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Psychic×strangers   作者: さがっさ
26/71

第二話 中立魔導保全都市、迎撃戦 /オープニングフェイズ2: 脇は盗賊、前には人形、その後ろには突風

何とか間に合いました。

12000文字を越えたので少々長いです

「アイツ等、どこ行ったのよ」



 森の中を行く商隊の内の馬車の一つで揺られながら眠気を取り除こうとしていた都子は馬車が突然止まったことを感じ取った。

 もう目的地まで着いたのだろうかと外の様子を見に行くために腰を上げた所で、彼女の隣を風が突き抜けた。その風は馬車の中で巻き起こり、外からの光を反射することで金色の閃光となって馬車の外へと飛び出した。

 エニステラが異常を察知して飛び出したということを都子は直感的に感じ取り、黒いローブを手に取って、首筋の包帯を確かめてから彼女に続き馬車の外へと出た。

 外では護衛の冒険者たちが馬車単位で集まって相談を行っており、それらを終えた者達は、進行方向の左手側を警戒するように構えていた。

 襲撃が起きたのだろうか、と都子は考えた所で見知った顔が見当たらないことに気づいた。



「どうやら、盗賊がこちらへ向かってきているようですが……キョウヘイとサスケはどこに……」

「エニステラ。貴方の方でも、見つからなかった?」

「ええ。二人とも商隊の周辺にはいません……!」

「へいへい、そこのお二人」



 仲間の男二人の姿を探す二人に声を掛けて来たのは隣の馬車の護衛を受け持っている都子の数少ない顔見知りの冒険者である二人組の冒険者の片割れ、ガーファックルであった。

 


「あの二人なら、盗賊共の方に突っ込んでいったぜ」

「はあ!? 私達に何の相談も無く!? 全然、反省していないじゃない!」

「なら、私が二人の後を追って迎撃に加わります……!」

「おいおい、待てって《聖騎士》様」


 

 これから戦闘が起こるという時でも余裕を崩すことのないガーファックルから、今にも木々の方へと向かおうとしているエニステラへと静止を掛ける。

 言葉を受けて、踏み込んだ足を止めたエニステラは静止をかけたガーファックルへと視線を向ける。



「何か理由でも?」

「この馬車の護衛はアンタ達だろう? そりゃ、持ち場を離れたあの二人も悪いがよ、護衛の依頼は一馬車に付き一党が付くってことだった筈だ。その責任を果たそうとしないのはどうかと思うがね」

「………確かにおっしゃる通りです。ですが、彼らは……!」

「飛びこんでいったアイツ等の責任だろう。仲間だから心配する気持ちは分かるが……勝手に飛び出していったのはアイツ等だぜ? 文句はアイツ等にも言って欲しいなぁ」



 そう語るガーファックルに対して、都子は厳しい視線を向けていた。

 以前会った時もそうであったが、その男が語るのは一般的な冒険者の価値観であるのだろうと思う。そして、それがこの世界で一通りにまかり通る道理であることであることは彼女にも理解できるし理解したが、それでも人が死ぬかもしれないことに対して特に何も思っていないというような態度はどうにも気に食わなかった。



「そうですか……分かりました。私達はここでこの馬車の守りにはいりましょう」

「いいの?! エニステラ!」

「ええ、彼の言う通り、護衛の依頼を受け、だからこそマナリストまで便乗できているのです。ここで馬車の護衛を放棄することはできません」

「でも、アイツ等は……!」

「斥候をしていた筈のサスケが向かったということは、襲撃を報告したのも彼なのでしょう。ならば、賊に対する情報を踏まえて向かったはずです。キョウヘイも無闇に攻め込むような人物ではありませんから……二人は何かしらの目的と勝算を持って向かったはずです。これ以上の心配はいらないでしょう」

「それは、そうだけど……」


 

 エニステラの指摘に都子は理解を示すものの、どうしても納得ができなかった。それでも代案を思いつくことも無く、渋々彼女の指示に従うべくエニステラの後ろへと立ち、馬車を守る体勢を整えた所で、道の向こう側、木々の方向から地響きと共に何かが衝突した音が商隊のいる位置まで轟いた。



