い無しである。彼女としては正直に話そうと思っていたのだろうが、多少自分がやっかみを受けたとしてもここで大騒ぎになると、都子の件もこじれてしまう可能性もあった。
そして、司教のメヌエセスの目が恭兵を射抜く。
同時に恭兵の背筋は伸びる。この感覚はまさしく、先生に注意を受けている時の生徒のようであった。
そうしてひとしきり恭兵達を品定めするように見た後、ふんふんと頷き、メヌエセスは踵を返してこう言った。
「まあいいさ。そういう事にしておいてやろう。それじゃあ付いてきな、アンタ達、応接間は一応あるからね。ここで詳しい話を聞くのも落ち着かないだろうからね。その様子だとここにきて一息吐く暇もなく来たんだろう? 茶の一つ位はだすよ」
◆
「ハッハッハァ! 久しいなぁ! エニステラ嬢よ!」
連れてこられた応接間には先客がいた。金属の鎧で覆われた筋肉の塊の大男だ。そして、その印象に違わず大きな声と元気の良さは、決して狭くは無い応接間を少々狭く感じさせていた。
「ヘンフリート様! お久しぶりです! まさか訪れているお客人が貴方様だなんて」
「全くうるさいったらありゃしないよ。ここは敬虔な聖職者が祈る神殿だよ? もう少し配慮したらどうだい?」
「む? そうだったでであるかな? それならば済まないことをした」
「分かればいいんだよ」
金属鎧に身を包んだ大男、ヘンフリートと呼ばれた男の顔を見て顔を綻ばせるエニステラ、どうやら彼女の知古であるようであった。メヌエセスはヘンフリートの大声に辟易としながらも、取り敢えずのこのことついてきた恭兵達を部屋に入るように促す。
「聞いていたとは思うけど、さっきまでそこの鉄塊男の相手をしててね。本来なら待ってもらうんだが……どうせこの男に聞かれても大した事にはならんしね、同席させてやってくれ」
「うむ。吾輩はヘンフリート=ヴァシュケン。しがない聖騎士として各地を回っている者であるな」
「ヘンフリート殿は私の先達とも言える方でして、今より未熟な頃には稽古を付けてもらった事もあるお方です」
「しがないとはよく言うもんだ。どっかの神殿に腰を落ち着ければ司教は間違いないし、一時期はお前さんを大司教にしようって動きもあったくらいなにのねぇ」
「なんの、この吾輩、まだまだ現役であるゆえ、体が動く内にそう言った地位などに興味は無いであるな。とは言え、目標は生涯現役であるので、当分はその予定はないのであるが」
「と、まあ。功績に反して色々と駆けまわってる奴なんだ。性格もまあ真面目と言えば真面目かね。口は堅いから信用はしていいさ」
「そうですね。先ほどは、確かに問題がありましたが、ヘンフリート様なら大丈夫でしょう」
「ま、まあそれなら、エニステラも信頼してるみたいだし……」
警戒しつつも都子はヘンフリートが同席することを承知し、その様子を見たメヌエセスとヘンフリートは意外そうな顔をした。
「おや、《聖騎士》様は単独行動を本当に辞めたのかい? てっきり成り行きで巻き込まれた冒険者を律儀に連れて来たもんだと思ったんだけどねぇ」
「はい……そうですね。あれは一重に私の弱さからくる……無謀なものでした。《対魔十六武騎》としては無責任な行動であったと、今にして思います」
「そうかい? まあ、私なんかじゃあ、《聖騎士》の頂点に立つアンタが勝ち続けて、それで結果がでていたんなら文句の一つも言う資格は無いからね。ましてや現場にでてモンスターやらと戦わなくなって随分と久しいしねぇ」
「そうであるな。確かに貴殿の単独行動を止めて欲しいと嘆願する者もいたが……かくいう吾輩も最近は一人で渡り歩いているので人のことも言えなくてなぁ。そこまで気負う必要も無いとは思うが……ともあれ、共に戦うということは決して悪いものでは無いということを知って、いや思い出したというところであるなら、幸いであったというものである」
二人はどこか感慨深そうに言い。エニステラも二人の反応を受けてどこかほっとして胸を撫で下ろしていた。自分の心境の変化を知人に受け入れてもらえた事に安心したのだろう。その様子を見て恭兵もどこか安心してしまった。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。ここのマナリスト神殿を纏めている司教のメヌエセス=マナリストさ。ほら、何時までも突っ立ってないで三人とも掛けな。改めて、事情を聞こうじゃないか」
三人は、顔を見合わせた後、過剰に警戒する必要も無いだろうということで、取り敢えずは話を先に進めるべく席につく事にした。
それからは、三人の自己紹介の後、エニステラとの会った辺りから話した。パオブゥー村で瀕死のエニステラを拾った事、そこから、マージナルでの被害を減らし安全に行くためということで、リッチ討伐に廃坑に赴いたこと、そこにはリッチだけでなく、リッチをその手で操っていた異形が居た事、何とか四人で協力して異形は倒したがどこかへと逃げられてしまったこと、そして、都子がエニステラが探していたかつて幾度も災厄を招いたとされ鵜魔導書の持ち主であるということを。
