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Psychic×strangers   作者: さがっさ
21/71

第一話 始まりの異邦人 / エンディングフェイズ 1: 片や反省を、片や目的を

三ヶ月半以上遅くなって申し訳ありません。

一先ず第一話はエンディングフェイズに突入します。

 


 ―――夢を見ている。



 朝早く、当時は寝起きが悪かった自分を起こす母の姿にもう少しと文句を言いながらも彼はしぶしぶと起き上がっていた。

 二つ上の姉は、休日の練習だと言って朝食を女子高生にしては少々はしたないとも思える勢いでかき込みつつ、部活へ行くのをトーストにジャムを塗りながら見送っていた。 



 そんな、母がいて、姉がいて、あとは学校の友人がいるくらいの、今や懐かしいと感じることができるようになってしまった日常の風景だった。


 幾度も見た光景、その度に心に暗い穴が空くのを感じる。


 日常の素晴らしさは十分に理解しているし、事実失われてはいけない尊いものであった。


 だが、しかし、それを素直に享受するには、あまりにも自分が異質で異常な化け物であったと高塔恭兵はそんな風に理解していた。

 


 ――事実、高塔恭兵はその恐るべき暴威を、いざとなってしまえば躊躇いながらでも解き放ってしまうのだから。




  ◆




 ――目が覚める。


 

 高塔恭兵の意識は浮上した、してしまった。


 視界は未だ薄暗く、幾度か瞬きをすることでようやく周りが見え始めた。


 はっきりとしてきた視界に映ったのは薄暗い木造の壁、木目が不気味にこちらを覗いているようであった。重く掛かる重力と全身が妙に痺れている感覚、同時に背からは綿に埋もれたような軟らかい感触があった。


 しばらくして、ようやく恭兵は自分が今の今までベッドに横たわっていた事に気が付いた。


 恭兵は痺れた体を押して、何とか上体を起こそうとするが、力が入らずに上手くいかない。何度か試してみるが身姿勢を崩してしまい、程なくして諦めた。


 仕方ないので、状況を整理することにした。


(あれから……どの位たった? あれ? 最後に気を持ってたのは確か……)


 思い出すのは、死霊術士、異形、敗北、そして、覚悟と力の開放、そして異形が逃亡した。


 そうした後は、全てツケが回ってきた。



「俺、よく生きてたよな……」


 

 思考を巡らせて時間がたった所で、もう一度身体を起こそうとしたが、それでも失敗した。

 

 溜め息を吐いたところで、覚悟を決める。息を吸って、吐く、吸って、吐く。それを繰り返す。そして力を籠める。

 


「《念動上体起こし》」



 間抜けなネーミングだった。さすがに自分でもどうかと思った。


 《念動力》で恭兵は何とか上体を起こす事ができた。恭兵が意識を失っている間に《超能力》が戻ったようである。大分時間を空けたおかげで使う分には不自由はないだろう。

 頭に埋め込まれていたリミッターを外した感覚は何となく残っていたが、今のところは力が溢れでている感覚は消え失せていた。


 脳内に掛けられていたリミッター、それを無理矢理こじ開けたことで何かしらの弊害が起こると思っていたのだが、あまり依然と変化は無いように感じる。



 しいていうのであれば、焦れるように身体の内から何かが湧き出るような感じがしている位だろうか。



 息を吐いて落ち着いてから、ようやく部屋を見回すことができた。


 チラリと見ると、衣類などを収納しているチェスト、そして幾つかの本が納められている本棚があり、そして右隣の方にはもう一つのベッドがあり、そこには誰かが何時の間にか腰かけていて――――


 ―――目が合った。


 首に包帯を隠すように巻いた黒いローブに身を包んでいる少女がそこに何時の間にかいた。


 一緒に旅をしていた明石都子だ。


 彼女は完全に目が座っていて射殺すとばかりに恭兵を睨みつけている。いや、今の今まで睨み続けていた。 


 恭兵の背筋に恐怖が走った。怖かった。怖かったので、恭兵は目を逸らすことにした。


 隣のベッドから視線を夕日が差し込んでいる窓へと移した。窓際には花が生けてある花瓶に冷水を注いだタライにタオルが入れてあった。誰かの看病の後なのであろう。

 その誰かというのは、恭兵は容易に思い当たった。



(流石に、無視するのは悪かったかな――)