「――ッッ」



 都子はその場で何もできない自分が歯がゆかった。

 既にあの場では恭兵と佐助が盗賊を相手に大立ち回りをしているのだろう。元の世界では当然、争いとは無縁無関心であった都子には、この世界における経験を足したとしても、何がどうなるかなど分かる訳も無い。相手が何人だから勝てそうだとか、負けそうだとか、そんなことを気にしなければいけない時が来るなんて思いもしなかったから、今もどうなるかなんて分からない不安にどうしようもなく襲われてしまっていた。


 どうか無事に戻ってきて欲しいと願うことしかできない無力感はどうしようもなく都子を苛んでいた。


 地響きと怒号が段々とこちらへと近づいてくるのが分かる。その中には人が放つ悲鳴のようなものも含まれていた。



(何度聞いても慣れないわね……!)



 苦痛がここまで届いてきていた。そしてそれらはこちらへと近づいてきており、木々が作る暗闇の向こうからうごめく影が僅かに見えた。

 迎撃に向かった恭兵達への心配をよそに迫る盗賊たちからの襲撃に備えて、都子が手を掲げた所で、前方の木々が纏めて横薙ぎにされるように折られた。



「キョウヘイ!?」

「エニステラか! ちょっと下がってくれ!」



 薙ぎ倒された木々の間から飛び出したのは盗賊たちの迎撃に向かったはずの恭兵であった。既に戦闘に入ったと思われたが、どうやら戻ってきたようだ。



「報告を! どうやら予想外の事態のようですが」

「ああ、佐助が魔法に対する索敵が鈍いのを忘れててさあ!」



 恭兵はエニステラの問に答えると同時に薙ぎ倒された木々を既に抜きはらった赤き大剣でもって、てこの原理を利用し宙へと浮かした後に器用に大剣をこん棒のように振るって自身が来た木々の奥へと打ち込んだ。

 それらの曲芸を器用にこなして四本程打ち込んだ所で、木々の暗闇の向こうで何かが激突した音が響いた。同紙に先ほどまで近づいてきていた地鳴りが一瞬静止したが、その音源は再びこちらへと近づいてきた。

 

 

「ちょっと! 盗賊じゃなかったの? 何かのモンスターとか!?」

「あれはもしや……」



 盗賊の群れとは思えない異常を他の冒険者たちも感じ取ったのか予想外の事態にその身を引き締める。誰かが唾を呑み込んだ音が静まりかえった空間に響き周囲の緊張が伝わった。

 そして、一瞬の静寂の後、そびえる木々をなぎ倒し、葉をまき散らしながら遂に現れたのは一つ一つが大の大人が抱えきれない程の大きさの岩が積み重なってできているそれは辛うじて人型を保っていた。



「ゴーレム、か……!?」

「何だよ!? どうしてこんな森の中にゴーレムなんか!!」

「マナリストの魔法使いが魔法実験かなんかしてたんだろ! ほら、注意しとけよ、盗賊共も来やがったぞ!!」


 

 周囲に目を向けると積み上げられた岩からなる人形、ゴーレムを避けるように木々を抜けて幾つかの人影が顔を出した。その身なりはすでに使い古された皮鎧や傷が刻まれた胸当てに中には鎖帷子のみを身に着けた者もいた。手に持つ武器は森の中でも取りまわしができるように短剣から曲剣などがみられる。いずれの装備も泥や土にまみれてろくに手入れされていないのが分かる。まさしく佐助が見つけた盗賊たちだ。



「ひゃあっはっはっはっはぁ!!」

「今だ今だ今だ!! いけいけ、襲え襲え襲えぇ!」

「あの岩野郎に巻き込まれるなよぉ!!」



 ゴーレムを気にすることなく立ち並ぶ商隊目掛けて散らばり襲いかかってくる。木々の間からも次々と後続の盗賊達が飛び出してはそれぞれの馬車へと向かってくる。



「ようし、俺はこの馬車を、お」

「ふっ」



 都子達が担当している馬車に飛び込んできた盗賊に、エニステラはハルバードの石突きを打ち込み、胸当てを砕きながら突き飛ばした。吹き飛んだ盗賊は木の幹に衝突して崩れ落ちた。当分はその意識は目覚めることはないだろう。



