第一話 始まりの異邦人 / クライマックスフェイズ 9:脅威は選択する
非常に遅れて申し訳ありません!
いつもより短めです。
異形は判断に迷っていた。
取りうる選択肢は二つ、自らの身の安全を優先してこの場から退くか、それともこのまま計画通りに聖騎士を含めた四人を倒し自らの糧とするのか。
どちらの選択肢を取るのが最善であるのか、それを見極めるためにも異形は改めて状況を確認する。
相手には元々の標的であった聖騎士に加え、ただ逃げ回る餌であるはずの者が二人。
臆病風に吹かれ、ただ逃げるだけの餌とは違い、戦うことにその力を使われれば非常に厄介な事この上無い、その上、片方の能力は依然として不明であり、もう片方は異形が把握していない法則の魔法を操っていて非常に厄介である。
分析した結果、異形は自らの振りを悟る。
少なくとも異形が予定していた通りに一切の傷を負うことなく目標を達成することは非常に困難であることは間違い無かった。
異形の種族にとって、同族やその他の要注意種族以外に手こずる、ということは恥であった。
相手の内の一人は消耗が激しく手傷も負っている、さらに二人は元々異形達の糧となるのが当然であり本来であれば苦戦する方が難しい。加えて残りの一人は既に戦う所かまともに身動きが取れる状況にあるとは思えない。
もはや手負いの四人相手に未だに勝利を掴みとれていない現状こそ異常な事であった。
異形の目的とはすなわち、栄光をつかむ事。
そこらの下等生物と比べて優れたものであったとしても、種族単位では《兵士級》、つまりはただの一兵卒に過ぎない。
そして異形はその地位に満足することなどは出来なかった。
更に強く、さらに高みに。
自分よりも上位の地位に座す者達を超え、自分こそが最も優れた固体である事を示す。
何よりも強く、至高の存在となるべき自分が些末な障害に手間取っては居られない。まして負傷など起こせばいずれ築くことになる栄光にまで余計な傷をつけることになるだろう。
何より、いかな目的であろうとも死んでしまえば叶うことは無い。
この場から逃げ出す手段は事前に手の内に用意している。異形が即座に撤退することは十分に可能である。
だが、ここで逃げ出すことも築き上げるはずの栄光に傷がつく。
――例えそれで済んだとしても、二度とこのような好機が訪れるとは思えない。
慎重に立てた計画により聖騎士を捕え、加えて三人の餌が付いてくるという幸運を逃したくは無かった。
結論としては異形の迷いとは即ち、自身が傷を負う可能性を受け入れるか否かであった。
第三の能力、《恐怖怒涛》を使えば三人を相手にしても問題は無い。
異形にとっての切り札とも言える能力、
聖騎士とうっとおしい虫に一度使っていることを考慮すれば事ここに至って使用を躊躇うことは無い。
しかし、それでも可能性として負傷することは十分にあり得る。
そう簡単には受け入れることは出来ないが、この好機を逃せば二度とこの幸運は巡ってこないだろうということは十分に理解していた。
そして、十分に悩みきった所で異形の決意は固まった。
いまここで喰らい尽くす、それが異形の選択だった。
目の前の三人とどこかに隠れている一人、全員の魂を喰らい、糧とすれば《指揮官級》、いやその上の《将軍級》でさえ、届かぬ領域では無いだろう。
そして選んだならば後は実行するだけだ。
目の前にある栄光へと続く道、それを確かに見て異形は楽しそうにその青白い肌を持つ顔を喜悦でもって歪ませた。
三人を警戒するように首をもたげながら触手の先端が向けられる。
そして再び、そう、再びその口が開かれる。