 流石に申し訳ないと思ったのか恭兵は何とか勇気を振り絞り、ちらりと、もう一度隣のベッドに腰かけている人物へとおずおずと視線を戻す。


 その視線は既に極低温を越えていた。


 背筋が凍りつく、覚悟無しでは到底向き合えない。とは言え、心配を掛けたであろうことから、非は完全に自身にあると、恭兵は理解していたため甘んじて沙汰を受けることとした。


 恭兵はひりついた喉から何とか言葉を絞り出した。



「お、おはようございます……」

「…………」



 返事は無い。



「え、ええと。看病してくれてありがとう……ございます……?」

「…………」


 

 返事は無い。



「あ、えっと、心配かけてごめんなさい……?」

「…………」



 返事は無い。いや、少しばかり眉が動いた。吊り上がったために逆効果が働いたようだ。 

 

 恭兵はお手上げだった。

 そもそも、女子のご機嫌伺いなど得意では無いのだ。姉なら単純に(ブツ)を差し上げれば容易に機嫌を直すものなのだが、目の前の彼女のように常に不機嫌系女子の機嫌の取り方など分からない。

 

 共に行動を共にして、少し時間をおけば自然と機縁は多少なりとも良くなると認識していたが、この機嫌の悪さは直ぐに治まるものでは無いと感じる。というか、自分にそれだけの時間を与えてもらえるとは思えなかった。



(まずい、どうする。何かこれ以上発言を間違えばすぐさまこの建物ごと焼かれそうだ……!)



 むしろ、今まで五体満足にすやすやと寝れていたことが奇跡であるように思える。寝たきりの上から火球をぶち込んでもおかしくない凄みを恭兵は都子から感じていた。


 しかし、いくら考えた所で彼女に機嫌を直してもらう方法が思いつかない。万策は尽きていた。


 しょうがないので、冥土の土産に自身の死因を聞くべく、再びひりつく喉を動かし口を開いた。



「え、えっと、その、何に怒ってるんだ?」



 正直死んだかなと恭兵は思った。流石にこれは無い。

 


「私が? 怒ってるって?」


 

 どうやら恭兵の予想通りに火にガソリンを注いだようだった。


 都子の恭兵の見る目は既に燃える生ゴミも同然であったが、恭兵の予想に反して火球は直ぐ様飛んでくることは無かった。



「ふーん、私が怒ってるねえ……つまり怒らせるようなことをした自覚はあるのね?」

「え、いや、あの、ハイ」

「で? それで何に怒っているのか分からないっていうの? 本当に?」

「えっと、いや、急に倒れて心配かけちゃったなって」

「心配? アンタを? するに決まってるでしょ!!」



 都子の返事はより低いものとなった。それは同時に都子の我慢の限界を告げていた。

 その表情からは、まるで津波が引きおこる直前のように感情が消えるように引いていった。

 そして怒りは爆発する。

 都子は腰かけていたベッドから立ち上がり、

 


「あの時、倒れたアンタの心臓は停止して呼吸も当然止まってた。だから、エニステラと佐助が必死に電気ショックとか心臓マッサージで心肺蘇生したのよ。それでアンタは一命をとりとめて、マージナルの教会に運ばれて今の今まで寝てた。それが今の状況。ここまではいいわね?」

「……おう」



 静かな立ちあがりだが、既に彼女の怒りで出来た火山は噴火している。今見えているのは火山灰で、本番は此処からだと唾を飲んで恭兵は理解した。

 


「アンタが突然倒れた時には心底驚いたし、佐助が心臓が止まってるなんて言いだした時にはどうすればいいか、どうなってるのか分からなかったわ。それこそ、私は何もできずに立ち尽くしてることしかできなかった。頭が真っ白になってた。佐助の言葉を聞くまではね」

「……何て言ったんだよ」

「そうね、真っ先にアイツが《接触感応(サイコメトリー)》でアンタを調べた時、一語一句間違えずにこう言ってたわ。「コイツ、自分で心臓止めた」って、そう聞いた時、意味が分からなかったわ」


 

 都子の視線が強くなる。それはどこか困惑とそして説明を求めるものであった。

 佐助の《接触感応(サイコメトリー)》は接触した物に込められた思念を情報として読み解くことができる。であるならば当然、思念の固まりである人間であれば例え意識が無かったとしてもそのその人物に起こった仔細を読み解くことは容易であり、この能力を想定していない予想や推察、ましてや偽装などは意味をなさない。