「やべえ女がいるぞ! 真ん中の馬車は避けろ!」

「他行け、他ァ!」



 エニステラの一撃に恐れをなした盗賊達は都子達が守る馬車を避けて他の馬車へと狙いを定めて群がり始める。

 


「ここで引けば命を取ることはありません。潔く諦めなさい!!」

「はッ俺たちにも後はねえんだ。ここで引けるかよォ!」

「罪を裁く役目にあらずとも、この身は聖騎士の端くれ、悪行を許すことなどありません!!」

「《聖騎士》様、待ったぁ!」



 エニステラが声をあげて他の馬車へと襲撃をかける盗賊たちへ突撃を仕掛けようとするのを制したのは隣の馬車を守るガーファックルだった。

 盗賊の曲刀を左手の盾で受け止め、右手にもつ剣で横から叩き折り、姿勢が崩れた所を蹴飛ばしていた。



「さっきも言ったけど、馬車を担当しているにはアンタ達だ。あいつらだって馬鹿じゃあない。後衛の魔法使いを置いて突っ込んでいけば、その隙を狙われるぞ!」

「ならば、その隙も無く倒し続ければ、ッッ!」



 問答を行っているエニステラとガーファックルの元へと岩の連なりが落ちてきた。ゴーレムの一撃である。

 ガーファックルは盾で受けながら衝撃を反らすように後ろへと飛んで躱し、エニステラはその場で身を翻して躱すと共に、岩と岩の接合部へとハルバードを振り下ろし、連なりを断ち切った。

 そのまま、ゴーレムの腕へと着地して駆け上がりながらその胴体部目掛けてハルバードの切っ先を向けた。



「《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が矛先に汝の権能を授け、魔を打ち抜きたまえ》! 《神雷の槍(レイジ・ランス)》ッ!」



 迸る雷がハルバードの切っ先から発射され、ゴーレムの胴体部と思われる部分の岩を貫通した。衝撃を受けたゴーレムはひっくり返った。地面へとその背が叩きつけられて、一帯の地面が揺れた。エニステラは身に纏う鎧の重さを感じさせない動きで着地し、油断せずにハルバードをゴーレムへと向ける。


「まだだ、エニステラ!! そいつ再生するぞ!」


 恭兵は倒れ込むゴーレムへに叩きつけるように腕を振り降ろす。彼の超能力である《念動力(サイコキネシス)》が腕の動きに追随するように打ち込まれた。

 轟音が響き、ゴーレムの体を構築している岩が砕け、岩と岩の連なりはそれぞれをつないでいた糸が切れたようにバラバラとなった。


 しかし、それも一瞬のこと、岩と岩は再び繋がり人型を形成していく。



「《念動圧砕》!!」


 恭兵は人型を取り始めたゴーレムを上から圧し潰すように《念動力》を発動させ、身動きを封じる。

 地面に縫い付けられたゴーレムの体は再び個別の岩へと別れた。



「もらっ」

「はあっ!!」



 恭兵の注意がゴーレムへと逸れた所を背後から盗賊が襲うが、エニステラが間に入り短剣の一撃をハルバードで受け止め、そのまま前蹴りでの一蹴で鎧ごと砕いて吹き飛ばす。



「すまん!」

「お互い様ですから、それよりも……!」



 二人はゴーレムの方を向く。

 ゴーレムは既に恭兵の隙を突くように立ち上がっていた。それだけに留まらず、ただ連なっていただけの人型が、岩と岩の間を周囲の土により埋めており、エニステラが空けた穴も同様に雑草ごと取り込んだとされる土で埋めていた。



「なんと驚異の再生能力」 

「おそらく、再生に特化した魔法で構成されているのでしょう。こういった類はゴーレ厶を構成する肉体自体に掛けられている魔法です。それを固定するものがある筈ですが……」

「見当たらないよな」

「で、あれば」


 