異形の行動に身構える三人、しかし既に遅い。彼らの対応では能力の有効射程内から逃れることは出来ないだろう。
開かれた異形の口、ある世界に存在するヤツメウナギと呼ばれるモノに酷似したそれは、笑みを浮かべるように歪む。
――異形の第三の能力が発動された。
◆
『お前は何時になったら本気を出すんだ?』
心地よく揺蕩う意識、安らぎすらも感じれる空間にいると恭兵は認識していた。
霞む意識の中で恭兵は声を聴いた。それは何度も聴いた事がある声だった。
否、それはただ単にその時のことを思い出したに過ぎなかった。
それは師匠が恭兵の元から突然去った前の晩にこぼした言葉で、何故か今この状況でそれが思い出された。
兎も角、それが切欠となったのかはっきりとしなかった意識が漸く鮮明になりつつあった。
頭上には明かりが灯された燭台、その火は冷たい地面に座り込んだ態勢でいたために、大分低下している恭兵の体温にはちょうど良く暖かかった。
立ち上がろうと、冷たい地面に投げ出された腕に力を入れるが、ガリガリと石と土を削るのみで上手く行かなかった。
その他の部位、足なども立ち上がるにはすでに結構な体力が失われていた。
ぼやけた意識の中でも、都子が水薬などを使い応急処置を施し、ここに通りがかったエニステラからも神聖魔法による治癒が施された事が恭兵にも辛うじて分かっていた。
それらにより、どうにか傷は塞がり流血も止められてはいるが、それでも肝心の体力は戻ったわけでは無い。
体力を回復するには水薬などでは無く、用途に沿った薬が必要なのだろうが、生憎そのような物は持ち合わせてはいなかった。
これではまともに立ち上がる所か、這って進んだとしても異形の所まで辿り付けるかどうかも怪しかった。
しかし、ここで休んでいる暇は無い。
ここまで響く音から未だに戦闘が続いていることは分かる、他の三人の戦闘は終わってはいない。
自分の仕事が終わったと気を抜いてここで休めばいい、などと言っていられる場合でも無い。
あの異形を相手にしてそのような余裕を恭兵は持つことは無かった。
その上、薄れる意識の中で見たエニステラの怪我はひどいものだった。自分と同じく本来であれば戦闘不能である。それを賦活の丸薬で無理矢理動かしているということは恭兵でも直ぐに分かったくらいだ。
自分を助けた後に時間稼ぎに残ったと思われる佐助も無傷では済まないだろう。
傷ついているのは自分ばかりでは無い。ならば、自分も立ち上がらなければと再度力を込めるが、上手く力が入らずに、中途半端に起き上がった上体はもたれかかった壁から目の前の地面にうつぶせに倒れ込む形となった。
(クソッ、起き上がれねえ。こんな事やってる場合じゃねえのに……!)
こんな状況で何をどうしろと言うのだろうか、その体力は残り僅かで立ち上がることも儘ならない、手には相手に叩きつける武器も無い、そして、この様な時にだけ使えなくなっている超能力、恭兵にはここから移動する力は残っていない。
それでもここでただ待っている気は無かった。
自分が寝ている間に全て終わっていたなんて、余りに惨めで格好悪い、それだけならまだしも、三人が負け異形に殺されてしまえば、恭兵は必ず立ち上がらなかった自分を後悔するだろう。
「ふざ、けんな。くっそ、があ。そんな生き方したい、訳じゃあねえんだよ」
恭兵は元の世界では滅多に超能力を使うことは無かった。
それは物心ついた時には既に自身に宿る力の危険性を知っていたからだ。
《念動力》、物体に直接触れる事無く動かすことが出来る力である。
生まれついて持ちえたその力は、年々その規模が増し、大きくなる。