 つまり、当人である佐助は勿論、その内容を話したとすれば、都子もエニステラも恭兵に起こった状況について既に知られているだろう。



「……まあ、驚きはするよな」

「ええ、自分で心臓を止めるとか!! そんなこと考えつかないでしょ? 普通は!? 普通は!!」

「いや、でも考えついたから出来る訳で……」

「考え付いても、普通は実行に移したりしないし、躊躇うわよ」


 

 都子の言葉が恭兵に突き刺さる。

 それでも、恭兵は特に変わらないように相変わらず気まずそうにしていた。ただ気まずそうにしているだけであった。

それが、余計に都子を苛立たせていた。



「……一応アンタの口から聞くわ。どうしてアンタは《念動力(サイコキネシス)》で自分の心臓を止めていたの?」

「……あの時、お前に一旦異形から離された後、何とかそっちに行こうとして……まあ、エニステラともすれ違ったんだが、その後に……多分頭に掛けられてた制限みたいなの、リミッターをぶっちぎったんだと思う」

「それで、使用限界を超えて能力を使えたのね」

「まあ、それで何とかなったら問題は無かったんだけどな、そんなに人生は甘く無い。当然、代償があった」

「……」

「――完全に自分の力を制御できて無かった。あのままだと数秒と持たずに暴走するのは確実だったんだよ」

「だから、自分の心臓を止めて無理矢理、仮死状態にして超能力を止めた……」


 恭兵達の超能力を司る部分は脳であるということは、超能力に目覚めた時点で全員が自覚していた。

 また、恭兵は力の源である脳を直接能力で止めることは自傷行為以上の心理的抵抗がかかるということを過去の経験から理解していたため。土壇場で、自身の脳を止めることが不可能であると結論を出していた。

 従って、恭兵は脳よりも心理的抵抗が少ない心臓を止めることで、脳への血液の供給を止めて強制的に意識を落として超能力を止めた。



「それでも、暴走してたらどうするのよ」

「一応、寝てる時は能力使えた記憶無かったからな、それだけが頼りだった。それぐらいしが俺には精一杯打てる手だった」



 恭兵は、まるでテストの点数が悪かったことに対する弁明をするかのように言った。

 恭兵と都子、二人での短いながらの旅路の中でここまで危機的な状況に追い込まれたのは今回が初めてであった。

 そして、都子は今回のことで恭兵に感じていた歪さが段々形となってきていた。


 

(落ち着け、私……取り敢えず、今コイツに言わなきゃいけないことがあるから、それを、伝えないと)



 都子は緊張から唾を飲み込み、改めて言うべきことを言う決心を固める。

 恨みがましく、それでも言わなければならないと都子自身が信じているからこそ、彼女は告げる。

 


「エニステラ、泣いてたわよ」



 都子のその言葉で、恭兵の顔は陰り始める。 



「必死で、アンタを助けようとしてた。自分の怪我が一番深刻だっていうのに、アンタを担いでこの街まで運ぼうとしたのよ? 異変に気づいた警ら兵が来てなかったら本当に運ぶ所だったもの」

「……」

「アンタ、気づいてたんでしょ。エニステラが仲間を失うことに怯えてたの」

「まあ、な」

「だったら、もう少しやり方とかあったんじゃないの?」

「いや、あの場では……」

「お願いだから。ここは口答えしないで、お願い」

 


 都子の勢いは止まらない。

 これは自分が言わなければならないと、言葉が口から出るたびにそれははっきりとした意志に形作られていく。

 エニステラは自身の至らなさを語りだすので当然除外するとしても、自分の腕が骨折した上で尚その腕で殴りぬいた上で隠し通そうとしていた佐助の方も同様に任せられなかったし、最悪恭兵に賛同する気さえあった。

 


(私が言わないと、こいつがいつ何時無茶するか分からないし、その結果今度こそ死ぬかもしれない……それを見過ごすのは、普通じゃないと思う)


 

 都子は、自分が信じる普通を信じて、恭兵に自分の考えを伝えることしかできない。

 あの場で何もできずに立ち尽くしていた自分にはこれくらいしか無かった。 

 