 エニステラは石突きを地面へと刺し、膝を付く。その手に持つ《アーティファクト》であるハルバードの本領を発揮させる構えであった。



「一撃で、跡形も無く!!」

「いや、待てよ。まだ全快してないのに、また使ったら倒れるだろ。こんな大勢の前で倒れるのは良くないんじゃねえの!?」

「ですが……!」

「それで倒られて困るのはおたくらだけじゃあないのをお忘れなく」



 エニステラの詠唱を止めた恭兵は声を掛けて来た方をみる。そこでは盾で盗賊の方を押さえつけながら奮闘しているガーファックルの姿があった。

 


「ただでさえ、面倒な事になっているっていうのに、《聖騎士》様に倒れられると問題なんだよ!」

「そちらは確か貴方が倒した筈の盗賊の一人では!?」


 

 押さえつけられている盗賊は手に砕かれた曲剣の柄を持ちながら、必死に足掻きを続けていた。その肌はどこか血の気が薄く青白い。ガーファックルが頭部に肘を打ち込んでもひるむことなく足掻き続けていた。

 もがき続ける盗賊を押さえつけているので精一杯の様子であるガーファックルの元に神官服の男が駆け寄ってきた。全体に佐助の報告を伝えに言ったサイモッドだ。



「ガーファックル、どいて下さい。《大いなる神の一柱、ミミニルディンよ。我が手に病毒を退く力を授けたまえ》、《神聖解毒(ゼンド・キュア)》」



 サイモッドの手が淡く輝き、その手で盗賊に触れた途端、これまでひたすら動き続けていた盗賊の顔色が良くなったと思えば糸が切れたかのように動かなくなった。



「恐らく、ゾナリュージョン・ポーションですね」

「あの、欠陥品か!」

「え? 有名な奴な、のか?!」

「はい、今から六百年程前に作られた、予め服用しておくことで体へのダメージをある程度無視して動き続けることができるというポーションですね。当時の冒険者は比較的安価に戦い続けることができるこのポーションを重宝していたのですが、ある欠点がありまして」

「神聖魔法の影響を受けてしまうと途端にその効力が失われてしまうのです。なので欠陥品であると」

「なるほど、なッ!」



 行動に移ろうとするゴーレムを《念動力》で押さえつけながら恭兵は返事を返す。よく見れば、エニステラが倒した二人は先ほどの盗賊のように戦い続けることは無かった。



「何? それじゃあ、ただ攻撃してるだけじゃあこっちが消耗するばかりってこと!?」



 馬車を守るように、《拘束(バインド)》で盗賊達の武器を弾き、牽制しながら《発火能力(パイロキネシス)》による火球を盗賊へと打ち込み続けている都子は悲鳴を上げるように言った。

 盗賊達は打ち込まれ続ける火球を避けるべく隣の馬車を遮蔽とする位置に移動する形を取っており、都子は攻めあぐねていた。


 周囲を見回してみると、どこかかしらに傷を負っている筈の盗賊がそれでも行動を続けており、苦戦しているのが見られる。

 恐らく、襲撃してきたものは全員ゾナリュージョン・ポーションを服用していると思われる。



「なもんで、《聖騎士》様に倒られるとちょっとまずいんだよ! 神官はアンタとこいつとあと一人しかいないんだ!」

「攻勢にでれる聖騎士は私のみ……ですが、それではこの馬車の護衛とゴーレムは……」


 

 エニステラが盗賊を倒すために離れれば、都子一人に馬車の守りを任すことになってしまう。ゴーレムの再生能力を加味すると自分が広範囲かつ高威力の神聖魔法を放つのが早いが、それでは他の盗賊を倒すための時間が足らず、犠牲者がでる恐れもある。

 時間が刻一刻と過ぎていく中で、エニステラは決断を迫られていた。


 だが、それよりも早く決断を下したものがいた。



「そこの、冒険者、ガーファックルって言ってたわよね!? アンタ、こっちの馬車も守れない?」



 火球を掌で構えつつ都子が突然、そんなことを言った。



「ああ? あー、それは契約外だ、一党につき一つの馬車を守るのが決まりだからな、俺はタダ働きはしない」

「それは商隊の雇い主との契約でしょう。追加で私がアンタを雇うわ、報酬は私の契約分の半分払う!」

「おいおい……! 交渉ってもんを何だと思ってんだよ……!」


 