とは言え、生まれたばかりの頃は大したものを動かす事は出来なかった。三歳の頃などは精々が二メートル程前にあるレバーを引っ張る程度の力しか無かった。
それでも尚その力は異常であり、凶器となるには十分であり、子供が持つには手の余る代物であるのはたしかだった。
そして、そんな子供が過ちを犯さないはずも無く。
言い伝え、伝承、物語、よくある話に至る定説通りに恭兵の意図しない形で悲劇を生み出した。
それ以来、極力超能力を用いないように少年は最善の注意を払う生活を送ることになった。
諍いを起こし、思わず力を使うことが無いようにと、人と深く関わる事は無くなった。
危険に際して、思わず力を使うことが無いようにと、危険を避け平穏無事を目指し始めた。
一時の感情で、思わず力を使うことが無いようにと、誰にも何にも関心を持たないようにした。
凪のような日々を過ごす毎日、恭兵は日々を死んだように過ごしていた。
それでも死にたいと思う事は無かった。唯々、死にたくないという一心だった。
自身に宿る超能力を誰かに明かしてしまえば、それが回り回って自分を殺すことになると恭兵は知っていた。
身に余る力をその身に抱えてしまった恭兵は、何時しか自らを内心、化け物と称することになった。
悲劇を起こしながら尚、死にたくないと願い続ける浅ましさ。そんなものを抱え続けている者が人間であるはずがないと、そう考えるようになった。
何かを傷つけることしか出来ない自分を心底嫌悪していた。
そして、それ以上にこの力を何かに役立てることすらできない自分をも恥じていた。
物語に出てくる主人公のように、誰かを救うことすら周囲への、そして自身の危険性などから行動することすら出来ない腑抜け。
力を持ち合わせながら何もせず、行動を起こす勇気もない人間でない化け物、それが高塔恭兵であった。
だからこそ、グゥードラウンダに来たことで恭兵はそんな化け物の自分を変えたいと切に願っていた。
劣悪な環境を理由に行動を起こせないでいた者が、当人が望んだ環境へと行けば行動できるようになったなどと言う事は、虫の良い話だと人は言う。
曰く、環境の所為にする者は所詮、自らを変えることが出来ない者であるからだと言う。周りを変えるにはまず自分が変わらなければならないという。
(だけど、それでも。俺はこれを切っ掛けに変わる事が出来なければ、もう二度と自分を変えるなんてことは出来ない!)
斯くして、恭兵は異世界に迷い込んだことを切っ掛けとして自身を変えることを決意する事が出来た。
彼の元の世界と異なる法則と艦橋が働く世界、戦いの力、暴力と呼びうる力を必要とされていたからこそ、恭兵は自らの力と向き合う覚悟を決める事が出来たのである。
(だから、俺は……! ここで何もせずにいる訳には行かない!)
色あせた生き方をするのでは無く。
物語の主人公のように、その力で今度こそ、誰かを助けられる人間になるために。
人生で初めて、自分が胸を張れることを最後まで貫き通すために。
恭兵は戦いの場へと赴く。
倒れ込む体に渾身に力を込めるが、それでもろくに前に歩を進めることは出来ない。
このままでは、恭兵が到着をする前に決着が付く恐れがある。
後悔はもうしたくは無い。
唯その一心で、体を動かし続ける。
それでも現実の問題として、現在の恭兵ではとても戦いの場へと間に合いはしない。
それでも恭兵は諦めたくは無い。
自分が屑のような化け物では無いことを証明するためにも。
『お前は何時になったら本気を出すんだ?』
必死にもがき続ける恭兵の脳裏を再び掠める、師匠の言葉。
何故、今になってこの言葉がよぎり続けるのか恭兵には分からなかった。