「ふうん、成程ねぇ。そこの《聖騎士》様が怪我を負おうが、強敵と出くわそうが任務を果たさずにただ帰ってくるのも珍しいと思いきや、持ち主と一緒に来るとはね、それも全員"迷人"ときた」
「ふーむ。今のところは、大丈夫だろうと判断した結果であると思うであるが……貴殿、ミヤコと言ったか、その魔導書で使える魔法は幾つ位なのだ?」
「えっと……十個位かしら、正直あまり使いたくなかったから必要だと思った所を読んで覚えて使うみたいな感じだけど……」
「成程、少ないであるな……確かに危険性は少ないとエニステラ嬢が判断するのも無理はないである」
「話によると、魔導書によって扱うことができる魔法は千を超えるって言うしねぇ。それに選んでいる魔法も……使い方次第ではあるんだろうが、災厄を招くというには物足りないねぇ」
「まあ、そうだよな……」
都子が扱う魔法を幾つか思い出してみても、確かに災厄を招くというにはいまいちピンと来ないものばかりであり、むしろ超能力の《発火能力》の方が災厄を招きそうであった。
エニステラが都子の魔導書が本物かどうか疑うのも仕方ない。
「しかし、確かに調べた方が良さそうではあるね。そのお嬢ちゃんが現状、怪しいのは確かだ。偽物ならそれまでで済ませるしね。それで? 調べられる奴を紹介して欲しいと、それはいいけど、悪いけど条件があるよ」
「条件? もしかして、見張りを付けるって話じゃ」
「まあ、それに近いね」
「ですが、私が付いています。それでは満足しては頂けないでしょうか?」
「足」
「う」
メヌエセスの一言でエニステラは窮地に追い込まれた。話の中では上手く誤魔化そうとしていたが、彼女には通用しなかったようである。
「万全じゃない奴に危険な危険な災厄の魔導書を持った奴の見張りが務めさせると、私の責任問題にもなるんだ。いい機会だから、当分はがたが来てる体のあちこちをここで治すんだね。それが終わったら、存分にそこの三人の見張りをしな」
「うぐ……で、ですが私の代わりは誰が……」
「ああうん、そこにいるだろう色々な問題も含めて代わりを務められるのが」
「ふむ、吾輩であるか」
そう言ってメヌエセスが顎をしゃくって、その体からとは似つかわしくない華麗な所作で以てお茶を飲んでいるヘンフリートを指した。
「で、ですが、ヘンフリート様にそのような」
「構わぬであるよ。そのような事情であり《聖騎士》の代行とは名誉であるし、療養中の間ならば喜んで承ろう」
「さ、三人はそれで大丈夫なのですか?」
ヘンフリートが快く受け入れた所でこちらへと助けを求める視線を投げかけてきた。
三人は顔を合わせ、お互いの意志が同じであることを確認し、取り敢えず代表として都子がそれを示す。
エニステラはぱあと顔を明るくする。希望に満ちた表情だ。
「エニステラ……貴方疲れてるのよ。私達も何時までも貴方に助けて貰ってばかりじゃだめだと思うの。だから、しっかり治るまでゆっくりしててね?」
「そ、そんな私達は仲間じゃあ……!」
「ええ、だから――毎日お見舞いに来るわね?」
エニステラは項垂れた。絶望に満ちた顔だった。
「いや、どんだけ見張りしたかったんだよ……」
「昔から、任務、任務、任務と任務漬けで、怪我しても動けなくなるまで任務に行き続けていたであるからなあ。《聖騎士》最強なので面と向かって言えるものは少ないので、習慣かしてしまったのであろう。これは止められなかった吾輩にも責任があるのであるな」
「あーワーカーホリックすねこれ……」
とは言え、項垂れたまま、都子に肩をポンポンと叩かれながらもそれ以上は不服を言わない様子を見ると、取り敢えず、納得はいっているらしい。
「ま、いい薬だよ。こっちも結構振り回されてんだ。これくらいは我慢してもらわないとねぇ?」
クックックと笑いながら、メヌエセスはいつの間にかテーブルの上で羊皮紙に書いていた。妙に邪悪そうに笑う様子を見ていると、あんな事を言いつつもエニステラの単独行動には頭を悩ませていたのだろう。
「さ、これを持って行きな。取り敢えずの紹介状だ。見せりゃあ取り敢えずは見てもらえんだろ」
「あ、ありがとうございます。でも、いきなり行っても大丈夫なのかしら……?」
「ん? まあ大丈夫だろう、そこの鉄筋肉以外にももう一人ついていかせれば、門前払いは喰らわなだろうさ」
妙に確信めいて断言するメヌエセスは不安を隠せない都子に対して笑っていった。
「紹介する奴の名はマニガス・ヴァンセニック、一時期は《対魔十六武騎》に席をおいていた爺さんでな、魔法の知識に関しちゃここじゃあ一番だ。そして、さっきお前たちと一緒にきていた魔法使いの坊主の師匠さ」
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