 都子の提案に呆れかえっているガーファックルであるが、即座に断ることは無く、周囲を警戒する目を光らせながらその内容について吟味する。

 しかし、都子はその暇を与えない。



「ほら、どうするのよ。アンタ達もこの膠着状態は困るでしょう?」

「ぐ……」

「それに何も私は何もしないってわけじゃあないわよ。私もアンタたち二人が守ってる馬車を守るのを手伝う」

「ぐぬぬ……」

「なに足りないの? それじゃあ、契約分の全額を――」

「ガーファックル」

「あーもう! 分かったよ!!」


 

 都子が積み重ねる報酬とサイモッドが咎める目に圧されたガーファックルは遂に観念した。  

 彼は二つの馬車の中間点に立ち、警戒の目を拡げた。


 

「報酬の半額でいい。どうせここら辺は《聖騎士》様を警戒してそこまで盗賊共は寄ってこないからな。やってやる。これでいいだろ、サイモッドォ!」

「ええ、流石に年下の女性に対してあんまりな態度を取るのはどうかと思いましたから……ではよろしくお願いしますね、ミヤコさん」

「ええ、お願い。こういう訳だから、ここは大丈夫よ、エニステラ!」



 二つの馬車はゴーレムに近いことと、エニステラの護衛範囲であることから襲い掛かる盗賊がほとんどいないことを利用して、二つの馬車を三人で守ることとした。



「アンタが早く終われせてくれれば、三人でも余裕はあるだろ。さっさといってこい」

「ですが、ゴーレムは……」

「俺がやる。行ってくれエニステラ」



 振り上げた赤い大剣をその場で振り下ろす素振りを何回か繰り返し、そして正面に構えて恭兵はそう言い切った。



「元々、俺が突っ込んだのが原因だからな……責任はとるよ」

「……大丈夫ですか? 恭兵はその無茶をすると言いますか……」

「エニステラが言えるセリフじゃないと思うけどな……大丈夫だ。あれからちょっと調子がいいしな」

「分かりました。では直ぐに終わらせてきますので、皆さんよろしくお願いします」



 エニステラはそう言って、光の矢のように商隊の前方へと向かっていった。


 飛んでいくように過ぎ去った金色の後ろ姿を見送った恭兵はゴーレムに改めて向き直った。ゴーレムの行動を抑えつけていた《念動力》は既に掛けていない。掛け続けるにはどうにも効果が薄く、効率が悪いと判断したためである。

 ゴーレムは起き上がりながら、木の一つに手を掛けて引っこ抜いた。即席のこん棒であり、その長さは恭兵が持つ赤い大剣よりも太く長い。

 振りかぶり、振り下ろされた一本の木そのままのこん棒、直撃すれば馬車の一つや二つは十分に粉々にできる一撃を、恭兵は赤い大剣で横薙ぎに払う。

 赤い大剣の横薙ぎの一撃で一本の木は途中からへし折られ、それを持っていたゴーレムの右手も外側へと払われて流される。


 そこに踏み込んで、恭兵はまずゴーレムの右足、その膝関節にあたる部分へと、横薙ぎで左手側に置かれた大剣を腰の回転の捻りを加えて叩き込む。関節を覆う土が吹き飛ばされ、構成していた岩も砕かれ、ゴーレムは膝を付いた。

 いかに土でのコーティングによりその隙間が埋められていたとしても単純な学習能力によるその場しのぎの対策でしか無く。そんなものは恭兵の《念動力》の出力に耐えられるものでは無かった。

 

 ゴーレムはひるむことなく空いた左手で懐の恭兵へと殴りかかるが、それが通じるはずも無く、恭兵が振り下ろした赤い大剣の一撃により左肩から叩き壊された。


 

(やっぱり、あれ以来《念動力》の調子がいい)