状況的に気にしている場合では無いのは確かだ。しかし、それでも師匠の言葉が恭兵の頭から離れない。
まるで、何か大切なことを気づかせようとしているようだった。
本気。ことここに来て恭兵が本気で無い事は無い。
自らに残されているものは全て使い果たしている。体力も、武器も、装備も、知恵も。今ある全てを持ってしても現状を変える手段にはなりえないと恭兵は考える。
そもそも、この体で異形に挑むことすら無謀である。間に合ったとしても、このままいけば足手まといになる可能性が高いのは誰の目にも明らかである。
もはや、意地。恭兵が示す最初の意地でしかない。意地だけがその足を進める原動力である。
どうすれば良いのか等、最早分からない暗中模索。それでも諦める訳にはどうしても行かなかった。
それでも師匠の言葉の幻聴が響き続ける。一向に前へと進むことは出来ずにいた。
(………こんな時、師匠ならどうするだろうか)
幻聴が続いたせいか思わずそう考えてしまった。
師匠ならばこの窮地をどう切り抜けるのだろうか。もしかすれば何か突破口が開けるかも知れない。
(こういう時、師匠なら――なんだろ。そもそもこういう危機に陥るイメージが浮かばねえな)
異形と殴り合ってる師匠を恭兵はイメージする。
大剣を振り回しながら果敢に攻撃を行い、触手を寄せ付けず、あまつさえ鋼鉄の如き強度を誇っていた触手を叩き切るなど訳は無く前進し続け、最後に一刀両断するだろう。
(めちゃくちゃ過ぎて参考になんねえ……! あの人……俺の念動力も一回で見切られたし……、俺の全力をぶつけても何故か大剣で斬られたからな……曰く何か飛んできたから斬ったらいけたとかどう考えてもおかしいだろ)
手を向ける動作が必要であるとは言え、その攻撃自体は不可視である《念動力》による攻撃を経験と勘だけで切り抜けられては溜まったものでは無かった。そもそもまともに攻撃が通ったかどうかですら怪しいものであった。
(でも、俺が今超能力を使えてるのもその御蔭だしな……師匠が居なかったらモンスターは兎も角、人間相手にビビって使えなかっただろうしな……修業はトラウマものだったけど)
超能力をまともに使えるようになるまで寝ることさえ儘ならなかった記憶が恭兵に蘇る。
何とか使いこなせるようになった後もその度にどやされ続け、結局は最後まで合格点をもらえなかったのは非常に心残りであった。
(あーくそ。変なことまで考えるようになってきた……大体、本気ってどういうことだよ。あれ以上出力は出なかった。超能力にもどうしても限界があるって……事に……それに今日はこれ以上能力使えないだろうし……な……)
こうして考えている間にも、恭兵の頭には鈍痛が響いていた。
恭兵の超能力の使用限界は来ていた。
これ以上使おうとすれば頭が割れる頭痛に苛まれ、歩く所か立つことも儘ならずに地面をのたうち回ることになるだろう。とても援軍として迎える状態にならないのは確かである。
それに、どこか違和感が残る。だが、気のせいだと思った恭兵は頭痛を堪えて進む。
(しかし、久々に限界まで使い切ったかもな。前は師匠にもガンガン使えとか言われてけど、ここまでピンチになる事は無かったしな。あの異形はやっぱ一番やばいな……)
あれこそまさに化け物だろう。不気味に、言葉を発することを好まず、正体不明、尚且つ残酷で、強い。
その性根の腐り程度は言葉を交わさずとも伝わってくる。これでは今まで自分の事を化け物だなどと自称していたのが恥ずかしく恭兵には思えて来た。
(それでも、俺はあいつから逃げなかった。この世界に来る前に例えば路地裏とかで遭遇してたら一目散に逃げてただろうに。それを考えると、俺も少しは成長したの……?)