「確かにあの時は全員ボロボロでどうにもできなかったのかもしれないけど。一人で勝手に決められてもこっちはムカつくだけだから」

「いや、でも」

「でも、じゃない。これからどうなるかは分からないけど、一緒に行動するからには一度相談する。勝手にやられるのは迷惑よ」

「いや、俺の意志は?」

「それが、どうしても嫌な理由があるの? 私に相談するのも駄目なの?」


 

 ハッとして、都子はベッドへとすとんと落ちるように腰かけて、口を紡いでしまった。

 顔には後悔の色が浮かんでいることが恭兵にも見て取れた。それは多分自分もそうだった。

 彼女の顔色は疲れが伺えるものであったし、窓には水桶に冷水に浸してあるタオルがあった。状況的に都子が看病してくれていたのだろうと思うと、恭兵は益々もうしわけなくなった。

 少し、部屋の中が静かになったことから外からの音が聞こえてくる。



「……ごめんなさい。ちょっと言いすぎたかも」

「いや、そんな直ぐにそんな態度取られると俺も困るんだけど」

「でも、アンタに押し付けるような言い方だった。別にアンタに私に話す義理なんて無いのにね」 

「そんなことは、ねえよ。一緒に旅した仲だし、何も言わなかったのは……悪かった」

「……うん。分かった」



 そう言ったきり、二人は黙ってしまった。

 部屋には再び街の喧騒が響いてくる。都子は窓の外へと視線を移しており、

 どうにも気まずい空気が流れてしまっていた。

 どうしようも無いので恭兵は自分から話す事にした。



「……そう言えば後の二人は?」

「あ、うん。えっと、エニステラは未だ療養中、とはいってももう意識ははっきりしてるし、今朝なんて早くから起きてここの裏庭で武器を振ってて、私には言葉も無かったわ}

「流石、ってやつか。で、佐助は?」

「ええ、直ぐに元気になったみたいだから、アイツには私たちの代わりに、この街にきた目的の例の予言者を探してもらってる」




 ◆




 町を囲む城壁を、その向こう側にそびえる山の向こうへと一日の終わりを告げるべく太陽が落ちる。

 夕焼けの空を見上げて、それまで外で遊んでいた子らは自らの家へと帰り、仕事をしていた男どもは今日の分の作業を終えて片付けを始め、家では、家族のために料理を作る女がいた。

 

 国境境の城壁都市、マージナルはその日も無事に一日を終えようとしていた。


 通りの酒場では、モンスターの討伐から帰った冒険者たちが祝杯を挙げており、城壁の見張や門番を勤める兵士達も人員を交代して街へと繰り出していた。


 そうして、暗くなる街の影、路地裏で動くものも次第にその動きを見せ始める。

 ごろつきや冒険者崩れ、盗賊まがいに浮浪者達が街の明かりを避けるように動く。


 その中に黒い軽装に身を包んだ者の姿があった。

 

 一見その姿は盗賊紛いに見えるが、その足どりは音も無く。他の路地裏を行く者とは一線を画していた。

 どこまでも入り組んだ路地裏を、一切の迷いも無しにその歩を進める。

 路地裏で擦り切れた薄布を羽織った浮浪者に目を向ける事無く傍を通り過ぎる。俯く浮浪者達は目前を通り過ぎる軽装の男に反応することなくその目は死んだ魚のようであった。


 尚も路地裏を進む軽装の男の前方から目をぎらつかせた男が歩いてくる。

 その手からは暗がりの路地裏で光をちらつかせていた。

 その明らかにごろつきと見ることが出来る男は、その手に片手剣を手にしていた。

 明らかに安い作りでその刃は手入れが十分に施されていないのか、刃こぼれさえしていた。

 それでも血による錆び付きとその男の視線からは十二分に殺意を感じ取る事が出来るだろう。一度その視線に動くものが捕まればたちまちにその手に持つ刃物の錆びと化すべく襲い掛かってくるに違い無いだろう。


 しかし、その目が血走った男は確実に視界に入ったはずの黒衣の軽装の影がすれ違ったにも関わらずに何ら反応を起こすことなく通り過ぎて行った。


 

「やっぱ、どこの裏路地にも変なのはいるっすねー」


 