 恭兵は攻撃を避け、受け止めながら返す一撃でゴーレムを破壊しすることを繰り返しながらそう思った。 

 異形との戦闘でこれまで危惧していた超能力の暴走が起きてから気のせいでは無く確実に《念動力》の精度から出力まで向上している気がしている。

 また、これまで感じていた暴走までの発動限界についても、今までより十分に余裕ができ改善されたと感じる。

 これが、果たして師匠の言葉に従って本気を出すようになったことからくるのか、それともあの脳に掛けられた制限を無理矢理に振り切ったことからくるものなのかは定かではないが、自分がこれまで以上に超能力を使えるようになったのは確かであった。

 それはあの異形のような怪物に近づいたのだと思わないことは無かったが、今はそれを気にしている場合では無いし、目の前の土くれを壊し続ければそのことを考えるもやもやも大分薄れてくる。



(それでも、決定打にはならないか)



 ゴーレムの身体を構成する岩の人間で言う四肢に値する部分を砕き続けるが、その度に周囲の土や石、泥などをパテとして埋めながらその形を保とうとするゴーレム、立ち上がる度に一つの四肢が作られる度に砕き続けているがキリが無い。



(これじゃあ、モグラ叩きだよなあ)



 一つ作られればその度に壊される四肢を見ながら、恭兵はそんなことを考えていた。先ほどから胴体や頭部と思われる部分も叩いているのだが、一向にゴーレムを構成する魔法を固定している部分が見つからない。

 取り敢えず、他の応援がくれば囲んで袋叩きにもできるだろうし、それなら体全体のどこかは壊せるだろうと思ったので恭兵は再びつながった右手を破壊した。



(というか、佐助がいればこんなの一発で仕留められるのに、アイツなにやってん――)

『おい、聞こえるか? そこのゴーレムに馬乗りになっている奴!』



 恭兵がここにいない佐助への文句を考えているときだった。唐突に彼の脳内に直接何者かの声が響いた。恭兵は異形が使う《精神感応(テレパシー)》によるものかと思ったが、感覚的には違うものだと感じた。



「誰だ!」

『これは思念魔法による一方的な送信だ。こちらからはお前の返事は分からないので会話はできない。よって、こちらから一方的に話させてもらう!』


 

 思念魔法、《精神感応》の魔法版であると直感的に理解した恭兵は、取り敢えず目を離した隙に動きだそうとしたゴーレムの足を潰しながら相手の返事を待つ。



『俺はマナリストで魔法を学んでいる魔法使いで……要するにそのゴーレムの弱点を知っている! そのゴーレムは再生機能に特化したもので、ろくな攻撃性能はない。現に一度立ち上がらなければ攻撃行動を起こそうとせず、攻撃の目標についてもただ暴れるだけだ!』

「なるほど」



 直接脳へと響く言葉の内容に納得できるものもあり恭兵は取り敢えず、この相手はゴーレムについて相応に知識があると判断した。



『そして、その弱点はゴーレムの背中、そして後頭部の二か所に呪文を刻むことで成り立っている! だが、そのゴーレムはその呪文を内側に刻むことで隠している。戦闘中では一見気が付きにくい工夫だ! 加えて相互関係にある二つの刻まれた呪文を破壊しないと片方の呪文がもう片方の呪文を再構成させて復活させる』

「そうだったのか」



 確かに内側にあれば、戦っている最中では気づき難く、恭兵は背中側をまだ詳しく見ていなかったこともあり、同時に破壊しなければならないのであればここまでやって破壊できないことも納得できた。



『今、俺はこの商隊の一番前の馬車の所にいるが、盗賊どもがいてそこまで行けない! だからそのゴーレムの背中側をこちら、商隊の前方に何とか見せてくれ! 俺が魔法の矢で弱点の二か所に赤い印をつける! そうしたら、二人がかりで――』

「なるほど、了解」



 このままでも埒が明かないので、取り敢えず思念に従うことにした恭兵は一度ゴーレムの上から降りて、赤い大剣を背負い、ゴーレムの再生を待つ。

 確かに声の主の言う通り、ゴーレムは手足が復活しても直ぐに再生することは無く。まず立ち上がることを優先していた。



「《念動よちよちサイキックベビーウォーキング》」



 そして、ゴーレムの四肢が完全に繋がり起き上がろうとした所で、両腕を最大出力の《念動力》で引っ張り強制的に向きを変えてゴーレムの背中は商隊の前方へと開かれた。



『おい! 早いぞもう少し待て、くそッ、《|二つ矢よ、赤きを示し、飛べ《デュウサジタ・ルべルマ・ボラント》》!』

 