何かがぶつかる音が響く。戦闘は続いている。
亀の歩みであっても歩き続け、その足を止めることは無い。
しかし、遅い。速く速く、と必死に急かそうとするも自分の足は言うことを聞かない。
間に合わない。
最悪の考えが頭をよぎるがそれえも歩を緩める事無く進むしか、恭兵には出来ない。
「クソッ、クソッ、クソッ!」
悪態が漏れるがそれで状況が変わることは無い。余計な力が入って、余計進むのが遅くなるのみである。それでも、口から吐き出るのを止めることは出来なかった。
そして、ふとした時に超能力に頼ろうとする自分が居て、嫌悪感に包まれる。
結局の所、二年間の修行を経ても、恭兵は超能力が使えなければそこらへんの戦士職でしかない。もしくはそれ以下である。
能力が使えている間はまさに剛力無双。接近戦を仕掛けてくるモンスターなどは恭兵の能力の前には敵わない。しかし、一度能力が使えなくなれば、年相応の身体能力しかない恭兵は持たない。
全く戦うことが出来ない訳ではないが、それでも同じく二年間授業させたものと比べれば劣ってしまうだろう。
師匠はあくまで恭兵の超能力を使いこなせるような修行を中心に行っていた。そのため剣技などはろくなものでは無く。恭兵の剣術は師匠の見様見真似が大半である。
そう、あくまで師匠は恭兵が超能力を使いこなすことをひたすら叩き込んでいたのだ。
(今から思えば、奇妙ではあるな……何だって自分にもよく分かんないものを鍛えさせたんだろうか。剣の一つでも教えてくれれば、こんな状態でも……とはいかなくても、能力なしでも立ち回れたはず……)
改めて考え直すと妙であった。違和感、感じていた奇妙なものが何か掴みかけていたような気がしている。
そもそも、師匠は何かと直感型であった。
能力の使い方を恭兵本人よりも、何となくの感覚だけで把握していたような気さえあった。
思えば、初めて超能力のことを師匠に明かした時は特に驚かれず。そもそも今まで使ってこなかったことを叱られた。
『どんなもんでも、お前の生まれ持った才能だろうが。それを使うことに気を引く必要はねえだろ。そう生まれたんだからしょうがねえし、文句なんざ言わせとけ。文句もねえうちに被害妄想で何もできねえってーのはお前流石にもったいねえだろうが。要は使うお前次第なんだろうが。とっとと使え、使いこなして、お前が使え』
『力に振り回されて、使われるのも駄目だ、けどな、使わねえことに縛られてるのは力に使われてるのと同じだ。全く変わんねえよ。だったら使え、お前の力はお前が使わなきゃ分かんねーだろうが。っていうか、使えなきゃ死ぬぞ。お前』
『俺は腕っぷしがあったから冒険者になった。それとどう違う? 変わんねえよ。俺が強えのと、お前に力があるのは結局大して変わんねえよ。お前の力を、強さをびびって逃げて、生きるのか? 嫌なんだろ? 変わりたいんだろ? だったらまずはそれだ。それを使えなきゃ結局は意味ねえんだよ』
『お前はどっかでブレーキを掛けてんだ。トラウマだか、元々そうだったのかはよく分かんねえけどな。二年間ボコボコにしてもついぞ、それが外れんかった。多分、お前の妙な逃げ癖と何か関係あんだよ。あ? 何でかって? 知らねえよ、直感だよ。兎も角、お前が本当に変われんのはそっから先だ。ま、頑張れよ』
師匠の言葉を、再度思い出して脳内で反芻する。
その中で、気になる事が幾つかあった。相変わらず何で気づいているのか良く分からなかったが、師匠の勘を信じることにすると。
「ブレーキ、ブレーキか。でも、俺はあいつに手加減してるつもりは無かったはず……」
疑問が浮かび上がり続ける中で、奇妙な力が働いているのか、恭兵の脳内ではパズルを読み解くようにそのピースが不自然に分かる。
違和感がどこまでも付き纏う。
思えば、その違和感はその時から続いている物だった。
「……アイツだ。異形と会ってからだ……何か感情が抑えらんなくて……そっから何か変なのが………」
答えは近づいている。恭兵はそう感じた。
気づけば、その足は止まっていた。しかし、彼は確かな前進の途中にあった。
今まで頭の中にあって、認識すら出来ずにいたパズルのピース、それが合わさる。謎の力が働いているかの如くに恭兵の意識を離れて、一人でにそのパズルは解かれようとしていた。
思えば、妙に自分は超能力を使うことに対して意識を持ってかれている気がする。
もう、使用限界は既に来ている筈であるのに、未だに恭兵は超能力を使おうとしていた。
何事にも限界は存在する。それは確かだ、確かだが、その限界を定めているのは何だ?