 黒い軽装の男はその手に握っている刃物を弄ぶように手首を返し、宙で回転させて柄をキャッチする芸当をしながらぼやく。

 空中でくるくると回る刃は血で錆びていた。

 すれ違いざまにそこらへんに落ちていた手ごろな木の棒とすり替えたのだ。


 黒い軽装の男、自称、加藤佐助は刃物を胡乱気に見るとそのまま懐へとしまった。

 

 尚も暗くなる路地裏を、初めて訪れたにも関わらず何らかの案内も無く進む佐助、その足取りは《接触感応》により目的への道を完全に把握していることにより一切の迷いも無かった。



「しかし、ここまで深いところまで来たのにスラムの暴れん坊とか、所謂ヤクザみたいなのにも会わないのはやっぱりほとんど頭から潰されてるってことっすかねえ」



 佐助たちが、リッチとそれを操るあの異形を討伐と撃退してから早一週間、国境沿いの町マージナルではある種の混乱が起きていた。


 原因はリッチ……では無く恐らくあの異形の方だと聖騎士であるエニステラは言っていた。


 あの異形は、生きている人間の魂を全て食らい尽くさずにある程度残した上で何らかの方法で半生半死とも言える状態で自身の意のままに操る術を持ち合わせていた。 

 半生とも言える状態のために、エニステラであってもアンデッドとは呼べない方法で操られていたために気づくことは出来ず、半死であるので異形の命令無くば、既にその命は失われている状態であった。

 よって、異形の方から用済みとなり制御を放棄したのか、はたまたそのまま逃れた先で命を失ったのかはさあ課では無いが、半生半死とも言える状態であった人々は糸が切れた人形のように動かなくなり、死んでいた。


 問題は操られていた人々が町の中に複数では済まない人数であり、そのほとんどが町における何らかの役割を負っていたことであった。

 この町を治める領主が保有している兵士から冒険者協会直属の冒険者ギルドの局員、果ては裏路地を仕切る顔役の配下まで実に様々な職種の人間が魔の手に落ちていたのだ。

 エニステラ以外に即座に対応する事無く情報も錯綜していたのも、異形がこれらの人員を使っての情報操作をしていたのが原因であった。そしてそこまでの情報操作を行った上で行ったことが《聖騎士》であるエニステラの捕獲というあまりに分に合わない目的であった。



(その上、あの様子では俺達"迷人(まようど)"もボーナスと呼び、狙っていた。……一体あの異形は何なのか……)


 佐助の《接触感応》で探ったその内心も咄嗟であったために戦闘における思考と行動パターンのみ、表面上の目的程度しか読み取ることしか出来ず、実行へと移った理由を読み取るには至らなかった。

 何とか読み取れた異形の思考でさえも見下すために力を欲っしていた、という原点のようで根本的な正体に至るものでは無い。


 謎だけが残されていったばかりであった。



(他にも気になる点は幾つかあるが……一番の問題としては、何故あの異形は超能力を保有していたのかということに尽きる)



 異形が保有していた三つの能力、それらは生物が持つ特徴、蜂が持つ針の毒や蜘蛛が糸を吐くなどの種が持つ固有の特徴というよりはその個体が持つ固有の力、自分達の持つ超能力と同様であるかに佐助は感じ取っていた。

 そしてそのことを考えようとするたびに嫌な汗が噴き出る。

 忍びの持つ精神安定術を用いても止まらず、その考えを頭の隅に追いやることで漸く収まるほど何かが自身の脳にこびりついていることを佐助は理解した。

 何らかの答えに行きつくことを妨げるように働く、そういうものが何時の間にか自身にあるという事実に疑いの余地は無い。



(これまでこんな事が無かったから気づかなかったのか…それとも無意識にそう考えることさえも誘導されていたのか……こんな調子だったら本当に忍失格だな)

 


 佐助は気落ちしたように項垂れるがそれでもその足取りは乱れる事無く目標へと進んでいる。


 

 そこから裏路地を暫く進んだ所でようやく佐助が立ち止まった。


 

「……待たせたな」

「いえ、星の瞳が定めた予兆通りです。何も問題はありませんよ」


 

 裏路地を幾度も曲がり曲がった先にたどり着いた道端、その真ん中で白いローブの人影がそこにいた。

 全身を覆い隠すようにしているローブの上からではその人物の性別所か年齢さえも定かでは無かった。

 およそ特徴的でないその人物の特徴的とも言えるものはその手に抱えるように携える大きな瞳が表紙に描かれている分厚い本とそして本に施されているものと同じ特徴的な大きな瞳が白いローブの頭部に刻まれているのみである。