 

 焦りと共に紡がれた呪文が発動したのか、二つの赤い光が商隊の前方から飛来し、ゴーレムの後頭部と背中に着弾し、その跡は薄い赤い色で塗られていた。



(まるで、コンビニにある防犯ボールみたいだな)



 恭兵は、そのまま《念動力》でゴーレムの両腕を引いて姿勢を崩し、その股をゴーレムの右足を赤い大剣を抜きはらって破壊しながら通り抜け、一気に背中側へと通り抜けた所で赤い大剣を地面へと突き刺す。ゴーレムは恭兵に背を向けるように倒れた。

 


「ピッチャー振りかぶって、第一球と第二球――投げた!」



 その右手にはゴーレムの四肢を砕いた際に出来た石の破片、それを二つ程右の掌の上で保持し、左足から踏み込み腰をひねり回転、右肩から先に回り続いて右ひじを縦にひねり、同時に右手首を返す。



「《念動双落下サイキックツインカーブ》」



 放たれた二つの石片は空中で倒れたゴーレムの後頭部と背中に付けられた薄い赤の印へ吸い込まれるようにその軌道を曲げ、同時に着弾するとともに岩をねじ込まれるように砕いた。

 

 ゴーレムは右足が再生するを待たず、四肢にあたる部分の端から崩れ落ち、パテ替わりの土や泥も剝がれ落ちて、遂には穿たれ、砕かれた岩の残骸となって完全に沈黙した。



「いよっし。ゲームセットォ」

『一人でやるとは……ん? 待て! 油断するな、林の向こうから大男が来るぞ! 手には、あれは《アーティファクト》か!?』

「はぁ!?」



 思念からの叫ぶような声、そして、妙な悪寒と共に一歩下がった恭兵の目前をゴーレムの残骸が林の奥からの突風が吹き飛ばした。

  


「おいおい、まじかよ。ありゃあ貴重だったんだぜ?」

「何だ、森の熊さんかと思ったら、お山の大将かよ」



 吹き飛ばされた木々の間からのそのそと、歩みだけで足音を奏でる大男が姿を現した。

 これまでの盗賊達とは違い、土にまみれながらもしっかりとした作りの金属鎧にその間から見える筋骨隆々の四肢、そしてその巨体と筋肉だから自在に振り回すことが可能となるその男の身の丈ほどあるとされる両刃の斧を肩に掛けるように持っていた。

 目の前の男こそが、盗賊達の頭であることは間違いないだろう。



「なんの喩えかは知らねえが、まあいい。疲れている所悪いが、俺達は後がねえもんでなぁ、最低でもお前の後ろの馬車二つは貰わなきゃなんねえんだ、部下もやられた事だしな。安くても数そろえるのは大変だったんだぜぇ分かってくれるよなあ?」

「そうかよ、そんじゃあ取り敢えず俺を倒してから言ってほしい」



 チラリと背後を見ると都子達三人も、出てきた男を警戒している。ガーファックルは少しずつ前進し恭兵と並ぼうとしており、その後ろには都子とサイモッドが控えていた。




「へっ、四人掛かりか、問題ねえ、この俺の《大風落とし(ストーム・アウト)》で纏めて片付けてやるぜ」

「残念、五人っすよ」



 盗賊の頭の言葉を否定するように林の中から軽妙な態度で現れたのは忍者である佐助であった。



「てめえ!! 俺の風をまともに受けてまだ生きていやがったのか!」

「まあ、しぶといのが売りなもんでして」

「お前、何やってるのかと思ったらコイツの相手してたのかよ」

「ちょっと、手古摺ってまして……あのバカ突風を横合いから打たれるのを何度防いだことか……」



 どうやら、佐助は盗賊のひっかき回すための要員を全員始末した後に、混乱状態の商隊を自身の部下を纏めて横合いから吹き飛ばそうとしていたのをどうにか防いでいたらしい。



「まあいい、四人も五人も変わらねえ、お前も今度こそ纏めて始末してやる。ここはお前の隠れる場所なんかねえぞ!」

「いやいや、もう終わりっすよ。ここに誘導した時点で」

「何ぃ?」


 