電池が切れるように、ダムの水が枯れるように、人が動き続ければ倒れるように、その限界は訪れる。
超能力も同じである、所詮は体の身体機能の一つ、何時までも動かし続ければ疲労する。
しかし、もし体の機能と一緒であればある程度は鍛えることも可能なのではないか?
長距離走の選手が走り続けてそのスタミナを鍛えるように、超能力もその限界を更新することが出来るのでは無いか?
しかし、超能力の限界は凡そ一定であった。だが、これが予め限界を決められている物であったならば?
痛みはある種の危険信号だ。痛みを感じる場所の異常を明確に表す信号、脳へと伝わる信号である。
結論に至った。後は試してみるだけだ。逆転の一手へと繋がることを祈って、行動する。
恭兵は超能力を使った。
予想通りに激しい頭痛に襲われる。その場で悶え、声を上げそうになる。それでも、使うことを意識する。
限界まで回し切ったはずのハンドルに更に力を掛ける。ブレーキを踏んでいる状態でアクセルを踏んでブレーキを壊す。恭兵がやっていることはまさにそれだった。
本来の仕様外、その先へと踏み込むための激痛。
これまでに味わった事がない痛みに思わず力を緩めようとするが、奥歯を砕かんばかりに食いしばる。
この程度の痛みが何であろうか。
恭兵の脳裏には、恐怖にその足をすくめ、唇を噛みしめ血を流しながら走って行った都子の後ろ姿と、恐らく二つ目の賦活の丸薬を服用したにも関わらず意識のない恭兵の前でも苦悶の声を上げずに戦いに向かったエニステラの姿が思い出される。
彼女たちが戦っている。ここで自分がへたれる訳にはいかない。
意識が回る。
激痛を伴うめまいが襲うが構わずに続ける。
頭蓋骨の内側から遠心力で脳が飛び出しそうになっている感覚があったが、構わずに続ける。
鼻から耳から目から、血が噴き出す、血が失われて、少しずつ寒くなってきたが、構わず続ける。
恭兵の意識が回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る、回る。
そして、何かがとっかかりに引っ掛かった感覚。同時に意識の回転が止まる。
続ければこの硬いとっかかりも弾ける。
つまり、ここが引き返せる場所、後戻りはもう出来ない。それが分かる。伝わる。伝えられる。
恭兵は少し考えて、
「知るか、くそったれ」
血が垂れて、赤く染まった右手の中指を立てて、そのままとか狩りを振り切って、
恭兵の頭の中でガチャンという音がした。
◆
白い空間、全てのものの色が白でできている空間の中で、これまた白い長いすの背もたれに深く腰掛けながら白いローブに身を包んだ人影が手慰みにカードをいじりながら佇んでいた。
フードに包まれ、目元が明らかでないはずのその視線は何もない中空を見ている筈なのだが、時折相槌を打つ様子から何かを見ていることが伝わる。
その様子は実に楽しそうだった。
そして、手慰みにいじっていたカードを適当にシャッフルしだし、適当に混ぜ終わった所で、その中から適当に一枚、引き抜いて、そのカードへと視線を移した。
そこ描かれていたのは、大きな石で積み上げられた塔が稲妻で壊され、炎が燃え盛っている様子であった。
「《塔》か、彼がそれを引くとは面白いな。こういうのはどっちかと言うと彼らのほうだろうに……」
そう呟くと、再び、カードを混ぜ始め、宙区へとその視線を戻して楽しそうに白いフードの男は嗤っていた。
――《塔》、大アルカナの十六番、テーマは破綻。
―――正位置の意、破壊、災害、トラウマ。
―――逆位置の意、不幸、必要悪、あるいは改革、型破り。
―――暗示された者は脅威、立ち塞がる者となる。
次こそ、一週間以内に投稿します……