 佐助は慎重な足取りを崩すことなくその人物へと近づいていく、視線を巡らし眼前の白いローブの人物への警戒を強めると共に僅かに手元を動かして視線を誘導させて相手の隙を探る。

 佐助の観察眼からは目の前の人物からは危険性を感じ取ることは出来なかった。が、同時に佐助の視線誘導に一瞥も白いローブの人物は目もくれることなく唯その視線を佐助へと真っ直ぐに向けている。


 佐助の視線誘導術であるならば、例え布越し、あるいは顔を隠して目元が映らない場合であっても僅かながらに視線を誘導することが可能である。加えて、例え術中にはめることが出来なかったとしても視線誘導から逃れるために僅かでもその視線には違和感を生じさせることになる。

 しかし、白いローブの人物は一向にその視線を動かすことは無く、機械的な命令に従うように佐助の方を見据えている。


 薄気味悪さを感じつつも動揺を露わにさせず内に秘め、佐助は口を開いた。



「予兆か、随分と自信があるようだな――――《開かれた瞳の預言者達》、その一人」

「ええ、まあ一先ずはお久しぶりですね。ええっと、今は加藤佐助、でよろしかったですか?」

「……」

「ふふっ」


 白いローブの人物の言葉に、佐助は少し苛立ちを覚えるが、それでも感情は表にでないように努める。

 だが、それも目の前の人物は見通しており、軽く笑みを浮かべた事がフードに隠されていても理解できた。



「……何がおかしい?」

「ああいえ、すみません。あなたもそこは気にしていらっしゃるようですね」

「御託はいい。さっさと本題に入れ」

「と、言われましても、ここではお二人は来ていませんので大した話はできないと思うのですが」

「当たり前だろう。あの二人の前でべらべらと喋られては困るからこうして一人で先行してお前に会いに来ている」

「成程……正直に話せばあの二人も協力してくれると思うのですが……まあ、あなたの準備が出来ていないということにしておきましょう。さて、本題ですか……あなたの聞きたいこととはズバリ、貴方の探している人物について、ですね?」

「ああ、そうだ。ここまでの展開、あの異形のことも含めてある程度、お前の予言通りであったのは事実だ。だから、お前の予言を受けいれてやる」

「それは良かった」



 佐助の言葉を受けて、白いローブの人物は安堵の息をついている。

 佐助から見ても、ポーズでは無いと感じられ、仕事がひと段落して安心している様子であることは確かだと感じられた。

 


(何もかも掌の上、という訳では無さそうではあるな……)



 とは言え、これが全て作られた演技である可能性は否定できない。確実なのは直接接触して、《接触感応》により情報を全て抜き取ることであるが、まず接触が可能であると佐助には思えなかった。


 幾度となく観察を重ねた上でさえ、佐助の鍛えられた観察力をもってしてもその正体は依然として知れない白いローブの人物。

 まるで、誰かの影と話しているようであり、目の前に実体があるかどうかも定かでは無い。正体は霞を掴むが如く知ることができないでいた。



(蜃気楼を掴め、と言われてるようなものだ。確実で無いならば貴重な情報限から信頼を失うような行動は避けるべきであるな)



「さて、これで十分な信頼を得たということで、本題に移りましょう」

「……ああ、そうだな」



 疑問や不信は尽きないがそれは自分も同じことであり、彼らを現時点で利用していてこれからもそのつもりであるからには、人の事を言えないだろう。



「しかし、忍び、草の者や諜報員の類であるのならば、自力で見つけられると思いますが」

「……知ってはいたが、改めて見つけ出すにはアンタの協力が必要であると俺は確信した。()()()()()()()()()|》《・》()()()、あれほど手を付けられないのは納得だよ」

「では、改めて、その人物とは?」



 白いローブの人物からの問に、佐助は、黒い軽装に身を包んだ男は答える。



「―――≪対魔十六武騎(たいまじゅうろくぶき)≫の一席、《暗殺者(アサシン)》。その二つ名は――《無骨(ボーンズ・レス)》」



 

 

 



 

 


今後は投下予定をしっかりと守っていきたいと思います。

一先ずは二週間以内に次話を投稿する予定です。

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