 佐助の言葉を訝しむように聞く盗賊の頭、それに答えるように佐助は言葉を返す。



「俺が何の考えも無く、ここまで誘導したと思ってるんすか、それなら残念。何故なら、ここが俺にとって最も有利なんすよ、あの隠れる場所の多い、木々の中でもね」

「はっ、何やら自身満々のようだが、ハッタリは通用しねえ、それにお前等は後ろの馬車を守るのにこの突風を避ける事はできねえ! 馬車を後ろに立ったお前の負けだな!」



 大男は、手に持つ《アーティファクト》である両刃の大斧を頭上へと、振り上げた。大気はうねり、両刃の大斧に風が纏わりつく、振り下ろされれば、瞬く間に盗賊の頭の前に立っている五人は紙のように吹き飛ぶだろう。

 盗賊の頭は勝利を確信した。







 



 ――――既にそれが佐助の術中はまっているとも気づくことも無く。



 僅かな仕草や、行動などを織り交ぜることで相手の視線や意識を自在に操る、風魔流の牛隠しの忍術、風魔流隠遁術奥義――呑牛。人外である異形ならいざ知らず、人間である盗賊の頭など佐助の掌で躍らすことは容易かった。







 ―――そして、()()()()()



 

 直前で気付いた盗賊の頭はやはり場数を踏んでいただけはあったのか、反射的に体を逸らそうとしたが、当然間に合わない。

 当然、雷速には間に合うことは無い。


 振り上げられた、両刃の大斧目掛けて飛ぶのは同じく《アーティファクト》であるハルバード、《戦乙女の聖雷斧槍ヴァルキュリーズ・レイジハルバード》。エニステラの武器である。


 金属同士が衝突し、甲高い音を響かせる。ハルバードは両刃の大斧が纏う風を突き抜けて、僅かに軌道が逸れてその柄の部分に直撃し、両刃の大斧の柄が曲がった。

 大斧を持っていた盗賊の頭は、不意の横からの攻撃にその体勢が崩れるが、倒れることは無く、漸くハルバ―ドが飛来してきた方向を向いたが、既に閃光は踏み込んでいた。


 手には盗賊の一人から取り上げたとされる彼女には似つかわしくない手入れが行き届いていない細剣(レイピア)、しかし、彼女が放つ技は決して獲物を選ぶことは無い。その為に作られ、改良され、受け継がれてきた技である。



「アークウェリア流、通し技が一、《聖雷閃光突き(レイジ・ピアッシング)》」



 盗賊の頭が慌てて大斧を振り下ろそうとするよりも早く、細剣の一撃は届き、鎧の隙間を縫うようにして筋骨隆々の肩を貫く。同時に聖雷により、全身が硬直し回避運動も取れないまま、高速での衝突による衝撃を、巧みな肉体運動を用いて伝えて、吹き飛ばす。



 肩から流れた聖雷により、意識を飛ばされた盗賊の頭は自身の保険でもあるゾナリュージョン・ポーションを無効化され起き上がることも無く気絶し、突き飛ばされて地面へと仰向けに倒れた。


 エニステラは突き終えて突き飛ばされた盗賊の頭が動かないことを待ち、三秒ほどで確認したのか、細剣を降ろさず告げた。



「これで、三十六、商隊を襲っていた盗賊は確認できる限りは戦闘不能にしました。私が見回った限りは死傷者も無く――油断はできませんが、一先ず戦闘は終了かと思います。皆さん、お疲れ様でした」



 その号令と共に周囲は僅かな緊張を保ちつつも護衛の冒険者の間に安堵の空気が流れる。


 

 こうして、マナリスト魔導保全都市までの道のりにおける盗賊との攻防は幕を閉じた。



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